神楽ちゃんを助ける。そのために新八は雪子と共に巨大えいりあんの巣窟となった船へと走っていた。星海坊主はとっくにそちらに着いてしまっていて、全力だろうと追いつけない人間を気遣ってか余裕の顔をして並走する雪子をちらりと見やってから新八は己の疑惑の確信を得ることとなった。
いよいよ船上に足を踏み入れる直前に侵入者を感知したえいりあんの触手がこちらに迫ってくる。触手と言っても近くで見ると人一人を簡単に飲み込めてしまうような大きな肉壁だ。新八も雪子も刀一本さえ持っていない。このまま走れば触手に押し潰されて仕舞いだろう。
「雪子さん迂回しましょう! えいりあんに見つからないように避けながら……」
「そんな暇ないよ。さっさと神楽連れてここから離れねェ……っと!」
そして雪子が目の前に迫る視界いっぱいの肉塊へ腰の入ったストレートパンチを見舞うと、拳に触れた部分から数メートル先までの触手が木っ端微塵に粉砕された。ぶしゃっ!! と勢いよく破裂する赤黒い物体に新八は力が抜けて座り込んでしまう。
そんな少年を一瞥して雪子は次々に襲いかかってくるえいりあんを殲滅すべく床を踏み壊して一瞬で姿を消す。
次の瞬間、新八の目に映る幾本ものえいりあんが悲鳴を上げて破裂した。ギリギリ視認できたのは高く高く舞い上がった雪子が鋭いかかと蹴りで触手を潰し、跳ねていく姿だった。
「せぃっ………うおおおおっ!!」
ぶちぶちぶちィ!!! 体内の緑色の肉が見事に縦に引き裂かれ、俊敏で獰猛な兎は次の標的を求めて跳躍する。
星海坊主でさえ武装された番傘を使っていた。きっと神楽も同じ武器で戦っているだろう。しかし、雪子はその身一つでこの化け物えいりあんを潰している。本当に、本当に……。
「雪子さんも神楽ちゃんと同じ夜兎だったのか……」
呆然として呟いてから、新八はへたり込んだ自分に気づくと頑張って立ち上がった。到底人間が生き残れそうにない化け物たちの戦いに気を失ってしまいそうだったが、自分は神楽を助けにきたのだ。急がなければ雪子が手配したようにターミナルが吹っ飛ばされて、えいりあんと心中する羽目になってしまう。
「僕も……僕も行くんだ」
自分を勇気づけるように言ってから走り出した新八を狙って、えいりあんの触手がくねって暴力的なスピードで振り抜かれた。雪子のようにパンチやキックを放ったところで、非力な新八の体が弾け飛ぶだけだろう。
恐怖に新八は全身を硬直させ、今まさにその体を押し潰そうとするえいりあんは、真上からとてつもない衝撃を伴って降り立つ雪子に踏み抜かれた。ドゴッ!! その勢いのまま床が凹み、引っかかったヒールブーツを引き抜いて雪子は振り向く。
「おい、無事か?」
「は、はい……なんとか」
「そ」
短く言い切って雪子はターミナルの巨塔にへばりついたえいりあんを睥睨する。このままじゃ埒があかない。さっさと中心部に向かってった星海坊主の後を追いたいところだが、こんなところに新八一人を残しておくわけにもいかない。結局雪子は船の周辺部で殺しても殺しても湧いてくるえいりあんを相手にしなければならなかった。
こうしている間にも破壊神と呼ばれる男が戦艦引き連れてやってくるだろう。早くしねーと。と再び駆け出そうとする雪子に新八は声をかける。
「僕に構わず神楽ちゃんのところまで行ってください! 早く!」
「そうしたいのは山々なんだけどなぁ……」
新八は自分が完全な足手纏いとなっていることを自覚して悔しかった。さっき星海坊主にあんな啖呵をきっておいてこのザマなんて情けない。これじゃ神楽ちゃんを助けることもできない上に雪子さんを道連れにしてしまうかもしれない。
新八の必死の懇願に、しかし雪子はそばから離れようとしなかった。
「このまま放置したら新八死ぬし……私がお妙に殺されちゃう」
「ぼ、僕は死にません!!」
「ダンプカーならまだどうにかできたんだけど」
なんせ相手は無尽蔵に生まれてくるえいりあんだ。もう新八を抱えて中心部に走った方が良くない? それが良くない? よしそうしよう。そう思った雪子はドシドシ近づいてくる本物の獣の気配を感じ取ってそちらに顔を向ける。
白い大きな犬だった。愛らしいきゅるんと丸い目と眉が印象的な、それ以上にシンプルにデカッと思うほどに大きな犬だった。いやこれ犬って言えるのか? 一種のえいりあんでは? なんかこっちみて涎垂らしてるし。
そんなことを雪子が思っていると新八がその顔に喜色をのせて大声で叫んだ。
「定春! 来てくれたんだね!!」
「アウッ」
「しっ、新八イイイィィ!!」
新八は笑顔のまま定春という名の獣に頭ごと食われ、雪子は慌てて獣の口を開かせて新八を救出する。
「なるほど。コイツがお前らが飼ってるっていうペットの……」
「定春です。凶暴な犬です」
「アウッ」
「しっ、新八イイイィィ!!」
また食われた新八を救出しつつ雪子は不思議な気配を定春から感じ取っていた。
なんというか、見た目からして普通の獣の類ではないのは一目瞭然だが、それ以上に初めて会う気がしなかったのだ。赤の他人という気がしなかった。雪子の体に流れる血が、この獣との繋がりを示唆していた。
もちろん雪子に定春との面識はない。万事屋の面々が時々こぼす話の中にペットとして登場するくらいで、直接対面するのはこれが初めてなのだ。なのに……。
「まあいいや。丁度いい、おい定春」
「アウッ」
「あぶなっ。……私と新八を乗せて、ご主人のところまで連れていける?」
「ワンッ」
「さ、定春が言うことを聞いた……」
頭を下げて伏せをする定春。その頭を雑に撫でると新八の腕を引いて雪子は定春の背中に乗った。
「おーしおし。私に手を出したら……賢い犬ならわかるね?」
「ワ、ワンッ……!」
「違うこれ怖くて従ってるだけだ! 犬の本能だ! 雪子さんスゲェ!」
ここまで定春が震えているのは初めて見る。いつも頭を齧られてばかりの新八はテンションが上がった。
そして定春の背中に跨った雪子と新八はえいりあんの猛撃を掻い潜って中心部に近づいていった。
中枢に接近するにつれて揺れは激しくなっていく。懸命に定春にしがみつきながらブレる視界に、新八は大きな黒い船が数艦宙に浮かんでいるのを見た。
「あれは……!」
「もう来やがった! 時間がねェ!! 定春、早く!」
「ワンッ!」
定春は一鳴きして加速し、雪子はえいりあんの攻撃が鎮まっていることに警戒心を高めていく。
突然開けた世界に血色のいい真っ赤な肉球がその姿を現した。言葉を失うほど大きなえいりあんの核。ターミナルのエネルギーを食らってブクブクと肥え太ったのだろう。あまりの重さに船底を突き破ったのだ。
標的を狙い定める雪子は、その良過ぎる視力でその瞬間を目の当たりにする。
「かぐっ……!」
神楽の小さな体が核に取り込まれていったのだ。
「な、何が見えたんですか!?」
「神楽が、えいりあんの核に取り込まれた……」
「なんだって!?」
「寄生型えいりあんは核を潰さないと倒せない。これじゃ神楽ごと殺すしか……」
雪子が感情を殺して冷静に言うと、定春がクゥンと悲しげに鳴いて、おぞましい肉の塊を見上げる新八の耳にスピーカー越しの機械的な声が届いた。
『今からえいりあんに一斉射撃をしかける! ただちに離れなさい!』
なんてことだ。このままじゃ神楽ちゃんが……! サッと顔を青ざめさせる新八に、雪子は少しだけ体重をかけるようにすると明日の朝ごはん何にしようかなみたいな呑気な声色で問いかける。
「どーする? あそこは今から火の海になる。引き返すなら今だよ」
「行きます。引き返すなんて選択肢にない」
即答する新八の声は真剣な硬さで保たれており、雪子はますます笑みを深くした。
「上等。死ぬ覚悟でついてきな」
「はい!」
獣に誘われて人間は死地に突き進む。かなりの高さを駆け上ってようやく到着したえいりあんの中核には二人の人影があった。
「星海坊主さん! それに銀さんまで!」
「お前ら……なんでここに」
「それはこっちのセリフです。……どうせ来るってわかってたけどね」
ぐっと言葉を呑む銀時をちらりと見てから、雪子は星海坊主に話しかける。
「神楽は核に呑み込まれた……さて、宇宙最強のえいりあんばすたーはどうするのかな?」
「それを知ってなんでここに来やがった……待っているのは死のみだぞ」
「さぁ。そう思っているのはお前一人だけってことしかわからんなあ」
その言葉に星海坊主は首を回らせて三人の顔を確認する。雪子は挑発するようなニヤけた顔を、新八は心配と不安と覚悟を灯らせた顔を、そして銀時はのらりくらりとした雲のような顔をしていた。
「お、お前ら……」
「死ぬなら一人で勝手に死ねハゲ。私たちは神楽を連れて行く」
「神楽ちゃんはこんなことで死んじゃうようなヤワな子じゃないですよ」
「クク……お父さんよォ。アンタてめーのガキ一人信じることができねーのかィ?」
怪我をした左手をぷらんとさせて、それでもその目には諦めの色は一切なく。銀時は星海坊主から視線を外すことなく叫んだ。
「雪子! 新八!」
「なに」
「なんですか」
「五分稼げるか」
「誰に向かって言ってんの?」
「任せてください、銀さん!」
不遜な笑みはこれ以上ないほど自信に満ち溢れていて、その顔を直接見たわけではないのに銀時はその様子をありありと思い浮かべることができて笑った。
「俺を信じろとは言わねェ。だが神楽のことは信じてやってくれよ」
そして銀時は木刀を核に垂直に突き立て、自らえいりあんの中枢に取り込まれて行く。ずるるる、と触手が伸びて銀時を包むと核の一部にしてしまった。
「お前何を……!」
狼狽する星海坊主の前で雪子は近づいてくる軍艦どもを見据えて笑い、新八は隅っこで震え上がっている二人を発見した。
「んじゃ頼まれたことですし? 時間稼ぎといきましょうか」
「雪子さん! あそこに央国星のハタ皇子が!!」
「よし連れてこい! 人質にするぞ!!」
「はい!」
「ワン!」
勢いよく返事した新八と定春が先ほど神楽に助けられたハタ皇子と従者を引き連れて、今まさに砲撃されようとしている中核に戻ってくる。
「やめてやめて帰してくださいお願いします」
「必要なのはバカ皇子だけでしょう!? 俺は関係ない俺はただの通りすがりの天人です俺だけは助けてくださいお願いします」
「あっ今お前バカ皇子って言ったな! いつもなんだかんだで許してたけど今度こそ許さないぞ!」
ひゅん。揉めるハタ皇子と従者の間めがけて雪子は長い足を振り下ろした。えいりあんに刺激を与えないように地面に接する直前でピタリと止めたが風を切るような速さに二人は揃って口を閉じる。
「黙って人質にされていろ」
「わかりました」
よろしい。と雪子は頷いてハタ皇子の首根っこを掴むと核の中心に立った。雪子の後ろに定春が座るとハタ皇子の頭部に生えた触覚をガジガジ噛んでいる。
「こっち見ろォォォ! 今砲撃したら大変なことになるぞオオォ!!」
「貴様らァァこのオッサンが目に入らねーかァァ!!」
「今撃ったらもれなくこの央国星皇子のハタ様も爆死するぞォ! もれなく国際問題だぞォ!!」
星海坊主を置き去りにしてギャイギャイ騒ぎ立てる三人と一匹に、船の中の松平はポチポチ携帯を操作した。
プルプルプルと電話をかけて即座に出た女に気怠げそうな言葉を発する。
『お〜〜いどうなってんのコレ。俺ァおめーさんに言われて娘の誕生パーチー目前にしてこんなところに来てやってんだぞ』
「事情が変わった。あと五……四分待て。カップラーメンでも作ってりゃスグだから」
『んなこと言ってらんねェんだよ。こうしている間にも栗子は……栗子はァァァァ!!』
「そっちの事情なんか知らねェよ。それにそんなんだから娘さんに『最近ちょっと……』って言われるんだよわかれや」
『何イイィィ!? 聞いてねーぞ俺ァ! なんでよりにもよってお前の店で愚痴ってんだァァ!』
別にそれが愚痴とは言っていないが都合よく勘違いしてくれたらしい。よし、これで五分は確実に稼げただろうと確信する雪子だった。しかし。
『こうなったら一刻も早く帰って栗子に聞かねーと』
ポチッ。電話越しに何かボタンを押す音がして、ギュイイイイインと此方を直視する砲台の筒に光のエネルギーが補填されていく。雪子は携帯を握り潰した。
「……アレなんか……撃とうとしてない?」
「ウソだろオイ皇子だよ仮にも皇子だよ」
「ヤバいってコレ! なんで……!」
間違いなく発射のスイッチが押されたとわかり一気にパニックになるその真下から、神楽が銀時にアッパーカットを決めて飛び出した。
「それ私の酢昆布ネェェェ!!!」
「神楽ァァ!!」
星海坊主は神楽に殴られて地面に転がった銀時を驚きの顔で見つめる。
「ったく食い意地がはったガキだよ。親の顔が見てみてーなオイ」
「………俺も見てみてーよ。お前のような無茶苦茶な男の親の顔を」
「きっと拍子抜けすると思うぜ?」
えいりあんの核から神楽を引き剥がした今、この巨大な肉の塊をミンチにするのを邪魔する理由はない。銀時と星海坊主は視線を交わし……最後に雪子の方を見る。
「腹怪我してんだから大人しくしろ!」
雪子は暴れる神楽を力尽くで抑えながら、片手で「やれ」とハンドサインしていた。
「いくぜェェェ!! お父さん!」
「誰がお父さんだァァァァ!!」
二人の木刀と番傘が核に突き立てられ、凄まじい衝撃音を轟かせて核に穴を空ける。えいりあんは急所を抉られ一気に弱体化した。
しかし発射が止まるわけではない。眩い光を湛えて今にも溢れ出しそうだった。
「おいコラ雪子! てめーあんだけ自信満々に言っておいて時間稼げてねーじゃねェか!!」
「無理だったんだから仕方ないでしょーが!」
「メガネメガネ……あれっ!? そもそもあの軍艦がターミナルを狙撃するように指示したのって雪子さんじゃなかったですか!?」
「ハァン!? じゃあ最初からお前のせいじゃねーか!」
「う、うるさいうるさい! とにかく逃げろ!」
銀時と新八に責められて雪子は神楽の拘束の手を緩めてしまった。あ、マズイと思うより早く神楽は無我夢中で銀時の頬を蹴っ飛ばす。
「酢昆布返せェェ!!」
「ぐぉぶ!」
「神楽ァァ!! しっかりしろ、ダメだって出血が!」
腹部の出血を無視して殴り続ける神楽を今度は星海坊主が取り押さえる。神楽の意識は定まっておらず、こんな状態の彼女を救い出した銀時に星海坊主は認識を改めた。
すると神楽が突然抵抗をやめて虚無の目をする。
「あー酢昆布だ」
「?」
ブチン。神楽は焼け野原にわずかに生えた希望の芽を摘んだ。場に不似合いな沈黙が降りる。
「ぎゃあああああああ何すんのォォォォ!! お父さんの大事な昆布がァァ!!」
「おいィィ何食ってんだ! 出せェェハゲるぞ! そんなもん食ったらハゲるぞ!」
「ペッしなさいペッて! んなばっちィもんペッしなさい!」
「ハゲるか! それにばっちくねェ! お前らホント後で殺すからな!」
銀時と雪子に肩を揺さぶられるが神楽は虚無の目でもっさもっさ無心で父親の希望を貪る。新八はメガネが見つからず必死になって探していた。
賑やかさを取り戻す彼らは次第に聞こえてくる破滅の音に全員が空の彼方へと視線を向けた。
「アレ? なんだこの音」
「あれ?」
「あれ?」
世界が白く灼けた。
直前。目の前に飛び出すと両腕を広げて雪子は後ろの彼らを守るように光の暴力に立ちはだかった。その瞼は閉じられることなくキッと前を強く見据えている。
「!?」
しかし腕を強く引っ張られて覚えのある体温に包まれた。多分その時に別の誰かを巻き込んだ気がする。そうやってぎゅうぎゅうに抱きしめ合って、時が過ぎるのを無心で待った。
ようやく網膜に焼きついた白が薄れ、鼓膜が正常に音を拾い始める。雪子はパチパチまばたきをして周囲を見渡した。
巻き込んだのは新八だった。雪子の胸に顔を挟められて窒息寸前だったらしく解放されてはふはふ息を整えている。メガネがないせいで自分がどうやって守られたかわからないようだ。まあ都合がいい。さっと視線を滑らせて無事を確かめると、すぐ隣を見た。
銀時が雪子と同じような体勢で神楽を守っていた。二人も砲撃によって負った怪我はないようだ。眠る神楽にホッとして銀時と目が合った。そのまま後ろの方を見れば定春とハタ皇子、その従者がいて、助かったのだとわかる。
ならばと逆方向に顔を向ける。広い男の背中がそこにはあった。
「クク……俺も焼きがまわったようだ。他人を護ってくたばる……なん、ざ……」
プスプスと本物の焼け野原になった頭部から地面に崩れ落ちる星海坊主に駆け寄った。銀時と新八がそれぞれハゲやら坊主やら好き勝手に名前を叫んでいて、神楽をそっと抱きしめながら雪子は乾いた笑いを浮かべる。
「はは、やっぱアンタも父親なんじゃん。なァ、星海坊主」
傘一本であの砲撃を止めやがった。これが宇宙最強。そして偉大なる父。ボロボロになって崩れ落ちる番傘を見つめ、ふうと大きく深呼吸をしてようやく長い一日に終わりを告げる。
「ねェ神楽。お前はどうしたい?」
すうすう穏やかに眠るスベスベの頬を優しく撫でて、雪子は囁いた。
星海坊主編、残り1話です。