お家に帰ろう   作:睡眠人間

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もう一つの居場所

「誰がこのクソみてーに散らばった死骸を片付けると思ってんだァ?」

「え? お前ら」

「殺すぞてめー」

「まあまあトシ。雪子さんのおかげで人的被害は最小限に留められたんだから」

「その他の被害が致命的に甚大なんだよ」

 

 近藤はその言葉に周囲を見渡して嘆息する。たしかに土方の言う通り、ターミナルにはどでかい穴が空いて暫くの運休が余儀なくされた。周辺にはえいりあんの肉片が散乱していて足の踏み場もなく清掃の手間を思うと涙が出てくる。というかブヨブヨした肉の上を歩かなければならないのが不快だった。

 とはいえ死者はゼロ。傷者は避難する際に受けた軽い傷がほとんどで二人の重症者は既に回復してしまっている。

 

「一般人の避難及びえいりあんの可及的速やかな対策、それから幕府の許可取得を一人でやっただけで褒められて然るべきだと思うけど? どっかの誰かさんたちが全然仕事しないからー」

「てめーらがいたからこっちは攻撃できなかったんだよ!」

「そもそも私は待てって言ったのに砲撃したのは松平のオッサンで、このえいりあんをちゃんと処分しなかったのは星海坊主だ。私はアイツらの尻拭いをしてやってんだよ。私は悪くないアイツらが悪い」

 

 そしてその尻拭いを俺たちがすることになるのか、と土方は舌打ちする。この国の上下関係ありきの組織はやっぱりクソッタレだ。その隣でしげしげとえいりあんの残骸を眺めていた沖田が口を開く。

 

「そういやアンタの戦いっぷりを見て思ったんですが……刀は使わねーんですかィ?」

 

 煉獄関で雪子は刀を己の腕のように扱い容赦ない太刀捌きで浪人たちを斬り殺していた。てっきり彼女も侍の一人だと思っていたがそうでもないらしい。刀より余程自由気ままに攻撃していた数時間前を思い出す。

 沖田は改めて雪子を見る。雪のように白い肌と尋常ならざる剛力。しかし日焼けの編笠や番傘はなく、オレンジ色の陽の下でのんびりと佇んでいる。

 

「刀ね……使いたいのは山々なんだけど、折っちゃうから」

「折る?」

「所詮は消耗品だから仕方がないのはわかってるんだけど。本気で使うとすぐダメにするんだよね。丈夫な刀があればいいのになー」

 

 そりゃあの怪力じゃただの刀なんてへし折れてしまうだろうが。話を聞いていた近藤は、どこまでも正体のわからない不思議な女性だと思ったが深くは捉えようとしなかった。彼が求愛している女性も素手で刀をへし折りそうなか弱い女性なので。

 

「じゃ、後始末よろしくぅ」

 

 煉獄関でのあの戦いは本気ではなかったと言うのか。それであの銀時と斬り合いして見せたのか。未だに底が全く見えない暗殺者は呑気に手を振って背中を見せる。

 もしここで背後から斬りかかったらどうなるかと考えてみたが、その背中が離れるに連れてどんどん覇気がなくなっていったので、まあ今じゃなくてもいいかと沖田は大人しくすることにした。

 

 

 

「ぁ、あー、あー………こほん、えと、神楽」

「何アルカ」

「と、隣座ってもいい?」

「好きにするアル」

 

 素っ気ない返事。まだ怒ってる! 雪子は目をぎゅっとさせて、恐る恐る失礼しますと言いながら横に腰を下ろした。失礼しますなんて滅多に言わないのにと思いつつ、一回りも歳が離れている子どもになんでここまで振り回されなきゃいかないの? なんて考える。

 しかし自分は彼女を傷つけたのだ。新八の言う通り怒られなきゃいけないなあと思い、自ら怒られに来たのだった。

 

 これは昔から雪子を知っている彼らからしたら青天の霹靂である。銀時ほどじゃないが、雪子も自分が90パーセント悪くても残りの10%に全身全霊をかけて謝らない女である。謝ったとしても本気で謝ったことなんてこれまでの人生で両手の内に入るくらいの女である。

 

「ご、………怪我大丈夫?」

「もう治ったヨ」

「さいですか」

 

 そんな雪子は本気で謝るのが下手くそだった。違うそういうことが言いたかったわけじゃないと思い直し、唾を飲み込んで、頭を下げる。

 

「ごめん」

 

 だからその言葉は酷く頼りなくて震えていた。情けない。本当に情けない。隣に座る神楽が息を呑む気配がした。ターミナルで話をした数時間前と同じ構図。違うのは星海坊主と銀時と新八が二人の上でこっそり聞き耳を立てていることだ。

 

「言い訳に聞こえるかもしんないけど、あれは神楽に強くなってほしくて言ったことで……本心からのことで……でも傷つけたいわけじゃなくて、えっと、だから……」

「……本心?」

「そ、そう。私……家族や大切な居場所から離れて強くなったから」

 

 いやここで私の話をするのは違うだろ。そうわかっていながらも続きを促す神楽の静かな目につられて言葉を紡いでいく。

 

「ほら、江戸に戻ってくるまで宇宙旅行してたって言ったでしょ。それって昔からの趣味みたいなもので、幼い頃からよく松陽に連れてってもらってたの」

「銀ちゃんとかヅラも?」

 

 興味が出てきたらしい。ひとまず怒ったり泣いたりすることはないかなと思って雪子は安心した。

 

「まーね。発端は私で、だんだんアイツらと一緒に旅することも増えて……最終的に一人で旅するようになって……そして旅先で戦うことが増えて。当時は攘夷戦争の真っ只中だったから治安が悪くてね。絡む連中がたくさんいたんだよ」

 

 まあ絡むというか自分から喧嘩をふっかけに行っていたが。血気盛んな昔を思い返している雪子と違い神楽に当時のことなどわからない。

 しかし銀時や桂が参加していたという攘夷戦争の時代を生き抜いた雪子の口ぶりは、自ら修羅の道を選んだように聞こえた。

 

「それは雪子の意思アルか。望んで……一人で戦おうとしてたアルか」

「……。うん。そうだよ。私は退屈が嫌いだった。……戦うことが楽しくて仕方がなかった。一人で生きていける強さが欲しかった」

 

 そうして雪子が血と戦いに魅入られていることを認めたので、神楽は形容し難い胸の痛みを感じてきゅうと眉根を寄せた。煉獄関での人斬りも同じだと言うから、さらに泣きたくなってしまう。

 きっと心の本質部分で雪子と神楽は致命的に合わないのだ。本心から突き放し血に濡れる道を平然と突き進む雪子は、あまりに遠い存在だった。

 

「それは、強いって本当に言えるアルか」

 

 神楽は雪子と似た生き物を知っていた。同じように強さを求めて戦場に赴き家族の繋がりを壊そうとする男を。

 

「大切なものから逃げて手に入れたものを強さとは言わないアル」

「まるで見たことがあるような口ぶりだね。心当たりでもあるの?」

「私のバカ兄貴もそうアル。アイツは、アイツは……」

 

 ふむ、と雪子は数年前に星海坊主から聞いた話を思い出した。

 星海坊主の息子は夜兎の血を忠実に受け継いだような闘争本能の塊で、親殺しの風習を実践しようとさえしたんだとか。ある程度話をした後だったので星海坊主にはおめーと似てるな、なんて言われて笑ってやったが今はそんな雰囲気じゃない。

 

「そう。夜兎ってのはどいつもこいつもそうなのかね」

「知ってるアルか? 他に夜兎を」

 

 神楽が純粋な目で聞いてきて雪子は肩をすくめる。

 

「知ってるも何も、私がそうだもん」

 

 別にどうしても隠したいことではなかった。種族の差なんて知った時から特別気にしたことはなかったし、神楽を同種と見抜いてからは漠然と仲間なんだなあと考えるくらいだった。

 けれど血に濡れる雪子を泣きそうな目で見ていた神楽に、戦いが好きな夜兎の本能と戦いたいという神楽に、「私も夜兎だよ。戦うのって楽しいよね」なんて言えるわけがなかったのである。

 

 しかしもう隠すような段階でもないと雪子は考えていた。新八にはバラしてしまったし、神楽も薄々雪子の本性に感づいていた。時間の問題になるぐらいなら話してしまった方が楽だ。

 それに自身が夜兎であることをバラしても神楽は受け止められるだろう。砲撃の後に神楽が怪我をした経緯を知った雪子はそう確信していた。

 

「で、でも……雪子はいつも日の光に当たってて、ご飯も……」

 

 そしてその確信は正しかった。神楽は静かに事実を聞き届けぱちぱちとまばたきをして、見当違いのことを聞いてくるので、雪子は笑いながら答える。

 

「地球生まれの地球育ちで陽光に耐性あんのかもね。ご飯は万事屋のみんなが帰った後に食べてるよ、あれじゃ足りないし」

「私も呼んでヨ! 一人で食べるのは寂しいネ」

「ふふ、そうだね。今度からは一緒に食べようね」

 

 自然と次の約束をしてくれる雪子に神楽もふふと笑いかけて、はっと気づいた。そうだ、自分は雪子に怒っていたのだ。

 

「べっ、別に誘われたから行ってやるだけアル! 私がじゃなくて、雪子が食べたいって言うから……」

「はいはい。そのとーりですよオジョーサン」

「酢昆布丼1000杯作らないと許してやらないからナ!」

「もっと美味しいもの作れるよ……? 本当にそれでいいの……?」

 

 雪子が肩に腕を回して身を寄せてきて、神楽はぴたりとくっついた右半身の温もりにそっと目を閉じる。じんと広まる胸の温かみにようやく帰れるのだと安心して涙が頬を濡らした。

 そうやって暫く頭を撫でた後、神楽はもういいと雪子の体から離れようとした。今度は恥ずかしくなってきたらしい。

 

「なんで雪子は夜兎だってことを教えてくれたネ」

「事態が事態だから戦い方で新八に気づかれたんだよ。それだったら神楽にも教えなきゃなって」

「…………」

 

 どす。肩に頭をぶつけてきて不満を表す神楽がかわゆくて雪子はそうねぇと口元を緩ませる。どす。どす。継続的に生まれる軽い衝撃がそろそろ鬱陶しくなってきたので片手で止めた。その手を小さな耳に添えてこそっと耳打ちする。

 

「じゃーそうだな、誰も知らないこと教えてあげよっか」

「誰も? 新八も?」

 

 新八の名前を速攻で出してくる辺り本当に気に食わないんだなとわかって雪子は笑った。

 

「銀時もヅラもね。あ、誰もじゃなかったわ、松陽と朧は知ってるわ」

 

 まあほとんどの連中は知らないよ。そう言われて溜飲を下げた神楽は、何を? と首を傾ける。

 

「私のもう一つの名前」

「もう一つの……?」

「雪子は松陽がくれた名前。で、もう一つは夜兎の一人、私の母親がくれたんだよ。……蓬莱(ほうらい)って名前を」

 

 ほうらい。不思議な音の響きを神楽は舌で転がした。雪子は生みの親につけられた名前を明かしているというのに、まるで他人のように薄っぺらい声色だった。

 

「じゃあね、私はもう行くよ」

「え!」

「真選組に任せるったって私じゃないと出来ない手続きがあるから。あとは神楽のやりたいようにやればいい」

 

 もしここに残るんなら歓迎したげる。そんなことを言い残して雪子は振り返らず塀の上に飛び乗って、近くにいた新八を見た。

 

「っと、なんだ新八か」

 

 話を半端に聞かれていたのはわかっていたのでわざとそう言えば、予想に反して新八は黙ったままだった。

 

「どした」

「……僕、強くなろうと努力してきたつもりだったんです。道場復興の為に、強い侍になるために。でも……全然だった。足手まといで、星海坊主さんの言う通りだった」

 

 生きる場所が違うと言われた。あの時は冷静じゃなくて言い返していたが、今思えば実力の伴わない負け犬の遠吠えでしかなかったのだろう。ただ雪子の後ろで縮こまっていたことを思い出して新八は続きを口にする。

 

「それに、銀さんは雪子さんを見て育ったんだなあって思いました」

 

 メガネをしていないボヤけた視界でもその背中ははっきりと見えた。世界が崩壊してしまうのではないかと思うくらいの白の暴力で押し潰される寸前、雪子が彼らの目前に進み出て護るような動きをしたのだ。その後、銀時に引き戻されてから雪子が此方に向かって来て……そこからは新八には何が何だかわからなかった。柔らかい感触といい匂いがしたことだけは覚えている。

 あの絶体絶命の状況において咄嗟に誰かを護ろうとするところに、新八は雪子と銀時は似ているなあなんて思ったのだ。当の本人は心当たりがあるのか、あーーと苦い顔をしていた。

 

「あの状況で前に出るなんて、雪子さんは命知らずです」

 

 そしてちょっとばかり怒りを滲ませた声色で言う新八に雪子は肩をすくめた。

 

「だって私、死なないもん」

「死なないって……」

「私が負ける想像できる??」

「……。できませんね」

「でしょ? 私、強いから」

 

 雪子は不敵に笑ってみせる。彼女は不遜と言えるほどの自信に満ち溢れていた。しかし事実、宇宙最強と名高い星海坊主にも並ぶ強さを持つことは今日の戦いを間近で見た新八にはよくわかっている。だからこそ、この人がいれば何があっても負けないのだという希望が胸の内に自然と広がっていくのである。

 

 ずっと疑問だった。銀時も雪子も信じられない強さを誇る。銀時は攘夷戦争時代に白夜叉と恐れられるようになり、雪子に至っては幕府お抱えの暗殺部隊副長だという。桂もそうだ。今ではすっかり穏健派となっているが攘夷志士たちのリーダー的存在であることに変わりはない。

 新八の頭に松陽のあの微笑みが浮かぶ。あんな片田舎の寺子屋出身の彼らは、真っ直ぐな志を持つ松陽に育てられた彼らは、どういう人生を渡って現在に至るのだろう。平凡で穏やかな日常を過ごしたはずの彼らの身にどれほどのことがあれば、あれだけの修羅を背負うことになるのだろう。

 恐ろしく強いあの人たちの師匠か、と新八はひっそりとある計画を立てた。

 

 あれほどの激戦を経てもいつものように平然としている雪子を眺めて、この人は本当に不思議な人だなあと考える。そしてあの人も、と向こうに新八が視線をやるので、雪子もそちらに目線を向けた。

 

「細けーことはよくわからねーや。けど自分を想ってくれる親がいて、他に何がいるよ」

 

 雪子と新八と同じく、塀の上では銀時と星海坊主が話をしていた。夕日に染まった二人の男たちの顔は、一方は後悔と驚きに色づけられもう一方は変わらず平素の様子だった。

 

「俺ァアンタみてーな家族に恵まれたからなァ。なくしてしまいそうだったもんをアイツが必死になって止めてくれた。ずっとお互いに信じてたんだ。だから今がある」

「お前……」

「けど一度なくしちまったんだ。あの時の俺たちは誰も止める強さがなかった。………だから今度こそ取り戻そうとしてんだ」

 

 不意に銀時の瞳が強く光る。それは雪子が知らない、弟弟子たちだけで交わされた約束の記憶だ。手段も方向もてんでバラバラだが目指すところは同じだった。

 星海坊主にはそれが何のことだか当然わからない。しかし銀時には神楽と同じように家族への信愛が感じ取れた。一見巣なんて何も持っていなそうなこの男は、実際不恰好に大きな巣を抱えて不器用ながらも護ろうと必死なのだ。そんな姿に惹かれて神楽は居場所をそこに選んだ。ならば星海坊主はそこに何を見るか。

 

「家族ってのは鳥の巣のようなもんだ。本当の自分で居られる場所。なりたい自分、在りたい自分で居られる場所。神楽にとってのそういう居場所を、俺は護っていかにゃならん」

 

 受け取った神楽からの手紙に目を通して星海坊主はそんなことを口にした。

 

「俺達の巣は完全に壊れちまったが、俺を父親だと信じてくれる神楽の為にも、きっと……」

 

 そこから先を銀時は聞くことはなかった。ふらりふらりと雲の上を歩くようなリズムで進む白い背中に、今更言葉を投げかける気にはなれない。それを知って銀時は振り向いて微かに笑う。

 

「やり直せるさ。だから神楽のこと、大事にしてやってくれよな」




これで星海坊主編は終わりになります。本当は母親の話をここで片付けるつもりではありましたが長くなるのでやめました。またいつか……機会があれば……。
次はアネモネ編か橋田屋編か…その次の紅桜編をめちゃくちゃ書きたいのでその辺りの話をすっ飛ばすかもしれません。もしくはお妙さんやさっちゃんとヒロインレースやるのもアリ。どうしようかな。
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