「しかし本当にいいのか? お前はどの立場で動く。仮にも小料理屋の店主だろう」
「そりゃ天鴉副長として行くに決まってんでしょ。でないと好き勝手暴れられないし」
暴れること前提なのか……と桂は新しい衣服を身に纏いながら苦笑する。雪子が気絶した桂を介抱し血を拭いてくれたとはいえ完全に清潔とは言い難く、風呂場を借りて綺麗に洗い流すことにしたのだ。時折店主不在でも隠れ家としてお邪魔することがあり、桂だけではなく銀時や朧の分の衣類も置かれていて着物には困らない。
「攘夷志士の俺と行くのか?」
「あくまで私単独でっていう体裁でね。ヅラは偶然目的が一致した、敵の敵……つまり味方ってわけ」
「なるほど。映画版ジャイ◯ンとの◯太か」
「いんや? ル◯ンと銭◯警部」
部屋に行くと丁度雪子は支度を終えたところだった。普段の一般的な着物ではなく動きやすさを優先した袴にはどれだけの武器を仕込んでいることやら。桂のざっくばらんに切られた短髪を見て片眉を上げると、雪子は鏡台の前に座らせる。
「髪整えてあげよっか」
「可笑しな風にはしないでくれよ」
「しないしない。もっと美丈夫にしたげる」
慣れた手つきで髪を梳いて鋏で躊躇いなく整えていく。最初は坊主に刈り上げられるのではと身構えていた桂だったが、付近にバリカンがないことに安堵して懐かしさに身を任せることにした。昔からあの家で髪を切ったり整えたりする役目は雪子が担っていて、よく前髪を思いきり短くされて御立腹な高杉とゲラゲラ爆笑する雪子が喧嘩していたのを思い出す。その光景が鮮明に思い出されて、桂は小さく顔を綻ばせた。
「何?」
「いや。ばっちりだな。流石の腕だ」
「当然」
最後に整えられた髪に丁寧に櫛を通し、仕上がりに満足した雪子はふふんと微笑みをこぼす。
「ヅラって昔から髪長かったもんね。初めて短いの見た」
「そうだな。人生で初めてだ。髪洗うのめっちゃ楽」
「わかる。短いと楽だよね」
「正直もう短くてもいいんじゃない? っていうか〜〜キャラ変って感じでいいんじゃない? っていうか〜〜」
「だめ。絶対伸ばして」
滅多に見ないうなじを指でなぞり、強い口調で再び繰り返す。
「長い方がいい」
「そうか? 短い方がカッコイイと思うが」
「は〜〜〜? 確かにそっ………長い方が好き」
「そうか。なら伸ばそう」
「うん」
せっかく整えた髪をくしゃっとするように雑に頭を撫でて立ち上がり、雪子は咳払いをして話を切り出した。
「で? どうやって調査すんの。潜入捜査なら正直お前足手まといだから置いていきたいんだけど」
「ふん。舐めるなよ。これを使えば奴らの本拠地に潜入するなど容易だ」
そう言って桂がゴソゴソ取り出したのは白い着ぐるみのような薄い布地。黄色い嘴と丸い目玉、簡易的な手足がくっついているだけのシンプルなデザインだ。雪子はその生き物を象ったそれに見覚えがあった。桂が店を訪れる時にいつも連れ立ってやってくる……。
「……まさかそれ私に着ろってんじゃないよな」
「はははまさかまさか。確かに俺とエリザベスは一心同体。常にそばにいてくれる存在だが、お前をエリザベスの代わりにしようなどとは思っていない。これは俺が着るのだ!」
「あーそう、なら別に……って良くねぇよ!! なんでエリザベスの着ぐるみ持ってんの!? お前どういう認識してんの!!」
雪子がエリザベスの皮を奪って床に叩きつけると、桂は慌てて拾い、大切そうにひしと抱きしめた。
「何をするんだ!! これはエリザベスからコッソリ借りたエリザベスの化身だぞ!? 雑に扱うな怒るぞ!!」
「化身ってなんだよ、あんなのに化身なんていたの!? それ着て潜入って……目立ってしゃーないわ!! 潜入捜査の意味辞書で調べてきて!!」
「言ったな!? たしかに俺とエリザベスが並んで立つと対比で人目を引くかもしれない。しかしエリザベス単体だと驚くほど景色に馴染むことができるのだ!!」
「馴染むわけねーだろこんなバケモン!!」
「バケモンじゃないエリザベスだ!!」
それから数十分後。
「意外といけるね……」
「俺の言った通りだろう?」
エリザベスの中、桂の胴体に両腕両足を巻き付けて抱きついた状態の雪子は、自分の常識は時に当てにならないのだと学んだ。朧に叩き込まれた気配を殺す能力とは……? エリザベスの皮かぶっただけでこんなにも目立たないものなの?
ぺたぺたと可愛らしい足音を立ててズンズン進む桂の目的地は、高杉一派が潜伏するという敵船だ。近づくに連れて治安が悪くなっていき、攘夷志士たちの溜まり場へいよいよ足を踏み入れる。
「ふむ。ここからは物陰に潜みながら進んだ方が良さそうだ」
「今更?? もうそのままでもいけんじゃね」
「いけるか? チラッチラッ見られているのだが」
「こんな怪しい奴が近づいてもチラ見するだけなの、警戒心ないな……。エリザベスは脱いで行こ」
「嫌だ。俺はエリザベスの魂を連れて行くんだ」
「結局化身なのか魂なのかハッキリしろよ」
桂の背中にくっついている雪子には外の様子は気配を読むことによる朧げなものしかわからないが、それでも緊迫した空気が張り詰めているのが感じ取れる。
「まー最悪バレたら正面突破で全員斬り殺していけばいいから気楽に行けば?」
「騒ぎを起こした段階で逃げられる可能性がある。俺たちは奴らの目的を知らなければならない。無闇矢鱈に突っ込むことはできぬ」
桂の目的は高杉一派の狙いを探り、程度次第では阻止することだ。高杉のことだから雪子や松陽に被害を与えるような企みはしないだろうが、最近の危なげなあの男のことだ、万が一ということがある。それに既に高杉の駒の一つである岡田が謎の刀で辻斬りを行なっていた。穏健派としてこの事態を見逃すわけにはいかない。
「そうだ、俺よりも雪子の方が隠密活動には向いている。代われば切り抜けられるんじゃないのか?」
「は? 私にバケモン着て動けって?」
「バケモンじゃないエリザベスだ。仕方がない、手荒になるが我慢してくれ!」
「あ、ちょっ……」
結果、雪子の配慮を殴り捨てた桂の隠密行動によって無事船内に侵入することができた。
ひとまず人気のない暗い倉庫の奥に身を潜め、雪子はエリザベスの中から這い出ると口元を手で抑える。ここに来るまでかなり揺らされ、気分が悪くなったのだ。
「うっ……もう二度とその中には入らない……」
「よし、無事に潜入することができたな。見つからないよう慎重に動かねば」
「調査ねぇ……いっそ高杉んとこに会いに行ってみる? 何企んでるか吐かせようぜ」
「アイツが正直に言うと思うか?」
「ま、無理だな。松陽以外に素直になるような奴じゃないもんね」
雪子がそうバッサリ切り捨てるので、素直になれば膠着状態から脱することができるというのに、いつまであのバカどもは女の譲り合いやら取り合いをするのだろうと桂は考える。
この前松下村塾を訪れると、晩酌中に「雪子は誰がもらうんでしょうね。私は十年間事態が動くのを待ってるのに誰も何もしていないんですかね」と松陽が呟いていて、同じく見守ってきた桂は「このままだと向こう五十年は動きません」と返すので精一杯だった。ちなみに「五十年? すぐですね、楽しみです」との冗談なのかわからない言葉には苦笑いを浮かべ、「まあ、あと二年経っても誰も貰わないようなら、俺が雪子を貰います」と宣言してきた。愛情がどのベクトルで向けられているのかはさておき、桂は雪子を好いているし、雪子も桂を好いているのだ。問題あるまい。
手始めに二人で倉庫を調べながら、桂はそういえばと話題を振った。
「この前、銀時が赤子を連れて歩いていたぞ」
「赤子ォ? どうせ仕事で頼まれたんでしょ」
「いいや、それが銀時にそっくりな赤子でな。白い天然パーマに腐った目、あの太々しさは間違いなく奴の……」
バキィ!! 反対側の方角から恐ろしい音が聞こえてきた。そちらに目をやると雪子が大砲を手刀でめり込ませているところだった。ギギギと錆びたロボットのようなぎこちなさで振り向くとその顔は汗でびっしょりだ。
「な、な、まさか、それ……」
「知らなかったか。俺も見た時は驚いたな。いつの間に子どもをこさえていたんだか」
「え、ほ、ほ、ホント? マジな話? うそ、しょ、松陽に言わなきゃ……」
銀時、赤子、銀時、赤子、結婚、などという単語をブツブツ言う恐ろしいマシーンと化した雪子の様子は初めて見るもので、コイツをここまで動揺させるなんてと桂は銀時に関心する。
「たしか橋田賀兵衛の孫だと言っていたな。あんな大企業の娘とどんな奇縁で……」
「ま、待って、橋田? それって橋田屋のこと? 攘夷志士と深い繋がりがあったっていう……今はもう完全に手を切ったみたいだけど……あっ」
前からマークはしていた大企業の現当主の名に少しだけ冷静になった雪子は、完全に状況を理解した。以前から何かと黒い噂の絶えない企業だった橋田屋が、跡取り騒動を巡って問題を起こし、最終的には丸く収まったという情報は知っている。まあぶっちゃけ興味はなかったのでへーそうなんだくらいの流し見で確認していた事件だったが、その跡取りの孫があまりに銀時と似ていたのでそこだけ覚えていたのだ。
つまりその騒動の中で赤子を連れた銀時と桂が遭遇して勘違いを起こしたのだろう。
「はー……焦って損した。それ銀時は無関係だよ。他人の空似」
ひとまず勘違いをきっちり訂正。そうなのか? と驚く桂に詳しい情報を話しながら辺りを見渡す。ここは武器倉庫らしい。木箱に詰められた銃火器の類や大砲がそれなりに並べられている。中には雪子が未だに乗ったことのないホバーバイクまである。羨ましい。
しかし桂が言っていた怪しげな刀が見つからない。普通の日本刀なら収められているが、調べてみても怪しいところはない、至って普通の刀でしかなかった。
「ここに件の刀はないね。他を当たってみよう」
「わかった。………さて」
「……なんでエリザベスの皮持ったままこっち見てんの」
「? 早く抱きつけ。移動するのだろう?」
「もう二度とごめんだわ」
そうして桂と雪子は入口が厳重に警備された部屋を次の目標にする。扉の前に数人の攘夷志士が立ち塞がっており、そのような場所は軽く見回っても他にはなかったのだ。絶対に怪しい。
「あそこだな」
「どうやって入る? 正面から入るならあの護衛との戦闘は免れない。かといって他に入れそうな通気口や扉はないし……」
「む、誰か来たぞ」
物陰に隠れていると一人の男性がその扉に近づいていく。護衛の者たちはその顔を見ると扉の前から退き、その男を通して再び元の配置についた。どうやら攘夷志士たちより上の立場の人間らしいが、その長髪の男は二人とも見たことがない人物だった。
「あの男、この船を自由に出入りできるというのか……危険人物リストの誰かか?」
「いや。私の知ってる中じゃあんな男は情報にあがってないよ。とはいえ高杉の船でしょ? 攘夷志士じゃなければ事件の関係者とか?」
推測したところでそれ以上の情報はなく、あの扉の向こうに進まなければ何を得ることはできないだろう。桂は致し方なしと言わんばかりの顔で雪子を見ていた。
「仕方がない……ここは囮作戦だ」
「囮作戦?」
「任せろ」
名前からして嫌な予感しかしないが、一応聞いてみると桂はすぅっ……と大きく息を吸って。
「侵入者だァァ!! ここに侵入者がいるぞォォォォ!!! ……では健闘を祈る」
「てめえええええヅラこの野郎!!!」
突然の大声で侵入者の存在を叫んだ桂は、アディオス! と爽やかな笑みを浮かべてそのまま物陰に身を潜め、雪子は呼び寄せられた攘夷志士たちに追われる羽目になった。アイツ後でぶっ殺してやる!! ブチギレた雪子は、はちきれそうな殺意を抱えて走る。こうなってしまった以上、騒ぎをもっと大きくして桂があの扉に侵入しやすいようにするしかないのだ。それはそれとしてあの男は許さないけれど。
桂が死んだことになっているのでエリザベスのふりをしているとはいえ、捕まってしまうのはマズイ。それに雪子が相手なら高杉も雑な扱いはしないだろうという判断の作戦は、雪子に真意が伝わることのないまま実行された。
「あの女を捕まえろ!!」
「つーかどっから侵入しやがった!!?」
武器は体に仕込んである。たとえ武器が尽きようとあのくらいの敵ならば素手で殺すことも可能だろう。しかしここで戦闘するよりも逃げに徹してこちらに割く人員を増やした方が賢明だろう。そんなわけで雪子は戦いたいという欲求を我慢して走っていた。
どれほど足を酷使しただろう。後ろで粘って追いかけてくる攘夷志士たちの体力の方が先に尽きかけている。だが人数の多さでカバーしているようで、いよいよ船の奥まで追い詰められてしまった。
「もうどこ行ったらいいかわかんない! ええい、逆走するか! んで別れ道に入ってやる!」
次の曲がり角を曲がって、それからUターンで壁や連中の顔を踏んづけて逃げよう。そう考えた雪子は曲がり角をキレッキレの角度で曲がり……人をはねた。思いっきり人とぶつかってぶっ飛ばしたのだ。全力疾走する夜兎に体当たりされて無事でいられるはずがない。車に轢かれるよりも痛い。相手を確認した雪子の顔は驚愕に染まる。なぜなら雪子がぶつかった相手は高杉だったのである。
「たっ高杉ィィィ!!」
壁と激突した高杉の頭から血が流れ、咄嗟に修復した雪子の背後には幾本もの刃が向けられて。
「よ、よぉ高杉……久しぶりっ!」
「……何してんだテメェ」
そうして久しぶりの再会はロマンチックに始まった。
曲がり角でヒロインとぶつかる。なるほどこれがラブコメ……。