お家に帰ろう   作:睡眠人間

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ラブコメは突然加速する

 頭から大量の血を流した高杉は、雪子の接触と頭部の痛みが消えたことからもう怪我は修復されたのだと知って眉を顰めた。壁にめり込んだ跡があろうとも、今現在も滴り落ちてくる血があろうとも、高杉はピンピンしている。しかしそれは当人同士にしかわからないもので、雪子に刃を向ける浪士たちには理解できるはずがない。

 

「ご無事ですか高杉さん!」

「今すぐこの侵入者を斬り捨てましょう!」

「晋助殿に怪我を負わせやがって! つーかどんな速度で走っていたら人をはねられんの!?」

「おーおーすごい剣幕」

 

 やいのやいの騒ぐ部下たちと呑気に眺める幼馴染。高杉はため息を吐いて気怠そうに口にする。

 

「この女は俺の客人だ。手出しするな」

「そっ、そうだったんですか! それは失礼しました」

「では晋助さん、治療の方を……」

「それもいい。お前たちは戻れ」

 

 手短に言い切ると部下たちは頭を下げて去っていく。チラチラと雪子を見ては「……客人って、あんな別嬪さんどんな案件に関わってるんだ? ぱっと見ただの一般人だろう」「バカ、ただの美人が走ってるだけで高杉さんを吹き飛ばせるか。ありゃ人間兵器だよ」などと噂していくので、面倒くさいことしやがってと雪子を睥睨する。

 

「んで、何が目的だ」

「それより血、拭かない? カケラもない罪悪感が刺激されてヤなんだけど」

 

 仕方がないので高杉は頭の血を洗い流し、雪子はその間高杉の自室だという無機質な部屋を探索する。といっても見る限り必要最低限の設備があるだけの部屋だ。お宝のエロ本があるわけでも厨二くさい道具があるわけでもない。椅子もなければ机もなく、本当に寝るだけの部屋らしかった。

 つまんな、と雪子は仕方なく布団に腰を下ろして高杉を待つ。戻ってきた男は、自分の布団で勝手にくつろぐ女を見て目を細めた。

 

「それで、話してくれるだろうな」

「いいよ。包帯巻かせてくれるんなら。あんなに派手に怪我をしたのに包帯も巻かないなんて可笑しいでしょ? 暇だからやらせて」

「勝手にしろ」

 

 てっきり断られるかと思ったのに。だがいいと言われたならやってやろう。同じように布団に座らせて向かい合い、雪子は包帯を手に持った。高杉としては、彼女の傷を修復する力を周知させるわけには絶対にいかなかったのだ。

 

「岡田似蔵。お前んとこにいるでしょ」

「あァ」

「橋田屋の騒動以来息を潜めていたようだけど、奴は今江戸を騒がせてる辻斬りの下手人よね? それも面白い刀を使ってるとか。ほら髪上げろ」

 

 桂の話からだんだん思い出したのは、橋田屋の事件に深く関わっているのが岡田と銀髪頭の侍だという情報で、はは〜ん? と納得した雪子の指示に、高杉は大人しく前髪を上げて両目を伏せる。深い緑色の瞳が下を向き、やがて瞼が閉じられた。殊勝な態度に不信を抱いた雪子が雑な仕草で手当てをする。高杉の頭はぐらぐら揺れた。

 

「そんで真選組が連続殺人事件を追ってるから、犯人ぶっ殺して恩売ってやろうと思って。まあ刀の方が本命だけど。頭揺らすな」

「無茶言うな。……らしい動機だな。で、あんなアホな潜入したのかよ。バカかよ」

 

 口ぶりからして雪子が一人でやって来たとは思っていないようだが、確かに彼女ならば足音も気配も察知させず目標を始末することは可能であり、高杉の確信は正しい。桂の雑な作戦に巻き込まれた結果はバカそのものだ。さらにはそれに巻き込まれた高杉も総じてバカである。

 

「お前が振り回されるなんぞ、ヅラかテメェが可愛がってるガキどもくらいだろ」

「やだなんでそんなこと知ってんのキモ。頭揺らすな!」

 

 わざと頭を揺らす高杉に対抗して包帯をギチギチに巻きながらも、新八と神楽のことをいつ知ったんだ……? と雪子は不信感をさらに増幅させていく。

 

「だが捕まったのはお前だ。共に潜入した相手を心配する素振りがないんなら、十中八九相方はヅラか。生きてたんだな」

「あ。やっぱ岡田がヅラ狙ったの知ってんだ。……上半身を大きく切り裂かれていてね、私のところに来た時は本当に危なかったんだよ。……はい、出来た。感謝しろ」

「……おい」

 

 仕上げに頭をポスンと軽く叩いて自信たっぷりの雪子だが、その一方で高杉は不満そうに頭に巻かれた包帯を触る。あんな派手な怪我を負ったのならここまで手厚くするのは普通なのかもしれない。しかし包帯は高杉の左目までもを覆い隠している。視界の半分を隠されて睨む顔を覗き込み、左側の前髪をパサパサ指で流す雪子は満面の笑みだ。

 

「別にいいじゃん。前からなんでか左目側の髪長かったし、あんま変わらんでしょ」

「変わる。なんで頭を怪我したのに目まで包帯してんだよ」

「そりゃ頭を怪我しちゃったからだよ。あいたたた」

 

 雪子はひとしきりゲラゲラ笑うと不意に笑いを引っ込めて高杉の右手を持ち上げ、神妙な動作で手のひらに触れた。突然のことに動きも息も止めてじっと彼女を見つめる高杉は、こくりと唾を飲み込んで次の言葉を待つ。沈黙はそう長くは続かなかった。

 

「包帯右手にも巻く? 左目と右手封印しようぜ」

「ふざけんな巻こうとすんじゃねェ」

「別にいいじゃん。似合ってるし」

 

 手を払って立ち上がり、高杉はくるりと背を向ける。

 

「どの道テメェがただで帰るとは思ってねェよ。刀が見てェんなら見せてやる」

 

 そのまま部屋を出て行ってしまうので雪子はぽそりと呟いた。

 

「え、頭の包帯あのままにして行くの。冗談のつもりだったけど気に入ったんか……」

 

 

「晋助様! 頭大丈夫っスか!」

「頭を怪我されたそうですが……なんと左目まで」

 

 横で腹を抱えて爆笑する雪子の足を蹴り、高杉は足を抱えて痛そうにしている女を指差して言った。

 

「コイツは俺の客人だ。関わったらロクなことにならないから関わるな」

「は、はあ……」

 

 武市変平太が戸惑っている隣で、来島また子はわなわなと震えている。

 

「晋助様が女の客人を連れてくるなんて……! 客人ってどういうことっスか! そいつ誰っスか!!」

「ただのご婦人に見えますが、若い頃はさぞ輝いていらしたんでしょうね」

「今も輝いているっつーの。ていうか……」

 

 雪子は先程の攘夷志士たちの言葉を思い返す。高杉さん。晋助さん。晋助殿。晋助様。……へー、ふーん、ほー?

 

「ごめんなさい、晋助って誰のことかしら? 身近にいないものだからよくわからなくて……ああお向かいさんの晋ちゃん? 大きくなったのねぇ」

「いや晋助様はテメェの隣に立ってるお方だよ! 急に何言ってんスか!」

「へーコイツ下の名前晋助って言うんだ。昔馴染みだけど知らなかったわ。銀時もヅラ(アイツら)も高杉って呼ぶから。……あれもしかしてお前嫌われてる? だからこの船だとほとんど下の名前呼びなの? 高杉がそうさせてるの??」

 

 プププと笑いながら煽る雪子に青筋を立てる高杉。また子は「何スかコイツ馴れ馴れしい!!」と歯噛みをする一方で、武市はふむと口元に手を当てて考えた。

 高杉晋助という男は鬼兵隊でも孤高の存在として君臨している。誰もこの女のようなふざけた気安さで高杉に絡まないし、高杉もそういう輩を相手にすることはなかった。しかし目の前で繰り広げられる光景は武市を驚かせるものだ。

 

「私も下の名前で呼んであげよっか」

「……好きにしろ」

「おっけ! 今まで通り高杉って呼ぶわ!」

 

 ゲシゲシ蹴ろうとする高杉と防いでやり返そうとする雪子のやり取りは、仲のいい悪友同士のじゃれあいに見える。主の表情を見てそんな顔もできるのかと感心し、容易に楽しそうな顔を引き出した客人とやらの正体が武市は気になった。

 

「晋助殿。そのご婦人は一体……」

「そうっスよ! 誰だよこの女ァ!!」

「高杉にとって私って何者なの? ぜひ教えてくれる?」

 

 雪子は高杉の肩に腕をかけてしどけなくもたれかかると、にっこり優美な微笑みを浮かべた。これは高杉の回答を愉しみにしている顔である。もともと男よりも少し身長が高いこともあり、ヒールブーツでさらに高くなった女は面白そうに艶やかな唇を吊り上げて、至近距離で男の顔を見下ろした。

 

「……そうだなァ」

 

 いつも振り回されてばかりで、こっちの気も知らないで平然と距離を詰めてくる女が、高杉は大変気に食わない。今回だってそうだ。桂と組んで攘夷志士、しかもかなりの過激派とされている高杉の根城に潜入するなんて命知らずにも程がある。たとえお互いに護りたいという気持ちがあるのがわかっていても、武市やまた子を始めとする面々は雪子を敵視し攻撃する。雪子が強いから問題ないだとかそういう話ではない。彼女自身手を出されてもやり返せると思っているだろうから、高杉はそれを未然に防ぎたいと考えていた。

 ならば、この船での危険を遠ざけるには打ってつけの策がある。人を寄せつけなければいいのである。高杉は閃いた。思いのままに行動した。細い腰に腕を回して自分の方へと引き寄せ、独占欲のこもった低音がこぼれる。

 

「コイツは俺の女だ。指一本触れるんじゃねェ」

「……は」

「はぁぁぁああああああ!?!?」

 

 武市はぽかんと口を開け、また子は驚き白目を剥いて叫ぶ。今までそんな素振りを一切……いやなんとなくそうなのかなと思うようなフリはあったのだけれど……あまりそういった噂のなかった鬼兵隊総督の暴露は瞬く間に船中に広がり、しっかり話を耳にした桂が「おっついに高杉が動いたか! 先生に報告しなきゃ!」とウキウキすることになるのだが、それは少し先の未来のことである。

 

 さて、震源地では現在驚愕する二人とキメ顔の高杉と腕に抱かれた雪子がいる。俺の女扱いされた雪子は動くことも言葉を発することもしないノーリアクションで、高杉は右目を薄めながら視線を横に滑らせて、言葉を失った。

 夜兎特有の白い肌を赤く染め上げ、雪子は困ったようにきゅうと眉根を寄せている。揺らぐ瞳が伏せられたと思ったら高杉の視線を掠め、勢いよく逸らされた。照れている。あの女が。何をしたってヘラヘラゲラゲラ笑う傍若無人な幼馴染が。

 高杉は初めて見る、高杉に対して心底恥ずかしそうに身を捩る雪子に見惚れた。可愛らしいと思った。

 

「雪子。お前……」

 

 意識を吸い取られてしまったように夢中になって赤い頬に手を添えると、硬直から解かれた雪子は思いっきり高杉を突き飛ばした。

 

「きゃああああ!!」

 

 聞いたことのない乙女の悲鳴に高杉は全身を強打しながらも、いいモン見たなと満足そうにニヤリと笑った。

 

 

 これは彼らには知り得ないことだが、以前松陽と雪子が話をした際に出た「あの四人の誰となら結婚できるか」問題が彼女の中に大きな変化を起こしていた。つまるところ恋愛的な意味で彼らを意識するようになっていたのである。といっても小さい頃から一緒にいた仲なので普段の行動で照れることはない。雪子から近づいたり触れたりすることも平気だ。だけど向こうからそういう感じで来られたら、なんか、ダメなのだ。女性扱いされると、なにも考えられなくなってしまうのである。

 今まで恋愛なんぞに微塵も思考を割いたことがない雪子は耐性が皆無であり、油断しきった瞬間に爆弾を落とされたら100%被弾する。毒耐性に始まり修復能力さえ手に入れた雪子は、この攻撃に一番弱かった。

 

 高杉はそのきっかけを知ることはなかったが、一連の流れから雪子がそのような扱いをされることに弱いことに気づいた。嘘を平気でつくし、偽りを本心のように話し、傷ついても隠して笑っていて、弱味をほとんど見せてこなかった彼女の致命的な弱点を、幼馴染たちの仲で一番早く理解した。

 

 

「そういうわけで、この紅桜は学習を重ねて進化していく、まさに生きた刀なのだ!!!」

「へー! 寄生して操られんのは気に食わないけど技術すごいじゃん! どういう仕組みなの?」

 

 まあ照れが長く続くわけでもないのだけれど。

 高杉に案内されて工場へ辿り着いた雪子は、紅桜の製作者、村田鉄矢の話に興味がすぐいき、高杉そっちのけでキャッキャッと二人は盛り上がっていた。

 

「よくぞ聞いてくれた! 紅桜は電魄という人工知能を搭載し、戦闘の経験を通して能力が上がっていく。この刀はただの刀ではない。絡繰なのだ!!」

 

 紅梅色に輝く刀身は美しく、そんな刀がずらりと並べられた景色は圧巻の一言である。この一本一本が学習能力を有する兵器ならば幕府も看過できない巨大な武装集団となるだろう。

 それだけではない。宇宙にも見聞を広める雪子でさえ、武器と人工知能を融合させる技術は聞いたことがなかった。全ての武器は扱う人間の技量によって左右される。しかしこの刀は使い手が壊れるまで、いや壊れてもなお破壊を止めない恐ろしい兵器。これを作れる頭脳と技術を誇る村田という男を狙う輩が現れるのは時間の問題だろう。

 

「そんで、この兵器を使って幕府転覆を目論んでいると。いやー、とんでもないこと考えてくれたね」

「俺はできねー法螺はふかねェ。侍も剣もまだまだ滅んじゃいねーってことを見せてやろうじゃねーか」

「貴様らが何を企み、何を成そうとしているかなど興味はない! 刀匠はただ斬れる刀をつくるのみ!」

「待って私まで含んでない? 私こいつら鬼兵隊とは無関係の人間なんだけど」

 

 雪子のツッコミを聞いていない村田は唾が飛ぶ勢いの大声でしかと宣言する。

 

「私に言える事はただ一つ。この紅桜(けん)に斬れぬものはない!!」

 

 ガラスケースに収められた紅桜を見上げ、力強い瞳が真っ直ぐに見据える先に有るのが紅桜だけのようには見えなかった。この男の芯にあるものが何なのか、どうしてただの刀匠だった男が攘夷志士と手を組むことになったのか、正確なことは雪子にはわからない。しかし刀に込めた情熱が嘘偽りないことを見抜き、彼に一歩近づいた。

 

「それじゃあ、硬くしなやかで、切れ味抜群で、とにかく丈夫な刀は打てる?」

「ふむ? 紅桜では不満か?」

「折れないのなら紅桜(これ)でも。前からそういう刀が欲しかったんだよ」

 

 最近めっきりしなくなっていた猫被りをいよいよ捨てて尋ねると、村田は目の前のケースから紅桜を取り出し、雪子の方へかざした。

 

「貴女が何の目的で紅桜を手にしようとしているかは知らぬ。だが忘れるな、主人と認められたが最期、命を削り切るまで紅桜は止まらない!」

「好都合。私が屈するのが先か、コイツが折れるのが先か。勝負と行こうじゃねェか」

 

 そうして村田から受け取った紅桜を、軽く振って調子を確かめる。すると絡繰故に人には察知できないほどに殺された戦闘狂の気配を感じ取り、紅桜は持ち主への寄生を開始する。刀身から数本の管が生えてきて雪子の腕に突き刺さらんとする寸前、高杉が管を叩き斬った。

 

「高杉、何すんの!」

「……もう十分見ただろう。時間だ」

 

 そのまま紅桜を奪い取って村田に投げ渡し、駄々をこねる雪子を引きずって高杉は工場を後にした。最初は邪魔すんじゃねぇ!! と怒っていた雪子だったが、それ以上に怒りを抑えた様子の高杉に次第に大人しくなる。

 

「まさか本当に寄生されると思ったわけ? 大丈夫だって、寄生されたところで私死なないし。つーか絡繰なんかに負けるわけないし」

「…………」

「刀のことも知れたから、後は岡田って奴をぶっ殺して首持って帰っていい?」

「…………」

「つーかヅラが潜入してるってわかっていながら放置してていいの? 放っておいたら何するかわかんないよアイツ」

「…………」

 

 無反応である。女を引きずって歩く怒りのオーラを纏った高杉を避けて部下たちは動揺しながら道を空けてくれるので、スムーズに自室に辿り着くことができた。雪子を布団に向かって乱暴に投げると、そのまま部屋を出て厳重に鍵をかけ、高杉はその場から離れた。

 

「………は?」

 

 そうして一人取り残された雪子は、呆然とその背中を見送った。




ちなみにクーデターを起こそうとしているだとか、このままだと江戸が大変なことになるだとか、そういうのは雪子にとってどうでもいいことです。それよりも刀と桂を傷つけた岡田の方に関心があるので。
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