お家に帰ろう   作:睡眠人間

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二回目の約束

「? ………??」

 

 部屋に一人取り残された雪子は暫くの間ぽかんとアホ面を晒したまま閉ざされた扉を見つめていた。何が彼女をそこまで放心状態にさせたのか。理由はただ一つ、今までそのような扱いを受けたことがなかったからである。

 監禁や拘束などは嫌というほど経験してきたが、自分が家族だと認める男に引きずられて部屋に放り込まれたことは一度もないし、何よりも雪子に直接ぶつけられることのない怒りを高杉が抱いていたのも珍しかった。二人は……というか幼馴染たちはいつだってムカついたことがあれば本人に直接言い、時には刀と拳で意見をぶつけ合っていたからこそ、今回の高杉の行動はかなりのショックだったのだ。

 やがて状況を理解した雪子は次第に怒りを覚え始める。

 

「なんで閉じ込められなきゃならないの? こんなんいつでも蹴破れるし。なんなのアイツ」

 

 ぷりぷり怒りながらヨロヨロと這い出て扉の前に立ち、鋭い蹴りをお見舞いしようと構える。しかしガチャガチャと扉の鍵が解除される音がして、おやと構えを解いた。

 

『あんな風に高杉が怒るのも当然だろう。もっと自分の身を大切にしなさいもー』

「お母さんかよ」

 

 厳重に閉ざされたはずの扉を押し開いたのは桂だった。その手にはピッキングの道具が握られており、エリザベスの格好は相変わらずだったので、白いバケモノが垣間見えたとき雪子は一瞬だけビクッとする。

 長文が書かれたプラカードが扉に引っかかって「あっちょっとやばい引っかかった、雪子助けて」なんて言われるものだから、雪子はため息をつくとプラカードを手刀で粉砕し、桂はようやく部屋への侵入を果たす。

 

『工場の方で捜索が始まったから逃げてきた。爆弾を仕掛ける前でよかったよ』

「プラカードうるさいから口で喋って」

「高杉に連れて行かれた後を追っていて正解だった。まさかあんなにも鍵をかけているとは」

 

 高杉の私室は誰にも近寄られることのない領域で、雪子は鍵をかけられた扉を蹴破って脱出することくらい朝飯前の女である。どれだけ厳重に抑えようと無意味であることは高杉もわかっているはずだ。

 それでもあのような細工をしたのはどういうわけか……二人が気づくことはないし、高杉自身衝動的に動いていたので無意識でしかないのだが、あれは独占欲の現れだった。好いた女を閉じ込めて鍵をかける。誰にも渡さない、女をここから出したくないという欲望の発露だった。

 

「逃げる先には最適だよ。ここ高杉の部屋らしいから誰も近寄らないし」

「いや? 一人いたぞ。女子が出入り口の前でウロウロしていたから落としてきた」

 

 おなご……ということは高杉のことを晋助様呼ばわりしていた金髪の子かと雪子は顔を思い浮かべる。気の強そうな美しい顔をしていたあの女、間違いなく紅い弾丸と恐れられる来島また子だろう。そしてその隣の男が、おそらく変人謀略家の武市変平太。まだ確認していないが名のある剣豪、河上万斉や今回の標的である岡田似蔵もきっとこの船にいる。

 

「お前が村田という男から引き出した情報が真実なら、高杉は紅桜を使って江戸を火の海にするだろう。俺はそれを阻止したい。江戸には大事なものができてしまったからな。抱え切れないほど多くのものが」

 

 どうして高杉が周りを巻き込む危険な手段を取るのか、桂にはさっぱりだった。

 銀時と再会するまで桂も過激な攘夷志士筆頭の男として指名手配されていた。というか今もされている。だが穏健派となったのは雪子や朧だけを優先して救うのではなく、二人を縛るこの国を、宇宙を変えたいと考えるようになったからだ。

 危険な思想は危険な思想によって排される。独りよがりの破壊行動なんて万人に支持されるわけがない。それに気づいた桂はがむしゃらに武力を振りかざすのではない、新しい道を探している真っ最中だ。故に桂の今回の行動が定まったわけだが、雪子は違うらしい。

 

「そ。私は……そうだな。紅桜を手に入れて岡田の首を刎ねて、それでいいわ。高杉の顔も見れたし」

「まだ紅桜を諦めていないのか。というか……この事態を見過ごすと?」

「ヅラがいる時点で解決するんだからいいでしょ? それに正直言って、テロとかクーデターとかどうでもいいの、興味ない」

「銀時や松陽先生に火の粉が降りかかろうとも?」

 

 桂の試すような口ぶりに雪子の瞳が鋭く細められる。雪子はエリザベスの中にある桂の顎を的確に掴むと触れてしまいそうなほどに距離を詰め、猛獣のような気迫で言い放った。

 

「高杉は松陽を傷つけることはしないし、私がそうさせない。……あと、私が手を出したらアイツの邪魔をすることになる。こちとら十年待ってんだ。もうほっといていいって……今のままでも十分幸せだって言っても、高杉聞かないんだもん。私を助けるって約束を、私が果たさないでどうすんの」

「……雪子」

 

 一呼吸を置いて手を離し、雪子はばたりと仰向けに転がった。ついさっきの怒りに似た感情を誤魔化すように、今度は明るく唄うような声色で問う。

 

「なんで高杉が危険な方法で幕府に喧嘩売ってるかわかる?」

「……いや」

「それが一番手っ取り早いからだよ」

 

 桂は考えていたことを見透かされたのかなんてドキッとしながら続きを待った。

 

「高杉と村田は紅桜という強力な兵器を作り上げた。地球なんていうちっぽけな星の、侍とかいうちっぽけな種族が、宇宙を波乱に巻き込む殺戮兵器をな。するとどうなると思う? 兵器は戦争を引き起こす。戦争は莫大な金を生む。金と権力があれば目的の組織に近づける」

 

 さて問題です、高杉が近づこうとしている組織はなんでしょう? 雪子が起き上がって胡座をかき頬杖をついてにっこり微笑んで口にすると、桂も正座をして答えを言った。

 

「……天導衆。またの名をアルタナ保全協会。お前と朧殿を縛りつけている組織。……奴らを敵に回せば全宇宙を相手にするようなものだな」

「そう。もしお前がこの国を変えようとしたら、一番の敵になる相手。そこに高杉は取り入ろうとしてる」

 

 天人襲来の折、幕府は御庭番衆を解散させ、その地位に天鴉の前身である天照院奈落を位置付けた。その頃には雪子は便利な道具として奈落に使われていた為、天導衆は彼女を大層可愛がり重宝した。その扱いは現在もなお継続している。

 

「とはいえ鬼兵隊なんて小さな組織が天導衆にお近づきになれるわけがない。強力な武器や兵力を欲している何らかの組織……たとえば宇宙海賊や戦争屋、奴隷商人、その辺りに紅桜を売り込むんじゃないの? どっかを征圧した事実があればちょっとは事が有利に運ぶだろうし、高杉にとって江戸を襲撃するのは手段であって目的じゃない。そこを突けば爆弾なんていらないかもね」

 

 桂にとって阻止すべきは江戸への襲撃である。これを防ぐために紅桜を全て焼き払ってしまおうと考えていたが、雪子を信じれば、話の持っていき方によっては平和に解決することができるかもしれない。いや、それは江戸の代わりにどこか違う星で殺戮の限りを尽くされるということで……というか雪子はただ紅桜を手に入れたいだけなのでは? だから壊されないよう誘導しているのではないか? 桂は訝しみを込めた視線で見つめるが、雪子はこてんと首を傾げるだけだ。

 

「なに?」

「結局奴は戦場に立つのだなと。世界を相手取り、宇宙一の組織を潰すまで止まらぬか」

「笑っちゃうでしょ。バカみたい。……アイツがそんなことする必要なんてないのにね」

 

 そうやって、前に朧に零したように雪子はしとしとと己の想いを打ち明けた。

 

「あーあ、なーんでどいつもこいつも自分からテロリストになってんの? 松陽は無事に松下村塾に帰れて、あんたたちも五体満足で生きてて、それ以上に何を望むってんだ。この欲張りめ」

 

 欲張りといって一番に思い浮かべるのは誰だろう。そう考えて、間違いなく雪子であるとわかるのに、正解だと思えない自分がいて桂は呻く。

 幼い頃はよく我儘で周囲を振り回して、自分のやりたいことに素直でまっすぐで、自分たちはそんな彼女の姿に憧れを抱いていた。だが今はどうだ。天導衆の人形になって人を殺し、自分たちに対しても一歩引いて空っぽの顔で笑っている。

 昔の雪子はそうではなかった。変わってしまったのだ。ああ、そこが気に食わねェと苛立っていた高杉を思い出す。

 

「……一番の欲張りが求めないから、代わりに俺たちが欲するのさ。雪子が自由に生きられない世界なぞ、許せるわけがないだろう? だからお前の為に戦う。俺たちが剣を取った理由はそれだ」

「……知ってる。だから、どうしようもないの。死なない私を助ける為に、簡単に死んじゃうお前らが命をかける必要はないんだって。ちっぽけな存在でしかないお前らが、宇宙を相手に無事でいられるわけがない。必ずいつか死に目に会う。私はそれが耐えられない。……わかってよ、もう十分なんだって言ってるでしょ」

 

 桂はかなりの衝撃を受けたまま雪子の話に耳を傾けていた。言葉にせずとも彼らは強い絆で結ばれており、全員が仲間を大切に想っているのは承知のことであった。わざわざ口にするのは小っ恥ずかしいし気持ち悪いから絶対言ってやらないけど。……というのが彼らの共通認識だったのだが、雪子はそうではなかった。否、理性が機能していないようでぽろぽろと溢れてくる言葉を必死に取り繕うとして、結果さらに心の奥底を自ら暴き出していた。

 

「私は朧に助けてもらった。だから地球にいれる。地球でお前らに、松陽に会って笑うことができる。そうしたら、宇宙にいる間の地獄なんてへっちゃらなんだよ。……それでいいの」

「……地獄って」

「言いたくない。どうしても知りたかったら朧に聞けば」

 

 どんな絶望においても光を絶やすことのなかった瞳に翳が宿る。その顔は確かに笑みを浮かべているのに一片の綻びも見つからなかった。そんな顔を見ていたくなくて、桂は話を変えることにした。

 

「つまり……自分のせいで俺たちが危険な目に遭うのが嫌なのか」

「うん」

「今回は俺が岡田に斬られたのが許せず、奴を殺そうとしているのか」

「うん」

「……やろうと思えば危なくなる前に強制的に俺たちを封じられるだろう。そこまで危惧していて、なぜしない?」

 

 あり得ないくらいあっさり肯定した今の雪子なら言ってくれるかもしれない。一縷の望みをかけた質問に、彼女はケロッとしたまま答える。

 

「だって嬉しかったんだもん。そんな危ないことをしてまで助けに来るって約束してくれたのが。だから高杉やヅラの邪魔になることはしない。……まあ気分によるけど」

 

 全てを聞き終えた桂は深呼吸を数度、それから思考を整理して、二度としてくれないであろう彼女の本音を胸に仕舞った。長く沈黙してしまったことを怪しんだ雪子が名前を呼んできて、ようやく口を開くことができた。

 

「……それなら一つお前に見せたいものがある」

 

 そう言って取り出したのは紅桜だった。雪子の目の色が露骨に変わる。村田と盛り上がる雪子の様子を上から観察していた桂は、高杉を怒らせた一連の動きもしっかり見ており、これはと思い工場から一本失敬してきたのだった。

 

「紅桜は持ち主が主人と認めたら寄生し、死ぬまで戦い続けるそうだな」

「そうだけど……なんで持ってきてんのバカなの死にたいの?」

「……。まあ見ていろ」

 

 どれどれと近寄った雪子の目の前で薄紅色の刀身から数本の管が生えてくる。にゅるにゅると迷いない進路で、エリザベスの皮の上から桂の腕と思われる箇所に入り込もうとする寸前で、雪子が管を握り潰した。

 

「何してんの」

 

 その声が怒りか焦りか何かしらの感情で揺れていて、桂は良かったと思えた。

 

「今のはさっき雪子がやっていたことと全く同じことだ。どうだ? 肝が冷えたか?」

「あのねぇ、私だったら平気だけどお前の体じゃ───」

「平気なわけがないだろう!! 馬鹿者が!!」

 

 怒りを孕んだ叱咤に雪子が肩を振るわせる。真剣な顔で言葉を募らせていく桂の胸にはさまざまな想いが去来していた。やはりこの女はどうして高杉が怒ったのかわかっていない。どうして自分たちが雪子の想いと裏腹にテロリストなどをやっているかを理解していない。

 ならば、わからせなければ。こういう時は松陽の出番だった。少なくとも松下村塾では雪子相手に説き伏せるのは松陽の役目で、桂がその座に着くことはないと本人は思っている。しかし桂を除く弟子たちの見解として、雪子を説き伏せられるのは桂であると考えられていた。松陽とは似て非なる威厳に雪子は大人しくなってしまうのだ。

 

「お前が俺たちの身を案ずるように、俺たちもお前が傷ついたら、我が身を斬られるよりも苦しくなることがどうしてわからない。どれだけ苦痛に苛まれようが、修復できるからと痛みを負うのか。俺たちの気持ちはどうでもいいのか?」

 

 そう言い寄られて言葉を詰まらせた雪子だったが、視線を逸らして悪足掻きをしようとする。

 

「ち、違う。でも、私は痛みに慣れてるし、修復できるし、傷ついたところでお前たちに関係ない───」

「あーそうですかわかりました! なら俺の痛みも俺のものなんですからね! 今から腕切りますけどあなたには何の関係もありませんから!」

「ちょっと待ったストップストップ! わかった! お前の言い分はわかったから!」

「わかるだけでいいなら攘夷志士はいらぬわ! いいのか? このままだと腕ちょん切っちゃうぞ? いい歳した大人が泣いちゃうぞいいのか〜〜?」

「やめろやめろみっともない! 何でもするからバカな真似はやめろ!」

 

 いいのかいいのか〜〜? と管を破壊され人工知能の機能を失いただの刀になった紅桜をチラつかせると、面白いくらい雪子が慌てて止めてくるので、桂は目的の言葉を引き出すと普段の態度に戻った。

 

「うむ。ならば約束してくれ。自分の身を大切にすると」

「ハッ、そんなことでいいわけ」

「そんなことさえできない奴が何を言う」

 

 できてるし。長く戦闘できるよう傷はなるべく負わないようにしてるし。という言い訳を無視して小指を差し出すと、雪子も肩の力を抜いて手で握った。エリザベスの皮を被ったままで小指がどこかわからなかったので。

 

「じゃ、私からもお願いね。あんまり無茶なことはしないで。心配だから」

「おお、滅多に聞けない言葉がすらすら出てきて驚いたぞ」

「このまま指の骨折ったろか」

 

 そうして「指切り拳万嘘ついたら一万発ぶん殴る〜〜指切った!」と元気よく唄うと、雪子は爽やかな明るい笑みを浮かべる。その一方で桂はちょっとやめておいた方がよかったかもしれないと今更過ぎることを考えた。




なおこんなシリアスな会話をしているが桂はエリザベスになっています。シュールな光景。
話が進んでいるようで進んでないですね。流石に次の話で戦っていると信じたい。
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