桂の説教で自分が如何にして高杉の地雷を踏み抜いたかを理解した雪子だが、はいそうですねとすぐに反省して素直に謝るような殊勝さなど微塵も持ち合わせておらず、高杉との仲は相変わらずだった。
自由に艦内を闊歩する雪子に高杉は何も言わず、好きにしろと言わんばかりの放置っぷり。じゃあこっちも好きにさせてもらうわと、鬼兵隊の構成、艦内に仕込まれた兵器の類、これからの進路や逃走経路などなど入手できる情報は全て手に入れ、もうやることなくしたなぁと暇を持て余す頃には数日が経過していた。
その間、雪子が高杉の女であるという認識が艦内に広まっており、同じく雪子もまた「私は高杉の女ですが何か??」という顔をしてのしのし歩き回ったことで、また子の堪忍袋の緒がいくつも切れた。
雪子は照れが持続しない。なぜならば「なんでアイツのせいで私が困る精神状態に追い込まれなきゃならないわけ? ムカつくな……」という境地に至るからである。それに冷静になると「なんであんな変なことしてきたんだろ……私がそういうのに弱いと見抜いて悪戯してきてるだけじゃね?」みたいな気持ちに落ち着くからだった。
さてそんなわけで積極的に総督の隣ポジションを颯爽と横取りしていった雪子は、鬼兵隊の面々とそれなりに上手くやれていた。
「ハァイまた子ちゃん元気ィ??」
「キィィィィィ!! 腹立つ! なんでいつもいつも晋助様探してる時にアンタの顔見なくちゃならないんスか!」
「高杉探してんの? 自室にいる? 私が呼んでこようか? なんでか部屋で寝泊まりしても怒られないから」
「…………ッ!! 死ね!!!」
などと煽りまくったり。
「貴女昔の写真とかお持ちでないです? 特に十六、十七の頃のもの。私気になります」
「十年以上前の自分の写真なんて持ってないわ。高杉に聞けば。アイツ持ってるかも」
「ふむふむ……少なくともその頃には既に晋助殿とお知り合いだったのですな。想定以上に深い仲にあるようだ」
「自分の主人が写真持ってる可能性には言及しないんか」
などと話をしたり。
「毎日毎日ここに通ってくるとは。なかなかにお暇な人とお見受けする!」
「暇じゃねェわ時間の使い方が上手いだけなんですぅ。で、紅桜の構造の話なんだけど」
「はははは!! 刀にえらく興味がお有りなのか! ぜひ私が打った刀を使って頂きたい!!」
「相変わらず人の話聞かねーな」
などと村田の技術について情報を集めたり。
そんなことをして暇を潰していた雪子が異変に気づいたのは、工場で村田と話をしていた真夜中の頃だった。理想とするとにかく丈夫で切れ味が鋭い刀を所望する雪子が、言葉をつらつらと並べながらガラスケースに収められた紅桜を眺めていると。
───銃声。それも多数。そして乱闘の音。
「ヅラ……?」
真っ先にエリザベスをかぶった幼馴染の顔が思い浮かんだが、桂の気配がかすかに、しかし確かに感じられることからその可能性を即座に消す。
ならば誰かがこの船に乗り込んできたのか。確かめなければ、と雪子は村田にその場から動かないように指示を出して、足音と気配を殺して血の臭いのする方へと向かう。そして工場から甲板へと繋がる通路に顔を出した神楽と……彼女の後頭部に拳銃を突きつけたまた子をその目で見た。
「雪っ……」
驚いた神楽が名前を呼ぶより、また子が引き金を引くより早く、雪子は二人の間に入るとまた子の足を払い軌道を外す。撃たれた銃弾は天井を塞ぐパイプに弾かれ、二発目が放たれる前に拳銃を持つ手を掴んで体の回転に合わせて地面に押さえつけた。仰向けに倒れたまた子の腹に跨り、彼女の両手を片手でまとめあげると、また子は抵抗しようにも夜兎の怪力に敵うはずがなく(もちろんまた子は雪子が夜兎だとは知らないが)、悔しそうに眉根を寄せた。
「なんつー怪力っスか……。侵入者は即捕縛! 邪魔するんじゃねェ!」
「へぇ? ならやれば? この拘束が解けたらの話だけど」
ハッと明らかに馬鹿にするような嘲笑を受けたまた子が懸命に足掻くがやはり逃れる術はないようで、彼女が抵抗の意思を失くしたと見做した雪子は改めて神楽の方に顔を向ける。
「雪子、なんでここに!」
「それはこっちの、セリ、フ……」
そして神楽の左肩と左足首に存在する弾痕を認め、頭の奥が熱くなっていくのを自覚する。ぶわりと膨らんだ殺意が雪子から発せられ、また子と神楽は突然の気配に目を見開く。今まで微塵も感じ取れなかった彼女本来の気配は血に濡れていて、どの生物よりも生臭かった。身体中から力が抜けて神楽はぺたんと床に座り込んだ。平素が乱れたことによる隙が生んだ圧は、二人を怯えさせるには十分過ぎるほどだった。
雪子は片手で拳銃を奪い取ると素早く後方に向け、行儀悪く足をまた子の左肩に置くと、ピンヒールの鋭い切先が皮膚を冷たく刺激する。
「お前、神楽を撃ったな?」
「ひっ……」
拘束された両の手首に力を込められ、酷く痛む。四肢の自由を奪われたことよりも、大切な拳銃を奪われたことよりも、雪子の殺気にまた子は心底恐怖した。
神楽を撃った箇所と同じ部分を狙われている。ジワジワと体重をかけられていくピンヒールが左肩を貫くのは時間の問題に思われた。緊迫した空気がその場を支配し、重い雰囲気が続く。
ただ一人、甲板へと続く出入り口から入ってきた高杉が、その光景を見て吐息をこぼすまでは。
「そこまでだ」
「し、晋助様……」
好戦的に黒々と光る目が高杉を射抜く。雪子は人形のように機械的な動きで首を傾げた。
「なんで?」
「この船にいる以上、俺の目の前で鬼兵隊の連中を痛めつける真似は許さねェ。それだけだ」
心臓がキリキリ悲鳴を上げ、冷や汗が額を伝い落ちる。また子が言葉を紡ごうと息を吸った瞬間。
───パン!! 銃声が一発分響く。雪子は高杉の目を見つめたまま銃の弾道など全く見ずに躊躇なく撃った。同じく足に力を込めて、硬い感触がヒールを通して足の裏に伝わってくる。雪子の撃った先はまた子の左くるぶしのすぐ横、そして足は肩の少し上、床を踏みつけたのだった。
「……高杉に免じて今回は見逃してやる。けど次神楽に同じことしてみろ。今度は生まれてきたことを後悔させてやるからな」
わかったか? と続けて言えば、また子が何度も頷くのを確認して雪子は立ち上がり、高杉には目もくれず神楽の肩を抱いて医務室へと連れて行く。
「説明は後。まずは手当な」
「う、うん」
ここ数日のうちにこの船の構造は完全に把握した。迷いなく進む雪子の後ろ姿を見送って、また子はようやく詰めていた息を吐いて酸素を吸った。
「はっ……はっ……、な、なんスか、アイツは」
「下手を打ったな。雪子の逆鱗に触れてよくまあ無事でいられたもんだ」
「逆鱗……」
本来工場のことは門外不出。雪子とかいう謎の女がいくら高杉と親しい仲にあるからといって工場に我が物顔で出入りされ、今回は侵入者のガキに紅桜を見られた挙句口封じもできないまま身柄を横取りされた。
本当ならこんなことは絶対に許されないことだ。高杉が……鬼兵隊総督がそんな綻びを許すはずがないことなのだ。なのに当人は雪子の姿が見えなくなると、するりと姿を消していた。
もし高杉が止めていなかったら間違いなくまた子は苦痛を味わっていただろう。狙われていた左肩を撫でて、不明瞭な現実に舌打ちを漏らす。
その一方で一際大きな満月を見上げる高杉は、零れた己の言葉の解を求めて、思索の海に溺れていた。
「な〜〜んでヅラ探すっつってこんなとこに乗り込んでくるわけ??」
「だって定春がこの船にいるって……イデッ」
医務室にて、常駐していた攘夷志士を追い払い二人っきりになると互いに状況を説明しながら齟齬を噛み合わせていく。
ばちんとデコピンを食らって痛がる神楽の患部はばっちり応急処置をされていて、既に出血は止まっていた。弾が貫通していたために摘出する必要もなく、これなら放っておいても勝手に治るだろうなと雪子は判断を下す。
「おお〜〜治ったアル! ありがとう雪子!」
「これなら一人で帰れるでしょ。さっさと帰んな」
「え? いやアル」
即答する神楽に雪子の顔が厳しいものになっていく。全身から漂ってくるはよ帰れのオーラに、しかし神楽は屈しなかった。
雪子の話によれば彼女は仕事でここに来ていたそうだ。詳しい話はしてくれなかったけれど、桂が辻斬りに殺された可能性やここに逃げ込んでいるかもしれないという話を神楽がしても、彼女は眉一つ動かさず、静かに「危ないから帰りなさい」と言った。
単に雪子は桂が無事であることを知っているので神楽の心配が一ミリも必要のないことだとわかっている為、子どもをこれ以上危険な場所に置いておきたくなかったのだ。現に神楽は二発撃たれている。人間だったら相当な深手だ。
「定春が教えてくれたから、ヅラは絶対に生きてるアル。だったら早く見つけて連れ帰って……エリザベスを安心させてやらないと」
しかし神楽の意思は固く、ここは自分が彼女のそばにいて危険を排除する方が得策だろうと考えた雪子はわざとらしい深いため息をついた後。
「………そ。なら私のそばから離れないようにね。ここは攘夷志士の中で最も過激な男、高杉晋助のテリトリーだから」
「わかったアル! さっすが雪子、頼りになるネ!!」
そうして神楽の保護(というか変な行動をしてこれ以上騒動に巻き込まれないように監視することが目的である)を第一とした雪子は、工場にも高杉の自室にも行くことはなく、食堂と医務室を行き来するようになった。
これヅラが生きてるのわかったらアイツどうなるんだろう……などと考えながら。
その結果、艦内を自由に動き回ることもなくなって、高杉一派と相見えることは……標的の岡田と鉢合わせることは、なかった。
そして翌日。UNOで夜更かしをした二人は、船全体を揺るがす大きな振動と爆発音で目を覚ますこととなる。
「なにアルカこの揺れは!?」
「神楽はここにいて。確認してくる」
「雪子、私も一緒に行くアル」
手首を掴み強い口調で神楽は主張する。昨日のまた子との乱闘で不甲斐ない部分を見せてしまったのは確かに自分の弱さが原因だ。しかし、油断せずに行けばきっと……という神楽の思考を見透かして、雪子が白い目で見てくる。
「昨日あんな怪我を負っておいて?」
「う。で、でももう治ったアル!」
「助かったのはたまたまだよ。また子が神楽を殺す目的で撃っていたら、今頃天国でお母さんと会えてたんじゃない」
冷然と言葉を並べる雪子からは怒りの心情も伝わってくる。くるりと回る椅子に腰を下ろせばギジリと軋み、正面から神楽を視界に捉えると素直な気持ちを吐露した。
「……これは私が言えることじゃないけど、無鉄砲にも程がある。銀時も新八も心配してんぞ?」
「新八はともかく銀ちゃんが心配なんてするわけないネ。一応場所は定春から伝えられるとは思うけど……」
いや絶対どっちも心配する。場所が知られてるならあの二人が乗り込んでくるのも時間の問題か、と雪子はますます神楽を万事屋へと帰らせたくなった。この船にいる全ての人間が敵だと考えた方がいい。そんなの危険過ぎる。
神楽が大切だから、心配だから、危険から遠ざけたいという気持ちは、しかし神楽には届かない。星海坊主と神楽のやりとりを見て、この子を護らなければと思う気持ちが強まった雪子は、冷めた声色で「子どもは下がってな」と続ける。そして雪子が出て行くのを、神楽は拳をぎゅっと握りしめて見送った。
雪子に認められたくて、一人でもちゃんとやれるって証明したかったのに。これじゃ出会ったばかりの頃に関係は逆戻りだ。幼稚な子どもにしか見られていないのだろう。それがわかっていたのに動けなかった理由を神楽はしっかり理解していた。
昨日、雪子が隠さずに放った殺意に怯えてしまったのだ。幼少期、兄を殺してしまいそうになっていたパピーを必死になって止めたのに、彼女を止めなきゃと強く思ったのに、昨日の自分は体も声も自分の意思ではどうすることもできないぐらい硬直していて。
本物の夜兎の本能……とでも言えばいいだろうか。それに当てられて怖くなった。普段の雪子から想像もできないくらいの修羅の重みに、声も出さずに泣きそうになった。
「……ぃ、行かなきゃ」
ここで動かないでいることで、これまでの自分の行動を裏切ることになる。それは避けたかった。自分はただの子供ではないと、守られるだけの存在じゃないと、今度はちゃんと証明しなくては。
よしと気合を入れて顔を上げると、またもや船全体が揺れ、目の前に新八の顔があった。
「うわァァァァァァ!!」
ごつん!! オデコがぶつかりダメージを受けた新八がのたうち回る。神楽も痛みに額を抑えながら驚きを露わにした。
「新八! なんでここに!」
「ぐっ……神楽ちゃん帰ってこないし捕まってるんじゃないかって……乗り込んだら速攻で雪子さんに見つかって、ここにいろ! って部屋に投げ込まれちゃって……」
暫くうめいていた新八だったが、すぐに顔を上げると神楽の目を真っ直ぐ見て大声を張り上げる。
「神楽ちゃん早く行こう! 雪子さんに護られるだけじゃダメだ!!」
そう言って返事も待たずに出て行く後ろ姿を、今度は見送らず慌てて後を追いかけて行く神楽は、その顔に笑顔を浮かべていた。
二人が甲板に辿り着くと大量の攘夷志士と煙幕で視界が塞がれていて、それでも一点の白に引き寄せられて視線を向ければ雪子がいる。
「雪子ォ!!」
「雪子さん!!」
二人の声に雪子は弾かれたように顔を向け、ついでものすごく怖い顔になった。内心ビビりながら雪子の元に駆け寄って行くと、轟くような衝撃音と共に地面が揺らぎ、船底が海面から浮き上がって行く。そのまま上昇し続ける船が傾いて、斜めになった床を懸命に蹴り上げる二人を雪子が素早く脇に抱えた。
「だっ………から奥に引っ込んでろっつったのに! 今ヅラの仲間だっつー男から砲撃を浴びせられてんの! わかる? ここ地雷原なの!! なんで出てきちゃうかなぁ!?」
「何ガキが二人に増えてんスかァ! オイぃぃ答えるっス!!」
「また子さーん、走る事に集中した方がよさそうですよ。でないとああなりまっ……」
傾き続ける船の勾配に敗北した攘夷志士たちのように、顔面にビンが当たった武市が倒れ崩れて行く。ふんぎぃぃぃぃ!! と必死の形相で走り抜けるまた子の方へくるりと体を向けると、後ろ向きに走る雪子は涼しい顔で煽った。
「あらまあそんなに酷い顔晒しちゃってどうしたの?? 早く下へ落っこちた方が楽じゃない??」
「ガキ二人抱えて走りながら煽ってくんな!!」
「キャッホーイ! さすが雪子ネ!」
「でもそろそろ前見ないと危ないですよ!?」
「平気平気、障害物もうないし。砲撃がピンポイントで落ちてこない限り……」
ヒュゥゥゥゥ……また子は嫌な予感がして空を見上げるとまさに四人がいる地点に向かって砲弾が落下してきている。あっやべェという顔をした雪子は、逃げるまた子の方向へと、新八と神楽をぶん投げた。
「雪子さんもこっちに───」
安全な場所は投げ飛ばされながらも懸命に手を伸ばす新八の目の前で、美しい笑みを浮かべた雪子はそのまま爆撃に巻き込まれる。至近距離で爆ぜた砲弾の熱気と硝煙が肌を撫で、もうもうと黒い煙が立ち上がるそこを呆然と目の当たりにした神楽が悲痛な叫びを上げた。
「雪子ッ!!」
「うん、なに?」
『間に合ったか』
その暢気な声は真後ろでした。勢いよく後ろを振り向くと、プラカードを持ったエリザベスにお姫様抱っこされた雪子が、これまた暢気な顔で手を振っている。
「エリザベス!? こんな所まできてくれたんだね!!」
「雪子を助けてくれたアルか!」
「助けてあげられたの。私をどーしても護りたいらしいから。……?」
地面に降ろされた雪子は、ちょうど視界の隅で何かが凄まじいスピードで駆け抜けていくのを見た。それは屁蛾煤と名のついたホバーバイクで空間を切り裂く岡田の姿だった。大剣へと成長し右腕を侵食した紅桜が、みるみるうちに刀身を伸ばしていく。そのまま戦艦を一刀両断してしまうと派手な爆発と共に空中を縦横無尽に走り回る。
未だに乗ったことのないバイクと、あの大きな戦艦を一振りで破壊する紅桜に目を奪われた雪子は、すぐに反応できなかった。
『いろいろ用があってな』
プラカードを手にしたエリザベスの背後に立つ高杉が躊躇なく白い皮を刃で絶つ。真っ二つに分かれたエリザベスの顔が風に舞い、ぱさりと落ちた。
「オイオイ、いつの間に仮装パーティ会場になったんだここは。ガキが来ていい所じゃねーよ」
昨日ぶりに対面する高杉は、数日前に雪子が巻いた包帯と同じ位置に包帯を巻いていて、悪役面を引っ提げて立っている。その姿に雪子は再び笑いそうになって咽せた。新八と神楽がエリザベスの心配をしているが、その中身を彼女は知っていたので。そしてこのラスボスぶってる男が本当はただの悪ガキなのをわかっているので。
「ガキじゃない」
エリザベスの中から素早く刀を振るうも、高杉は悠々と受け流して距離を取った。驚く新八と神楽、そしてニマリと笑う雪子を背に、男は端然と立ち上がった。
「───桂だ」
なんだかんだ万事屋の母親ポジになってきている雪子でした。