お家に帰ろう   作:睡眠人間

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子どもの独り立ちは思ったよりも早い

「……ほう。これは意外な方とお会いする。こんな所で死者と対面できるとは……」

「あ………ウソ……。桂さん!」

 

 エリザベスの中から現れた背中。髪を短く切られているのも、岡田が刈り取っていったからだとわかっている新八が驚愕の声をあげる。

 

「この世に未練があったものでな。黄泉帰ってきたのさ。……仲間に斬られたとあっては死んでも死にきれぬというもの。なァ高杉、お前もそうだろう」

 

 そう言って刃を鞘に収める桂。いつ攻撃されてもおかしくないこの状況で、と瞠目する武市の視界で、高杉もまた同様に剥き出しの刀を佩刀する。二人は戦う意思がないという無言の主張。表情や言葉は好戦的だが、その仕草が何よりも雄弁だった。

 両者とも攘夷戦争時代の生ける伝説。どんな会話がなされるのか。また子が固唾を飲んで見守る。すると桂はふむと口元に手をやって。

 

「ところでその包帯はどうした? 昔から厨二病患ってるな〜とは思ってたけどついに……」

「黙れイメチェンだ。お前こそどうした? そのヘンテコな頭」

「ヘンテコじゃないイメチェンだ。それにヘンテコな頭をしているのはお前の方だぞ、俺はちゃんと雪子に髪を整えてもらいましたっ」

 

 なんて緊張感のないやりとりに脱力してしまう。桂の頭をスパンと叩いて、雪子はくいっと顎で命令する。さっさとやることやれ、と。

 桂は懐からあるものを取り出した。それは見るからに起爆装置で、鬼兵隊側の空気が引き締まる。

 

「これは工場に取り付けた爆弾のスイッチだ。押したら貴様らの野望は潰える。……おっと動くなよ。俺の親指が誤作動を起こすやもしれぬ。……ほ〜〜れ押しちゃうぞ??」

「なんて奴だ……すげェムカつく顔してやがる!」

 

 牽制されてしまった鬼兵隊。ほとんどがぐぬぬと顔を歪めている中、高杉だけが涼しい顔で状況を愉しんでいるようだった。

 

「それで? 俺を脅そうってのか? 仲間だっつーのに酷いじゃねェか」

「お前の答えを確認しに来たのだ。……高杉、何が目的だ。何の為にあのような兵器を生み出した」

 

 桂と高杉はただの幼馴染へ、同じ者を護ろうと約束した同志へと想いを重ねていく。想いは同じはずなのに、なぜ二人は袂を分かとうとしている。桂はその答えを知りたかった。雪子からではなく、高杉の口から。

 二人を除き、その場にいて桂の言葉を表面通りに受け取らなかった雪子は興味深そうな顔で高杉に視線を送る。その透徹な瞳に映されて、高杉は鬼兵隊総督ではない、松下村塾が弟子、高杉晋助からの言葉を紡いだ。

 

「俺の目的も、戦うわけも、昔から何一つ変わっちゃいねェ。……俺ァただ壊すだけだ。この腐った世界を」

 

 あくまで紅桜は通過点だ。高杉が見据えているものは遥か向こう、宇宙の彼方のその先である。

 鋭く光る双眸に込められた覚悟をしかと受け取った桂は、ふっと息を吐いて掲げていたスイッチを握る右腕を下げた。

 

「……そうか。そうだったな。……だが江戸に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙って見てられぬ。……別の方法があるはずだ。そちらを選ぶと約束しろ」

 

 さすれば、とスイッチを持つ手を軽く揺らす桂に、高杉はハッと鼻で笑って。

 

「その程度の脅しが通用するもんかよ。……雪子、お前はどう思う」

「ありゃ、流れ的に高杉が答える場面じゃなかった?」

「テメェの答えなんぞわかりきってるが、一応な」

「ふぅん? まあ、そうだな」

 

 後ろで戸惑うような素振りの新八と神楽をちらりと見て、次いで桂、最後に高杉に視線を向けた雪子は、うーんと頭を掻いて自然体で言った。

 

「前にも言ったけど、江戸とかそんなのどーでもいいんだよね。好きにすれば? って感じ」

「だろうな。そう言うと思ったぜ」

 

 こちらはこちらで極端だ。止めに来たわけでも援助するためでもなく、ただ見に来たのだと。何しに来たんだよこの女は、とまた子が苛立つ一方で、高杉はやはりと片目を細める。

 彼女の興味は極端で、関心の埒外にあることは、たとえ世界滅亡だろうが何だろうがどうでもいいのだ。

 

「ま、面白そうな紅桜が木っ端微塵になるのは勿体ないなーとは思ってるよ。とりあえずお前がそのスイッチ持ってるの、なんか不安になるから渡して、ほれ」

「うむ」

 

 雪子の方へ一歩踏み出した桂は床に転がったゴミに足を取られ、べしゃりと倒れ込んだ。その勢いでスイッチがポチッと軽快に押され、工場は派手な爆発音とともに消し飛ぶ。

 ───ドゴォォォン!!! 雪子の髪が爆風でかっさらわれ、鬼兵隊たちが怒り狂った。

 

「貴様ァァァ! 生きて帰れると思うてかァァ!!」

「……ヅ〜〜〜ラ〜〜〜〜?」

 

 にっこり。悪魔のような笑顔を貼り付けた雪子が胸ぐらを掴んで容赦なく揺らす。その勢いに吐き気を感じながら桂は懸命に言い訳をする。

 

「待ってくれ! 今のは俺悪くなくないか!? ちゃんとスイッチ渡そうとしただろう!」

「渡ってないし紅桜も跡形もなく弾け飛んでんぞ?? どうすんだよ今度はお前が消し飛ぶの? 手伝ってやろうか」

「やめてくれそれは死ぬ!」

「そういえば潜入初日に私を囮にしてくれたもんね? あの落とし前今つけちゃおっかな」

「おいお前たち、助けてくれ!」

 

 新八と神楽に手を伸ばす桂だがその懇願も虚しく。二人は雪子の肩を叩いてポジションチェンジを所望。愉快そうな気配を察知した雪子がすんなりと位置を交代すると、二人は思い切り桂を殴り飛ばした。

 

「ふごを!!」

 

 拳をパキパキ鳴らしながら、吹き飛ばされた桂の方へのそりのそりと歩み寄る。

 

「雪子、私も手伝うネ。こんな奴さっさと爆弾でもなんでも仕掛けてしまえばヨロシ」

「そうですよ。……散々人に心配かけといてエリザベスの中に入っていた? …………ふざけんのも大概にしろォォ!!」

 

 二人がかりでボコボコにされるのを見て、攻撃する隙を探す鬼兵隊に意識を割きつつ、雪子はゲラゲラ笑い声を出した。

 

「あ〜〜〜これはヅラが劣勢か? よかったじゃん、心配されてたんだ。好きなだけ殴られとけば」

「他人事だと思いおって! ぐふっ、待て話を聞け!」

「これ終わった後は雪子さんの番ですからね!」

「えっ私?」

 

 二人で桂の片足ずつ持つとジャイアントスイングをきめ、ぐるぐる回る。雪子は自分の顔を指差してきょとんとした。

 

「そうアル! 電話しても出ないし店行っても鍵かかってるし! ようやく会えたと思ったら、仕事してたとか笑ってるし!」

「どうせ桂さんが生きてることも知ってたんでしょう!? 桂さんも雪子さんもいなくて、銀さん見るからに元気なくしてましたからね!」

「そ、そう……。………。そう……!」

「何嬉しそうにしてるアルかァァ!」

「ふごをををををを!!!」

 

 桂を勢いのまま鬼兵隊の方へ投げつけると、さあ次は、と二人は雪子ににじり寄る。さすがに子ども二人にプロレス技決められるのは嫌だ。心配してくれたのは嬉しいけれど、怒られるのもまあ構わないけれど、それはそれとしてぶん投げられたくないので。

 雪子がじり……と逃げの体勢に入った時、重低音を響かせて船が突撃してくる。鬼兵隊のものよりも一回り以上小さいが、猛烈なスピードで突っ込んだ衝撃が凄まじかった。

 

「あれエリザベスじゃない? 本物の」

「まるで……俺が偽物みたいな……言い回しだな……」

 

 船全体が揺れるような振動だが、優れた体幹を持つ雪子はびくともしない。彼女の腕にひしとしがみついてやり過ごした新八と神楽は、先程の投げ技とただ今の揺れによりグロッキー状態の桂を冷たい目で見下ろし、やがて駆け込んできたエリザベス一行を迎え入れる。

 コツコツ積み上げてきた計画をぶち壊されるわ、船で乗り込んでくるわ、ブチギレの鬼兵隊が彼らと交戦の口火を切るのは当然のことだった。

 

「エリザベス……みんな……」

「すみません桂さん。いかなる事があろうと勝手に兵を動かすなと言われておきながら、桂さんに変事ありと聞き、いてもたてもいられず……。このように騒ぎたて、高杉一派との亀裂を完全なものにしてしまった。これではもう……」

「言うな」

「そうだよ、江戸から標的をずらせそうだったのに転んで工場爆破させたのこいつだからね。今回の戦犯ヅラだからね」

「言うな!」

 

 桂は静かな口調を取り戻し、自分に言い聞かせるように口にする。

 

「……奴の口から聞きたいことは引き出せた。それだけで、もう……」

「本当に? まだ話し足りないって顔してるけど」

「!」

 

 雪子の声は自信に満ち溢れていて、桂の迷いなんて手に取るようにわかっているらしい。実際その通りで、桂はまだ高杉にどうしても伝えたいことがあった。

 しかしこの激戦区を抜け出して、リーダーひとり好き勝手動くわけには……と逡巡する桂に振り返って。

 

『ここはいいから早く行ってください。まだ間に合います』

「エリザベス……」

『今度はさっさと帰ってきて下さいよ』

 

 本物のエリザベスが笑った……ような気がした。

 

「すまぬ!」

 

 次は必ずお前たちの元に戻る。力強い意思を視線に込めて、桂は駆け出した。彼に追従する足音が三つ。まさかと思い後ろを見れば、雪子だけでなく新八と神楽も桂を追いかけている。

 

「お前ら……! 雪子、どうしてこの二人を止めない?」

「だって向こうに残すより私といたほうが安全だし。それに最後まで付き合うって聞かないんだもん」

 

 桂の仲間から砲撃を受けた時は、力尽くで神楽と新八を奥に引っ込ませた雪子だったが、結局その時も二人は部屋を飛び出してしまった。何この二人。人の話聞かないの?? 危ないっていってんのになんで首突っ込むのバカなの?? そんな風に雪子は考えて、やがて、それが桂にわからされた領域の話だと理解して一人笑ってしまった。

 

 つまるところ新八と神楽も、自分の知らないところで大切な人が傷ついているのが我慢ならないのだ。だから危険だとわかっていても、そばにいると叫ぶのである。

 ……まあ今回は雪子の近くにいた方が確実に安全なので、同行を許可したに過ぎないのだけど。

 

「ヅラぁてめっ帰ったらなんかおごるアル!」

「雪子さんはご飯たくさん作って下さいね!」

「お前ら……」

「しょうがないなぁ。……っ!」

 

 嬉しそうに困ったように笑う雪子が見惚れるほどに美しく、つい三人の意識が彼女に集中したその時、雪子は笑顔を引っ込ませて目を光らせる。先頭を走る桂の腕を引っ張ると、ちょうど足元を狙う弾丸が床を撃ち抜いた。

 

「晋助様のところへはいかせないっス」

「悪いがフェミニストといえど鬼になることもあります。綿密にたてた計画……コレを台無しにされるのが一番腹がたつチクショー」

「クッ、急いでる時に……!」

「人が一生懸命頑張った計画を台無しにするの、すげェ愉しいもんだから。悪いな?」

 

 二丁拳銃を回すまた子と刀に手をかける武市が立ちはだかる。面倒そうに舌打ちする桂と、いよいよ戦闘開始だとワクワクする雪子の前に進み出たのは新八と神楽で、二人の目は闘志で燃え上がっていた。

 

「まさか二人が戦うなんて冗談言わないよね?」

「冗談じゃないですよ。この状況でも護られるなんて、そんなの侍じゃない」

 

 雪子の言葉に新八が真っ先に反応する。

 

「前からずっと悔しかったんです。……僕は弱い。あのえいりあんとの戦いでも、手も足も出ず、雪子さんに護ってもらってばかりで。幼い頃から剣術道場で学んで来たのに、これじゃ何の為に剣を振ってきたのか、わかったもんじゃないですよ」

 

 真剣を手に持ち、正面に構える。以前から銀時や雪子の強さに慄くばかりで、本当に戦いたい時の自分は震えて何もできやしなかった。それが心残りだった。このまま僕は護ってもらうだけの人間になるのか? 父上の言葉も姉上の期待も裏切って、自分から殻に引きこもってしまうのか?

 ───否。戦う為に刀を取り、新八はここへ来た。自分の命くらい自分で護れ。先生に教えてもらったじゃないか!

 

「だから、自分の力で戦えると証明します。見ていて下さい。……松陽先生に教えてもらった剣捌きを!」

「待って松陽って言った? ねぇ松陽に教えてもらったの? 聞いてないんだけど!?」

 

 いつの間に! と驚く雪子と桂。新八に負けていられないと神楽も声を張り上げた。

 

「雪子は護ろうとしてくれるけど、私だって一人で戦える。夜兎の本能に負けたりなんかしない。自分の意思で、大切なものを護りたい。だから、この戦いで示してみせるアル。護られるだけの子どもじゃないって」

 

 拳を握りしめて神楽は堂々と言い放つ。その言葉に雪子は息を呑んだ。自分が神楽を護らなければ、危険から遠ざけなければと思い行動していたが、彼女は自分が思うよりずっとずっと意思が固く、負けず嫌いで、何よりも優しい女の子だった。

 もしかしたら神楽なら、幼い自分が辿り着こうともしなかった夜兎の道を、明るく照らしてくれるかもしれない。

 

「しょーよー先生に伝授してもらった体技で勝ってみせる。一人でもやれるって見せつけてやるから覚悟するヨロシ!」

「やっぱり松陽に世話になったんだ!?」

「待て! お前達に何かあったら俺は……銀時に合わす顔がない!」

 

 二人は桂の声を振り切って同時に駆け出した。

 

「何言ってるアルか!」

「そのヘンテコな髪型見せて笑ってもらえ!」

 

 まるで聞いてない。状況もろくにわかっていないくせに、自分勝手過ぎる。誰に似たんだか、と桂が雪子の方を見れば、彼女は後方で腕組みして佇んでいる。

 

「全く。松陽に教わった……なんて言われたら、兄弟子としてやれることは、試合終了まで手を出さずに見守ることしかないじゃん」

「雪子が戦わずに見るだけなんて、成長したな」

「なんで私が大人になったな……みたいな顔で生暖かい視線向けられなきゃならないの。お前はさっさと高杉んとこ行け」

 

 私がついてるから万が一の事態にもならないよ。そう続けた雪子に頷き、桂は走る。暫く言葉も顔も陰をなくすだろう仲間のもとへ。同じ者を護り、同じ約束を果たす為、敵になろうとしているバカのもとへ。

 

 そうしてひた走る桂の頭上、重苦しいパイプやら瓦礫やらを突き抜けた先、船の屋根には、紅桜の侵食に苦しむ岡田と彼の半身にメンテナンスを施す村田がいた。そこに兄の暴走を止めに来た妹、村田鉄子がやって来て……宇宙一バカな侍こと、坂田銀時がバカ面を引っ提げて太陽のように笑った。




次はガッツリ戦闘シーンです。
紅桜編は後日談込みで書くのでまだまだ続きます。楽しいなぁ()
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