お家に帰ろう   作:睡眠人間

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闇夜の虫は闇に紛れる

「じゃ、そういうわけで私は後ろで見てるわ。危ないと思ったら割り込むからそのつもりで」

 

 壁に背中を預けた雪子が「はい始め!」と気持ちのいい音を出して手を叩く。それに吠えたのはまた子だ。

 

「何で私達がアンタらガキどもの修行相手みたいにならなきゃいけないんスか! 保護者同伴で戦場乗り込んでんじゃねーよ!」

「随分と舐められたものですねェ。命は大切にした方がいいですよ。そんなにお子様方が大事なら先陣切って守って差し上げたらどうです?」

 

 不安なのでしょう? 武市がどす黒く濁った眼差しを雪子に向けるが、彼女は素の悪い顔で言い返す。

 

「ハッ、守られてんのはてめェらの方だ。相手がこの二人でよかったね? まず死ぬことはないだろうさ」

 

 まるで自分が相手ならば殺すと言っているようで、ふぅむと顎をさする武市の隣で、また子はそれがブラフでもなく事実なのだと確信した。

 

 なぜならまた子は知っているのだ。この虫をも殺せそうにない見目麗しい女が、信じられない怪力と殺意を秘めていることを。今は授業参観のお母さんみたいにフラットな姿勢でいる女が、いつでも自分たちを殺せる強さを持つことを。

 また子が昨晩に触れたのは雪子の強さの片鱗でしかない。なのに戦意を根こそぎ奪っていく圧倒的強者への畏れが胸の内に生まれていて、歯噛みする。

 

「今度は生まれてきたことを後悔させてやるんじゃなかったんスか?」

 

 そんな畏れを吹き飛ばすように挑発的に言えば、心当たりのない男どもが疑問を顔に出した。その一方で神楽はじっとまた子の挙動を見据え、雪子は肩をすくめる。

 

「もしそれが神楽を一方的に嬲るんなら、ね。けどサンドバッグになる気はさらさらないみたいだから。……ほらほら始めっつったじゃん! やらないんなら私も参戦するぞ」

 

 どんな脅し文句だよ、とまた子の口から飛び出す前に神楽が動いた。元々近い位置にいた彼女は一歩加速するだけで物凄いスピードを生む。その速さと勢いをそのまま蹴りに乗せると、また子は間一髪で避けて距離を取った。

 ───ガン、ガン、ガン! 発砲音が連続で続く。神楽と一定の距離を取りながら、また子の思考は素早く巡る。

 

 今の一瞬の動き。人間ではあり得ない怪力。昨日撃たれた傷を治す治癒力。白い肌……このガキ、夜兎か?

 広い宇宙でも名を轟かせるあの戦闘民族と特徴が一致するのだ。まあもう一人そんな奴はいるけれど……アイツは眩しい太陽の下でムカつく顔で高笑いしてたから多分違うだろう。だったら何者なんだと言われたらわからないが。

 

「接近戦に持ち込まれる前に片付けてやる……!」

 

 牽制目的から確実に仕留めるターゲットとして認識し、紅い弾丸と恐れられるまた子の二丁拳銃が火を吹く。身体スレスレのところを掠める弾道は神楽の進路を着実に選ばせていた。

 

 その戦闘を後方で見る雪子はまた子の技術力に舌を巻いた。まだ未成熟とはいえ夜兎として最上級の素質を持つ神楽に引けを取らない。高杉が仲間として選んだことはある。そして……彼女を助ける為に鬼兵隊を再結成したのも、納得がいった。

 高杉、また子、助ける、仲間。……モヤモヤした感情を胸のうちに蘇ってきて、雪子はため息ひとつでモヤモヤを追い出すと、次いで新八と武市の戦いの方に意識を向けた。

 

「ふむふむ。道場剣術はひとしきりこなしたようですが、真剣での斬り合いは初めてのようですね。……震えていらっしゃいますよ」

 

 苛烈を高める小娘どもの戦いとは打って変わり、のんびりした一進一退の戦いが繰り広げられていた。

 

 松陽から教わった剣というが実戦はほとんど初めて。命のやりとりをしているという、誰もが最初にぶつかる壁に新八はぶち当たっていた。護りたい者を護る為、自ら掲げた侍道を貫く為、剣を取った。ただ、誰かを殺して成そうとはしていなかった。否、殺してもなお成す気は存在しなかったのである。

 

 ……ま、手を汚さずに済むならそれでいい。新八と神楽には、自分たちのような修羅の道を歩ませたくはない。強くなるのは喜ばしいが、人殺しにはさせたくない。

 雪子がそんなことを考えていると、震えた切先を指摘した武市が余裕の風格を装って続ける。

 

「震えた剣では私を止められませんよ」

「これは酔剣といってなァ! 酔えば酔う程強くなる幻の……」

「フフ、無理はせぬ方がいいですよ。ちなみに私の剣技は志村剣といってあの……」

「お前もかいィィィ!」

 

 へっぴり腰の二人は、片方がえいやと斬りこめばどうにか防ぎ、またもう片方がそいやと斬りつけると刃で受ける。欠伸が出るような攻防だ。

 

 こんなことでは自分の強さを証明することなんてできない! 新八は汗でびっしょり濡れた手で柄を握り直す。蘇るのはあの優しい眼差し。厳しくも確かな温もりの込められた叱責の声だった。

 

『剣を握りなさい。……己に勝ちたいのなら。強く在りたいのなら。君が目指した背中に追いつきたいのなら、立ち止まらないで。……さあ、もう一本』

 

 追いつきたいあの人たちの、師。その人に教わったら、何かが掴める気がした。まだまだ修行は始めたばかりで、竹刀のはずなのに、真剣のような鋭さを伴った振りで叩かれることしかないけれど。

 

 フッと気合を入れて一歩を強く踏み込む。相手もどうやら実戦慣れしていないらしい。隙はあるだろうが今の自分が突いても防がれて終わりのようだ。

 だが、それで無理でしたでは話が通らない。新八は己を奮い立たせて、刀を振るう。愚直に、真っ直ぐに、逃げもせず、ひたすら打ち込んでいく。

 

「くっ、うっ、ふんっ……単調な打ち。なるほど、貴方の言う強さはその程度ですか。……むっ」

「ハァ! そう言うアンタだって守るので精一杯じゃないか!」

「私はね、どっちかって頭脳派タイプだからこういうのはあの猪女に任せているんです」

 

 相手も実戦タイプじゃない。積極的に攻撃してくるわけじゃない。ならば打ち込まれる前に自分から! 打ち込みだけは何万回も繰り返してきた。自分の強みを押し切るんだ!

 

「誰が猪っスかァァ!」

 

 神楽を誘いながらまた子が割り込んでくる。向こうは決着がつきそうだ。

 

「まだまだ……! こんなんじゃ銀さんにも雪子さんにも笑われる……!」

「銀さん……? ああ、合点がいきました。誰の回し者かと思ったら……敵討ちでもしに来たんですか?」

 

 攘夷志士でもなければ桂の配下の者でもない様子。雪子という高杉の女らしい謎の女と親しげで、そこに坂田銀時の名が加わることにより武市の予測は深まっていく。

 

「岡田さんをお探しですか。彼なら多分周りの軍艦を落としてますよ〜勝手が過ぎますよね本当に」

「銀さんは死んでない! それに、奴の腕を奪ったのは僕だ。敵討ちなら……」

「───銀時に、何かあったの?」

 

 それは静かで、淡々としていて、素っ気ない声だった。しかし妙に惹きつけられる声音で、新八は雪子の方へと顔を向け、同時に神楽がまた子に跨って殴りつけようとする、そんな時に。

 

 ドォォォン!!! 激しい衝撃と共に天井から何かが落ちてくる。大量の破片と瓦礫が滝のように溢れ出して、穴が空いた天井から眩しい太陽光が降り注いだ。退廃的な光景に神秘的な光が差し込み、埃がキラキラと舞った。

 その中心、瓦礫の山の頂上で何かが……人間ではあり得ないシルエットを纏った怪物が、蠢いた。急成長する紅桜に飲み込まれ、体の半身には管が巻きついている。辛うじて人の形を留まっているに過ぎないそれは、紛れもなく岡田似蔵その人だった。

 新八に斬り落とされた右腕だけでなく、左腕からも幾本もの管を生やし、上背が明らかに巨大化している。数時間前とは全く違う様相に、鬼兵隊の二人は目を見開いた。

 

 そして新八と神楽は、岡田の左腕の管によって拘束された、血を流し気絶する銀時を見つけて、衝撃を露わにする。

 

「銀さッ」

 

 バキッ!!! 新八が最後まで言い終える前に、岡田の左腕がへし折られ、銀時の姿は消えていた。あまりに一瞬のことにその場にいる全員が自分の目を疑ったほどだった。しかし、痛みに絶叫する岡田の叫び声が鼓膜を劈き、皮膚を撫でた冷えた風と……勝手に震える体に突き刺さる圧倒的な殺意が、これは現実なのだと告げる。

 コクリ、と新八はどうにか息を呑むことだけが、できた。神楽はまた子から離れ、中央に目を凝らす。

 

 雪子が銀時を横に抱えて立っていた。切断された紅桜の管が足元にバラバラと零れ落ちる。銀時を丁寧に地面に下ろし、血に濡れた髪を払うと、彼の頬を撫でてから雪子はゆっくりと振り返る。

 ───その美貌を最上級の憤怒に染めて。

 

「ヅラを斬りつけて……銀時をここまで傷つけた……」

 

 コツ、コツ、とヒールブーツの硬質な音を響かせて歩む。目が見えず、紅桜に完全に侵食された岡田は、鋭く光る銀色の光ではなく、そこに真っ黒な闇を見た。光に焦がれて集まる蛾どもに混じって、その蛾どもを喰らう闇を見た。闇に囚われた世界の中で闇に惹きつけられたのはこれが初めてだった。

 

 人の理から外れかかった岡田は意識朦朧の状態で、己に近づいてくる女の表情も気配も正確に読み取ることはできない。ただ全てを喰らい尽くさんとする獣のような殺意を感じて、肌が粟立った。けれど、新八や神楽、また子と武市は、正しく雪子の姿を認識する。

 

 死、そのものだった。不条理や理不尽そのものが生き物の形をしているのだと思った。女が是と言えば是になり、否だと断ずれば否である。自ら平伏してしまいたくなるような、反抗心を心の臓ごと握り潰されたような、そんな感覚を覚えた。心臓が早鐘を打ち、耳の裏で血流がゴウゴウと喚く。一刻も早くここから逃げ出したいのに、足が動かない。息ができない。

 

「ああ、いつもはちゃんと隠してるから、当てられちゃって苦しいよね」

 

 これが本当の姿だというのか。一体どんな修羅を背負ってきたのだろうか。無尽蔵に放たれた殺意が岡田のみに集中し、気圧された怪物は怯んだようにシュウシュウと管を縮こませる。左腕からは管が再生していて、うねうね動きながら雪子に関心を示しているようだった。

 

「う、ウウゥゥゥ……!!」

「とりあえず二回………てめェをぶっ潰す!!!」

 

 雪子はしなやかな脚を思いきり伸ばして駆け抜けた。それほど遠くなかった岡田との距離が一歩で詰められ、蹴りの体勢に入る。しかし攻撃を察知した紅桜が物凄い勢いで大剣を振り翳し、薙いだ。咄嗟に躱して攻撃範囲から外れると、雪子は片眉を面白そうに上げた。

 

 再び駆け、紅桜の剣戟を舞うようにすり抜けたら拳を握る。しかし大地をも割る破壊的な威力が出される前に、人体ではあり得ない奇妙な角度に曲がった腕でまたしても防がれた。今度こそ雪子は意外そうな顔をする。

 

「今の、決まったと思ったんだけど……。そっか、銀時の戦闘データも蓄積されてんだっけ? 白夜叉とも戦えるなんて嬉しいな」

 

 紅桜は学習を積んで能力を向上させていく兵器である。今の岡田に寄生しているのは、軍艦をも落とし、白夜叉を倒した、化け物である。そんなの攘夷戦争時代にさえ出会ったことはない。まあそれ以上の鬼を退治したことはあるけれど。

 

「けど紅桜の伝達司令に体がついていけてない。やっぱり人間ってのは弱ェなァ。そのナリしてたらほっといても勝手に死ぬんだろ」

 

 怒りはある。自分のものに手を出されたという屈辱と、自分の知らないところで大事な人が傷つく恐ろしさ。……けれど、それ以上に今の雪子は、桂や銀時を傷つけた岡田に対して、喜びを感じている。闘いを心から望み、刹那の命のやり取りに快感を見出す雪子は、岡田をめっぽう強い相手と認識してしまったのである。

 そして散々軽口のように口にしてきた『岡田を殺す』という目的が、心の奥底に眠っていた気持ちと共に揺らいできた。

 

 怒りに染め上げられた表情に狂気的な微笑みが浮かび上がる。もう数分で終わる命なら、せめて私を楽しませてから死ね。我慢していた戦いたいという欲望が爆発した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 銀時と岡田の戦いはどうなっただろう。突然巨大化した岡田に巻き込まれて屋根から落ちてしまった銀時を心配しながら話を終えた後、桂は今日の天気を尋ねるように平然とした態度で言う。

 

「そうだ。お前たちが雪子を貰わないなら俺が貰う、と先生に宣言して来たからな。タイムリミットは二年だ。頑張れよ」

「は?」

 

 それまで余裕の笑みを浮かべていた高杉の手から、煙管がポロリと落ちた。




なおその宣言自体雪子は知らないという。
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