高杉と桂がウチに来るようになったからといって、お互いに直接ここで顔を合わせたことはなかった。二人が顔見知りであることは何となく知っている。特別親しいとは聞かない。だがそれとなく気にかけるくらいな仲なんだろう。知らんけど。
高杉は講武館をサボって来るので大体お昼時。朝から来る時もある。お前もう言い逃れできないレベルで同門だわ。名門生がサボり覚えてるんだもん、立派なクソガキになってるわ。
一方で桂が来るのは夕方ぐらいだ。あいつが話してくれたことだが、特待生なので欠席はまずいのだそう。だから学校帰りに寄る。晩御飯を共にすることもあり、すっかり馴染んでしまっていた。私なんて普通にパシっ……手伝ってもらってるしね。お婆ちゃんが死んでから身の回りのことは全て独りでやってきたらしい。道理で上達するわけである。
「雪子、味はこんなもので良かっただろうか」
「どれどれ……うん、いいんじゃね? 松陽ー、銀時ー、ご飯だよー」
頼もしいことに料理もできるとは。思わぬ収穫……じゃなかったお手伝いさんだなーと思いつつ、茶碗によそっていく。
4人で囲む食卓は案外心地がいい。違和感はあるけれどそれ以上に桂が有能なんだよな。使いやすっ……間違えた自分から働いてくれるし。いやーホントに助かるわー。どっかのサボり魔天パとは大違いね!
とそんな感じで桂は寺子屋で授業を受けたり、私達の生活に影響を残している。しかし道場の方には未だ至らずであった。
「君も道場に来ればいいのに」
「高杉が先ですから。あやつが銀時から一本取るまでは、俺はまだ剣を握らないでいようと思います」
「ふぅん。どうでもいいこと考えてんだね」
色々話しちゃったから、高杉が何を目的に此処に通うのか桂は知っている。私達も色々聞いちゃったからあいつの考えもわかる。
道場破りとか言ってたけど、彼は要するに強くなりたいのだ。自由な侍になりたいのだ。だから松陽に挑もうとして銀時と私に負けた。そしてまず超えるべき対象に銀時を見据えているのである。あれ、もしかしなくても、銀時が負けたら次の相手は私か? めんどくせェ……
桂なりに高杉に遠慮っつーもんをしているので、くだらないと思うもやめさせることはしない。でもまぁ、いずれは顔を合わせてしまうものでして。
「なぜここに桂がいる」
今日も負けた高杉が帰る時間と桂の登校時間がかぶってしまった。玄関先で発せられた疑問を通り越して不審そうな言葉に返事をする。
「ストーカーだったけど、なんやかんやあって今ではウチの門下生です」
「ストーカーじゃない、桂だ!」
「いやそこじゃねーだろ」
やる気のない声音で銀時がツッコむ。いつのまに同門になったんだと言いたいらしい。
「私わりと気に入ってんの。強いかしんないけど、こき使うどころが自分から使われにいってるし」
「やだもうこいつ暴君だよ。自分のことしか考えてねェもん」
「あれ、喜ばないの? 桂がウチに来ることでお前が使われる機会が減って……」
「いやー桂くんずっと此処に居ていいからね!」
「まあ減らないけど」
「雪子テメッ……」
銀時を軽くおちょくっていると、高杉は無視して桂に視線を向けた。
「なんやかんやって何だよ」
「色々あってな。元より興味はあったのだ、俺が松下村塾に通っていてもなんら問題はあるまい」
履物を脱いで廊下を渡り、教室に行く桂は振り返らずにその台詞を残していった。高杉はゆったりとした動作で履き、これまたゆったりとした動きで私を見た。オメーの仕業だな、と確信した瞳で射抜いてくるから、私はにこりと口角を上げた。
「なに? お友達なんでしょ?」
「テメー……何考えていやがる」
「さあね」
テキトーなことを言ってまたはぐらかすと面白いぐらい睨んでくる。銀時には情けないぐらい子どもらしい口喧嘩がお似合いだし、桂はウチにいてくれていいのであんまししない。しかし変に賢く反発心があり、煽りがいがある高杉にはアレコレ言ってしまいたくないる。にこにこ笑っていると、銀時が大きなため息を吐いた。
「ピリピリしてねーで、オメーはさっさとけーんな。雪子も晩飯作んねーといけねーだろ」
「そうだね、じゃあまたね。高杉くん」
ひらひら手を振ってその眦のつり上がった険相を笑い、勝手口に向かう。すると一部始終を見ていた様子の松陽が苦笑いをしている。
「なに」
「いえ、雪子は不思議だな、と」
「どこが」
「根は優しいのでしょうが、振る舞いが横暴ですね」
「……なんなの?」
初めて松陽に向けて鋭い声を出した。松陽はそれでも柔らかな雰囲気を崩さない。
「最近、松下村塾を取り巻く噂に悪質なものが多く出回るようになりました。此処に通う彼にも影響がないとは言い難い」
「それでウチと切り離すためにあんなことを言ったって? いやいや、そんな面倒なことしないし。つか遠回り過ぎでしょ」
「そうかもしれませんね。……彼には望まなくとも帰る場所がある。君はどう思っているんですか」
「……さあね」
取り出した野菜をトントンと手慣れた調子で切っていく。どう思うかなんて自分では分かりきっている。でも松陽に正直に話すのは憚られた。それすらもお見通しなのか、最後にこんなことを言って去った。
「仲良くしろとは言いません。ですが彼に意地悪するのはいけませんよ」
いやいや、別に意地悪じゃないし。思ったこと口に出してるだけだし。そんな文句を野菜にぶつけるように、ダンッと乱暴に包丁を振り下ろした。すると指先に痛みが。
「やべ、切っちゃった」
たらりと赤い血が滴る。結構深くまで切ったっぽいな。水で傷口を流していると、白い布が差し出された。
「悪りぃこと言ってっからそうなんだよ」
「……普通に気遣えないの」
「鏡見て言ってみろやコラ」
銀時は布で指先を押さえる私に代わり、囲炉裏の上につり下げられた自在鉤、そこに掛けた鍋に具材を入れていく。自分からし出すなんて珍しい。
「……銀時さ、高杉をどう思う」
「人に聞いたって何も変わんねェだろ、オメーは」
「確かに。そりゃそうだ」
私は高杉が羨ましかったのか? 帰る家がある。居場所がある。私だって一緒じゃないか。なのにどうして……
少し考えて気づく。私は私が一体誰なのかを明瞭に理解していない。高杉家に生まれ、父も母もいるのに不幸せそうなあいつが好ましくない。不幸せそうなのも勝手に解釈しているに過ぎないのである。高杉と違って桂には頼る家族がいない。それだけで扱いを変えるのか、私は?
自分の浅ましさ、醜さに悪寒がした。どうでもいいと言っておきながら嫉妬していることに、なにより自覚していなかった自分を恥じた。
「……私、嫌なやつだなぁ」
「え、今更?」
「うるさい」
はー、やめだやめだ。こんなのに悩まされる自分が嫌だ。私は私だし。やりたいことには一直線で、周りをこき使う自分勝手な最悪な女。それが私だ。うわ、自分で言って引く。
「……、ありがと」
「は? なんて?」
「何も言ってねェし」
止血された指先をしっかり確認し、やつを視界に入れることなくちっさな声で礼を言った。ついでに嫌なことを言ってしまったあいつに心中で謝る。すまんかった。
でもまあ、態度をがらりと変える気はさらさらないけれど。
その日の夕食の時である。
「え? あいつ今ご飯禁止令出されてんの?」
「ああ。高杉の親父殿が、息子が怪しい寺子屋に通っていると聞いてな。そんな輩は跡取りにふさわしくないと……」
そこでその怪しい寺子屋の先生も生徒もこの場にいると気づき、はっとして謝る。
「すみません。決してそういうつもりじゃ……」
「いいのです。それで、彼はどうしているんですか?」
優しい声で問われるも、桂は暗い表情のままだった。
「近所の古い神社にいます。家に帰るつもりなどないでしょう」
「そこで1日凌ぐつもりなの?」
「それだけで済めばいいが……」
ははーん、なるほど。ようするに家出ってやつか。道理で今日は帰り支度がゆっくりだったわけだ。それに荷物もなんか多かった気がしたし。あいつバカ? ずっとそこにいるつもりは無いだろうし、高杉の帰る場所なんて一つだ。たとえ親がどんな野郎でも受け入れるしかない。本気で嫌なら見つからないような場所にでも逃げればいいものを。
……いや、帰るつもりでもあるのか。あの少年はやると決めれば止まらない。銀時との勝負がまだ続いているのがその証拠。なのに付近にいるっつーことは。
「迷ってんのかねぇ……」
軽く改心した私だけど基本の姿勢は壊さない。つまり、どーでもいいことは流す。話をアホくさっと一蹴した銀時も私と同じ意見らしい。
「んなもんヤローの勝手だろーが。好きにさしてやれよ」
「何日かそこに居れば頭も冷えるでしょ。いい機会なんじゃない?」
冷たい二人に言っても無駄だと悟った桂は松陽に救いを求める。
「先生、どうにかしてあげられませんか」
「そうですね……、私がどうこうするのは簡単ですが、それでは彼のためにならない」
「と、いいますと?」
「これまで育てられた価値のないお家を守るべきか、全てを捨て己の信念を貫くべきか。今後の人生を大きく変える選択に迫られている。私が説得したり、誰かに委ねていいものではありません。今は楽でもあとで後悔しますからね。彼が己の意思で掴み取るのを待つべきだと、私は思います」
先生らしく生徒の意思を尊重する見解の松陽。その言うことは尤もだと桂は認めた。が、認めただけで引き下がらない。
「そこまで言うなら桂が行けば? お前家で一人なんでしょ、もう一人増えても変わらんだろ」
「俺じゃない。高杉を変えたお前達でないとダメなんだ」
「どうしてそこまで……」
何が彼を動かしているのか。静かに聞くと、桂はなんてことない顔して言った。
「高杉のことは好きじゃない。だが、友だと思っている。だから友としてやつが心配なのだ」
「……あっそ」
かちゃ、と食器を置いて立ち上がる。ほぼ同じタイミングで銀時も刀を手に取り、玄関へと向かう。
「松陽、ちょっくら出かけてくるわ」
「わかりました。あまり遅くならないようにしてくださいね」
「桂ー、ご飯もう一人分増えるから鍋の具材増やしといて」
「ああ、わかった。……すまないな」
「謝るぐらいなら最初から言うなってんだ」
「全くだよ」
夕暮れ時とはいえ油断ならないので、しっかり編笠を被る。さて、非行少年を補導しに行くかね。
なんか銀さんが「悪ガキ3人の間違いだろ」って言う前に本格的に高杉と桂が松下村塾入りしそう…