「そして宇宙爆誕、世界平和に繋がったってわけよ。おわかり?」
「わかるかァァァァ!! てめーの潜入捜査の話から飛躍してなんで宇宙が生まれてんだ、世界が平和になってんだ! 平和になってたら俺の土方スペシャルに劇物仕込まれてねーんだよ!!」
「食いもんに異物混入は、飲食店としてダメでさァ」
「いや混ぜたのお前! いつも俺の暗殺企んでる奴の仕業!!」
目の前で繰り広げられる茶番に、山崎は面倒な仕事に付き合わされたものだとため息をついた。
ここは天鴉副長である雪子が営む小料理屋。カウンター席とテーブル席があり、カウンターの向こうには店主が料理をするスペース、そして棚にずらりと並べられた酒瓶が目を引く。
これだけ見れば至って普通の飲食店だが、壁にかけられたメニューはさまざまで異星の食材を使用することもあるらしい。……なぜか丼メニューが豊富で土方スペシャルやドS丼など見覚えのある名称がそこにあるし、甘味もアホみたいに種類があるし、ドーナツに至っては注釈に『もう面倒だから食べたい分材料持ち込んでこい』と書かれていた。
酒瓶をよく見れば山崎でも知っているような名酒がちらほら見受けられ、ただの小料理屋と片付けるにはあまりに異質だった。
しかし、あれだけメニューがあるくせに出される料理は一握りだ。というか食べられるかどうかもわからないそう。開業日はバラバラで事前に知らされることはなく、店に行って開いていたら入れる、そんな適当具合なのである。さらに最近だと夕方以降は決められた客しか入れないらしい。漸く席につけたかと思えば、注文した料理に対して「材料仕入れてないから無理」と言われる。
こんなので営業していけるのかと思うが、これがなんともまあ、いけるのである。
なんせ出される料理全てが美味い。頬っぺたが蕩け落ちるくらい美味い。家庭料理も高級料理も異星料理も何でも作れるらしく、食べたいものが注文できなかったと落胆する暇もなく、舌鼓を打っていつの間にか帰路についている。しかも店主はものすごい美人。これはリピーター続出確定。
……ここまで詳しいのは、山崎が以前土方に「あの女洗ってこい」と言われ、調査したからだ。まあ秒で雪子に見抜かれて客として接待されてしまったのだが。
「だからわざわざ話す必要なんてないっつったじゃん。報告書で十分だって」
「信頼性のかけらもないこの報告書で納得しろっつーのか? 俺ァてめーの話を直接聞いて判断するべきだと考えただけだ」
今日は桂と高杉の激突の現場にいたという雪子の話を聞きに来たのだった。彼女が仕上げた報告書はある程度信頼できそうな出来だったのだが、土方は雪子を信頼していないのでこうして山崎を連れてやってきたのである。
なお局長は書類に目を通す前に「雪子殿ならば信じられる! それより俺はお妙さんのところに行かなければ!」と魔窟に向かっていった。
「土方さん、そう言って飯食いに来ただけじゃないんですかィ? 同僚のよしみとか何かで、店が開いてる日を教えてもらってるそうじゃないですか」
「それは総悟も一緒だろうが。なんで俺がここに来る度に先にいんだよ」
ちなみに「そっちのガキ、いつもマヨラー宛の領収書書かせるんだけどお宅の上下関係どうなってんの?」と山崎は言われたことがあるので、仕事をサボってよく入り浸っているのは確かなようだ。
「で、だ。さっきの報告書とふざけた話を総合すると、鬼兵隊の連中は件の辻斬りの犯人で、てめーは偶然潜入していた桂と協力して犯人を斬った。高杉側の被害は甚大で、暫くは動けない……そういうことか」
「と思ったんだけどねぇ。まさか宇宙海賊春雨と手を組むなんて。もう鬼兵隊はただのテロリストと捨て置けるような組織じゃない。放置していたら必ず世界をひっくり返す力を手に入れるだろうよ」
まあ全部私の為だけど。そんな独り言は口にせず、雪子はカウンターの奥で腕を組んだ。
「攘夷志士筆頭の桂と手を組むとは。警察の風上にも置けねーな」
「わざわざ桂まで敵に回す必要はないでしょ。それにね、今の状況はこちらにとっては都合がいい」
「都合がいいって、どういうことですか?」
土方スペシャルを胃に収める隣で山崎が質問する。
「有象無象の攘夷志士共。奴らの頭上には二人のカリスマ的伝説がいる」
鬼兵隊総督、高杉晋助。そして狂乱の貴公子、桂小太郎。過激派と穏健派という正反対の位置にいる二人だが、両者共にカリスマ性は申し分ない。新規勢を取り込むには十分な魅力だ。
「しかも桂は暴走しがちな攘夷浪士たちを止めるブレーキ役も担ってる。もしそちらに取り込まれていくバカがいるならよし。それに現状を把握してる組織が増幅してくれる分には困らない」
山崎はちらりと土方の手にある書類に視線を落とす。そこには桂一派と高杉一派を構成する組織員の名前や素性、所有する兵器数など、警察側にとってはありがたい情報が山積みだった。
初めてその書類を見た時、もうこの人だけでいいんじゃないかなと山崎は思った。監察の俺いらなくね? ってなった。
「しかもオメーらがのうのうとしている間に、桂は高杉の兵器を破壊して江戸を救った。この件に関して真選組は役立たずなんだから、ぐだぐだ外野で騒いでんじゃねーよ」
辛辣な言葉を吐き捨て、これで話はしまいだと雪子は態度で示す。土方は青筋を立てながら食べ終わった器と箸を返却し、ゆっくりタバコに火をつけて、ふうと副流煙を撒き散らかした。
「こんだけの情報、どうやって調べた」
「愛人になった」
「あ?」
「だから、総督様に気に入られて、好き勝手船歩いて調べた」
「………」
土方は額に手を当てて沈黙する。この女が警察だと言うのは少しの同業者と一部の一般人くらいしか知らない。だからといってそうなるか。というかこの女の言うことをどこまで信用できるか、土方はまだ測りかねているというのに、嘘だか本当だかわからないことを言われても。
「あの……それがですね、副長。高杉晋助が女を連れていたのは確かなようなんです。その身体的特徴が雪子さんと一致しておりまして……」
「な? 他にも何でも知ってるからァ」
「……それと、桂側に妙な連中が助っ人についていたらしく。そいつが妙なガキ二人を連れたバカ強い白髪頭の侍らしいんです」
「ううんそれはあのうんえーとだな……」
急に言葉を捏ねる雪子に、報告書をパンパン叩いて土方が吠える。
「野郎が絡んでんじゃねーか! なんで報告書にあがってないんだあぁん!?」
「一般人が紛れ込んでたぐらい別にいーでしょ。一般人数名は桂が保護したって書いたじゃん」
「てめーはしっかり書くところと適当なところの差が激しいんだよ! だいたい、奴は池田屋んときも桂に関わってる風だった。……潮時だ。洗うぞ」
「あちゃー」
この「あちゃー」はこれから身元を洗われる銀時に対するものではなく、無茶振りされた山崎への「あちゃー」である。
白か黒かでいえばまあ間違いなく黒なのだけど、だからといって気軽にしょっぴけるほど甘くはない。簡単に斬れる男ではないのだ。そのくらいで、負ける男では。
「じゃ、銀時が怪しいってことでこの話は終わりね。はい店閉めるんで帰った帰った」
「まだ話は終わってねーぞ。オメーもあの野郎と親しい仲にあるようだな?」
「やだァ私と銀時の仲が気になるの? 無粋なヒトー」
「気になってねーわキモチ悪ィ」
この女と話をしていると野郎の顔がチラついてしょうがない。だから無性にイライラするのだ。
「飯食い終わったんだから帰れや。食後にいつまでもダラダラ一服してんじゃねーよ締め作業できないだろうが。沖田、言ってやれ」
「土方さんごっそーさんでした」
「てめーは本当にタダ飯食いに来ただけかよ! 待て! 俺に奢らせるつもりかァァァ!」
そうやって賑やかに店を出ていく二人を見送り、山崎は財布を紐解く。
「はああ、また副長の無茶振りかあ。自分も旦那に負けたくせに……。ご馳走様でした。美味しかったです、次の営業日いつですか?」
「うーん気分による。あ、お客さん? お金足りないですよ」
「え、でも、俺の分は……」
自分の分をお釣りなしできっちり支払おうとしたのに。間違ったかな? と山崎がトレイを見下ろすと、雪子は目前に二本指を突き立てる。
「あと二人分。土方と沖田の分も払え」
「………はい」
結局はこうなるんだ……! 俺って奴はいつもそうだ……! 山崎はとほほと涙を流しながら合計三人分の料金を支払った。
手にはスーパーで買った食材がビニール袋にこれでもかと詰められていて、鼻歌を歌いながら機嫌良さそうに女はかぶき町を歩いていた。目的地は店主の名前がデカデカと張り出された店。初めて見た時は、自分の名前にちゃん付けした恥ずかしい呼び名をこれでもかと主張する成人済み男性はキツイなぁと思ったものだ。
営業時間外なので明かりのついていない一階のスナックを素通りし、トントントンとリズミカルに階段を上がって行くと、扉の前で立ち止まる。
ピンポーンと軽快な音がしてから数秒、勢いよく戸を開けた新八は雪子を見るなり涙目になった。いや、見間違いでなければ、元々泣きそうだった目から一筋の涙がこぼれた。
「雪子さん!! 会いたかった……!!」
「えっ? あ、うん。お待たせ……?」
首を傾げる雪子の手にある買い物袋を見つけて、さらに新八の目から濁流の如く涙が溢れてくる。
「本当にどうした!? 待ってハンカチ取り出す、から……て」
そして気づく。部屋から異臭が漂ってくることに。ツンと鼻を刺激するこの臭いは一体。カッと目を開くと新八の胸ぐらを掴んでこちら側に引き摺り出す。とにかく外の空気を吸わせなければ。
「敵襲か? 銀時と神楽は、中にいるね。待っててすぐに救い出してくるから」
「ちょっ!?」
「私が敵の気配に気づかないことがあるなんて。こんなところでそんな奴に出会うとは……」
尋常じゃない激臭に室内の空気が数倍悪くなっている気がする。しかし奇妙なのは敵意を感じないこと。室内にいる五人のうち、二人が銀時と神楽で、残りが……などと考えていると新八が力強く雪子の袖を引っ張った。
「敵襲じゃありません! 姉上です、僕の姉上が来てるんです!!」
「姉上? ああ、お妙さん。……はぁ? じゃあ何でこんな異臭放ってんの。臭くはないけど泣きそうになるわ」
「あわわわ雪子さんそれ姉上の前で言わないでくださいね!? 殺され……ないでしょうけど死にますよ!!」
慌てながら真剣な顔をする新八に、器用だなぁと呑気な感想を抱く雪子。二人の元にやってきたのは話題のその人であった。
「新ちゃん、お客様って一体………雪子さん!」
あらまあと驚いたように口元に手を当てるお妙。志村新八の姉であり、凛とした立ち姿は美しく強かさに満ちていた。キャバクラで働いているそうだが、雪子より十も年下なのに雪子よりしっかりした女性だ。……ということを伝えたら、雪子はニコッと拳を鳴らし、お妙はコロコロと可憐に笑うだろう。
「お妙さん。どうしてこちらに……」
「大怪我をした銀さんの看病に。あの人ったらどうしてもウチの道場に来ないって言うから、じゃあ私もここを離れませんって看病していたんですけど……」
雪子は店で万事屋三人からお妙の話を聞いていたし、お妙も新八から雪子の話をよくされるので、なんとなくお互いの立場は察することができた。元々雪子の店に客として来ることもあったので、今回の対面で女主人と客という以前の立場より少し前進したのだった。
「あら。あらあらあら。まあ、そうだったの」
お妙が驚きのポーズから変わらないまま、目元をにっこりさせて微笑ましそうにする。その視線は雪子と手元の買い物袋を往復していた。
「ふふふ。普段以上に強情だと思っていたけれど、そういうことだったのね」
「なに、何の話ですか」
「お気になさらないで。銀さんにも可愛らしいところがあるんだなーと思って」
その口ぶりに少しばかりモヤッとした気持ちが胸に広がった雪子が深く考えるよりも早く、お妙の隣から飛び出してきた赤い頭に突撃され、黒い感情がどこかに吹き飛んでいった。
「雪子! ちゃんと来てくれたアルな!」
「うん、約束したからね」
太陽のように明るい笑顔を至近距離で浴びせられ、神楽をたまらなく可愛いと思った。ぎゅうと空いている手で抱きしめ返していると、その光景を穏やかに見守っていたお妙が笑う。
「なんだか、そうしていると仲のいい親子みたいですね」
「オオ! 雪子が私のマミー?」
「こんなデカい娘産んだ覚えねーわ。てかそれ神楽のお母さんに失礼でしょ」
頭を掴んでぐいいいいとひっぺがそうとする雪子に、意地でも抱きついて離れない神楽。店にいる女主人の姿と、弟から聞かされる自由な彼女の光景が噛み合わなかったが、こういうことだったのかと納得する。
お妙はますます笑みを深くすると、新八と神楽に声をかけた。
「それじゃあ、お邪魔虫は退散します。ほら新ちゃん神楽ちゃん、行くわよ」
「え?」
「姉御?」
「あ………銀時」
一瞬二人に気を向けた雪子だったが、玄関口にもたれかかって静かな顔でこちらを見る銀時に視線を吸い寄せられる。見つめ合う銀時と雪子に、そういうことかぁと二人は気を利かせて先に階段を降りていく。
「本当は雪子さんとお話したかったけど、しょうがないね」
「銀ちゃん意地でも万事屋を離れたがらなかったからナ。今日は二人きりにしてやるネ」
「聞こえてってぞガキども」
「ふうん私に会いたくて仕方なかったんだふう〜〜〜ん」
「ホラすぐ食いつくものコイツ!!」
姿が見えなくても声だけで話をする四人に、ちょっぴり寂しさを感じてしまうお妙は、
「あとのことはお願いしますね。それと、雪子さん。私にも素で接してくださいね。もっと仲良くなりたいの」
「……! ……うん。任された。よろしくね、お妙」
「うふふ。はい、雪子さん」
ペコリとお辞儀をして去っていく。
お妙が降りていった方向をぽーっと雪子が見ているので、つまらないと思いながら銀時が問うた。
「どした?」
「や。私さ、あんまり女の子の知り合い、つーか友達? いないんだよね」
「ああ。お前高杉より友達少ないからな」
「アイツよりはいるもん……ほら、信子とかしょーちゃんとか……また子とか……」
言ってから、もしかして私って同世代の友達ほぼいないのではと気づいてしまった雪子。昔から周りにいたのは男で、仲良くなろう! と言われる前に懐かれることがほとんどだった。というか友達のなり方なんて忘れてしまった。何故なら雪子は大人なので。
「だから、まあ。ちょっと、嬉しかった」
ちょっととは言っているけれど、その顔はとても嬉しそうだった。
静かになった万事屋に足を踏み入れる。が、異臭は相変わらずだった。
「……アイツらも行っちまって、二人だけになったな」
「何言ってんの。四人の間違いでしょ」
「は、よ、四人……?」
「銀時は窓開けてきて。空気入れ替えよ」
ぶら下げた買い物袋をそろそろ冷蔵庫に入れたい。あと臭いの発生源を片したい。そんな気持ちでキッチンに向かうと、見覚えのあるゴリラが動物園から抜け出して毒物を摂取していた。
「し、死んでる……」
「うっ、死んで……ない……ぞ」
キッチンは散々たる有様だった。冷蔵庫の中身は空っぽで、全ての食材をぶち込んで作ったらしい特製の……なんだろうこれ。恐らく粥の一種と思われるそれが禍々しく鎮座している。ダークマターとしか言いようがない物体を生成したのは、多分お妙だ。
マジかよあんな綺麗な顔してこんなえげつないもん作るのかよ……と慄きながら、空の冷蔵庫に食料を収め、フリーになった両手を腰に当てる。
「近藤。てめー部下がちゃんと仕事してんのに、こんなとこで動物園の真似っこでもしてていーわけ」
「俺はちゃんと非番です! お妙さんが野郎に付きっきりで看病!? そんなこと許されてたまるか! ていうか雪子殿、そんな口調でしたっけ……?」
真選組の面々と顔を合わせる度、ああコイツらに猫かぶんなくていいなと判断した雪子は、「これが素の私」と告げる。
少しばかり半信半疑だったのだけど、まさかお妙のストーカーが近藤だったなんて。マジかよ警察のくせにストーカーかよコイツ……とドン引きして、しかしその手に掴まれたダークマターに、その気持ちは本当なのだろうと考えた。
「? 雪子殿、何故鍋を手にこちらに微笑みかけているんです」
「あ、敬語外していいよ。もう私もそうするから。……さっ、口開けな。ストーカーならこれくらいのことできるでしょ?」
「え、嘘ちょっと待っ……アアアアアアアアア!!」
ダークマターを全て胃にぶち込まれた近藤は絶叫し、気を失った後外に投げ捨てられた。
「今すげぇ声が聞こえたんだけど」
「ゴリラ一頭を野に帰してきただけ」
これでキッチンも片付いた。食器は後で洗うとしよう。
後一人。天井を舐めつけるように鋭い視線で見上げながらリビングに辿り着き、そのままふらふらと後ろ歩きで銀時に近づく。
「待って。あとは……」
「俺誰が潜んでるかわかったわ、ちょっと待ってろ。……あ木刀はお妙の奴に封印されたんだっけな」
木刀があるから戦うんですよねじゃあ粉砕しますねと脅され、部屋を出ようとすると薙刀で殺されそうになり、道場に移動することはなかったものの、かなり制限された時間を過ごしていた銀時。
フラストレーションが溜まっていたが、木刀を投げることはできないようだ。かといって代わりに投げられそうなものもない。
「しゃーねェな。おい、そこにいんだろ。出てこい」
ガタガタガタッ!! 天井を突き破って落ちてきたのは、顔立ちが非常に整っており、泣きぼくろと抜群のスタイルが色っぽい女性だった。誰かが天井裏に潜んでいるのはわかっていたが、まさかこんな美女がいるとは思っておらず、目を丸くする。
彼女は落下した拍子に眼鏡を落としてしまったようで、足元に転がった眼鏡を雪子が拾うと、その肩をガシィ! と掴んだ。
「きゃー!! 銀さん!! 私を見つけてくれたのね!!」
「銀さんじゃねーわくっつくな!」
「ものすごい力で引き剥がしてくるんだもの、間違いなく銀さんよ!!」
「肩幅も声も何もかも違うでしょーが! 眼鏡なくてもそのくらいわかるだろ!」
この女すごいベタベタしてくる! 雪子は拾った赤い眼鏡をかけさせると、目が合った彼女は素早い動きで雪子と距離を取った。
「何よアンタ!! 銀さんの隣に立ってんじゃないわよ!!」
「そっちこそ勝手に万事屋に忍び込んでんじゃねーよ!」
「ここは万事屋という名の私と銀さんの愛の巣なの。部外者は出て行きなさい!!」
「は、は〜〜〜?? あ、ああ、愛の巣って、そ、そんなわけない! ……よね、銀時?」
本当に違うよね? と不安そうに確認してくる雪子に返事しようとするが、先に女が口を開いた。
「私は猿飛あやめ。将来銀さんのお嫁さんになる女よ!!」
「何嘘こいてんだテメェ!!」
「よよよよよよよ嫁!? ふ、ふふふふふじゃけたこと言ってんじゃねーよそんな話聞いたことないもん私というものがありながゃら結婚するわけねーもん!」
「あれ!? 雪子すごい動揺してる!!」
噛みまくりの雪子は猿飛の爆弾発言に動揺を引き出され、そこに畳み掛けるように仕掛けられるのは当然だった。ビッと勢いよく雪子を指差し、猿飛は力強く言い放つ。
「あなたのことは知ってるわ。雪子さん。万事屋のあの子たちの胃袋を掴んで、最終的に銀さんの胃袋も玉袋も掴む魂胆なのでしょう!? そう上手くいかないわよ!!」
「誰がこのバカの汚ったない玉袋に興味あるっつったよ!」
「あなたが銀さんと親しい仲にあろうとも、私が銀さんと結婚寸前までいったことに変わりはないんだから!!」
「いってねーわ!! コイツが勝手にダーリンとか騒ぎ出すから、どんな教育してるのか見に行っただけだっつの! 結局それも罠だったし! 中村さんばっかだったし!」
勝手に人の部屋に落ちてきて、勝手に騒動に巻き込んで、勝手にストーキングしてくるこの女と、ついに雪子が遭遇してしまった。
どんな戦いになるんだ……というか誤解されなければいいのだが、とちらりと横目で見てみると、雪子は目の色を変えていた。……本気モードの目に。
「……そ。猿飛、お前が銀時のことが好きなのはよくわかった。でもその程度でコイツとどうこうなれると?」
「な、何よ!」
「どうせ出会ったのも数ヶ月前とかそこらでしょ? こちとら銀時と何年付き合いあると思ってんだ。私なんか銀時がこぉんなちっさい時からの仲だから。何年も一つ屋根の下で一緒に暮らした仲だから」
「な、なんですってエェェ!!」
「お前が銀時の何を知ってるかなんて興味もないけど、私の方が銀時のことよく知ってるし銀時のこと好きだし絶対銀時も私のこと大好きだから。猿飛が入る余地なんてないから」
ずんずん猿飛に詰め寄って上から捲し立てる。その発言と迫力に言葉を失う猿飛は、逃れるようにウロウロと視線を彷徨わせ、両手で顔を抑えて悶える銀時の姿を見つけてしまい、よろめいた。
「そ、そんな……そんなこと……」
「わかったらさっさと立ち去りな」
「……このくらいで諦めると思ったら大間違いなんだから!! Mを舐めないで。いつか必ず、銀さんを奪ってみせるわ!!」
パリーン!! 玄関をぶち破って出て行く猿飛に、勝った……と優越感を抱いた雪子は、ようやく静かになった室内を見回した。
神楽と定春が住み着いて、新八が毎日やって来て、依頼人や知り合いが遊びに来る。その生活感がそこかしこに漂っており、雪子はくすぐったい気持ちになった。
なんだかんだ万事屋が三人と一匹になってから、ここに来たことあんまりなかったんだよなぁと思いながら振り返ると、銀時が床に蹲っていた。いつもの白い着流しではなく、ぐるぐる巻きにされた包帯が覗く寝巻き姿は、ちょっぴり新鮮に映る。
「おーい傷口でも開いたか?」
「……お前さぁ」
「あん?」
膝を折って白いモフモフした後頭部をツンツンしていると、少しばかり赤くなった耳が見えて手が止まる。
「……あんだけ言っておいて他の男と結婚すんのかよ……」
あんだけとは。熱中していたので何を口走っていたか正直そんなに覚えていないが、自分の言葉がこの飄々とした男を照れさせたのだと思うと、胸が躍るような気持ちになった。
「なぁに、私がヅラと結婚するの、そんなに嫌なの」
「嫌っつーか、……お前はそれでいいわけ、アイツで」
「それ高杉にも言われたわ。お前ら実はヅラのこと嫌いだったりする?」
何でどいつもコイツもそんなことを気にするのだろうと雪子は思う。
「だってアイツテロリストだぜ。指名手配されてるし頭のネジは外れてるし」
「ヅラのネジがぶっ飛んでるのは昔から知ってるから何とも」
「そりゃそうだったわ」
幼馴染という変わらない関係が変わりつつある。雪子が自覚している範囲でも、引っ掻き回すまでもなく、「同じ」はずだった比重が崩れているのをしっていた。
それは不貞腐れているこの男も同じだろう。
「言っとくけど、ヅラと結婚する予定はないからね。今んところ」
「今んところ」
「そっちこそ、あの猿飛とかいう女に求婚されたらしいけど、なんで私に教えてくれなかったの」
万年金欠で糖尿病一歩手前でパチンコするわ賭博するわ酒癖悪いわ足臭いわでいいところなんて殆どないこの男だが、芯は真っ直ぐで強いのだ。すごく分かりづらいだけで、人に好まれる魅力を持つのが、坂田銀時という男だった。だから新八と神楽に懐かれたし、このかぶき町という町に根を張って生きている。
それでも雪子は、何の根拠もなく、自分がこの男のそばに居ることを確信していた。こうしてストレートに銀時を好きだと言う猿飛に出会うまで、まるで他の可能性を考えていなかったのである。
いつか、他の誰かがこの男の隣に立つだなんて。
「雪子だって俺に言わなかったじゃねーか」
「私のはヅラが勝手に言い出したことだし」
「それを言うなら、俺のだってあのストーカー女が勝手に言ってることだから!」
「…………」
「…………」
じっと見つめあって数秒、銀時がフイッと目を逸らした。大きくため息を吐くと立ち上がって、寝室に向かう。後ろから雪子がトテトテついてくるので、気怠そうに振り返った。
「今日はどっと疲れたわ。俺ァ休む」
「お腹空いてる? 空いてるなら何か作るけど」
「あー……いや、まだ空いてねー」
「そ。じゃあ私はリビングでテレビでも見てるわ」
がしっ。ひらひらと振られた手を掴む。当の本人はきょとんとしていた。
「この状況で病人放置する奴があるか」
「だって思った以上に元気そうなんだもん」
「アイテテテテテッ! 頭が、頭が痛い……!」
「腹押さえながら言われても説得力ないけど??」
ぷっと吹き出して笑った後、雪子はしょうがないなぁと困ったように嬉しそうに口元を緩める。そうして寝室に辿り着いた時、ふと昔の記憶が引っ張り出された。
銀時は季節の変わり目に決まって体調を崩した。冬になると毎年発熱して、それを看病するのが雪子の役割だった。面倒だったが弱った銀時をいじめ……世話をする珍しい機会だったので、結構ノリノリで看病したものだ。
それがまさか銀時に看病されたがる日が来るなんて。昔の自分が聞いたら「気持ち悪っ!」と鳥肌が立ちそうなことだが、それを心地いいと思う自分がいるのが真実だった。
「ねえ」
「ん」
「なんで岡田を追ったの、なんて言っても無駄だから聞かないけど。……それでこんな大怪我負ってたら世話ないんじゃない」
「うるせー」
おまじないで修復されたのならばともかく、掻っ切られた胸の傷も治らないうちに戦いに赴くなんて、戦争も終わったこの時代には古臭くて仕方がない。
平和になったこの時代で、あくまで一般人として生きるこの男がどうして痛い目に遭わなければならないのか。それが自分の為だと理解しても、いざ銀時の傷ついた姿を目にすると、忽ち怒りに身が狂いそうになる。
しかし、それが坂田銀時なので、諦めるしかないのだ。だから代わりに私が……。
「ヅラにも高杉にもおまじないはかけた。お前はいらねーの」
「いらねーよ。んなことしたら他の奴らにもバレるぜ」
「まあ完治してたら気がつかないわけないよな」
結局地道に自然完治するまで見守るしかない。寝室に辿り着いて布団に潜り込もうとした銀時が、思いついたように立ち止まった。
「あ」
「うん?」
「おまじない、欲しいかも」
くるりと振り返って雪子に近づくと、彼女が反応するより早く前髪をすくい、覗いた額に唇を押し付ける。
「これで十分だ」
「な、だっ」
「〜〜〜〜〜〜ッ」
照れ隠しで強めにデコピンすれば案の定激痛が指先を襲う。痛みに悶える銀時が畳を転がり回るので、ドキドキした気持ちが萎んでいく雪子は、にやけた面を引っ込めて白いモジャモジャを足で止めた。
「……それ煉獄関でもやったことだけど、それでいいの」
「いーの! 足離せ! 俺は布団にくるまって寝るの!!」
「まあまあ待て待て」
細い指先で銀糸を掻き分け、ちゅ、とおでこにキスをする。お互い顔は真っ赤だし、手は震えて心臓が高鳴っていた。どうしてお互いこの歳になって中学生みたいな初恋模様を繰り広げなんだかと思わずにはいられないが、長年築き上げた距離感を崩して近づこうとすると、こうなってしまうのは、仕方のない気がした。
「……もしお前が足りないというのなら」
額に当てていた指が精悍な輪郭線をなぞり、薄い唇に辿り着く。その仕草で雪子が何を考えているのかわかった銀時の喉が、コクリと動いた。赤い瞳が揺れて、ぷるりとした柔らかな唇に視線が掠める。笑った瞬間に赤い舌が見えて、体温が上がった。
「雪子、俺ァ───」
「失礼する!! 坂田さんと雪子さんは此方か!!!」
「あの……お取込み中でしたか?」
「ううん何でもないよ」
「いやでも……あの、銀さん、床に埋まってますけど」
「コイツそういう趣味があるから。気にしないであげて」
戸を引かれた瞬間に銀時を床に埋めた雪子がにっこり微笑む。追求を許さない圧に、鉄子は大人しくする道を選んだ。
「それで、何の用」
「お二人への感謝を。それから……」
「お願いだ!!!」
そうして続いた村田の言葉に、雪子は目を輝かせることとなる。その一方で、万事屋の床を貫通しスナックお登勢の方まで身体が突き抜けた銀時は、真っ逆さまな視界で驚くお登勢と視線を交えていた。
「よ、よおババア……」
「……そんなふうに体張っても今月の家賃は待たないからね」
この後なんだかんだ落ち着いて久しぶりの雪子の手作り鍋を巡り争う万事屋回が待ってます(嘘)
次の長編が柳生編なので、それまでに日常回的なのを挟みたい気持ちがあります。どうしようかな。松陽登場させたいな。