お家に帰ろう   作:睡眠人間

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たまには万事屋以外の絡みが書きたくて。
タイトルはこれだけどアイドルは最後にしか出ない。


真選組同心篇
アイドルの輝きは一等星


 カポーンと庭に設置された鹿威しが風流な音を立てる。そちらをぼんやりと眺め、否、つまらなそうな顔をして外を見ていた雪子が、興を削がれましたと言わんばかりの深いため息を一つ落とした。

 

「つまり、私に捜査に協力して欲しいと」

「はいその通りです!」

「帰る」

「待って待って待ってエエェェェ!」

 

 真選組屯所内で、雪子の帰宅を阻止する近藤の声が響いた。

 

「頼みますお願いです! もう俺たちだけではどうにもならん案件なんだ!」

「それをどうにかするのが真選組のお仕事だろーが」

「いやマジで! 助けてください! このままだとお妙さんが危ない!」

「お妙なら自力で返り討ちにするって」

 

 必死な形相の近藤によると話はこうだ。

 

 最近連続婦女誘拐事件が発生しており、真選組が調査に乗り出しているが難航しているらしい。というのも、この事件は何故か真選組の管轄内でばかり起きていて、そのくせ証拠も何も残っておらず、身代金の要求もない為、犯人たちの目的は不明であるからだそうだ。

 

 ……いや十中八九真選組をターゲットにした攘夷浪士たちの犯行だろう、と雪子は思ったが口を挟まず耳を傾けた。大方真選組に逮捕された仲間を助けるとか、真選組の解散とか、そういうのを企んでいるに違いない。

 

「てかそのくらいのことで私に協力を求めるか普通。そっちの副長殿が死んでも頼まないでしょ。私の手を借りるくらいならその腕ごと切り落とすでしょ」

 

 嫌われている自覚のある雪子が、近藤の隣でタバコを吹かす男に視線を滑らせる。

 

「俺ァ反吐が出るくらいお前が気に食わねェ。けど、近藤さんが決定したことならそれに従うまでよ」

「あらまあ、涙ぐましい侍魂だこと。上司が民間人にストーカーしてても見て見ぬふりをするわけですわ」

 

 にっこり笑顔でチクチクしたことを言う雪子に、じとりと冷や汗が垂れる。真選組の二人と机を挟んで対面する形で座っている彼女に隠れて、近藤は土方に耳打ちした。

 

「トシ! 全く相手にされないぞ」

「そらそうだろ、こっちも奴の手は借りたくないが、向こうだって真選組にわざわざ貸しなんぞ作りたくはねーんだからよ」

「ううむ、そう言われてもなあ。山崎が嘆いているのも、この案件に手詰まりなのも事実だし……」

 

 こちら側の無能さを露呈するようで情けないが、雪子が助力してくれたら進展があると思ったのだが。資料に目を落とす近藤。こうして雪子を屯所内に招いたのにはとある理由があった。

 

 土方と雪子の仲はすこぶる悪い。元々相性が悪いのか、小さな事で煽り煽られ、小言が絶えず、雪子と出会ってから土方のタバコの量が増えるほどだった。なお、沖田も雪子に対する距離感がわからないようでまごまごしているが、それは別の話として置いておく。

 

 ともかく今回の件は、土方が雪子をどうして信頼できないため、二人の不仲を解消するべく近藤が企んだのだった。嫌いなら嫌いなままでいい。けれど、自分達は命を賭して大切な将軍様と市民を守る立場である。もしものとき、互いの信頼関係がなければ共倒れしてしまう。 

 

 もちろんこんな目的を土方が知れば一蹴されてしまうに違いない。故に名目上は合同捜査ということにして、直接的に二人の関係を改善しようというわけだ。近藤にとって土方はとても頼りになる有能な右腕で、雪子はとても頼りになる天鴉の右腕だから。

 

「さーせん遅くなりやした。お茶です」

 

 議論が膠着状態にある時に、襖を開いて入室したのは沖田だった。

 

「おっせーぞ総悟! 何十分経ったと思ってんだ」

「いやぁ申し訳ねーです、俺ァお茶汲みなんぞしたことがなくて。あ、あとこれ追加の資料です。一日局長の件の」

 

 などと言いながら三つの湯呑みを三者の前にコトンと置く。雪子は目の前に置かれたお茶を一口飲み、ふむと頷いた。そのまま差し出された資料に目を落とし……クンと何かに勘づいた。鋭い視線で土方の手の中にある湯呑みを見る。

 

「普段は自分から茶汲みもしねぇだろ。何か企んでやがんな?」

「天鴉副長殿がいらっしゃると聞いて」

 

 土方はハッと冷笑すると湯呑みを傾け───雪子にひったくられた。あまりの力強さに呆気にとられ、口を挟む暇もなく、中身を一滴残らず飲み尽くされた。

 

「あっ俺の飲んでんじゃねー! 吐けエェ!!」

「おえ、まっず!」

「ちょっと雪子殿! せっかく総悟が入れてくれた茶をそんなふうに……!」

「……おかしいな。アンタ、体に異変は起きてねぇみてーだ」

 

 沖田は愛らしい顔立ちにきゅるんととぼけた顔をして、全くそぐわない恐ろしい毒物をポケットから取り出した。

 

「無味無臭、証拠も残らない。服毒したら三日三晩は苦しむって評判だったんですが。パチモンでも掴まされたかねェ」

「いや、これは本物だな。強力だし痕跡もない。常人ならそのままトぶ」

「それでよく無事でいられたもんだ! 流石は雪子殿!」

 

 空になった湯呑みをぷらぷらさせて雪子は笑い、嫌味ったらしく目を細めると、目を開く土方の前に置く。その中身を覗けば確かにそれらしい痕跡はなかった。 

 

「連続婦女誘拐事件、私の方でも洗ってみるよ。報酬はお通ちゃんのサインで」

 

 そして唐突にそんなことを口にする。

 巷で人気のトップアイドル、寺門通が真選組と近々コラボするらしい。新八は彼女の大ファンだったはず。サインでも土産にしてやろうかと考え、それだけの理由であっさり引き受けることにしたのだった。

 

「えっ! 引き受けてくださるのですか! ありがたい!!」

「その代わり……山崎だっけ? テメェんとこの監察を寄越せ。真選組との連絡はソイツ経由にする」

「えっ!」

 

 てっきり自分達と共に捜査すると思っていたし、雪子の提案は目的から離脱してしまう。驚いて固まってしまう近藤。怪訝そうな顔をする雪子に、土方は上司の腹を知らぬまま頷いた。

 

「ああ好きにしろ。コッチもオメーの面を見なくて済む」

「そう言われたらお前に付き纏いたくなってきちゃったなー」

「……」

 

 いつものように言い返されると踏んだのに。雪子は土方の予想外の反応にまたたいた。じとりと器に視線を落としていた土方が重々しく口を開く。

 

「てめぇ。体は」

「まずお礼を述べるのが筋ってもんでしょ。『命を助けてくれてありがとうございました』……はいっ」

「……。『命を助けてくれてありがとうございました』」

「気持ちが足りないもう一度」

「んだとてめっ」

 

 ゲラゲラ笑うと雪子は部屋を出る。行き先からして山崎を引っ張って行くつもりなのだろう。

 清涼感のある残り香が不快だった。人を馬鹿にしたあの豪快な笑みがどうしたって思い浮かんでくるから。

 

 難しい顔で押し黙る土方に、沖田は湯呑みを差し出した。雪子が一口飲んだだけのそれに粉末状の毒物をほんの一粒注いだものだった。

 

「そんなに気になるなら土方さんも飲めばいいでしょう。といっても濃度はさっきのと比べ物にならんくらい薄いし、効果が出るかもわかりやせんが」

 

 奪うようにして湯呑みを受け取ると彼女のように一口で全てを飲み込む。数秒後、ごと! と手のひらから器が落ち、青い顔をした土方が厠へ駆け込んだ。

 なるほど、本当に本物だったんだと小学生みたいなことを、沖田はぼんやり考える。その手から毒物を回収しながら、こちらで策を講じずとも良かったかもしれんなぁ、とのんびり近藤は思うのだった。

 

「烏の親玉はどっちも人間じゃねーみてェでさァ」

「人間だろう。……きっと」

 

 

 

「えっ雪子さんと? ふ、二人きりで?」

「あんだよ何か文句あんのか」

「いっイエ! 別に!」

 

 普段の数割り増しで目つきを悪くした雪子に睨まれ、山崎は萎縮した。制服姿のまま町に引っ張り出されると、二人で並び歩く。

 局長命令で天鴉副長に協力しろと言われたら、それが全てである。悲しいかな監察は上司の命令に従うのみであった。

 

 山崎は雪子のことが好きでも嫌いでもない。何かと言われたら、苦手意識がある。

 そりゃ作るご飯は絶品だし、すれ違ったら間違いなく振り返るほどの美人だが、なんか怖いのだ。底が見えなくて怖いのだ。あと俺より強さも立場も上でよくそれを目の当たりにする場面に遭遇するから。

 

 苦手な人と二人きりで捜査しなければならないとわかったときは、そのきっかけを作った局長に恨み言を吐いた。

 けれど、存外雪子は横暴せず、真面目に事件を洗っているので、そういえば仕事はちゃんと(?)する人だったと思い直す。

 

「具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」

「………。……沖田って本当に土方を殺そうとしてたりする?」

「え? まあ、だいたい命は狙ってますけど、本気ではないでしょう……多分」

「命狙ってる時点で普通じゃねー……」

 

 毒には耐性のある雪子でさえこれだ。土方にちょっぴり同情してしまった。

 だが我慢できない程ではない。それでも雪子は具合悪そうな表情作りと歩き方を徹底した。思わず通りすがりの人が「おい別嬪さん、大丈夫かい?」と声をかけるくらい迫真だった。

 

「あの。本当に大丈夫ですか? どこかで休みます?」

「そうする……」

 

 それとなく路地裏に近いベンチに雪子は座り、山崎は懐から財布を取り出す。

 

「じゃあ俺飲み物買ってくるので、ここで待っていてください」

「うん。私は今から誘拐されるから、気づかれないように尾行してね」

「え。……えっ!?」

「声でけーよバカ。周りを見るな気づかれる」

 

 顔は気の毒になるくらい弱々しいのに、声には毒気がたっぷりで脳味噌がおかしくなりそうだった。低く艶やかな音色で紡がれる推測と現状に眩暈がしてしまいそうだった。

 

 まず雪子は今回の事件を、真選組をターゲットにしたものだと断定した。事件は全て真選組のナワバリでのみ発生。誘拐された女性たちに共通点はなく、せいぜい攫われやすそうな場所にいたくらいだった。

 とするならば、こうして真選組の者と連れ立って歩いていた女はどうなるだろう。しかも見るからに具合が悪そうで抵抗もろくにできないような女は、絶好の狙い目になる。

 

「だから弱そうなお前を選んだ。もしこれで一緒にいたのが土方とかだったら、狙ってはこなかっただろうな」

「ど、どうして……」

「向こうは直接手を出す気のない雑魚ってこと。その気があるなら、とっくに見つかって真選組が検挙してるだろ」

 

 それだけの強さがあるならちまちま女を誘拐する必要はない。しかし敵は面倒でも誘拐した。手をこまねいている真選組を見て嘲笑っているのである。

 あなんか俺でも倒せそうと思えるくらい弱そうな見た目をした山崎だから、向こうは「今なら女を攫えるんじゃね?」と乗り気になるのである。

 

「まさか今日その日に釣れるとは思わなかったけど逃す理由もない。つーわけで、私が攫われた後のことはよろしく」

 

 手を焼いていた案件を、捜査開始早々にここまで見抜くなんて。やっぱりこの人、怖くてすごいなぁと感心した。天鴉副長も真選組副長に劣らず優秀なのだと思う。

 

「わかりました。後のことは任せてください」

 

 財布を片手に自販機を探すフリをする。少ししてベンチに戻ると、宣言通り雪子の姿はなかった。慌てて周囲を見渡す風を装いながら、尾行を開始する。

 真選組随一の地味さを誇る己が一番輝く仕事だ。彼女の捨て身の覚悟を無駄にしないよう、気を引き締める山崎だった。

 

 

 

「助けてくれてありがとうございました! ホント、なんとお礼を言ったらいいか……」

「いーよ別に。あ、じゃあサイン頂戴」

「サインだけでいいんですか? それならいくらでも書きますけど」

 

 近藤から奪っ……もらった真っ新な色紙を渡すと、お通は不思議そうにしながらも手慣れた様子でサインを書いた。

 

 一日局長を務めることとなった寺門通は案の定、件の犯行グループである天狗党に拉致されたのである。彼女は拘束され、被害女性たちと共に異菩寺に連れられた。

 しかしそこには雪子がいる。天狗党の攘夷浪士たちは、天敵の真選組にやい! と言う間もなく打ちのめされ泣いた。泣きながら逃げようとするも、真選組に包囲されていて天を仰いだ。

 

「雪子さんッ、おつ、お通ちゃんと話をしてましたけど、何を!!」

「あ。新八。これ、お前に───」

「サイン色紙!? それは寺門通親衛隊の中でも限られた者のみが手にすることができるという幻の!! しかも直筆のメッセージまであるゥ!!」

「え? ああ、そうみたい? だから、これは……」

「あなたもお通ちゃんのファンだったんですね!! こんなところに同志がいたなんて知らなかった!! さあ雪子さんッ! 僕と一緒に寺門通親衛隊を盛り上げ、お通ちゃんを更なる高みへ誘いましょう!! いえ誘われるのは僕たち!! そう、言わば……」

 

 そのまま新八にオタトークを繰り広げられ、解放された頃にはぬいぐるみやCDなどお通グッズを持てるだけ持たされた雪子は、ぐったりしながら小料理屋のカウンターで新曲を聴いていた。

 

 なるほどこれが巷で人気のアイドル。スキャンダルで干され落ちるところまで落ちたにも関わらず、江戸のトップアイドルの座に返り咲いた女の子。

 少し話をしただけなのに、応援したいと思わせる力が彼女にはあった。新八がハマるのもわかるかもしれないなぁ。今度CDを返却がてら別の楽曲も聴いてみようかとぼんやり考える。それがオタクの餌食になるとも知らぬまま。

 

 後日、雪子の店には壁にかけられたメニュー表に並んで、新八に渡されることのなかった寺門通のサイン色紙が飾られることとなる。

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