お家に帰ろう   作:睡眠人間

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甘くない卵焼きが一番好き

 あれここ戦場? 黒焦げになった塊でいっぱい。攘夷戦争って終わってなかったんだと雪子は思った。鼻をつく異臭に涙腺が刺激される。脳の奥で警報音がカンカン鳴った。本能がこれを嫌うのである。

 卵焼きになるはずだった残骸を見下ろす雪子と、女神のような微笑みを浮かべているお妙。二人は台所にいた。

 

「お妙。卵焼きはもういいから別のやろ」

「雪子さん。私、卵焼きを極めたいわ。以前卵料理を教えてもらってレシピを増やすことはできたけど、やっぱり卵焼きが一番だもの」

「もう極まってるからだいじょぶだって。これ以上ないくらいキマってるもの」

 

 不気味な黒煙を立てるそれ。材料は卵だ。あとは味付けに塩と砂糖と醤油と白だし。それを熱したフライパンで焼く。ただそれだけだったのに、それ以上の何かをされた成れの果てがあった。

 

「けどよかったわ。花嫁修行のお料理担当が雪子さんで。驚いたけど安心しちゃった」

「あのオババのせいで何人もの奉公人がノイローゼになったんだって。お妙がそうならなずに済むなら、それでいーよ」

 

 口元に手を当ててオホホと目を細める。お妙は超のつく名家、柳生家に嫁ぐことが決まった花嫁だった。

 

 

 その日雪子はいつものように小料理屋の女店主として働いていた。テキパキと客を捌き、料理を作り、後片付けをして。そんなことをしていると黒電話が鳴った。相手は柳生家の者だった。

 話を聞くと、此度めでたく柳生家に嫁入りする娘のお料理教育係になって欲しいのだという。

 

 というのも雪子の店は、将軍様とその妹君というとんでもねえお得意様を抱えていると、VIPの間では有名だったからだ。ついでに最近では江戸のトップアイドル・寺門通の姿も確認されたらしい。

 その繋がりで芸能人やモノホンの貴族がひっそりと足を運ぶ名店になっていたのである。前からその需要はあったけれど、ここにきて爆発したという次第であった。

 

 そんな訳で、報酬は弾むからと話が転がってきたのだ。けれど報酬にも教育係にも興味のない雪子はあっさり断り、そこで終わったものだと認識していた。

 しかし雪子の店にやってきたお妙が、実は、と柳生家に嫁入りすることを話した。件の教え子はなんと彼女だったのである。

 

 暗黒物質製造機のお妙に何を教えろと? 教える前から完成されてるじゃん? 教育係になる必要はないなと改めて判断した雪子だったが、お妙の可憐な顔に翳りを見つけ、着いていくことにした。

 お友達になったから、お友達が大丈夫かなと心配したのである。

 

「しかしまあ、お妙が結婚なぁ。いくつだっけ? てか聞いていい?」

「ええ。18です」

「わっか……。相手はあの柳生家の跡取り息子なんでしょ? すごいね」

 

 18の頃は戦時中だったから色恋なんて考える暇もなかった。あれから10年経って、ようやく腰を落ち着けることができそう、とぼんやり思う程度である。

 前から思ってたけどお妙って本当に大人びた子だなー、さすが新八の姉だなー、と目線より少し下に位置する少女を見る。道場の復興の為に働くお妙は、雪子より遥かにしっかり者だった。

 

「ね。雪子さんはいい人いないの?」

「聞いても面白くねーよ」

「いないとは言わないのね」

 

 う。むつかしい顔をしてグ、と歯を噛む雪子だったが、続きを求める熱心な視線に負けてあげることにした。それにこうした恋愛話をできる相手がこれまでいなかったので、相談したかったのである。

 雪子はお友達を得ると同時に、恋バナができるようになった。松陽が聞いたら涙するほど感動的な出逢いだった。彼女は同性の友人が驚くほど少なかった。

 

「……二年以内に、結婚すると思う」

「きゃ」

「多分だよ? 向こうも本気かわかんないし……や、本気ではあるんだろうけど」

「どんな殿方なの?」

「えーと、堅物電波狂人」

「やめた方がいいと思うわ」

 

 ポッと赤く染まったはずの頬は元の色に戻っていた。お妙はマジトーンでもう一度言う。やめた方がいいと思うわ、と。

 

「でもね、いいヤツだし、その。私もアイツのこと好きだから」

「きゃーっ」

「夫婦になれるかはわかんないけど、家族だと思ってるし」

「きゃーっ、じゃあ、プロポーズを了承したのね? どうして二年なの? すぐに式を挙げないのっ?」

「それがね、直接プロポーズされたわけじゃないの。人伝に『私が二年経っても未婚のままだったら結婚する』って聞いただけだから。あの後アイツと会っても、特に何もなかったし」

「やめた方がいいと思うわ」

 

 何その男。何様のつもり? まるで雪子さんがその男にしょうがなくもらわれるみたいじゃない。美しく眉根を寄せたお妙は、ずっと気になっていたことをぶつけることにした。

 

「それじゃあ、……銀さんは?」

「はっ? 銀時?」

「そう。夫婦に、とか……、いえ変な勘ぐりはよしてね。ただ、お二人がお似合いだったから」

「ウワーッ!!」

 

 めちゃくちゃ恥ずかしくなった雪子は勢いのままダークマターを口に放り込み、あまりの苦味と酸味、この世の地獄を煮詰めた最悪の味に倒れ伏した。舌がビリビリする。食道が傷ついてる感覚がする。なんて劇物!!

 が、しかしお妙は照れて顔が見られなくなったのかしらと微笑ましくなった。なんせ卵焼きみたいな何かを口に入れた瞬間は見ていなかったので。

 

「ね、雪子さん。私にだけ教えてちょうだい。本当は銀さんのこと、どう思ってるの?」

「グッ………」

 

 とても苦しそうに顔を歪め沈黙すること暫し。回復した雪子はあっけらかんとした表情で言った。

 

「旦那にしたくない」

「あら」

「だってプー太郎だし甲斐性ないしギャンブラーだし酒にだらしないし足臭いし面倒だもの」

「確かにその通りだわ」

 

 銀時は堕落が形になって息をしているみたいな男だった。言われるまでもなく、自分の夫としてはチョット……と立ち止まってしまう男だった。

 納得する理由を出され、冷静になる。

 

「お妙さ。本当に自分の意思で嫁入りするって決めたの?」

 

 今度はお妙が言葉を無くす番だった。動揺を見抜き、フッと柔らかく笑う雪子がいつも以上に頼もしい大人に見える。

 即答できない時点でお妙の心が揺れ動いていることは明らかだった。しかし雪子は彼女を引き戻そうとはしない。

 

 これはお妙の問題であり、他人が踏み込んでいい領域ではないからだ。神楽が父親と一緒に地球を旅立ちかけたあの時と同じように、雪子は安易に手を差し伸べない。

 

 けれど、もしお妙が泣きながら助けてと言ったら、迷いなく助け出す覚悟があった。

 

「人に聞いても答えなんか出ないでしょ。自分でよーく考えな」

「……はい。………まあ、どこに行かれるの?」

「祭りの気配がする」

 

 雪子は台所から出て行った。お妙は独り取り残され、お手本にと作られた完璧な卵焼きをモグモグ食べ、ため息をつく。

 美味しかった。こんなに美味しい手料理をいつでも食べられる雪子さんの旦那様は幸せ者ね。それと同時に首を傾げる。

 

 プロポーズの話をする雪子に恋する乙女の恥じらいはなく、長年連れ添った老夫婦のような貫禄があったからだった。

 

 

 

 雪子の読み通り、外は面白いことになっていた。お妙を取り戻すべく、新八、銀時、神楽という万事屋の面々、それから近藤、土方、沖田という真選組の面々が柳生家にケンカを売っていたのである。

 景気良く買った柳生家の一人息子、柳生九兵衛はルールを提示した。

 

 皿を各々自分の体のどこかにつけること。柳生屋敷全てを戦場とすること。6対6のサバイバル戦であること。敵の大将の皿を先に割った方が勝ちであること。

 

「はい! はいはい! 私も参戦したい!」

「雪子さん!? どうしてここに!」

「お妙の料理教育係になってた。騒ぎを聞きつけて来てみれば……とぉっても楽しそうなことしてるから」

 

 そこへやってきたのはルール無用の女である。手を上げてぴょこぴょこ近づいてきた。

 

「キャッホーイ! 雪子がいれば百人力ネ!」

「ありがとうございます、助かります!」

「オメーがいるなら俺ァ楽できそーだ」

 

 歓迎モードの万事屋に囲まれる雪子を、真選組は遠巻きに見ていた。腹が読めないが有能な女だ。戦力はいくらあっても構わない。

 

「え? オメーらと戦いたいし、柳生チームに入るけど?」

「帰れーッ」

「今すぐ帰れーッ」

「何しに来てんだ帰れーッ」

「見損なったアル」

「そんなに僕たちのことが嫌いですか」

「勝負にならなくなるから引っ込んでろコノヤローッ」

 

 散々だった。何なら真選組が一番にブーイングした。全員から非難されても雪子は強気に笑っている。彼らは雪子がバカみてーに強くて厄介なのを知っているので当然の反応をした。

 だが、雪子をただの料理人と思っている柳生家の人間は違う。

 

「ちょい待ち、お姉さん、飛び入り参加できると思ってる? 悪いけど6対6なの。お姉さんだけあぶれちゃう。ていうかマトモに戦えないでしょ」

「こっち五人しか居ないじゃん」

「我等の大将は既にこの屋敷のどこかにいる。だから、あなたが入る余地は───」

 

 どさっ。人が倒れる音がして九兵衛がそちらを確認すれば、柳生四天王が一人、南戸が倒れていた。音もなく意識をトばされたらしい。

 新八はごくりと唾を飲んだ。そういえばこの人(人じゃないけど)、極秘暗殺組織の副局長なんだった。

 にこ! と雪子は満面の笑みで言う。

 

「これで六人だね」

 

 

 

「悪魔だ」

「ろくでもねー女だ」

「だから未婚なんだ」

 

 散々な言われようだった。

 仲間になると思っていたのに、するっと裏切りやがった。日替わり定食を頼むみたいな自然な感じでアッチについた。新八が事情を話しても、笑顔で「ウンだから?」と流された。

 

「けど、もしかしたら僕たちが有利なように動いてくれるかも……」

「んなわけねーだろ。アイツが情に絆されるタイプに見えるか?」

「うっ。その通りですね……」

 

 やるといったらやる女である。一人だけ味方から切り離されたとしても、不敵に笑って返り討ちにしてくる女である。

 彼らは覚悟を決めた。この戦い、雪子を止めなければ間違いなく負ける。

 

「じゃあ、どうやったら雪子さんを倒せますか」

「倒せねーよ倒れるワケがねー」

 

 銀時は事実を音にのせた。実感の伴った言葉に新八は苦笑いをする。彼も同意見だった。

 雪子は新八と神楽に甘い。おねだりすれば最終的にはしょうがねーなァと折れてくれる。しかし戦いのことになると話は別だった。夜兎にとって血と戦いは生き方そのものであり、本能に忠実な雪子が手加減するはずがなかろうと。

 が、納得していない者が三名ほどいる。

 

「ハッ、戦う前から諦めるたァ随分弱気だな」

「土方さんタイマン張るつもりですかィ」

「たりめーだ。そろそろあの女をシメねーとな」

「いやいやお一人じゃ相手にならないでしょう。俺も行きます」

「………!?」

 

 まじまじと土方に見られて、沖田は居心地が悪そうに唇を尖らせる。

 珍しいことを言うもんだ。そういえばこの前も雪子の目の前で俺に毒を盛ってきたな。お茶汲みだって自ら名乗り出た。この男を知る者からしたら、頭がさらにおかしくなったのではと言い出すだろう。

 

「なんでィ、文句あるんですか」

「あるに決まってるダロ。雪子と戦うのは私アル」

 

 これは神楽にとってチャンスであった。神楽は雪子に並ぶくらい強くなりたかった。しょーよー先生に鍛えてもらっている今なら、成長したと証明したかった。強くなったねとあの優しい手で頭を撫でて欲しいのだ。

 

「男どもは引っ込んでな。私一人で行く」

 

 神楽には上手くやれる自信があった。

 

「ふふん。これを見て驚くヨロシ。足の裏に皿をつけたら絶対見えな、」

 

 言いながら足を地面に下ろすと、皿は自然の摂理に従い、体重でパリンと割れた。神楽は片足の裏を確認して、なんてことない顔で蹲る。痛かった。

 

「痛っ〜〜〜。なんか踏んだアル」

「ごまかしてんじゃねェェ!!」

 

 銀時が頭をスパンと叩く。

 恒道館チームは前途多難のようだった。

 

 

 

「んで? 跡取り娘を大切に守ってればいいわけ?」

 

 女の発言に、男たちの殺気が放たれた。柳生三天王の怒りにも似た圧に、しかし雪子は笑顔を崩さない。眉をピクリともさせなかった。なんか風が吹いたなくらいのものだった。

 

「何を仰っているのです? 若は立派な男ですよ」

「股にぶら下がってるもんがねーんだから、立派でも男でもないでしょ」

 

 幼さの残る端正な顔立ち。ふっくらとした頬。女のように線の細い体。普通なら、おっ女っぽい男の子だ、お嬢ちゃんと揶揄う程度である。

 しかし匂うのだ。あ、女だなと肌で感じ取れるのだ。それくらい雪子の感覚は鋭利であった。

 

「東城、別に構わない。この人には隠しても無駄なようだ」

「しかし、若……!」

「お妙は全部知ってるの? お前が女だとわかった上で嫁入りしようとしているの?」

「ああそうだ。僕と妙ちゃんは愛し合っている。外野にとやかく言われる筋合いはない」

 

 アルトの声が響く。雪子は、ああ軽いなと首を鳴らした。

 

「雪子殿。あなたの腕を買ってチームの一員として認めたが、僕らを裏切るというのなら、僕自らがケリをつける」

「私は私の好きなようにやるだけ。オメーらが邪魔をしなかったら裏切ることもないさ」

 

 好奇心でいっぱいの熱い瞳と、冷ややかな黒い目がかち合う。それ以上言葉を交わす気がないようで、九兵衛はコートを翻して部屋を出て行った。それに続くのは東城。

 残った北大路、西野は、花嫁修行の料理担当をしているという女店主を見やる。女は練習用の木刀を手にして、鼻歌を唄いそうなくらい上機嫌に歩いて行った。

 

 開戦の狼煙が、まもなく上がる。




雪子VS原作キャラはいくらでもやりたいのでこうなりました。ワクワクすっぞ!!
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