皿を割ってしまった神楽に付き添う形で土方は屋敷を回り、女中に声をかけて新しい一枚を得た。
しかし神楽はかぶき町の女王なのでお気に召さない。頭部よりデカイ皿がいいらしい。そんなもの抱えて戦えるか! と否定する土方だったが、開戦の狼煙に気づいて警戒を強める。
「オイ、モタモタしてる暇……」
「しょうがないアルナ。マヨ皿で我慢するアルか」
神楽は土方の皿を勝手に使うことにした。両胸につけ、スタスタ歩く。
「ちょっ……待てェェ俺の皿は、っ!?」
───青い鴉が降り立ったかと思った。ふわりと藍色の羽織を蝶のように靡かせて、こつりと黒いブーツが地面に触れる。土方が見えたのはそれだけだった。
「ガッ!!」
まばたきする間もなく、とてつもない衝撃がぶつかってきた。神楽だった。巻き込まれた土方は小柄な体躯を受け止めきれず一緒くたになって襖ごと吹っ飛ばされる。
数部屋分の後退を余儀なくされ、一直線に荒れた畳からワラが舞う。
「おい大丈夫か! しっかりしろ!」
「ぐっ、うぅ……」
目を瞑ったまま魘される神楽の鼻から血が垂れる。脳が揺れて立ち上がることもままならないようだった。
土方は鋭い舌打ちを落とし、咄嗟に目の前にあったバカでかい皿を腹に巻く。煙草に火をつけ煙を吸い、木刀を手に立ち上がった。
可愛がっているはずの幼い子どもの頭を蹴り飛ばした、悪魔の女を叩っ斬るため。
「おーおー随分と乱暴なことすんじゃねーか」
「私は差別をしない主義でね。幼子だろうが老人だろうが、邪魔だと思ったら蹴っ飛ばす」
贔屓しかしない女がそんなことを笑いながら言った。その手には、自分達と同様に木刀が握られている。
この状況においても立ち振る舞いは一般人のそれだった。殺意や闘志は感じない。この勝負に参加を表明したときも、南戸という男を意識喪失に追いやったときも、声と表情だけが上滑りしていた。今もなお、
「だからこの戦い、好きにさせてもらう」
「……ッ」
周囲を気にする素振りもないまま、木刀を横に振るった。息を殺して一気に距離を詰めた沖田の鼻先に突きつけたのである。喉をのけぞって回避した沖田が地面を蹴り、距離をとった。土方と背中合わせで並び、緊張感を高めていく。
「舐めてんのか? 2……3対1で、背中に皿をくっつけて」
「ハンデだよ。そっちこそどでかい的を腹に抱えてどうした?」
「ハンデだ」
吹き飛ばされた神楽は両胸に、煙草を吸う土方は腹に、目つきを鋭くする沖田は胸元に、そして雪子は背中に、それぞれ皿をつけている。
時間がなくて腹に装備するしかなかった土方と違い、雪子には準備をする余裕があったはずだ。しかしこの女はわざと死角となる背中につけた。
どういう狙いが。黙考する沖田は、鳥肌が止まらない事実に静かに息を吐く。
初めて会った時は、ああ間違いなく同種の人殺しなのだと理解したものだ。それに雪子の戦いを見たのは、煉獄関で銀時と死闘を演じた時と、ターミナルで巨大えいりあんを潰していた時の二回。
どちらも遠目からだったが、それでも鬼神の如き勇猛な戦いっぷりは明らかだった。
「ようやく……アンタと剣を交える日が来やしたね」
「そーね。真剣でないのが残念だけど」
片足を一歩前に出し、雪子は腰を下げると後ろにやった手で木刀を握りしめた。同時に沖田もまた、真正面に真っ直ぐ木刀を構えて足に力を込める。
1対1でやるつもりだ、と土方が後ろに下がった瞬間。
「───っ!!」
濃密な気配が、強烈な殺気が場を支配した。首を切断されたかと思わんばかりの死の錯覚が飛んできて、土方は咄嗟に首を確かめる。ちゃんと皮膚が繋がっている。斬られた事実はどこにもない。
それでも、自分は死んだのではないかと疑った。あり得ない事態だ。
まるで一人だけ戦場に放り出されたかのような恐ろしさに、足元から崩れ落ちる感覚がする。これが、天鴉副局長の本当の姿。
陽炎のように揺らぐ暗殺者は歪に笑む。
青が駆けた。
バシィィィ!! 振り下ろされた木刀を受けると腕がジンと痺れ、沖田は瞠目した。想定以上の重みが細い腕にのしかかったのだ。上から押しつぶされるプレッシャーに足が震える。
……つーか、こんな重いのかよッ! 怪力なのは勘づいていたが、ここまでとは。先に吹っ飛ばされた神楽が頭をよぎる。このままでは木刀が保たない。
咄嗟に横に流すと木刀が目の前に迫っていた。瞬時に避けた瞬間を雪子が逃すはずもなく、足払いをされ転がった。手のひらから零れた木刀を奪われる。
ひゅん、と風を切って木刀が喉に突きつけられた。たった数秒。常人の目に止まらない速さ。ほんの一合で、沖田は雪子に敗北したのだ。
汗が頬を伝う。睨みつけるような目で見上げれば、捕食者の顔をした女が瞳を弓なりに細める。
「もう終わり? お前が刀での決着を望むから本気出したのに」
「……足払いは刀に入りやせんよ」
「今やってんのはケンカだろ。刀だけでやり合うのはセレブにでも任せてたら」
武器を奪われ、力じゃ敵わない。こんな。こんなに、遠いのか。
光を背に受け見下ろされ、確信は疑念に揺らぐ。太陽の日の光をたっぷりと浴びても平然としているなんて。アイツと同じだと思ったのに。
「受けたのがオメーの敗北の要因だよ。あそこで躱されてたら、勝負は続いていたかもね」
「はぁ。お世辞ですか? 似合わないことは言わねーでください」
「事実だよ。手加減できなかったから速攻で決めたの」
意外と自分の評価が高いことに驚き、赤い瞳がぱちりと瞬いた。
「私は祭りに参加しただけ。つまりケンカがしたいわけ。皿がどうとか、結婚がどうとか、どーでもいいわ」
「だから皿を割らないんで?」
「その代わり根性をへし折ってやる」
ビュン!! 凄まじい速度で飛んできた木刀を、雪子は首を傾ける最小限の動きで躱す。続いて駆け出してくる生き物の気配に、くるりと一回転してその場から離れる。
「うがぁぁぁぁぁ!!」
「んごぉぉぉぉぉ!!」
その際、木刀で沖田の顎を上へと鋭く打ち上げ、猪のように突進してくる神楽の進路を塞いでおく。
顎、そして背中に痛みを抱えた沖田が悶絶する。脳震盪から復活し、雪子が持っていた木刀をぶん投げて走ってきた神楽も、頭を強く打って転がった。
「てっめぇ! 邪魔すんな!」
「そっちこそ邪魔すんなアル! 雪子と戦うのは私ネ!」
雪子に蹴っ飛ばされた時、土方に声をかけられながらも、喜びを感じていた。
実は雪子は自分と戦う時に手加減をするのではないかと心配になっていたのだ。あるいは、戦闘すら避けられるのではと疑っていた。だって彼女にとって自分は子どもだから。それは今でも変わっていないだろう。
しかし雪子は本気で蹴っ飛ばした。鼻血を垂らし、口内に滲んだ血をぷっと吐き捨てる。
理解したのだ。雪子は神楽を守るべき子どもだと甘く見なかった。自分に並ぶ存在だと信じたのである。それが何よりも嬉しかった。真っ直ぐ神楽の存在を肯定してくれているようで、安堵したのである。
鬼兵隊のまた子との戦闘で神楽の成長を実感したのだろう。だから、雪子は神楽と戦うことから逃げない。大人げなく、手加減もせず、実力を高みからぶつけるのだ。
「わはははは! 俺たちを差し置いて勝手に盛り上がるのはいただけない!」
「待て、西野。不用意に突っ走るな! あの女、只者じゃないぞ! というか俺たちは同じチームで……!」
飛び出して来たのは柳生四天王が一人、西野。そして同じく北大路は呆れたように顔に手を当て、駆けてくる。
「あーあー興奮しちゃってまあ。今はこの二人を相手にしたかったんだけど。邪魔しないでくれる」
ふっと影が降りる。西野が自慢の怪力で背丈ほどある巨大な岩を雪子に向かって投げたのだ。あっ! と声を上げたのは奥で戦いを見守っていた土方だった。
白く細い腕が伸びる。拳を握り、足腰に力を入れた雪子は降ってくる巨岩を打ち砕いた。大きな音を立てて粉砕されていく岩だったもの。鋭く小さくなった破片を手にし、暇潰しのように弄ぶ。
「ほう! なんたる怪力! 気に入ったァ!!」
「だから……邪魔すんなっつってんだろーがァァ!!」
割れた小さい岩を投擲する。顔面を狙う正確無比な一投だったが、西野はそれを見切り避けた。否、勘で避けたらしい。
「うおっ!? 何か飛んだか!?」
「へェ……ただの雑魚じゃない。柳生四天王は伊達じゃねーな」
「その投擲スキル、怪力、そして先ほど見せた剣戟……貴様こそただの女店主ではないだろう」
「余計な詮索は不要! 男と女、本能のままに貪り合うだけよ!!」
「そのキショい言い方やめろオオオ」
雪子の何倍もある逞しい腕に力を込め、西野が正面から突っ込んでくる。その脇から北大路が第二の攻撃を仕掛けてくるのが見えた。
ふむ。私が西野を止める間に背中の皿を割るつもりか。なら馬鹿正直に受ける必要はない。躱して隙を窺う……
「ちィ、手ェ出しちまった!」
「土方っ? 血迷ったんか」
土方が割り込んできたので急遽西野の拳を受け止めた雪子。彼女を守るように北大路の刀を受けた土方が、心底憎らしげに口を開いた。
「お前を先に倒すのは俺だ。こんな奴らに先越されてたまるかよ………もちろん」
宙から木刀と脚を振り下ろし、雪子と土方を狙う二つの人影。柳生の剣と拳を止める二人の目がきらりと光った。
「てめーらガキどもにも負かすつもりはねェェェェ!!」
「受けて立アァァァつ!!」
「おごっ!?」
「カハッ!!」
西野の腹を天に向けて殴り抜いて神楽を妨害し、また土方は北大路の頬を鋭く振って沖田にぶつけた。
パリン! 硬質な音がして雪子があっ! と声を上げる。神楽とぶつかったせいで西野の皿が割れたのだ。
「あー! もっと丈夫な皿つけとけよ! 勝手に離脱すんな!」
「いや離脱させたのお前!」
「雪子ォォ! 覚悟するアルゥゥ!」
神楽が西野の頭を掴んで振り下ろしてきたので、鼻フックで動きを止める。そのまま引き抜くようにして大きな人体サイズの武器を奪い取り、勢いをつけて神楽に向かい投げた。
「ふんっ!!」
「甘いアル!!」
「小癪なッ」
「やられたらやり返すのみヨォ!!」
西野を投げ合い、蹴り合い、互いに隙を狙う一進一退の攻防をする夜兎の女たち。
その一方、協力して速攻で北大路の皿を割った土方と沖田は。
「死ね土方ァ!」
「死ね総悟ォ!」
と普段のやり合いをしているのだった。
「雪子は止めないアルか。アネゴはここに嫁いで……笑って死ねるアルか」
「んなもん知ったこっちゃねー。ただ心の赴くまま戦うだけッ」
「今はそんなこと聞いてないアル! 雪子の本音を聞いてるアル!」
神楽の真剣な叫びに目を開く。この子のこういうところに弱いだよなぁと思いながら少し黙って、雪子は重々しく言葉にした。
「そりゃ、あんな顔してたから、心の底から望んだもんじゃないってのはわかるけど。それでも私らは赤の他人だし、当人間の問題には立ち入れないでしょ」
お妙に言ったように同じことを伝えると、それでも神楽は腑に落ちない顔をした。ああ、子どもだなと感じる。どうしたって首を突っ込まずにはいられない、手を伸ばさずにはいられないその性分には身に覚えがあった。
私、いつからこんなになったんだろ。
ふと昔の自分へと想いを馳せる。一線を引いているのは自覚していた。これが身内の話しならば、雪子は当人の話もロクに聞かず連れ出していたことだろう。
が、渦中にいるのはお妙と柳生九兵衛。彼女にとってはそこまでする相手でもないのだ。
「なーんか事情がありそうだったしね、そういうのは他人が首を突っ込んじゃいけないんだって」
そう、例えば昔した結婚の約束とか。
透き通る陽光は新しい季節の訪れをしらせる。やうやう暖かくなっていったかと思いきや、切り替わる寒気にぷるりと身が震える。
どうにもこの時期は気温が安定しなくて困る。衣替えとかうまくいかないし。
今日は後者だったかと盛大にくしゃみをした。寒い寒いとぶー垂れているとヅラが拳を握る。
『侍たるもの、脆弱な身体ではいかん。体調管理には気をつけねばなるまい』
『気をつけてますぅ。ヅラは風邪すら引かないし体丈夫でしょ。だからその羽織寄越せ』
『ヅラじゃない桂だ。取りに帰ればいいだろう』
『えーめんどくさい……。それに取ってくるほど大事じゃないし』
でもそれと今の体感温度とは別の話だ。あー肌寒いなー羽織欲しいなーとガン見すると、ため息ひとつ落っことして襟巻きを巻いてくれた。……いや首回りはあったかくなるけどさ。
ほっこりすると緩み出す口元は襟巻で隠す。できるだけ眉間のしわを意識して作ったら、そんな顔するなら外せと言われた。
丁寧な手つきで束になった手向け花を持ち直す。くしゃみした勢いで力がこもり潰れてないかと気になったが大丈夫そうだ。
なんとなく頭に浮かんだ事を時間潰しのようにぽつりぽつり話す内、着いたのは静謐な場所。
たくさんの人の魂が眠りにつく墓場。
その一つを占める墓石───桂家之墓の前に立つ。
ウチで暮らすようになってからもヅラは定期的にお墓参りに行っていた。報告したい事はあったろうし、ここに来れば家族がいるから。
ならもう一つの家族を代表して私からも言ってやらないと。
おたくの子、元気にやってますよって。孤独を吹き飛ばすほどのバカになって笑ってますよって。
しゃがみ黄色い花を花瓶に入れて手を合わせた。隣から静かな吐息がこぼれる。
こいつの過去はしっているし、将とはなんたるかを説いてくれたお婆のことも聞いていた。両親が病で亡くなり、ついにはそのお婆も。しっかり者であったヅラは幼くして桂家の当主となったそうだ。
そしてお婆に託された思いを継いで生き抜く為に臆病者に成った。ま、その臆病者とやらの仮面は、銀時や高杉といる時は薄れているのだが。
『ありがとう、雪子。付き合ってくれて』
『ヅラがどぉぉしても一人じゃ嫌だって言うから? まあ仕方なく??』
てっきり否定されるかと思ったのに思いの外沈黙が長かったから、顔をそちらに向けた。ヅラはお墓をじっと見て、うんと頷く。
『ああ。……いかんな。独りぼっちは慣れていたはずだったのだが。……どうにも寂しいと、そう思ってしまう。お前たちのバカがうつった』
思わず手を握った。咄嗟の動きだった。驚いたように顔を上げるヅラと目が合い、私も同じような顔をしていたのだとしる。途方に暮れた独りきりの無力感に覚えがあった。
指先まで冷えて何も感じなかったあの雪の日。私は松陽に拾われて温かさをしった。
ならばと白い手でヅラの手に触れればやはりというか温かかった。生きている者の温度だった。
ぎゅうと壊さないように力を込めると同じくらいの力で握り返される。
『寂しいってんなら、私がこうやって手を握ってあげる』
『それは……友としてか。それとも……』
『家族として、ね。私も血の繋がった家族はいないから。これで私とヅラは、独りきりじゃない』
『それなら、いつか俺と本当の家族になってくれるか』
『うん。寂しくないよう、隣で笑ってる』
そしてヅラは少しばかり潤んだ瞳を向けて───……
「ウワめっちゃ昔のこと思い出しちゃった」
「ウウウウゥゥゥ」
「そうそうそんな感じで今懐かしさと羞恥心でいっぱい」
凶暴な獣の声を上げる神楽を組み敷いて、雪子はひとつ息を吐く。ちっとも恥ずかしくない顔だった。
桂の急な申し出の根拠がわかって得心がいったのだ。いやこっちが今まで忘れていたんだし向こうが覚えているとは思えないが。
「あっあっ雪子のエッチ!」
「コラコラ暴れるなうっかり服の下に手ェ突っ込んじゃうぞ」
両胸につけられた二枚の皿を回収しようとしたが、神楽が暴れるので別の方向で攻めることにした。
まろい輪郭線を描く頬を撫で、唇に指を添える。手っ取り早く黙らせるため、そのまま青い瞳を隠すように掌で覆い被せる。視覚を失った神楽が露骨に平静を失うのでぐっと身を近づけて耳元で囁く。
「深呼吸」
「……っ、……、すぅー……はぁー」
「ン」
「すー……はー……。ぁ、ん」
「よしよし」
耳から流水のように清らかな声が流れてくる。温度の伴った手が瞼に優しく触れ、もう片方の手で腹を撫でられて安心する。
さっきまで戦っていたのも忘れ、神楽は雪子から与えられるぬるま湯のような安堵に満たされていった。
心音がとくとく鳴る。そのまま暫く───実際には一分も満たないが、神楽にとっては長い時をかけてリラックス状態に持ち込まされた。
だらんと脱力した四肢。ゆっくりとした呼吸。
こうなると完全に雪子の掌である。こんなチョロくて大丈夫かこの子、お母さん心配……なんて頭の隅っこで思い、するっと皿を回収したら、ぽんと神楽の額をぺちんと叩いた。
「あう」
「はい終わり。コレ私の皿ね」
瞼を隠す雪子の手が無くなり、急に明るくなった視界と、ずっとあった温度が消えたことに驚いて、咄嗟に動けなかった。
目玉だけ動かすと、神楽のものと雪子のものを合わせた三枚の皿を割るのが見える。
「冷めたから帰る。お妙に時間があったら店においでって伝えてといて」
そう言い残して本当に帰っていく後ろ姿を神楽はぼんやりと見送った。
雪子の本音を聞いた時、彼女は愉しげな顔色を引っ込めて無関心の面になった。そのまま神楽はあっさりと体術で負かされたのである。
戦闘開始時はあんなに楽しそうだったのに、神楽の実力を測り終えるとこれである。無情だった。時間の無駄と言わんばかりの手早さだった。
「なにアンタらまだ戦ってたの? 飽きないワケ。物好きねー。………え? 戦い? 今はいいわ気分じゃない。じゃね」
殴り合いにまで発展していた土方と沖田に冷たく言い放ち、目立った外傷もないままいよいよ柳生家の敷地を立ち去った。
遠かった。手を伸ばしても届かないほどに、雪子の強さは圧倒的だった。実際に拳と蹴りを交わらせてわかった。
あれは突然やってきた台風とか、津波とか、えいりあんとか、そういう災害の一種なのだと思った。
「また……子ども扱いネ」
雪子は血と戦いが好きだ。だけど、今の戦いでは……それらを上回る何かに気を取られていたようだった。
その何かが何なのか神楽には見当もつかない。
まさか今回の柳生家騒動と同じ根幹が眠っていたなんて、気づくはずもない。
「……松陽。私、決めたよ」
「うん? 何をですか」
「結婚。ヅラと」
「ぶっっっっ」
お妙と同じく、雪子もまた腹を決めたら動かない女であった。