「ここが江戸一美味しい小料理屋です、姉上」
「そーちゃんがわざわざ勧めてくれるだなんて。楽しみだわ」
バズーカを突きつけられて「店を開けろ」と脅された時は「しらん帰れ」と逆に包丁を手にして脅し返してやったのだが、その男の背後から現れた女性に免じて雪子は店を開くことにした。
蜂蜜のように蕩けた髪がさらりと流れ、女性が微笑む度にマイナスイオンが発生する幻覚が見える。いっそ病的なほど細い体は手折れる寸前の百合の花のようで庇護欲をそそられた。
あ自分が守らなきゃダメだと一目見て感じるのである。まあ当の女性は、弟と見知らぬ女店主が互いに武器を突きつけあっている光景を見てアララと上品に笑っていたのだが。
「! まァほんと、美味しい」
「どーも」
「姉上のお口に合って良かった」
互いに自己紹介をして沖田ミツバと名乗った女性は、その名の通り沖田総悟の姉であった。二人で仲睦まじく話をしていくところを見るに、姉弟関係は良好以上らしい。
雪子からしてみれば、沖田は同種の人殺しであり真選組一番隊隊長の侍である。現在のニコニコキラキラ目を輝かせて尻尾を振る沖田(弟)にどうしても慣れない。十も歳の離れた子どもであることを今更ながら痛感した。
「病気なら大丈夫。そーちゃんの毎月の仕送りのおかげで治療も万全だもの」
久方ぶりの再会のようで口を挟む無粋な真似はせず、けれどカウンターの方でかちゃかちゃ作業をしつつ何となく耳を傾ける。仕送りとかするんだ、とか驚いたりしていた。
「ちゃんと3食ごはん食べてる?」
「食べてます」
「忙しくても睡眠ちゃんととってるの?」
「とってます。羊を数える暇もないですよ」
「みなさんとは仲良くやってるの? いじめられたりしてない?」
「うーん、たまに嫌な奴もいるけど……僕くじけませんよ」
堂々とした嘘つきっぷりにクフクフコホコホ笑いを堪えていると、沖田(弟)から刺すような視線を感じる。余計なことは言うなという牽制のそれに、さてどうしようかなと雪子は愉快そうに考えた。
この変貌っぷりには驚かされたが、要するにこれはこの少年の弱点を……加えて雪子へのオモチャをわざわざ披露しているに他ならない。
「じゃあお友達は?」
「あー、あ、お客さん。沖田……くんはね、いつもウチに来る時はひとりで友達なんてとても───」
ドゴウ!! 激しい音の正体は、店の出入り口付近をバズーカで消し飛ばした音であった。ミツバは雪子の方に完全に顔を向けていて、まさか隣の弟が仕出かしたとは思わない。
「店主の前で店吹き飛ばすたァいい度胸してんなコラ」
「流れ弾でさァ。俺は無関係です」
「無関係なわけねーだろ、目の前で撃つの見てんだからな!」
「かぶき町は物騒ですからね。姉上の負担にならなきゃいいんですが」
切れ味の鋭い出刃包丁を取り出して、刃先をゆらゆらさせる。沖田のことは少し気になっていたが致し方なし。殺すしかないか……と標準を狙い定めたところで、隣で?マークを浮かべていたミツバが、コホコホと咳をした。
「姉上! ……肺を患っててストレスに弱いんです。変なこと言わないでくだせェ」
「えっこれ私のせいなの? 絶対違うだろお前のせいだろ」
「げほっ! ごほ、ドホッ! ぅげふっ!!」
「これもダメなの!?」
なんだこの女。今までにないタイプだ……病気を逆手に取っている? いやわざとそういうことをするような人には見えないが……。
お茶を注ぎ足して安静にさせると、綺麗な微笑みを浮かべられて思わず苦笑いをした。
雪子とミツバの力関係が決定した瞬間である。
「……それで、雪子さん。そーちゃんにお友達っているんでしょうか?」
「私に聞くの? 本人に聞けよ隣にいんだから」
「……こほっ」
「いるいるめっちゃいる」
堂々と嘘を吐いてみれば、ミツバは表情を明るくする。ふぅ、これで暫くは難を逃れられると思った雪子だが、もちろん現実はそう上手くなく。
「じゃあ会ってみたいわ。紹介してくださる?」
「あの……それこそ私じゃなくて弟に言えばいいのでは……」
「こほっ」
「もうわざとだよね、絶対味を占めたよね」
「姉上がそんなことするはずがないでしょう。それで、連れてきてくれますよね?」
嫋やかに無自覚に追い詰める姉と、ドSに自覚的に攻めてくる弟。この弟にしてこの姉ありと言うべきか、この姉にしてこの弟ありと言うべきか。
全く同じ顔の二人に見つめられ、雪子ははぁとため息をついた。
「で、なんで俺?」
「今呼び出してすぐに駆けつけてくれる便利なヤツだから」
「的確に酷くてウケる」
大親友として紹介された坂田銀時くんは、雪子の「10秒で来い来なけりゃ殺す」という電話に振り回された哀れな男だった。
破壊された雪子の店に来てみれば、いつの間にか沖田の親友になっているし姉のミツバに劇物摂取を強要されるしで散々なスタートを切った。
一通り会話をしたところで、沖田がパンと両手を合わせる。
「そうだ、せっかく江戸に来てくだすったんだ。姉上と一緒に見て回りたいです」
「ふふっ。楽しそうね。行きましょう?」
「はい! ……ああ、でも体の弱い姉上に長いこと歩かせるわけには……。ここに高級車を乗り回せる人がいたらなァ」
「運転しろっつってんな? ……わかったって今日は勘弁したげる、だからミツバさん? 咳をする準備するのやめてもらえる?」
「すげえ、雪子に言うこと聞かせてるよこの姉弟」
雪子の運転のもと、彼らはショッピングに出かけることとなった。
とりあえず江戸に来たらココ! という観光名所を回ったり。
美味しいものを食べたり(ミツバが「雪子さんのところ、本当に美味しかったわね」と言うと、雪子は「当然……」と嬉しそうな顔をした)。
雑貨屋さんで小物を探してみたり。
そんなことをしているうちに互いに親しくなったようで、呉服屋に着くと。
「ミツバ、肌が白いし瞳も明るいからなー。この色が似合うって」
「よくわからないけれど、雪子ちゃんが言うならそうなのかしら」
「髪色にも合ってていいんじゃねーの」
「なんで旦那まで口出ししてるんです?」
コスメを見て回ると。
「しっとりしててめっちゃ良いよ、このファンデ。しかも抜け感出るから……」
「このブランドのアイシャドウすげぇんだよな、発色がしっかりしてて……」
「まあ。二人とも詳しいのね」
「だからなんで旦那まで話せるんです。俺にはサッパリな世界でさァ」
お化粧品の話題でキャッキャ盛り上がる三人と、一人だけぽつんと取り残された沖田。銀時は定期的に西郷の店でパー子になるので化粧品に詳しいが、沖田はそれを知る由もないのであった。
そんなこんなで夕方を迎え、再び雪子の店で食事を取り(ミツバの好物を聞き出した雪子は超激辛丼を出した)、夜になるとミツバを嫁入り先の屋敷に送り届けた。
「今日は楽しかったです。そーちゃん、雪子ちゃん、坂田さん、色々ありがとう」
「ん、またショッピング行こ」
「パフェにタバスコかけまくるのやめんなら……ァいややっぱ何でもないです」
「今日くらいウチの屯所に泊まればいいのに」
「ごめんなさい。色々むこうの家でやらなければならない事があって」
それはそれは立派な屋敷の戸の前で別れの挨拶を交わす。
「それじゃ姉上。僕はこれで」
「あっ……。あの………あの人は」
伏せた目と少しの期待を込めた声色に、おやと雪子は眉を上げた。ミツバの問いかけに焦ったいくらい時間をかけて沖田は返答する。
「野郎とは会わせねーぜ。今朝方もなんにも言わず仕事に出ていきやがった。薄情な野郎でィ」
「……仕事か。相変わらずみたいね」
それまで仲の良い姉弟だった二人の空気が冷えたのを察知して、雪子と銀時は顔を見合わせた。てっきり姉には無条件で甘いのかと思っていたが。
立ち去る弟の背中を寂しそうに見つめた後、ミツバは二人に向き直る。
「ごめんなさい、我が儘な子で」
「しってる」
「あそこまで我が儘なのは、どこぞの最悪女くらいだぜ」
「誰のことかまるでわからない」
「うふふ。仲良しさんなんですね、お二人。……けど、きっとあの子は一人ぼっちなんです」
幼くして両親を亡くし、母親代わりとなったミツバは、沖田を甘やかして育ててきたと語る。彼の我が儘を許してしまっていたからあんな性格に育ってしまったと。
友達なんて一人もいなかった。近藤に出会わなければどうなっていたか不安になるくらい、沖田はミツバにとって心配の種だった。
「ホントは……あなたは友達なんかじゃないんでしょ。雪子さんも……。無理矢理付き合わされて」
「あんなんがちゃんとしてるワケないでしょ。ロクなモンじゃねーよあのクソガキ」
銀時は頭を掻いて続ける。
「友達くらい選ばなきゃいけねーよ。俺みたいなのと付き合ってたらロクな事にならねーぜ、おたくの子」
「ホントホント。悪影響しか及ばないからコイツ」
「あんだとコラ。てめーだって変なモンしか教えてねーだろ」
「あんくらいの年頃の男ん子には、悪いことできる大人の女が必要なワケよ」
まあそこまで深く関わったことはないのだが。せいぜい店に来て飯を食いに来たり真選組への出前にテロを起こしたり共同捜査で会話をするくらいである。友達というのも違う気がした。
それでもミツバには親しく映ったようで、どうして二人に弟が懐いたのかわかった気持ちになった。
そこにパトカーが停まり、ヘッドライトに照らされた三人が眩しさに目を細める。降り立った人影が近づくたびに影が濃くなり、顔はよく見えなかった。
「オイ。てめーら、そこで何やってる?」
声の主は土方だった。雪子と銀時、そして最後にミツバに目を向けて微かに目を開く。同じく相手が土方と気づいたミツバは動揺し、胸元を苦しそうに押さえた。
「とっ、十四郎さ……! ゲホ、ゴホッ!!」
「ミツバっ」
倒れかけた女性の体躯を咄嗟に支えた雪子は驚いた。想像以上に体の重みを感じなかったからだ。そのまま流れるように膝に腕を回して横抱きすると、戸を蹴破った。もう一度言おう。大きくて立派な戸を、ミツバに負担のないようヒールブーツで蹴破った。
「ここ、ミツバの婚約者の家でしょ。医者呼んでもらお」
「お、おお……!」
男三人は雪子の有無を言わせない圧に従う他なかった。
「ようやく落ち着いたみたいですよ。雪子さんが素早く医者を手配してくれたおかげだそうです。……戸は犠牲になりましたが」
「真選組に請求書を申請するよう言っといたわ。で、なんで二人はここへ? その顔見るに……ただの野暮用ってこたァねーだろ」
ミツバの病状が落ち着いたところで、四人は案内された一室で事情を確認する。といってもせんべいをバリバリ食う三人と違い、土方はタバコをふかして真っ暗闇に目をやっていた。
「うーん、何と言えばいいのか……ねェ副長、雪子さん……とまあ旦那になら、話してもいいんじゃないですか」
「まあって何だよまあって」
「や、ほら。雪子さんは警察だけど、旦那はあくまで一般人なんで。多分」
山崎の声に、土方は一言だけ「関係ねェ」と切り捨てる。
部屋の襖がすぅと開かれ、屋敷の主人が姿を現した。武骨だが真っ直ぐな瞳をした男で「転海屋」蔵場当馬と名乗った。貿易業を営んでいる、ミツバの旦那になる者である。
「今回はウチのミツバがご迷惑をおかけしました。……もしかしてその制服は、真選組の方ですか。ならばミツバの弟さんのご友人……」
「友達なんかじゃねーですよ」
縁側から歩いてきた沖田が、土方の前で立ち止まる。冷めた目をしていた。
「土方さんじゃありやせんか。こんな所でお会いするたァ奇遇だなァ……どのツラさげて姉上に会いにこれたんでィ」
確定である。彼らの過去は知らないが、昔、この三人に何かがあったのだ。しかも土方の顔を見るだけで倒れてしまうくらい決定的な何かが。
土方は沖田に取り合わず、山崎を引きずって部屋を出る。
その嫌な予感……もとい面白そうな事件の匂いに、雪子の好奇心が刺激されたのだった。