あと強い女が好きです。
「つまりミツバの旦那が犯罪者ってわけか」
「ぐ。ズバズバ言いますね、雪子さん」
「誤魔化せないくらいの悪事働いてんでしょ? さっさとしょっぴきなって、ほっといたって害しか生まない」
結局ミツバは症状を鑑みて病院に移され、その屋上にて雪子と銀時は山崎から真実を聞かされていた。
蔵場は密輸で仕入れた武器を浪士に高値で売りさばく闇商人だったのだ。情報を掴んだ山崎は、土方に誰にも言うなと口止めされて置きながら雪子に脅されてあっさりゲロった次第である。
「あの女はしってんのかよ」
「いえ。副長に誰にもいうなと」
「はーーー? 生温いことほざいてんじゃねーよ。江戸の治安を守る真選組が聞いて呆れる。こうしてる間にでも、奴らが売った武器で死人が出てんだろーな」
随分突っかかってくるなこの人……。そういえば土方さんと犬猿の仲なんだっけ。だからなのかな。俺に攻撃的になるのやめて欲しいんだけど。
山崎は無駄な祈りを捧げた。
「じゃなに。土方は何考えてんの」
「わ、わかりません。ただ極秘扱いにしろとだけ」
「極秘ねェ……」
雪子は胸元から何か鋭いものを取り出して、空中に投げると落下したそれを指先で挟み、山崎に向かって投擲した。動く暇もなく頬を掠めたそれは、針であった。
「たとえばの話。ここに凄腕の暗殺者がいて、殺すべきだと判断する標的がわかっていたら、副長殿がノロノロしてる間にソイツが殺されても不思議じゃないよなァ」
「ヒェ……」
やっぱりこの人怖いよ! 俺に当たらないでよ可哀想でしょ俺が! 涙目になって縮こまる山崎とは対照的に、銀時はぼうと町を見下ろして口を開いた。
「それァ正義感からじゃねーだろ」
「当たり前でしょ。転海屋関連で誰かが死のうが興味ないしどーでもいい」
「ええっ? それじゃ、どうして……」
「死にかけのミツバを外野にして勝手にケンカしてる土方と沖田が気に食わねェ。ミツバの為だからって、本当にあの女が望んでる事を知ろうともしないんだから」
超個人的な理由で人殺しを企む女に、その理由に心当たりのある山崎。雪子の言葉を耳にして沈黙する銀時。
重い空気がその場を制した。
山崎は知っている。近藤と土方、そしてミツバは武州の田舎にいた頃からの友人であると。そのミツバが苦しんでいる最中に旦那を摘発するなんて、人のすることではない。
しかし、雪子は殺す気満々のようだった。ミツバと仲良くしていると聞いていたが、彼女には人の心がないので容易なのである。
「気に食わないから、事態を掻き乱してやろうと思って」
白く細い指をしなやかに曲げて、唇に添えるとウッソリ微笑む。美しい悪魔の笑みだった。
「お前がそこまでする理由があんのかよ」
「ムカつくじゃん」
「……じゅーぶんだな。はァ、全くヤになるぜ」
ドン引きする山崎と違い、銀時には慣れたものだった。
昔からそういう女なのだ。この性分ばかりは何があっても変わらない。厄介で面倒で横暴な最悪な女だが、結果は彼女の望む通りになってきたのだから恐れ入る。
「ザキ、副長に伝えとけ。殺し合いなら私を呼べってな。前にお通ちゃんの一件で貸し作ったろ。それを今回の件で打ち消してやる」
言うと返事も待たずに屋上を降りていく雪子。扉がガシャンと乱暴に閉じられた後、山崎は敬礼した。
「はいっ! ……ザキ?」
「よかったなジミーくん。雪子のオモチャ昇格だ」
「う、嬉しくねェ……」
銀時に肩をポンと優しく叩かれる。その眼差しは憐みが込められていた。
「アラ雪子ちゃん。来てくれたのね」
「暇作って来たから感謝して」
「うふふ、ありがとう」
大体こういう時は「は? 頼んでないけど」だとか「帰れ」とか言われてきたので、ミツバのストレートな言葉に逆に居心地が悪くなってしまう。嫌ではないのが不思議だった。
椅子を出して座り、背もたれに体重を預け踏ん反り返る。雪子は病院が苦手だ。白い壁と白いベッドが……嫌なものを思い出させるから。
「てか寝ないでいいわけ」
「いいの。今は少しでも誰かと話していたいし……なんだか雪子ちゃんと話をするのが楽で」
「そらそーでしょ。だって私だよ?」
病衣を纏うと体の薄さに拍車がかかり、クスクスと密やかな笑い声を上げる様子は今にも消えてしまいそうな存在感の無さだった。
「山崎さんと銀さんと、何を話していたの?」
「お前の旦那の暗殺計画」
「まあ、恐ろしいこと考えるのね。……」
ミツバは、自分の周りを真選組が探っていることに勘付いている。とても聡明な女だから隠し事をしても意味がない。それにとても強い女だから、隠し事してるのを見透かしても黙って受け入れてくれるのだろう。
そういうところに、あの男どもは甘えている。それが気に食わなかった。
「……何かが起きているの」
「そ。正確には起こそうとしてんの」
「あの人たちに混ざって、あなたが?」
「うん。気になる?」
悪戯っぽく口角を上げて見せれば、ミツバは眩しいものを見たように儚く笑んだ。
「すごいわ。あの人たちの中に入り込めてしまうのね」
彼女は深くは聞かず、超えてはならないラインの前で立ち止まった。そうやって線を引くのが癖になっているのだろうか。賢いが、好奇心で動く雪子にはできない真似である。
「私ね、男の子たちが一緒につるんで悪巧みをしているの、いいなって思ってたの。男同士でいるときが一番楽しそうで……結局女の子が入り込む余地なんてないって……そう思ってたわ。みんな私を置いて行ってしまう。振り向きもしないの」
踏み越えないで、一歩引いて別の話を引っ張り出すミツバの意図を汲んで、乗っかることにした。
「ははーん、私が羨ましいんだな?」
「ちょっぴり。ねぇ、雪子ちゃんは昔からそうだったの?」
「ああ。ちっちゃい頃から男どもに囲まれていたから、自然とね」
「仲良しさんだったのね」
「まーね。今でも仲良しさんだし」
椅子にもたれかかってぷらぷらしていると、神妙な顔をしたミツバに爆弾を投下される。
「それじゃあ、好きな人とかいた?」
「恋バナ〜〜? 急にハンドル切ったね」
「だって、そういったお話ができる人、今までいなかったんですもの」
拗ねたように頬を膨らませる様はとても可愛らしく、また雪子もお妙という友人を得るまで恋バナができる相手はいなかったので共感してしまい、考えるまでもなく答えた。
「いたいた。大好きな人いたわ」
「きゃ。どんな人なの?」
「大らかで優しくてあったかくて芯があって私を救ってくれた人」
言わずもがな、吉田松陽である。
恐らくミツバの求める好きな人とはズレているが、今のポンコツの雪子の「好き」から導かれるものは「家族愛」だった。
「今でも大好きだし、大切なの」
ミツバは何となく雪子との感覚の違いを感じたが、彼女の深い愛情を察した。同時にそこで完結してしまっていることも。
故に今度は自分の話を聞いて欲しくなった。
「そう……、私もね、いたの。好きな人」
「ほう」
「土方十四郎っていうんだけど」
「ひっっ」
知人の、というか件の中心人物の名前が飛び出してきてパイプ椅子が軋む。
「あのマヨラー!? ニコチン中毒の瞳孔カッ開いたチンピラ警察?」
「んふふふそうよ、意外?」
「い、意外というか。……花◯ゆめ?」
ヤンキーに惚れる儚い系美人て少女漫画か何かかな? 最近貸してもらった漫画が脳裏をよぎる。
「好きになるのに特別な理由なんてないわ。一緒に過ごすうちに自然と好きになっていた」
「エッ、わー!」
「気づけば彼の姿を探していて……みんなが江戸で一旗あげるって聞いた時に、告白しようって決心したの」
「ワ、ァ……!」
雪子は赤くなった頬をぺったり手のひらで包んでち◯かわになったりして話を聞いた。
お妙に招かれて開かれる女子会は、ゴリラストーカーの愚痴から始まり猿飛と雪子の喧嘩(主に銀時のこと)で解散になるので、こうして実直に好きな人への想いを語られるのはあまりないことだったのだ。
「な。なんて言って告白したの」
「私も連れて行って。……十四郎さんの側にいたい」
「きゃあああああっ」
「フラれてしまったけれど」
「アイツ殺す」
まあまあ、とミツバに宥められて雪子はどうにか正気を取り戻した。ふうふう荒くなった息を整え、暫く考え込むうちに事態の深刻さを理解する。
ミツバは土方が好きで、でもフラれてしまったということは、土方はミツバが好きではなかったのだ。それであの妙な距離感だったのか。
好奇心が満たされ、そして沈んでいく。
雪子は、この場で旦那の悪事をペラペラ暴露するつもりだった。知らないうちに殺されるよりは、知っていて殺される方がいいかなと思ったからである。
だがしかし。
「あの人のこと、好きだったの。……とても」
初恋を煮詰めた清廉が、音を伴ってこぼれ落ちる。
「でも蔵場さんと結婚しますから……終わらせないとね」
言えるわけがない。
ようやく、雪子は山崎や銀時と同じラインに立った。
言えるわけがないのである。病気を抱え、もうじき死んでしまう身で、昔の男の未練を振り切って幸せになろうとする女に、「アお前の旦那悪い奴だから殺すわ!」なんて口が裂けても言えないのだ。
けれど、雪子はとうにそれらしいことを口走ってしまっている。ミツバが沈黙したおかげで何とか無関係を装っているが。
「今までそーちゃんには心配かけてきたから。幸せにならなきゃ」
まるで自らを縛り付ける呪いの言葉だった。
奥歯を噛み締めていた雪子は、ようやく息を吸って、キリキリ歯を鳴らした。
松陽もこんな気持ちだったのだろうか。
俯くミツバから視線を外し、飾られた花瓶をなんとなく見た。手持ち無沙汰だから話すか見るかしか手段がないのである。
ミツバが未だに土方のことを引きずっているのを察するには十分な話を聞いたから、いくらポンコツの雪子でもアアあの人が好きなんだと理解した。
「まだ好きだってんなら、諦めなくていいと思う」
ぱち! びっしり生えたまつ毛が音を立てる勢いで、芸術品のような瞳が開かれた。
そこまでの反応をされるとは予想しておらず、雪子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。自分が放った言葉が自分に返ってきた気分になったのだ。
「私、結婚するんですよ」
「そうだねー」
「奥さんになるんです」
「白無垢すげェ似合うだろうな」
「あっありがとう、ええと、その。そうね……」
するりと褒められて照れてしまい、ミツバが恥ずかしそうに視線をウロウロさせた。
「それ!」
「きゃっ」
「その感じで行けばどんな男もイチコロだって」
「え、えっと、こう?」
「そうそう、かわいいかわいい」
暫くミツバが「こう?」とかわゆい仕草をして雪子が「かわいい」と連呼する空気が続く。
やがて許容量を超えたミツバの「もう終わりにしましょ」でお開きとなった。真っ赤っかになったほっぺを手のひらで隠そうとする。こんなに可愛くて綺麗なのに、土方はなんで突っぱねたのか雪子には疑問だった。
「とにかく、好きな男がいるなら振り向かせればいい」
「すごい人ね、雪子ちゃん。浮気しろだなんて」
「良い女は性悪くらいでいーんだよ。あの男どもを振り返らせて、それに素知らぬフリをして真っ直ぐ歩けるくらい、強くなったら最高じゃん?」
きょとんと目を丸くしたミツバは、堪えきれなくなったように顔を背けてプルプル震えた。
大爆笑を我慢しているのだ。大口を開けて笑うことはミツバには難しかった。
「……ふぅ、無茶苦茶だわ」
「無茶苦茶なら、できないことじゃないもんね」
「そうね。私はもう、永くないけれど……」
窓の外を見遣りひっそりと息を詰め、やがて霞んだガラスみたいな顔で雪子と目を合わせる。
「このまま進んでもミツバの望みは果たされる? ミツバはどうしたい? 本音を教えてくれる?」
暗く、どこまでも堕ちていきそうな二つの目玉が、花を見ている。
「……私は」
悪魔の女に唆され、花は自ら棘を生み出し毒を孕んだ。