「あ」
「お?」
しった声だと振り返って見れば制服姿の土方がそこにいて、おやと雪子は珍しい顔をした。雪子の姿を視認し話しかけ、しかしいつものような悪意を込めた軽口が流れてこなかったからである。
「散歩か?」
「や。刀鍛冶んとこに刀を受け取りに行くとこ」
「へェ。てめーが……」
雪子が帯刀しているところはそれなりに見たことがあるが、特定の武器に思い入れがあるようなタイプだとは考えられない。針や拳、脚で先陣を切り開くイメージが強かったので、土方は興味が湧いた。
「おもしれー。俺も着いていこ」
「は? 急におもしれー女認定されてウケる」
「かかか勘違いすんじゃねーよ。俺の刀もそろそろ修理に出そうかなって思ってちょうど良かったからだし」
「わかってるって。ミツバもいるしそんなんじゃないってことは」
そんなわけで、二人は刀鍛冶屋……村田兄妹が営む店へ足を運ぶこととなった。
「ふぅん、普通の鍛冶屋だな」
「何を期待してたわけ?」
真選組でも鬼の副長と恐れられる男を連れて来られて、村田は大きく開いた口をぴたりと固くした。
彼は鬼兵隊に与しテロ行為に加担した者である。その事実を隠し生きてきたが、警察を目の前にして平然としていられるほど図太い神経を持ち合わせてはいなかった。
が、妹を想う気持ちと比べれば、そんな恐れなどどこ吹く風。鼓膜を破る勢いで話し出した。
「やや! 雪子さん!! よくぞ来てくれた!!」
「おう。あれ、鉄子は?」
「妹なら席を外している!!」
「兄妹で刀鍛冶を? このご時世に……大変なこって」
「ささっ! おかけになって! 刀をお持ちしよう!!」
「無視か? さっきから耳がジンジンすんだが」
「あーダメだって土方。初めてコイツと話すんなら、負けないくらいの大声でないと聞き取れないって」
そういうもんかと土方は頷いた。
囲炉裏を囲むようにして、刀を持ってきた村田と、客人の雪子、土方が対面する形で座る。
「これが貴女の為に叩き上げた刀だ!!」
自ら打った刀を受け取って欲しい。
紅桜を巡る騒動で命を救われ、また戦う雪子に見惚れた村田が取り付けた願いだった。
渡された刀を鞘からゆっくり引き抜くと白い刀身が姿を現し、雪子の白い面を鏡のように映し出した。鋭い切れ味を予期し、人殺しの血が騒ぐ。
柄まで白いこの刀からは、シンと冷気さえ漂っているようだ……というかリアルに冷たい空気を感じる。
「なんとこの刀は空調機能を兼ね備えている!! といっても冷房しかないがな! わはははは!!」
「いらねぇ!」
「さらに柄を押してみると……!!」
「こう?」
「醤油が出る!!」
「いらねぇ!!」
「あのコレマヨネーズが出るようになりませんか!!!」
「しょうもないもんに興味出すな土方!」
カラクリ技師の一面も持つ村田は、江戸一番のカラクリ技師であった……そして将軍暗殺を企み現在指名手配中の男、平賀源外に弟子入りし、さらに技能をパワーアップさせてきた。
その過程で要らない技術を身につけてきたらしい。コレ切れ味とか強度とか大丈夫なんだろうな? 雪子は疑問に思った。
「さて、そちらの御仁は!!」
「おお!! この刀を見てくれねェか!!!」
「うるさァい!!!」
「やかましい!!!」
せっかく声を張り上げた土方だったが、二人に一喝され落ち込むのだった。
「オメーがデカイ声で話せっつったんだろうが……」
ブツブツ文句を言う土方に、雪子は「何この人独り言言ってんだけどコワ。近づかんどこ」と距離を置いた。
そんなやりとりをしている間に、土方から刀を受け取った村田は見解を述べる。
「ふむ……良い刀ですな。だが、相当無茶をされているようだ。このまま行くとポッキリ折れてしまいますぞ」
「む。それは困るな。修理をお願いできるか」
「あいわかった!」
スムーズに手続きをすると、刀を受け取った雪子と刀を修理に出した土方は用事を無くしなんとなく壁を見る。やることはなくなったけれど、じゃ解散と別れるのも勿体ない気がしたのだ。
「……いい刀だな」
「? ……あ。私のだしあげないから」
「違げーわあの刀のことだ」
白い鞘に納められ雪子に与えられた刀ではなく、壁に掛けられた黒い刀を土方は見つけ、手に取る。手のひらにかかる重みが心地よかった。
「なァ。俺のが直るまでコイツを使わせてくれ」
「ああ構わんぞ!! ……おや。なんだかソイツに関して鉄子に何か言われていたような。呪われてるだとか、妖刀だとか」
「妖刀っ?」
楽しそうな響きに目を煌めかせる雪子だったが、人が欲しそうにしていたら自分も欲しくなるのが定めである。
くれくれとにじり寄る女を制し、土方は村田に確認を取ると満足そうに腰に差す。
「構わねーならもらってく。いい買い物ができたぜ」
そうして土方は鍛冶屋を出て行った。
その際、ちらと雪子を見たが「まだ用事があんの。先行ってろ」という言葉に頷いた。
男の後ろ姿が完全に消え去ってから、薄く笑い頭の中で図式を広げる。
「さて。首尾は?」
「上々! 計画に支障はない!!」
「そ。鬼兵隊との連絡は私が担ってるから、なんかあったら報告ね」
「私と鉄子に近づかない。それが彼奴らに協力する条件だからな」
鉄子に伝えていない、村田の秘密はそれだった。
村田も源外も鬼兵隊に協力した男である。そのツテから二人は切磋琢磨し互いに技術を高めたのは、雪子が手にした刀からも把握済み。
この調子なら高杉にする進捗報告も滞りなく行えそうだ。
算段をつけていると、村田が俯き難しい顔をしている。
「……。妹に顔向けできない?」
「……いいえ。一度は人道を踏み外した身。覚悟はとうにできている。私は、貴女や高杉を信じております。どこまでもお供しますとも」
床に手をつき頭を下げる。
幕府を潰す計画が、水面下で着実に進行していた。
「そうですね。ワタクシも高杉様を信じています」
「うん?」
「アレ?」
……恐らく、着実に。
「ようこそいらっしゃいました、お待ちしておりましたわ。沖田様、土方様。……今の忘れろ」
「…………」
「…………お前もか」
土方は流れるような敬語を耳にし項垂れ、沖田は少しだけ驚いた表情で雪子と土方を交互に見た。
「あれから身体に異変はないか」
「めっちゃある……」
「意識を乗っ取られるみたいな」
「すごいわかる……」
雪子の店にて、カウンターに並んで座る土方と沖田。カウンター越しの厨房で激しく頷く雪子。普段なら軽快な冗談や暴言が飛び交う場面だが、二人の表情は深刻である。
ここ暫く土方は異常な行動を起こしてばかりいた。女児アニメにかじりついて見たり、局中法度を犯したり、拷問のはずが修学旅行になったり。
刀を手にしてから全てがおかしくなったのだ。ふと気づくとヘタレたオタクの人格が顔を出し、体を乗っ取られるのである。
そのきっかけであるこの女のもとを訪ねれば、まさか。
「……私さ。あれから一回も店を空けてないんだ」
「えっ」
「マジで。ずっと料理作って接客してんの。そんで夜は天鴉の仕事でしょ。ほんと、ね……」
「……けど、土方さんの方が大事に聞こえますね」
明日にでも切腹の申し渡しがきてもおかしくない状況の土方に対し、雪子は普段なら絶対にしない、店を毎日開く程度である。誰かに迷惑がかかっているわけでもない。
が、呪いは呪い。雪子にも異変は起きていた。
「はい。ワタクシなぞ土方様の苦労に比べたらアリンコです。お気になさらず」
「これは残酷」
「鳥肌が止まらねェわ。俺もこんな感じなのか」
話をしてわかったのは、雪子が真面目で謙虚な性格へと変貌することだった。店を空けない、仕事をサボらないという行動から予測できるそれは、やはり土方のものより小さく思える。
けれど自由で最悪を形にした女の性質が、善性に全振りされた結果、周囲の人間には受け入れ難い生き物が誕生したのだ。
「この刀でお造りや菊大根を作る始末で。最初に斬るのは人体であって欲しかったのに……。どこへ行くにも常に手元から離れなくて。このままだといつ辻斬りが起きても不思議じゃねーな」
言うほど善性か? いやこれは本来の雪子に戻ってんのか。
そんなやりとりをする真選組の二人に、あの日受け取った白い刀を見せる。
「冷房だの醤油だのはどうでもいい。問題なのは、恐らくこの刀も妖刀であること。村田……鍛冶屋の主人が不在であること」
「あんだと? チッ、妖刀の話を聞きたかったんだが」
「その代わり、鉄子。妹が帰って来てんだって。後で行くぞ」
「後じゃねェ今からだ」
三人は店を出発し(なおこの時、お支払いでは「お二人のご馳走様という言葉で充分ですよ」と雪子が言ったり、店を出ようとしたら不自然に彼女の体が固まったりした)、件の鍛冶屋に向かう。
道すがら真選組の内情を探り、土方の変調という大きな問題を抱えながらも順調に計画が進んでいる事を把握した。
土方の話に初めて聞いた! みたいな反応で相槌を打つ。
「近藤とケンカ。真選組参謀、伊東鴨太郎の帰陣。土方と伊東の対立。はー……ややこしいことになってんだな」
伊東鴨太郎。真選組に入隊して一年余りの新参者でありながら、数々の結果を残す傑物である。
北斗一刀流免許皆伝という剣の腕。政治方面でキレる頭の良さ。非常に有能な男であるが、何より恐ろしいのは上を目指す野心の大きさだ。
今の真選組は内部分裂の危機に瀕している。
これまでは局長の近藤、副長の土方。それで隊は健全に回っていた。
しかし伊東は平隊員、まして参謀に大人しく収まる者ではない。それでも近藤は彼を受け入れ、先生と呼び、同志と認めている。
「……近藤はさァ。人の上に立つ男じゃない。優しすぎる」
「………」
「けど、アイツの志や人となりは好きだよ。……そっくりな人が身近にいるから。ああいうタイプって、近くに私らみたいなのがいないとどうなるかわかんなくて、目が離せないよな。……人が良すぎる。だからついていこうって思うんだけど」
沖田は菊一文字RX-7でシャカシャカ落語を聴きながら、わかってんじゃねェか……という顔をした。ミュージックプレイヤー搭載のそれは妖刀でもなんでもない大業物の一つである。
「いいなァ菊一文字シリーズ。私のと交換しろよ」
「いやいや俺の妖刀と」
「絶っ対ェヤです。大体音楽なんて聴かないでしょ」
「聴くし。超聴くし。寺門通とか」
「テメーあの一件でハマったなさては」
そんな話をしていると、ピン! と土方の背中がしなった。
「う」
「引っ張られてんな」
「ぐ……俺は、負けん!」
「土方さん……」
自分自身では知覚できない内に変化している場合もあれば、今のように意識を乗っ取られそうになる予感を抱くこともある。それは妖刀に魂を喰われかけている者にしかわからない感覚だ。
ぐぬぬぬと踏ん張る土方の肩を力強く掴み、沖田は心底舐め腐った声色で。
「焼きソバパン買ってこいよ。あとジャンプもな。勿論お前の金で」
平然とパシったのだった。
青筋を立てて怒りに震える土方だったが、呪いには逆らえずコンビニまでダッシュで行く。
「……ほんと徹底してんな。そんなに副長の座が欲しいかね」
「近藤さんの隣は俺の席でさァ。……あ、それと」
雪子の背中を軽く叩き、先程と同じように心底舐め腐った声色で。
「喉乾いたからコーラ買ってこいよ。当然アンタの金でな」
平然とパシられた雪子は青筋を立てて……にこりと美しく微笑んだ。
「かしこまりました。沖田様」
「土方の無期限謹慎処分。……あの鬼の副長を引き摺り下ろしやがった」
「意外だったよ、沖田君。君があの男に直接決定打を与えるとはね。土方派だと思っていたが」
人気のない家屋の縁側で伊東は猫に餌をやっていた。その眼差しに熱はなく、人間にこうべを垂れる家畜を見下ろしている。
一番の障壁だった土方を下し、眼前に広がるは有象無象の愚か者ばかり。隣で胡座をかく女も、後ろで腕組みをして瞼を閉じる男も、伊東には取るに足りない存在だ。
「土方派? そんな派閥があったの、今の今までしりやせんでしたよ」
「フフ……賢い男だ。望みは何かね?」
「勿論副長の座でさァ」
ギィと床の板を軋ませて沖田は部屋を出て行く。雪子は夕陽に焼けていく砂利に視線を落とした。
「真選組は終わったな」
「まだフィナーレを迎えていないだろう? それに終わったなどという言い方は認めない。近藤勲を暗殺し、真選組を我がものにする。いわば新しくなるのだよ」
「はいはいそうだったね」
「君には重要な仕事を与えている。確実に遂行してくれることを望むよ」
微塵も信頼なぞ寄せていない者の言葉は、彼女を不快にしていく。
伊東は誰も信じていないし、雪子も伊東を信じていない。鬼兵隊を軸に協力関係に至っただけの赤の他人だ。
雪子のことを、凄腕の暗殺者かつ鬼兵隊の間者と教えられた伊東だったが、彼はあらゆる情報網を駆使してその正体に辿り着いており、利用するだけ利用して切り捨てるつもりだった。
当然、雪子もそれは同じ。
ただ……高杉を交えた屋形船での会談を経て、雪子は伊東を哀れに思っている。
友を得なかった男の成れの果ては決まっていた。真選組と一緒くたになって鬼兵隊に叩かれ、壊滅すると。
「ところでここさァ、もっと綺麗に掃除しないわけ? ネズミが紛れ込んでんだけど」
「それは失敬。ついでに駆除を頼まれてくれるかな」
足音もなく駆け出したが、次の瞬間とてつもない衝撃が山崎の頭部に襲いかかり、気づけば地面に倒れ伏していた。
蹴られたのだと理解しつつ痛みで朦朧としながら、首元がひんやり冷たくて身震いする。そちらに視線をやれば、白い刃がゆらゆらと弄ぶように揺れていた。
「土方に報告でもすんのかァ?」
「ゆ、雪子、さん……なぜあなたがっ」
「さてなんでかな。監察なら間者にでもなって潜伏すれば?」
複数の人の気配に山崎が顔を上げれば、見覚えのある人相に目を見開く。
「鬼兵隊……人斬り、河上……万斉!」
「……拙者の出る幕はないようだな」
目の前には鬼兵隊。背後には伊東と配下の真選組隊員。そして体の上にのしかかるは悪の女。
勝ち目はない。逃げ場もない。それでも山崎は毅然とした目つきで魂に従い勇気を捻り出す。
「伊東……貴様ァ、敵と内通していたか……」
「山崎君。君達のように斬り合いばかりじゃ世の中は変わらん。もっと利口にならねば」
双方の利潤を満たし、均衡を保つためのパートナーとして攘夷浪士達と付き合って行く道を選ぶのだと、伊東は高らかに謳う。
「僕の手によって真選組は生まれ変わるんだ。もっと強く、もっと大きく……そうしてこの伊東鴨太郎が器を天下に示すための方舟となってもらう」
雪子は冷めた顔でそれを聞き流していたが、下敷きにしている男がずりずりと動き出してぱちぱち瞬きをした。
「ザキ……?」
「くくっ……。やりたきゃやりなよ。だが、アンタがどれ程の器の持ち主なのかなんて、学のない俺達にはわからんよ。でも、士道も節操ももちあわせない空っぽの器になんて、誰もついていかんよ。俺はあの人たちについていかせてもらうわ。最後まで」
ずり、ずり。ほんの少ししか前進せずとも山崎は諦めない。最後まで真選組のために、信じる者のために戦う姿勢をやめなかった。
なるほど、この男も近藤の器に……雪子はふむと考える。彼女の頭の中は、高杉の協力要請、真選組の連中への情、好奇心を刺激する事態、妖刀の叫び、それらがぐるぐる駆け巡って、何も言えなくなっていた。
「君には攘夷浪士と戦い、討ち死にした名誉の殉職を与えよう。良かったな、君らの大好きな士道とやらが通せるんだ。雪子殿、万斉殿。始末を頼む」
「ん、わかった」
「上司達にもしっかり伝えておいてやろう。……いや必要ないか。彼等もスグに君の所へいく事になるのだから」
伊東らが踵を返し、その場には雪子と山崎と万斉だけが残される。三者共に所属も腹に抱える思惑もバラバラで、重なり合わない想いが交錯し、やがて一本の刀に収束された。
万斉が振り上げた刃が、山崎を目掛けて振り下ろされた。
誰が妖刀に取り憑かれるのが一人だけだと言った?