桂の言う、高杉がいると思われる場所に銀時は心当たりがあったようだ。迷わず進む銀時の手にはちゃっかり鞘に納められた刀。だからそれひのきの棒でいいよね?
「なんでその場所知ってんの?」
「前に授業サボって木の上で寝てたら、下でぎゃーぎゃー騒ぐやつらがいたんだよ。高杉も桂もいた。そこに行けば大体あいつがいるらしい」
「あー、拳骨食らって帰ってきた時ね。てかそうやって連れ帰らされんの何回目?」
「覚えてねーな」
銀時は鼻をほじくってクソを指で弾いた。汚い。ちょ、こっちに擦りつけようとすんな気色悪ィ。いやマジでやめろ。
本気で嫌だったのでぶん殴って止めて、長ったらしい階段を登る。
石造りの鳥居が夕陽に照らされ、古びた神社はいっそ神秘的に思えた。しかし傷だらけの男の子が不機嫌そうに座っているから雰囲気は半減している。
「うぃーっす。どーした高杉ー。家出するなんてご両親が悲しむぞー」
軽い調子で声をかけると、速攻で睨みをプレゼントされた。
「なんでテメェらがいやがる」
「ただの散歩だ。気にすんな」
「そうか。なら早く帰れ」
銀時が散歩だと嘘ついたせいで帰らざるを得ない状況に。なにしとんじゃコイツは。バカかこのヤロー……。
「どうすんの、今更仲良くしてねなんて言いづらいんですけど!」
「元々言うつもりなかっただろーが」
「だってカッコつけてご飯一人分増やしといてとか言っちゃったし、是が非でもあいつ引き摺ってかないとダメだし……、あ。いっそそうするか」
「そしたら高杉血塗れになるわ!」
高杉に背を向けてコソコソ言い合う。くそ、作戦会議をしなかったのが仇になったか。桂に頼まれ松陽に見送られた手前、手ぶらで帰るわけにはいかない。けどさぁ、これやる必要ある? あいつとそこまで親しくないしぶっちゃけ放っておいても良心は痛まないっていうか……いや嘘嘘、違うから。流石にちょっとは痛むよ? ホントホント。
「わかった。今日はやめて明日来よう」
「何がわかったんだよ。理解するどころか丸投げしてんじゃねーか」
仕方ねェ、と銀時は高杉に向き直った。
「おい、松陽と桂が心配してたぞ。んなとこに居ねェでちゃんとしたとこに帰ったほうがいいだろ」
「はっ。俺は心配してくれなんて一言も言った覚えはねェよ」
「でもさぁ、さっきも言ったけど肉親は悲しむんじゃないの? お前にはちゃんとした家があるんでしょ?」
高杉は何も言わない。険しくなっていく表情からかなり怒っているのはわかる。しかし意地でもそこから動こうとしない高杉に、だんだん苛立ってきた。
家族がいるのに、とかそんなんじゃない。こだわりは数時間前に捨て去った。腹が立つのはあいつ自身だ。自覚してんのかしらねーが、見てるこっちはぐずぐずしてんじゃねーよと言ってやりたい気分になってくる。
「武家の長男だったっけ。そんな立派な御子息が非行に走っていいんですかー」
「……うるせェ」
「そんなんじゃ侍になれませんよー」
「うるせェッ!!」
やっべえ地雷踏み抜いた。
高杉は声を荒げ此方へ歩き、胸倉を掴む。といっても私のほうが背は高いので自分の方へ引き込み、最上級の怒りが篭った双眸で睨め付けた。
銀時がさっと刀に手をかけたがそれを視線で制する。お前に守られるほどこちとらヤワじゃないんでね。
「テメェに何がわかる」
「わかるわけないだろ。やりてェことあるくせしてフラフラしてるお前のことなんか」
「んなことッ……」
「じゃあどうしてこんなとこにいるんだよ。逃げたいんならどっかに行け。強くなりたいんなら立ち止まってんじゃねェ」
見下ろす私の表情はきっと今までにないぐらい冷めたものだったと思う。内で荒れ狂う感情を努めて冷静に吐き出す。その言葉に一切の偽りはなく、ただただ本音を口にする。
「何度負けても進み続ける。それが高杉晋助だろーが」
これだけのことを言ってしまったんだ。私の力ではもう高杉を連れ帰らせることなんてできやしない。すまん、桂。松陽。ついでに銀時。全てふいにしてしまいました。メンゴ。
けれどこれで良かったのかもしれない。現状の松下村塾は危うい境界を漂っている。松陽、銀時は別にして、高杉や桂が巻き込まれるのは面倒だった。いくら便利でウチに欲しくても、そいつらの一生を変えてしまうのは御免被る。松陽の読み通りに成るのは癪だけど、あいつらの為だ。今日のところは無理矢理にでも帰らせる。明日はしらない。桂も同様だ。うん、そうしよう。
頭の中で計画修正していると、首元を苦しめていた締まりが緩くなっているのに気づく。よかった、ちょっとキツかったんだよね。
気を抜くと、至近距離にある高杉の顔で発見したことがある。
「なんか昼間よりも傷増えてない? どっかで喧嘩した?」
銀時にやられた分だけじゃない怪我がたくさんあった。高杉がウチを出てからこの神社に来るまでの数時間に何があったんだろう。
ひとまず高杉と距離を置いて聞いてみるも返事はない。銀時に心当たりある? と見てみても、わからねェと伝えてくる。
「つーか何言ってんだオメェ。仲良くするどころか喧嘩売ってんじゃんと思ったけどやっぱり励ましてんじゃねーか」
「どこが? 耳大丈夫?」
「うるせェ大丈夫に決まってんだろ。大体雪子は……」
言いかけた時、銀時はピクリと眉を上げる。私も素早く目線を滑らせて石階段辺りを注視した。ハゲ頭……間違えたちょんまげにした少年たちが鳥居をくぐり、私達の目の前に立ちはだかった。
「くくっ……やはりここにいたか」
「てめーら誰だよ」
「おまっ、忘れたとは言わせんぞ! この前は上から踏んづけやがって!」
「おー堀川君ね。ごめんね、あの時スゲー眠たかったからさ」
「違う、堀田だ! 講武館門下生にして上級武士であるぞ! なんで名前知ってるはずないのに微妙にかぶってんだエスパーかお前は!」
うわ、自分から上級とか言っちゃうあたりクソダサい。あとツッコミ長い。
そう思いつつもよく知らないので、銀時に肘でつついて問う。
「誰よ、あの老け顔は」
「ここに来る前話したろ。俺が初めて高杉と桂に会った時にいた……」
「あーはいはい、アレね」
よくわかんないけどわかった。物知り顔でうんうん頷いていると、奴らの内の一人が、あっと編笠を被った私を指差した。
「貴様、身分不相応ながらあの学び舎に通う……!」
「んー? あー……あ、思い出した。わけわかんないイチャモンつけてきたクソガキか」
「クソッ……お前意外と口悪いな」
「生憎オジョーサマなんてのとは程遠い生活してるんでね」
「だからやめろと言ったんだ。金も納めん庶民が行っていい学校ではないのだぞ。特待生だろうとなんだろうと……」
猫被んのも面倒せェなと素を出すことにした。聞くつもりは毛頭ないので片耳に指突っ込むと、私はテキトーに聞き流す。一通り言い終わったかなーというところで口を挟んだ。
「で、お前ら何の用? こっちちょいと立て込んでんだよ。あとにしてくんない」
「ふん。高杉だけじゃなく貴様らもいるとは丁度いい。面白いことになっているから伝えてやろうと思ってな」
私達から離れて佇む高杉を見ると一層笑みを深くしたガキ。
「学校もサボって何処に行っているかと思えば、随分とあの寺子屋にご執心らしいな。だが残念、ウチを破門になったところでお前に居場所はないぞ。明日にでもあの寺子屋は潰れる」
「堀田様がお父上にお話されたそうだ。我々武士を愚弄する浪士が寺子屋の真似事をしている。近隣の子供を集め幕政批判・国家転覆、怪しげな教えを説いているとな」
「明日の晩、役人が動く。
子供の戯言だ。
そう吐き捨てるにはあまりに真実味のある言葉だった。悔しいことに確かめるには明日にならないとわからない。
大きな動揺は見せなかった。私はコキリと拳の骨を鳴らし、銀時は刀を構え、高杉は木の棒を拾う。どうやら心は一つみたいだ。
クソガキどもは竹刀を携えていた。ならこっちも何らかの武器で迎え撃ってもおあいこだろう。
臨戦状態の私達に、堀田とかいうハゲが更に言葉を重ねた。
「我が堀田家の跡取りであるこの俺に楯突いたとあれば、お前のお父上に暴力を振るわれてもしらんぞ。いや、その顔の傷跡は既にやられた後か」
「は……?」
聞き捨てならない。もう一度高杉の顔をよく見ると、打撲痕がいくつもある。誰にやられたのかと思っていたら、まさか実父からだったとは。本人も否定しなかった。つまり、それは。
「高杉、お前……」
考えなしに言った言葉が蘇った。
なんて無神経だったんだろう。どれほど嫌だったんだろう。
私は高杉に両親がいるのに不幸せそうでムカついてた。私にないものを持って羨ましかった。親という存在に希望を抱いているから高杉は嫌っていたとしても、きっと松下村塾を出た後に笑って迎えてくれる家族が待っているんだと勘違いしていた。
「……言いてェことはそれだけか」
ぎゅっと枝を持つ手に力が込もる。
高杉は真っ直ぐに相手を見据え、鼻で笑う。
「居場所がない? 侍になれない? 上等じゃねェか。ハナから誰かの承認が必要なモンに興味はない。それにもう、戻る場所なんぞ消えちまって構わねェ」
枝を突きつけ、凛とした立ち姿で、覚悟を決めた声音で言い放つ。
「……何があろうと進み続ける。それが高杉晋助だ!」
そして駆け出した。銀時もそう遅れず参戦したけど、私は足が動かなかった。手で顔を覆って色んな感情を鎮めるのに集中する。
なんかね、嬉しいのか悲しいのか怒ってんのか恥ずかしいんだかわかんなくなっちまったよ。
「もーなんなのほんとに。どんどん自分が情けないっつーの……」
はぁーっと大きなため息を吐き、顔を上げた時には全てが終わっていた。まあこんなザコどもに3人もいらなかったしね。幸い先ほどの呟きは聞き取れてなかったみたい。セーフ。
とりあえず何でもない表情を作り、口を開こうとした。だがそれよりも早く高杉が。
「言っておくが、俺は何とも思っちゃいない。お家だの権力だのに執着する父親に何の感情も抱いてねェしな。それにコイツらとやり合ったんだ、明日……いや今日にでも勘当される」
「じゃあ、お前に帰るところなんて……」
違う、そういうのを言わせたいんじゃない。散々コイツに嫌なことしといてその上気を遣わせるとか、ほんとに情けない。表面は心配だからと無遠慮に言葉を連ね、傷口を抉った私に憤慨した。今のセリフだって本心でないだろう。高杉にとっては事実を告げるだけだとしても私はそのまま捉えられなかった。
私が言うべきことは。
すっと頭を下げた。気配でわかる、高杉は息を飲んだ。
「ごめん。今まで嫌なことしか言わなかった。何も知らないくせに、勝手な口きいてごめん」
「………」
更に重ねるべきか悩んで、でもこれ以上言っても嘘くさくなるかもなーと感じる。あれは紛れもない気持ちだった。
勢いで言い切ったあと、場に沈黙が降りた。あの銀時でさえ何も言わない。無性に恥ずかしくなって、あれ私選択肢ミスった? なんて現実逃避に走る。あかん、これじゃ高杉の二の舞になるやんけ。
そろりと顔を上げようとすると、ドシッとかいう衝撃が編笠を通して頭に。それほど痛くはないが、相手のほうが痛そうだった。随分と長い
「………、……二度とそんな気持ち悪ィこと言うんじゃねェ」
「え、うん。わかった。…………ていうか」
いつまでも頭に乗っかったままの腕を叩き落とし脚を払って転がすと、頭蓋骨を鷲掴みにして全力で地面に埋もれさせた。
「せっかく人が謝ったのに気持ち悪いとか言うなコノヤロー!!」
決して比喩でも盛ってもいない。字面のまんま高杉を頭から地に向かって投げ込んだのである。松陽の拳骨が人を肩まで埋めるのならば、私の投げ技は頭だけを埋める。
頭は地中に埋められ、外に出た首から足先まで綺麗な直線を描くのは、天を穿つが如き堂々とした様。これが正真正銘の、道場に通うガキどもに人気のアレであった。下手したら怪我人が出るっていうのはこういうこと。怪我人どころか死人でそう。
「オイイイイ雪子何やってんの!? 仲直りっぽかったじゃん今の! 謝ったのに何でまた喧嘩ふっかけてんだよ!?」
「私が謝罪したのはこれまで言ってきたこと。それ以外の行動は悪いと思ってないし後悔も反省もしてないよ。つーかその前に、私を叩いといて無傷で済ますとかナシだから」
「ハアアアアア!?」
銀時が叫ぶ隣で、ふがっとか言って何とかすっぽり頭を抜けさせた高杉は、たらふく吸い込んだ新鮮な空気を怒りに代えて私に詰め寄る。
「てッめええぇ! 危うく窒息死するところだったじゃねーか!!」
「だって加減は正常だったし。お前が
「そういう意味の加減かよ。ふざけんなミスんじゃねェ、あん時にちゃんとぶん投げとけ!!」
「そこ!?」
銀時が瞠目した。うん、私もちょっとびっくりした。ボンボンはツッコミどころが違うんだろうなぁ。
ケラケラ笑うと、顔を中心に汚れの広がった全身を見た。
「そんなに汚れちゃ家には戻れないでしょ。おとーさんが許してくれないだろうし」
つか勘当されるんだっけ。
続きは銀時が引き継いでくれた。
「どうだ。国家転覆を狙う反乱分子を育成する悪の巣、松下村塾に来るか」
意外だった。まだ高杉は一勝もしていないのに彼を認めたような口ぶりだったから。ニヤリと笑うその顔から、歓迎してるのは間違いないんだろうけど。
驚きに目を見開く高杉。その口が何かを発する前に、今度は私が言ってやった。
「けどさ、何も成し遂げてないのは侍としてどうかと思うよ。だから明日銀時と勝負して、勝ったらウチに居るってことで」
「なっ」
勝手に約束に組み込まれた銀時が声を上げた。視線で反論は認めないと伝えると、俺一週間手伝わねェからと交換条件を出してきた。
うーん、ご飯に洗濯物に掃除……その他諸々のパシリがいなくなるのは痛手だ。一応私だけでこなせる程度には手際が良いと自負しているけれど。
でもいいでしょう、認めます。了承したと頷くと銀時はガッツポーズした。ふははは、今のうちに喜んでおくといい。一週間後は覚悟しろ。
どことなく和やかな雰囲気で満たされる。すぐそこに死屍累々の山ーーまあ死んでないけどーーがあるにも関わらず。するとその山の一部がモゾリと動いた。
「お、おい貴様ら……このままで済むと思うなよ。絶対……絶対に後悔させてやる……!」
確かクソガキどもの中でもリーダー格だった、堀田とかいうやつか。そいつは呪ってやる! と言わんばかりの気色悪い声で告げるととうとう気絶した。なんなんコイツ。
最後に変なやつが出てきたせいで妙な空気になった。しかし高杉は深呼吸をすると、まっすぐな眼差しを私に向けた。
「その約束、破ったら承知しないぜ」
「うん。大丈夫だよ」
「はっ。ノリでもお詫びでもなけりゃいいがな」
よく覚えていやがると感心した私を余所に高杉は神社の中に入っていく。数秒して出てくると松下村塾に訪れた時に持っていた大きめの荷物を抱えていた。
「じゃ、行こうか」
「おー」
くあっと眠たげに欠伸をした銀時と共に石階段を降りる。そこそこ高いこの場所からは、柔らかな夕陽が降り注ぐのも輝く星々を浮かべた濃い藍色もよく見えた。
「どうした。帰るよ」
立ち止まったままだった高杉に振り返って言うと、ぎこちない口元を動かして微笑みのような表情を作り。
「……ああ。帰る」
そしてゆっくりと、一歩ずつ踏み締めて、高杉は進み出す。
私は目の前の、橙色に透けるふわふわの頭をなんとなく見つめて、先頭にいる銀時が考えていることも知らず、軽い歩調で歩いた。
明日は桂も連れて役人どもをどう転がしてやろうかと、悪巧みをしながら。