時を同じくして、一昔前のオタクと化し真選組をクビになった土方と万事屋三人組は、鉄子に会いに行き、妖刀の正体を耳にした。
その名を村麻紗。母親に斬られた引きこもりオタク息子の怨念が宿っている。村麻紗を一度腰に帯びた者は引きこもりの息子の怨念にとり憑かれ、アニメ及び二次元メディアに対する興味が増幅されると同時に働く意欲や戦う意志は薄弱になっていく。
即ちヘタレたオタクになるのである。
「すまない。この妖刀は知り合いの鍛冶屋のオジサンから預かっていたもので、まさか兄者が渡すなんて思っていなかったんだ」
「お前のせいじゃねーだろ」
「そうアル。話を聞くに、妖刀を勝手にもらっていったのはこのマヨラーネ」
「鉄子さんが気にすることじゃないですよ」
万事屋の三人に優しい言葉をかけられ、鉄子はうんと頷き、気遣うような視線を土方に向けた。
「贋作も多い刀なんだが、コレが本物の可能性もある。……言いづらいが、もう本来のそいつが戻ってくる事はないかもしれない……」
知り合いというには認めたくないけど親しくて、仲間というには嫌いだしその言葉が気安くていやだ。
けれどそれなりに関わりのある男の魂が食い尽くされたのではと言われたら、動揺するのは事実だった。
「あのーチョット発言良いかな」
「能天気なこと言ったら頭スッ飛ばすからな」
「そんな恐ろしいことを言わないでくれよ坂田氏ぃ」
「マジで調子狂うからヤメロ気色悪りィ!」
銀時が噛みつく。完全なオタクとなった土方、いやトッシーは震えた後に脂汗に塗れた面で話を始める。
「実はだね、雪子氏も妖刀を手にして変わってしまったんだ」
「あーっ! あー!! 土方さんそれは!」
新八が大慌てで止めに入るも、銀時と神楽が聞き逃すはずがなく。
「雪子が? んだそれ俺知らねーんだけど」
「なんで新八が隠そうとするアルか?」
『店にくんな』と連絡が来てから、万事屋の面々は雪子に会っていない。けれど誰も気にしていない。そんなに珍しいことでもないからだ。
以前のように夕食を向こうで食べる回数は減ったが、その代わり雪子にも雪子なりの友人関係があるようでチラホラと人伝に話を聞くことがあり、それで良かった。
お妙や猿飛と女子会をしただとか、ミツバとショッピングに出かけたとか、真選組と仕事をしただとか、直接会ったわけでもないのに彼女の存在を感じると、胸がくすぐられたような感覚になる。
なので、銀時も神楽もちょっぴり(嘘である、本当はめちゃくちゃ)寂しいななんて思いながら、雪子のいない日常を過ごしていた。だというのに。
「えーっとですね。一度だけ姉上と店に行ったんですが、その時ちょっと」
「ちょっとって何」
「見なかったことにしようって姉上と決めたんです」
「吐けェ! いいから吐けェ!!」
「ぐえええええっ」
首を絞められながら新八の記憶は遠くに浮かぶ。
万事屋宛に店に来ないよう連絡が来ていたが、お妙はそれを知らなかったようで、新八を強制的に引き連れて雪子の店へと足を運んだ。最初は乗り気でなかった新八も、久しぶりに雪子に会えるから「来んなって言われたけど姉上には何も言ってなかったみたいだし……まあいっか!」と楽観視してノコノコついていったのである。そして。
『いらっしゃいませ。お二人が来てくれるだなんて、とっても嬉しいです』
妖刀に魂を食われた雪子がそこにいて二人は唖然とした。
『ゆ、雪子さん、どうしちゃったの?』
『どうもしておりませんわ。ワタクシ、お二人に会いたかったんです。姉弟仲良くお話しているところを見ると、胸の中がポカポカ温かくなりますから』
『何を言ってるんですか! そんなこと普段なら絶対言わないでしょう!?』
『さっおかけになって。腕によりをかけて最高のお料理を振る舞って差し上げます』
割烹着を身につけてフン! と意気込み、いつものように鮮烈な手腕で料理を仕上げる。言葉を挟む余地なく出来上がったものに箸を伸ばし、姉弟は無言で食事を平らげた。高級料理のフルコースで総額いくらだろうと震えながら食べた。
ご馳走様でしたと手を合わせれば、カウンターの奥から期待と不安で揺らぐ声がする。
『お味はいかがでしたか? 気に入ってもらえましたか?』
『え、ええ。もちろん……。いつも美味しいから』
正直緊張で味はよくわからなかったのだが、そんなことを言えば雪子は。
『うふふ、よかったですわ』
ニコニコ。ニコニコ。涼やかな目元を一直線にして微笑む姿がどうにも慣れなかった。人を小馬鹿にしたような、強気で不遜な笑みを浮かべる女だったから、善意を丸出しにした表情が似合わなかったのだ。
『またいらしてね。ああ、お代はいりません。お金よりももっと素敵なものを頂いたから』
『……何ですか?』
『お二人の笑顔』
ぎェ!! と奇声をあげて二人は店を出て、涙が出てきそうだった。なんだアレ。何あの生き物。鳥肌が止まらないんだけど。調子悪いとかのレベルじゃない。人格矯正されたのかしら。それにしたって酷い。誰があんな惨いことを! 姉弟は憤りを覚え、やがて冷静になり。
『新ちゃん……今日は無かったことにしましょう』
『はい、姉上……。後でやっぱり支払ってと言われても払えませんしね……』
などということがあったと、ぼかして報告する。
「とにかく、雪子もコイツも妖刀に飲み込まれちまってんだな。ほっとくと面倒ごとに巻き込まれ……いや自分から突っ込んでいく悪趣味しやがって」
「鉄子、その妖刀の詳しい情報は……」
「すまない、私はあまり……。兄者が妖刀を片手に色々細工をしているのは見ていたんだが、もし実物を持って来られても、改造されたのではどの妖刀か判別するのは厳しいだろう」
ここにきて被害者が二人になり、頭を抱える。けれどこの場で一番肩身が狭いのは鉄子だ。自分が不在の間に、店が所有していた妖刀絡みで真選組の副長や世話になった恩人が怨念に取り憑かれたのである。
鉄子を不安にさせないように……そんなことを考えていると、タバコの匂いが漂っている事に気づく。
「やれやれ、最後の一本吸いに来たら目の前にいるのが……よりによっててめーらたァ」
ふぅと煙を吐いて苦しげに顔を歪めた土方が、魂の叫びを必死になって音にする。
「最初で最後の頼みがある。真選組を……、俺の……俺達の真選組を、護ってくれ」
鍛冶屋を出て夜の街へ行く。今後の方針として深入りするのかしないのか、雪子をどうするのか……ともかく雪子の店に行くかと銀時が考えた時、ものすごい勢いでパトカーが停まり、隊士達が焦った様子で駆け寄ってきた。
「ようやく見つけた! 副長、大変なんです! 山崎さんが……山崎さんが! 殺害されました!!」
何を言われたのか理解できなかった。
一拍おいて事態の緊急性を理解した新八が真っ先に反応する。
「やっ山崎さんが!!」
「誰にやられたアルか!?」
「鴉です! 天鴉の連中にやられたんです!!」
ひゅ、と銀時が息を詰め、堰を切ったように声を荒げた。
「おい何でそれがわかったッ」
「遺体の損傷が激しく、頭蓋骨が、ッ砕かれ。内臓が……。しかし鴉が好んで使うとされる針が幾本も刺さっており……」
「………。雪子か」
「銀さん!?」
天鴉は雪子や朧が所属する極秘暗殺部隊であり、真選組にも存在は認知されている。彼等の武器は毒針や錫杖。しかもそこに徹底的な肉体破壊が加われば、誰の犯行か予測するのは銀時には容易なことである。
「嘘です! 雪子さんが山崎さんを殺すなんて!」
「あの女ならやるぜ」
「違う! 雪子は……雪子は、そんな」
神楽も感情で否定しながら、あり得ない話ではないと本能で理解していた。
自分を容赦なく足蹴にした女だ。説得力が違う。
「とにかく副長! 一度屯所に戻ってください!!」
「えっ……でも拙者クビになった身だし」
「そんな事いってる場合じゃないでしょ! さっ早く!」
隊士達の手が刀に伸びる。
「副長も、山崎の所へ……」
トッシーを囲み刀を振るう隊士達をかわし、四人は全速力で逃げ出した。複数人の追手に追跡され、奴らを躱すべく裏路地に入ったりパトカーから逃げ惑ったり、そんな逃亡劇を演じたが埒があかないと判断した銀時は、奪取したボロボロのパトカーに全員を詰めて発進する。
「あーあー、こちら三番隊、こちら三番隊。応答願いますどーぞ」
無線でやりとりをして入手した情報によれば、攘夷浪士の犯行に見せかけた近藤暗殺を伊東派は目論んでいるという。
隊士募集の遠征の為、列車に乗り込んだ近藤は格好の餌食である。周囲を固めるは全て伊東派。さらに。
『今頃はあの鴉女が近藤の首を刎ねていよう。中央の懐刀である奴らと親密になるいい機会だ。天鴉と鬼兵隊の力を得、伊東さんは真選組を更に巨大な組織にする』
通信を終えた後、銀時は頭を抱えたくなった。
身内二人(高杉と雪子)によるテロだこれ、と。
「沖田君。やはり君は土方派……僕に近づきその動向を探るためのスパイ。土方を裏切ったのも、僕をあざむくための芝居だったか」
「芝居じゃねーよ。……言ったはずだ、俺の眼中にあるのは副長の座だけだ。邪魔な奴は誰だろうと叩き潰す。……土方は消えた。次はテメーの番だよ、伊東先生」
沖田は鋭い眼光で伊東を真っ直ぐに見据え、刃を向ける。
その向こうには、伊東派の隊士達に刀を突きつけられた近藤が固唾を飲んで様子を見守っていた。
「ククク。とんだ性悪だ。土方を消すため僕を利用し、用済みとあらば僕をも消すか。いいじゃないか。ただし……」
「!」
最奥の闇から一陣の風が舞い込んで、目前に光を凝縮した切っ先が迫る。咄嗟に首を逸らして躱すと同時に床を蹴り上げ、沖田はそれと距離を取った。
「性悪は君だけではないがね」
「おい、誰が性悪だ」
「雪子さん。君は彼らと親しくしていると耳にしていたが、こうして僕につき彼らと敵対するのは性悪としか言いようがないだろう?」
「言い逃れできねー」
カラカラと笑う女を、近藤は悲しげな顔で見つめることしかできなかった。
雪子は普段の装いと違って真選組でも隊長格しか身につけることの許されない隊服に袖を通している。暗い髪色と真っ黒な隊服が相まって、本物の化け鴉のようだった。
「雪子殿。貴女は……どうして」
「見捨てられたゴリラの面すんなよ、かけらもない良心が痛む」
「見捨てられたゴリラって何! それただの野生のゴリラじゃない!?」
信じられないと眉根を寄せ、伊東と雪子に交互に視線をやる。裏切られた者だけが晒す弱々しい表情に、自尊心が満たされた伊東は嬉々として語った。
「あー名前を何と言ったか……そうだ山崎君だ。彼を殺したのも彼女だからね」
「ザキが……? 嘘だっ! ザキは殺されねーし雪子殿はそんなことしねー!」
「おお、思いの外近藤から信頼されてんだ」
「命を狙われているというのに呑気なことを。ならば、近藤さんの信用をここで断ち切ってしまおうか」
「何をご所望で?」
「首だ」
瞬間、予備動作もなしに振り抜いた刀が正確に近藤の首を狙い……急回転、正反対の伊東の方へと向いた。ぎょっと目を見開く伊東だが、雪子の目的は彼ではない。
キィン───!! と甲高い金属音が耳を劈いた。伊東の首に肉薄した刃を間一髪のところで押しとどめる。
「この男を始末しないと、先に伊東が殺されるってよ」
「ぐっ……ならば君は彼の相手をするんだ。近藤はこちらで処理をす───」
ドゴォォォォ!! 遠くの車両で爆発が起き、車内が大地震を食らったような振動でガタガタ揺れる。立つこともままならなくなった伊東は、岩かと思うほど微動だにしない雪子に掴みながら声を張り上げた。
「状況は!」
「ば、爆弾です! 爆弾が爆発してそこから炎が! これ以上は危険です!」
「電車を止めるな! くそっ、逃げられた。この電車にはあの二人以外我々の仲間しかいない。電車が走り続ける限り、奴等は袋のネズミだ!」
隊士達に指示を出す一方で、焦った様子を見せない雪子に苛立った。
「どうして君は二人を逃した! 二人まとめて撫で斬りにするなど朝飯前だろう!?」
「朝ごはん食べちゃったし」
「ふざけるな貴様!」
「嘘ウソそんな怒んなって。掴まれてたから動けなかったんだよ」
そこで初めて伊東は自分が女にしがみついていることに気付き、カッと耳を赤くさせた。爆発のせいで照明機能がやられ、暗くなった視界でも夜目が利く雪子にはよく見えた。コイツいじると良い反応するな。
「ンンっ。……まァいい。どの道奴等に逃げ場はないからな」
「逃げるどころか、向こうからノコノコ現れてくるしね」
扉を閉じ、たった一人で沖田は戻ってきた。その奥で先頭車両が遠のき……いやこの車両が切り離された為に、近藤のいる機関部だけが走り去っているのだとわかる。
立ち直った伊東が憎らしいほど何でもない顔をして口を開く。隣で雪子はプッと吹き出しかけた。
「沖田君。君はもっと利口な男だと思っていたが、我々全員を片づけるつもりか。しかし、近藤は僕の計画通りに死ぬ。何故なら、この戦場にいるのは僕達だけではないからだ」
「……鬼兵隊か」
列車に並走する形でバイクを走らせる鬼兵隊。彼らを率いて先頭をひた走るのは万斉だ。
「ワリーね伊東さん。実は俺も一人じゃねェ。そろそろ……」
沖田の声にかぶさるように、並走するバイクが爆発した。立ち昇った硝煙を切り裂くように、一台のパトカーが現れる。見るからにボロボロでフロントガラスは割れており、四つの人影が次第に鮮明になっていく。
「あ……あれは、バカな……! あれは……!!」
「御用改めであるぅぅぅ!! てめーらァァァ、神妙にお縄につきやがれ!!」
「ひっ……土方ァァァァァ!!」
真選組の隊服を身につけた万事屋一行と、タバコを咥えた土方だった。それまで余裕の態度だった伊東の顔が驚愕に染まる。
「なっ……何故奴がこんなところに!」
もうそこでダメだった。
「そこで笑い転げてるソイツ、どうしました?」
「僕に聞くな……」
感情剥き出しで耳を赤くしたり、沖田を前にしてお澄まし顔で堂々と語ってやったと思えば、土方の登場にあっさり鉄仮面を引っ込めて激しくリアクションする。
伊東がめちゃくちゃ面白かったのだ。お前やっぱ小物じゃねーかと。
はー、はー、と息を整え、たくさん時間をかけて平素に戻ると、雪子はキリッとした顔を意識して作った。
「伊東は近藤を追え。沖田は私が相手する」
「ふん。君に言われずともそのつもりだ。……奴を粛清しろ」
「はっ!」
万斉の後ろに乗る形で車両を抜けた伊東。命令された隊士達が、雪子の背後に控えた。
「……アンタは、そっち側でいいんですね」
刀を構え、指先まで全神経を尖らせる。
自分の調子が良いのがわかり、それでもこの人数を倒すのは骨が折れるだろう。
が、負ける気はしなかった。正確には、死んでも負けるわけにはいかなかった。負ければこの女に全てを喰らい尽くされると本能で理解していた。
「そっち? よくわからないけど、私は私のやりたいことを貫くだけだよ」
「……雪子さん。あなたは姉上の……俺達姉弟の、命の恩人です。斬りたくない」
「! へェ、そう」
「姉上が悲しみますから」
「ああそう……」
ゆらゆらふらふら刀を揺らめかせ、浮雲のように雪子は笑った。透き通った瞳が沖田に向けられ───次いで息をすることも許さない絶対的な迫力を放出し、車内を一瞬で掌握する。殺意に満ちたそれは取り繕うことがない、彼女本来の姿だった。
後ろで雪子に斬りかかった隊士達が自ら動きを止める。中途半端に振り上げた刃が宙ぶらりんになって、カタカタ音を立てて震えた。ここから先に進むと死が待っていると理解したのだ。
「酷いですわ。せっかく手を貸してあげたのに。……これが伊東様のご判断……ということでよろしいのですよね?」
「!」
急に人が変わったように楚々とした口調になるのだから、もう恐ろしいの域を超えて何も考えられなくなる。
女が振り返り、極上の微笑を貼り付けた。
動いた、と察知した後、隊士達の命は途切れた。