真選組の歴史に刻まれることになる大事件から数日後、高杉は己が指定した屋形船に乗り込んだところ、既に先客が座敷の上でくつろいでいた。用意された酒を勝手に飲み、開いた窓から夜の川をぼんやり見下ろしている。
やけに長い髪が特徴的だった。高杉は、その女の後ろ姿に見覚えがなかったので「誰が勝手に女を寄越したんだ」と眉をひそめる。
しかし、乗船した男に気がついて女が顔をこちらに向けたところで、声も出さず心底驚いた。
乱れた裾から白い脚がすらりと伸びて、橙色の照明によりなまめかしく光っている。畳に無防備に投げ出された暗い髪は波打つくらい長かった。尻まで伸びているのだろう。それが高杉に視線をやったことで、隠された顔が露わになり、澄ました顔が一気に綻ぶ。
「よっ。高杉。相変わらずつまんねェ顔してんな」
「…………」
「高杉? おーい」
雪子である。とんでもない長さに髪が伸びた雪子であった。固まる高杉に手を振る女の顔がよく見慣れたものだったので、脳内で先ほどの光景と現実を照らし合わせてバグを修正する。
なんともまあ、単純な話。
長い髪を流し酒を飲む女の横顔が、あまりに美しかったのだ。
それが雪子だったので、「あ俺ってこの女の顔が好みなんだ」と改めて突きつけられて死にたくなったのである。
「んだその髪は」
「んー、呪い?」
「はァ?」
「髪が長かったんだって」
全く理解の及ばない話だが、雪子は詳細を語る気がさらさらないらしい。「今だけ髪が長いの」と短く言い切って、高杉の後ろから船に乗り込んでくる男を睨んだ。敵意剥き出しである。
「なんだ、生きてたの」
「ぬしのおかげでな」
全身の至る所に包帯を巻いた万斉が、嫌味ったらしい口調で言った。ところどころ腫れ上がっているような容貌は、雪子にボコボコにされた痕だった。
鴉に状況を伝達された雪子は、銀時と万斉が戦っていることを知ってすぐそちらに向かった。現場に到着すれば銀時が弦に拘束されているところで、自分のものに手を出されたと認識した雪子は万斉と戦闘を開始する。
その鬼気迫る戦いっぷりは、疑われていた雪子の身の潔白を明らかにする。彼方此方に愛想を振り撒き尻尾を振る卑しい犬……そんな認識を、土方や沖田は持っていた。
が、本気で万斉を殺そうとする激しい死闘に「あの女死ぬほど鬼兵隊嫌いなんだ」と理解したのである。
そんなに嫌いなのに決死の覚悟で総督に近づいて情報を得ているんだ……とひっそり見直したくらいである。事実無根だった。
そのおかげで真選組からの警戒が薄れ、万斉は命からがら逃亡に成功。他の鬼兵隊員もその場から脱出したのだった。
「今日は晋助の護衛でござるよ。そう身構えるな」
むしろ構えているのはこちらの方だ。岡田をあれほどまでに追い詰め、己を手加減なしで潰そうとしてきた相手である。その一方で、ゆるりと雪子の前に座る高杉は、優雅な手つきで酒を飲んだ。
「それで、お前はいつまで隠れているつもりだ?」
「……何故僕はここに呼ばれた」
「私ら悪巧みした仲じゃん。つれない言い方、しなくてもいいでしょ?」
高杉の声かけに、奥から影を引きずって現れたのは伊東だった。以前鬼兵隊と話をしていた時と違って、不安を持ち前のプライドで隠そうとしているのが見て取れる。紛れもなく仮面が取れかかっている証だった。
そんな彼を呼び出した張本人は、悪意を煮込んだ顔をしている。
「まさかあの一件を起こしておいて、完全に真選組の者に戻れる……なんて甘っちょろいこと考えてないよね」
雪子の指摘に、伊東が顔を俯かせる。
一度その道を選んでしまえば、そこから抜け出すことなど出来はしない。それは環境以上に、本人の意識が原因となる。
罪に手を染めた罪悪感。誰かを傷つけたという後悔。そんなものに縛られて、良心が蝕まれていくのである。
雪子はその性根に漬け込み、悪の道に唆す女だ。お前はそちらに行けやしないと耳元で囁く悪魔なのだ。
「僕に……君たちに利用され、裏切ろうとした居場所に救われた僕に、求めることは何だね」
「何もするな」
「……? どういうことだ」
てっきり間者になれだとか、真選組から情報を盗めとか、そういったことかと思ったが違うらしい。真逆のことを言われ戸惑う。
「そのまんまの意味。真選組の大成を禁止しているだけ」
雪子は……否、天は、真選組が大きくなると困るのである。参謀として実力があり過ぎる伊東がいては、組織の増大・権力の増長は止まらないだろう。だから「何もするな」と命令する。
まあそうしようとして失敗したのが今回の事件でもあるのだが。
「いつまでも真選組には小さくいてもらわないとね」
江戸という箱庭を、天導衆がいつまでも自由にできるように。
雪子の本心から言えば真逆であるのだが……。
「断る」
しかし、伊東は毅然とした態度で言い放った。
しゃんと伸びた背筋と力強く握り締められた拳が、彼の決意を知らしめる。
彼はもう、反乱を起こした謀反人でも、居場所を求める哀れな男でもない。この男は。
「僕は真選組参謀、伊東鴨太郎。剣を持たずとも真選組を護る者。舌戦は得意分野でね。君には負ける気がしない」
クッと笑いを漏らしたのは高杉である。伊東と雪子では……まあその通りだろう。雪子が言いくるめられてぐぬぬと悔しそうにしている光景が容易に浮かんできて、思わず笑ってしまったのだ。無論、雪子にギロリと睨まれている。
「そして忘れないで頂きたい。僕が真選組崩壊に王手をかけたのは、剣の実力があるからだと」
潜ませていた短刀を雪子に突きつける。女はまばたき一つしなかった。のんびりと視線を高杉から伊東に移し、一言。
「私にしがみついてきたくせに」
「っ!!」
動揺を逃さず、素早く腕を掴むとひねり、床に伏せる。激痛に顔を歪める伊東を数秒で解放して、武器さえ奪わず放置した。
口合戦では勝てずとも、いつでも倒すことができると示したのである。雪子は負けず嫌いなので。
「いいよ、別に。好きにすれば」
「……君は何が目的だ?」
「世界征服」
「君はバカなんだな」
「冗談だよバーカバーカ」
軽く、本当に軽くデコピンを食らわせて、痛みに悶える伊東を見下ろした。
「真選組とのパイプが出来ればと思ったんだけど。残念」
「……。僕に目をつけずとも、近藤ではダメなのか? 正面から向かい合えば、きっと彼は耳を傾けてくれるだろう」
「アレは……ダメでしょ。いざという時に切り捨てづらい」
「ふっ……それもそうだな」
なんだかんだこの女は近藤に信を置いている。それが嬉しかったのだ。己の大将が、不遜で破茶滅茶な女に認められていると知れるのが、心地よかった。
「だが……君たちの企みが真選組にとっての利となるのなら、考えなくはないがね」
それが最大限の譲歩だった。
絶対に口にすることはないけれど、伊東はこの者たちに密かに感謝の念を抱いていた。彼らの協力がなければ反乱を起こすことができなかったし、大切な絆に気づくこともできなかったから。
なので、皮肉めいた口調と共にメガネを押し、そんな言葉を言い残して去っていったのだった。
「嘘つきは泥棒の始まりと言うが……いや、ぬしはとうに泥棒であったな」
「あ?」
「何も真選組とのパイプと目しているのは伊東だけではあるまい。それにまた子が騒いでいたぞ、この泥棒猫と」
山崎退。彼は真選組監察として伊東の本懐に気づいたが、敵に捕まり、殉職した男である。
というのが伊東らに報告した内容で、実は彼は生きている。「ぬしの歌、も少し聞きたくなった」という万斉の好奇心と「ザキ、死にたくなかったら私のコマになれ」という雪子の脅しにより、涙目で山崎は生き延びたのある。
つまり、雪子は山崎を真選組のパイプとすることに成功した。真選組の危機に繋がるとわかれば、文字通り命懸けで雪子に反抗するだろうが……そのつもりは今のところ無いので構わない。
ただ山崎の他にも優秀な間者が欲しかったのである。故に伊東に目をつけたが正面から拒絶されてしまった。
「伊東とザキとじゃ求めるものが違うからな」
このままいけば、いつか真選組は天を脅かす組織になる。雪子にはそれが待ち遠しかった。
「あと、この男は元々私のもんなんだから奪うも何もないんだっつの。今はてめーらに貸してやってるだけ。おわかり?」
万斉にはわかる。この女が滅法恐ろしいことを。
そもそも雪子からは歌が聴こえてこないのだ。この女から聴こえてくるのは、歌ではなく騒音。常に苛烈で嗜虐的な音の暴力が放たれている。
それが時々、雅な琴の音色を響かせたり、メロドラマになったりする。ここは妖刀に魂を喰われていた影響なのだが、万斉には知る由もない。
その上恐ろしく強い。明確な殺意を向けられて死を覚悟するほどであった。こんな化け物に執着される男が、哀れだったのだ。
自分のものに手を出されたと認識した獣の強さ、理不尽さをその身に味わった万斉だが、己の仲間も彼女のものらしい(本人が否定しないので)。であれば、高杉に何かあれば今度こそ屠られる。
あな恐ろしや、とそそくさと下船する。これ以上付き合ってられるかという気持ち半分、新曲の続きを書くかという気持ち半分だった。
寺門通の新曲が、苛烈な女性の嫉妬を歌ったものとなり物議を醸すことになるが、それはまた別の話である。
「…………」
「…………」
二人きりになり、静かなままのんびりと屋形船が進んでいく。
夜の江戸の風景というのは風流なものだ。特にかぶき町から離れてしまえば、呼び込みをする女の猫撫で声も、路上でケンカする男たちの雄叫びも、飲み過ぎた酔っ払いの嘔吐する音も、何もかもが遠のいていく。
ここにあるのは虫の鳴く声と船が揺蕩う水の音だけである。
雪子は風情だの風流だのを進んで好みはしないが、高杉が好きなものであるなら、今だけは楽しむのも悪くないと思って、無言でそれらに目を向け、耳を傾けているのだった。
「………」
なんとなく雪子がゆったりと流れる今の時間を楽しんでいるのだなと理解し、高杉は女のそばに寄った。雪子の後ろ姿を視界に収める形で、ちびりちびりと酒を飲む。
背中も尻も隠れてしまうほどの長い髪が本当に珍しくて、記念に記憶しておきたいと思ったからである。
月と川と雪子の後ろ姿が、一枚の絵になってとても美しかった。
「ン、なんでそんな遠いの」
が、雪子にちょいちょいと手招きされてしまえば従うほかなく。もったいねェと顔に出さないでちょっぴり近寄ると、さらに雪子は不機嫌な顔のままクイと指で命令する。
「もっと」
気づけば雪子の真隣にいた。
だらしなく足を投げ出し酒を飲む雪子に並んで、高杉は胡座をかいてぼんやり遠くを見ている。
本当は、先に雪子がいるとは思っていなかったから、持参した三味線をベンベンベンベン鳴らして待つつもりだった。万斉と奏でる予定だったのだ。そうしたら「ベンベンベンベンうるせェ」とドスドス船に乗ってくるだろうと。
しかし現実は、淑やかに伸びた髪が男の首にかかり、くすぐったい感触と微かに聞こえる呼吸音に神経を尖らせる、極度の緊張状態にあった。
何故か。隣に高杉を座らせた雪子が満足そうに頷いた後、ぽすんともたれかかってきたからである。今、高杉の肩には雪子の顔があり、高杉の右半身に雪子の左半身がくっついている。
ここまで唖然としたのは、雪子が巻き込まれないように事前に爆弾のことを伝えておいたのに、万斉に「乗り込んだ列車ごと爆弾に突っ込んでいったでござるよ」と言われた時以来である。
とりあえず高杉は心を落ち着かせるために懐から煙管を取り出し、煙を吸った。
そうしたらするりと雪子が奪って、そのままぷかぷかと煙管を唇に咥えて、更に体重を高杉にかけてくるのだ。
ここまでくると、いよいよ雪子がわからなくなって、かといって平静を保つ手段を選ぶことさえできなくなり、太腿の上に置いた拳をぎゅっと握り締めて何事かに耐えるようにした。
「……? なんでそんな緊張してんの」
「してねぇ」
「あはは」
たまらず、といった様子で噴き出した雪子が体を震わせて笑うので、密着する高杉の体にもアハアハ笑うのと同時に振動が伝わってくる。
だって、上擦らないようにと力んだ声で緊張がバレバレだったのだ。泣く子も黙る鬼兵隊総督高杉晋助が、己の一挙手一投足に振り回されていると思うと気分がとても良くなる。
長い髪をありのまま流して、無作法に足を組み、高杉の煙管を咥える。美しい顔立ちと不釣り合いな乱暴な動作に、グッとくるものがあった。それが己の好きな笑い方で笑い、無遠慮にもたれかかってくるから、平静でいられるわけがない。
「そういえば、左腕吹き飛んだ。もう治したけど」
「……………………あ???」
「ぎゃ」
急に爆弾をぶちこまれて、理解する為に数秒要した高杉は、雪子の着物を下着ごと胸元から引っ剥がし、左腕に触れて確認する。きめ細かい肌に覆われた腕があるだけだった。傷跡も何も残っていない。
けれど雪子が報告するということは、間違いなく事実なのだろう。
「爆発に巻き込まれたでしょ? あの後目を覚ましたら自分の腕が目の前に落ちててさ、焦ったわ。他の連中が先に起きてたら不味かった」
焦るところはそこではない。
「……そうならない為に、てめーに予め伝えておいたんだろうが」
「そだね。ごめん、約束破った」
「………」
今更だ。雪子が約束を破るのなんて普通にあるし、この女の性格上無事でいること自体難しい。
けれど、それ以上に胸にのしかかってきたのは、雪子は傷痕一つ残すことなく、誰よりも傷を抱えて生きている事実だった。
人間は傷を負った分、その体に傷跡が残る。高杉もそうだ。戦争時代のものは雪子に修復されたが、新しい傷痕が植え付けられている。その痕を知ればどれだけの激戦を掻い潜ってきたかわかる。
だが、この女はその片鱗さえ残さない。どれだけ傷つけられてきたか己には知る術がない。この女の言葉しか……。
ああ、そうか。だから雪子は怒られるとわかって、きちんと伝えてきたのか。
「……教えてくれたから、許す」
言いながらするりと左の二の腕から手を離し、頷く雪子の顔を見る。最初は神妙そうな顔をしていたが、やがて俯き、雪子はぷるぷる震え出す。不可解な動きに疑問を持つ高杉は、視線を落として仰天した。
片方の乳がまろび出ていた。ほぼ衣類の役目を果たしていない着物と下着から、白く柔らかそうな肉がポロリしていた。左腕に注視するあまり見えていなかったのである。雪子の動きに合わせてプルプル振動する乳が。
「でっ……」
飛び出してきた言葉は、フル稼働した理性が大慌てで止める。信じられない速度で雪子の胸元を直した高杉に、雪子は身を寄せて耳元で囁いた。
「高杉くんやーらしぃ」
「……っ」
「そんなにジックリ見ちゃって。童貞ですかぁ?」
「童貞じゃねェ」
「じゃあすけべ」
顎の下に人差し指を潜ませて、くすぐるような繊細な指遣いで高杉の顔を上げさせる。唇がくっつきそうな距離になって、そのままぐいーと高杉に寄りかかる重みを増していけば。
「わっ」
バタッ。二人して座敷に倒れ込んだ。
仰向けに背中を打った高杉と、片手を床についた雪子の視線が絡み合う。長い髪がするりと流れて高杉の視界を覆い尽くす。今、彼の目の前にあるのは微笑む雪子の顔だけである。それ以外は、彼女の髪が全てを隠してしまった。
「………」
「驚いた顔」
煙管をよそに置き、ぷにと肉付きの薄い頬に指を押して、クツクツ笑い声を漏らす。暫くそうやって満足すると、はだけた胸元に耳を寄せてみる。
……どっくんどっくん大爆発していた。肌に赤みが差すわけでもなく、わずかに眉を上げた驚いた顔でしかないのだが、それでも頬にくっついた胸板が熱く、雪子には高杉がドキドキしているのがわかって、どうしようもなく胸が躍るのである。
「はやーい」
「……、……待った。離れろ」
「やだ」
どっくんどっくんを通り越してドッカンドッカンカーニバルが開催されていた。虫の鳴き声や川の音も聞こえなくなるくらいの大音量である。
雪子はますます気分が高揚して、ちょうど心臓辺りを覆う皮膚を愛おしそうに撫で、口づけを落とす。
少しでも熱を感じられたらいいなと、何度も何度も唇を押し当て、舌で舐める。気温が低く涼しいはずなのに、男の体は汗ばんでいて塩の味が口の中に広がった。
たまにリップ音を鳴らして肌を濡らすそれは、最早愛撫に近かった。
「ちゅ、……っ、ん、ん……」
にやけ面に近いが、しかしバカにしたり悪戯を企んだりするようではない表情で、男の体に触れる雪子の目的が、高杉にはわからない。
このように雪子に触れられたのは、紅桜の件以来だった。しかもアレは口付けですらない戯れである。周りの者たちに見せつけ、高杉を揶揄うためのお遊びだった。
だが、今この屋形船に乗っているのは高杉と雪子の二人のみ。それらの意図はない。
じゃあ、どうして? 目を細めて考える高杉は、じんと重い快感に身を震わせる。
「あ〜、今ビクッてしたぁ」
「……雪子、……」
ぐり、と雪子の尻が高杉の股間を刺激したからだ。もちもちの感触のずっしりした尻で、煽るように何度も揺らしている。仰向けになっている高杉の上に馬乗りしているので、ちょうど互いの敏感な部分が衣類越しに重なっている状態だった。ほぼ騎乗位である。
「あ、あ、あんっ」
しかもわざとらしい喘ぎ声まで加えてきやがったこの女。自分が優位に立っているからと余裕たっぷりにこちらを攻めている。
これで高杉が手を出したら、驚いて慌てふためき行為を中止するのだろうと確信する。その通りだった。故に、じっと雪子の行動を目に焼き付けるのに集中する。
的確に気持ち良くなる角度と速度で揺さぶる腰の動き、だらしない胸元と覗く谷間、動く為に波のように靡く長い髪、高杉を見下ろす淫靡な眼差し。
目の前の光景全てが興奮材料となって、男の理性も何もかもをぐずぐずに溶かしていく。髪に肌を撫でられてくすぐったく、高杉が身を捩ると、吐息で笑われたのがわかった。頭の奥がカッとなる。
「おい、てめぇ変だぞ」
「変? どこが」
「んなこと、……言われなくても、わかんだろうがっ」
語気が強まる。ヂュ、と首元を吸われたからだ。雪子が長い髪を鬱陶しそうに耳にかけ、脱ぎかけの邪魔な着物を、帯を緩めて完全にはだけさせる。支えを失い、もちもちした柔い胸が高杉の肌に当たり形を変える。鳥肌が立つくらい生々しい素肌の触れ心地に、思考停止で固まった。
動くのに余計なものを取っ払った雪子は、改めて高杉の胸元にすがり、愛撫を再開する。硬い筋肉で包まれた高杉の肌と、柔い脂肪がしなやかについた雪子の肌がくっついて、汗と温度が溶け合った。
じゅ、ちゅ、と胸元を吸い、れろ〜〜と舌で筋肉の隆起を舐め、着物がはだけて露わになった肩に辿り着くと。
「痛ってェ!!」
がぶ!! と勢いよく噛み付いた。それまでの色っぽい雰囲気を台無しにして高杉は叫んだ。本当に痛かった。見れば肩にくっきりと歯形が付いて、しかも血が滲み出ていた。もう少し力を加えれば肩を噛みちぎられていたかもしれない。そんな想像をしてしまうほどの顎の力だった。
「よし」
「よしじゃねえよ、何しやがんだ!!」
上半身を起こして見てみれば、至る所に鬱血痕が散らばっていた。ゾッとするような数である。自分からは見えないが、肩には一等目立つ歯形が付いているのだろう。
「着物じゃ隠せないねェ、見せて帰るしかないねェ」
自分がつけた執着心の痕に満足げにニヤついている。雪子の目的はそれらしかった。自覚しているんだかしていないんだか、この男は自分のものだとよほど示したいらしい。
銀時や桂と比べて、高杉と顔を合わせる機会は相当少ない。しかも今度は宇宙に暫く滞在するとのこと。さっきの会話もあって、このような手段に出たのだった。
それに、鬼兵隊の中で雪子は高杉の愛人になっている。愛人と夜に出会って何もありませんでしたでは格好がつかないから、これくらい苛烈で丁度良いくらいだろう。
「え、なんでニヤニヤしてんのきしょ」
「てめーだってにやついてんぞ」
どういう風の吹き回しかしらないが、高杉はなんだかこの痕をあの男たち、特に白い方に見せて回りたい気分になった。勝ち誇りたくなったのである。
そして、テンションがぶち上がった高杉は雪子の肩に口を寄せて。
「痛ったァ!!」
がぶ!!と勢いよく噛み付いた。手加減なく本気で、噛みちぎる気持ちでやったので、雪子が叫ぶ。
「痛ったいコレめっちゃ痛いじゃんコレ!」
「お返しだ。さっきはよくも噛んでくれたな」
「コレ私がやった時より本気でやったでしょ! そりゃ私が本気で噛んだら骨砕けちゃうけどさァ!」
たらりと流れる血を吸って、くっきり残った歯形をちろちろ舐める。着物を身に纏ってしまえば見えなくなる位置だ。しかし、高杉はそれでよかった。痕をつけた事実を、自分とこの女だけが知っていればそれで構わない。
他の男たちに雪子を渡さないという牽制である。
「消すなよ。ずっと残してろ」
「すごい無茶言うじゃん。素の治癒力で一日もしないで消えるって」
思わずムッとしたので、雪子がプッと吹き出してゲラゲラ笑った。やがて笑いを引っ込めると、中途半端に腰にまとわりついていた帯を完全に解き、着物をするんと脱ぎ捨てる。
「じゃあ、もっといっぱい噛んで。私はお前の女なんでしょ」
どうやらそういう気分らしい。
「高杉は低杉で短小杉くんだけど」
「低杉じゃねぇし短小じゃねえ」
「生命力の馬鹿さは知ってるから、宇宙でも好きにやってくればいい」
ぷかぷかと高杉の煙管を咥え、高杉の着物を緩く身につけた雪子(自分の分は汚れてしまったので)がそんなことを言えば、目を伏せた高杉が本音を口にした。
「お前も来い」
「全く同じ台詞で一緒に宇宙を回ろうって口説いてきたバカがいたなぁ」
「他の男の存在を口にすんじゃねェ」
「今日どうしたのキミ」
尻まで届く長い髪を、乱してしまった分丁寧に梳いて整える。今日で見慣れてしまったが、やはり長髪の雪子はとても美しかった。
先の光景を思い返して、すげェ良かったと月並みな感想を抱く高杉は、髪を一房掬い取る。
「髪は切るのか」
「なんだァ? 伸ばして欲しいんか?」
「……ああ。今度、櫛でも、贈ってやる」
「んー」
煙を吸った雪子は首を回らせ、ふっと笑って高杉の唇に煙を吹きかけた。
「ヤダ。切る♡」
ニッコリと悪魔のように微笑んだ。
後日談あと一話あります。
妖刀のあれそれで万事屋回になる予定です。