「乙姫はこの星を爺さん婆さんだけにする。この世界で一番美しくあるために……」
曰く、竜宮城が主人、乙姫はこの星で一番美しく在る為に、老化促進兵器『玉手箱G』を開発し、地球人を全て老人に変えてしまう恐ろしい計画を企てているらしい。
亀梨に説明された一同は神妙な顔をして黙り込んでいた。沈黙に支配された牢獄で、松陽だけは穏やかなままだった。
「ふむ……一番美しく在る為に、ですか」
「松陽先生?」
「私はね、そうは思わないよ。姿形は年を経て変わるもの……むしろ、人を人たらしめる魂。それを美しく保つことが、何よりも難しい」
自分だってそうだ。今は先生なんて呼ばれちゃいるが、かつては殺戮に明け暮れる毎日を送っていた。当時の己が美しい魂を持っていたとは到底思えない。
今の自分があるのは彼らのおかげなのだ。離れ離れになってしまっても、互いを斬り合い傷つけ合っても、存在を繋ぎ止めてくれた、美しい魂を持つ彼らがいるから、こうして先生でいられる。
「その程度のことで、私の教え子たちを衰えさせることができたと思わないでいただきたい」
「松陽先生……それは、あの人たちのことを言っているの?」
お妙の声につられてそちらを見れば。
「誰じゃあおぬしら。ワシのことを知っておるのか?」
「何を言うておる。貴様が誰かなどこの頭にしっかりと刻みついておるわい。えーとえーと……昔はす向かいに住んでおった高杉さんとこの子だったかのぉ」
「違うぞ……たしか高杉さんとこのばあやだったはずじゃ。お前………メガドライブしてんじゃねーか」
ジジイとババアになった雪子、桂、銀時である。みんな一様に酷いが、特に酷いのは雪子だった。ボケて自分や周りのことがわからなくなってしまったのだ。
「雪子ぉ、私は? 私は?」
「誰じゃあ若いの。目がチカチカする色をしておる」
「僕のことは……まあ、ほとんど喋ったことないからいいか」
「ダメよ九ちゃん。許しちゃ……。雪子さん? 私のことはわかるわよね? わからないなんて言わないわよね? そんなの不公平だものね?」
「雪子さん、俺のことは?」
「誰じゃあまるでダメなおっさんのようじゃの」
「違うけど合ってる……あ! このまま俺のこと忘れられたらツケ全部消えるってこと!? やったぁ!」
「長谷川さん喜んでるよ!」
ガッツポーズで喜ぶ長谷川を横目に、口元に手を当てた松陽が首を傾げる。
「困りましたねぇ。自分のこともわからないなんて」
銀時が正常ならば「今ならたまりにたまってる雪子の店での食事代も消える……?」と呟いているところだったが、生憎彼もヨボヨボのジジイになってしまっているのでツッコミの声はなかった。
「ギリギリギリギリ」
「ん? なんじゃあこの音は」
「歯軋りじゃ、高杉さんが歯軋りしておる」
「ああああやかましい。うるさいぞ。ワシはお前の歯軋りが大の嫌いじゃあ」
さっきからあの調子だった。
ここ、竜宮城に連行された時は、まだ老化しているのは銀時と桂だけだった。地上に取り残された雪子がきっと助けに来てくれる。そう信じていたが、地下牢に新しく収監されたババアが雪子らしいババアだったので、もう終わりだった。
「おい、そこの女。来い」
「待て、僕も……」
「九ちゃん。みんなをお願いね」
遂にはお妙までもが連れて行かれてしまった。
事態は深刻である。頼れる戦力はジジイとババアにされてしまい、姉を連行された新八が、どうすればいいんだと頭を抱えた。
「乙姫を倒すぞ。それができるのは僕らしかいない」
九兵衛の決意をきっかけとし、彼らは乙姫を倒すべく、檻を蹴破り(神楽が)行動を開始する。
周りは亀だらけ。脱走した地球人だとバレないよう、全員亀の甲羅を背負って列をなし歩いていく。人目につかない場所で作戦会議をし、戦闘能力を計る計測器スパウザーで戦力を計測すると。
「なっ……この数値は!」
「どうしたんですか亀梨さん! 雪子さんの数値、わかりました?」
「な、なんだこれは……未知数だぞ、こんなもの………」
「ふむふむ、なるほど! それで、数値は!」
「あり得ないことだ……一体どういうことなんだ……?」
「早く教えろ亀ェェ!!」
ヨボヨボのババアになった雪子は、若かりし頃の美貌はどこへやら、顔はシワとシミだらけ、豊かな乳房は萎んで垂れ、胸部に不自然な曲線を描いている。
育ての親だという松陽と並んでみても、その差は歴然だ。松陽の母ですと雪子を紹介されても「ああそうですか、息子さんしっかりしてますね」と流されるだろう。
「ものすごい勢いでプラスとマイナスを行き来している……訳がわからない」
その二人をスパウザーで計測しているため、計測不可となるのは明らかである。
「仕方がない……みんなで昆布を持っていこう。一人100枚ほど持っていけばマシになるはずだ」
「なんで昆布もってったら戦闘力が上がるんだよ!!」
「亀梨さん。銀時たちの分は私が請け負いましょう。さあ昆布をいっぱい下さいな」
「松陽先生めっちゃ昆布持っていくつもりだ!!?」
「いたぞぉ! 侵入者だ!」
「見つかった! 散れぇ!!」
亀たちに見つかり、チームは三手に別れた。若く強く美しい神楽、九兵衛チームと、まるでダメなオッサンの長谷川、亀梨チーム。そして残されたジジイとババアの雪子、銀時、桂、松陽、新八チームである。
四つん這いで壁を登っていく女チームに新八が吠えた。
「待ててめーら! ジジイババアどっちか連れてけぇ!!」
「…………」
「無視すんな! 加速すんな!」
普段の神楽なら雪子を連れて行こうとするだろう。しかし雪子にすっかり存在を忘れられてしまって、いじけたらしかった。
なんてこった。薄情な連中なの忘れてた! こんなお荷物を抱えてどこに行けっつーんだよ! 新八が地団駄を踏むと、雪子を背負った松陽が声をかける。
「行きましょう、新八くん。私が彼女を抱えるので、君は銀時と小太郎をお願いします」
「えっちょっ、松陽先生、どっちか一人もおぶってくれたら……」
「これも修行のうちの一つです」
松陽はにっこり微笑んだ。
新八と神楽が松下村塾を訪れたのは、大分前のことである。強くなりたいと願った彼らは、強さの象徴のような銀時や雪子の師であるという、松陽に教えを乞うたのである。
松陽は快く引き受け、指導を始めた。やがて剣や体術を教わるうち、彼らは先生の底知れぬ強さを認識した。
「ある意味君たちの兄弟子にあたる銀時たちが、弟弟子の足を引っ張るなんて」
「まあ、仕方ないですよね……老人にされてしまったのだから」
やがて辿り着いた部屋に眠っていたのは、かつて亀を助けて竜宮城に招かれ、そして時の流れに一人残された浦島だった。そばにある機械には、乙姫の、彼への想いが真摯に綴られている記録が映し出されている。
その全てに目を通した彼らは、乙姫の美しかった魂をしった。同時に醜く歪んでしまった今の想いまでもを。
「哀れよのう、乙姫。長い年月を経て一人年老いていくうち、その思いさえも醜く歪んでしまったか」
「男どもに何がわかるというのじゃ。待ち続ける女の気持ちが」
「雪子さん……」
「女が美しく咲き誇れる時間なぞ一瞬じゃ。だから、心はいつまでも美しく……そう、誰かに教わった気がするのう」
その発言に松陽が眩しそうに目を細める。
すると、轟音が響いて崩れた出入り口から不吉なガスが溢れ出した。
「ここまで老化ガスが! 乙姫は自らの手下までも竜宮城ごとまとめて老化させるつもりだ!!」
「わしらもうじーさんだから関係ないわ」
「何無責任な事言ってんですかァ! 松陽先生、僕たちだけでも逃げましょう!!」
「私もあまり関係ないので……」
「嘘でしょう!? 雪子さんは!」
「誰じゃあおぬしは」
「アンタはいつまでボケてんだ!!」
ツッコミきれない! これまでにないボケの量と、ツッコミ担当が自分しかいない事実に気が遠くなる。
やがて老化ウィルスを破壊する抗ウィルスワクチンを浦島に託され、いよいよ新八の腹は決まった。
「とにかく、この弾を大砲の砲門にブチこんで発射すれば、世界は元に戻るんです!!」
「あの階段を登った先の、ですがね」
螺旋状に積み重ねられた階段は、エレベーターを止められた彼らには地獄のような道のりである。遥か高みを睨みつけて、彼らは駆け上がっていく。
といってもジジイとババアは一生懸命足を交互に前に出すので精一杯である。後ろから乙姫が猛烈な勢いで迫ってくるも、同じくジジイとババアになった仲間たちが止めてくれた。
だが、所詮は年寄りである。膨れ上がった体格と力を誇る乙姫にはハエがたかってきた程度のことだった。
「行かせぬぞオオォォォ!!」
「ぐっ……まずい!!」
「新八くん。彼らを頼みましたよ」
「松陽先生!!?」
死亡フラグを立てて松陽が階段を優雅に降りていく。そう時間もかからずに乙姫のもとまで辿り着いた。
「お嬢さん。先生と少しお話ししませんか?」
「地球人めが……齢三千を越える余をお嬢さん呼ばわりだと? 笑わせる!」
乙姫が懐から取り出したのは玉手箱Gを小型化した武器である。松陽に狙いを定め、引き金を引こうとした瞬間。
「松陽に……手を出すなアアァァ!!」
「雪子!?」
「なぬっ!? ババアのくせに!! 力強っ!!」
松陽さえわからなくなってしまうほどボケていた雪子が、乙姫にしがみついた。
「離せェェ!! 邪魔をするなアァァ!」
「離さぬぞ……! この人だけは、何があっても護らなければならぬのじゃ!」
「雪子、私なら大丈夫です。今は、先に行った二人を追ってください!」
しかし、ババアはババアである。助太刀に来た新八と入れ替わりで、頂上を目指し歩を進めた。理由はわからない。あの人たちが誰かもわからない。けれど、魂が行けと叫ぶのである。だから雪子は汗を流してヨボヨボのまま階段を登った。
玉手箱G十万に相当するガスを濃縮した『天元寿老砲』が発射され、勝利を確信した乙姫は驚愕し腰を抜かした。
ワクチンの外殻が歪み、漏れ出したガスに包まれた人影は、すらりと伸びた背筋と確かな厚みを感じるものだった。風が吹き、姿形がはっきりと映されると、そこには元に戻った雪子、銀時、桂が立っている。
「乙姫ェェェェ!!」
「見しりおけい!!」
「こいつが本物の……」
『ゲートボールじあああ!!』
抗ウィルスワクチンの両端を銀時と桂がハンマーで撃ち抜き、そしてど真ん中を豪快に雪子が蹴り抜いて、大砲の砲門にぶち込むと、眩い光を放って全世界へと拡散された。
無事に世界は救われたが、竜宮城は崩壊の危機に瀕していた。海の深い底から浮き上がった為に溺死の心配はないが、それより前に天井が崩れて生き埋めになる可能性が高い。
避難するよう指示を出す乙姫を、しかし地球人たちは救おうと瓦礫を退かすべく力を込めた。
「なっ……、き、貴様ら……」
「何千年が何というのです。魂が穢れて、朽ちてしまって……それが何だというのです。生きている限り、いつか必ず、共に生きたいと願う相手が現れる。貴女はもう既に出会っているのでしょう。それがどれだけ幸運なことか……」
「さっさと抜け出してくれる、乙姫。あとでアンタに話聞きに行くからさ。教えてよね、浦島との……たった一人を愛した話を」
「珍しいな、テメェがこっち側たァ」
「あー! 雪子殿ぉ! ちょっと聞いてくれよ、お妙さんが相変わらずつれないんだよぉ!」
「はいはい、今日は私も客だからゴリラのドラミングを聞く気はないね」
近藤と土方が呑んでいるスナックにやって来たのは雪子だった。さらにその後ろから現れた男性にシラフの土方が目を見張る。
「連れか? 随分とタイプの違う野郎だな……」
「吉田松陽と申します。片田舎で塾を開いております」
「じゃあ松陽先生だな! さっ、アンタも座りな、一緒に飲もう!」
雪子は馴れ馴れしい顔で近藤の隣に座り、酒を注文すると、手付かずだったおかずを勝手に食べる。さらにその隣に腰を下ろした松陽は、興味深そうに店内を見回した。
「それ俺の!」
「どうせ後で金払ってやっからいいでしょ。私、お前らより金持ってるから」
「いいや、雪子殿に奢られるわけには! ここは俺が持とう!」
「よし二言はないな? 女将、この店で一番高い酒頼まァ」
「最悪だこの女……」
土方がドン引きしている一方で、うぇーいと乾杯した雪子と近藤がぐびぐび酒を飲む。近藤はアルコールのせいで頭が回っていなかった。そこに漬け込む雪子が悪い。
「松陽は何飲む? 近藤が全部奢ってくれるってー」
「私は先に何か腹に入れようかなと」
「お、せっかくだ。土方スペシャルでも頼んでやるよ」
「初対面で何ゲテモノを食わそうとしてんの」
「ゲテモノじゃねーし!」
「あははは、面白いお客さんだねぇ」
背を向けて皿を洗う女将に、雪子が頬杖をして声をかける。
「約束だ。アンタの話を聞かせてよ」
やがて、一人の男が暖簾をくぐり店に入った。
「じゃ、ご馳走様でーす」
「ありがとうございました。私の分まで奢ってもらっちゃって」
「いいんだよ。奢ったのは近藤さんだがな」
「おーい! トシ、早くすまいるに行こうー!」
「今行くよ! ……じゃあな、また」
「おー。妖刀は相変わらずか?」
「ああ。……変わらず、だ」
店の前で軽くやりとりをし、お妙のいるキャバクラすまいるに向かっていった近藤と、彼を支える土方を見送り、雪子と松陽も帰途につく。
「あーあ、真夏のバカンスがなくなっちゃったなぁ」
「次があるからいいでしょう?」
「ふふっ、まーね。そういえばお登勢さんに、良い温泉宿があるって言われたんだったな。そっち行ってみる?」
「へぇ、どういうところですか?」
「ものすっごい田舎のね……」
今度は温泉旅行に行ってスタンドバトルする雪子と松陽です。あとドライバーをやったりします。
今回で恋愛感情深掘りしたかったけれど燃え尽きました。無念。次の吉原篇で「好きでもない男に抱かれることの何が悪いの?」という話が出来そうなので、そこでやるか考えてます。
あと雪子の母についてもちょろっと触れたい。
メインは夜兎vs夜兎ですが。夜兎王決定戦しそう。