造花
「十四郎さん、これ似合うかしら」
「う、うん。似合うんじゃねぇの」
「十四郎さん、この色どうかしら」
「う、うん。似合うんじゃねぇの」
「十四郎さん、話聞いてる?」
「う、うん。似合うんじゃねぇの」
緊張のせいでせっかくのショッピングが台無しになってしまった。そう頭の奥では理解できているが、土方の口から飛び出してくるのは定型文だけである。
同じことしか言えなくなった土方に困ったように微笑んだミツバは、そうだわと手を合わせた。この人をあそこに連れて行けば、いつもの調子を取り戻すだろうから。
「いらっしゃ……あっミツバ! ……と土方」
「こんにちは、二人なのだけどいい?」
「何々デート? 好きな席座りな」
「うふふ。じゃあ……カウンターに」
ミツバがカチカチの土方を連れて訪れた先は雪子の店である。時刻は昼過ぎ、二人の他に客は一組だけ。彼らはカウンター席の端っこに並んで座っていた。
年上の兄と少女の組み合わせで、後ろ姿からミツバは兄妹かしら? と思いながら一つ席を空けて腰掛ける。
「じゃあ雪子ちゃん、いつものでお願い」
「はいよ、土方もそれでいいな?」
「う、うん。似合うんじゃねぇの」
「何言ってんだコイツ」
土方スペシャルと激辛ミツバ丼を準備していると、何かに気づいた雪子が突然包丁を握りしめた。
「? どうかしたの?」
ミツバに返事せず、雪子は包丁を玄関口に向けて投げた。ダーツの要領で真っ直ぐ飛び立った包丁が、引き戸を貫いて外に消え、何かに突き刺さる音がする。
やがて包丁に貫かれたバズーカを抱えて、サングラスをかけた男が店に入ってきた。土方とミツバのデートを尾行していた沖田である。
「あぶねーあぶねー、もうちょっとで俺の首にブッ刺さるところでした」
「人の店を吹き飛ばそうとするくらいだ。テメーの首が飛ぶ覚悟でやってんだろうな?」
「冗談じゃねー。俺が狙ってんのはそこの男ただ一人」
「まあ、この人を狙わないで。私の大事な人なのよ」
「俺は殺し屋、ソウゴ13。いくらお姉さんの言うことでもきけねーや」
「きけやアホ」
「いでっ」
雪子がスパァンと勢いよく頭を叩くと、サングラスが取れて沖田の素顔が露わになる。
正体に気づいたミツバがまあと口元に手を当て、ようやく緊張から解き放たれた(かつ雪子と沖田という喧嘩相手の登場により)土方が喧嘩腰になり、沖田はやれやれとナチュラルに飯を注文する。
一気に賑やかさを加速させる店内で、男の小さな笑い声がした。それに気づいた土方がぺこっと頭を下げる。
「おっと、わりーな。騒いじまって」
「いいや。楽しそうだなと思って」
気品のある顔立ちと穏やかな声。土方に顔を向け、男は顔を綻ばせる。
「民たちはそのようなものを食すのだな。勉強になる」
「まあ! 兄上様、言ったでしょう? みなさんお気に入りの食べ物をホカホカご飯の上にのせるんです! おかずも甘味も構わずに!」
将軍である。征夷大将軍、徳川茂茂その人である。ちなみにその隣でキャッキャしているのがその妹君であらせられる徳川そよである。
「将軍かよォォォォォ!!」
「姫さまかよォォォォォ!!」
警察の二人は正気に戻った。
何故だ。なぜ自分達が命にかえてもお守りしなければならない人が、よりによって危険の塊みたいな女の店で食事をしている。
毒見役は!? 護衛は!? 土方と沖田が店主に詰め寄る間にも、こてんと首を傾げたミツバが話しかけていた。
「こういう店でご飯を食べたことがないんですか?」
「いや、雪子の店には何度も足を運んだが、あまり民の食事を見る機会はなくてな」
「そうなんですね。じゃあ私がおすすめの食べ方をお勧めして差し上げますわ。雪子ちゃん、タバスコを」
「や、しょーちゃんとそよちゃんが食べてるの和食御膳だから。タバスコ合わないから」
「雪子ちゃん」
「っす……」
業務用タバスコを受け取ったミツバが、笑顔で将軍の茶碗に赤い液体を流し入れる。
その様子に茂茂は目を白黒させ、そよは興味津々な顔で見守っていた。
「こ、これが……民が食しているものなのか……?」
「わぁ! 白いテカテカご飯が真っ赤に」
「さっ、召し上がって」
にっこり。麗しい微笑みを前にして、腹をきめた茂茂は一口食べた。白目を剥く。
その後の記憶はない。
「はっ」
「兄上様、ようやくお目覚めに……! うわ〜ん」
泣きついてくるそよを抱きしめて、茂茂は辺りを見渡した。気絶した自分は敷布団に寝かされていたらしい。開かれた襖の向こうは夜の静けさに満ちている。
身を起こせば、天鴉の制服に身を包んだ雪子がすまんと手を上げた。
「命に別状はないから大丈夫だって医者が言ってました」
「あ、ああ……まさかそなたの店で気を失うことになるとは。しかし驚いた。市井の者たちは普段あのようなものを食しているのだな。辛過ぎて天に召されるかと」
「ああ、うん、まあ違うけどそういうことにしとこ」
茂茂と会話をして記憶の混濁なども見られないと確認し、雪子はほっと胸を撫でた。これで何かあったら自分の責任になるからである。
さて、将軍が目を覚ましたことだしと六転舞蔵に報告に行こうとする護衛役を、そよは呼び止めた。
「雪子さん。今日はそのままお仕事ですか?」
「そ。アンタたちが安心して眠れるように護るのが私の仕事だからね」
「だったら一緒に寝ませんか? この前神楽ちゃんから聞いて羨ましかったんです」
「残念。護衛役が対象と一緒にすやすや寝てたら世話ないでしょ」
どこからか枕を取り出したそよに優しく言いつけ、茂茂と目を合わせた雪子が目を伏せた。
「アンタたちが日が登ってる間、無辜の民を護るように。お日様が沈んでる間、アンタたちを護るのが我々鴉のお仕事なの。わかったならさっさとおやすみ」
「ああ。頼むぞ」
「おやすみなさい」
雪子は微笑みを浮かべて襖を閉め、わざと足音を立ててその場を去り、暫く歩いたところでぴたりと足を止める。
一見何もいないように見える通路に視線をやり、短く言った。
「何」
「雪子様、定定様がお呼びです」
「来たか」
部下の声にクッと冷笑を浮かべた。
大嫌いなお仕事の時間である。
朧と雪子が共謀し生み出した天鴉は、天照院奈落を前身とする。名目上天導衆の配下とされており、幕府中央暗部お抱えの暗殺部隊という実態に変わりはない。
が、その実は真逆の様相を呈していた。
二人が組織を一新した際に、天導衆と繋がりのある者は排除していた。よって現在の構成員はみな帰る場所のない人殺し共である。どいつもこいつもお天道様の下を大手を振って歩けないのである。
それ故にいつでも天導衆に反旗を翻せるよう、着実に準備をしていた。天導衆に刃を向け、真の主君に仕えることができるようにと。
桂や高杉一派が力を蓄えるまで、雪子と朧は耐え忍ぶ戦いを選んだ。だからそれまでは、来るべき時がくるまでは、大人しく従順なふりを見せていた。
そうして十年の月日が経った。腐れジジイの痔が暴走するには、充分過ぎる時間である。
「儂は夜が嫌いだ。日出ずる国を支配したとて、日が落つる夜は手が届かぬからだ」
十年以上前、雪子と朧にはとある任務が下されていた。当時は彼らの弱さ故果たされなかった指令である。
「何を御所望で」
膝をつき、首を垂れる。恭順を示した姿勢をわずかに乱すことなく、雪子は問うた。その口に歪な狂気を色濃く滲ませて。
「夜王が鳳仙、その首を。今度こそ吉原を我が手中に収めるのだ」
常夜の国、吉原。
地下深くに積み上がった紅い建物には、美しい女たちがひしめいている。ぼんやり灯る通りを歩けば、至る所から雌雄が絡み合う音と匂いが体に巻き付いた。
一見華やかな男の天国だ。しかし一歩路地裏に入れば簡単に道理を踏み外すことができる、かぶき町以上の治安の悪さが残る街である。
「いつ来ても変わらねぇこって」
雪子は暗い天蓋を見上げて言った。
夜王・鳳仙の暗殺。その任務を今度こそ遂行するため、まずは潜入して情報を集めるところから始まったのだ。
彼女が遊女として別の暗殺任務を果たしたのは十年以上前のこと。あれから情勢が変わり、建物の構造はさらに複雑になった。侵入・逃走経路も練り直さなければならない。
吉原自警団のメンバーも入れ替わり、警備の人材も様変わりしている。任務の障害となる要素は徹底的に調べ、対策をする必要がある。厄介な相手がいるなら、ぜひ戦ってみたいものだった。
そして夜王の気迫もまた、ずっと深く研ぎ澄まされ、渋く洗練されているのだろう。あの時の迫力や殺気を思い出せば、心が沸き立つ。
ああ、早く鳳仙と戦りたい。この十年で私はもっと強くなった。鳳仙とサシでやり合えるくらいに……と好戦的に光る瞳が、一人の女を捉えた。
「ぬしら、薔薇にはそっと触れねば……棘が刺さるぞ」
吉原自警団・百華最強の番人、月詠である。初代頭領から代替わりした現頭領。つまり現段階で鳳仙に次ぐ吉原No.2の実力者だ。
そんな彼女は、遊女に手を上げた邪魔者をその手で排除していた。派手な血飛沫をあげた肉塊とは対照的に、彼女は一切汚れていない。鮮やかな手腕だった。腕を上げたな、と雪子は悟られないよう観察しながら月詠とすれ違う。
「……」
その時、月詠は雪子の顔をちらと見た。サッと全身を流し見て、警戒すべき相手ではないと判断し通り過ぎる。
立ち居振る舞いも一般人のそれだったし、暗器を隠し持っているようにも見えなかったのだ。脳内リストにある要注意人物とも一致しない。だから月詠は雪子のことを「ただの通りすがりの一般人」と認識した。
以前雪子が任務で潜入した時に顔を合わせているのだが、あれから十年以上経過している。乙女の成長は早い。事前に資料で顔を見ていた雪子と違って、月詠が気づかないのも無理はない。覚えていなくて当然だろう。
加えて、雪子が変装していたならば。
「ふぅん」
雪子は男装していた。シリコン製の筋肉ボディスーツを着用し、体格ごと男らしく見せていた。カツラを被って髪型も変えており、メイクもしている。男性のような低い声も出せるので、今の彼女はパッと見男に見えた。
女の国では一般人の女が単独でウロウロすると非常に目立つ。しかし遊女に扮した格好は経験済みだ。同じことをやるのもつまらない。
そういうことで、雪子は男として吉原に潜入していた。
「月詠ちゃんは私のこと覚えてないか。じゃあ日輪さんもだろうな」
口の中で呟くと、ゆらゆらとした足取りで吉原の街を歩き情報を集めていく。
通りの脇には小川が整備されていて、色鮮やかな錦鯉が優雅に泳いでいる。昔とは違う景色だ。軒下に吊るされた提灯の数も、以前と比べてかなり増えている。増設された怪しげな設備も気になるところ。
それは吉原が抱える利益がたらふく豊かになっていることの現れだった。定定が涎を垂らして欲したのも納得の潤沢さである。
やがて一際大きな楼閣を目指せば、見物客がちらほらと屯していた。雪子もそのうちの一人に紛れ、視線を上げる。「遊」の字が力強く浮かぶ巨大な提灯が鎮座していた。
そんな屋敷の中央に、燦然と輝く玉貌の女がいた。朱塗りの欄干が積み重なった最上階に、大事に大事に飾られている。まるでお人形のようだった。
地上の騒めきなど関心外とでも言うように、彼女はおとがいをツンと上げて気高く天を見上げている。
吉原一の花魁と名高い日輪太夫だ。彼女を見るのも十年以上ぶりだが、その時雪子は違和感を覚える。
「なんだろう。……なんか、暗い?」
ぽつりと呟く。日輪は絢爛豪華な衣装に飾られて、艶やかな灯りに照らされている。一度見たら忘れられないような美しさだ。しかし、そこに翳りがあるように雪子には感じられた。
……気になる。それに話に聞くと、日輪は客を一人もとっていないらしい。そこも不自然だ。前はそんなことなかったのに。
あんな一等目立つ場所に飾りつけて、何もさせず、誘蛾灯の役割でもさせているのだろうか。
きっとそこには鳳仙が関わっている。鳳仙は日輪が大のお気に入りだった。しかし当時の扱い方と今のそれは、種類が違って見える。過保護というか監禁というか、ともかく毛色が違ったのだ。
「めんどくせぇけど調べるか〜」
早速部下に共有して、と先のことを考えながら雪子が日輪から視線を外し、少し歩いたところで。
「ちょっと遊んでくか?」
「おいおい、呑気なこと言ってるんじゃないよ。じーさんとの交渉に臨む前に、下調べを……」
「───」
番傘を差した男二人とすれ違って、途端に全身の毛穴が開いたような、神経が鋭く敏感になったような、そんな状態になった自分に驚いた。
体が強者の気配を感じ取って警戒モードに切り替わったのだ。今は一般人のフリをしているから、表に出すことはしないけれど。
歩行にも影響はない。動揺を周到に隠し、雪子は平常通りの顔つきで歩く。しかし聴覚を研ぎ澄まし、後ろの男たちの会話を盗み聞いた。
「あのへんのランクなら帰りがけに遊んでみてもいいかもしれねェが……」
「ありゃダメだ。あんたたちじゃ届かねェ。日輪太夫。この街一番の花魁だ」
突然男たちの会話に割り入ったのは少年だ。裏道に身を隠した雪子は、息を詰めて物陰から彼らの姿を確認する。
男たちの風貌は、見るからに常人離れしていた。着古した戦闘服とマント。そして陽の光を恐れるかのように、空が閉ざされたこの街でも番傘を差している。
───夜兎だ。それも歴戦の夜兎。相当強い。特にくたびれた冷えた雰囲気をまとう男の方は、かなりの手練れだ。
「……」
一方で少年はただの子どものようだった。髪はボサボサで肌も薄汚れている。明らかに保護者のいない孤児といった印象だが、吉原ではありふれた存在だ。
どう見てもカタギじゃない男たちの会話に参加した度胸は素晴らしいが、それ以外は至って普通の幼い少年である。
「あの女はもう、オイラが先にツバつけてんだ。……おっさん、今日も持ってきたぜ。ちゃんと帳簿につけとけよ」
「!」
と思ったが、なんと少年は日輪を買うために毎日金を渡しているようだった。
あんなガキが花魁を!? と雪子はギョッとする。かぶき町には一歩大人の世界に足を突っ込んだクソガキがちらほらいるが、吉原ってそこまで進んでんの? 足どころか全身たっぷりローションに浸かってるんだけど!? と内心大騒ぎである。
しかし少年は本気のようで、見世番に紙幣や小銭を渡すと、サッと姿を消していく。
……あんなの、見世番の男に金をくれてやっているようなものなのに。「その歳で女を買うなんてやめとけよ」という大人も「騙されているよ」と正してくれる親もいないのだろう。
可哀想にと思わなくもないが、そういった子どもはどこにでもいる。わざわざ関わるまでもない……と雪子は自分に言い聞かせた。
そこに。
「っ、」
一人の男がゆっくりと歩み出た。街の喧騒を一歩一歩断ち切るような、異様な雰囲気の男である。彼もまた先にいた男たちの仲間なのだろう。同じ格好に、丈夫な番傘。夜兎である。
しかし他二人とは比べものにならない密度の強者の気配を漂わせていた。雪子の警戒心がその男に集中する。
男の顔はわからなかった。包帯でぐるぐる巻きになっていて、隙間から覗く双眼は鋭い。背丈やガタイはまだ他の男たちの方が大きい。恐らく若い。歳の頃は沖田と同じくらいだろうか。
「やれやれ……やっとのお出ましですか。団長」
「使えそうだね、あの女」
彼らはそんな会話をしていた。
団長、と聞いてまずピンと来るのは『春雨第七師団』だ。鳳仙はかつて春雨第七師団団長だった。同族である夜兎の男が同じポジションにいるのは何ら不思議ではない。
しかし、なぜ吉原に宇宙海賊春雨が? ここの人身売買を取り締まっているのは奴らだが、ただ仕事の話をしに来ただけ?
それとも
夜兎が三人か。いや、もっといるかもしれない。こりゃ一筋縄ではいかないなと雪子は思う。
そして懐から透明の小袋を取り出した。朱印が押された白い粉と吸引器を目で確かめる。
「このクスリも奴らの仕業か?」
近頃江戸中に出回っている薬物である。この存在は警察内でもかなり危険視されていて、主に真選組が対処に当たっていた。
その情報と実物は雪子にも渡っており、薬の出所は吉原だという情報も握っている。
となれば春雨が薬物売買にも関わっている可能性は大いにある。クスリなんぞには興味ないが、真選組に貸しを作れるのは悪くない。そっちの線も探ってみようか。
「ふぅん、面白くなってきたじゃん」
ただの暗殺任務が、夜兎の登場とクスリ案件で複雑になってきた。
ただの暗殺任務というが、夜兎族の王とまで呼ばれた怪物を相手にするので、並大抵のことではない。
しかし雪子の心に不安や恐れ、驕りは一切なかった。彼女は自身が強いことを確信しており、純粋に夜王を打ち倒せるかという好奇心でワクワクしている。
しかも他にも夜兎が出てくるなんて嬉しい誤算だ。強い奴と戦える。
血と戦場は彼女の大好物だった。早くその時が来ないかと武者震いするほどだった。
男装させるかちょっと悩んだんですけど、この先やりたい展開があるのと、劇場版に出てきたほとんどの男が女装してたんで雪子にもしてもらいました。
吉原篇はみんな何かしら変装していたので、彼女もずっと変装してると思います。