お家に帰ろう   作:睡眠人間

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下準備

「面白いどころの騒ぎじゃなかった」

 

 屋根の上で街を見渡す雪子が、笑いを堪えるように言った。

 しばらく吉原に潜入して部下も使い情報収集する内、とんでもない事態になっているとわかったのだ。

 

 まず、遊屋の前ですれ違った夜兎族の男三人について。彼らは雪子が予測した通り、宇宙海賊春雨の団長と団員だった。身元が判明し、顔写真と照合したことで名前もわかった。

 団長は神威。くたびれた男は阿伏兎。三つ編みの髭の男は云業。

 そして神威の顔に雪子は見覚えがあった。

 ……神楽に似ている。同じ髪色に同じ色の瞳。取り寄せた顔写真から、話に聞いていた兄だろうかと考えた。親殺しの風習を実践しようとし、夜兎の本能を忠実に受け継いだような闘争本能の塊だと父である星海坊主は言う。

 もし本当に神楽の兄だとして……しかし雪子には躊躇う気持ちは微塵も生まれなかった。

 むしろ戦ってみたいとさえ思っている。それは残りの二人に対しても。

 

「んで、八年前の逃走劇か」

 

 感じていた日輪の扱い方への違和感の正体は、きっとこれだ。

 鳳仙は日輪が逃げることを恐れている。恐ろしい執着心が彼女を地獄に縛り付けている。

 そして日輪を買おうとしていた小汚い少年。名前は晴太。八年前、日輪が吉原から逃げてまでも護ろうとした赤子である。

 晴太を拾って育てた親代わりの爺も三年前に他界し、それ以来彼はスリをして生計を立て、金を吉原に落としている。

 日輪を買おうとしていたのは、自分の母親に会いたいからだろう。頼る身寄りもない、学もない、そんな子どもが切に願い必死になって母を求めるのは、当然のことのように思った。

 しかし、と雪子は目を細める。

 恐らく日輪が晴太の実の母親でないと理解していたからだ。

 

「吉原一の花魁が妊娠、出産? 鳳仙の目があるんだから無理に決まってる。十中八九別の女が身籠って、代わりに地上に逃げたってところだろ」

 

 実際に吉原で遊女になり、日輪の周りを嗅ぎ回ったことがある雪子は、ほぼ確信していた。晴太が探し求める母親が日輪ではないことを。

 そして晴太に薄っすらとした同情をしていた。唯一の希望である母親が偽物だと知ってしまったら、彼はどんなに傷つくだろうかと。

 幼い内に母親を組織に処刑された雪子だが、彼女の記憶の中に母親は存在しない。存在しないから何かを思うこともなかった。雪子にとって母と子の絆というのは、彼女が感じるものよりずっと軽い。

 

「で、まさかお登勢さんとこで世話んなってるなんてね。万事屋が出張ってくるのも時間の問題かな」

 

 情報によると、晴太は地上のスナックお登勢で働いているらしい。そこで得た給料をまとめて持ってくるようになったと。周りに気にかけてもらっているようで、頬は丸くなり小綺麗な身なりに変化し、やっと普通の子どもらしい柔らかい表情も浮かべるようになっていた。

 となれば、その上の階の住民である万事屋とも接点ができたはず。あのお人好したちが晴太の話を聞いて何もしないわけがない。

 その内晴太と日輪を会わせる為に吉原に乗り込んでくるだろう。そうなれば鳳仙や百華は阻止する為に動く。一騒動起きそうだ。

 と、ここまでに春雨と万事屋という二つの勢力が出てきているが、話はそこで終わらない。

 

「ヅラと真選組もいるなんてね。狙いはクスリか」

 

 更に桂一派と真選組が吉原に潜入していることを雪子は知っていた。

 桂はチンドン屋に変装し、座辺寿という店をやっていた。相棒のエリザベスはザベス太夫になり、ジャスタホールを売りつけるとんでもない商いを始めていたのである。

 初めて見た時は「いつ見てもヅラって頭おかしいな」と思ったものだが、意外や意外、店は繁盛しており潜入作戦は成功している。

 きっと江戸中を騒がせている薬物の出所を探る内、桂も吉原に辿り着いたのだろう。となれば協力できそうなものだが、同時に真選組も現れたのでそれは難しいようだ。

 

「しかもゴリラが自ら檻に捕われてるし」

 

 近藤はゴツい体を着物で何重にも隠し、顔を白塗りして遊女に変装していた。絶対に向いていないのだが、本人はノリノリだった。

 そして土方や沖田、山崎といった主要メンバーもそれぞれ潜んでいる。目的は攘夷党と同じく薬物だろう。ついに検挙するべく本格的に動き出したのだ。

 まさか幕府中央や天人が政治的に絡む吉原に真選組が乗り込んでくるとは思わなかったが、だからこそ突っ切ってくる威勢の良さには心を打たれる。

 兎にも角にも、舞台は整い演者が揃ったということだ。

 

「劇場版みてーなメンツ」

 

 晴太の為に吉原に乗り込むだろう万事屋。

 歴戦の夜兎が率いる宇宙海賊春雨・第七師団。

 吉原の元締めであり夜兎族の王・鳳仙。

 元遊女で構成される吉原自警団・百華。

 薬物検挙に動く真選組。

 同じく攘夷党・桂一派。

 そして幕府中央部・暗殺部隊の天鴉。

 

 とんでもないメンバーが揃い踏みなので、雪子の心臓は高鳴った。

 早く戦いたい。早く殺し合いをしたい。夜兎の本能を飼い慣らす彼女は、焦がれる闘争心に急かされるように笑みを漏らす。

 しかし、ここまで注意深く情報収集に時間をかけたのは、理由があった。

 

『だから助けてって言ってくれ。そしたら、俺が必ずお前を護るよ』

 

 煉獄関での斬り合いの末に、20年越しに伝えられた銀時の言葉。

 

『うむ。ならば約束してくれ。自分の身を大切にすると』

 

 紅桜に我が身を委ねようとした雪子を叱責し、二回目の約束をした桂との指切り。

 

『……教えてくれたから、許す』

 

 約束を破ったことを自ら明かし、謝った雪子に許しを与えた高杉の温情。

 それらが雪子の意識に変化を起こしていた。家族のように大事に想っている幼馴染たちからの言葉が、『彼らの前では強く在らねばならない女』の強情な仮面を少しずつ柔く変容させていたのである。

 さらに。

 

『でも、でも……雪子が傷つく姿は見たくないヨ』

『僕たちには雪子さんの事情はわかりません、でも……あなたは本当にこの人を殺したいんですか』

 

 伊東と鬼兵隊の策略により真選組が内部分裂の危機に瀕した時、雪子を止めるべく必死に言葉を投げかけてくれた神楽と新八。

 この二人はずっと雪子のことを心配し、頼り、信頼してくれていた。その直向きさに知らず知らずのうちに絆されていたのである。

 

 故に雪子には彼らを不安にさせないように動く責任が生まれていた。

 強者と戦いたい気持ちと、大切な人たちを悲しませたくない気持ちの両方を抱えて、彼女は吉原に降り立った。

 相手は夜王・鳳仙と第七師団団長・神威。極上の獲物を前にどこまでブレーキがかけられるかは、雪子の意識次第である。

 だからせめて傷を増やすことはないように、自分を大事にできるように、事前にできる下調べには余念がなかった。

 

「あとは、そうだな……」

 

 各陣営の情報を得た雪子は、もう一つやるべきことを思い出し、ピュッと短く口笛を吹いた。

 

 

 

 

 

 

 鴉が飛んでいる。

 黒い俊敏な生き物が狭い路地裏を滑空している。

 この吉原には空がない。だから猫やネズミのような、地を這う生き物以外の存在はとても目立つ。

 

「……」

 

 吉原に潜入し江戸を騒がす薬物の調査をしていた山崎は、目の前を横切った鴉を追いかけた。

 たまたまそれを見た時は「へー吉原って地上と繋がってないけど鳥がいるんだぁ」とポケッとしたものだが、二羽目が出てきたので偶然ではないと確信したからだ。

 偶然でないことには何か理由がある。優秀な監察というのは、わずかな疑問を拾い上げてこそ務まるというものだ。

 

「しかも鴉ってことは、絶対あの人が関わってる……!」

 

 山崎は、鴉がここにいる理由を「天鴉がいるから」と認識していた。他の組織員ならわざわざ鴉を見せびらかすようには飛ばせないはず。となれば発見させたのは、吉原に自分がいることをアピールするためだろう。

 誰がそんなことをした? 以前も山崎に見せつけるように鴉を使役していた人物がいる。

 その人に誘われるように、鴉を追いかけて人気のない路地裏の奥まで走っていく。

 

「ザ〜キ」

「ヒッ」

「ちょっと面貸せ」

 

 案の定、暗がりからヌッと顔を出した男に山崎は首根っこを掴まれて、闇に引き摺り込まれた。ものすごい力だったのでロクな抵抗もできず、行き止まりの壁側に立たされた山崎は両手を上げる。

 

「だっ誰ですかアンタ!? 俺はたまたま通りすがっただけの一般人です! この顔どう見てもパンピーでしょ?」

「おーおーそうだな、モブ顔だわな」

「誰がモブだコラッ! 急に出てきたてめーの方が余程モブだろーが!」

「あぁん? てめェ誰に向かって口聞いてんだオイ」

「えっ、誰ってその、初めましてだし……」

 

 暗闇では顔も満足に見えず、男の声は知らない人間のものだ。だから山崎は噛みついたのだが、相手は山崎の顔を知っている口ぶりである。

 どういうこと? と頭にクエスチョンマークを浮かべる山崎に対し、相手はボッとライターをつけて自らの顔を照らした。

 

「私だよ私」

「だっ誰?」

「雪子。今男装してんの。顔はメイク、体は筋肉スーツね」

「すんませんっしたアアァァ!!」

 

 素の声に戻った雪子が名乗れば、山崎は地面に頭を埋め尽くす勢いで土下座する。

 まずい。顔や声、髪型、体格までも変えられていてわからなかった。まさか雪子だったなんて。いやわかりやすく鴉を飛ばしてるから絶対この人だと思ってたけど、知らない男が出てきたから変な奴に絡まれたと思っていた! やられた!

 山崎は死にたくないと震え上がっている。その様子に雪子は満足そうな笑い声をあげた。

 

「すぐに土下座するなんて、躾ける手間が省けてよかった。ザキ、お前は私の何?」

(しもべ)です! 何でも使ってやってください!」

 

 伊東の手により処分されかけた山崎は、雪子に忠誠を誓うことで命を救われている。そう脅されたので彼は雪子の命令に逆らえない立場だった。

 この人は横暴で自己中心的な性格をしている。どんな無茶振りを強いてくるかわからなくて怖い。

 何を言われるか恐ろしくてたまらない山崎は、額を地面に擦り付ける。しかし彼の予想とは裏腹に、雪子の命令はシンプルなものだった。

 

「真選組は薬の始末をつけに吉原に来たんでしょ? 何か情報、掴んでる?」

「……はい?」

 

 間抜けな声を出す。それでも雪子に命じられるまま口を割った。

 彼女もまた警察の立場にいる。しかも直属ではないが上官だ。お上と密接に関わる位置にいる女に、山崎は洗いざらい情報を吐く。

 

「へー、事業を仕切ってるのは猿赫ってNo.2か」

「はい。猿のように毛深い天人です。同種族も数名潜り込んでいると」

 

 薬物の取引に関してはあまり知らなかった雪子は、山崎を利用してその分を補った。

 事業の首謀者は春雨とは別だったらしい。天人であることに変わりはないが、猿赫一味も海賊崩れとかその辺りだろうか。

 昔から続く人身売買は春雨のテリトリー。そこに新規事業として薬物を展開し、別の一味が出てくるとなれば、吉原の戦力の全貌は未だ見えなかった。

 いや、姿形が異形であれば噂はすぐに広がる。きっと猿赫とやらも遊女や一般客に変装して紛れ込んでいるのだろう。薬の取引や輸出の時にだけ姿を現して……と考え込む。

 

「あと、これが鳳仙の屋敷の見取り図です。クスリの保管場所まではまだ掴んでないので、もう少し探ろうかと」

「ああ。それならここの連絡通路だよ。最近増設されて、地下工場とも繋がってる。ここから地上に回してるみたい」

「えっ!? 本当ですか? 急いで調べないと」

「検挙しても上が揉み消すだろうけどね。鼻薬を嗅がされた幕閣がわんさかいるから」

「むむ、そうなると正攻法は難しいですね」

 

 一方で、ターゲットとなる鳳仙周りは嗅ぎ回っていたので怪しい場所は調べている。その情報を伝えると、山崎は違うやり方での対処を編み出すべく眉間にシワを寄せた。

 しかしすぐに顔を上げて質問する。薄ぼんやりと照らされた女の顔は、知らない男のように見えた。

 

「って、雪子さんはどうしてここに? ウチと同じように薬目当てですか? 手柄の取り合いになるのは副長が怒るから嫌なんですけど」

「うんにゃ。別件」

「……別件って?」

 

 嫌な予感に駆られながら山崎が慎重に問えば、雪子がクッと口角を上げる。

 

「鳳仙の暗殺任務」

「あんさっ……」

 

 言葉を失う。それは軽々しく口にしていい範疇を超えていた。

 絶対的な・圧倒的な支配者を殺すなんてことは不可能に近い。真選組でさえ手を焼く以前の相手だからだ。軍隊一個どころか戦争が始まる規模の強さである。

 しかし同時に、この人ならあの夜王を倒せるのではと思わずにはいられなかった。それだけの強さを持つ女であることを、山崎は知っている。

 だから否定も肯定もせず、静かに「そうですか」とだけ返した。

 

「私が吉原をメチャクチャにするから。巻き込まれたくなかったらその前に逃げとけよ」

 

 メチャクチャに()()ではなく、()()と断言するところが雪子らしい。

 フッと苦笑を滲ませた山崎は、ふと思いついたことを深く考えず口にする。

 

「俺に情報を与えて真選組が先に動くように仕向けるのは……俺たちを巻き込まないようにするためですか?」

 

 すると雪子は目を丸くした。予想外の質問に驚いたらしい。しかしすぐに視線を鋭くして。

 

「違う。暗殺任務(メインディッシュ)の邪魔をされたくなくて、アンタたちを追い出したいから」

 

 とだけ早口に言った。

 まばたきをする間に姿を消した暗殺者の影を追って山崎は仰ぐ。

 太いパイプが犇く天井に、鴉はもうどこにも飛んでいなかった。

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