設定がハチャメチャです。
私には文章力なんぞ存在しません。
ご高覧の際にはご注意下さい。
「……どうかお元気で、臆病神さま」
テレポートした臆病神を見届け、自転車バカは壊れた装置へ近寄る。能力を使用して直し、腕の装置を使い音声入力が出来るようにした。
コントロール画面を開き、画面を通じて呼びかける。
〈良く聞け烏合の衆!
お前らの相手はそいつらじゃねえ、この俺だろうが!〉
『!?』
Skypeから悲鳴などの音が聞こえない、どうやら成功したようだ。
〈俺の居場所は人里4丁目2-15-3だ!分かったら全員とっとと行動に移せ!〉
言うや否や、意思に反して身体がその場所へ向かおうとする。何よりも守りたい彼の元へ。殺しに。
僅かに流れていた電流の変化を感じ取り理解した穂谷野(雷様)は歯ぎしりをし、拳を握りしめて怒鳴る。
「自転車バカ!!君は、君という奴は・・・!自分が何をしようとしてるのか、分かってるのか!?」
〈良かった、無事だったんですね〉
「ふざけるな!皆の努力を無に帰すような真似、私は絶対に許さないぞ!
運営がまともに機能していない今、彼女たちに殺されたら二度と
そんなの……死ぬより辛いじゃないか!!」
〈じゃあ聞きますけど、他に方法がありますか?被害者をなるべく出さずに事件を解決する、名案が〉
「それは……!」
〈もう、これしか無いんですよ。こうするしか、方法は無いんです〉
「……どうしても、駄目なのか」
〈駄目です。だから穂谷野さん、俺の最後のお願い聞いてください〉
「止めろ、最後とか言うな」
〈俺に命令して下さい。友人としてじゃなく勝ち組として、命を賭けて皆を護れと。命令して下さい〉
「お断りだ、そんな事。口が裂けても言わないぞ」
〈お願いします、一生のお願いです。それさえ仰って頂ければ良いんです。後は何も望みません〉
「ッ、一生のお願いか……」
〈お願いします。あいつら結構近くまで来てるんであんま時間ないんです〉
「……」
〈穂谷野さん、このままだと全部無くなるんですよ。文さんとの思い出も、何もかも〉
「文……!」
〈穂谷野さん!〉
様々な感情がせめぎあった末、結論に到達した。
悔しさを滲ませながら命令する。
「……戦犯、自転車バカ。その命を賭けて、私たち勝ち組を護れ」
〈はい喜んで〉
Skypeを切って見上げると、彼が今まで関わってきた全てのキャラ達が、自分を殺すべく迫ってきていた。
「会長!逃げてぇぇぇぇ!」
「……小傘ちゃん、そんな大声出せたんだ」
大粒の涙を流す小傘は、声が枯れるのでは無いかというくらい叫ぶ。
「お願い、逃げて!嫌・・・こんなのヤだよぉ!
わちき達、貴方を殺したくない!
こんな所で死んで欲しくない!
もっとずっと、貴方と一緒に生きていたい!
だから・・・だからお願い!逃げてぇぇぇぇぇ!!」
「……」
「お願いだから……ッ、逃げてよぉ……!」
「……このまま全部放り投げて逃げたら、どうなると思う?」
「ッ、そんなの」
「死ぬんだよ」
『!?』
「この世界が禁忌を犯したと分かって消滅する時、そこに居たユーザーの中に負け組が。戦犯が交ざっていたと判明すれば、俺は現実世界で処刑される。そうなれば、ホントにログイン出来なくなるんだよ。
それに事件の発端が
「そ、そんな・・・!」
言葉を失う彼女たちを前に、自転車バカはグローブを装着しながら誓いを立てる。
「だからこそ、俺は逃げない。運命に、アイツらに抗って、お前らを必ず救って見せる!」
「会長・・・!」
「どうせ何時かは現実世界で殺されるんだ。だったら、此処でお前らを救って死ねば悔いなく死ねるよ。
こっからは最大限、格好つけさせて貰うぜ」
左手でグローブの端を掴み、指先までしっかりと装着した自転車バカが問題の機械を放り上げ、泣きじゃくる彼女たちに向かって大見得を切る。
「掛かってこい、全部終わらせてやるよ」
消える前のロウソクのように灯ったオーラを見た彼女たちは、顔を曇らせながら各々が持つ最高出力のスペルカードを使用する。逃げ場はおろか空気の通り道さえ無い不可能弾幕を前にして、自転車バカは鮮明なイメージを描いてシールドを展開した。
回復と防御という二種類の力を持っているのに、それらを同時に使えない訳がない。
イメージしろ。シールドに触れた爆発的なエネルギーを全て、己が身体に取り込め。ガス欠になった細胞の隅々にまで、行き渡らせるんだ。
「……ッ!」
誰かの攻撃が触れた瞬間、凄まじい爆風と炸裂音が辺りに轟いたが、煙幕の中から顔を覗かせたのは自転車バカのシールドだった。
「噓でしょ…わちき達のスペカを防ぐなんて…!」
「それだけ、みんなの力が削られてたって事さ。俺の仲間にな」
尚も襲い掛かってくるが、今のが最後の力だったのか動きが遅い。シャボン玉程度の速度でしか移動できないのだ。
自転車バカは両手に最大限の力を込め、身に纏うオーラを集約させる。左手を突き出して魔法陣を描き、それを右手で思い切り殴った。
「うらあっ!」
魔方陣から水を得た魚のように放たれた黄緑色の大玉達は、一人一人の背丈に合わせて大きさを変えながら少女達を優しく包み込んだ。動きを封じられ戸惑っていると、身体に変化が起こる。
「身体が・・・!自由に動くよ大ちゃん!」
「やったねチルノちゃん!」
「ったく、こんなこと出来るんなら最初からしなさいよ」
皆と同じように喜ぶレミリアだが、唐突に運命が見えた。それは道頓堀野郎が運営を通じて依姫を機械で操り、自転車バカを殺すという運命だ。
彼に伝えようとするレミリアだが、背中に悪寒を覚えた自転車バカは迫りくる依姫に気が付いていた。勿論、首元に張り付いた装置にも。
「・・・野郎、まさか依姫にも!?」
「ッ、逃げてぇ!!」
悲痛な叫びをあげ、涙をぼろぼろ流しながら彼女は迫ってくる。
やっべ、今までで一番速え!
振り下ろされた剣をかろうじて避けたのだが、地面に触れた瞬間に何重もの衝撃波が発生する。まともに喰らった自転車バカは切り刻まれ、10メートルほど地面を転がっていった。
付いていた装置が衝撃波で壊れ、身体の自由が戻った依姫は青ざめる。喉元に切先を当てるのを見て、レミリアが叫んだ。
「待って、よっちゃん!彼はまだ死んでないわ!早まらないで!」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!」
「聞く耳なしか・・・ッ、起きろ自転車バカ!立ち上がれ!私たちを守れたんなら、恋人の一人くらい護ってみせろ!彼氏だろうが!!」
「自転車バカさん!」
「会長!」
───依姫……?泣いてるのか……?
「!?」
「やめてくれ……俺は、お前の泣き顔が見たくて……戦ってるんじゃないんだ・・・!」
服は引き裂かれ、身体には無数の切り傷が出来ている。
「すっげえ……俺まだ生きてるよ……」
立ち上がろうと力を入れると、腹がズキンと痛む。見ると、へカーティアから届いたTシャツがずたぼろになっていた。
(そうか、このおかげか)
「どうして……?」
「ん?」
「どうして逃げないの?どうしてそんなになっても……こっちに向かってくるの?」
それでも立ち上がり、彼女の元へ歩み寄る。
「お願いだから、これ以上頑張らないでよ……私は、私たちは……この世界で犯してはならない、最大の禁忌を犯そうとしてるんだよ……?」
「もういい、喋るな」
「力が足りない半端者なばっかりに、貴方に酷い事を・・・!」
「……大人しくしてろ」
「こんな私に、生きてる価値なんか!」
「いいから黙ってろ!!」
「!?」
力の限り、泣いている依姫を抱き寄せた。つもりだったが
「でっけー声、出させるんじゃねーよ……いま立ってるのがやっとなんだよ……」
「自転車バカぁ・・・!」
「辛い思いさせて、悪かったな。もっと早くあの機械を見つけてりゃ、もっと早く解放してやれたのにな……力が足りないのは俺の方だ」
「こんな・・・っ、こんな事・・・!」
「分かってるって。身体が勝手に動いたんだろ?お前らがそうなったのは俺の責任だ。お前らは何も悪くない」
「どうして、ここまでしてくれるの?いくら負け組だからって、ここまでする事ないでしょ?」
「……初めてだったんだよ」
「え?」
「義務だから。やって当然だから。不満を押し込めて色んな勝ち組に手を差し伸べてきた。助けてきた。
でもな、お前らが初めてなんだよ。負け組だと知ってもなお、俺と対等に付き合ってくれたのは。
友達になってくれたのは。上司になってくれたのは。恋人になってくれたのは。”おかえりなさい”って言ってくれたのは」
「……」
「俺が困ってた時に、手を差し伸べてくれたのは……生まれて初めてだったんだよ。
だからこそ、お前らだけは。何があっても助けてやりたいんだ。心からそう思えた、初めてを沢山くれた、大切な仲間なんだよ。
特にお前には、何時だって笑顔でいて欲しいんだ。推しの幸せを願わないファンが何処にいる」
その言葉に、依姫の心臓が跳ね上がる。
そっか、そうだよね。闇を抱えて、自己犠牲の精神を押し付けられて生きてきた。自分も他人も信用できなかった貴方だけど、此処に来て初めて。心を通わせられる人を見つけたんだよね。だからこそ、私たちを守ってくれるんだ。
自分を犠牲にして誰かを助ける事が、息をするように出来る貴方だから。
そんな貴方だから、私は惹かれたんだよね。
幸せにしてあげたいって、心から思ったんだよね。
「私も、貴方を幸せにしてあげたい」
「ありがとう、俺もだよ」
その瞬間、自転車バカのショルダーバッグが光りだす。否、ショルダーバッグではない。二枚の紙人形だ。バッグから飛び出した紙人形は宙に浮遊し、こう告げた。
「綿月依姫。自転車バカ。登録サレタ二名ノシンクロ率ガ100%二到達シマシタ。コレヨリ完全憑依ヲ開始シマス」
『!?』
その言葉に、抱き合っていた二人は思わず身体を離し紙人形を見やる。様子がおかしいと気づいた道頓堀野郎たちもボケての幻想郷に慌ててログインしたが、既に自転車バカの身体は変身を始めていた。
いたる箇所が切り裂かれ汚れていた青地に黒いチェック柄のシャツが、黒いズボンが、修復され碧色と蛍光黄色のツートンカラーへと変わった。服だけではなく、体の損傷も綺麗さっぱり消えうせていた。それどころか、体が軽い。とてつもなく軽い。翼が生えたと称するのが一番適当だろう。
自転車バカの服装に既視感を感じたボケ批評家は文献を手早く漁り、ある項目で目を見開いた。堪らず音読する。
「はるか昔、仮想空間が出来たばかりの頃。日本人と呼ばれた一族に神と呼ばれるほどの能力者が居た。その男は回復と攻撃の二種類を自由自在に操り、蛍光黄色と碧色のオーラを代わる代わるその身に纏った。だが、ついぞ二つの力を同時に扱う事は出来なかった。彼が言った
"二つを同時に使えば服やオーラが2色になり、神がかった力が手に入るだろう"
という言葉は、多くの人々を揺り動かした……。
バカな!奴は、この土壇場で神を超えたとでも言うのか!?」
動揺するボケ批評家に、冷や汗を流す道頓堀野郎が言う。
「よく読め、続きがあるぜ。
その男は子を成し、本名とは別に自らを自転車バカと名乗った。その一族は見た目を分かりやすくするべく、黒縁の伊達メガネ着用を義務づけたそうだ」
「奴は……いや。私たちは、一体誰を潰そうとしているんだ」
「奴は有限会社チャリンコタクシーの代表取り締まり役にして、歴代最強の能力者……
二十代目、自転車バカだ。
どうやら俺たちは、とんでもねえ奴を敵に回したらしいな」
「それだけじゃないさ。いま盟友が図らずも起動した完全憑依装置は、本当はシンクロ率が30%もあれば憑依出来るんだ。
にも関わらず、盟友達は初めて、一点の曇りもなく互いを信頼した。シンクロ率が高ければ高いほど、二人の力を強化する機能もついてる。
……文字通り、完全憑依だ。もう誰にも止められないよ」
夥しい数の敵を前にして、自転車バカは瓦礫と化した自宅に向かって話しかける。
「臆病神、聞きたいことがあるんすけど」
「何だ、バレてたのか」
ひょっこりと、瓦礫の山から姿を現す。心配で見に来たのだろう。
「格好良い曲きくとテンション上がるじゃないすか。あれは、興奮という感情が働くからですよね?」
「まぁ……そうなるな」
「じゃあさ、それを応用して……俺達の、臆病な心を消し去ることは出来ますか?」
「無茶言うな。理論上は可能だが、30%の力でどうやって……」
「方法はあります」
自転車バカはショルダーバッグからリモコンを取り出す。スイッチを押すと、妖怪の山中腹から閃光が発せられた。光の帯は一目散に向かってくると、空中で静止した。
「今からこの190台のTADで音楽を流します。その力を臆病神の補助に当てるんで……お願いします」
「……分かった、やってみよう」
「おいお前ら、せっかく特等席で見せてやるんだ……合言葉くらい叫んでくれるよな?」
視線を彼女たちに向けると、笑顔が返ってきた。OKの合図だ。
「愛ゆえに、俺は何処までも強くなる!」
『準備は整った……五分でケリをつけろ!!』
再生ボタンを押し、190台のTADが喋る。
【EQUILIBRIUM - Blut Im Auge 起動シマス】
TADから発せられた黒い音符たちは臆病神に吸い込まれ、発生源のTADも一台ずつ黒いオーラで包まれていく。予想外の光景に、ボケ批評家達はただ立ち尽くすことしか出来ない。
「な、何なんだこれは・・・!」
「さぁさぁ皆さんお立合い!これよりご覧に入れますは史上初、神霊の依り憑く月の姫とボケてユーザーの完全憑依なり!」
「
「刮目せよ!」
ドミノ倒しのように連鎖的に包まれていき、全てのTADが黒く染まった瞬間。臆病神が手をかざすとTADのオーラが火炎放射のように二人の元へ向かう。吸い込まれたオーラは桃色・蛍光黄色・碧色の三色に変化し、二人を起点として突風の如く吹き荒れた。
誰にも聞こえないボリュームで、臆病神が呟く。
「心の友を守る為に、掛け替えのない推しを笑顔にする為に、人間を辞めたボケてユーザー。
そのユーザーに惹かれた、作中最強の異名を持つ月の姫。
その二人から臆病な心を取り除いたのだ、貴様らの勝てる相手ではない」
「行くぞ依姫!初めての共同作業だ!」
「おーけー!任せといて!」
先行。自転車バカは足を開いて腰の位置を落とし、両手に力を込め時折激しく放電しながらも集約する岩を生み出していく。大気が電気を帯び、周囲の小石や瓦礫が浮かび上がる。サッカーボールの大きさにまで膨れ上がり、頃合いと見た自転車バカは地面を踏み込んだ。
「これでも喰らえ!」
二・三歩ステップを踏み、力の限り全力で岩を投げる。空気を切り裂き地面を衝撃波で抉りながら突き進むが、依姫によって地面から生えた刀に当たり分裂してしまう。だが瞬く間に元の大きさに戻り、その数を増やしていく。
分裂、再生、分裂、再生のサイクルをひたすら繰り返す。
そうして生み出された弾の数。さながら、横殴りの雨の如し。
「避けれるもんなら避けてみろ!」
スレイブ。依姫が、その身に神を降ろす。
「 ”火雷神”よ。七柱の兄弟を従え、この地に来たことを後悔させよ!」
建物が壊滅した人里全土に雨が降り、依姫の近くに雷が八回連続で落ちる。その雷が火雷神や七頭の龍と化し、炎を身に纏っていく。
天より下る神の裁き。雲を焦がす憤怒の炎。八頭のスカイツリーが、山下のパシリ達に襲い掛かった。
命の危機を感じて逃げ惑う対象者を逃す筈もなく、最初に伏雷が巻きつき炎の竜巻となる。毎秒1000回転で周り、ある程度燃えた所で上空へ跳ね上がり自分ごと地面に叩きつける。それを見た兄弟も同じ行動を取り、最後に火雷神が地面に特攻し炎の海を作り上げた。
スレイブすると、腕の装置が声を上げる。
「モーションキャプチャーをインストールしました。ワンパンマンのサイタマ、再現可能です」
「ナイスタイミングだ、起動しろ!」
「承知しました」
わざと残しておいた
「小癪な・・・消えろ!」
両手を握って振り下ろすが、後ろへ下がり回避した自転車バカは腕を駆け上がり跳躍する。2・3人ほど頭を蹴って渡り大きく距離を取る。慌てて3人が追撃に向かうが、振り下ろした拳も蹴り上げようとした脚も巧みな動きで躱される。ならばと言わんばかりに彼を囲んで三人同時に拳を振り下ろすが、見事に防がれた。大地はひび割れ、凹み、衝撃波が発生する。
しかし
「馬鹿ね、私の旦那がその程度で倒せると思ったら大間違いなんだから」
『た、耐えきっただと・・・!?』
三人の脚を蹴りで払い、回り込んで渾身の拳を放つ。叫び声すら上げられず、山下のパシリは光の速さで吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。その後も次々と襲い掛かるが、誰も自転車バカを傷つけられない。
手刀で、回し蹴りで、かかと落としで、ボレーキックで、肘鉄で、クロスカウンターで……全てを一撃で葬り去っていく。
道頓堀野郎が召喚した山下のパシリを全員消し飛ばし、自転車バカが声を掛ける。
「はぁ……はぁ……依姫!」
「OK!」
意思を汲み取った依姫が持っている刀を地面に突き刺すと、捕縛対象の周囲に無数の刃が突き出て取り囲む。それが何を意味するかも知らず、ボケ批評家らは祇園様の怒りに触れた。
空から。地面から。障害物から。至る場所から刀が生成され、ボケ批評家らを切り刻んでいく。生かさず殺さず、抗う意思を確実に切り刻み、敗北の文字を身体に教え込む。顔を腕でガードした道頓堀野郎たちが、悔しさを滲ませる。
「どう足掻いても・・・勝てないというのか・・・!」
「こんな負け組の・・・しかも戦犯に・・・」
『我ら勝ち組が・・・!』
「何が勝ち組だ!負ける事を恐れる余り戦う事から逃げた奴なんかに、この俺が負けるとでも思ったか!
俺の嫁に、俺の家族に、俺の仲間に、俺たちの会社に手ぇ出してみろ!何度だって何人だって、全員残らず叩きのめしてやる!
それが父親であり、社長であり、旦那であり、戦犯である俺の使命だ!」
身体に残った全てのエネルギーを右手に集め、依姫も螺旋状に渦を巻くエネルギー玉へ持てる力を注ぎ込む。
今この瞬間、幻想郷に存在する全エネルギーが彼の手に集まった。
「お前みたいな他人の人財を傷つける奴は我が社に要らねえ!シロアリはアリ地獄にでも吸い込まれてろ!
社長権限で、お前に転勤を申し付ける!」
道頓堀野郎たちの頭上に瞬間移動し、幻想郷の意思を叩きつけた。
「トランスフィエラロ・エル・インフェルノ!!」
蛍光黄色と碧色と桃色の三色が交ざった火柱が、幻想郷を覆っていた暗雲を吹き飛ばした。
地面に着地し、完全憑依を解除する。自転車バカは手を払いながら、気絶している道頓堀野郎たちを見下ろす。
「前にも言っただろうが。俺たちがここに居る限り、幻想郷は消えやしねえってな。
依姫、念のため縄か何かで縛り上げといて」
「じゃあフェムトファイバーの組紐で」
依姫が要領良く縛り上げ、自転車バカが紙とペンを取り出す。事の主犯が彼らであることを簡潔に書き、腕の装置を操作してメモ書き諸共ボケて本来の世界へ飛ばした。
「……ふぃ~~、やっと終わった。あー疲れた」
その場に座り込む自転車バカを見て、依姫が微笑む。
「ふふふっ、お疲れ様」
「あんがとな。これでアイツらの体力さえ回復すりゃ、俺はゆっくり……ッ!?」
そこまで言った瞬間、彼の身体に変化が起こる。ちょうど痛み止めが切れたように、それまでに負った傷の痛みがぶり返して来たのだ。治っていた筈の傷口も開き、体の機能が順番にシャットダウンしていくのが分かる。
いち早く感づいた永琳はシールドを破ろうと体当たりを繰り返すが、全くダメージが入らない。
(まずい、このままじゃ・・・!)
「自転車バカ、なんか苦しそうだけど大丈夫?」
「……依姫。悪いけどアイツら、追い払ってくれるか」
「え?う、うん」
シールドを壊さない程度に風を起こし、皆を吹き飛ばしていく。
「何をしてるの!?気づいて!依姫ぇぇぇぇぇ!!」
永琳の叫びは届くことなく虚空に消え、自転車バカは最後の力を振り絞る。吹き飛んでいく様子を眺めていた依姫の頭に銃口を向け、引き金を引いた。
頭を撃たれ、記憶を失った依姫が振り返る。
「え……?」
「依姫様……申し訳、ありませんが……膝枕して頂けませんか……?」
「……あ、貴方ひょっとして自転車バカさん?
うーん、一押し投票して下さってる方なら仕方ないですね。良いですよ」
自転車バカの傍へ座り、依姫は彼の頭を太ももの上に乗せた。
目が見えなくなった自転車バカは、声を絞り出す。
「愛してるよ、依姫……何時までも、ずっ、と……」
───お前だけを
その耳が最後に聞いたのは、彼女からのお礼だった。
「ふふっ、ありがとうございます」
晴れ渡る空の下。世界を救った英雄は、推しの上で静かに息を引き取った。
◆
見渡す限り広がる花畑は、暖かく優しい光を浴びて静かに咲いている。
ぼやけていた視界がはっきりとし、身体の損傷や痛みがない。
(そっか……俺、死んだんだっけ……)
目を細めると、遠くに川が見えたので歩き出す。先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえっており、自身の歩く音しか聞こえてこない。
(えーきさんが居ない……あ、そっか。あの人は映姫さんにつきっきりだもんな、居るわけないか。そもそも、此処がボケての幻想郷と繋がってるのかどうか分からんし)
暫く歩いて川のほとりについたものの、船はあるが船頭が見当たらない。道を間違えたのかと思っていると、下から声を掛けられた。
「お、珍客だ」
「……何だ、やっぱり此処ってボケての幻想郷と繋がってたんだ」
声を掛けた主、小町は伸びをすると起き上がり、鎌を携えて立ち上がる。
「いやぁ、悪い悪い。最近は滅多に来ないから暇してたんだ。また四季様に説教喰らうとこだったよ」
「ついさっき怒られてたもんな」
「見てたのかい?」
「いや、えーきさんから聞いた」
「あぁ……なる。何でもいいや、とりあえず乗りなよ。渡してやるからさ」
「え?自分で言うのもアレだけど善人って橋わたるとか聞いたよ?俺悪いやつなの?」
「はっはっは、アンタは悪人じゃないよ。本当ならそうしてやりたいんだが、生憎そうも行かなくてね」
「……?」
頭をかきながら、小町は苦笑いをする。
「ほら、最近は滅多に来ないって言っただろう?悪人とか善人とか関係無くそもそも来なかったからさ、手入れするの忘れててあの橋、壊れちゃったんだ」
「うそん!?」
「修復しろって言われるかと思ったんだけどさ、是非曲直庁の観光部門が
”この際だから橋は無くして全員船で渡せ、彼岸のイメージアップだ”
とか言い出しちゃって」
「そんなんで良いの?」
「まぁ、あたいは無くなって良かったと思ってるけどね。実際この川ってかなりデカいし。歩くよりも船で渡したほうが速いんだよ」
「歩くとどのくらい?」
「うーん……ざっと24時間かな」
「にっ・・・!?」
「船なら三分の一だ。さぁ、乗った乗った」
言われるまま船に乗り、揺られること数十分。無言に飽きたのか小町が尋ねてきた。
「まさかアンタと、もう一度会うことになるとはねぇ……何があったんだい?」
「かいつまんで言うと会社が倒産しそうになったんだ。どうにか防ごうとしてあちこちかけずり回ってたんだけど……最後の最後で力尽きちゃって、ご覧の通りだよ」
「ふうん……会社の方は大丈夫なのかい?」
「どうにかなったよ。それを見届けられたから満足だ」
「一応聞くけど、あの妖怪連中に殺されたんじゃないだろうね?もしそうだったら……」
「違うって、ただの寿命だよ。あいつらは関係ない。
これ以上面倒ごとに……巻き込まないでやってくれ」
「そうか、なら……話すのは止めにしようかね」
そう言うと懐に手をいれ、中から手鏡を取りだした。
「何それ……鏡?」
「ただの鏡じゃない、浄玻璃の鏡ってやつだ。この鏡に罪人を映すと、その者の過去の行いが全て映し出される。
さて……あんたはあの世界で何をしてきたのか、見せて貰うよ?」
「どうぞご自由に?俺話すの下手だし、そっちの方が楽でいいや」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
手鏡が一瞬暗転した後、映像を映し始めた。
「……めっさ長くなるよ?」
「望むところさ」
その頃。永遠亭では自転車バカの治療が行われていた。
永遠亭にある集中治療室の”手術中”ランプが消え、中から永琳と優曇華が出てきた。いち早く気づいた文が、恐る恐る聞く。
「ど、どうなりましたか……?」
優曇華が首を横に振り、永琳が目を合わせないようにして話す。
「今しがた、息を引き取ったわ」
『・・・!!』
「私にも原理がさっぱり分からない。あの子アスリートって言うだけあって、心肺機能も足腰もかなり鍛えられてたの。能力のおかげでしょうけど、傷も死に至るレベルでは無かった。だけど駄目だった」
「そんな、会長・・・!」
「唯一分かったのは、手相の生命線が壊されたかのようにグチャグチャになっていたと言うことだけ」
それを聞き、何かに気づいたフランが震えるように喋る。
「わ、私のせいだ……!」
「フラン?」
寒さに震えるような格好で地面に座り込むと、レミリアが傍に座って促す。
「落ち着いて。何があったか、話してちょうだい?」
「け、今朝ね……自転車バカの家に遊びに行ったの。
インターホンを鳴らそうとしたら、声が聞こえて……身体が急に動かなくなったの。それであいつの家、能力使って壊しちゃって……。
瓦礫の山から起き上がった時、壊す寸前で誰かが自転車バカを連れて逃げたんだけど……その時、不思議な手応えがあったの。肉体でも、物体を壊した時にも感じなかった、不思議な感覚」
「それが、自転車バカの寿命だって言うのね?」
「うん……間違いないよ。だって、他には何も壊れてなかったんだもん・・・!」
「そう……よく分かったわ、ありがとう」
レミリアはすっと立ち上がり、臆病神の胸倉を掴んで壁に叩きつけた。
『お嬢様!?』
「ぐっ・・・!」
「お前だよな、フランから自転車バカを逃したのは……何故もっと速く、あいつを助けなかった!」
「む、無茶を言うな、俺があの時、人里を歩いていなければ……いや。あいつの家近辺に居なければ、そもそも死んでいたんだぞ?寿命が延びただけでも……ありがたいと思え!」
「……っ!」
「大体お前には、”運命を操る程度の能力”とやらがあるんだろう?それを使っていれば、馬鹿な妹のせいで死ぬこともなかったんじゃないのか!?」
「貴様ぁ・・・!」
「やる気か小娘!?」
力を解放しようとした二人を、フランが止めに入る。
「止めてよお姉様!」
「フラン……!」
「その人と喧嘩して、何になるっていうの?その人を殺した所で、姉妹揃って処罰されるのがオチじゃない!」
「……」
「それに、そんな事したって……私たちが、いくら叫んだ所で……っ、あいつは、戻ってこないんだよ?私たちを救ってくれた、あいつが……生き返るわけじゃないんだからぁ……っ!」
「……っ!」
レミリアから解放された臆病神は、襟を正しながら問いかける。
「何故、奴を想って泣く?お前らと自転車バカは、ただの友人なんだろう?」
「違う!あいつは、そんな風に思ってはなかった。此処に居る人妖は全員、彼に救われたのよ」
「救われた……?」
「二度にわたって観光客を増やし、地底の妖怪たちに繁栄と友好を届けた。写真入りのポスターや俳句を発売することで、各人の知名度アップを図り。旦那達が居なくなれば、帰ってくるまで保護して、寂しい思いをさせないようにしてくれた。
河童の不注意でミサイルが発射された時も、
小傘が身体と心を乗っ取られた時も、
庭師の旦那が消えた時も、
あいつは全力で……私たちに平穏をもたらしてくれた」
「そんな事があったのか……」
「今回だってそう。事の重大さなんて関係無く、私たちを……命と引き替えに、助けてくれた!
なのに、どうしてこうなるのよ……っ!こんな結末、誰が望んだって言うのよ!」
「……」
「お嬢様……」
帽子を深く被り、肩を振るわせるレミリアに、フランがそっと寄り添った。
(何の話をしてるんだろう……?)
記憶を失った依姫だけが、不思議そうな顔をしていた。
皆が力なく引き揚げ、永遠亭に重苦しい静けさが戻る。
「三度目の正直、か……」
「……急にどうしたの?」
「あいつ、昔二回ほど永遠亭に運び込まれてんだよ。道案内した時に話したんだけどさ」
「あぁ、それで三度目の正直なのね」
「あんときゃ、冗談だと思ってたんだがな……」
「今だけは、聞きたくない言葉でしょうね……」
塀に座った輝夜と妹紅が見つめる先では、依姫と永琳が話をしていた。
「ごめんなさいね、折角休暇で来たのになんか辛気臭い雰囲気で」
「い、いえそんな……皆さん悲しんでましたが、何方がお亡くなりになったのですか?」
「・・・っ!」
(本当に……覚えていないのね……)
喉元まで上がって来た気持ちをぐっと堪え、夜空を見上げながら静かに答える。
「あの子たちにとって、とても親しい人間よ。貴女には特に」
「へ……?」
翌朝、豊姫と帰ろうとした依姫を永琳が止める。
「ねぇ、渡したい物があるからこっちへ来てちょうだい」
「はぁ、分かりました」
とある部屋に案内されると、TADとPCが置いてあった。
「あの、これは一体?」
「貴女が好きに使って良いスピーカーよ、ここにあっても誰も使わないから持って帰ってくれないかしら」
「わぁ!良いんですか!?ありがとうございます!」
「良かったわね、依姫?」
「はい、姉様!」
「八意様、試しに音を出してみても宜しいですか?」
「えぇ、是非ともそうしてちょうだい」
「……?」
豊姫がTADに近寄り、慣れた手つきで主電源を入れる。
「綿月依姫、認識完了。コレヨリ妖力回復モードニ移行シマス、関係者以外ハ速ヤカニ立チ退イテ下サイ」
「じゃ、そういうことだから。刀は預かっておくわね」
「え、あ……はい」
二人が部屋を出ると、TADから桃色の小さな八百万の神様が出てきて部屋を泳ぎ回る。
風船のようにふわふわとしていたが、依姫に狙いをつけると体内に溶け込んでいった。
「痛っ……!」
頭が痛み、映像が流れ込んできた。
(誰……この男の人……?)
『危ないところを助けて頂いて有り難うございます。自分は自転車バカと言います、新参者ですがよろしくお願い致します』
(え…?)
『友達に…ですか?良いですよ、私のような者でよければ』
「あ…」
『こいしとフランちゃん、悪いけどそいつから離れてくれるかな?依姫の横は俺の指定席なんでね』
「あ、あぁ…」
『これは目の前に居る対象の妖気を感知して、人物を特定する。そしてその人のテーマ曲アレンジで格好いいのを流すと、その人の戦闘力が一定時間跳ね上がるという優れものだ。無かったら妖気を保存してくれる機能もある』
「あっ…!」
『お姫様、お迎えに上がりましたよ』
「あぁ…!」
『欲しいもの?特にないな……こんな生活が死ぬまでずっと続くなら、これ以上楽しい事はないね』
「いや…」
『要するに俺ってダメ人間なんだよ。でも、お前さえ傍に居てくれたら。笑ってくれたら。他には何も要らない、それだけでいい』
「止めて…!」
『じゃ、"また"な』
「お願い…見せないでぇ…っ!」
『愛してるよ、依姫……何時までも、ずっ、と……お前だけを』
「嫌ァァァァァァァァァァ‼︎」
ドアの外にも聞こえる程の絶叫が聞こえてくる。壁にもたれかかった永琳は、刀を握りしめている豊姫を見て呟く。
「刀、預かっておいて正解だったわね」
「えぇ。彼の死に直面した時、一番何をするか分からないのがあの子でしたから。きっと、彼も想定していたんでしょうね」
「だと思うわ、真相は本人しか知らないけれど」
壁から背を離し、永琳に続くかたちでドアを開けて中へと入る。座り込み、頭を手で押さえながら嗚咽を洩らす依姫を豊姫が慰めている間に、永琳がPCを立ち上げる。
「ねぇ依姫?これを見て貰えないかしら」
「……USB?」
"引継ぎ"と書かれたUSBを差し込み、データを開きながら説明する。
「昨日の夜にね、烏天狗が持ってきたのよ。"偶然見つけたんですが、これは彼女に見せてあげて下さい"って」
動画の窓を最大にし、画面を依姫に見せる。そこには、洞窟内でビデオを回している自転車バカが居た。
「……!」
服のあちこちが破れ、頬には切り傷が出来ている。録画が出来ている事を確認した自転車バカは、静かに語り始めた。
「まさか、腕の装置にビデオ撮影の機能があったとはね。どこまで高性能なんだよ。あー…と、頭ん中がグチャグチャなんだけど、なるべく噛み砕いて話すから聞いてくれ。
白衣を着たあいつ……臆病神が教えてくれたんだが、俺の命は後2時間しない内に尽きるそうだ。どうやら、フランちゃんに壊されたらしい。だが、禁忌を犯した訳じゃない。もし彼岸組が処罰を下しそうになったら止めてくれ……まぁ、そんな真似させないけどな。
この騒動はそれまでに決着をつける。でも、そこで終わりだ。だから、依姫。頼みがある。
"有限会社チャリンコタクシー"の社長になってくれ」
「!?」
ビデオは、更に続く。
「そして、俺が今まで達成しようとしてきた"五人の幸せ"を、これからも守って欲しいんだ。その五人ってのはな、
①社員とその家族。これは給料もろくに払えてないのに手伝ってくれてる文さんと小傘ちゃんとにとりさん、そして旦那のトムさんの事だ。四人の協力があったから、ここまで来られたんだ。
②外注先・下請け企業の社員。これは右も左も分からない俺にこの世界の楽しさを教えてくれて、辛い時を支えてくれた文さんと旦那の穂谷野(雷様)さんの事だ。ホント、感謝しても仕切れないよ。
③顧客。俺が作った商品を買ってくれて、会話のタネにして下さる方々の事だ。お客様の幸せそうな笑顔を見ると、こっちまで嬉しくなるんだよ。俳句モデルの方々は特に、いい顔するんだ。
④地域社会の活性化。我が社が今日まで続いてきたのは、ボケての幻想郷が有ったからだ。これからもやっていく為には、この世界を活性化させて、世界に貢献しなくちゃいけない。難しいかも知れないが、お前なら絶対出来る。
⑤株主。これはつまり俺の事だ、4人が幸せそうにしてるのを見ると、明日も頑張ろうって思えるんだ。だからこそ絶対に、みんなの幸せを守るんだ。何があっても……この世界を輝かせるんだ。この役目、お前に任せるぞ」
「うん……分かった、約束する」
「これで……さよならだ……!」
そう言って俯いた自転車バカの頬を、涙が伝っていく。
「本当は…お前と…っ、みんなと一緒に、やりたかった!みんなでワイワイ騒ぎながら、会社を…ボケての幻想郷を…盛り上げていきたかった…!お前との思い出だって、もっと沢山作りたかったよ!とよ姉たちと一緒に…月の祭りだって行きたかったさ!」
「自転車…バカぁ…っ!」
「でも無理なんだ!幸せな時間を…みんなと過ごす事は…っ、不可能だ。だから、お前に託す。俺の分まで…よろしく頼むぞ」
腕を伸ばし、映像はそこで切れた。大声で依姫が泣き出すが、永琳と豊姫が抱きしめる。
「今だけは、思いっきり泣きなさい。泣きすぎで目が腫れたって、月の頭脳が治してあげるわ」
「悲しい気持ち、全部吐き出したら……彼が託した事をやり遂げましょう?」
『それが、あの男の一生のお願いなのだから』
泣き声が、部屋を満たした。
あれから数年後。自転車バカが息を引き取った場所には、見た目は大きな記念碑だが中はちょっとしたビルという特殊な作りをした建物が建っていた。
正面の自動ドアから出てきた少女たちが、こんな会話を交わす。
「ねぇねぇ、今週の俳句モデルもう見た?」
「見た見た!やっぱスカーレット姉妹ってすっごく可愛いよね〜!」
「この様子だと、今年の弾幕舞踏会は期待しても良いかなー」
「今年で10回目だもんねー、チケットも取れたし♪」
「ねー!今から楽しみ〜!」
ビルの中では、受付嬢が退屈そうにしていた。そこへ、もう一人の受付嬢がやってきて肩を叩く。
「お疲れ小傘、交代の時間だ。お昼食べてきなよ」
「あ、ナズちゃん!今日は昼からなんだね」
「そういう事だ、後はやるから」
「分かった、じゃあ行ってきまーす!」
「走ってこけるなよー?」
「はーい♪」
「ったく、無駄に元気なんだから……ふふっ」
廊下をスキップしながら歩いていると、曲がり角で文に出くわした。
「あやや、小傘さんじゃないですか。これからお昼ですか?」
「うん!もうお腹ぺこぺこだよ〜…あ、そうだ。さっき預かったんだけど、これ社長に渡してくれない?」
「これ…見積書じゃないですか。何で私が?」
「だって、わちき社長室忘れちゃったもん。お腹も減ったし」
「この間教えたじゃ…はぁ、分かりましたよ。渡せば良いんでしょう?」
「お願いしまーす!」
小傘を見送り、エレベーターに乗って最上階へと着く。廊下を歩いていると、休憩室でにとりが休んでいた。
「お疲れ様、また徹夜だったんですか?」
「仕方ないだろう?パートが余計な事してたんだから…今度よく言っておいてくれ」
「はいはい、分かりましたよ♪」
社長室へと着き、ドアをノックする。
「入っていいわよ」
「失礼します、依姫社長。文々。新聞社から見積書が届きました」
「ありがとう、利益の欄の記入はしてあるの?」
「はい、ちゃんと記入してありますよ」
「そう…良かったわ。あそこはいつも記入せずに出すんだから、よく言っておいてちょうだい」
「承知しました、椛に言っておきますね」
「えぇ、よろしく。後は?」
「妖怪の山スーパーアリーナの大規模修繕です」
「あそこは結構大きいのよね…早急に業者を手配してちょうだい。今年は大事な節目なの、第6回のような事件が起きないようにしなくちゃ」
「承知しました、では失礼します」
文が部屋を出ると、依姫は頬杖をついて呟く。
「今年も、この時期が来たのね……」
目をやった写真立てには自転車バカと自分が中央にいる集合写真が入っており、垂れ幕には"第2回弾幕舞踏会、大成功!"と書いてある。
「ふふっ、あの人も、まさかここまで会社が大きくなるなんて思いもしなかったよね……見せたらどんな反応するんだろ♪」
その時、電話が掛かってくる。
「はいもしもし…え?そう、分かったわ。すぐ行きます」
受話器を戻しコートを羽織って部屋を出ようとするが
『ありがとう…』
「え?」
振り返るが、誰も居ない。
「…こちらこそ」
笑顔で呟き、部屋を後にした。
◆
「こ、此処がそうなんですか?」
男を案内してきたルーミアは、笑顔で答える。
「そうだよ!此処はね、"幻想郷で一番大切にしたい会社"に7年連続で選ばれたんだー!」
「7年!?へ〜…」
随分と、大きくなったな。
「ん?何かいった?」
「い、いえ、何でもないです」
「そ?じゃあ、中に入ってみよー!」
「え?は、入るんですか?」
「あのね〜…見学したいって言ったのはあなたでしょ?わざわざ案内してあげたんだから、ね?」
「承知しました」
「うん、素直でよろしい!」
自動ドアから入り、受付へとまっすぐ向かう。
「凄いでしょ、地上十回建なんだから!」
「すっげ〜…!」
「いらっしゃいませ、ルーミア様?」
「あはは!ナズーリンちゃんが敬語使ってる〜!」
「う、うるさいな。今は勤務中なんだ…そちらの方は?風邪ですか?」
「あ、忘れてた。ほら、挨拶する時は顔を出さなきゃ」
「そうですね、これは失礼致しました…」
親が子供に名前を付けるように、この会社名にも意味がある。
「やれやれ…この時期にニット帽なんて普通は被らないよ?」
「すみません、こうするしか無かったんです…預かってて頂けますか?」
「もちろん♪」
「その髪型…どっかで見たような…?」
初代は学生時代、虐めに近い扱いを受けていた。精神的にも肉体的にも荒んでいた時に、偶然知った東方に心が癒されたそうだ。
「ほらほら、マスクも取って?風邪なんて引かないでしょ、アスリートなんだから♪」
「ふっ…それもそうだな」
「え…?」
その後ボケてを知り、更に心が軽くなったらしい。だからボケてを始めた時、決心した。
"今度は、自分が誰かを救えるような存在になる"と。
「ちょっと、サングラスも取らなきゃ駄目でしょ?」
「分かってるよ…ったく、これ暗すぎてほとんど見えないっつの。失敗したな」
「君は…まさか…!」
人生は有限だし、"自転車しか能がない奴"だけど、苦しんでいる誰かに希望を届けたい。そうして立ち上がったのが…
「初めまして!今日からこの世界の住民になった、新規ユーザーの自転車バカと申します!どうかよろしくお願い致します!」
「なのかー♪」
「ええええええええええええ!?」
有限会社 チャリンコタクシーだ。
終わり。