Fate/Nilotpalagita Synopsis   作:時雨

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嵐前の静けさ

 パーンドゥ一家が姿を消してから何ヵ月かたったあと、シャストルラは久々に町に来ていた。というのも、あの騒動があったあと、一度だけ町の様子を見に行ったのだが、それまであった活気が嘘のように消えて無くなっていたからである。沈痛な雰囲気が漂う町は、パーンドゥ一家が生きていると知っているシャストルラにとって、息が詰まるような居心地の悪さを感じさせた。

 

 それ以来、町に行くことはなかったのだが、ある日たまたま町の近くを散歩していたときに、カルナと会った。彼はどうやら弓の鍛練をしていたらしく、その手には弓が握られている。私は、まさかこんなところで会うとは思いもしなかったので、思わずぎょっとした様子で彼を見てしまった。一方のカルナといえば、表情こそ変わってはいないが、何か珍しいものをみたかのように、目を微かに見開かせている。

 

「お久しぶりです。元気にしていましたか?」

 

「何も変わりはない。お前はどうだ」

 

「こちらも相変わらずです」

 

「そうか」

 

 彼の言葉を最後に短い会話が終わる。今更だが、何故か彼と話すとものの数分で会話が途切れてしまう。私はどちらかというと口下手なほうで、普段から話している師匠やラクタパクシャならともかく、こうも久しぶりに会った人物と話すとき、謎の緊張感に襲われる。例えるのなら、入試で行われる面接。何を聞かれ、何を話さなければならないのか分からないために極度に緊張してしまう。そんな感じだ。

 

「えっと、ドゥリーヨダナは元気ですか」

 

 苦し紛れに、そう話を切り出す。話題が見つからないので、とりあえず彼の親しい人物について聞いてみることにした。

 

「ドゥリーヨダナか、いつも通りだが最近は浮かれているな。近頃、パンチャーラ国でドゥルパダによる花婿選びが催されるらしい。恐らく、それが原因だろう」

 

「そうなんですか」

 

 花婿選び、かぁ。何か面倒事が起きそうなイベントだよね。私は気になって、具体的な内容をカルナに教えてもらうと、なんとまぁ普通の人間には無理ゲーだろうと思ってしまうぐらい、ハードな内容だった。

 

 “誰も引くことのできないと思われる剛弓(ごうきゅう)を引き、空中高く浮かぶ的を射る”

 

 それさ、絶対半神半人か人間卒業してしまった聖仙(リシ)か武人を対象にしているよね。ノーマルな人間はまず無理だよね。そんな内容にしたドゥルパダは一体何を考えているのやら。

 

「それって、ドゥリーヨダナやあなたは参加しないんですか?」

 

「参加はする事になっている。お前は行かないのか?」

 

「私ですか……うーん、特に興味はないので行くとしたら見学だけですかね」

 

 それに私、女なんで。と心の中で呟く。カルナは未だに私のことを男と勘違いしてくれているらしく、この話に興味を示さなかった私をまた、珍しいものをみたかのように目を微かに見開かせて、しげしげと見てきた。

 

「……ドゥリーヨダナは『シャストルラもあんな華奢だが、一応男だからこの話に食い付いてくるだろう』と言っていたのだが、その予想は見事に外れたようだな」

 

「え、そんなことを言っていたんですか。あの人」

 

「ああ。この花婿選びの話題が出たとき、『剛弓を引かせるのだったら、シャストルラが適任だろうな』と言っていた。ついでに、もし会ったら参加をしてみないか誘ってみてくれとも頼まれた」

 

「要するに、ドゥリーヨダナの代役とかで出て欲しいと。そんなにお嫁さんが欲しいんですか。代役なら、カルナでも良いでしょうに」

 

 細身だけれど、十分に技量はあるんだし。というか、さらっとまたあの悪人は私のことを“華奢”と言いやがって。ユディシュティラみたいに、剣でフルボッコにしてあげようか?勿論、ある程度手加減するけれど。

 

「あの男には、あの男なりの考えがあるのだろう」

 

「私には、その考えがよく分かりませんが。とりあえず、花婿選び(スヴァヤンヴァラ)には参加しません。観には行きますが」

 

「承知した。ドゥリーヨダナに伝えおこう」

 

「ありがとうございます」

 

 彼に向かって、一つ礼をしてその場で別れた。こんなやり取りがあったことで、私は今町にいるのだが猛烈に叫びたい衝動に駆られていた。何故なら──

 

「何で、王族が、護衛も付けずに、町を出歩いているんですか!?」

 

「おいやめろ。そんなでかい声を出すな。周りに気づかれるだろう」

 

「ドゥリーヨダナ、だから言っただろう」

 

「護衛なら我が友であるカルナ、お前だけで十分だろう?」

 

「十分だろう?じゃない!!」

 

 いつの日かのように、王族もといドゥリーヨダナがカルナと共に町を歩いていたからである。なんなの、カウラヴァ兄弟は一人歩きが好きなの?ドゥフシャーサナはともかく、ドゥリーヨダナはまだカルナと一緒にいるからマシだけれど。

 

「まあ、落ち着け。お前と町で会えるとは思っていなかったからな。おかげで探す手間が省けた」

 

「私を探していたんですか?」

 

「この間、お前が言っていたことをドゥリーヨダナに伝えたのだが……」

 

 気まずそうに、私から目を反らすカルナ。……うん、何となく察したよ。どうせ、駄々を捏ねたんだよね『参加してもらいたい』って。何となくだけど、そんな感じがする。

 

「お前、仮にも男だろう。何で花婿選びに参加しないんだ。剛弓を引くなんて、お前にとって余裕だろうに」

 

「君は私のことを何だと思っているんだ。流石に剛弓を引くなんて無理だし、そもそも花嫁とか興味ない」

 

「興味があるかないかはともかく、やってみないと分からないだろう」

 

「じゃあ、仮に弓を引けたとしよう。相手の花嫁はこんな薄汚いやつを婿にしたいと思う?第一、花婿選びだってその花嫁の父親が『自分の娘を自分が気に入った若者にやりたい』とかいう理由で開かれているようなものでしょう」

 

「確かにそうだが、いくらなんでも自分の評価が低すぎないか」

 

「低くない。普通ですが何か?」

 

 私は真顔で言い切った。すると、「あぁぁぁ!もう分かった、分かったからそんな顔で言うな!」と言って何故かドゥリーヨダナが頭を抱えてしまった。それを見てカルナは感心したように一言。

 

「流石だな。あのドゥリーヨダナをここまで論破できるとは」

 

「別に、論破をしたつもりはないんですけど……」

 

 不思議に思って、首を傾げる。彼の湖面のように静かな瞳は、珍しく優しい瞳をしていた。なんというか、親が子を見守るそれに似ている。こんな目もできるんだと彼を見返していると、ドゥリーヨダナが「おい」と声を掛けてきた。

 

「お前が参加しないということは分かった。でも、花婿選び(スヴァヤンヴァラ)は観に来るんだろう?」

 

「まあ、観には行くね」

 

「だったら、俺たちと一緒に行かないか?」

 

「え、別にラクタパクシャに送ってもらうから、大丈夫だよ」

 

「俺たちと一緒に行けば、特等席で観られるが」

 

 えー、どうしよう。別に一緒に行ってもいいけどなぁ。流石に初日から行ったら、終わるまで帰れないし。十六日間も戻らないとなると、師匠からOKが出るかどうか……。ラクタパクシャと一緒に行くんだったら大丈夫だろうか。

 

「……一応、師匠に聞いてからでもいい?」

 

「あぁ、大丈夫だ。都合がよかったら当日、町の入口に来てくれ」

 

「了解。気をつけて帰ってね」

 

「カルナがいるから大丈夫だ」

 

「お前も、気をつけて帰れ」

 

「ありがとう。じゃあね」

 

 踵を返して、私は住み慣れた森に帰る。彼らと一緒に行くかは、師匠に許可をもらってからだな。あと、ラクタパクシャも一緒に行ってくれるだろうし。

 

「……でも、なんでこんなに嫌な予感しかしないんだろう」

 

 森の帰り道、まだ日が高いはずの林道は薄暗く、生暖かい風が彼女の頬を撫でる。その風に揺れ動く木の葉の影は蛇のように滑らかに地面を滑っていた。

 

 *********************************************

 

 

 パンチャーラ国にたどり着いたパーンドゥ一家は、目立たぬように壺作り人の粗末な家の一隅を借り、バラモンを装って、毎日托鉢(たくはつ)に出掛け町の様子をそれとなく見回っていた。

 

「どうやら、明日から花婿選び(スヴァヤンヴァラ)が始まるらしいね」

 

 アルジュナと共に托鉢に出掛けているユディシュティラは、周囲の様子を見ながらそう言った。パンチャーラの都は活気に満ちており、道を行く人びとは明日が楽しみだとでもいうように、張り切って店の準備などをしている。

 

「そのようですね。ところで兄上、母上の調子はいかがでしょうか」

 

「長旅で相当疲れているようだよ。今はビーマ、ナクラとサハデーヴァと一緒に休んでいる。特にビーマは僕らをずっと担ぎっぱなしだったからねぇ、元気そうに見えても、疲れきっているだろう」

 

 沈んだ表情で、ユディシュティラはアルジュナに話す。兄弟の中で一番強靭な肉体を持つビーマは道中、人喰鬼のラークシャサを倒したり、皆が疲れて歩けなくなったときには全員をその大きな体で担いで、長い距離を歩いてくれたのだ。

 

「そうですね……早く、安心して暮らせるようになればよいのですが」

 

 ユディシュティラの言葉に、アルジュナも頷く。ひとしきり托鉢も終え、皆がいる家に戻ろうとするが、一瞬サッと黒い影が彼らの上を飛んでいった。何だろうと思い、二人は空を見上げるが、そこには雲一つない空と、燦々と輝く太陽があるだけだった。

 

「今、何か私たちの上を飛んでいきませんでしたか?」

 

「……うん、何か飛んでいったね。鳥かな?」

 

 不思議そうに、首を傾げるアルジュナとユディシュティラ。彼らの上を飛んでいったものの正体は、シャストルラにお願いされてパーンドゥ一家の様子を見に来ていたラクタパクシャなのだが、二人はそのことを知るよしもない。

 

 ──花婿選び(スヴァヤンヴァラ)まで、あと少し。

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