Fate/Nilotpalagita Synopsis 作:時雨
花嫁と邪心と太陽と小刀の花婿選びの話。
豪華絢爛な装飾に包まれ、芳しい花の香りが一面に漂っているパンチャーラの会場の一角、無事にパラシュラーマからドゥリーヨダナたちと一緒に遠出をする許可をもらい、祭の最終日まで残っていたシャストルラは、いつも纏っている外套のフードをよりいっそう深く被り直していた。人が多いせいか、それともこの甘ったるい香りが鼻に付いているせいなのかは分からないが、もとから白い肌がよりいっそう白くなり、まるで幽鬼のような青白い顔色になっている。
「大丈夫か?顔色が随分と悪いが……」
「これが大丈夫に見える?全然、大丈夫じゃない」
「高いところが苦手なのか」
「そういう訳じゃないんだ……ただ、この人の多さと無駄に芳しい花の香りがね……」
若干、死んだ魚のような目をしながらカルナにそう答えるシャストルラ。競技会ぐらいの人の多さならまだしも、こんなうじゃうじゃと蟻のように大勢の人がいる場所は来たことがない。おまけに、何種類かの香水を一気に混ぜたような臭いが漂っている。それが原因で気分が悪くなるのに拍車がかかっているのだ。
今はカルナと一緒に比較的マシな二階にいるのだが、もうすぐ花嫁ドラウパディーが晴れ姿で現れるので、嫌でも下に降りなければならない。一応、ドゥリーヨダナとカルナの護衛ということになっているため、側に控えていなければいけないし、ラクタパクシャは何故か一緒に来てくれなかったし……。もう本当に、いろいろと辛い。
「無理をしなくても良いとオレは思うが、お前はそれでも行くのだろう」
「当たり前だよ、もし何かあったら大変だし」
はぁ、と深い溜め息をつく。パンチャーラに来る前からそうなのだが、どことなく嫌な予感がする。
重い足取りでカルナと共に、一階のドゥリーヨダナが座っている場所に歩を進める。その際にすれ違ったバラモンの集団の一人と目が合ったが、それは一瞬のことですぐにフイと目をそらされてしまった。何処かで見たことがある黒曜石のような、綺麗な瞳だった。
「…………やっぱり、気のせいかな」
「どうした。もうすぐスヴァヤンヴァラが始まる」
急に歩みを止めたシャストルラを振り返り、急ぐぞと言って彼女の腕を掴んで人混みを掻き分けていくカルナ。いきなり力強く腕を掴まれたシャストルラはというと、されるがままに彼に引きずられて連れていかれていく。
「え、ちょ、待って。わかったから、そんなに強く引っ張らないで!腕が折れる!」
「すまない。だが、ここで腕を離すと人混みに飲み込まれる」
淡々と、そう返すカルナ。例えシャストルラが人混みに飲み込まれても、彼の黄金に輝く鎧は目立つのではぐれる心配はないのだが、彼女の腕を離すつもりは微塵もないらしい。
そんなやりとりをしている二人をぼろ布を纏った一人の少年が雑多に紛れてじっと見ていた。先ほど、シャストルラと目が合ったバラモンだ。その漆黒の瞳には驚きと、微かな敵意が浮かんでいる。
「やはり、あの者たちも来ていましたか」
ポツリと、小さく呟く。その言葉はすぐに周りの雑音に掻き消えるが、唯一隣にいた青年だけには聞こえていた。
「どうした。誰か見知った人でもいたの?」
「はい、先ほどカルナとシャストルラが近くに、今はいませんが」
「あー、あの二人ねぇ。ということは、ドゥリーヨダナもこの場所にいるのか」
うーん、気が滅入るなぁと困ったように言う青年。その薄汚れた格好には似合わぬ、どことなく育ちのよさを感じさせる彼は、少し考え込んだのちに開き直るようににっこりと微笑んだ。
「まぁ、なるようになるさ」
のほほんとした様子で、そう言い放った青年。そんな彼を少年はああ、やっぱりかと呆れたような目で見ていた。
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目も覚めんばかりのきらびやかな衣装、燦然と輝く宝石、それらで身を飾った花嫁ドラウパディーは花婿に供える花輪を黄金の盆に捧げ持ちしずしずと壇上に上がった。
しんと静まり返っている会場の中央。そこにドラウパディーの兄、ドリシュタドゥユムナが己の最愛の妹の手を壇上から引いて登場し、割れんばかりの大声で宣言をした。
「花婿候補の諸君、見よ、これなる弓矢を!これを使いかの標的を射落されよ。見事的を射た者こそ我が妹を勝ち取り、妻としうるのだ!!」
更にドリシュタドゥユムナは、候補者として名乗り上げた者たちの名を次々と高らかに告げる。ドゥリーヨダナをはじめ、ドゥフシャーサナ、ヴィカルナ、ユユツなどカウラヴァ兄弟中の猛者、他にカルナ、シャクニ、ヤーダヴァ族の王など数多くの強者がいた。
「以上の者が、この
その言葉を最後に、いよいよ競技が開始され、勇んで台に置かれた弓を手にした貴公子たちは、その強固な弦を引くことすらできず肩を落として自分の席に戻っていく。みな歯を喰いしばり、凄い形相で弓に立ち向かうのだが、結局力尽き、よろよろと地面に座り込んだり、地べたに倒れて暫く起き上がれなくなるのだ。誰も彼も鋼で作られたかのような硬さを誇る弓に翻弄され、衣服は乱れ、無念の叫びを上げる。まるで、敗戦した戦士の霊がこの世に舞い降りてきたかのような散々たる様だった。
(まあ、こうなるよね。元々、只人に引かせるつもりはないんだし)
シャストルラは、静かにこの惨状を見てそう思った。先ほど席に戻ってきたドゥリーヨダナもそうだが、いくら優れた武人であれども、あの頑丈な弓を引くことは敵わなかったのだ。一体、国王は誰と娘を娶合わせたいのだろうか。弓を引ける条件がただの人間以上の強さを持つ人だということが確実なのは目に見えているが。
悶々とシャストルラが思考に耽りはじめたとき、隣に待機していたカルナが悠然と広場の中央に進み、剛弓を手にした。ゆっくりと弓に矢をつがえ、誰も引けなかったその鋼の弦を
「あの
突然、ドラウパディーがそう叫んだ。その声を聞いたカルナは微かに苦笑し、ドゥリーヨダナは憤慨する。一方、己の思考に浸っていたシャストルラは、その声ではじめてカルナが中央に行き、弓を引き絞っていたのに気づいた。
「ふざけるな!我が友を侮辱することはたとえ女だろうが許さんぞ」
「ドゥリーヨダナ、少し落ち着こうか」
「シャストルラ、お前は何とも思わないのか?誰も引くことのでなかった剛弓を唯一、引き絞った男がだ。御者だからという理由で拒絶されたんだぞ!?これは侮辱という以外の何ものでもないだろう!」
宥めようとしたシャストルラに掴みかかる勢いで、ドゥリーヨダナは怒鳴り散らす。彼女はそれに怯むことなく、ただ静かに彼の目を見据えて口を開いた。
「確かに、君の言うとおりだよ。彼女の──ドラウパディーの言葉は侮辱以外の何ものでもない。」
でもね、と彼女はドゥリーヨダナに言い聞かせるように一旦、言葉に合間を置く。
「彼女には、彼女の気持ちがあるように、君には君の、彼には彼の気持ちがあるでしょう?彼女が彼を夫にしたくないのは身分が低いからというのもあるからだと思うけど、単に彼女がカルナのことを好ましく思っていなかったからかもしれない」
「…………。………………」
「彼女は彼のことをよく知らないだろうし……けれど、君はカルナのことをよく知っている。良いところも悪いところも含めて。だから、憤りを感じるのはあたりまえのことだと思う」
だんだんと、落ち着いてきたのかドゥリーヨダナは静かになってきていた。そんな彼の様子を窺いながら、シャストルラは話続ける。
「まあ、結局私が何を言いたいのかというと、彼女に思うことはあるけれどフラれちゃった仕方がないということかな。本音を言うと、あんな人にカルナを婿にあげるのはもったいない。他にいい人がいると思うから、是非ともそちらをおすすめしたい」
「シャストルラ……お前ってやつは……」
思わず彼女に抱き付いて感動するドゥリーヨダナ。そうだよな、やっぱりそう思うよなと繰り返し呟いている。彼に抱き付かれたシャストルラはうっ、と少し苦しそうに顔を歪ませて広場の中央にいるカルナに助けを求めた。
「カルナ……助けて、窒息死しそう」
「ああ、分かった」
カルナは彼女の言葉にフッと笑い、太陽を一瞬見上げてから、力一杯引き絞っていた弓を元の台に置き戻し、ドゥリーヨダナたちのところへ戻って行った。