Fate/Nilotpalagita Synopsis   作:時雨

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続・絢爛なる花婿選び

「やっぱり、カルナ以外まともに弓を引ける人はいないか……」

 

「まあ、そりゃそうだな。あんな剛弓、引けるやつなんて滅多にいないだろう」

 

 カルナの挑戦が終わったあと、他の国々の王が挑戦をするも、やはり力及ばず、へなへなと地面に膝をついたり、屈辱に耐えきれずに自分の国へ帰ったり……。シャストルラとドゥリーヨダナは、数多くいた花婿候補の強者たちがいつの間にか数を減らしている広場を見て、しみじみとそう話す。

 

 そんななか、一人のバラモンが観客席からすくっと立ち上がり、広場の弓に歩み寄る姿が観衆の目に写った。その凛々しい姿に意気消沈しはじめていた人々は固唾をのみ、割れるような歓呼の声を上げ、バラモンの長老たちはクシャトリヤも及ばぬ力業に()()()()が立ち向かうとは大した男だと、拍手喝采して声援を送り、一気に騒がしくなる。

 

 しかし中には、あれほど名高い武人たちでさえ弓を引けずに退散したというのに、細腕のバラモンごときに何ができるのだと馬鹿にする者や、それに対して、バラモンであるパラシュラーマはかつて二十一回もクシャトリヤを地上から殲滅させたことがあるではないか、もしかしたらあの少年も凄腕の武人かもしれないと言い反論をする者もいて、会場は真っ二つに割れていた。

 

 しかし当の本人は人々の喧騒を気にせず、落ち着き払った態度で広場の中央に進み出て、弓を持ち上げ矢を手にする。あれほど名だたる武人たちを苦戦させた剛弓は、嘘のようにカルナ同様、彼の手によって()()()()()()()()、次の瞬間目にも止まらぬ早さで矢が飛び出し、的を射落していた。

 

 ──カラン

 

 木の破片が落ちる、軽い音が静まり返った会場に響く。暫くその音の余韻に浸っていた群衆が割れんばかりの物凄い歓声を上げ、狂喜乱舞しはじめた。バラモンは喜び、クシャトリヤたちは無念の涙を流したり、口惜しげに舌打ちをしたりと、さまざまな反応を見せるなか、何百という楽師と聖歌隊は妙なる調べで見事偉業を成し遂げた英雄を誉め称えている。

 

 会場が興奮につつまれている最中、集団に混じっていたとある二人のバラモンが広場をあとにしようと、こっそりと出口に向かっていた。少年もそのあとを追おうと駆け出そうとするが、ドラウパディーがそれを止めて少年に花輪を捧げる。晴れて彼は、彼女の花婿に選ばれたのだ。

 

 それを見たバラモンたちは王と共に敬意を表し、祝福をするが、集まった王族たちは承知せず口々に怒りをぶちまけていた。

 

「遥々遠い地から馳せ参じた我々クシャトリヤを無視して、どこの馬とも知れぬバラモンの若僧に娘をくれてやるとは何ごとだ!」

 

「そうだそうだ!元を言えば、スヴァヤンヴァラはクシャトリヤの行事であって、バラモンなどが参加する資格はない。これはクシャトリヤ全体に対する侮辱だ!」

 

 激昂した王たちは武器を取り、ドラウパディーの父であるドゥルパダ王に向かって襲いかかろうとする。しかし、咄嗟に少年と二人のバラモンが王の前に立ち、ある者は大木を引き抜いて身構え、ある者は弓を構えて、彼らを返り討ちにしていた。

 

「おい、シャストルラ。カルナはどこに行った!」

 

 この騒動を見ていたドゥリーヨダナは、ふと己の親しい友が先ほどから姿が見えないことに気付き、声を張り上げてシャストルラに聞く。

 

「弓を持っていた少年を追いかけてどこかに行ってたけれど」

 

「嘘だろ……。ええい、仕方ない。俺はあの大木振り回している奴の方に行ってくるから、お前はカルナを探しに行け!」

 

 どこかげんなりとしているシャストルラが普段は出さないであろう、大きな声でドゥリーヨダナに伝えたのだが、それを聞いた彼は、いつの間にか用意していた愛用の棍棒を手にして意気揚々とそう告げて、乱戦の地に赴こうとする。しかし、それをシャストルラは慌てて止めた。

 

「ちょっと待って、ドゥリーヨダナ。あの神話戦争みたいな中に行ってくるの?!」

 

 彼女がそう言って指差す広間は二人のうち、一人の大柄なバラモンが大木を振り回すことでまるでそこに台風があるかのような、凄まじい風が吹き荒れている。彼の回りに群がる王族たちは木の葉の如く軽々と吹き飛ばされており、皆地面に這いつくばっていた。

 

「ああ、そうだ。何だかあのバラモンを見ていると、ビーマを思い出してな……何故か一発殴らないといけない気がする」

 

「そんな理由で?!というか私、カルナを見つけられたとして、戦ってたら止められる自信ないんだけれど!」

 

「お前ならできる……多分な」

 

「うわぁ、凄い不安になる言葉……」

 

 ガクッと肩を落として言うシャストルラ。ドゥリーヨダナはそんな彼女の肩にポンと手を乗せて「まあ、精々頑張れよ」と言い残し、サッと乱戦の中に飛び込んで言ってしまった。

 

「えぇ━…………」

 

 ポツンと一人取り残されたシャストルラ。しょうがないなぁと溜め息をつき、仕方なくカルナを探しに行くことにした。だだっ広い広場をとぼとぼと歩いていると、

 

 ──ヒュン

 

 鋭い、何かが風を切る音が聞こえた。それを頼りに向かっていくと、広場の中庭が見えたので、柱からこっそり覗くと──そこにはまたさっきの神話戦争のような闘いが繰り広げられていた。

 

 カルナが矢をつがえ、それを勢いよくバラモンの少年に向かって放つ。少年はそれを同じく放った矢で相殺し、相殺しきれなかった矢は素早く避けて対応し、空きあらばカルナに矢を数本同時に射ち、反撃をする。

 

 よく見ると、二人の回りには矢が落ちており、自分が来るまでの間よくこんな量を撃てたなとシャストルラが思わず引いてしまうほど、大量の矢が散らばり落ちていた。中には壁に突き刺さっているものもある。彼らが放つ矢はまるで隼の如く相手を正確に狙い射っており、シャストルラは到底カルナを止めに入るどころか、二人の間に割って入ることもできない。

 

(どうしようかなぁ。二人とも戦うこと夢中だし……というか、この中に入って行きたくない。切実に)

 

 私、ただの人間。と心の中で呟くシャストルラ。しかしドゥリーヨダナに頼まれた以上、行かなければならない。腹を括り、矢の量が比較的に減った瞬間を狙って二人の間に割って入ろうと決め、ただひたすら、その瞬間が来るのを待つ。

 

 数分たったのち、カルナと少年が同時に矢を放った。連続で放っているが、捌ききれない量ではない。今が好機と彼女はその両手に抜き身の片刃刀とその鞘を持ってすかさず二人の間に割って入り、瞬時に矢を打ち落とし、それを見事防いだ。

 

「二人とも、弓を下ろして」

 

 シャストルラは無事に二人の間に割って入れたことに安堵しながら、彼らにそう伝える。急に現れた彼女に驚いたカルナと少年だが、シャストルラの言った通りに素直に弓を下ろす。しかし、カルナはその顔に戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「シャストルラ……か?」

 

「そうだけれど……。私以外に誰がいるの」

 

 何故か困惑しているカルナ。それはバラモンの少年も同じようで、小さく「えっ」と言っているのが聞こえた。いきなり止めに入ったことに困惑しているのだろうか?……そういえば、視界が何か明るいような気がする。不思議そうに首を傾げている彼女にカルナと少年はこう言った。

 

「……女、だったのか」

 

「……女性の方、だったのですね」

 

「……え?」

 

 カルナの言葉にバッと反射的に頭に手をやるシャストルラ。被っていたフードがとれており、彼女の素顔が見えている状態になっている。視界が明るかったのは、日を遮っていたフードがとれていたからか……!それに気づいた彼女は急いでフードを被るが、時すでに遅し。カルナとバラモンの少年にバッチリ顔を見られてしまっていた。

 

 太陽の光に照らされて輝く、肩より下の長さの透き通った 灰銀の髪。アーモンドの眼には青蓮の如く青い瞳が収まり、まだ幼さを残した整った顔。肌はこの国には珍しい雪のように白い肌。一度見たら、忘れることができないであろう彼女の姿はどこか凛とした強さを感じる。

 

 今までフードを被っていたせいで、顔をよく見ておらず声で少年だと判断していた二人だが思い返してみると少年にしては高い声だったと今では分かる。要は少年とも少女ともとれる声をしているのだ。

 

(しまった……!まさかフードがはずれるとは思いもしなかった……どうしよう)

 

(なるほど、花婿選びの話に興味を示さなかったのはそういうことか)

 

(男性にしては随分と細身だと思っていましたが、まさか女性とは……)

 

 沈黙が、その場を支配する。シャストルラは重い口を開いて、ポツリと一言呟く。

 

「……君らは何も見なかった」

 

 その言葉に、今度はカルナと少年が首を傾げる。心なしか、震えているように見える彼女は珍しく声を張り上げて彼らに伝えた。

 

「だーかーら、君らは何も見なかった。フードがとれた私の顔なんて見えなかった!いいね?!」

 

 他言無用だよと鬼気迫る様子で言う彼女。その目は神もが怖れるような、鋭い眼差しをしている。それを見た二人はコクコクと黙って頷く。心なしか、顔が青ざめている気がしなくもない。そんな彼らを見てホッとしたような顔をしたシャストルラはカルナに向かって先に行っているように伝える。

 

「お前は来ないのか?」

 

「あとから行くよ。ちょっと、そこの人と話がしたいし」

 

「私ですか?」

 

「そう、君。だから先に行ってて……すぐ行くから」

 

「……ああ、分かった」

 

 少し心配そうにこちらを見るカルナ。チラリと少年に視線を向けてから、中庭を出ていく。彼の背中が見えなくなるまで、それを見届けたシャストルラはくるりと緊張している少年に向き直って、呆れたように言う。

 

「君、変装とか向いてないと思ったことはない?」

 

「……何のことでしょう。私にはさっぱり分かりません」

 

 涼しい顔をして、フイと顔を背ける少年。努めて冷静に話している彼だが、内心は焦っていた。

 

(まさか、私の正体に気づいている……?いや、しかしこの私の変装が見破られるはずが……!!)

 

 冷や汗を流しながら、どうすればこの修羅場(じたい)を切り抜けられるかを必死に考えているが、そんな彼の様子をしげしげと見ていたシャストルラの「うん、やっぱり……」という意味深長な呟きによって、さらに焦ることになった。

 

「君、いや……。あなたはパーンドゥ家の三男、アルジュナ王子ですよね?」

 

「!!?……人、違いではないのでしょうか。私はただのバラモン僧ですよ」

 

「おもいっきり動揺しているじゃん……」

 

 はぁ、と呆れたように溜め息をつくシャストルラ。少年もといアルジュナは必死に平然を取り繕うとしているが、無駄である。彼女はそんな彼に向かって一言、言葉を口にした。

 

「元気そうでよかったよ」

 

 彼女にしては珍しく、その仮面の顔には笑みが浮かんでおり、まるで花の蕾が大輪の花を咲かせたかのようだ。それを見たアルジュナは、豆鉄砲でも食らったかのような顔をして、思わずこう呟いた。

 

「そういう表情も、できるのですね」

 

「うん?何を言っているのか私にはさっぱりなんだけど」

 

 突然、突拍子もないことを言ったアルジュナに対してそう答えるシャストルラ。その顔はまたいつものような、無表情に戻ってしまっている。

 

「とりあえず、君はアルジュナであってるよね?」

 

「…………そうです。しかし何故、分かったのですか?あのカルナでさえ分からなかったというのに」

 

「最初、広間で目があったとき。何か見覚えがある瞳だなぁ、と思って。あと、君の仕草。バラモンにしては動作が綺麗だし、育ちの良さを感じさせたからかな」

 

「なるほど」

 

 どうやら彼女は、観察力が優れているらしい。そんなことを思ったアルジュナは、シャストルラを少しばかり恐く感じた。もしかしたら、自分の内面を見破っているのではないか。こんな自分を哀れんでいるのではないか。ザワザワと心の中に不安が渦を巻く。

 

「どうかした?顔色が悪いけれど」

 

「っ!いえ、大丈夫です。気にしないでください」

 

 ニッコリと笑って答えるアルジュナ。大丈夫、きっと()()()()()()()()()()()。自分のこの気持ち(おもい)は隠し通さなければならないのだから。

 

 ──たとえ、相手が神であったとしても。

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