Fate/Nilotpalagita Synopsis   作:時雨

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今回も短めです。

やっぱり話し合い(物理)に走ってしまう小刀。


水底の乙女との鬼ごっこ

「どうして、ナーガ族の女性はこうも執念深いの!?」 

 

「私にそう言われれましても……というか、いい加減降ろして下さい!!」

 

「無理!」

 

 シャストルラは、ついさっき救出したばかりのアルジュナを担いでただひたすら、(おに)と化したウルーピーから逃げるべく、じめじめと湿った道を走っていた。 

 

 ──事の経緯は、時を遡ること一時間前。

 

 タクシャカに見送られて、ウルーピーの棲みかにお供の蛇の案内で向かい、たどり着いたシャストルラは、本人にアルジュナを開放するよう説得を始めたのだが……。

 

『何故、部外者に口を出されなければならないのです。早く私の目の前から去ってくれませんか?』

 

「去るもなにも、あなたがアルジュナを地上に帰せばそれで全てが穏便に済むのだけれど」

 

『それは無理な話ですね。私はもうアルジュナ様なくしては生きてゆけませんので』

 

 そう言って、ニコニコと笑うウルーピーにシャストルラは苛立ちの表情を隠せずにいた。ご覧のとおり、彼女はなかなか折れてはくれず、何を言っても『彼が是と言ったから』としか答えない。

 

 いい加減、武力行使(はなしあい)をしたほうが早いと判断したシャストルラがついに片刃刀を抜刀し、彼女の喉元に当てる。

 

「そうか、ならしょうがない。──不本意だけど、強行突破をするしかないね」

 

『人間ごときが、竜王の娘であるこの私に敵うとでも?──いいでしょう。精々、逃げ惑いなさい』

 

 そう言い放つがいなや、冷ややかな風がウルーピーを包み込み、彼女の本性である竜へと姿を変える。その隙に、シャストルラは彼女の住処に入り、監禁されていたアルジュナを救出し、その扉の横に置いてあった彼の愛用の弓を投げ渡した。

 

「アルジュナ、久しぶりだね」

 

「っ!貴女は」

 

 何故ここに、と驚いていた様子で呟くアルジュナ。彼と会ったのは花婿選び以来だが、見ない間に随分と立派な青年になっている。

 

「説明は後でするよ。今、走れる?」

 

「走ろうと思えば、走れますが……」

 

 チラリと自分の足を見る彼。よく見ると、彼の足首に真言(マントラ)が刻まれたアンクレットが付けられており、淡い光を放っている。

 

「あー、なるほど。これは今すぐ解呪できない類いの呪いだね」

 

 恐らく、走ろうとすれば足に激痛が起こるものだろう。できれば今、解呪したいのだがそんな時間もない。と、なれば残る選択肢は──

 

「ちょっと失礼するよ」

 

「は?え、あの、これは?」

 

「横抱きだけれど?」

 

「それはわかっています!」

 

 そう、彼を自分が運ぶというものである。シャストルラよりもアルジュナの方が遥かに身長が高いので、いささか不恰好であるが非常事態である今はそんな事を気にしている場合ではない。……例え、男であるアルジュナにとって、大分恥ずかしい構図であろうとも。

 

「ごめん。我慢して、彼女を振りきるまで」

 

「……、…………戦士(クシャトリヤ)としてもそうですが、男としても……」

 

 シャストルラは片手で顔を覆い、ブツブツと何かを呟き始めたアルジュナを見て申し訳ない気持ちに襲われた。彼の(プライドの)為にも一刻も早くここから逃げようと、移動を始めたことによって、彼女の師とはまた違った命の危機を感じる鬼ごっこが開始されたのだった。

 

 ──そして、現在。

 

『待ちなさい!』

 

 ゴウッと口から水の咆哮を放つウルーピーから、全速力で逃げていた。両手が空いている状態ならば、自分の愛刀を使って攻撃をすることができるのだが、生憎アルジュナを抱えているため、そうすることはできない。

 

「ああもう、しつこい。誰が待つか!」

 

「シャストルラ、次はあそこを曲がって下さい!」

 

「了解っ、と」

 

 走っているシャストルラの代わりに周りを見ていたアルジュナが声を張り上げて逃げ道を指示する。彼の言葉に従って、角張った岩石を曲がったシャストルラはすぐさま息を整え、また走り出した。

 

『まるで野鼠のようなすばしっこさですね』

 

「褒め言葉と受け取っておくよっ!」

 

 律儀にウルーピーの言葉に答えつつ、再び彼女から放たれた咆哮を避けて逃げるシャストルラ。そんな彼女にアルジュナは内心ハラハラしていた。

 

(大丈夫なのでしょうか……)

 

 自分の足が動いて、尚且つウルーピーの願いを聞き入れなければ、華奢な彼女の手を煩わせることもなかったのだろう。しかし、今更後悔してもしょうがない。アルジュナは自分の代わりに走っている彼女の為に己の持てる知識を使って、この状況の打開策を考え始めた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 シャストルラとアルジュナが命懸けの鬼ごっこをしている頃。竜王の城の玉座の間では、彼女を探しに乗り込んで来たラクタパクシャと彼女を(ここ)に引きずり込んだ張本人であるタクシャカが険悪な雰囲気を漂わせていた。

 

『久しぶりだな、タクシャカ。本当は、もうあと千年ぐらい会わなくても良かったのだがな?』

 

『奇遇だな。我もそう思っていたところだ』

 

 不敵に笑う両者の回りには陽炎が揺らめき、太陽のごとき灼熱の炎が荒ぶっていたり、水が渦巻き、奈落の如く冷たい冷気が漂ったりしている。そうやって暫くの間、睨み合っていた一羽と一匹だったが、ラクタパクシャが口を開いたことで、その場の沈黙が破れた。

 

『……友は今、どこにいる』

 

『さぁ?どこにいるのだろうな』

 

 彼の問いにクツクツと笑うタクシャカ。それが気に障ったのか、ラクタパクシャはギロリとインドラでさえ恐れるその鋭い黄金の瞳を彼に向ける。

 

『燃やすぞ。この馬鹿竜が』

 

『馬鹿竜とは、酷い飯草だな。赤い翼を持つ者(ラクタパクシャ)。我が馬鹿竜だというのならば、さしずめお前は阿保鳥といったところか』

 

『誰が阿保鳥だ。(おれ)御前(おまえ)のような聖仙(リシ)に懲らしめられても懲りずに何度もイヤリングを盗みにいくような馬鹿でもないし、阿保でもない』

 

『…………今のは大分、傷付いたのだが』

 

『知らん。勝手に傷付いていろ』

 

 辛辣なラクタパクシャの言葉にグハッと大ダメージを受けたタクシャカ。彼のライフはもう半数近く削られてしまっている。そんな彼の様子を知ってか知らないでか、さらにラクタパクシャは彼に畳み掛けた。

 

『そんな様子だから、ナーガや娘たちが相手にしてくれなくなるのだろう。全く、情けない』

 

 ──パキッ

 

『………………、……………………心が、折れたぞ。今ので』

 

『良かったな』

 

『全然良くない……』

 

 その巨大な図体が纏っている覇気はどこかに消え、小さな蛇がしょんぼりしているような、そんな様子を彷彿とさせる。

 

 それを見て、止めの一撃を言ったラクタパクシャは、内心やり過ぎたかなと思っていたのだが、すぐに傷心から立ち直ることを知っているのであまり気にしないことにした。

 

『大分話が脱線したが、友は御前のところにはいないんだな?』

 

『……ああ、そうだ。今、ウルーピーの説得に行ってもらっている』

 

『御前の娘の?何故またそんなことを……』

 

 意外そうなに目を見開きながら、ラクタパクシャはタクシャカから事情を一通り聞く。最初こそ静かに聞いていた彼だったが、話が進むにつれて、その眉間には皺が寄り苛立ってきていた。

 

『……御前たちの種族は、本当にろくでもない奴ばっかりだな』

 

『悔しいことに、帰す言葉もない』

 

 はぁ、と溜め息をつき呆れたような目でタクシャカを見るラクタパクシャ。『仕方がない』と小さく呟き、不意に彼に背中を向けると、何処かへ飛び去ってしまった。

 

(すまない、小さき者(シャストルラ)。やはり我にはあの過保護な鳥を追い返すのは無理だった)

 

 一方、それを見送ったタクシャカは、今ウルーピーの説得をしているであろうシャストルラに心の中で密かに謝罪をしていた。

 

 ──鬼ごっこが終了するまで、あともう少し。

 


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