Fate/Nilotpalagita Synopsis   作:時雨

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第一章、最後のお話。彼女は、運命に遭う。

今回は少し長めです。


斧を持った男と少女

 さて、腹も満たされたことだし、今後の事を考えなければいけない。今日は彼のおかげで食べ物に困ることはなかったが、明日以降は自力でどうにかしなければならないのだ。

 

 いつまでもここにいるわけにはいかないし。かといって、あてがあるのかといわれると、無いとしか答えられない。それに、すごい今更だが親切にしてもらったとはいえ彼は赤の他人だ。介抱をしてやったのだから、なにかお礼をしろと言われるかもしれない。……今までの様子を見る限りそれはありえないと思うが。

 

 私の近くに胡座をかいて座っている彼をチラリと見る。どこからか取り出してきたすり鉢のような容器に草を入れて、棒でそれをゴリゴリと磨り潰している。

 

「なにをしているんですか」

 

「これか?薬草を磨り潰して、薬を作っているんだ」

 

 ほれ、と言って私にすり鉢を渡してくる。覗いてみると、すり鉢の中は緑色のペースト状になった薬草があった。つんとした草独特の臭いが鼻をくすぐる。

 

「何の薬ですか?」

 

 気になって、彼にそう質問をした。粉末ではないから飲んで使用する物ではないだろう。

 

「傷薬だな。色はこんなんだが、効き目は十分にある」

 

「なるほど……」

 

 私の質問に答えると、彼は薬を作る作業に戻る。しげしげと興味深げに彼の作業を見ていると、彼はふと思い出したかのように顔を上げた。

 

「今更聞くのもなんだがお前、行くあてはあるのか」

 

「ないですね」

 

「即答か。……じゃあ、これからどうするんだ」

 

 どうするんだって言われてもねぇ。頑張れば、なんとかなりると思う。でも、冬になったら食べ物も少なくなるだろうし、少し厳しいかもしれない。

 

 ……うん、どうしよう。

 

「どうしましょうね」

 

「考えてなかったのか」

 

「考えてなかったです」

 

 そんなんで大丈夫か、と呆れたような顔で言われる。それに大丈夫じゃないです、と返す。何故か溜め息をつかれた。すみませんね、何も考えてなくて。

 

 すると、彼は顎に手を当てて、なにかを考えはじめた。多分、私のことについて思案しているのだろう。

 

(別に、どうなったって構いはしないけれど)

 

 彼が結論を出すまで、私はただじっと、目を瞑って待っていることにした。

 

 *******************************************

 

 

『貴女は、優しい子なのね』

 

 私の目の前に立っている蓮の瞳を持つ女神(かのじょ)は静かに微笑む。……一体、私のどこを見てそう思ったのか。

 

『私は、優しくなんてないです。愚かで、残酷。そんな人間です』

 

 醜くて、汚い。そして、どこか歪んでいる。本当の自分が判らなく、自分が真実を言っているのか、はたまた嘘を言っているのかも解らない。そんな人間がなんで()()()子だと言われるのか。

 

『いいえ、貴女は聡明で、酷く優しい。まるで青蓮のように美しい人間よ。』

 

 青い蓮(ウトパラ)、か。花言葉は確か、“清らかな心”

だったような気がする。私には到底、当てはまらない言葉だ。

 

 するりと、彼女は私の頬を撫でる。その手つきはまるで、繊細なガラス細工を壊さないように触れているかのようだった。

 

青い蓮(ウトパラ)の愛し子。貴女に、(わたくし)の加護を授けましょう。純真無垢な貴女が(わざわい)から逃れるために』

 

 ──貴女が、幸運になれるように。

 

 そう言って、蓮の衣を纏った彼女は私に祝福を与えた。天からは美しい花が雨のように降ってくる。

 

『……シュリー様、何で私に加護を与えたのですか』

 

 気まぐれな彼女が、人間(わたし)なんかに加護を与えるなんて。明日は槍でも降ってくるのだろうか。いや、もしかしたら世界が滅亡するのかもしれない。

 

 そう思っていると、彼女──幸運を司る女神・ラクシュミーはただ静かに微笑んで、こう言った。

 

『貴女のことを、気に入っているからよ。それに、貴女は自分の幸せを執拗に求めていないでしょう?』

 

 ──だから、(わたくし)は貴女を…………。

 

 ******************************************

 

「おい、起きろ。なに人が真面目に考えているときに、当事者であるお前が寝ているんだ」

 

 彼は私の肩を叩いて、そう文句を言う。どうやら、目を瞑って待っているうちに寝てしまったらしい。すみません、と素直に謝って彼の方を見る。

 

「考えてみたんだが、あまりいい案が思い付かなかった」

 

「……そう、ですか」

 

 顔をうつむかせる。やっぱり、私はあの森で暮らさなければならないのだろうか。

 

「だが、」

 

 マイナス思考に走りかけていたそのとき、男の力強い声が私の耳に入った。

 

「一度、面倒を見た奴を見捨てるほど俺は薄情者ではない。かといって、このままこの場所にいるのは、お前の気が引けるだろう」

 

「じゃあ、どうするんですか?」

 

 彼はニヤリ、と不敵に笑う。まるで、獰猛な虎が獲物を目の前にした。そんな笑顔だった。

 

「俺の、弟子になるつもりはないか」

 

「……弟子?」

 

 私は首を傾げる。弟子って、よく少年漫画とかで見るやつだよね?……私、運動神経あまりよくないよ。ボールを避けたり、隠れたりするのは得意だけれど。

 

「そうだ。俺はしがないバラモン僧だが、たまに弟子になりたいと言って、武術の教えを乞う奴等もいる。今まで、そういう奴等にしか教えていなかったが、そろそろ自分で弟子をとってみようと思っていてな」

 

 なるほど、つまり『ちょうど弟子をとろうと思っていたからお前がなってみない?』ということだろう。というかこの人、司祭(バラモン)だったんだ。私からしたら、雲の上に住んでいるような、そんな感じの人たちだ。ちなみに、バラモンはヴァルナ──分かりやすくいうと階級制度 の最高位に属している。ヴァルナは司祭階級(バラモン)戦士、王族階級(クシャトリヤ)庶民階級(ヴァイシャ)労働者階級(シュードラ)の四つに分かれている。他にはヴァルナに属さない人、不可触賎民(アンタッチャブル)という人もいる。

 

 私はこの内の庶民階級(ヴァイシャ)に属しており、バラモンやクシャトリヤを貢納によって支えることが義務とされている。なにが言いたいのかというと、彼らに貢献する立場である私が、彼に弟子入りするのは到底無理だということだ。普通なら、弟子入りするどころか、顔を合わせることもできない。ただし、同じバラモンやクシャトリヤだったら話は別だが。

 

 幸い、元現代人(にほんじん)だから、身分階級なんてあまり気にしてはいない。が、郷に入っては郷に従わなければいけないときもある。私は彼に自分の身分を伝えた。殺されてしまうだろうか、なんて思っていると、彼は意外なことを言ってきた。

 

「なんだ。そんなことか、別にお前が庶民階級(ヴァイシャ)だろうが俺は気にしないぞ?少し驚いたがな。それに、お前、どこかの神の加護を持っているだろう」

 

「気にしないんですか。確かに、あなたの言うとおり私は神の加護を持っていますが。……いつから気づいてたんですか」

 

「森で会った時からだ。まあ、お前とは違うが、似たような奴と会ったことがあるからな。気配が独特だからすぐ分かる」

 

 へぇ、と彼の言葉を聞いて感心する。私以外にも似たような人がいるんだ。さすが古代インド。ファンタジーに満ち溢れている。一度、その人と会ってみたいな。

 

「で、どうする。俺に弟子入りするか?」

 

 再度そう聞かれる。元々、武術には興味はあったができるかといわれると、そうでもない。よく、学校の授業で剣道をやるとき、竹刀を持って素振りをしていると周りが「それで人を殴り殺さないでね⁉」等と騒いだり、空手部に体験入部をしたときは「なんか、様になっていて怖い」とか言われていた。私をなんだと思っているのか……。

 

 閑話休題

 

 とりあえず、彼がいいなら弟子入りさせてもらうことにした。すると彼は嬉しそうに笑って「お前は鍛えがいがありそうだ」と言う。そりゃ、こんなにヒョロヒョロな体つきをしているからね。

 

「そういえば、まだあなたの名前を聞いていないのですが」

 

 これから長い付き合いになるのだから、ちゃんと相手の名前を聞いておいたほうがいいと思って、彼に聞く。私は、今世の自分の名前はあまり好きではないからな……でも、聞いたからには名乗らないと失礼か。

 

「俺の名か?──俺の名はパラシュラーマ。(ちまた)では“戦士殺し(クシャトリヤ・キラー)”とも呼ばれている」

 

 斧を持ったラーマ(パラシュラーマ)。ヴィシュヌ神第六の化身(アヴァターラ)であり、インド神話における聖仙ジャマダグニの子。二十一回に渡ってクシャトリヤを全滅させ、罪を犯したが故に、他の化身同様に天に昇ることができず、地上に留まった神の代行者。

 

 私は大きく目を見開く。あのインド二大叙事詩『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』に登場する彼が私の師となる人物だとは。

 

「なにが“しがないバラモン僧”ですか。しがないどころかとても有名じゃないですかあなた」

 

「まだ十にもなっていない子どもが俺のことを知っているとは……。今は森に隠居している身だから“しがないバラモン僧”であっているとおもうが?」

 

「あってません」

 

「随分バッサリと言うな。ほら、俺は名乗ったから次はお前の番だ」

 

「私は、あまりこの名前が好きではないんですが……──私の名前は××××、といいます」

 

 ××××、私には似合わない名前だ。自嘲気味にそういうと、彼は良い名前じゃないか、と言って褒めてくれた。

 

「お前がその名があまり好きではないというのならば、そうだな。青……は率直すぎる。お前は年の割には物言いがバッサリしているからな、小刀(シャストルラ)とでも名乗れ。自分の真名が好きになれるまではな」

 

 青、と呟いたのは私の瞳を見て言ったのだろう。私の瞳は青い蓮の花のような、鮮やかな(ブルー)をしている。髪は透明感のある灰色(アールグレー)で、この辺りでは見ない色だ。肌の色もこのインドでは珍しい色白の肌をしているので、とても目立つ。

 

「シャストルラ、ですか」

 

「ああ、そうだ」

 

 小刀か。日本でいう短刀のようなものだろう。刀といえば、某刀剣擬人化ゲームを思い出す。気に入ったので、今度から人にはそう名乗ることにした。

 

「分かりました。ではこれからよろしくお願いします、()()

 

「こちらこそ、よろしく頼むぞ。()()()()。」

 

 

 ──かくして、彼女の物語が幕を開ける。ヴィシュヌの第六の化身(アヴァターラ)と彼女が邂逅することによって、あるはずのないシナリオが世界に顕れたのだが、はたして、運命の転生者はこの人生(ゆめ)に何を見るのだろうか。そのことは神のみぞ知る……。




ヴァルナについてはWikipediaさんから諸々、あとは他のサイトと本を参考に書きました。

誤字報告、ありがとうございます!
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