「君の名は。サヤチン」   作:高尾のり子

10 / 16
Aルート

 

Aルート

「わかった。お父さんに、頼もう。秘密にしてくれるかもしれないし」

「ヒーーぅぅ!」

「電話かけるね。……………すぐには、出てくれないかな。こんな、夜中だし……あ、もしもし!」

「三葉、こんな時間に、どうした? もしや一葉お義母さんに何かあったのか?」

「いえ、違います! あの、私は三葉ちゃんの友達で、名取早耶香といいます!」

「ん? ……ああ、三葉の友人の、名取家の」

「すぐ来てください! クルマで! 誰にも知られないように!」

「………どういうことか、説明してくれないか?」

「三葉ちゃんの具合が悪いんです! けど、他人に言えないようなことなの! 四葉ちゃんにも、お婆さんにも内緒なの!」

「……わかった。すぐに行く。表通りには出られるかね?」

「はい、なんとか連れて行きます」

 サヤチンが私を抱き上げてくる。

「三葉ちゃん、起きて。歩ける?」

「ヒーーぅぅ!」

 無理! 脚が動かない。お腹から下は痛すぎて、どうなってるかもわからない。

「なんとか、外に出よう。お父さんが迎えに来てくれるから」

「くぅぅ…ヒーーっヒーーヒヒ…」

 動かされると、お腹が千切れそう。

「階段だよ。私の肩に体重をかけて。ほら」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「ここからは、おんぶ、してあげるから」

 痛い、痛い、お腹が揺れて、死にそう。

「あのヘッドライト、町長さんの……よかった、すぐに来てくれて」

「三葉は、どうしているのかね?」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「呼吸音が……とにかく、後ろの席に乗せて。君は三葉の脚をもってくれるかな」

「はい」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

 苦しい、痛い、もうダメ、死ぬ。

「三葉……どうして、こんな状態になるまで……いったい、三葉に何があったのか、説明してくれるね?」

「はい。………その……妊娠を中絶させたんです」

「中絶……」

「でも……保護者の同意が……お母さん亡くなられていて……だから、大阪にある……ネットで調べた。………ちょっと怪しい病院で……」

「不法施設に行ったのか……なんと愚かな…」

「どうしても町の人たちに知られたくなくて。だから、なんとか、お願いできませんか。秘密に」

「………わかった。君は四葉とお義母さんを誤魔化しておいてくれ。いや、普通に風邪をこじらせたので私が病院へ連れて行った、と安心させるだけでいい」

「わかりました。三葉ちゃんを、お願いします」

 クルマが動き出して揺れると、お腹が痛くて死にそう。

「三葉、長野県に私の友人が経営している病院がある。そこまで頑張れ」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「…………くっ……なんとバカな娘だ……、あんな、いい友人にまで迷惑をかけて………くっ………ぐすっ…、二葉がいれば、こんなことには……くっ…」

 痛い、痛い、お腹も、心も、もう痛くて、痛くて、死にたい。気が遠くなってきた。このまま、いっそ死んじゃう方が楽かな……死にたいな……お母さんに会いたい……。

「三葉、目が覚めたか?」

「…………」

 お父さんの顔……白い天井とカーテン………病院かな。

「……痛くない……」

 お腹が痛くない。感覚がない。麻酔かな。

「お父さん……ここは?」

「病院の個室だ。もう処置は終わったそうだ」

「そっか………もう痛くない……よかった」

「………」

「……ごめんなさい……迷惑かけて…」

「…………そんなことは、どうでもいい……」

「………………」

 お父さん、すごく疲れた顔してる。夜中に呼び出して……今は何時……14時、お仕事、休んだのかな。

「お父さん……仕事は?」

「どうでもいいことを訊いている場合か………お前は、自分のしでかしたことの重大さを……」

「だから、それは迷惑かけて、ごめんなさいって」

「…………くっ…」

「………本当に、ごめんなさい」

「…………私に謝ってくれなくてもいい………。お前は自分で後悔しろ」

「……………そんな、ひどい言い方しなくていいのに……」

「お前は、もう………」

「もう?」

「……………病院に運び込んだとき、もう危険な状態だったのだ」

「そうなんだ。……助かって、よかった」

「………おそらく不法施設で中絶したことにより、子宮へ雑菌が入り込んだそうだ」

「ぅぅ……だから、あんなに痛かったんだ」

「それも、普通なら犬や猫にいるような細菌だそうだ」

「…………」

「子宮内膜を大きく削り取らねば命が危うかったそうだ」

「……子宮……」

「………」

「もう治ったの?」

「………命の危険はない。………」

「……他に何かあるの?」

「もう、お前は………妊娠できないそうだ」

「え?」

「………お前は子供をつくることができない。そういう身体になった」

「…………ウソ?」

「残念だが……事実だ」

「……………………………なんで………私が………」

「自業自得だ」

「…………………」

「こうなっては、お前は高校を卒業したら、糸守町を出て東京へでも行くんだ」

「……なんで、東京?」

「せめて、立派な大学に入り、ひとかどの学者にでもなるか、企業で活躍するか。結婚せずにいても面目が立つように生きろ。糸守町には帰ってくるな」

「…………結婚……しちゃいけないの? 町にも、いちゃいけないの?」

「子供が産めないと知っていて、嫁にやった、婿を取った等と言われるわけにいくか。都会なら、いざ知らず、糸守では面目が立たない。結婚相手とその家まで不幸にする気か……そんなことも……まだ、わからんか……。わからんから、愚かなことを……。とにかく、せめて四葉や一葉お義母さんを悲しませないよう、黙っていろ。このことは私の胸のうちだけに秘めておく。あの名取さんにも黙っておけ。そうすれば、お前は志望して東京へ行き、立派に活躍していて、たまたま婚期を逃したのだと、言い訳も立つ。後ろ指を指されるようなこともない。いいな?」

「………………」

「………愚かな。………お前など…」

 産まれてこなければ、よかった、と言いかけて止められたんだって、わかった。白い病室の天井が、真っ黒に見えるくらい、気持ちが暗く深く、地の底に落とされたみたいに感じたから、泣く気にもならなかった。

 

 

 

 起きたら、三葉ちゃんの身体で、どこかの病院だった。

「助かってたんだ。よかった。スマフォに返事もないから、心配したよ。もォ」

 立ち上がろうとすると、目まいがして病室に入ってきた看護師さんが支えてくれる。

「宮水さん、まだ安静にしていてください」

「はーい。私の退院って、いつになりますか?」

「このままなら明日でしょうね」

「よかった」

 お腹も痛くないし、やっぱり、ちゃんとした病院で診てもらわないとダメなんだなァ、本当に三葉ちゃんには悪いことをしたから、ちゃんと謝っておこう。

 

 

 

 克彦の部屋で、目が覚めた。エッチの後で少し寝ていたから。

「大好きだよ、克彦」

「ああ、オレも。……ごめんな、早耶香の気持ちに気づくのが、遅くて」

「ううん、もういいの」

 もう数え切れない回数になったキスと、2回目のエッチをする。さっきは初めてのエッチだったけど、あんまり痛くなかったし、コンドームは使わなかった。明日から月経だから大丈夫なはず。

「ねぇ、克彦」

「ん?」

「明後日さ、糸守でお祭りあるけど、私は名古屋の遊園地に行きたい」

「……祭りの日にか?」

「月経と重なるから、もしかしたら体調でドタキャンするかもしれないけど、行きたい」

 たぶん、明日は入れ替わりが起きるけど、明後日は起きないはず。だから、お祭りは退院した三葉ちゃんが巫女を務めて、私は遊べる。それに、お祭りは、もう飽きた。

「いつも三葉ちゃんの舞いを見てシメだけどさ。私は克彦が三葉ちゃんと行った遊園地に行きたい。ダメ?」

「ああ、あそこか」

 克彦が起き上がって自分の財布をチェックする。紙幣の量を見てから答えてくれる。

「いいぞ。行こう」

「ヤッター♪」

「彗星も来るけど、名古屋からでも見えるだろうしな」

 彗星なんか、どうでもいい、とうとう私は念願の場所に、私の身体で克彦と行けるんだから。

 

 

 

 起きたら、名取さんの部屋だった。身体を見なくても、何が起こったか、わかる。

「………この入れ替わり……いつまで続くの……もう、うんざり……」

 この家に居て、名取さんの家族と話すのも苦痛だから、外に出た。誰にも会いたくないから、空き家を探して勝手に入った。だんだん人口が減ってる糸守に空き家は多い。

 ポン♪

 名取さんのスマフォが鳴った。

「………」

 私のスマフォからメッセージが着ていて、勅使河原くんと接触しないでほしいことが書いてあった。

「……言われなくても……いちいち……あの人……自分のことしか考えてない……」

 何も考えたくないからスマフォでゲームする。

「………」

 ずっと、ゲームしてたら日が暮れた。

「……お腹空いた………でも、あの家族と、ご飯を食べるの……イヤ……」

 メールで夜中に食べるから、残しておいてと送信した。帰宅するのも、遅くしよう。長い時間、空き家に居たから、何カ所か、虫に刺されたし、ボリボリ掻いたから傷になって血が出たけど、そのくらい、どうでもいいでしょう。私にしたことを思えば、虫刺されくらい、何億倍もマシなんだから。

 

 

 

 早朝、四葉に起こされた。

「お姉ちゃん、今日のお祭り、やめよう」

「……急に、どうしたの? そんな不安そうな顔をして」

 しっかりもので可愛らしい妹が、こんな顔をしてると心配になる。四葉にだけは笑っていてほしい、幸せになってほしい。

「わからないけど、なんだかイヤな感じがするの。お祭りはやめて、みんなで町の外に出よう」

「…………」

 そっか、この子にも思春期が来たんだ、イヤだよね、みんなが見てる前でヨダレ垂らして変なお酒を造るの。イヤに決まってる。

「うん、いいよ。全部、お姉ちゃんがしてあげるから四葉は巫女なんかしなくていい」

「そういう話じゃなくて!」

「四葉は好きにしていいよ。自由にして」

 犠牲になるのは私一人で十分だよ。

「私が一人で巫女するから、四葉は思うようにして、思うように生きて、ね」

「…………。やっぱり、お父さんに…」

 四葉は、どこかへ行ってしまった。お祭りの準備が進んでる。もう何も考えなくても、身体が覚えてるから巫女服を着て、人に会いたくないから自分の部屋で時間まで待機する。

「………」

 夕方になって、町営放送のマイク音が響いてきた。

「糸守町民の皆さん、こちらは町役場です」

 名取さんの姉の声、お尻触ったくらいで、ひどい仕返しをした人の声、こんなキレイな声をしてるのに、心の中は差別意識と自分たちだけは幸せで当たり前っていう思考の女。

「町長の宮水俊樹です。これから臨時の避難訓練を行います」

 この人、なんのために町長になったのかな、なんのために娘を捨ててまで、だいたい、お前こそ結婚なんかしなければよかったんだ。

「はぁぁ……そろそろ時間かな……舞いやって、お米を吐いて……こんな祭り……」

 ポン♪

 スマフォが鳴った。名取さんからの音だ。どうせ、勅使河原くんと屋台で遊んでるとか、そんな内容に決まってる。お祭り……お客さんとして参加したの……楽しかったなぁ……金魚すくい……もう一度したいなぁ……彼氏と………彼氏なんか、もう私には……それに、金魚すくいって最低だよ……金魚の命をなんだと思って……人間の勝手なエゴで、なぶりものにして……私も、それに気づかないで、追い回して遊んで……三日で殺した。

 ポン♪

「しつこい」

 二度目の着信音。スマフォを開いて送信されてきたものを確認した。

「……………ここにいないのか………その方が、せいせいする……」

 あの二人は、お祭りに来てない。名古屋の遊園地にいるって楽しそうな写真付きメッセージをくれた。

「……三葉ちゃんのおかげだよ……か。………二通目は…………変な病院に行って、ごめん。もう元気? …………私に謝るのは、デートの報告の、ついでなんだ……フフ…」

 ポン♪

 三通目が来た。

「………虫刺されの痕を隠すのが大変だったよ……デートなのに……これからの季節は虫が多いから注意してよ………」

 軽薄な謝罪の次は、文句なの。

「こんな人………死んじゃえばいいのに………こいつも………ううん……人間なんて、みんな勝手………自分のことしか考えてない……みんな滅べばいい……」

「お姉ちゃん! 避難して!!」

 足元で何かが喚いてる。もう舞いの時間だから、境内に出よう。空を見上げた。

「……彗星……」

「お姉ちゃん、お願い! 避難して! ここから、できるだけ遠くに!」

「………フフ……そっか……なるほど……避難なんて無駄だよ……」

 思い出した。

 忘れてた。

 そうだった、この2400年。

 もう、こいつら人類に次の1200年は、いらない。

 結論は出た。

「聞こし召せ」

 はじめて舞うけど、お母さんから口伝されただけなのに、ちゃんと身体が動く。

「っ?! お姉ちゃん?! ……そ……その…舞いは……」

 舞い始めて、その動作に込められた意味がわかってくる。

「……滅びの舞い……や、やめて! お母さんが絶対、舞っちゃいけないって!」

 現生人類に見込み無し。

 繰り返す。

 現生人類に銀河共生成体の構成員たりえる見込み無し。

 これを滅失されたし。

 地球に次の機会を乞う。

「……もう滅びるといい……人類は…」

「お姉ちゃん………、………宮水の巫女は……そっか……観察してたんだ……」

 同僚と、ともに見上げた黄昏時の空に大きな彗星が迫ってくるのが見えた。

 きっと、名古屋までも一瞬で吹き飛ばすに違いない。

 一瞬か、もっと苦しめばいいのに。

 

 

 

 オレはイタリアの空を見上げながら、ホテルのプールサイドで満腹になった腹を撫でた。

「ああ……美味かったなぁ」

「美味かったっすね、兄貴」

「イタリアンの本場は違うなァ」

 弟分とワインを傾けながら、満喫したイタリアンの味わいを反芻する。

「しかし、こっちのレストランは、あれだな、爪楊枝を突っ込んだくらいじゃタダにしてくれねぇな」

「そうっすね。兄貴の妙技、ケツの肉を切らずにスカートだけを切り裂く超人技を出しても。恥ずかしがるどころか、ウェイトレスによっては、これを機会に踊り出して目立とうとする女までいるっすからね」

「やっぱ、女は恥じらいだよなァ。日本はよかった」

「お、日本のニュースをやってるっすよ。クソNHKの国際放送が」

 弟分がテーブルにあるポータブルテレビを向けてくれる。

「ただいま入りました情報によりますと、ティアマト彗星が突如、軌道を変え、日本の中部地方へ落下したとのこと。これにより日本全土は壊滅的な被害を受けております」

「おおお……オレら、イタリアにいて超ラッキー!」

「ついてるっすね!」

「おうよ、生き残る価値のある人間ってのは、こういうもんさ!」

「巨大な隕石落下により舞い上がった塵によって、地球は長期の氷河期に突入するとの予測もあり、今後地球全体の人類が存続の危機に立たされるとの見込みもあります」

「「…………………」」

 オレらも、ヤバイ、かもしれねぇ。

 

 

 

副題「サヤチンだと一部でなく全部が落ちてきました」

 

 

 

 

 




  幕後閑話
三 葉「この話さ、甘く切ないストーリーってことじゃなかったの?」
早耶香「わきが甘い三葉ちゃんが切ない目に遭うストーリーらしいよ」
三 葉「うぐぐぅ…」
早耶香「まあまあ、かわいそう過ぎるから分岐あるし少しはマシかもよ」
三 葉「本当にマシになるかなぁ」
早耶香「結局、どんな二次作品があっても、原作の三葉ちゃんは小揺るぎもしないから」
三 葉「それもそうだねぇ♪」
早耶香「カレンダーを気にしない注意力も揺るがないけどね」
三 葉「ぬぅぅ……」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。