「君の名は。サヤチン」   作:高尾のり子

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Bルート第一話

Bルート第一話

 

 

「そうだね。お父さんに頼んでみよう。でも、私の責任だから最後まで」

 サヤチンが私の手を握って言う。

「いっしょに行くよ」

「サヤチ…ヒーーぅぅ!」

 うれしい、お腹が痛くて死にそうで心細かったけど、サヤチンがいてくれるから安心できる。私は力の入らない手で、握りかえした。

「電話かけるね。……………すぐには、出てくれないかな。こんな、夜中だし……あ、もしもし!」

「三葉、こんな時間に、どうした? もしや一葉お義母さんに何かあったのか?」

「いえ、違います! 三葉さんの携帯電話からかけていますが、私は名取早耶香といいます。夜分に申し訳ありませんが緊急にお願いしたいことがあります」

「名取…ああ、あの名取家の、次女さんの方かな?」

「はい」

「それで?」

「今、三葉さんは、とても具合が悪いのです! けれど、他人に話せないようなことなんです。四葉ちゃんやお婆さんにさえ、隠していることなのです」

「……それは…また…」

「救急車も呼べず、私も、どうしていいか、わかりませんが、このままでは危険な気もします。どこかの病院へ秘密にかかりたいんです。助けてもらえませんか?」

「……わかった。すぐに行く。表通りには出られるかね?」

「はい、なんとか連れて出ます」

 電話を切ったサヤチンが私を起こしてくれて、背中を向けた。

「おんぶするから抱きついて」

「ヒーーぅぅ!」

 返事もできないけど、なんとかサヤチンの首に手を回すと、私が落ちないように手首を握ってくれる。人に、おんぶしてもらうなんて……何年ぶり……お母さん……。

「ヒーーぅぅ!」

「くっ…大丈夫、行ける」

「くぅぅ…ヒーーっヒーーヒヒ…」

 動かされると、お腹が千切れそう。けど、サヤチンが頑張って私の体重を持ち上げてくれてるから、私も頑張る。家を出て、夜中の表通りに出た。

「あのヘッドライト、町長さんの……よかった、すぐに来てくれて」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

 痛い、痛い、おんぶしてもらってると、寝てるのと違ってお腹が圧迫されて、股間から何か漏らしてる気がする。オシッコかもしれないし、ウンチかもしれない、おりものかもしれない、そんな汚い私なのにサヤチンは、しっかりおんぶしてくれてる。

「三葉は、どうしているのかね?」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「呼吸音が……とにかく、後ろの席に乗せて。君は三葉の脚をもってくれるかな」

「はい」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

 お父さんとサヤチンが私をクルマに、そっと乗せてくれる。痛い、苦しい、でも、二人が優しいから私も頑張る。

「三葉……どうして、こんな状態になるまで……いったい、三葉に何があったのか、説明してくれるね?」

「はい。………実は………妊娠を中絶させました」

「中絶……」

「でも、保護者の同意を……。隠して中絶するために、ネットで調べた大阪にある、かなり怪しい場所で手術を受けました」

「不法施設に行ったのか……なんと愚かな…」

「すべて私の責任です。私が調べて、そこへ三葉さんを行かせたんです」

「……。君の責任ではない。結局は、それを選んだ本人の責任だ」

「いえ、私が強制的に行かせました。妊娠させた男性が、私と関係のある人だから」

「……………。ともかく、君は四葉とお義母さんを誤魔化しておいてくれ。いや、普通に風邪をこじらせたので私が病院へ連れて行った、と安心させるだけでいい」

「その連絡は朝でも大丈夫だと思います。どこの病院へ行くにしても、付き添わせてください」

「……、わかった。乗りたまえ」

「はい」

 サヤチンが乗り込んできて、私に膝枕してくれた。

「頑張って、三葉ちゃん、病院にいけば、きっと良くなるよ」

「うん…ヒーーっヒーーヒヒ…」

 クルマが動き出して揺れると、お腹が痛くて死にそうだけど、サヤチンが揺れないように手で支えてくれる。痛くて涙を流してしまって、サヤチンのスカートを濡らしてるけど、私の涙に混じって、サヤチンの涙も降ってくる。

「ごめん……本当に……ごめん……私は最低だった……」

「サヤチ…ヒーーっヒーーヒヒ…」

「三葉、長野県に私の友人が経営している病院がある。そこまで頑張れ」

「ヒーーっヒーーヒヒ…」

「名取さん、三葉を看ていてやってくれ。頼む」

「はい」

 どのくらい苦しんだんだろう……高速道路を走ってる感じがあって……痛くて気絶したり、気がついたりして……高速道路をおりた感じがして……病院に……やっと、お医者さんに診てもらえて……安心して……明るい、まぶしい、手術室に………よかった、これで助かる、安心して目を閉じた。

「三葉、目が覚めたか?」

「…………」

 あ……お父さんの顔……白い天井……サヤチンも反対側にいてくれる。

「三葉ちゃ………ぅぅ……ぅうぅ…」

 そんなに泣かなくても、もう助かったんだよ、ありがとう、サヤチン。もう、お腹が痛くない。ぼやっとして感覚がない。麻酔かな。ここは病室みたい。

「……ありがとう……サヤチン……お父さん…」

「…ぅううっ…ひぅぅ……」

「三葉……くっ…」

 お父さんまで泣かなくても………お母さんが死んだときも、人前では泣かなかったのに。サヤチンは泣きすぎて目が真っ赤。

「ううっ…うわああっ! …ごめんなさい………三葉ちゃ…ううっうわああっ!」

 サヤチンが泣きながら謝ってる。もういいよ、もう、いいんだよ、助かったし。そう言ってあげたいのに、ぼんやりして、口が動かないし、頭の回転も悪い。麻酔のせいなのかな。眠たい。もう少し寝ていいかな。でも、心配かけるかな。

「三葉……っ…」

「二人とも……そんなに泣かないで……もう無事に助かったから……」

「いや……お前は……くっ…」

「……お父さん?」

 何か言いにくそうにしてるから、まだ私は完全じゃないのかな。入院、長引くのかな。

「私の……身体……どんな感じなの? 長引きそう?」

「……退院は、すぐにできるそうだ……」

「よかった」

「…………」

「うわあああん! うわああああん! ごめんなさい、ごめんなさい!」

 そんな大声で泣かないでよ、サヤチン。

「もう、いいよ、サヤチン。もう痛くないよ、ぜんぜん平気」

「ううっ…うううっ…違う…み…三葉ちゃんは…私のせいで…うううっ…うううっ…」

「だから、もういいよ」

「三葉、お前の身体は………病院に運び込んだとき、もう危険な状態だったのだ」

「そうなんだ。……でも、助かって、よかった」

「……命は助かった。……だが、……不法施設で中絶したことにより、子宮へ雑菌が入り込んでいたそうだ」

「ぅぅ……だから、あんなに痛かったんだ」

「そのために子宮内膜を大きく削り取らねば、命が危うかったそうだ」

「……子宮……」

「………」

「……それって、治るの?」

「……いや……お前は……もう……月経が来たりすることは……ない、そうだ」

「生理こなくなるんだ……それは、うれしいかも」

「「………」」

「……あれ? でも……生理が無いってことは……赤ちゃん……」

「そうだ。三葉は、もう子供をつくることができない……そういう身体になったそうだ」

「ぅううっ! うわああああぁあぁ!」

「サヤチン……」

 そんな風に先に泣かれたら、私が泣くタイミングが……ぼんやりしてるから、ショックとか、悲しいとか、まだ実感がないよ。

「サヤチン……そんなに泣かないで………別に、赤ちゃんできなくても……まあ、いろんな人生があるよ」

「そ、そうだな! 三葉! その通りだ! いっそ、立派な大学に入り、ひとかどの学者として名をはせるのもいい! もしくは企業で活躍するか! そうすれば、結婚せずにいても面目は立つぞ!」

「……結婚………結婚くらい……したいかも……彼氏……」

「………。………理解のある男性なら……」

「ごめんなさい! 私のせいで! ごめんなさい、三葉ちゃんの人生をメチャクチャに…うっううっ! うわあああああああ!」

 泣き叫んだサヤチンがベッドサイドのテーブルにぶつかって、そこにあったガラス製の水差しが落ちた。

 ガチャン!

 ガラスの割れる音が響いてる。そんなに高価そうなものじゃないから、よかった。なんてことを考えていたのに、サヤチンはガラス片を見つめた後に、とんでもないことを始めた。

「…っ…私も…」

 ガラス片を素手で拾ったサヤチンが、勢いよく自分のお腹に突き刺してしまう。

 ズブッ…

 鈍い音が響いて、ぼんやりしてた私も驚いた。

「サヤチン……なにして…」

「うぐっ…私も同じ目に遭うから……くっ! もっと……えぐって…」

 サヤチンは突き刺したガラス片を抜いて、また下腹部に、もっと深く刺そうとして振り上げてる。

「やめるんだ!!」

 お父さんが、それを止めてくれた。

「君が、そんなことをして何になる?!」

 そうだよ、そんなことしても、何もならない。

「だって! 私は!」

「いいから、やめるんだ!! ガラスを離しなさい!」

「ぅううっ…ぅわああぁあ!」

 泣き崩れたサヤチンのスカートが切れていて血が滲んでる。でも、そんなに深い傷じゃなさそう。よかった。お父さん、早く止めてくれてよかった。それに、たぶん、また明日、その身体になるの、私かもしれないんだからね、どっちも入院とか、やめてよ。ダメだ、眠い。そんな状況じゃないのに、きっと麻酔のせいだ。

「……お父さん……お願い、……サヤチンにバカな真似、絶対させないで……私……眠い……寝るね、ごめん」

 目を閉じたら、真っ暗な海に落ちるみたいに、寝た。

 

 

 

ここからR15、ガールズラブ要素が入ります。

 





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