「君の名は。サヤチン」   作:高尾のり子

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Cルート第一話

Cルート第一話

「お父さん、学者さんだけど、お医者さんじゃないよね。救急車にしよう!」

 サヤチンが決断してくれた。

「もうバレるバレないの問題じゃないよ! 三葉ちゃんの身体が何より大切!」

「サヤチ…ヒーーぅぅ!」

 うれしい、お腹が痛くて死にそうな私を見て、サヤチンが決めてくれた。すぐに119番してくれてる。

「もしもし!」

「火事ですか? 救急ですか?」

「救急です!」

 サヤチンは隠したりしないで、怪しい施設で中絶手術を受けて具合が悪くなったことを説明して救急車を呼んでくれた。苦しむ私には時間の経過がわからないけど、たぶん、すぐに救急車のサイレンが聞こえてきた。夜中の静かな糸守に、山びこしてサイレンの音が響き渡るから、きっと町中の人が聴いてるはず。家の前に救急車が停まる音がして、サヤチンが誘導して救急隊員を二階へ連れてきた。

「担架へのせるぞ。3、2、1」

 私を持ち上げてくれて、安静に救急車へ運んでくれる。

「お姉ちゃん……」

「三葉……そんなに悪かったん……なんで、もっと早う……」

 四葉とお婆ちゃんに心配かけてるのが悲しい。

「どなたが付き添われますか?」

「私が!」

 サヤチンが付き添ってくれる。四葉は10才だし、お婆ちゃんは高齢だから、隊員も納得してくれてる。いつの間にか近所の人が集まってきてる。

「一葉さん、大丈夫なんけ?!」

「お婆さん、どないや?!」

「私は元気です」

「運ばれるのは、お姉ちゃんです。お騒がせして、すいません」

「なんや、姉ちゃんの方か……どないしたんや?」

「「……」」

 心配して訊かれてるけど、答えて欲しくないし、お婆ちゃんも四葉も知らない。救急車に乗ってる私とサヤチンは搬送先の病院が決まるまで耐えた。そして、一番近い婦人科のある総合病院へ運ばれた。

「どうされましたか?」

「ヒーーぅぅ!」

 お医者さんに訊かれても痛くて苦しくて答えられない私に代わってサヤチンが、どんな施設で、どんな処置をされたか説明してくれて、私は強い抗生物質での点滴を受けることになって、そのうちに眠ってしまった。

 

 

 

 私は三葉ちゃんの身体で病院のベッドで目を覚ました。まだ痛いけど、お腹の痛みは、ずいぶんと軽くなってる。

「…………」

 ベッドサイドには私の身体が付き添ったまま、眠ってる。その私の目も開く。

「……んっ、あ! サヤチンになってる!」

「…お…は…よう…」

「うん、おはよう。……どう? 体調は?」

「ちょっとお腹痛いし、ぼんやりするけど、大丈夫な感じ」

「私、どうなったの? 手術とか、されたの?」

「ううん……ほら、この点滴……」

 身体が重いけど、指先で点滴を指した。

「これで様子を見るって」

「そっかァ。ありがとう、救急車を呼んでくれて。死ぬかと思ったよ」

「……本当に……ごめん……私……自分がしたことが……バレるのが……怖くて……」

「サヤチン……」

 あんな不衛生な施設で中絶手術を受けたなんて隠したかった。けど、もう、お医者さんにはすべて話してある。それで、この点滴をされることに決まった。私たちの話し声が聞こえたのかな、お医者さんが近づいてきた。

「お加減は、どうですか? 宮水さん」

「はい……少し、お腹が痛みますが……ずいぶんと楽になりました。ありがとうございます」

「それは、よかった。危ないところでしたよ。子宮に雑菌が入り込んでいて。あと少し遅ければ、妊娠できないような身体になっていたところです」

「「…………」」

 不安な私たちを安心させるように、お医者さんが微笑んでくれる。

「大丈夫、一週間も入院すれば、元に戻ります」

「…ああ…」

 よかった。

「よかった! よかったね! サヤチン! っていうか、私!」

「…ぐすっ……ごめん……本当に、ごめんね…」

「もういいよ、元に戻るんだし」

「………」

 命は助かったし、ひどい手術を受けさせた子宮も元に戻るみたいでよかったけど、勝手にロストバージンさせたことに変わりはないし、妊娠させてまでいるし、夜中の糸守に救急車を呼んだから、ものすごく目立ってるはず。そんなことを考えていると、知らない男性が二人、近づいてきた。

「大阪府警から来ました。宮水三葉さんですね?」

「……はい…」

 二人は刑事で、私が行った不法施設のことを根掘り葉掘り訊いてきた。それに私は何も隠さず答えることにした。

 

 

 

 ようやく三葉ちゃんが退院できる日、私は私の身体で退院の手伝いに来た。克彦も連れて。

「……オレ、……三葉に、あんまり会いたくないんだけど……あいつ、気分によって態度がコロコロ変わるから」

「うん……その理由も、すべて、話すから、ついてきて。三葉ちゃんは少しも悪くないの」

「……わかったよ」

 二人で病室に入って、退室するから後片付けを手伝う。三葉ちゃんにも克彦を連れてくることは言ってあったけど、やっぱり会話は少ない。静かに退院してから、三人で病院近くの公園に寄った。すべてを克彦と三葉ちゃんへ話すために。

「私と三葉ちゃんは心と体が入れ替わっていたの。何度も…」

 入れ替わりのことも何もかも克彦へ話した。名古屋の遊園地へデートに行った日も、心は私だったこと。その帰りのファーストキスの時も。修学旅行の初日と三日目も。それから、腕時計を巻いているのが私になり、夏休みのほとんどを、いっしょに過ごしたのも私だったと。

「オレと……はじめて、……エッチした三葉も?」

「そうだよ……全部、私」

「「…………」」

 二人が重く黙り込んでも、私は続きを話した。二度目のエッチも、三度目のエッチも、それから罪の意識を誤魔化して、三葉ちゃんの身体で13回もエッチしたこと。それが三葉ちゃんにバレて、ショックで三葉ちゃんが克彦を遠ざけるようになると、それを利用して一気に克彦と名取早耶香が結ばれるように立ち回ったことも。さらに、今回の入院が夏バテの悪化なんかじゃなくて、実は妊娠していた三葉ちゃんを不法施設で中絶させて身体を壊したことまで話した。

「…以上、すべてが名取早耶香の犯した罪です」

「「……………」」

 話したことの中には三葉ちゃんも知らない細かい事実もあったから、二人とも黙り込んでいる。私も謝って済むとは思ってないから黙った。克彦が引きつった笑顔をつくった。

「は、ははは……っていうのは、全部ウソでした。入れ替わりなんて、あるわけないよね。みたいなオチは?」

「「……………」」

「…………そうか………すべて本当なのか……」

「……………」

「……………」

「……………」

 深くて重い沈黙を、破ったのは三葉ちゃんだった。

「……学校とか……町では、私が救急車で入院したこと、どう思われてるの?」

「「…………」」

 この一週間、私も三葉ちゃんに付き添ってきたから、あまり糸守の様子は知らない。それを知ってる克彦が教えてくれる。

「………夏バテって話を四葉ちゃんや、お婆さんはしてるけど、…………邪推だとオレは思ってたウワサ話として、……やっぱり三葉が妊娠して、つわりが悪化して休んでるなんて言うヤツらもいて……けど、………それの方が真実に近いみたいで……。他に、オレが早耶香と三葉にフタマタをかけて、オレが早耶香を選んだから、三葉は自殺未遂をして救急車で運ばれたなんて勝手なウワサも流れたりしていて………くっ! すまなかった!」

 唐突に、克彦が公園の地面に這い蹲るような土下座をした。

「すまない! 三葉、本当に、すまない!! オレが悪かった!! まさか、こんなことになっているとは知らず! 三葉に、ひどいことをした、ごめん!! すまない!!」

「テッシー………」

「………」

 克彦が土下座するなら、私は切腹ものだよ。

「悪いのは、すべて私だよ。克彦も被害者」

「「………」」

「私は最悪最低の女だよ。もう弁解のしようもない。克彦を騙して、三葉ちゃんを傷つけて、自分の都合だけで動いてた。土下座するなら私だけど、土下座くらいで許されるとも思ってないし……。……二人の気の済むようにして………殴ってくれても……刺してくれたっていいよ………いっそ、死ね言うなら、自分で死ぬよ。それなら二人とも手を汚さないで済むから」

「サヤチン……」

「早耶香……」

「本当に、ごめんなさい。どうぞ、気の済むようにしてください」

 私は頭を下げて、目を閉じた。

「……………」

「……………」

「……………」

「……サヤチンも、……そんなに悪いわけじゃないよ……」

 三葉ちゃんが細い声で言った。

「悪いのは……この変な入れ替わり現象だよ……サヤチンはテッシーが好きだった……テッシーは私を好きでいてくれた………その状況で、こんな入れ替わりがあったら……私がサヤチンの立場でも…………キスくらい……したかも……それで……調子に乗って……もっと……そういうことだって……ありえたよ……サヤチンだけが悪いわけじゃない」

「でも……私は三葉ちゃんの……身体を……」

「もういいよ。謝ってくれたし……、バージンは、ちょっと悲しいけど……気持ち的には私、まだバージンだよ」

「三葉ちゃん……」

「三葉……」

「それで、テッシーは、どうするの? ………私、やっぱりテッシーのこと友達としか想えない………知らない間に、身体を抱かれたって思うと………嫌いになったわけじゃないけど……なんか複雑な気分だし………いっそ、これだけ私が犠牲になったんだから、せめてテッシーとサヤチンは仲良くしてほしい」

「「……………」」

「……学校や町でのウワサは……どうしよう……」

「私が悪いって、言いふらしてくれていいから」

「…………そういうことを言いふらす私が、余計に悪いように、みんなから見えない?」

「それは………じゃあ、私が自分で…」

「なんて言うの? 入れ替わりのこと、テッシーは信じてくれても、さすがに、みんなは信じないよ。きっと、頭がおかしいとか……余計に変なウワサが立つし……それに、やっぱり堕ろしたことは……知られたくない。それ以前にテッシーとの間であったことも知られたくない。テッシー、私が妊娠したことって、みんな確信してるの? 私とエッチしたこと、みんなに話した?」

「……妊娠は始業式に体育館で吐いたことが、もとで……半信半疑って感じで……オレと三葉のことは誰にも言ってないから………。ただ、さっきの早耶香の話にあったように、夏休み、毎日のようにオレの家に来てくれたろ。それが全部、早耶香だったのはオレは理解したけど、まわりの連中から見たら、フタマタっていうか、………そんな感じにも見えたのかも。小さい町だしさ、朝夕、出入りするのを見かけたヤツが、けっこういたみたいなんだ」

「う~ん………なんとか、私の入院は、普通の入院で、フタマタもかけられてなくて、普通にサヤチンとテッシーが付き合うだけ、って結論にならないかな?」

「三葉ちゃん………そんな……私は二人を騙して……、もう、私に、そんな資格はないよ」

「それはテッシーが決めることじゃないの? テッシー、どうなの? サヤチンのこと好き? 嫌い?」

「オレは………、………少し前まで三葉が好きだった………けど、……早耶香のことも……そばにいてくれて嬉しいって………何より…」

 克彦が私の目を見てくる。

「たしかに、早耶香がやったことは最低だ。三葉への裏切りだ。やってはいけないことを、やったと思う」

「…………」

 その通りだよ、これだけの事実を知ったら、心の底から嫌われるし、軽蔑されるって、わかってる。

「けど、それだけメチャクチャやってでも、オレのそばに居ようとしてくれたかと思うと……三葉の処女を奪っておいて、言えた義理じゃないのも、わかってるけど………この夏を過ごした相手が早耶香だったなら、オレは早耶香が好きだ。外見は三葉だったとしても、その中身が早耶香だったなら、好きなのは早耶香だ」

「っ……ウソ…」

「サヤチン、よかったじゃん! 話まとまりそう!」

「「軽っ?!」」

「いや、だってこれ以上、深刻に考えたってしょうがなくない? 私も無事、退院できたわけだしさ。っていうか、私たち三人がビミョーな感じで登校したら、余計にウワサが確定するし!」

「「それは確かに……」」

「私としてもウワサだけは消しておきたいの。夏バテの悪化じゃ無理かな? あと、フタマタかけられてフラれた説もイヤ! なんとか、誤魔化す方法、考えてよ、サヤチン。そういうの得意でしょ?」

「……ま……まあ、……ここのところ、誤魔化してばかりだったから……。じゃあ、幸いにして救急隊員も、お医者さんも、当たり前だけど守秘義務があるから、はっきりとしたことは町には知られてないのよね、克彦?」

「あ、ああ。夜中に三葉が搬送されたってことだけが一人歩きして、病名は妊娠説とか、自殺未遂、夏バテとか、食あたり説が、いろいろな感じだ」

「食あたりが使えそうね。私が三葉ちゃんの夏バテを治そうと山菜を採ってきて食べさせて、それに毒草が混じっていて入院。私も申し訳なくて一週間、付き添っていた、っていうのが私まで欠席してる理由になるかも」

「「おおっ…」」

「あと、フタマタ説の出所は、たんに克彦の家に二人が出入りしてたってだけでしょ? 本当にフタマタをかけてたら、夏休み、ずっとなんてありえない。すぐに修羅場になるはず。だから、そこは本当のことを言えばいいんだよ」

「「いやいや、それが言えないから…」」

「違う違う。パズルをつくってたでしょ? そのためだって言えばいいんだよ。ついでに完成したパズルを囲んでピースしてる写真でも撮って、お互いのSNSに載せれば、薄い人間関係のクラスメートの目にもとまるから、それでウワサは消えるんじゃない?」

「サヤチン天才!」

「なるほど、こういう風にオレも騙されたのか……」

「ううっ……克彦を騙したのは、三葉ちゃんの外見のおかげだよ」

「サヤチン! それだと私が美人なだけで中身が無いって意味にならない?!」

「ごめん、ごめん。そういう意味じゃないって」

 私たち三人の雰囲気が元に戻って、私が三葉ちゃんに負い目があるのは毒草を食べさせたからで、克彦と付き合うことになったのとは別の話ってことで、ウワサ話は終わってくれた。こんなに簡単に終わるなら、あんなに迷わず、もっと早く救急車を呼べばよかった、と思うほど。守秘義務って素晴らしいよ、ホント。

 

 

 

 朝起きたら、また私はサヤチンになってた。

「今日と明日は学校、休みで……明日は、お祭りかぁ……ってことは、私は私で巫女をやらないと、いけないのかぁ」

 サヤチンの私服に着替えて、朝ご飯をいただいてから外に出る。

「もう一回、お祭りをお客さんの立場で体験したかったなぁ……彗星も、のんびり見られるかもしれないし」

 空を見上げた。今は彗星は見えない。地球の自転の都合かな。まあ、そのうち見えるかも。外に出たのはサヤチンの家にいると、お姉ちゃんに、また変なところへドライブに連れて行かれるのも疲れるから。なんとなく、目的もなく歩いてたら、ついつい自分の家に来てしまった。まあ、いいや、サヤチンが入ってる私の身体に会っていこう。さすがに、もうエッチなことを勝手にしたりはしないと思うけど。

「こんにちわー!」

「こんにちは。早耶香ちゃん、せっかく来てくれて、なんやけど三葉は、おらんよ」

 お婆ちゃんが答えてくれて思い出した。そうだ、病院に再検査に行ってるんだ。もう、ぜんぜん大丈夫だけど、一応は来なさいって言われてたから。よかった、サヤチンの番で、日付の認識が大雑把な私だったら、うっかり忘れて寝過ごしたかも。

「三葉は病院へ行ってるんよ」

「そうでした。すみません」

「早耶香ちゃんも好意でしてくれたことやし、気に病まんでええよ。けど、毒草には気をつけてね」

「はい、本当に、ごめんなさい」

 お婆ちゃんも信じてくれてる。ウソを。

「えっと……三葉ちゃんがいないとなるとぉ……」

 ヒマになる。テッシーに会いに行くのはサヤチンの身体で二人きりになると思うとビミョーな気分だから、やめておく。

「四葉ちゃんは、どうしてますか?」

「四葉なら家に。そういえば、四葉、今朝は、なかなか起きてこんね。そろそろ起こしてきてくれるかい? 私には階段はつらいでね」

「はーい、お邪魔しまーす」

 四葉が遅くまで寝てるなんて珍しい。寝顔を見に行こう。二階へあがって四葉の部屋を覗く。

「まだ寝てる。珍しい」

「……すーっ…」

 のんびりと寝てる四葉の顔は可愛らしい。

「静かに寝てると、顔は、こんなに可愛いのに。しっかりもの過ぎて、いつも私のこと怒るし」

「…んんっ…」

「あ、起きた。おはよう、珍しいね、四葉が、こんな遅くまで寝てるの」

「………誰?」

 目を開けた四葉の顔が驚いて私を見てる。あ、そっか、サヤチンでいるから一瞬、混乱したのかな。いくら親しい仲とはいっても、四葉からみると姉の友達なのに部屋に上がり込んで寝顔を見てたのは、親しき仲にも礼儀ありに反するかも。

「ごめんなさい。つい、あんまり可愛い寝顔だったから」

「なっ………」

「でも、そろそろ、お婆さんが起こしてきてねって」

「お婆さん………? ………あの………お姉さんは、誰ですか?」

「え? サヤチンだよ」

 あ、しまった、自分で自分のことサヤチンとは言わないかな。

「早耶香だよ。寝惚けてる?」

「……早耶香……って、誰?」

「誰って言われても、名取早耶香だよ」

 あれ、おかしいな、髪型もいつも通りだし、私服も定番のやつなのに、サヤチンに見えない要素があるのかな。私は服装や髪型をチェックして、なにか間違ってないかなって見なおしたけど、いつも通りのサヤチンでいる。そうしているうちに、四葉の手も自分の身体を触って、自分を確かめてる。

「な……なんだよ、この小さい手?!」

「……?」

「足も?!」

 驚いて立ち上がってる。座ってる私と、それほど目線は変わらない。

「なっ?! オレの身長が……って、ここ、どこだよ?!」

「オレ?」

「ど、どうなってるんだ?!」

 ドタドタと四葉の足が室内を走り回って、窓の外を見た。

「うおっ?! 山だ! どこだよ、ここ?!」

「…………」

「なんでオレの身体は縮んだんだ?!」

「………」

「なにか、変なクスリでも………。あ、お姉さん! お姉さんは、なぜ、ここにいるんですか?!」

「…………。まあ、近所の友達だから?」

「友達? 誰の?」

「……宮水三葉の」

「誰、その人?」

「…………あなたの、お姉ちゃんだよ」

「は?」

「………」

 そんなに、私が姉なのイヤなのかな……そりゃ、たしかに、いろいろ至らない姉ではあるけど、は? とかサヤチンに向かって言うほどイヤなの。もしかして、四葉は私の見てないところで私を姉として否定してるの。けど、この前、体調を崩してたときは真剣に心配してくれたのに。

「オレは一人っ子で………」

「……四葉ちゃん、どうして、さっきからオレなの? そういう気分?」

「四葉って誰?」

「………………。………」

 これって、もしかして。

「ねぇ、君の名前は?」

「え?」

「君の名は? 自分で、自分を誰だと思ってる?」

「オ、オレは立花瀧、……です」

「……男の子?」

「もちろん」

「……………」

 入れ替わりだ、これは入れ替わりだよ、絶対。どうしよう。四葉に知らない男の子が入ってる。

「…え、えっと……とりあえず、ボクは、どこの小学校? 糸守小の子? 4年生?」

「いや、オレは高校生だけど。神宮高校2年」

「高校生っ?!」

「そ……そうだよ!」

「とても、そうは見えないよ!」

「………オレの身体……なんで縮んで……」

 四葉の目に不安そうに涙が浮かんだ。なんだか、かわいそうで胸がキュッと熱くなる。こんな四葉の表情、見たこと無い。

「とりあえず、落ち着いて」

「……そう……言われても……」

「まず、着替えよう。パジャマから服に」

「………はい…」

 返事してくれて脱ごうとするから、男の子だってことを思い出して止める。四葉だって、もうそろそろ思春期、さすがに男の子に、おっぱいとか見られるのはイヤに決まってる。

「ボク、着替えはお姉さんがしてあげるから、目を閉じていて」

「え……なんで?」

「君が今いる、その身体はね、私の妹……」

 じゃなくて、友達の妹か、話がややこしい。

「えっと、この家の次女さんの身体なの。女の子の身体だから、おっぱいとか勝手に見られると本人もイヤかなぁって。小学4年生だって、もう立派なレディーだから」

「…おっぱい…」

 四葉の手が胸に触れた。

「なんか……ちょっと膨らんで…」

 ほんの少しだけど、膨らみかけてる四葉のおっぱいを手で揉もうとするから止める。

「やめてあげて」

「え?」

「今のは見なかったことにするから、二度としないであげて」

 怖い顔をつくって睨むと反省してくれた。

「す…すいません……」

「わかってくれればいいよ。もう絶対しないでね」

 四葉の身体は私が守ってあげないと。男の子って何するか、わからないし、入れ替わってる間にロストバージンなんてショックは私だけで十分だよ。

「じゃあ、バンザイして。脱がせるから」

「…はい…」

 素直に両手を挙げてくれるから、パジャマの上着を脱がせた。おっぱいは、まだまだ小さい。いつか、おっぱいも身長も私に追いつくのかな、追い越されるのはイヤだなぁ。まだまだ子供だけど少しずつ大人っぽい身体に成長してきてるね、四葉の上半身。腋の毛は、ぜんぜんツルツルで羨ましい。生理にしても、腋の処理にしても、女の子っていろいろ大変。

「下も脱がせるね。もうバンザイはいいよ」

「…はい…」

 パジャマのズボンも脱がせた。かわいい足、我が妹ながら、かわいくて素敵だよ。なんだか、いつもの四葉より可愛く感じる。いつも私には遠慮無くズバズバ言うから可愛くないって思ってたけど、こうも素直に言うことをきいてくれると、すごく可愛い。せっかくだから一番かわいい服を着せよう。四葉のタンスを開けて、肩紐つきの赤いスカートと、白いブラウスを出した。配色が巫女服と同じで、町のみんなからも人気のあるコーディネートだったりする。

「はい、バンザイ。よしよし。次は足をあげて」

「こう?」

「そうそう」

「………え………これ……スカート?」

「そうだよ」

「……ぅう……ヤダよ、オレ、スカートなんて」

「あ、そうか。男の子だもんね。でも、ごめん。今日は、これしかなくて」

 つい着せたかったから、ウソをついてしまった。探せばタンスにズボンもあると思うけど、このままスカートを着せる。

「はい、もう目を開けていいよ。靴下は自分で履いてね」

「………オレが……スカートなんて……」

 四葉の顔が、ものすごく恥ずかしそうに真っ赤になった。かわいい! 超かわいい! 四葉って、こんな可愛い顔にも、なるんだぁ。なんだか楽しくなってきたから髪の毛も整えてあげる。

「次は髪の毛ね」

「ぃ、いいよ! このままで!」

「ダーメ。女の子なんだから可愛くしてないと」

「……ぅぅ…」

「痛かったら言ってね」

 四葉の髪をとかしてツインテールにした。うん、やっぱり四葉はツインテールが一番似合う。

「はい、できた」

「………」

「さて、お腹空いてるよね」

「……はい……そう言われると……。……けど、……その前に……」

「その前に?」

「…………」

 何か恥ずかしがって言いにくそうにしてる。

「どうしたの、ボク? 遠慮しないで言ってみて? 髪の毛の縛り方、キツイ?」

「髪も、ちょっと慣れないけど………」

「けど?」

「…………お…」

「お?」

「………おしっこ……出そう」

「あ、そうだね。朝だもんね。ごめん、気がつかなくて。トイレは下だよ」

 四葉の手を引いて厠へ行く。風呂場の横にある勝手口から下駄履きで外に出ると困惑された。

「あのぉ……トイレは? なんで外に出るの?」

「トイレは外にあるんだよ」

「外に……トイレが……」

「これだよ」

「…………これがトイレ……」

「知らないの?」

「…いや……博物館で見たことあるけど……こんなの使ってる人、まだいるんだ」

「…………」

 そうだね、私も悲しいよ。いちいち外に出て別棟になってるトイレなんて。しかも、便器も無くて、板の間に穴が空いてるだけで、その下は肥だめ。オーガニック農法とか言って、もてはやされる面もあるらしいけど、私は水洗トイレの家に住みたい。

「ごめんね、ボク。………あ、どうしてもイヤなら私の家に来る? 私の家ならウォッシュレットもある最新式だよ」

 サヤチンの家は現代的、私の家は前近代的、やっぱり私はサヤチンの家に生まれたかったかも。

「お姉さんの家に………ぅうっ…、……」

 迷ってる。けど、膝を擦り合わせて我慢してるあたり限界が近そう。

「ボク、どうする? 歩いて、そんなにかからないけど、我慢できそう?」

「……い……いえ……ここで……させてください。なんか……我慢がしにくくて……漏れそう……今にも…」

 四葉の両手が股間を押さえるから注意する。

「やめて!! そこは触らないであげて! おっぱいよりダメ! 絶対ダメ!!」

「はっ、はい!」

 慌てて四葉の両手が股間から離れてくれる。けど、私が大声で叱ったせいでビックリしてビクッとなった四葉の顔が、もう限界って風に震えて歯を食いしばってから、苦しそうに口を開けて呻いた。

「あぁあっ…」

 シャーーアアアぁぁ!! ピチャピチャ!

 四葉の足元に水たまりができていく。スカートは濡れなかったけど、パンツと足と靴下がずぶ濡れになった。

「四葉……じゃなくて…瀧くんだっけ? ……、ボク、おもらししたの? 我慢できなかった?」

「ぅっ…ぐっ…」

 四葉の目が泣きそうになって、それから乱暴に手の甲で目を拭いた。泣き出しそうなのを一生懸命に我慢してる顔で、私は胸が熱くなって抱きしめた。実の妹なのに、仕草が男っぽくて、おもらししてしまって恥ずかしいけど、それで泣いたら、もっと恥ずかしいから泣くもんか、っていう男の子らしいプライドの保ち方が、とってもかわいくて母性本能をくすぐられてしまう。

「気にしなくていいよ。誰にも言わないから」

「…ぅぐっ……ぅうっ……ぐすっ……」

「きっと、女の子の身体と、男の子の身体で違うところがあるから我慢がしにくかったんだよ。気にしなくていいよ。泣きたいなら泣いて」

「ぅうっ……」

 瀧くんは泣かずに呻いた。

「うぷっ…ぃ、息苦しいです」

「あ、ごめん」

 サヤチンのおっぱいは大きいから、抱きしめると息ができなかったみたい。四葉の顔が赤いのは、おもらしして恥ずかしいのに加えて、おっぱいの感触も顔で感じて焦ってる感じがあって、これまた、かわいい。もう一回、抱きしめたいけど、さすがに遠慮する。

「タオルを持ってくるから、そこで待ってて」

「…はい……ぐすっ……すいません…」

 急いで風呂場からタオルを持ってくると、庭へ出ていたお婆ちゃんも来た。

「あれまあ、四葉、寝過ぎて、おしっこ間に合わんかったかね」

「…ぐすっ……」

 瀧くんが気まずそうに下を向いてる。私は駆けつけて足をタオルで拭いてあげた。

「気にしなくていいよ。お婆さん、私が世話しますから」

「すまんね。ありがとうな、早耶香ちゃん。四葉、泣かんでええよ。姉ちゃんも、あんたくらいのとき、よーぉーく漏らしとったよ」

「っ………」

 やめて、お婆ちゃん、その話は誰にも言わない約束なはず。私も記憶から消すようにしてるのに。

「日が暮れると、外の厠が怖い言うてね。早く行き言うのに、我慢しとって、よくよく漏らしておったから」

「…ぐすっ……」

「お婆さん、三葉ちゃんも、そういう話を妹にされるのは、悲しいんじゃないかな?」

「そうやね。早耶香ちゃん、よう気がつくね。四葉のおもらしも黙っておいてあげてや」

「はい、もちろん。さァ、パンツ替えてあげるから部屋にもどって」

 不幸中の幸いで、おもらしした場所は外だから、そのままでいい。四葉の足を拭いてから、靴下も脱がせて、二階の部屋に戻った。

「ボク、目を閉じて」

「…はい…」

「パンツを脱がせるから、スカートはそのままだけど、目は開けないでね」

「…はい…」

 目を閉じていてくれるから、四葉のパンツをおろして足を抜く。それからティッシュを3枚ほど取った。

「お股も拭くから、少し足を開いて」

「……こう…ですか?」

「うん、そのままジッとしてね」

 四葉の足が開いて立ってくれるから、お股を拭いてあげる。何年ぶりかな、四葉の下のお世話をするのは。最期に四葉が、おもらししたのは……5才……4才かな。そう思うと、私って、けっこう大きくなってからも、おもらししてる。お婆ちゃんには、もう一回、口止めしておこう。さっき時効みたいな気分で語り出されたし。

「ぅぅ……、……オレは……本当に女の身体になってるんですか?」

「そうだよ。自分で、わからない?」

 もちろん、四葉の股間は女の子のもので、割れ目しかないし、小学生だから毛も生えてない。あるのか、無いのかくらいは触らなくても、なんとなくわからないかな。おっぱいでも小さいと軽いし、大きいと、ずっしり重いから。まあ、つい触りたくなるのは、わからなくもないけど、四葉のお股を触らせるわけには絶対にいかない。しっかり拭いておこう。おしっこが拭ききれてないと、あとで痒くなることもあるから、割れ目の奥までティッシュでキレイに拭いた。

「男のものが………無いような……気はする……。さっきも、あるはずところに力が入らなくて、漏れてきたし」

「はい、キレイになったよ。新しいパンツを着せるから、足をあげて」

「…はい……」

 四葉の下半身に、ちゃんとパンツを着せて、お世話終了。

「目を開けていいよ」

「……はい……、………ありがとう…」

「よしよし♪」

「…………ぐすっ…」

「お腹空いてるよね?」

「……はい…」

 一階へ連れて行って、明らかに四葉の分として卓袱台に置いてある朝食を食べてもらう。習慣でテレビもつけた。

「大阪府警は不法に妊娠中絶手術を行っていたとして元医師の…」

「あっ!」

「え?」

「ううん、何でもない。食べていて」

「お姉さんは食べないの?」

「私は、もう食べたから」

「不法滞在者を中心に、未成年者への中絶手術も行っていたとみて…」

「………」

 きっと、ここだ。サヤチンが全部、話したから捜査の手が回ったんだ。

「不衛生な環境で手術したために、術後に死亡した不法滞在者が少なくとも30名は見積もられており、実数は、さらに増えるものと…」

「…………」

 そっか、不法滞在の人だと、私みたいに救急車で病院へ行くってことができないから、そのまま死んじゃうのか……かわいそう……同じ人間なのに……、私は背筋が寒くなって身震いした。あやうく私だって死んでたかもしれない、ところだった。あの腹痛、今にも死にそうな激痛、二度と経験したくない。なのに、あのまま死んじゃった人が何十人もいるんだ。なんて悲惨。

「お姉さん? 大丈夫? 顔色が悪いですよ」

「あ、うん。平気、平気、ちょっと目まいしただけ」

「そうですか…」

「この元医師は精神科の経験しかなく、また18年前に勤務先の病院で女性患者へわいせつな…」

 本当に、あやうかった。あやうく私もテレビに出てくる犠牲者の一人になるところだったよ。サヤチンが救急車を呼んでくれなかったら、今頃………怖っ。

「ごちそうさまです」

「お粗末様」

 ってサヤチンの口で他家の食事に言うのは非礼かな。食器を片付けてあげると、これからの予定が無いことに気づいた。

「さて、どうしよう? ボク」

「ボクはやめてください」

「……じゃあ、瀧くん?」

「はい、それでお願いします」

「瀧くん、どこの子? 言葉の発音からして、このあたりじゃないよね?」

「東京です」

「東京っ?!」

 それから私たちは、お互いの身の上話をした。瀧くんの高校のことや、ご家庭が父子家庭でお母さんは離婚していないことなんかを。一方的に訊くだけだと失礼かと思って私も自分のことを話した。サヤチンの両親はそろってるけれど、瀧くんが片親だって先に言ったから、合わせて宮水家もお母さんが早くに亡くなったこと、お父さんが出て行ったことなんかを話した。そのうちにお昼ご飯も終わって、瀧くんが外を歩きたいって言い出した。

「う~ん……四葉の友達に出会ったとき、四葉のフリができるかなぁ……そのときは風邪気味って言って誤魔化そうかな」

「……あのぉ……オレって、元に戻れるんですか?」

「それは………」

 どうかな、私たちは一日おきくらいで入れ替わるけど、瀧くんと四葉は、どうなるのかな。だいたい、年齢もかなり違うし。地域もメチャメチャ離れてるし。隣近所のサヤチンと私で一日おきだと、もっと長いのかな。まさか、歳の差が7年あるから7年間このままとか………それ、もう大変……瀧くんは小学校の勉強なら余裕だろうけど、四葉は、どうしてるのかな………案外、しっかり乗り切ったりするのかな………おしっこ……できたかな……おチンチン出して………立ってするのかな………っていうか、瀧くんが四葉の身体で、おしっこするとき、全部、私が世話するとなると、これも大変。

「オレの身体……………んっ…」

「どうしたの?」

 なんだか様子がおかしい。

「な……なんでもないです……」

 って答えた瀧くんだけど、四葉のお尻に明らかに力が入っていて、なんとなくわかった。朝昼と食べて、外を少し歩いたから健康な反応があるんだと思う。

「おトイレ?」

「……いえ……大丈夫です……」

「無理に我慢しなくていいよ。大きい方でしょ? ………大きいのを漏らされると大変だし、正直に言って」

「はい………トイレに行きたいです…ぅぅ…」

「家までもちそう? ド田舎だけど、外でするのは四葉の心情的に避けてあげたいから」

「もたせます」

「じゃ、急いで戻ろう」

「はい」

 家に戻って厠へ瀧くんを誘導した。

「…ぅうっ……この穴にするんですか?」

「そうだよ」

 板の間の厠に瀧くんがドン引きしてる。朝は、この手前で漏らしたけど、今度は中に入ってもらった。

「ギィギィいってる! 割れるんじゃないっすか?」

「大丈夫、大丈夫、私と四葉の体重くらいならもつよ」

 たぶん、サヤチンの体重でも。子供の頃は、これが落ちそうで本当に怖かった。このまま落ちたら溺れて死ぬんじゃないか、せめて溺れるなら川や海がいい、肥だめで溺れるのだけは避けたいって、我慢してて何度か、漏らした。だから瀧くんの気持ちもわかるけど、実際は落ちない。お父さんが入っても大丈夫。私と瀧くんが、サヤチンと四葉の身体で入って戸を閉める。

「じゃあ、パンツをおろすから目を閉じて」

「はい」

「不安定だから完全に脱がすね。足をあげて」

「……はい…」

 パンツを脱がせて、落とさないようサヤチンの手首へ通して、今度は四葉のスカートの裾をもつ。短いスカートだから、そのままでも汚れないと思うけど、一応はあげておく。

「じゃあ、このまま目を開けないで。穴を跨いで」

「……怖ぇぇ……こ、ここ、ですよね?」

 恐る恐る瀧くんが足を進めて、穴を跨いだ。このトイレで目を閉じて用を足すのは、かなり怖いかも。でも、丸出しの四葉のお股を見せるわけには、いかないから頑張ってもらう。

「そうそう。そこで、しゃがんで」

「……しゃがむのか……いつも洋式だからバランスが……」

「都会育ちだねぇ。肩を支えていてあげるよ」

「すいません……。こ、これでいいですか?」

「うん、いいよ」

「………もう出しても……いいですか?」

「どうぞ」

「…………」

 四葉の耳が真っ赤になった。けっこう恥ずかしいのかも。つい私は妹の身体だから平気だけど、他人の前でウンチするのは男子でも恥ずかしいのかな。男の人って、外でも平気で立って、おしっこしてるけど、大は見かけないし。都会育ちだと余計に恥ずかしいのかも。

「……終わりました……」

「じゃあ、拭いてあげるから、ちょっと腰をあげて、お尻をこっちに向けて」

「………………」

 黙って、四葉のお尻が、こっちを向いてあがってくる。うちは紙もロール式じゃなくて昔ながらの四つ切りを使ってるから、それで四葉のお尻の穴を拭いてあげる。

「痛かったら言ってね」

「……はい……ぐすっ……」

 半泣きの声で返事してる。ちょっと、かわいそうになってきた。ついつい、四葉の身体を男の子に見られないことを優先してきたけど、瀧くんの気持ちへ配慮が足りないかもしれない。もし、自分が同じ立場だったらって考えると………入れ替わって男子になっていて………その人のお兄さんとかが、弟の身体を他人に見せるわけにはいかないって、それで入れ替わった私はお尻を拭かれる………ううっ……恥ずかしい……めちゃ恥ずかしい……たとえ、それが男子の身体でも、拭かれるのは私なんだし、拭くのは異性のお兄さん……ごめん、瀧くん! これ超はずかしいよね、ホントごめん、気がつかなかった。つい、小さい妹の身体だから忘れてしまうけど、瀧くんは高校2年生なんだから、サヤチンみたいな歳の近い異性に、お尻の穴を拭かれたら恥ずかしいに決まってる。しかも、女子だったら泣いてイヤがるって選択肢もあるけど、男子だから我慢して受け入れてるし、泣きそうなのも我慢してる。

「……ぐすっ……うぐっ…」

「はい、おしまい。ごめんね、恥ずかしいよね」

「…………別に……」

 真っ赤になった四葉の顔が否定してるけど、泣くほど恥ずかしいみたい。パンツを着せてあげてから、慰めるために部屋に戻った。

「ホントごめん」

 今度は、おっぱいで息苦しくないように軽く抱いて頭を撫でる。

「ごめんね。瀧くんがいるのは妹の身体だから、パンツの中は見ないであげてほしいの。拭くのも私が………。でも、瀧くんは、すごい恥ずかしいよね。ごめんなさい」

「…ぅっ……ぅぐ……平気…だ………ぅうっ! ぅう!」

「頑張って耐えてくれたね。よしよし」

「ぅっ…くっ…ぅっ…」

 泣かないように我慢して泣いてるのが、切ないくらい愛しい。こういうのが母性本能っていうのかな、かわいくて、かわいくて仕方ないよ。瀧くん、どんな男子なのかな、顔を見たいな。瀧くんは見られたくないかもしれないけど。

「よしよし、いい子、いい子」

「…すーっ…すーっ…」

 慰めるために、ずっと抱いてたら、途中で瀧くんが眠ってしまった。きっと、朝からパニックになってもおかしくない大変な状況になってたから、とっても疲れたんだと思う。サヤチンのおっぱいを枕に寝かせてるのは、瀧くんが男子だって思うと申し訳ないけど、四葉の顔だし、何より私のロストバージンを考えたら、おっぱい枕くらい、いいよね、ぜんぜん。

「……か……母さん……」

 寝言で瀧くんがお母さんを呼んでる。おっぱいを枕にしてるからかな。瀧くんのお母さんは離婚して家を出て行ったって。親に出て行かれる悲しさを私は知ってる。なんで、子供を置いて出て行けるのかな。目標があるとか、夢があるとか、他にしたいことがあるとか、じゃあ、どうして私たちを産んだの、つくったの、置いていかないで連れて行ってよ。

「……ぐすっ……」

 泣くと瀧くんが起きるから我慢する。

「…ん~……母さん……」

 少し寝返りした瀧くんが赤ちゃんが乳首を探すみたいに動くから、私は発作的に服を半脱ぎにして乳首を与えてしまった。それに瀧くんが吸いついてくる。

「ぁぅ…」

 すごく気持ちいい。乳首を吸われるのって温かくて身体が蕩けそう。まるで口と乳首で二人がつながって一つになるみたいに感じる。

「…ぁぅ…」

「……んっ…」

 うっすらと瀧くんが四葉の目を開けた。ぼんやり寝惚けた顔。だから、私は言った。

「いいよ、そのまま吸っていて。いい子、いい子」

「……母さん……」

「よしよし」

 やっぱりお母さんが恋しいんだ。寝惚けたまま、ずっと乳首を吸っていてくれる。もう瀧くんの中では何が現実で何が夢なのか、わからないのかも。だって、目が覚めたら身体が縮んで子供になってるし、いろいろ大変で、また寝て寝惚けたら、おっぱいがあったら、もう吸っていたいよね。

「いい子、いい子、そのまま寝ていていいよ」

「…ん~……」

 赤ちゃんみたいな声を出して瀧くんが目を閉じたから、私も目を閉じる。どのくらい二人で一つになっていたのかな。私も眠ってしまって、そして、やや冷たい私の声で起こされる。

「何を他人様の乳首で、自分の妹に授乳してるの? どういう趣味?」

「あ……私の身体……サヤチン……おかえり」

 私の身体が部屋に入ってきてる。病院が終わって帰ってきたみたい。

「私がしたことを考えれば、乳首くらい安いものだけどさ。四葉ちゃんに吸わせて何がしたいわけ?」

「シーっ、起きちゃうから静かに」

「………」

「病院は、どうだった?」

 小声で訊くと、小声で答えてくれる。

「問題なし、きっと年内には月経も来るだろうって」

「よかったァ……私も赤ちゃんつくれる」

「……で、その予行演習? 実妹で」

「これは違うよ。大きな声を出さないでね。びっくりすること言うよ」

「………妹と結婚します?」

「違う違う」

「じゃ、実は四葉は私が産みました?」

「……私は9才でロストバージンしてたの?」

「それなら私の罪も軽くなるね」

「全部外れ。答えは、四葉にも入れ替わり現象が起きたの」

「………………」

 サヤチンが私の目を丸くして、口を押さえて声を出さないようにしてる。そして訊く。

「……誰と入れ替わったの?」

「東京の立花瀧っていう男子高校生」

「東京………高校生……男子………。四葉ちゃんと知り合いとか、親戚?」

「ううん、そんな親戚いないし、知り合いも東京になんか、いないはず」

「じゃあ、どうして?」

「わかんない」

「………」

「とにかく、すっごく疲れてるみたいだから寝かせてあげたいの」

「そりゃあ、起きたら女子小学生だったら、パニックだよ」

「ちょっと、ひどいことしたし」

「………何したの?」

「トイレで目を開けないでって」

「…………まあ、四葉ちゃんも見られたくないでしょうね」

「で、私が拭いたりとかして……傷つけたみたいで泣いちゃって…」

「……………朝起きたら女子小学生になってるわ、おチンチン無いわ、お姉さんに拭かれるわ、では、たしかにパニックな上にトラウマるかも」

「せめて寝かせてあげたくて」

「……私の乳首を慰めにしたと」

「ごめんなさい」

「まあ、乳首くらい、いいよ。私の唇も、この乳首、吸ったことあるし」

 サヤチンが私の胸を意味ありげに撫でた。

「……ぅぅ……お母さんがいないのは、淋しいんだよ……瀧くんも、そうみたいなの」

「そう………そうでなかったら、いくら入れ替わりのパニックがあっても、ちょっと引くけど、そういうことなら仕方ないかな」

「うん………よしよし、いい子、いい子、何も心配しないで眠っていなさい」

「………これから心配だらけな気がするけど……、あ、一つわかったことがあるよ」

「なに?」

「入れ替わりは宮水家の血筋に関係あるのかもってこと。三葉ちゃんといい、四葉ちゃんといい、そこには姉妹って共通点があるし。克彦のお母さんが言ってたけど、二葉さんにも、それっぽいことがあったらしいよ。自分がしたはずのことを覚えてなかったりとか」

「へぇぇ……」

 私とサヤチンは小声で話し続けたけど、よっぽど瀧くんは疲れていたのか、もう夜まで起きなかったから、ずっと抱いていた。

 

 


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