「君の名は。サヤチン」   作:高尾のり子

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Dルート最終話。

 

 

Dルート

「………。このまま三葉ちゃんが死んだら……入れ替わりは……終わる……」

 サヤチンが私を見下ろして、つぶやいてる。

「……この入れ替わり現象…………三葉ちゃんのお母さん……二葉さんにも似たようなことがあったって……克彦のお母さんが……」

「ヒーーぅぅ!」

 痛い、痛い、苦しいよ、早く助けて。

「ってことは、むしろ私は被害者」

「ヒーーーぅぅ!」

 痛いの、すっごく痛いの。

「………。けど、私が私の状態で、三葉ちゃんが死ねば……終わる……はず……」

「ヒーーーぅぅ…」

 サヤチン、何を言ってるの、早く助けて、お願い、お父さんを呼んで。

「………このまま……死ねば……私は解放される………この変な入れ替わりから……」

「ヒーーヒーヒぅ!」

 息が苦しいくらい痛い。なのに、サヤチンは私を見下ろしてるだけで何もしてくれない。

「……三葉ちゃん…………ごめんね。……さようなら」

「ヒーーぅ?!」

 何もしてくれないどころか、サヤチンが手で私の下腹部をグッと押さえてきた。

「ヒぎゃあああ! うぐっ?!」

 痛すぎて悲鳴をあげたのに、サヤチンは枕で私の口を塞いでくる。その間もグイグイお腹を押すから、痛さで身体が千切れそう。おしっこでもウンチでもない何かを股間から垂れ流してる感じもする。腐ったような、血の臭いがする。

「うううっ?! うぎいいい?!」

 痛い、痛い、痛い、痛い!! やめてやめて! 死ぬ死ぬ! うううううあああ! もう手にも足にも力が入らなくて、抵抗できないのにサヤチンは冷たい目をして、私のお腹をグリグリしてくる。ヤダ……ヤダ……私を殺す気なの……痛い! 痛いよ、助けて。

「………ごめんね………三葉ちゃん……静かに逝って……」

「うぐぅううう!」

 息苦しいのに枕を押しつけられて、もっと息苦しい。お腹が痛い! グリグリしないで、死んじゃう、ホントに死んじゃうよ、そんなことされたら、もう私は……あああああ!! ううううう! 痛いぃいいいいいい! いやああああああ!

「…ぅう……」

 息も、声も………もう……真っ暗で目も…………寒い………怖い…………もう痛くない…………これが死…………。

「ハァ……やっと死んだ?」

 ………………。

「………息は止まってる。………心臓も動いてない……」

 ……………。

「完全に死んでる。…………どうしよう………わ…私が殺したわけじゃない……病気が悪化して死んだだけ………証拠……証拠は、無いはず」

 ……………。

「………これから、どうすれば……バレずに………。そ、そうだ。私は看病してるうちに眠ってしまって。起きたら死んでた。そう言おう」

 …………………。

「…………死体のそばって……気持ち悪い………ホントに死んでるよね……起き上がったりしないよね………」

 ………………。

「ごめんね……ごめんなさい………こうするしか、なかったんだよ。………だいたい、三葉ちゃんが悪いんだよ。私の身体と入れ替わったりさ……」

 …………。

「……とにかく……絶対バレないように……」

「サヤチンさん。お姉ちゃんの様子は、どうですか?」

「っ………寝たフリを…」

「開けますよ」

「………」

「っ?! お姉ちゃん?!」

「………」

 ………。

「お姉ちゃん、しっかりして!! 息が……お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「……ん~……あ、四葉ちゃん。……あ! 三葉ちゃん! どうしたの?! 顔色が!」

「サヤチンさん! 救急車を呼んで!!」

「え……う……うん! わかった。そうする!」

 ……………。

 

 

 

 …………。

「ご出棺です。最期のお別れを言ってあげてください」

「うっうくっ…お姉ちゃん……ううっ…お姉ちゃん……うわあああん!」

「三葉……なんで……あんたが私より…先に……二葉も………この上、三葉まで…うっ」

「二葉………どうして……三葉まで……くっ!」

 ……………。

「三葉ちゃん……ぐすっ…」

「三葉…………くっ……」

 ……………。

「早耶香、どうして三葉は死んだのか、わからないのか?」

「……うん……、お婆さんとお父さんはお医者さんから聞いたらしいけど……私には何も……」

「町のみんなは早世は家系だとか、美人薄命なんて言うけどよ……くっ……三葉……」

「三葉ちゃん……ぐすっ……大切な友達だったのに……」

 ………白々しい……よくも………。

「三葉ちゃんが亡くなったから、来週のお祭りも無くなるらしいね」

「そうらしいな。まあ、当然、喪に服すよな。巫女が亡くなったんだから」

「……ねぇ、……いっそ、その日、二人で気分転換に、どこかへ出かけない?」

「どこかって?」

「私、行きそびれた名古屋の遊園地に行きたい」

「ああ……あそこか……けど、喪中に…」

「お祭りのない町にいても、余計に気分が沈むし」

「それもそうだなァ……まあ、考えておくよ」

「うん、前向きにね」

 ……………。

「お姉ちゃん、ちょっと意見を訊きたいんだけど」

「なによ、早耶香」

「今度、お祭りが無くなるでしょ」

「みたいね。一応、次女さんが人目につかない少し離れた場所で、影祭りだか、なんだか、やるらしいけど、表立っては何もないらしいね。それが?」

「その日に、気分転換で克彦と遊びに出るのって、不謹慎だと思う?」

「う~ん……別に親戚じゃないし、いいんじゃない? 気分転換は重要かもよ。あ、いっそ、うちの家族と勅使河原の家、みんなで行く? クルマ出せば、交通費も浮くし。早耶香の分くらいお父さんが出してくれるよ」

「うっ……えーーっ……そうなると、二人っきりの感じが……でも、お小遣い無いし……」

「無いどころか、私に借金もあるしね」

「うぐっ…」

「っていうか、あの子が死んだのって。やっぱり中絶のせい?」

「たぶんね」

「見事に自業自得ね。バカな女」

「………そんな風に言っちゃ、かわいそうだよ…」

「ごめん、ごめん。やっぱり気分転換は要るよ! 勅使河原の家と遊びに行くの、何年ぶりかじゃない? いっそ一泊して来よう! あそこの遊園地、温泉も立派だし」

「温泉かぁ……」

「一泊なら、どこかで二人きりになるチャンスもあるって。もう小学生じゃないんだから、親も放任してくれるって」

「そうしようかな。お姉ちゃん、お父さんへ、いっしょに頼んでくれる?」

「了解」

 ……………。

 

 

 

 ……………。

「温泉、最高だったね。克彦」

「ああ、いくつもあって回りきれないくらいだ」

「明日の朝、また入ろうよ」

「そうだな」

「家族で来たから、さすがに私たちバラバラの部屋だね」

「まあ、オヤジたちもいるからな。けど、オヤジとオフクロは長湯だから、まだ戻ってないだろ。ちょっと、うちの部屋で休憩していくか?」

「うん!」

 ……………。

「なんだよ、オヤジ、テレビをかけっぱなしで行ったのか」

「エアコンつきっぱなしは嬉しいね。え……このニュース、糸守のことを……音量あげて!」

「お、おう!」

「地震と気象庁が当初に発表した岐阜県飛騨高山地方、糸守町を中心とした振動ですが、その後にティアマト彗星の一部が落下したものと訂正され、現地では多数の死傷者が出ているようです」

「「…………」」

 …………。

「現場の映像が入りました」

「うちが?!」

「オレんちも?!」

「跡形もないよ!」

「ォ…オレ! オヤジに知らせてくる!」

「う、うん! 私、ニュース見てる!」

 …………四葉………………お婆ちゃん…………お父さん………。

「現場は大変に混乱しており、糸守町の町長も巻き込まれ死亡したとの情報が入っております。この事態を受けて岐阜県知事は自衛隊の災害派遣を要請しました」

「……………」

 ……………お父さん…………。

「オヤジ、見てくれ! ほら!」

「……なんてこった。……うちが……会社も……」

「早耶香いますか?! ここにいたの! ニュース見て…見てるね! 私、町に戻るから!」

「えっ?! お姉ちゃん、今から?!」

「職員も負傷してるし! のんびりしてたら怒られるよ! じゃ!」

「お姉ちゃん………わ、私たちも!」

「お、おう! オレらも戻ろうぜ! オヤジ!」

「いや! 早耶香さんと克彦は、ここにおれ! あと、母さんにも、ここに残るよう伝えてくれ! ワシは行く!! 名取さん、待ってくれ! 同じタクシーで行こう!」

「オヤジ………」

「……私たちが行っても足手まといなだけ……」

「そうだな………学校の、みんなも無事だといいけど……」

「亡くなられた方が、新たに確認されました。順不同でお伝えします。宮水一葉さん…」

 …………お婆ちゃん………。

「名取宗右衛門さん」

「伯父さん……」

「勅使河原忠彦さん」

「あいつ……まだ3才で……くっ! チクショー!」

「以上です。これで死亡者は126名となり、町民の1割近い方々が亡くなられた模様です。次に病院へ搬送された方を発表します。宮水四葉さん…」

 ……………四葉……生きて………。

「名取慎吾さん」

「シンちゃん……」

「勅使河原明美さん」

「オバちゃん……よかった……けど、怪我は……」

「ぐすっ……私たち、ここに来てて……本当によかった…」

「ああ、うちの家も吹っ飛んでるから、町にいたら即死だったな」

「次に安否が確認されていない方を発表します。勅使河原克彦さん、名取早耶香さん…」

「「ここにいるから!!」」

 …………。

「めちゃ報道も混乱してるな!」

「たぶん、私たちの家が潰れたから、その下にいるかも、みたいな……遊びに出ること、あんまり周囲に話してないし」

「ああ、なるほど。役場か、警察に無事なことを知らせた方がよくないか?」

「うん……でも、子供の私たちが連絡すると、また余計に混乱させるかも」

「そうだな……オヤジと、早耶香の姉さんも向かってるから、そのうち混乱も治まるだろうし。おとなしくしてようか」

「そうだね……克彦……抱きしめて。私、怖い」

「ああ……ここは名古屋だから大丈夫だって」

「うん、ありがとう」

「早耶香……」

「克彦…………もっと強く抱きしめて」

「ああ」

「………こんなときにキスしたらダメかな?」

「……。誰だって不安になるさ」

「うん………ありがとう」

「早耶香………」

「克彦………」

 ………………………。

「……ハァ……ハァ……」

「…ハァ……ハァ……」

「克彦! 早耶香ちゃんに何やってんの?!」

「うわっ?! オフクロ?!」

「旅行だからってハメを外すんじゃないよ!」

「そ、それどころじゃないんだ! テレビを見てくれ!」

 ……………。

 

 

 

 ……………。

「よく頑張ったね。早耶香さん。おめでとう!」

「ありがとうございます、お義母さん」

「それで、この子の名前は決まってるの?」

「はい、克彦が星彦にしようって。糸守町、復興の星になるように」

「ええ名前やね」

「ハァハァ! さ、早耶香! 産まれたか?!」

「うん!」

「おおっ……赤ちゃんって、こんなに小さいのか……」

「抱いてみる?」

「い…いや……現場で身体も汚れてるし。無事なのを見たから、風呂に入って、また来るよ」

「ありがとう、克彦。あなたと結婚してよかったよ、本当に」

 ………ちっ………。

 

 

 

 ……………。

「二人目は立ち会いに間に合ってよかったぜ」

「この子の名前は私に決めさせてくれる?」

「ああ、女の子だったからな。そういう約束だもんな。で、どんな名前に?」

「糸香。運命の糸が、この子にもありますようにって」

「イトカ、いい名前だな」

 ………ビミョー………。

「糸香、お父さんですよ」

「糸香、大きくなれよ。早耶香に似たら、おっぱいも大きくなるだろうな」

 ………今にみてろ…………。

 

 

 

 ……………。

「ママ、湖でお魚、とってくるよ!」

「気をつけるのよ、星彦」

「お兄ちゃん、私も行く!」

「糸香はママと水際いましょうね」

「えー…」

「ママは、お腹が重いの。もうすぐ糸香もお姉ちゃんになるから言うことをきいてね」

「はーい。お兄ちゃん、なんか、とれたァ?」

「そんな、すぐにとれねぇよ!」

 ………おいで……こっちに………もっと深いところに………。

「うわっ?! うぷっ?!」

 ………捕まえた………もう離さない……。

「ぷはっ?! ゲホッ……うぶ……ブクブク…」

 ………………死ね………呪われし子………。

「ママ、お兄ちゃんがいないよ?」

「え……星彦! 星彦!! どこ?! どこにいるの?! 星彦!!! 返事をして!!」

 ………もう遅い…………フフ………あはははは…………。

 

 

 

 …………………。

「克彦、男の子だったよ」

「そうか………ぐすっ……お前は元気に育てよ」

「……ごめんなさい……私が、しっかり見ていれば……ぅぅ…」

「いや、事故だったんだ。気にするな」

「うん………もう名前は決まったの?」

「ああ、何事も無く、無事に育ってほしいって祈りを込めて、無彦だ」

「ムヒコ………それ、ムーから考えたでしょ?」

「ぃ、いや! そ、そんなことはないぞ!」

「あの雑誌、まだ読むの?」

「いいだろ、別に」

「はいはい。無彦は変な雑誌にハマらないでくだちゃいね」

「水泳を習わせよう」

「うん、そうしよう」

「ハァハァ! か、克彦! さ、早耶香さん!」

「オヤジ、もう歳なんだから、そんなに慌てるなって。無事に産まれたぞ。早耶香は安産だからな」

「ハァハァ…ハァハァ! 落ち着いて聴け!」

「オヤジが落ち着けよ」

「さ、さっき学校から連絡があって、ぃ、糸香が雨でスリップしたトラックの下敷きに、ハァハァ!」

「っ……」

「…そんな……。ぉ、お義父さん……そ、それで、糸香は?!」

「そ………即死だったらしい……くぅっ…」

「……ウソだろ?! オヤジ!」

「っ…糸香……どうして……糸香まで……ぃや……イヤ! イヤああああああああああああああああああああ!」

 ……ヒ……ヒヒ……ヒヒヒヒヒヒヒヒ………。

 

 

 

 ……………………

「ねぇ、ママ、ボクもみんなといっしょに歩いて学校に行きたいよ」

「ごめんね、無彦。でも、道路は危ないの。心配だから送らせて」

「わかったよ。ボクも、お兄ちゃんになるから我慢する。で、産まれてくるのは、妹なの? 弟なの?」

「うふふ、双子みたいよ」

 ………まだ増える気………殺し甲斐のある………。

「二卵性双生児って言ってね。無彦には弟と妹が同時にできるの」

「わーい! 楽しみぃ! 名前は?」

「パパとママが考えて、強く育ってくれるように、強彦と強香にするわ」

「ツヨヒコとキョウカか。あ、学校に着いた。五葉ちゃん、今日も可愛いなァ」

「……。いってらっしゃい」

「いってきます」

 …………………。

「新宮水神社………ここのご祈祷、四葉さんが……、評判いいし、お願いしてみようかな」

 ……四葉……どうしているのかな……。

「すいません。ご祈祷をお願いしたいのですけど」

「ようこそ」

「……どうも…」

 ………四葉………左目と左腕が………あの隕石で………かわいそうに……。

「いかなる祈念にいたしましょうか? …………あなた、憑かれていますよ」

「え?」

 …………………。

「かなり強力な………あ、…姉さん? ……こんなところにいたんですか………」

 私が見えるの?

「それなりに」

「あ、あの……何と話をされて……」

「もう御静まりになりませんか?」

 イヤ! 四葉でも邪魔するなら許さない!

「そうですね。お気持ちはわかります」

「………ご祈祷を……」

「申し訳ありませんが、私にはできません。それに、早耶香さん、身に覚えがありますよね? 姉さんに祟られる」

「っ…か、帰ります!」

 ………じゃあね、四葉………。

「なんなの?! あの巫女! 超感じ悪い!!」

「どうしたの? 早耶香さん、そんなに怒って」

「聴いてくださいよ、お義母さん。あ、電話………学校から……もしもし!」

「糸守小学校、校長の守田です」

「校長先生が…ど、どうされたんですか? 無彦に何か?」

「無彦くんがプールの後、濡れた階段で滑り、転倒されました」

「っ、それで! 怪我は?!」

「打ち所が悪く………教員が発見したときには……すでに…、まことに申し訳ありません。現在、救急と警察が…」

「っ…」

「早耶香さん?! 早耶香さん、しっかり!!」

 ……イヒ……イヒヒヒヒヒ……ケケッケッケケケケ……。

 

 

 

 …………………。

「センター試験、頑張ってね。強彦、強香」

「あいよ」

「はーい」

「お母さんとお父さんは大学に行きたかったけど、災害のせいで行けなかったから。あなたたちには頑張ってほしいの。……ぐすっ……ようやく、ここまで大きくなってくれて」

「ぅ、母さん、朝から抱きつかないでくれよ!」

「くれぐれも道中、気をつけてね」

「わかってるって!」

「いってきま~す」

 ………バイバ~イ…………。

「さてと、克彦にもお弁当を」

「早耶香さん、そんなに動き回ってはダメよ。いくら、あなたが安産でも、もう高齢なんですから」

「はーい」

「何ヶ月目でした?」

「三ヶ月目です、お義母さん」

「不安定な時期だから気をつけてね。克彦のお弁当なら、私が作りますから座ってテレビでも見ていなさい」

「はい、ありがとうございます」

「今朝は糸守町から中継しております。昨夜から降り続いた雨で、糸守湖へ流れ込む糸守川は水位が増しており。ご覧ください、橋桁の…、あ! ああああ?! な、な、なんということでしょう?! 橋を渡っていたバスが!! 橋ごと流されて! あ、あれはセンター試験会場へ向かう糸守高校がチャーターした! こ、高校生たちが!」

「強彦っ?! 強香?!」

「早耶香さん、大きな声をあげて、どうしたの……っ、バスが……」

「私、見に行きます!」

「お待ちなさい! 身重な身体で!」

「キャっ?! ……ぅぅ! 痛ぁぁ……なんで、ここ濡れて…」

「慌てて転ぶなんて、お腹の子に……さ、早耶香さん! 破水してるわ!」

「え? ……うううっ……痛い……陣痛と違う痛さが…」

「きゅ、救急車を呼ぶわ!」

「ううっ…お願いします……ううっ…痛い…」

 ……グリグリ………。

「ハァ…フー…ぅぅ! くぅうう! 痛いぃぃ!」

 ………グイグイ……。

「……うううっ……こ、…呼吸法で……ヒッヒッフー……ヒッヒッフー…うう! ダメ、陣痛と痛みが違って……うぐぐうう…」

 ……グリグリグリ……。

「ああああっ!」

 …………グイグイグイ………。

「痛いいぃい……ヒーーぅぅ……」

 ………痛いか……苦しめ………もっと苦しめ………。

 

 

 

 ……………………。

「早耶香、また呑んでるのか」

「ヒック……おかえり」

「そんなに呑んだら身体に悪いぞ」

「どうせ、私の身体なんて……もう用済みでしょ。新しく雇ったパートさんと仲いいらしいね?」

「ただのパートだよ。おい! そんな風にウイスキーを麦茶みたいに呑むな!」

「…ヒック……ぅ…うえええ!」

「ほら、みろ」

「うえ! ケハ! ゴホッ!」

「…お…おい、血が……」

「うええ! ゴホッ…」

「血が、こんなに……救急車を!」

「……ゴホッ! ……別に、……いらないよ……うえええ!」

「早耶香……お前、……血……もしもし!」

「火事ですか? 救急ですか?」

「救急です! 妻が血を吐いて!」

「落ち着いてください。ご住所は?」

「岐阜県糸守町の」

「うえええ! ゴホっ! ペッ…ハァハァ…うええ! ………ハァハァ……うええ!」

「急いでくれ! すごい量の血を吐いてるんだ!!」

 ………私、何もしてないよ…………。

「…ハァ……ハァ…うええ!」

「早耶香! 早耶香!」

「………ハァ………ハァ……ごめんね……克彦……」

「おい、待てよ! お前までオレをおいて逝っちまうのか?!」

「…ごめん………私が……全部……悪かったの……後悔だらけの人生……あのとき、ああしていれば……あのときは、こうしていれば……そんなこと、ばっかり………っ…」

「早耶香?! 早耶香?! 目を開けてくれ! 早耶香!!」

 ……………あ、死んだ………自爆で………。

「早耶香ぁぁぁ!!!」

 ………あっさり自爆された………。

 ……………三葉さん………………。

 ……………ザマぁみろ……………。

 ……ずっと………あなたが………。

「死因はアルコール性の肝硬変による食道静脈瘤の破裂です」

「……そうですか……早耶香……。もういいや。……オレも……お前らを追いかけて…」

「しっかりしてください。社長」

「……ミキさん……」

「捨てられて死ぬ気だった私を雇ってくださったのは社長じゃないですか」

 …………何、この女? …………。

 …………最近……雇ったパートらしい……。

 …………ついでに、ヤっとく? ………。

 …………ヤろうか………。

(姉さん、早耶香さん)

 ………この声は……四葉………。

 ………四葉さん……どこから……。

(荒ぶる御魂よ、どうか御静まりください)

 ………………でも………。

 ………私、まだ何も……。

(もう十分でしょう。この地に塚を建て、お二人の御魂をお奉りいたします)

 ……え? ……私、神さまになるの? ………。

 …………私まで…………。

(どうか、この地の民を、温かな心で見守りください)

 ………一応、私は怨霊だと思うよ………。

 ………自覚はあるんだ………。

(かの菅原道真公も、もとは怨霊です。奉りたて、神々に列せられておられます)

 …………あんなに立派な神さまと比較されると………。

 …………恥ずかしくて、とても………。

(神々の数は八百万、いろいろな神がおられますよ)

 …………私は、何の神さまになるの? ………。

 …………私も……………。

(そうですね。では、不注意と後悔の神でお奉りいたします)

 ………不注意と………。

 ………後悔………。

 

 

 

副題「八百万の末席で神さまになりました」

 

 

 





閉幕閑話
三 葉「たいてい四葉がシメるね。チートに」
早耶香「私たちだと終わらないから」
三 葉「隕石で終わるかもよ」
早耶香「それ、ただ死ぬだけだし」
三 葉「どっちにしても、ろくなエンドがないよ」
早耶香「この二次作品のコンセプトが、たとえ同性でも入れ替わりは大変、だから」
三 葉「最悪のコンセプトだ」
早耶香「男子だと、パンツ脱がされたり、トイレと月経も大変」
三 葉「同性でも、勝手にエッチして妊娠されたり……ありえないよ」
早耶香「たいへんな家系だね。いっそ進化して羞恥心を退化させないと続かないかもよ」
三 葉「羞恥心の無い女子なんて、イチゴの無いケーキだよ」
早耶香「人前で口噛み酒を造るのは、羞恥心耐性をつける訓練なのかもね」
三 葉「………最悪の解釈だ」

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