朝、私は目が覚めて自分の身体に戻っていることに気づいた。そう、私、名取早耶香は名取早耶香としての身体に戻っていた。
「………」
布団の中で三葉ちゃんの身体に抱かれたまま眠っていた。目の前に、おっぱいが見える。三葉ちゃんの乳首も見えるし、何度も私の唇が吸ったせいか、ちょっと赤くなってる。
「…………」
私は静かに寝返りして離れた。そして、鏡を見る。
「……………戻ってる。………よかったァァ…」
心の底から安心した。いくら相手が三葉ちゃんでも、ずっと三葉ちゃんで生きていくとなると、どうしようかと思っていたから。
「……いったい、何だったのかな……」
「ん~……」
三葉ちゃんの身体が寝返りした。おっぱいが出しっぱなしなので寝間着を直して隠してあげると、目を覚ました。
「……あ、サヤチン、おはよう」
「うん、そうだよ、私が早耶香」
「ん? ………あ!!」
三葉ちゃんが飛び起きて鏡を見る。
「っ! 戻ってる!!」
「そうだよ! 戻ってるみたい!」
「よかった!!」
「うん!」
三葉ちゃんが抱きついてきたので抱き返して頷き合った。
「戻ってるよ、私の手だ! 私が三葉だよ!」
「そうだね、戻ってるね。私の身体に戻ってる!」
お互い、かなり不安もあったので元に戻って嬉しいし、すごく安心して抱き合ったまま喜んでいた。
「あ~……よかった。サヤチンがサヤチンだし、私が私に戻ってる」
「夕べは、どうなるかと思ったね」
「うん、あのままだったら、どうしようかと。……うっ、なんか乳首が痛い」
「さんざん吸ってきたからよ。寝ちゃった後は噛んできたし」
「赤くなってる」
三葉ちゃんが寝間着をめくって自分の乳首を見て、それから、いつのまにか四葉ちゃんが戸を開けて、こちらを見ていたのに二人して気づいた。
「「あ………」」
「…………」
四葉ちゃんの瞳に布団の上で抱き合う私たちが映ってる。その瞳が遠い目になっていく。
「……お姉ちゃん……サヤチンさん………目覚めたんだ」
「うん、起きたよ。おはよう、四葉」
「「………」」
目覚めたの意味が三葉ちゃんにはわかってない。けど、むしろ四葉ちゃんの方がすごいと思う。まだ小学4年生のはずなのに。とにかく何事もなかったように挨拶しておこ。
「おはよう、四葉ちゃん」
私は誤解されないように三葉ちゃんから離れて立ち上がったけれど、四葉ちゃんは静かに戸を閉めて一階へおりていった。
「四葉、なんか変な顔してなかった?」
「普通、友達の乳首は吸わないからね」
「っ………」
三葉ちゃんが夕べのことを想い出して真っ赤になった。甘えて、赤ちゃんみたいに乳首を吸っていたことは、やっぱり恥ずかしいみたい。しかも甘えたのは自分の身体へ、だし。どれだけ自分のおっぱい好きよって話。まあ、自分の身体へ、というよりはお母さんに似てる自分の身体へ、ってことだけど。今まで亡くなったお母さんのことは、ほとんど言わなかったのに昨日は、お母さんお母さんって泣いてたのも想い出してる感じの顔。そんな三葉ちゃんが私にすがってくる。
「お願い誰にも言わないで!」
「言わないよ。そろそろ着替えてお婆さんを手伝おうよ」
二人とも制服を着て、家事を手伝って朝ご飯をいただいてから通学路に出た。
「「おはよう、テッシー」」
「おう、おはよう、三葉。サヤチン、なんで三葉と、いっしょなんだ?」
出てきた方向が普段と違うから訊いてくれた。
「夕べ、三葉ちゃんの家に泊まったから」
「そうか」
「で、テッシーにお願いがあるんだけど」
「何だよ」
「お弁当を取りに行くから、私んちまで送って」
スマフォにメールでお母さんから、お弁当を取りに寄りなさい、と連絡があったからテッシーに乗せてほしいって頼んでみた。学校とは逆方向の、ちょっとした寄り道になる。
「え~……一人で行けよ」
「乗せてほしいな」
「……チャリ貸してやるから、行ってこい」
「ぶ~っ…じゃ、ちょっと借りるね。ありがとう」
テッシーに自転車を借りて家まで走る。
「ただいま」
朝から、ただいまも変かと思いつつ台所へあがると、テーブルに私のお弁当箱があった。
「ありがとう、お母さん」
「早耶香、ちょっと」
「ん?」
「………」
お母さんが私の顔を見つめてくる。
「どうしたの? お母さん」
「早耶香、昨日、なにか思い詰めた顔をしていたでしょう? もう大丈夫なの?」
「あ……うん。もう平気、ありがとう、心配してくれて」
きっと、お母さんって呼ぶ度に三葉ちゃんが泣いたからだとわかったから、私は笑顔を返して安心してもらう。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
家を出て急いでテッシーと三葉ちゃんを追いかけた。自転車なので、すぐに追いつけた。
「テッシー、ありがとう」
「おう」
テッシーに自転車を返して、そのまま後部に座ってみる。
「降りろ」
「言うと思った」
諦めて降りた。校門まで乗せていってくれることはないみたい。三葉ちゃんが訊いてくる。
「サヤチン、サヤチンのお母さんに何か言われた?」
「少しだけ、昨日はどうかしたの、って訊かれたけど、平気だよって答えて、それで安心してくれたから大丈夫だよ」
「よかった。ごめんね」
「…………」
テッシーが何かあったのかな、って顔してるから話題を変えて誤魔化しておく。
「やっぱり乗せてほしいな」
「三葉なら乗せてやってもいいぞ」
「「………」」
けっこうグサっとくる、こういうの。
「乗るか? 三葉」
「……いい、遠慮する」
三葉ちゃんがテッシーから30センチくらい離れた。たぶん三葉ちゃんはテッシーのことを友達以上には想ってないはず。少なくとも今のところ。やや普段より重い空気感で登校した。授業を受けて3時間目が終わった後、私が女子トイレへ向かうと、三葉ちゃんもついてきた。トイレの個室へ入る前に私が言う。
「ホント昨日は、どうなるかと思ったね」
「うん、相手がサヤチンで良かったよ、もしも違う人だったら、どうなってたんだろう」
隣の個室へ三葉ちゃんが入った。それぞれにショーツをおろして洋式便器に座る。
「ぜんぜん知らない相手と入れ替わるってこと?」
「そうそう。とくに男の人とだったら……………超悲惨だよ」
「それは地獄だね。ぜんぜん知らない男に自分の身体と入れ替わられるって、それ死にたくなるほどイヤでしょ。おしっことか、お風呂とか、考えただけでゾッとする」
おしっこを気持ちよく出しながら、気持ちの悪いことを想像してしまった。
「うん、ありえないよ。ホント、サヤチンが相手でよかった。私たちって特別な関係なのかな?」
「え? 何それ、どういう意味?」
「だから、入れ替わりなんて起こるってことは……たとえば、私とサヤチンには何か運命があるとか」
「運命って、また………けっこう乙女チックなこと考えるのね」
トイレットペーパーで乙女な部分を拭いてからショーツをあげる。
「サヤチンは、どう思うの?」
「どうって、……たまたま偶然じゃない? ちょっとした事故みたいなものかなって。まあ、それを言い出したら、たまたまぶつかった相手が運命の恋人っていうのも、偶然だったのか運命だったのか、結果が決まってからだとニワトリ卵みたいなもんかもしれないけど」
「ニワトリ卵?」
「たとえ話よ。ニワトリは卵が先に存在してニワトリになったのか、ニワトリが先に存在して卵を産んだのか、っていう堂々巡りな話」
「ふーん……」
二人で手を洗って、髪の毛を整えると教室へ戻った。昼休みになって、いつも通り三人で校庭の木陰に座った。お弁当を食べていると、テッシーが言ってくる。
「今日は、交換しないのか?」
「「……クスっ…じゃあ、これ」」
三葉ちゃんとオカズを一つ交換した。それからテッシーにも訊いてみる。
「テッシーにも、これあげる」
同じオカズをテッシーにもあげようとした。
「オレは、いいって!」
「……そう…」
そう言うとは思ったけど、やっぱり昨日と距離を感じる。理由はわかるよ。昨日は私、三葉ちゃんの身体だったもん。きっと、今も相手が三葉ちゃんだったら喜んでもらったんだと思う。結局、そういうことだよ。自分が好きな相手には関心あるし近づきたいし大切だけど、そうじゃない相手は、どうでもいいってこと。もしも、入れ替わったまま今日も私が三葉ちゃんの身体だったら、テッシーと仲良く……何それ、情けない私。
「サヤチン……」
三葉ちゃんがハンカチを差し出してくる。いつのまにか、涙を零していたみたいで視界が歪んでる。
「ありがとう……ちょっと、辛すぎだよ、この肉巻き」
泣いてしまった理由を誤魔化してお弁当を食べ終えると、三葉ちゃんが誘ってくる。
「ちょっとトイレ行こうよ」
「え? ……うん…」
何か話がある雰囲気だったから頷いてテッシーを置いて校門近くにある屋外トイレに向かった。内緒話という共通認識ができていたから、二人で一つの個室へ入った。
「………」
「………」
三葉ちゃんが見つめてくる。
「………何? おっぱいなら吸わせないよ」
「っ! 違うよ! そんな話じゃないもん! っていうか、あの話は、もうしないでよ! お願い、あれは忘れて!」
「ごめん、ごめん。それで?」
「私ね。気づいたの」
三葉ちゃんが言いにくそうに言葉を選ぶ表情になった。
「もしかしたら、なんだけど……私の勘違いかもしれないけど………こんなこと言うと、自惚れって笑われるかもしれないけど…………テッシーって私のこと好きなんじゃないかな?」
「…………」
それを否定することも、肯定してあげることも、できない。答えられなくて私は質問に質問を返していた。
「だったら何?」
「っ……ごめん」
自分でも驚くほど、冷たい声を吐いていたから三葉ちゃんが身を竦めた。
「…………」
「…………」
三葉ちゃんが恐る恐る私の顔色を見てくる。私は無表情を頑張って装った。
「……………」
「も…もう一つ……サヤチンって………テッシーのこと好き?」
「………………。どうして、そう思うの?」
もともと、そんなこと女なら勘でわかってたでしょうに、どうして今さら再確認してくるのか、かなり苛立たしい。
「き、昨日、入れ替わっていて感じたの……テッシーの態度とか……言い方とかで」
「……………」
そうね、そうでしょうね、私も入れ替わって思い知ったわ、前々からわかってたことだけど、ほんの一日だったけど、テッシーが接してくる感じ、ぜんぜん違ったもの、悔しいくらい……っていうか、悔しい……悔しい……、泣いたら、もっと悔しいってわかってるのに泣けてきて、涙を止められない。
「…っ…うっ…」
「サヤチン、私はサヤチンを応援したいよ」
「……三葉ちゃん?」
「だって、私はテッシーのこと友達としか想ってないもん」
「………」
それも、わかってはいたけど。
「だから、サヤチンを応援したいの」
「………ありがとう……」
「だから………どうしたらいいかな? どうしたら、応援になる? 私、何でもするよ。遊園地に誘われたのも断って、サヤチンと行くように言ってみたらいいかな?」
「………やめて……余計なことしないで……」
「でも……」
「三葉ちゃんの気持ちは嬉しいよ。でも、テッシーの気持ちだってあるわけだから、そんな簡単に、はい、そうですかと、好きな相手を変えられるもんじゃないよ。三葉ちゃん、
恋したことある?」
「……ない」
「でしょ。だったら、急に不自然な態度を取ったりしないで。今まで通りにしておいて」
「……うん………でも、……遊園地は、どうするの?」
「それは、また考えるから………」
どうしようかと悩んでいるうちに昼休みが終わった。放課後になって、二人とも今まで通りの自然な態度でテッシーと帰宅して、家に帰ると本当に今まで通りの自分の家なので何事もなく眠った。
朝、私はサヤチンの部屋で目が覚めて叫んだ。
「わっ?! またサヤチンになってる?!」
鏡を見ると、そこにサヤチンが映ってて、なのに動きは私が動いた通りに動く。
「このおっぱい。やっぱり、すごいなぁ……テッシーだって、こっちの方が、絶対いいのに」
着替えるのにパジャマを脱いだら、やっぱり大きくて嬉しくなる。
「これだけの、おっぱいがあるんだから、サヤチンも告白しちゃえばいいのに。ホント、すごい……何か挟めるんじゃないかな」
手近にあったスマフォを、おっぱいで挟んでみる。
「挟める、挟める! すごい、すごい! このまま落とさないように……おおっ、すごい! 落ちない」
おっぱいでスマフォを挟んだまま、前屈みになったけど、しっかり挟めてるから落ちない。
「これは自信もっていいと思うなぁ」
おっぱいでスマフォを挟んだまま鏡を見てたら、スマフォが振動した。
「きゃひゃ?!」
くすぐったくて落としそうになったスマフォを慌ててキャッチして着信相手を見る。私の名前が表示されてた。
「も…もしもし?」
「私だけど……え~っと、名取早耶香なんだけど、身体は三葉ちゃんな私。そっちは、どうかな?」
「私もまた身体はサヤチンだよ。三葉だけど」
「そっか。一回で終わらないんだ……」
「そうみたいだね………どうしよう?」
「う~ん………とりあえず普通に学校へ行こ」
「そうだね」
電話を切って、制服に着替える。一階へおりて、おしっこしてから洗面台へ行く。バスルームからシャワーの音がするから、お姉さんが朝シャンしてるみたい。サヤチンの家って新しくて羨ましい。お風呂も広いし、台所もシステムキッチンだし。何より、お母さんもいるし、お父さんもいて………って、これを考えると、また泣いちゃうから、考えないようにしないと。サヤチンの歯ブラシを探してると、バスルームの扉が開いた。
「あ、おはよう、早耶香」
「は、はい。おはようござ…おはよう、お…お姉ちゃん」
いつも四葉から言われてる、お姉ちゃんって言葉も自分が言うとなると、なんだか少し恥ずかしい。しかも、サヤチンのお姉さんも、おっぱい大きい。
「…大きい……どうしたら、そこまで大きくなるの?」
「……。あんたも似たようなもんでしょ」
「そ…それは、そうだけど」
「あ、しまった。腋を剃るの忘れた」
お姉さんが洗面台の鏡の前で腕をあげてチェックしながら、訊いてくる。
「早耶香、今、何分?」
「えっと…」
制服のポケットからスマフォを出してお姉さんに向けた。
「サンキュっ、ぎりぎり間に合いそう」
急いでカミソリを持ったお姉さんが、またバスルームに入っていった。勤務先は役場だからノースリーブは着ないはず。気になって訊いてみる。
「もしかしてデート?」
「まあね」
あっさり肯定された。やっぱり大人だ。仕事帰りにデートしてるなんてカッコいい。どんな彼氏なのかな。でも、これ以上質問したら悪いよね。私はサヤチンの顔を洗って歯を磨いてからキッチンに入った。そして、心の準備をしてからサヤチンのお母さんに挨拶する。
「おはよう、…お母さん…」
「おはよう、早耶香」
「……」
泣かない、泣かないんだから、でも胸が熱くなってくる。顔を見られないように背中を向けて冷蔵庫を開けてみた。
「…お母さん…、牛乳、飲んでいい?」
「ええ」
サヤチンの家には、けっこう牛乳が常備されてる。これが、おっぱい成長の秘訣なのかもしれない、と思うほど私は子供ではない。もし、そんな簡単に、おっぱいが大きくなるなら、きっと、世の中から悩む女子はいなくなる。とりあえず、美味しく牛乳を飲んでから朝ご飯の支度を手伝って、みんなで食べる。お母さんとお父さん、お姉さんとの朝ご飯を今回は泣いたりしないで、落ち着いて食べられた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
通学路に出ると、テッシーがいた。
「おはよう、テッシー」
「おう」
「………」
えーっ……その一言だけなの………もう少し愛想良くしてよ、私は悔しいので作戦を考えた。そっと胸のボタンを2つ外してから、テッシーの前に回って前屈みになる。この大きなおっぱいの魅力に気づかせてやる。
「テッシー、今朝は暑いねぇ」
「そうか? ……」
テッシーが一瞬だけ、前屈みになってるサヤチンの胸元を見て目をそらしてる。よしよし、このまま、もっと、おっぱいを見せつけて…
「へぐっ?!」
いきなり頭を何かに殴られた。この衝撃は、たぶんチョップだよ。
「痛ぅぅ……」
「朝から何してんの?」
頭を押さえながら見上げると、私がいた。中身がサヤチンの私だ。しかも目が怒ってる。すごく怒ってる。お母さんが怒ってたときと同じ目で、けっこう怖い。
「………」
「ご……ごめんなさい」
「………」
サヤチンは黙ったまま、私の手が私のスカートを握って、めくろうとする。
「ああっ?! やめてやめて!」
「次やったら、ノーパンノーブラで登校するから」
「はい、もうやりません!」
「まったく……」
私の目が、こっちを睨んでた状態からテッシーの方を見て恥ずかしそうに泳いで言う。
「な、なんでもないよ、テッシー。おはよう」
「…そ…そうか…、おはよう、三葉」
テッシーも赤くなってる。たぶん、私のパンツはギリギリ見られてないはず。
「ぃ、行こうぜ」
「「うん」」
学校へ歩きながら、テッシーが言う。
「今朝は、お前ら変だな」
「「……ごめん」」
私は胸のボタンをとめておく。けど、もったいないよ、サヤチンは、もっと自分に自信をもてばいいのに。恋したことない私には、わからないのかもしれないけど、積極的にアピールすれば、なんとかなるんじゃないのかな。ってことを考えてると、私の目が怖いくらい、こっちを睨んだ。
「………」
「………」
はい、わかってます、おっぱい出したりしません、ブラチラもしません。私は別の話題を考えながら歩いたけれど、何も思いつけない。テッシーも同じみたいで、しばらく三人で沈黙のまま学校へ向かってると、サヤチンが私の口でテッシーに言う。
「遊園地の件なんだけど………私の気分次第ってことでいい?」
「……三葉の? それは、もちろん、お前の気持ち次第だけど……どういう意味で?」
「行く日の朝、私がテッシーと二人で行きたいなって思ったら優待券の枚数通りに二人で行くし、やっぱり三人で行きたいなと思ったら、三人でワリカンで行く。そんな感じの気分次第」
「「………」」
それって、サヤチンの……名取早耶香の立場と気持ちからしたら、すごく私、宮水三葉が勝手な女に感じられるんだけど、気のせい? 気分次第で決定される日の朝が不安で仕方ないような気がする。なのに、私の目は申し訳なさそうに目で謝ってきた。あとで説明してくれそうだったから、一時間目が終わった休み時間に二人で女子トイレの個室に入って話す。ここなら、私の身体をサヤチンと呼んでも大丈夫そうだから、そう訊く。
「サヤチン、遊園地のこと、あれでいいの?」
「いいの。っていうか、ごめん。私が考えてること、けっこう卑怯」
サヤチンが私の両手を合わせて謝るように頭を下げた。
「卑怯? なんで?」
「だって、もし、その日の朝、私が私だったら三人で行くって、三葉ちゃんの口で言ってほしいし。もしも、その日の朝、私が三葉ちゃんの身体でいるなら……テッシーと二人で行ってみたいから………ダメ?」
「え、え~っと……私が私だったら……三人で。……私がサヤチンだったら……二人で? …………うん……いいけど、……むしろ、サヤチンはいいの? 私の身体でテッシーと出かけて……二人っきりで、それでいいの? っていうか、入れ替わり、三回目も起こるのが前提?」
「二度あることは三度あるって言うし。一度でいいから、テッシーと二人でデートしてみたいの。たとえ、三葉ちゃんの身体だったとしても。………それに、テッシーだって好きな人とデートした想い出ができるのは、いいことだと想えるから」
「……サヤチン、優しいんだね。相手のことまで考えて」
「ううん、私は最低だよ」
「あ! いいこと考えた!」
「どんなこと?」
「そのデートの前半は、いい想い出をつくって。後半では私の身体はテッシーに嫌われるように行動するっていうの、どう? 三人で行く場合なら一日中、私は嫌なヤツになるの。そしたら、テッシー、あきれて私を好きでいるのをやめるかもよ?」
「……嫌なヤツって、どんな風に?」
「うっ……、う~ん……わがまま言ったり、行儀が悪かったり? 女の子として、こいつどうかなって男の子に思われるような行動とか?」
「それ、パンツ丸出しで歩いたり、おっぱい強調したりするってことだよ?」
「うっ………それは、やめて。あと重ねて、ごめんなさい。でも、おっぱいを自慢するのは、いいと思うよ。絶対、自信もった方がいいって! ボタン2つくらい外して誘惑するの! さっきだってテッシー、チラっと見たもん」
「やっぱり口で言ってもわからないみたいね」
サヤチンが私のスカートを短くするために、ウエストのところで巻いていく。
「ちょっ……そんなに短くしないでよ。それじゃ、ギリギリ」
「今日一日、これね」
「あうぅぅ…」
もともと校則指導されないギリギリまでつめてあるから、自転車で立ち漕ぎしたら後ろから見えるくらいにしてあるのに、ウエストで巻かれたら、もう立ってる状態でもギリギリで座ったら正面からパンツが見えるし、たぶん階段でも後ろから見えるくらいにされて私は私の身体に抱きついて止める。
「お願いです、やめてください。そんな短くして外を歩かないで」
「………わかればよろしい。っていうか、この入れ替わりって、けっこう女同士でも危険ね。なんか、羞恥心が相手持ちにならない?」
「…た………たしかに……自分で自分のおっぱい強調したいとは、あんまり思わないかも……けど、でも、これだけ立派なおっぱいなら、自信もって自慢すればいいと思うよ」
「そうね。これだけ細くてキレイな太腿だから一日中見せびらかして自慢することにするよ」
「あわわっ!」
止めるまもなく私の身体が個室を出て行く。運悪くチャイムも鳴ってしまって、そのまま授業を受けることになっちゃう。しかもユキちゃん先生に私があてられてる。
「宮水さん、この問題をやってみてください」
「はい。……」
サヤチンはスカートの裾を気にしてから立ち上がってくれたけど、超ギリギリだから歩かれるだけでも恥ずかしいのに、黒板の前に立たれると、きっと前列の男子からパンツが見えちゃう。サヤチンは私の右手で黒板に答えを書きながら、私の左手でスカートから見えそうになるパンツの後ろを隠してる。それでも短すぎてユキちゃん先生が注意してきた。
「宮水さん、そのスカート、短すぎるわよ」
「はい、すみません。明日には直してきます」
「必ずですよ。もう席に戻りなさい」
巻いてるだけなんだから、今すぐ直してよぉぉ。
「「………」」
席に戻るサヤチンと目があった。サヤチンは、ぜんぜん恥ずかしそうじゃない。私は、こんなに恥ずかしいのに。昼休みになってテッシーと、ご飯を食べてるときも、そのままだったからチラチラ見られるし。っていうか、テッシーもエロすぎ、どんだけチラ見してんのよ、見るなら、このおっぱいを見ればいいのにィ。そして放課後になって、もっと悪いことが起こった。三人で家に帰る途中、通り過ぎた黒塗りの高そうな自動車が停車してからバックして戻ってくる。あれは、糸守町役場にある町長専用車、もう嫌な予感しかしない。案の定、お父さんが降りてきて私の身体に近づいて叱ってくる。
「三葉、なんだ、そのスカートは」
「…ぇ…。……」
サヤチンが返答を迷って、こっちを見てくる。私も素直にお父さんの言うことをきく気持ちは普段から無い。こんな勝手な男に、私の生活をあれこれ言う資格があるとは思ってない。もちろん、今回のスカートは直してほしいけど、それでも、この人に言われると反抗したくなる。私が、どう言い返してもらうか考えていたのに、お父さんが手をあげた。
パシンっ…
痛そうに私の頬が叩かれて、音が響く。
「っ……」
「目が覚めたか? 恥を知れ」
「……ごめん…なさい…」
私の目が、こっちを見て謝ってくる。その謝罪がお父さんに向けられたものじゃなくて、私に向けられたものだったから、私はカッとなって怒鳴った。
「いきなり叩くことないじゃない!!」
「なっ……、こ、これは家庭の問題だ! 君は黙っていなさい」
「家庭?! ふざけないで!! あなたは家庭の外にいるでしょ?!」
「むっ………」
「私や四葉が、どんな思いで…、三葉ちゃんや四葉ちゃんが、どんな思いでいるか、考えたことがあるの?! 親のいない家で食べるご飯が、どんなに淋しいか!! 家族そろってる家が、どんなに温かいか!!」
あんまりにも腹が立って、いつのまにかサヤチンの手でお父さんのネクタイをつかんでいた。
「むむっ………、君の言いたいことはわかった。離してくれ」
「……くっ……」
手を離したけれど、悔しくて泣けてくる。わかってない、きっと、わかってないよ。
「君が泣くようなことではないだろう。……だが、すまなかった」
「「「…………」」」
私もサヤチンもテッシーも言葉が出なくて黙っていると、お父さんは立ち去り際に言う。
「三葉は、いい友達をもったな。だが、そのスカートは直しておきなさい」
「……はい」
サヤチンが代返してくれて、お父さんは町長専用車で行った。サヤチンは黙って私のスカートを巻いていたのを戻した。三人で静かに家へ帰る。サヤチンが私の身体で宮水家に帰っていくと、少しだけテッシーと二人きりになる時間がある。テッシーが言った。
「ちょっとサヤチンを見なおしたぜ」
「……え?」
「三葉のために、あれだけオヤジさんに言ってやれるなんてな。やっぱり、お前ら本当に仲がいいな」
「………どうなのかな……」
今回は、そういうことじゃない。むしろ、私が私の感情でサヤチンの身体で怒鳴ってしまった。サヤチンに迷惑だったと思う。テッシーが肩を叩いてくれた。
「そんな顔するなって。言うべきことを言ったと思うぜ。サヤチンはさ」
「…うん……ありがとう…」
私は卑怯だ。言うべきことだったかもしれないけど、私の口で言うべきことだった。勢いでサヤチンの口で言ったのは卑怯だと思う。テッシーと別れて名取家に入る前に、私のスマフォへ電話をかけた。
「もしもし」
沈んだ私の声でサヤチンが応答してくれたから、すぐに謝る。
「さっきは、ごめんなさい」
「ううん。私こそ、ごめん。調子に乗りすぎた」
「ううん、私こそ」
「………じゃあ、おあいこで」
「うん」
「今夜は、どうする? こっち来て泊まる?」
「う~ん、あんまり頻繁だと迷惑……ううん! うちは迷惑じゃないけど! 迷惑をかける気がすることが迷惑っていうか……あれ? えっと……」
「きゃははは、言いたいことはわかるよ。変に遠慮しないでいいって。私が言うことじゃないかもしれないけど。でも、あんまり頻繁だと、お婆さんたちにも本当に迷惑だと思うし、それぞれに寝よう。三葉ちゃんが大丈夫なら。それとも名取の家で二人で寝る?」
「ううん、もう大丈夫だと思うから。お泊まりは、もっと困ったことがあったときにしよ」
「そうだね。じゃぁ」
「じゃぁ」
電話を終わって、名取家に入った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
サヤチンのお母さんが迎えてくれる。お母さんを手伝って、夕ご飯はお父さんと三人で食べた。
「早耶香、お風呂に入ってらっしゃい」
「はーい」
一人で広いバスルームに入った。かなり新しいサヤチンちのお風呂はテレビのCMで見るみたいな楕円形のゆったり浸かれるバスで本当に羨ましい。シャワーの出方も、なんか違うから気持ちいいし。
「………この、おっぱい……見せつけて歩きたいくらいなのに………」
鏡に映るおっぱいも本当に羨ましい。
「けど、私の太腿を出すのはやめてほしい……自信と羞恥心って、どういう仕組みなのかなぁ……」
お湯に浸かりながら考えてみる。
「お風呂だと裸でも、ぜんぜん平気だけど、教室だと死ぬほど恥ずかしい……でも、この身体だと、その半分くらいかも……。おっぱいも、自分のおっぱい出すのはイヤだけど、サヤチンのおっぱいだと立派だし……立派ならいいのかな? う~ん……」
のぼせないうちに揚がってリビングのソファに座った。
「お先です」
「うむ」
サヤチンのお父さんがテレビでニュースを見てる。
「シエラレオネ共和国では50年に一度の大干魃により食糧不足が懸念されWFOの予測では3万人の餓死者が…」
時計を見ると、もう9時過ぎ。私は気になることを訊いてみる。
「お姉ちゃんは?」
「………あいつは、帰ってくるのか?」
「外泊するってメールがあったわ」
洗い物をしながら、お母さんが普通に答えた。
「……。そうか」
「それって、男の人と?」
「…………そうなのか? 母さん」
「早耶香、もう寝なさい」
「はーい」
訊いてはいけないことだったのかも、サヤチン、ごめん。私は二階へあがってサヤチンのベッドに潜り込んだ。
「……お母さんとお父さんがいて、新しい家で、お姉ちゃんも頼もしくて……おっぱいも大きくて……声も可愛いし……。他人がもってるものって、……つい羨ましくなるよ。巫女もやらなくていいし……町長の娘とか言われないし……私、この家の子に生まれたかったかも。………あとはテッシーさえ、こっちを好きになってくれたら、サヤチンの人生、満点ホームランじゃん」
ベッドが体温で温まってきたので、もう目を閉じて眠った。
朝、私は私の部屋にいた。
「戻ってる。………小さな、おっぱいに…」
おっぱいの大きさで自己同一性を確認できてしまうのが悲しい。
「……小さい……けど、なんとかスマフォを挟んだりできるかな」
枕元のスマフォを挟んでみる。
「ううぅ……痛い…」
無理矢理によせて手で押さえつけると、挟んで挟めなくはない。
「でも、これじゃ挟めてるとは言えないよね。はぁぁ…」
スマフォを布団の上へ落とすと、振動してる。見るとサヤチンからのメッセージが届いてる。
「戻ってる? こっちは戻ってるよ」
「うん、こっちも戻ってる」
と返信した。
「じゃ、普通に生活しよ」
「そうだね」
今日は土曜日、どうしようかな、と思っているとテッシーからメールが着た。
「明日、天気が良かったら、遊園地に行こうぜ」
って誘ってる。
「………私のこと……好きでいてくれるんだ……いつからなのかな……」
考えると、ちょっと落ち着かない。しかも、サヤチンはテッシーのこと好きだから余計に落ち着かない。こんなとき、妹じゃなくてお姉ちゃんでもいてくれれば、いい相談相手になってくれたんだろうなァ。
「二度寝しようかなァ」
テッシーへの返事を考えるのが億劫で、もう一度、布団に潜り込んだら、恋愛相談相手にはならない四葉が戸を開けた。
「休みやからって寝てると、また月曜に起きられんよ」
「……わかってるもん」
二度寝を見抜かれたので仕方なく起きる。四葉が先に生まれて年上だったら私ボロカス言われたかも。四葉は、すごい怖い姉になりそう。起きて顔を洗って天気を見ると、微妙だった。
「明日は晴れるのかな」
雨が降りそうな、それでいて晴れそうな微妙な天気、テッシーが誘ってくれてる遊園地は愛知県の方だから、スマフォで天気予報をチェックしてみる。
「……明日は晴れか……、私の身体は行くこと決定だから早寝早起きしないと」
山奥の糸守町から愛知県の遊園地へ遊びに行くんだと、できれば始発に乗りたい。
「四葉に起こしてもらって正解だったかな。宿題も、今日のうちにしとこ」
天気も微妙だし、外に出ても山奥だからコンビニしかないし。家の中で地味に宿題をしながら、山奥でもスマフォのおかげで可能になった恋愛相談をしてみる。もちろん、匿名で新規アカウントを作成して、私とサヤチン、テッシーみたいな関係を、どう解決するのがベストかを、ネット上で質問してみた。
「なるほど……」
お昼ご飯を食べ終えて見てみると、いくつか回答がもらえていた。
「一番最低なのは、私まで彼を好きになったとか言い出して友達を裏切ることか……そりゃそうだよね。後から何を言い出してんだよ、って感じだもん。ベストなのは、やっぱり友達と彼が結ばれて、それを祝福してあげるポジションか。………追加で質問してみよ」
私は追記して問う。
「彼からデートに誘われてるけど、一回、想い出づくりに行くのは、どうでしょうか。それとも三人で行くのがいいでしょうか」
追記して、すぐに回答が増えた。
「……波乱の予感w……すでに、お前は彼を狙ってる……もうダメじゃん、友情おわり乙……」
二人で行くことには、かなり否定的な回答がきてる。
「ああ~ん! 違うの! そういう意味じゃなくて、二人で行く場合は私にサヤチンが入ってる状態でってことなの! この質問、消去して入れ替わりのことも含めて相談してみよ。どうせ、捨てアカウントだし」
どこの誰か、お互い不明なネット上だから、入れ替わりのことを書いてみても大丈夫かなって、質問全体を書き直して投稿したら、また素早く回答がもらえた。
「………病院が来い……アホ女子高生出現……真性の電波少女……夢見がちな年齢……なんのかんの言って彼を盗りたいだけ……友情ご臨終w……この女、さっき似たような質問あげてベストアンサー決めずに削除しやがったから、もう相手しなくてよし……うう~っ…みんな辛口だなぁ……」
誰一人として入れ替わりを信じてくれないし、それを言い訳にして私がテッシーを盗ろうとしてるって誤解されてる。
「違うのに……あ、この回答は真剣に考えてくれてる雰囲気。君が入れ替わりだと感じるのは、彼を好きになってはいけないという気持ちと、好きになってしまった自分の気持ちがせめぎ合う結果だよ。自分を誤魔化すのは良くない。好きなら好きと、はっきりと友達にも伝えてしまいなさい。君は友達を甘く見すぎている。君の友達だって正直に話せば祝福してくれる可能性もあるから。……う~…結局は、入れ替わりのこと信じてくれてない。私の思い込みだって考えて……まあ、そんなもんかなぁ……このアカウントだと、もう真剣に回答してもらえないかも」
私はアカウントを破棄して、質問するサイトも変えて、入れ替わりのことは相談しないでテッシーから誘われてるデートを二人で行くことにしているのを当日朝にサヤチンとテッシーだけで行くことになるようドタキャンするのは、ありなのか質問してみた。
「………、あなたは余計なことはしないのが良い。いいアイデアだと思っても、その友達にしたら御節介かもしれないし、それで彼が怒ったりしたら目も当てられない。その友達に一生恨まれたりする危険性あり。あなたは成り行きにまかせて静観しましょう。きっと、その友達は、あなた以上に思い悩んでいますから、ささいなことで感情的になる場面もあるかもしれませんが、我慢強く穏やかに接してあげましょう。……うん! そうしよう!」
誰だか知らない人に感謝して私は恋愛相談を終わった。