「君の名は。サヤチン」   作:日夏孝朗
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第3話


 
 私は目が覚めて、三葉ちゃんになっていたことを理解して複雑な気持ちになった。
「……これからテッシーと……二人で……」
 今日は約束の日、そして気分次第で二人で行くか、三人で行くか、決めていい立場に私はいる。
「急がないと始発に間に合わない」
 そして、もう結論は出していたようなもので、私は三葉ちゃんの服を着て身支度すると朝食も摂らずに駅へ向かった。まだ、外は暗い。でも、始発で遊びに行かないと時間が無くなる。それくらい私たちは山奥に住んでいるから。
「………」
 複雑な気持ちだった。私はテッシーと二人でデートを楽しめる、けれど、それは三葉ちゃんの身体とテッシーが遊びに行くということ。
「………この選択でいいのかな………でも、行きたい……」
 迷いはあった、けれど、突き進むことにした。たぶん、三葉ちゃんは電話をかけて起こさない限り、まだまだ私の身体で寝ていると思う。駅に着くと、テッシーがいた。今まで見たこともないくらいカッコいい服を着ている。新しいズボンと、カッターシャツも襟のデザインがカッコいいのを選んできてる。いつも、ムーばっかり見てるから、服装のセンスなんて無いかと思ってたけど、意外なくらい似合ってるから、ドキドキする。
「おはよう。三葉」
「……。うん、おはよう。テッシー」
「行こうか」
「……。うん」
 サヤチンはどうするのか、って訊いてもくれないんだ。ここに私一人で現れたってことは、テッシーの理解の仕方は間違ってないけれど、やっぱり淋しい。でも、テッシーにとっては嬉しいこと、なんだろうなぁ。二人で電車に乗って愛知県へ向かった。北陸に近い山奥から太平洋側の海に近い遊園地へ行くまでに何度か乗り換える。道中で私は三葉ちゃんのスマフォから私のスマフォへメッセージを送った。
「テッシーと二人で行ってくるよ。ごめんね」
 そのメッセージに、すぐに返信は来なかった。糸守町を出たときは余裕で座れたけど、だんだん都会に近づくと車内が混雑してくる。もうすぐ遊園地という駅までくると、超満員になってテッシーと身体がピッタリくっついた。
「………」
「……ごめんな……苦しいか?」
「ううん、平気……ありがとう」
 都会の電車内は知ってはいたけれど、ものすごく混んでる。くっついてるのはテッシーとだけじゃなくて隣のカップルや家族連れとも、くっついてる。みんな遊園地に遊びに行く雰囲気の人たち。あまりに混みすぎて、まったく身動きできない。そんな中でテッシーは私を………三葉ちゃんの身体を守ろうと、かばってくれてる。それが嬉しいと同時に羨ましい。まさか、デートの始めから、こんなに密着するなんて思わなかったよ。もう、ほとんど抱かれてるみたいな感じ。
「やっと着いたな」
「うん……はぁぁ……」
 ホームに到着すると、みんな我先にと遊園地の入場ゲートへ向かってるけど、田舎育ちの私たちは体力はあっても混雑慣れしてなくて、とても疲れていたから一息ついてから入場した。
「三葉は何から乗りたい?」
「えっとねぇ」
 場内マップを見て考える。
「テッシーは何がいい?」
「オレは何でもいいぞ。三葉が乗りたいので」
「…………」
「三葉?」
 三葉、三葉か……そうだよね、三葉だもんね……、でも、このまま一日、ずっと三葉って呼ばれるのは、つらい。私は小手先の手段だとわかっていても頼んでみる。
「……。ねぇ、このデートの間、少しだけお願いがあるの」
「ああ、どうした? 何でもいいぞ」
「私はテッシーのことを克彦って呼ぶから、克彦は私のこと、君か、お前って呼んでほしい」
「……君か、お前で? ………いいけど、なんで?」
「そういう気分なの。私って恥ずかしがり屋なの知ってるでしょ?」
「ああ……そうだな…」
「なんか、名前で呼ばれるの恥ずかしくて。君か、お前がいいの」
「わかった。………それなのに、オレは名前なのか?」
「うん。私って気分屋だから。ね、お願い」
「ああ、いいぜ。じゃ、君は何に乗りたい?」
「お化け屋敷以外の全部♪」
「お化け屋敷以外か……サヤチンみたいなこと言うよな」
 ぎくっ……、克彦がククっと笑った。
「ククっ、小学5年の頃にさ、サヤチンの家族と、うちの家族で富士急ハイランドへ行ったんだ。そんとき、サヤチンとお化け屋敷に入ったら、怖くて途中で漏らしたんだぜ。ククっ、これ話したっけ?」
「……ぅ~……それさ! 町に帰っても絶対誰にも言わない約束をサヤチンとしてない?!」
「な……なぜ、それを知って……」
「バカっ!」
「お前が怒ることないだろ?」
「口の軽い男は嫌いです~ぅ!」
 私は克彦を置いて、すぐ近くのアトラクションに並ぶ。どうせ、全部に乗りたいんだから、近いところから制覇していくことにした。置いてきた克彦も、すぐに追いかけてきてくれた。
「いきなり絶叫系か」
「怖いの?」
「オレは平気だけど、三葉…、じゃなくて、君は絶叫系は苦手とか、言ってなかった?」
「あ……」
 そういえば、三葉ちゃんは絶叫系が苦手だったかもしれない。ジェットコースターとかで、あんまり激しく揺すられると魂がぬけそうになるとか言って………実際、魂ぬけて私と入れ替わってるし。でも、乗りたいし、私は平気というか、むしろ楽しい方だもん。
「うん……まあ、苦手だったかもしれないけど、何事も挑戦だよ。っていうかさ、この遊園地に来て絶叫系を避けたら乗る物が半分になるから」
「それも、そうだな。スターライトメテオか」
 克彦が並んでるアトラクションを見上げる。ジェットコースター系だけど、とくに落下を売り物にしててコース上で、ほぼ垂直に落ちる部分もある。それが名称にも表れてるアトラクションだった。順番を待ってる間に克彦が何かを思い出したみたいで言ってくる。
「そういえば、あと何ヶ月かで地球へ近づいてくる彗星があったよな」
「あ、うん。…ティ……なんとか?」
「ティアマト彗星だったかな。あれって、ちょうど糸守町の直上を通り過ぎるらしいぞ」
「ふーん……」
「祭りの日だったかもな。お、そろそろオレたちの番だな」
 幸運なことに私たちはコースターの一番先頭だった。乗り込むと安全バーがおろされ、いよいよ出発になる。
「……緊張するよな、このタイミングは」
「うん。でも、楽しみ。………」
 そう言ったけど、ちょっとだけ不安になった。思いっきり揺すられて三葉ちゃんが恐れてたみたいに魂ぬけたら、どうしよう。ぬけて糸守町にいる私の身体へ戻るなら、まだいいけど、後ろの席の人と入れ替わったりとか、変なことが起きないか、やや不安。
「大丈夫か? 顔色、ちょっと悪いぞ」
「……うん……今さら、どうにもならないし」
 コースターは出発して登り始めてるから、もう止まらない。行くしかない。私は笑顔をつくって、それから頼む。
「手、握ってて」
「ああ」
 克彦が手を握ってくれる。私も握り返して、万が一にも魂がぬけないように構える。コースターが落下し始めた。
「うおおおっ!」
「きゃはははは♪」
 やっぱり楽しい。下へ、上へ、右へ左へ、グルグルと身体がもっていかれる感覚が楽しくて私は笑った。そして、魂はぬけなくて、私は三葉ちゃんの身体にいるままだった。
「はーっ! 楽しかった! 次、あれに乗ろうよ!」
「ぜんぜん平気そうだな」
 握り合っていて、汗ばんだ手を離してコースターをおりる。けど、もう一度、自然に握り合って園内を巡った。お昼ご飯の時間になって、いつまでも三葉ちゃんから返信がないので心配になった。どうしたんだろう、何かあったのかな、それとも、やっぱり二人きりで遊園地に出かけたこと、怒ってるのかな、そんな風に気にかかっていたら、やっと返信が入った。
「おはよう。もう着いてる?」
「とっくに着いてるよ。返信が遅いから心配したけど、そっちは何かあった?」
 と送ったら。
「二度寝してた。テヘ」
「おい」
「だって、いつも四葉に邪魔されるもん。久しぶりに最高の二度寝ができたよ」
「二度寝に最高、最低があるんだ。まあ、いいよ。ごめんね、置いていって」
「ううん、気にしないで楽しんできて」
「ありがとう。じゃ」
 やり取りが終わる頃、克彦がホットドックのランチセットを持ってきてくれた。いっしょに食べながら話す。
「誰とメールしてたんだ?」
「サヤチンだよ」
「そうか」
「……。サヤチン、置いてきて、悪いことしたかも」
「…………」
 克彦が黙ってホットドックを囓る。
「………」
「………」
 私も黙ってウーロン茶を飲んだ。そして、言ってみたくなった。顔が赤くならないよう気持ちを静めて、訊いてみる。
「サヤチンはさ、もしかしたら、克彦のこと好きかもしれないよ? どうする?」
「……どうって言われても、……」
「…………」
「…………」
「サヤチンに好きって言われたら、どうする?」
「………。オレは、お前が好きだから」
「っ…」
 まっすぐ見つめられて告白された。その対象が本当は私じゃないって、わかってるのに顔が赤くなってくるのがわかる。私はポテトを囓ってから文句を言うような声色で言った。
「そんな話……お昼ご飯のタイミングで、しなくても……」
「ごめん。……けど、そういうことだから」
「…………」
「好きな男、いるのか?」
「……………いないよ。私には」
「オレと付き合ってくれ」
「…………考えておくよ……」
 ただのデートのつもりだったのに、克彦は、しっかり告白してくれた。どうしよう。どう返事しよう。そのことを考えていたから、午後からのアトラクションは、あんまり記憶に残らなかった。閉園が近くなって、克彦が誘ってくる。
「観覧車に乗らないか」
「…うん…いいよ…」
 デートの締めくくりが二人きりで、ゆっくり会話できる、そして密室になる観覧車を選ぶのは、他のカップルも同じみたいだったけど、私たちは混み合う前に並んだから、すぐに乗れた。
「これでお化け屋敷以外、全部、制覇できたな」
「そうだね」
「…………」
 克彦から告白の答えを待ってる気配を感じて、私は目をそらして海を見た。
「海が見えるね」
「ああ……」
「また、今度、海にも遊びに行きたいね」
 曖昧だけど、肯定的な答えにもとれる返事をした。
「そうだな。また、君と二人で行きたいな」
「……………」
 また海を見て誤魔化す。このタイミング、イエスならキスするタイミングだし、それを狙ってるのが、なんとなくわかる。今の私には、キスしたい気持ちと、絶対にしたくない気持ちがあるし、そもそも、この唇は三葉ちゃんの唇なんだから、しちゃいけないって気持ちもある。いろいろ考えて誤魔化してるうちに、観覧車が終わってしまった。
「…………」
「…………」
 沈黙が長くならないうちに克彦が時間を確認した。
「あと20分で閉園か」
「そっか……楽しかった。……あっという間だったね」
「せっかくだし、あれに入って。完全制覇にしないか?」
 克彦がお化け屋敷を指してる。
「え~………しかも、日暮れ時に…」
「ジェットコースターは、ぜんぜん平気だったろ? 何事も挑戦とか言って」
「まあ…ね」
 小学5年で、おもらししたトラウマがあるから、あれ以来、この手のアトラクションには入ったことがない。さすがに、高校生になって漏らすとは思わないけど、万が一、三葉ちゃんの身体で漏らしたら……。けど、克彦は完全制覇したいみたい。お昼ご飯もおごってもらったから、ここは付き合おうかな。私も一生、お化け屋敷をさけて生きていくのもなんだから。
「トイレに行ってからね」
「じゃあ、先に並んでおくぞ」
 克彦が並んでいてくれるので手早くトイレを済ませて、お化け屋敷に入った。並んでいるうちからも、怖い雰囲気だったけど、中に入って、すごく後悔した。
「絶対、手を離さないでよ」
「わかってるって」
 いきなり最初の部屋から、完全に真っ暗で何も見えない状態で、すごく怖い。しかも、お化け屋敷のくせに、しっかりとテーマがあって、それが変にリアルで怖い。テーマは一人の男を巡って二人の女が争い合う。その舞台は男が経営するイタリアンレストランで、片方の女が毒殺されかけて身体がボロボロになって、その恨みで毒をもった方を呪い殺すっていう嫉妬と怨恨の連鎖。
「…ハァ……ハァ…」
「そんなに怖いか? まだ、暗い廊下が続いてるだけじゃないか?」
「暗いだけじゃないよ。血とか、人とか倒れてるもん!」
 真っ暗な最初の部屋から、レストランの廊下へ歩いて進むと、壁に血のりがあったり、人形が倒れていたりして、雰囲気と演出がすごくて私は克彦の腕に抱きついて歩いてる。「…ハァ…やっぱり入るんじゃなかったよ…」
「大丈夫だって、オレがいるからさ」
「しかも黄昏時って、本当にお化けが出る時刻なんだよぉ。ムーとか、読むから知ってるでしょ?!」
「もし、出たらムーに報告記事を投稿しないとな。ちょっ、あんまり抱きつかれると歩けないから」
 かなり嬉しそうに克彦が言ってるけど、それどころじゃないくらい、怖い。私はもう克彦の腕じゃなくて腰に抱きつきながら、次の部屋へ進む。そこはレストランらしくテーブルが並んでいて、イスには何人も座っているけれど、顔色が悪かったり、突っ伏して死んでいたりして見るだけでも怖いのに私たちが近づくと動く。
 ガタガタガタっ!
「ひっ?!」
「センサーとモーターで振動しただけだから」
 死体が動いたように思えて私は震え上がったのに、克彦は平気そうに頭を撫でてくれる。これ、一人だったら、絶対無理。足が竦みそうになりながら体重の半分を克彦に支えてもらって進む。次のテーブルに突っ伏していた人形は動かなかった。けど、その次のテーブルにも倒れている死体があって、それが立ち上がって襲ってきた。
「殺してやる!!」
「きゃああああ!!」
「うおっ?! ビビった。人か……人が演じてるのか……ビビったぁ」
 克彦まで驚いてるから、私の方は、もっと怖い。なのに、襲ってきた死体は、ゆっくり追ってくる。
「待て……待て……殺してやる……うわあああ!!」
「ひぃぃっ……」
「こっちのドアから進める! 移動したら追ってこないさ!」
 歩けなくなった私を克彦が運ぶようにして次の部屋へ進んだ。そこはまた暗い廊下だった。
「もうヤダもうヤダ! リタイヤしようよ!」
「富士急と違って、ここはリタイヤシステムが無さそうだぞ。入って、すぐにキャンセルする以外はさ」
「ううっ……やっぱり、入るんじゃなかった……ぐすっ…」
 怖くて泣けてくる。
「…ぅぅっ…ひっく…」
「泣くほど怖いか? ジェットコースターは、あんなに喜んでたじゃないか?」
「コースターは先が読めるからいいの! ぜんぜん違うよ!」
「わかった、わかった。オレが先頭に立つからさ」
「後ろから来るかもしれないから、横にいてよぉ!」
 案の定、廊下を進んでいたら、後ろから何かが追いかけてくる。
 シャーーーっ!
「ひぃい?!」
「これが、毒殺されかけた女の方か……キモい人形を作るもんだなぁ。ほら、どうせ、オレたちには衝突しないように安全装置があって手前で止まるから」
 克彦が観察するみたいに、ゆっくりと人形を見てる。とても気持ち悪い人形でテーマの通り、毒を盛られて皮膚が爛れて美人だったのが、見ることもできないような姿になったもので、私は一目見ただけで二度と見たくない。
「…ハァ……ハァ…」
 トイレに行っておいて、よかった。下手したら、漏らしそうなほど怖いよ。その後も調理室っぽいところや食材室っぽい部屋があって、牛の死体なのか人間の死体なのか、いろんな物が吊されていて突然に動いたりするから気が休まらない。
「…ひぅぅ…ぐすっ…もう……ヤダよぉ……」
「広さ的に、そろそろ終わるから。外から見た感じの建物の広さと歩行距離からして構造は入り組んでるけど、もう終わりなはずだから」
 さすが建設会社の息子って思うけど、よくそんな冷静でいられる。
「ほら、終わった」
「お疲れ様でした」
 やっと終わったみたいでカーテンの向こうに入ると小部屋があって、すぐそこに出口が見えて、血のりの塗装とかがされて無い普通のウェイトレス姿のスタッフさんが笑顔で言ってくれる。
「カップルのお客様には女性の方へ、サービスのお菓子がございます。どうぞ、そちらのディッシュカバーをあげて、お取りください」
 小さなテーブルの上に銀色のお皿あって、同じく銀色のドーム形の蓋がされていた。サービスのお菓子と聞いて私が素直に手を伸ばした時だった。
 ガタン!
 テーブルの奥の壁が開いて、あの毒殺されかけて皮膚が爛れた女が現れて叫んできた。
「私の身体を返せぇ!!!」
「っ……」
 悲鳴をあげることもできないくらい私は驚いて腰が抜けた。
 ペタン…
 その場に座り込んでしまう。
「…ひっ…ハァ…ひっ…ハァ…」
「最後の最後まで、きついな。しかも、これも人が演じてるのか」
 克彦が代わりに、お菓子を取ってくれてる。皮膚が爛れた女は冷静な克彦を無視して私を睨みながら壁の奥へ引っ込んでいった。
「立てるか?」
「…ぅぅ………無理…」
 立とうとして、お尻をあげたけど、すぐに力が抜けて、また座り込んでしまう。
 ジワっ…
 あ……やだ……漏らしてる……下着が生温かく濡れてしまう。
「ぐすっ……ひっく……」
 けど、本当にトイレへ行っておいてよかった。漏らしたのは、ほんの少しだけで克彦にも気づかれてないし、まだ笑顔で私たちを見てるウェイトレス姿のスタッフさんにも気づかれてない。このスタッフさんは最後の罠にハマって私みたいになった女の子を何人も見てきたんだと思うと、ちょっと憎らしい。
「…ぅうう…ぐすっ……ひどすぎる、お化け屋敷だよ……ひっく…」
「立てないなら、抱き上げていいか?」
「え……うん……お願い」
「よっ」
 克彦が立てない私をお姫様抱っこしてくれた。そして、やっと本当に外に出られた。
「ぐすっ……ごめんね……重いでしょ」
「いい筋トレになるさ」
「……ありがとう」
 私は克彦の腕に負担をかけすぎないよう彼の首へ両手を回して抱きつく。これで体重の何割分かは楽になってくれたはず。もう閉園なので、まだ歩けそうにない私を抱いたまま克彦は退園口まで行ってくれた。
「ふーっ…」
 重かったと思うのに、控え目な吐息をついて、克彦は私を退園口にあったベンチへ、ゆっくりとおろしてくれた。
「ごめんね……疲れたでしょ」
「いや、オレの方こそ、ごめん。イヤがってたのにお化け屋敷に入れて。あんなに怖がると思わなくて」
「……すごい……怖かったよ……」
 でも、お姫様抱っこされたのは、いい想い出になるかな。かなり周囲の人たちから見られて恥ずかしかったけど、いい彼氏になるよ、克彦は。
「最後は怖かったけど、でも一日、ずっと楽しかったよ。ありがとう、克彦」
「ぉ、おう! オレも楽しかったぜ」
 そろそろ立てるかな、私はベンチから立ち上がってみる。ちょっと、フラついたら克彦が支えてくれた。
「歩けそうか?」
「うん、もう急がないと糸守まで帰れないよね」
 まだ午後5時だけど、ここから山奥に帰るとなると、今すぐ電車に乗らないと、どこかで泊まることになっちゃう。さすがに、この三葉ちゃんの身体で克彦と外泊はないよね。
「しまった!」
「どうしたの?」
「……いや、せっかくだから記念に何か買おうかと思ってたのに……あ! あそこの売店なら、まだ開いてる。ちょっと待っててくれ!」
 克彦が走って退園口そばにある売店へ駆け込むと、迷いながら急いで買い物して戻ってきた。
「ハァハァ…、こんなんで、よければさ。もらってくれよ」
「………嬉しい」
 克彦が差し出してくれたのは、この遊園地のマスコットキャラがデザインされた可愛い腕時計だった。
「大事にするよ」
「喜んでくれてオレも嬉しい。けど、もう帰らないとな」
「うん」
 すぐに腕時計を手首へ巻いて、駅に向かった。また混み合う電車に乗って克彦と密着することになったけど、朝と違った気持ちだった。朝も嬉しかったけど、とっても緊張した。なのに、今は変な緊張はなくて、ただ心地いい。二人の距離が近くなった気がする。それは克彦も同じように感じてくれてるみたいで、私を守って抱いてくれてる腕が頼もしい。このまま、ずっと抱かれていたい。
「…………」
「…………」
 同じように感じてくれてたみたいで、だんだん田舎に近づいて電車が空いてきても、ずっと抱いていてくれた。けど、最後の乗り換えをすると、もう車内はガラガラで余裕で座れる。二人並んで座ってると、早朝からの長旅だったから身体は疲れていて眠くなる。でも、寝たくない。一分でも一秒でも、今の時間を大切に味わいたい。克彦と手をつないで、克彦の肩に頭をもたげて、静かに座っていられるこの時間は、あと数十分で終わってしまう。
「……このまま時間が止まればいいのに……」
「ん? 何か言ったか?」
「本当に楽しい一日だったよ、ありがとう」
「ああ、オレも………」
 そう言った克彦が見つめてくる。もう車内には私たちしか乗っていない。
「………」
「………」
 見つめてくれていた克彦が顔を近づけてくるから、私は目を閉じた。
「……」
「……」
 キスされる。嬉しい。目まいがするくらい幸せ。
「………」
「………オレは三葉が好きだ」
「っ…」
 夢から覚めた。そうだった、私は私じゃなかった。
「……………」
「オレと付き合ってくれるよな?」
 キスしたんだから当然って流れで言われるけど、それはできない。どうしよう。
「三葉?」
「………今日一日、お前か、君って約束だったのに…」
「あ………ごめん……つい」
「もう魔法が解けてしまったよ」
「………何を言ってるんだよ?」
「……………」
 どうしよう、なんて言って誤魔化そう、三葉ちゃんの唇でファーストキスまでしちゃったよ、この記憶、このことを、なんとかしないと。この記憶は私と克彦のもの、だから、克彦が黙ってれば三葉ちゃんにはわからない。
「……オレと付き合っては……くれないのか?」
「…………うん……ごめん」
「そうか…………今日のデートは、お情けか……さっきのキスも……」
「そういうわけじゃ……」
「もういいっ!」
 克彦が私から10センチ離れて、顔を背けた。すごく克彦を傷つけてしまった。顔を背けてるけど、車窓に反射して見える表情が今にも泣きそう。胸が痛い。私は克彦の肩に抱きついた。
「ごめん、そういうわけでもないの!」
「…………」
「あ! そうそう! 言ったでしょ! 私、かなり気分屋なの!」
「………」
「だから、克彦のこと好きって気分のときもあれば、ぜんぜん、そうじゃない気分のときもあるの! 日によってね、ガラっと気分が変わっちゃうの」
「……そういえば、……ここのところ…」
「でしょ。だから、お願いがあるの。聞いて」
「あ…ああ…、何だよ?」
「私がね、この腕時計をしてるときは克彦のことを好きって気分のとき、そして腕時計をしてないときは克彦のことを友達としか思ってないとき。だから、腕時計をしてない私にはキスした話とかは絶対にしないで。恥ずかしくて逆に克彦のことを嫌いになっちゃうかもしれないから。今日のデートのことも詳しくは思い出したくないかもしれないくらい。でも、腕時計をしてるときは今みたいに仲良くしたいの。ただ、それも誰も見てないときに限って。とくにサヤチンには絶対見られたくないの。それを、わかってほしい」
「………腕時計をしてるときと……してないとき……か…」
「ごめんなさい、こんな極端な気分屋で………でも、今は克彦のこと……好き、だから」
「三葉……」
「ぅ……恥ずかしいから、腕時計をしてるときは、君か、お前にして」
「……わかったよ。そうする」
 もう糸守駅に着いてしまった。遅い時間だけど、町の誰かに見られるかもしれないと思うと、克彦と手をつないで歩くことはできない。夢の時間は終わり、この入れ替わり現象は神さまが私にプレゼントしてくれた儚い夢なのかもしれない。
「……克彦」
 私は駅前に誰もいないことを確認してから克彦を見つめて目を閉じて言う。
「ごめんなさい。きっと気分屋な私は、明日は腕時計をしてないと思うから」
「……オレは君が好きだ。……少々、気分屋でも」
 もう一度、短いキスをしてから二人で帰宅する。うっかり名取家への道に入って克彦が訊いてくる。
「どこに行くんだよ?」
「あ………、えっと、……サヤチンに会おうかなって……ま、もう遅いし電話にするよ」
「サヤチンと仲いいな……、もう遅いから家の前まで送るよ」
「ありがとう」
 克彦に宮水家の前まで送ってもらった。不審者はいないけど、猪や猿が出るからね。家に入って、遅い夕食をいただいて、お風呂にも入ってから、電話で三葉ちゃんと話す。とくに腕時計のことは言っておかないと、まずい。でも、どう言い出そう。迷ってると三葉ちゃんが私の声で訊いてくる。
「どうだった? 今日のデート、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ、ありがとう。ごめんね、置いていって」
「それはいいよ。……っていうか、私の方がサヤチンの身体で、とんでもないことしたから謝らないといけないかも」
「え………何したの? 三度寝、とか?」
「さすがに、あれから起きたよ。そしたら、お父さんがドライブしようって高速道路で大垣まで行って和牛食べ放題の焼肉店に入ったの」
「……食べたのね……思いっきり……」
「ごめん。……最初は遠慮したんだよ。あんまり食べたら太るからって、でも、お姉ちゃんもお母さんも、食べ放題なんだから、もったいないから食べられるだけ食べなさいって言うし。……すごく美味しいし……」
「……はぁぁ……」
「ごめん」
「そのくらいならいいよ。その状況なら私でも食べるし」
「あ…あとね……夜はお寿司だったの。ホントごめん。サヤチンがするはずだった美味しい思いをしちゃって」
「………。お父さん、ずいぶん景気いいけど、何か言ってた?」
「FXなんとかでユーロがどうの、ドル円が、どうのって、よくわからないけど、儲かったから、らしいよ」
「ああ、外国為替のあれ」
「ごめんね、美味しい思いを私がしたのにカロリーはサヤチン持ちで……。けど、クルマのある家って、ホントいいね。お昼からフラッと出かけても糸守が山奥って思えないくらい、さっさと大垣まで出られるし、また、ちょっと走ってアウトレットまで行けるし」
 そういえば、三葉ちゃんちはお父さん不在だから、交通手段が限られるかも。糸守で電車しか交通手段がないと、今日の私たちみたいに早朝の始発に早起きして乗って、帰りの終電に乗るために夕飯も摂らないで移動したりするかも。
「つまり、今日の名取早耶香の身体は二度寝して、大垣で焼き肉を食べて、アウトレットを巡って、お寿司を食べて帰ってきたのね。ってことは帰ってきたのは一時間くらい前?」
「うん、そのくらい。ちょうど、高速道路をおりたクルマから、私の身体とテッシーが駅から出てきたとこ、見えたよ」
「……そ……そう……ニアミスだったね」
 この様子だとキスしたことは見られてないはず、このことは隠し通さないと。勝手に三葉ちゃんのファーストキスを済ませたなんて、とんでもないこと、とても言えない。けど、やっぱり言うべきなのかな……どうしよう……さっきは夢見心地で克彦とキスしてしまって……けど、三葉ちゃんの唇だったのに………これって、取り返しのつかないことじゃ………。
「どうしたの? 急に黙って……やっぱり、食べ過ぎだって、怒ってる?」
「……ううん……そうじゃなくて………私も……とんでもないこと……三葉ちゃんの身体でしちゃったかも……ごめん」
「え………なに食べたの?」
「…………」
 言うべきかな……言わない方が、いいかな……。
「愛知県だからエビフライとか? もっと濃いもの?」
「…………」
 言ったら……どんな反応を………。
「あ、でも遊園地だから……う~ん、わかんないよ、何だったの?」
「……食べ物じゃないの……」
 食欲じゃないんだよ………出来心と申しますか………魔が差したと言いますか……。
「食べ物じゃない、とんでもないことって?」
 私の声が不安そうな声色になってくる。やっぱり、とても言えない。私は誤魔化すことにした。今日の出来事を克彦と話し合ったりして、ボロが出ないためにも、大きな嘘をついて隠したいことを隠すことにする。
「お化け屋敷に入ったの」
「……苦手じゃなかった?」
「うん。それで、すごく怖くて……おしっこ漏らしたの……ごめん」
「えええ?! 私の身体で?!」
「うん……ごめん」
「ごめんって?! 私たち高校生なんだよ?!」
「ホントごめん」
「もう学校いけないよ!!」
「でも、見られたのは克彦だけだから。絶対誰にも言わないでって約束してあるから大丈夫なはず。むしろ、このことは忘れて二度と思い出さないでって」
「うぅぅ……女子高生なのに、おもらしなんて……小学5年生の、おもらしとは違うんだよ。サヤチン、お化け屋敷が苦手なら入らないでよ。また漏らしてるなんて…」
「ちょっ?! なんで、それ知ってるの?!」
「テッシーから聞いたもん」
「いつ?!」
「小学5年生のとき、富士急から帰ってきて、お土産もらったとき」
「それ速攻じゃない! そんな速攻で私との約束を破ってたの?!」
「あ………ここだけの話って、テッシーが言ってたから……聞かなかったことに、できる?」
「ううっ……そもそも無かったことにしたい……」
「小学5年でも、それだけイヤなことなんだよ……もう高校2年だよ……17歳だよ。ぐすっ…恥ずかしくてテッシーに会えないよ。町の人たちに知られたら生きていけない」
「ホント、ごめん。ちゃんと誰にも言わないでって約束したから」
「……信用できないじゃん」
「小学5年のとき、なんで克彦は喋ったの? なんで、そういう話の流れになったの?」
「えっと……あれは……たしか、……あ、思い出した。けど、恥ずかしいから、あんまり言いたくない」
「………言ってよ。そこまで言われると気になるから」
「う~……私とサヤチンの仲だから言うけどさ。羨ましくて、私が泣き出したの」
「……おもらしが?」
「そんなの羨ましくないよ! して欲しくないよ!」
「じゃあ、何が羨ましかったの?」
「ぐすっ……だって、サヤチンっちもテッシーんちも両親いてさ。仲良く計画して二泊三日で遊園地に行っちゃうんだもん。うちも誘ってもらえたけど、お婆ちゃんが断っちゃうし。で、帰ってきたテッシーがお土産くれて、いろいろな乗り物があって楽しかったとか言われたら、私ぼろぼろ泣けてきて。そしたら、テッシーが楽しいことばっかりじゃなくてサヤチンは怖がって漏らして泣いたから、三葉は来なくてよかったかもよ、とか言ってくれて……そんな感じの話の流れだよ」
「そっか……三葉ちゃんを慰めるために……」
 私との約束を………。
「小学生のころは本当に羨ましかったんだよ。すごい妬んでた」
「……ごめんね…」
「テッシーは今回も、すぐに言っちゃうかな……言われたら私、学校いけないよ」
「それは大丈夫だよ。確実に記憶から消してって、しっかり頼んだから」
 実は、そもそも克彦にはバレてないし。ホント入る前にトイレ行っておいてよかった。けど、この話より、もっと大切なことを三葉ちゃんにも認識してもらわないと、いけない。
「あと一つ大事な話があるの」
「ううっ……また、とんでもないこと?」
「ううん……、そうじゃなくて……ただ、克彦との関係」
「あ、そういえば、テッシーのこと名前で呼んでるの?」
「……」
 やっと、気づいたの………けっこう女として鈍いね、三葉ちゃん。
「そうしたい気分だったから」
 もともと勅使河原克彦をテッシーって呼び出したのは三葉ちゃん。その理由は宮水俊樹さんをトッシーって二葉さんが呼んでたのを真似して。だから、私は本当のところテッシーって呼び名を好きじゃなかったりする。
「じゃあ、明日から私もテッシーのこと、克彦って呼んだ方がいいの?」
「そうして、二人は付き合うの?」
「っ?! そんなつもり、ぜんぜんないよ!!」
「だよね……」
「ぅぅ……けっこう人間関係、大変かも……一回のデートで、なんか変わってきてる」
「それは入れ替わりを認識してない克彦の方が、つらいと思う。私たちは知ってるから。知ってる私でも、好きな人に、素っ気なくされるのと、好きな人の好きな人でいるのは、ぜんぜん違うから」
「………私は……どうしたら……」
「今まで通りでいいように、克彦へ言ったの。宮水三葉は、とても気分屋で、克彦と仲良くしたいときもあれば、友達としか思ってない日もあるって。その見分け方も教えた」
「見分け方? ……スカート短くするとかは、やめてよ」
「フフ、それもいいね」
「よくない!!」
「安心して。スカート丈じゃないよ。今日ね、克彦から腕時計をプレゼントされたの」
「へぇ、よかったね」
「……もらったのは宮水三葉よ」
「…そっか……ごめん…」
「ううん、私こそ、つい言い方が、きつくなって、ごめん。嫉妬してるね……。でも、嫉妬は抑えにくいの………この腕時計をもらったのは宮水三葉だけど、三葉ちゃんが三葉ちゃんでいるときに着けてほしくない。私が三葉ちゃんでいるときだけ、着けたい」
「それでいいよ」
「ありがとう。実は、それを前提に克彦へ言ってあるの。克彦と仲良くしたいときは、もらった腕時計を着けてる。着けてないときは、友達としか思ってないとき、そのくらい気分屋だからって………ある意味で、これは私が克彦を好きな気持ちを表す象徴みたいなもの」
「あ~、なるほど、そうすれば、テッシーも混乱が少ないかも」
「ごめんなさい、こんな卑怯なやり方」
「そんなことないよ、なんとか、この入れ替わり現象を二人で乗り切っていこう」
「ありがとう、三葉ちゃん」
「こちらこそ」
 電話を終わって、布団に入って楽しかった一日を振り返りながら寝ようとしたときだった。
 ブブブッ…
 スマフォが振動してる。手にとって見た。
「九州地方で火山性の地震……犠牲者が数十人以上……」
 私には関係ないニュースだったのでスマフォを置いて寝た。
 
 







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