修学旅行3日目、私は目が覚めて、また三葉ちゃんだった。隣のベッドで私の身体が寝てる。その手首には、あの腕時計が巻かれてる。
「………とりあえず、シャワー浴びよう」
さすがに月経も山場を過ぎてくれて、症状も軽くなってる。今日はUSJを楽しめそう。京都と奈良が先でよかったよ。シャワーを浴びて出てくると、三葉ちゃんも起きてた。そして、腕時計を私に差し出してくる。
「これ………今日は、サヤチンがしてる……べき? かな?」
「私は宮水三葉ですけどね」
「ややこしいね」
腕時計を受け取って手首に巻いた。幸い二人部屋だから、周りを気にせず会話できる。
「サヤチン、私の身体の調子は、どう? USJで遊べそう?」
「だいぶ、いいよ。たぶん大丈夫」
「よかったァ」
「USJだけは這ってでも行きたいからね」
「そうそう」
清水寺も金閣寺も東大寺も、女子高生にとって、かなりどうでもいい。最終日の今日こそがメインと言っていい。そのメインで三葉ちゃんの身体なことはラッキーなのか、アンラッキーなのか、もう、いちいち考えないことにして楽しむことにした。二階のレストランへ朝食を摂りにおりたら克彦に出会った。
「おはよう、克彦」
「お…、おはよう………」
克彦の視線を手首に感じるから、私は謝る。
「ごめんなさい。この腕時計を傷だらけにして。でも時間は、ちゃんと刻んでくれてるから。許して」
「あ…ああ……もう、いいよ。………今日は機嫌、いいんだな?」
「うん」
「そうか。……体調は?」
「まあまあ、いい方だよ」
「それは、よかったな」
朝食を終わってバスでUSJに行った。入園して、すぐに三葉ちゃんが私の口で言った。
「私は一人で回ろうかな」
「「………」」
また気を回してくれてるけど、それはそれで淋しいでしょ。宮水三葉の心も淋しいし、一人で歩き回る名取早耶香の身体も淋しいって。
「サヤチン、そんなこと言わないで3人で楽しもうよ。ね?」
「……うん! そうしよ!」
「ああ、そうだよな」
三人の同意が形成されたから、一日楽しくUSJで遊ぶ。絶叫マシーンでは克彦と行った名古屋の遊園地に劣るけど、テーマがしっかりしてて造り込みも映像処理もすごくて、何より三人で遊ぶのが楽しくて、きっと一生の想い出に残る日になるって感じた。
「楽しかったねぇ。USJ、また行きたいね」
三葉ちゃんが私の声で言って、私が三葉ちゃんの声で答える。
「うん、本当に。最高の一日だった」
「建物も、すごかったなぁ」
そう言ってる克彦と上着の下で手をつないだ。今は帰りのバスの中。自然と私たちは今までと同じ位置に着席してる。私が窓際で、その隣が克彦、そして通路の反対側に三葉ちゃん。三葉ちゃんやクラスメートたちから見られないように手をつないだまま、故郷へ帰る。大阪から京都までは三葉ちゃんも起きてたけど、他のクラスメートも眠ってしまった後、私は克彦と何度もキスをした。ユキちゃん先生も眠っていたから、本当に何度も、何度も、キスをして糸守に着かなければいいって想う時間を二人で過ごした。
夏休み初日、私は私、名取早耶香として目覚めたのに、ちょっと焦った。
「今日、私が私ってことは明日は、かなりの確率で私は三葉ちゃんに……」
この入れ替わり現象が始まって、もう三ヶ月は経ってる。そして、入れ替わりは連続で起こったことがないから、明日の夏祭りに巫女として出仕しなくちゃならない宮水三葉の中身が私である可能性が、けっこうある。
「とりあえず、三葉ちゃんと対策を相談しよう」
まだ寝てるかもしれない三葉ちゃんへメールを送って、朝ご飯を食べてると宅配便が届いた。
「名取早耶香さんへのお荷物です」
「ご苦労様です」
注文しておいた品だったので私が受け取っていると、お姉ちゃんが覗いてくる。
「何を買ったの?」
「1000ピースのパズルだよ。夏休みに友達とつくるの」
「克彦くんと?」
「三葉ちゃんと三人でね」
「まだ三角関係、続けてるんだ。もう17才の夏だよ、そろそろ決めなさいって」
「はいはい」
これは夏休み中に克彦と会うための口実でもあるんだから、私は私で努力してるんですよ、お姉ちゃんには余計な反論はしないで届いたパズルを持って三葉ちゃんの家に行く。案の定、まだ寝てたので四葉ちゃんに挨拶してから部屋にあがった。
「三葉ちゃん、おはよう。起きて」
「……う~………おっぱいが軽い……私のか……」
三葉ちゃんが自分のおっぱいを揉みながら起きた。その確認方法は、どうかと思うなぁ。
「おはよう、サヤチン。早いね。ってか、学校ないのに、ホント早いね」
「ちょっと相談しなきゃいけないことが二つあるし」
「……眠い………とりあえず、これ」
三葉ちゃんが腕時計を外して私へ渡してくれる。すぐに私は自分の手首に巻いた。その間に、三葉ちゃんがパズルの入った大きな箱に気づいた。
「なにそれ?」
「1000ピースのパズルだよ」
「ふーん……時間のかかりそうな……そんな趣味があったっけ?」
「ゆっくり克彦と過ごすための口実なの」
「ああ、なるほど」
「で、お願いがあるんだけど、これを克彦と三葉ちゃんと私の三人でつくろう、って三葉ちゃんから提案してほしいの。場所は克彦の部屋で」
「なるほどォ、サヤチン、ホントに考えるね。あ、それなら、サヤチンがサヤチンでいるときはサヤチンが行けばいいし、サヤチンが私でいるときは私が行けばいいんじゃない?」
「……うん……そのつもり……ごめん……仲間外れっぽいよね。ごめん」
そう、私の作戦は入れ替わりを前提にして、夏休み毎日、私が克彦と二人で過ごすためのもの。三人でといっても、克彦の部屋に行くのは交代交代というか、いつも私の意識が行くことになるプラン。
「いいよ、いいよ。私、パズルとか好きじゃないし。テッシーと、ゆっくり過ごして。相談って、この話?」
「一つはね」
「もう一つは?」
「明日の夏祭り、かなりの確率で私が宮水三葉として舞台にあがらなきゃいけない気がするんだけど……どうしよう?」
「あ、そうか。今日、自分自身だから、明日は……どうしよう?」
「だから、どうしよう」
「う~……サボるのは?」
「それってアリなの?」
「無しです。一度、脱走したら山狩りされた。仮病も見抜かれるし」
「そういえば、三葉ちゃん、中学生になった頃、真剣に嫌がって逃げてたね」
「今だってイヤだよ。お米を口に入れて、ヨダレといっしょに吐き出すんだよ? かっこ悪いし、冷やかされるし」
「そっちもあるけど、舞いの方が、このさい私だった場合に問題だと思うの」
「たしかに……」
「どうしよう?」
「………覚えていただけますか?」
「やっぱり、そうなるよね……」
「お願いします」
「こんなことなら、もっと前から練習すればよかった」
「毎回、見ててくれてるから、だいたいわかるでしょ?」
「見てるだけと自分がやるのは、かなり違うって」
もう時間が無いので私たちは神社の舞台に向かった。
「私だと、巫女服もちゃんと着られないかも」
「それは着付けのとき手伝うよ」
「そうすると、やっぱり舞いかぁ」
「夏の舞いは暑いから短めなんだよ」
「え? あれって四季で違うの?」
「違うよ。夏祭り、秋祭り、新年祭、田植え祭り、全部、所作が違う」
「うう~っ……見てるようで見てないのかも……自信ないよ」
「ごめん、お願い」
「……仕方ないよね」
私たちは舞台で練習を始めた。暑いのでダラダラと汗がでるけど、本当に時間が限られてるので頑張る。しばらくして四葉ちゃんが私たちに気づいて来た。
「お姉ちゃんたち、何してるの?」
「見てわかるでしょ」
「………サヤチンさんに練習させて、どうする気?」
「「あ……」」
たしかに、それは疑問に思って当然かもしれない。三葉ちゃんが焦る。
「え、えっと………」
「もしかして、お姉ちゃん、また脱走しようとか考えてる? サヤチンさんを身代わりにすれば山狩りされないかも、とか」
「「………」」
「お婆ちゃーん! お姉ちゃんが! うぐっ…」
大きな声を出そうとした四葉ちゃんを三葉ちゃんが羽交い締めにして口を塞いだ。
「ううーう!」
「四葉、違うよ! 勘違いだよ! えっと……あ! ちょっと伝統文化の自由研究をしてただけ」
「そ、そうそう! 私たち、自由研究で宮水神社のことを取り上げようと思ってたから! 舞いの一つ一つの動作に意味があるなんて知らなかったよ! 勉強してるうちに、私も習得したくなっちゃって!」
「…………」
四葉ちゃんが疑わしい目で三葉ちゃんと私を見てる。この子、勘が良さそうだし、しっかりもので頭もいいから、子供騙しが効きにくそう。それでも三葉ちゃんが言い募る。
「だいたい、身代わりなんてお婆ちゃんが認めないよ」
「………」
「サヤチンにも悪いし、そんなことするわけないじゃん」
「……………」
「考えてもみなよ、いくら巫女の仕事がイヤだからって友達を身代わりにして逃げるほど、私も落ちぶれてないから!」
「………………自由研究……本当ですか?」
また小学4年生の瞳が私を見る。にっこりと微笑み返して答えてみる。
「本当だよ」
「本当だって!」
「………わかったよ、離して。暑苦しいから」
「お婆ちゃんに余計なこと言わないでよ。ちゃんと明日の祭りは、私こと宮水三葉が出仕するからさ」
中身が名取早耶香かもしれませんけどね。
「あ、でも、ちょっと四葉にお願いがあるの。もしかしたら、明日、トチルかもしれないし、なんか自信がないから、今もサヤチンを練習相手にしてたけど、明日もミスしまくるかも。そんなときはフォローしてね」
「………なんか怪しいなぁ……」
「ということで、一度、サヤチンと四葉が合わせてみてよ。それを見て私も復習しつつ、自由研究するからさ」
「…………」
「お願い、あとでアイス買ってあげるから」
「298円のやつね」
「……はい」
「私もアイスほしいなぁ」
「………はい。………テッシーに買ってきてもらうのは?」
「それもいいかもね」
三葉ちゃんがスマフォで注文を送り、私は四葉ちゃんと舞いを始める。本番では、この子と合わせることになるから、いいタイミングで来てくれたよ、ホント。四葉ちゃんと3回ほど舞いを通しでやった頃、克彦がコンビニの袋を持って駆けつけてくれた。
「なんで、サヤチンが舞いをやってるんだ?」
当然の疑問ですよね、それは。
「「自由研究だよ」」
「ふーん……とりあえず、これ。あ、しまった。四葉ちゃん、いたのか」
克彦に注文したのは、ちょっと高価なアイスが二つ。だから、克彦は私と三葉ちゃんが食べると思って、さらに自分の分を買った上で、とても気を利かせて飲み物まで買ってきてくれたけど、四葉ちゃんがいるなんてことを予知できるはずもなくて、飲み物も3つで、アイスも3つ。
「私とサヤチンで一つのアイスを食べるから、アイスの数は、それでいいんだよ」
「暑いから飲み物も買ってきたけどさ。………どう分ける?」
克彦が買ってきたのは三葉ちゃんが好きなジャスミンティーのペットボトルと、誰もが知ってるメジャーな炭酸飲料と、男らしく大きめの麦茶のペットボトル。けど、ジャスミンティーは私も克彦も香りが苦手だったりする。
「とりあえず、四葉ちゃんには、これと、これあげよう」
「ありがとう、テッシーさん」
四葉ちゃんがアイスと炭酸飲料を受け取った。
「で……オレはアイスだけでいいや」
克彦は安くて大きな棒付きアイスを自分に買ってきてる。それを食べ始めた。残るのは三葉ちゃんしか好みじゃないジャスミンティーと、誰でも飲める麦茶。
「それなら、三葉ちゃんがジャスミンを飲んで。私と克彦で麦茶を飲もうよ」
「……まあ……それでもいいけど……」
きっと克彦も喉が渇いてるはずだし、アイスの後はさっぱりしたいはず、と思って言ったら、克彦の視線が私の手首にある腕時計を見て、それから三葉ちゃんの手首と顔を見る。その視線の意味を三葉ちゃんもわかって、答えてくれる。
「それでいいんじゃない。買い出し、ありがとう。これ、お金」
三葉ちゃんが精算して私とアイスを食べ始める。そして私は克彦と麦茶を分け合った。休憩が終わると、もう一回、四葉ちゃんと舞いを合わせた。
「へぇぇ、サヤチンでも様になるんだな」
「ありがとう。これ、人に見られてると思うと緊張するね」
とくに克彦からの視線だと、とっても。
「でしょ! すっごい緊張する! 毎回毎回緊張しまくりだよ!」
三葉ちゃんが力説してるけど、四葉ちゃんがタメ息をついた。
「はぁぁ……慣れようよ。年に4回、もう何回も経験してるんだしさ」
「四葉も思春期になったら、わかるよ。この苦痛が」
「はいはい。私もう行くね。ごちそうさまでした」
四葉ちゃんがアイスと炭酸飲料のお礼を言って、家に戻った。少し静かになると、克彦がパズルの箱に気づいた。
「なんだよ、それ?」
「これは、…えっと…」
「三葉ちゃんと私、克彦の三人で、これをつくろうかと思って」
「ふーん……パズルかぁ……オレは、あんまり…」
「……」
克彦が乗り気じゃないけど、三葉ちゃんが言い添えてくれる。
「夏休み中、学校もないしさ。これをテッシーの部屋でつくりたい。私も気分が乗ったとき行くから」
「オレの部屋でか……まあ、スペースはなくもないけど……」
「「じゃあ、よろしくね」」
「わかったよ。けど、一つ条件がある」
「「どんな?」」
「せっかくだし、三葉とサヤチンが合わせて舞うところが見たい」
「「……………まあ、いいよ」」
リクエストにお答えして私たちは二人で舞った。
夏祭りの日、私はサヤチンになってたから、はじめてお祭りを楽しいって思えた。サヤチンが私の身体で巫女服を着るのを手伝ってからは、私に役割は無い。いつも、いつも巫女として、お祭りの始めから終わりまで、いろいろあるのに、今日は着付けを手伝った後は、まったくのフリー。
「自由だァ!!」
「お前、やたら嬉しそうだな」
「だって…」
一回、お祭りをお客さんとして味わってみたかったんだもん。屋台を回って、神事を舞台の下から眺めて、また屋台を回って、そんな機会は一度もなかったから。
「ね、いっしょに回ろうよ」
「そうだな。……」
テッシーの視線が手首にくる。今夜だけは腕時計を私がサヤチンなのに巻いてる。なにしろ、巫女服を着てるときは腕時計みたいな目立つものはおろか、ブラジャーもショーツも着けてなかったりする。これを男子に知られると、また色々言われそうでイヤだから秘密にしてるけど、サヤチンには知られてしまった。まあ、いいけど、ね、サヤチンが言いふらすわけないから。そして、もしまた腕時計を無くすと大変だから、サヤチンと相談して今は私がサヤチンの手首に巻いている。
「今夜は全部の屋台を制覇しようよ!」
「全部って……価格は良心的だけど、お腹の方がもたないだろ」
「あ、そっか。またカロリーオーバーは、まずいよね」
お祭りの屋台は外部からは来ない。全部、糸守の人が運営してるから、とっても安い。幸か不幸か、これだけ山奥だから外部の屋台を呼ぼうにも採算が合わないって断られるから。舞いが始まるまで、私はテッシーとお祭りを楽しんで、想った。
「………」
テッシーが彼氏だったら、もっと楽しかったかも、って。
「ありえないよね……今から好きだとか言い出したら、ホント最低だし。超泥沼」
「ん? 何か言ったか?」
「一人言」
やっぱりテッシーは幼馴染みだよ、いつか、本当に好きになれる人と出会えたらいいなァ。
「そろそろ三葉の出番だぞ」
「もう、そんな時間かァ……」
私とテッシーは舞台がよく見える場所に移動した。
「………」
たくさんの人が集まってる。そして、舞台の上から見るのと、下から眺めるのでは、やっぱり違うなァ。舞台の上にいるサヤチンは緊張してるみたいで、表情が無い。私も、あんな感じなのかな。なのに、四葉は落ち着いてる。
ドン!
お婆ちゃんが太鼓を鳴らした。舞いが始まる。
「………キレイ……私じゃないみたい……」
「お前じゃないだろ」
「……そうだけど…」
「しかも、今回やたらミスが多いな。三葉、体調でも悪いのか……」
「………」
よく頑張ってるよ、あれだけの練習で、ちゃんと形になってる。そして、やっぱり、お母さん、そっくり。まるで、お母さんが生き返ったみたい。
「………お母さん……」
「なにを泣いてるんだ?」
「ぐすっ……何でもない…」
「………」
「……………私、糸守に産まれて、よかったよ。………こんなに、いいお祭りだと、想わなかった」
「そ、そうか。……そうだな。いい祭りだな」
舞いが終わってサヤチンと四葉が口噛み酒を造る。いつもイヤなことを言う女子が、また何か言ってるけど、サヤチンは集中してるからなのか、気にしてないし、そして私も次からは気にならないと思う。私も、この祭りを誇りに思えるから。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
一度、テッシーと帰るフリをしてから、一人で戻った。着付けも大変だけど、脱ぐのも初めてだと一人では難しいから。
「こんばんわ。お邪魔しまーす」
自分の家に挨拶してあがる。祭りの時は、なにかとバタバタして人の出入りも遅くまで多いから、着替えは二階の自分の部屋でしてる。あがってみるとサヤチンが脱がずに待っててくれた。
「お疲れ様、ありがとう」
「……はぁぁ……ごめん、ミスしまくりで……」
「ううん! すっごく良かったよ! 本当に、ありがとう!」
私が抱きつくと、サヤチンは力尽きたみたいに体重をまかせてくるから受け止めた。
「あぁぁ……疲れた………寝たい。脱がせて」
「了解です」
脱ぐだけじゃなくて、きちんと片付けないといけない巫女服を手順通りに脱がせて裸にする。
「……ああぁ……やっと楽になったよ……おやすみ…」
「せめて、パンツは、はいてください」
いくら四葉とお婆ちゃんしかいない家でも、今夜は一階は誰か出入りするかもしれないんだから、今にも寝そうな私の身体にパンツをはかせて寝間着も着せた。
「お風呂はどうする?」
「もう無理。パスしていい? 明日、入っておいて」
「うん、じゃあ、おやすみ」
巫女服を片付けてから、電気も消して戸を閉めた。
「あ…腕時計を………もう寝てるかな」
そっと戸を開けると、目があった。
「「腕時計……」」
明日、また入れ替わってるかもしれないけど、ちゃんとサヤチンに返しておいた。
夏休みが始まって一週間くらい、私は私の部屋で起きた。目を開けると、すぐそこにサヤチンが座って待ってる。
「サヤチン、おはよう」
「おはよう、三葉ちゃん」
もう午前10時過ぎ、私は用件がわかってるので、すぐに腕時計を外して渡した。
「はい」
「ありがとう」
受け取ったサヤチンは腕時計を巻くと出て行く。行き先はテッシーの家、二人でパズルをつくるために行った。
「もう一週間かぁ……パズル進んだのかなぁ……ちょっと淋しいな」
テッシーからすれば、毎日交代で宮水三葉か、名取早耶香がパズルをつくりに来て、いっしょに夕方まで過ごすの繰り返し、サヤチンからすれば毎日テッシーの部屋で過ごすの繰り返し、そして私は毎日一人。
「……けっこう淋しい……仲良し3人組で、彼氏彼女ができると、余った一人は、けっこう淋しいもんなんだなぁ………私にも彼氏できないかなぁ……眠い。寝よう。夢の中で彼氏ができるかも…」
二度寝しようとしたら四葉が戸を開けた。
「せっかくサヤチンさんが起こしてくれたんだから二度寝しないの!」
「……は~い……」
仕方なく起きて、朝ご飯を食べる。テレビがニュースを流してた。
「ジンバブエ共和国では反政府派の市民が虐殺され、少なくとも2万人以上が行方不明扱いとされていますが実質的には…」
「お姉ちゃん、今日は日曜日だから、お賽銭を集めて数えておいてよ」
「は~い……日曜日かぁ……夏休みになると曜日の感覚って、どうでもよくなるね」
「お姉ちゃんは夏休みじゃなくても曜日の感覚、かなりテキトーだよ」
「そうかな?」
「曜日どころか、年の感覚もテキトーだし」
「そんなことないよ」
「じゃあ、今が何年か、知ってる?」
そう質問すると同時に四葉が壁にあるカレンダーの年のところを手で隠した。
「う~ん………2010年以上……2020年未満かな」
「2013年! しっかりしようよ、このくらいのこと!」
「四葉が、しっかりしすぎなんだよ。だいたい合ってればいいんだよ、年なんて」
朝ご飯を食べたら、お賽銭を数えて、お昼ご飯を食べて、宿題してテレビを見て、夕飯を食べて寝た。
朝起きて、私は三葉ちゃんになっていたから身支度をして家を出る。出る前に四葉ちゃんに会った。
「今朝は、ちゃんと起きるんだ。パズルつくるの、そんなに楽しいの?」
「楽しいよ」
「ふ~ん……」
「行ってきます」
まだ小学生には好きな男の子と過ごす一日が、どれだけ楽しいかなんてわからないよね。実際、パズルは、あんまり進んでない。克彦とは話をしたり、キスをしたり、そんな風に時間を過ごしているから、パズルそのものは口実にすぎない。家を出て、自分の家、名取家を訪ねる。
「おはようございます。お邪魔します」
もともと、お互いに慣れた関係だから挨拶して上がり込む。二階の部屋で、私の顔が幸せそうに寝てた。
「………もう起こすのも、かわいそうかな」
腕時計さえ受け取ればいいから、寝てるままの手首から腕時計を外した。
「じゃ、行ってくるね」
「……ん~……」
明らかに二度寝する気だったけど、そのまま家を出る。そして克彦の家にあがる。
「おはようございます」
「おはよう。今日は三葉ちゃんが来てくれたのね。毎日、交代で熱心やね」
克彦のお母さんと挨拶を交わして、二階へあがった。克彦の部屋に入るとベッドの上でヒマそうにムーを読んでた。
「おはよう、克彦」
「おう、おはよう」
「ムーって、そんなに楽しい?」
ベッドに座って訊く。
「おう、楽しいぞ。最高だ」
「……私より?」
そう質問して頬へキスをしたらムーを置いてくれた。
「お前の方が、ずっと最高だ」
「うれしい♪」
今度は深いキスをする。ちゃんとパズルをつくっていたのは最初の3日くらい。けど、朝からキスをしたのは今日が初めて。さすがに、三葉ちゃんの身体で、これ以上のことはダメってわかってるから、キスだけにしておこう、そう思っていたのに今朝の克彦は違った。キスしている間に、優しく胸に触れてきた。
「…んっ……」
どうしよう、三葉ちゃんのおっぱいを本人に断り無く、克彦に触らせるのは、ちょっとマズいかも。迷っているうちに、おっぱいを揉まれる。
「………」
「………」
おっぱいを揉ませるくらいなら、いいかな。ごめんね、三葉ちゃん。
「…………」
「…………」
おっぱいを揉まれるのって、気持ちいい。相手が克彦だからなのかな、すごく幸せな感じがする。そう想っていたら、いつのまにかベッドに寝されていた。
「胸、見ていいか?」
「……ダメ…」
断ると引き下がってくれて、また深いキスをしてくれる。そしてキスしながら克彦の手が膝を撫でてくる。
「………」
「………」
克彦の手は男らしくて、ぶ厚くて頼もしい。そんな手で撫でられると、とても安らぐし嬉しいしドキドキする。膝を撫でてくれてた手が太腿も撫でてくる。だんだん手がスカートの中に入ってきて股間を触ろうとしてきたからギリギリのところで寝返りして逃げた。
「……克彦のエッチ……」
「…………。お前が好きだから」
「っ……、もう一回、言って」
「お前が好きだ」
「……うれしい……すごく、うれしいよ…」
舞い上がりそうなほど嬉しくて、またキスをされているうちに股間を触られていて、身体の芯が熱くなるのを感じた。何度もショーツの上から股間を触られて、もう頭が蕩けそう。でも、ショーツを脱がされそうになって、かろうじて拒否する。
「……脱がせるのは……ダメ……」
「…………」
すごく残念そうな顔をされて、胸が切ないから、妥協する。
「胸なら、……見せてあげるから」
ごめんね、三葉ちゃん。心の中で謝って、克彦に胸を向ける。すぐにボタンを外されてブラジャーも脱がされて、揉まれた後に吸われた。
「……見せるだけのつもり……だったのに……んっ…んぅ…」
おっぱいが熱い、吸われるのが、こんなに気持ちいいって思わなかった。三葉ちゃんが私の唇で吸ったときとは、ぜんぜん違う感じに熱くて、熱くて、反対の乳首も吸われているうちに身体から力が抜けて、もうショーツを脱がされることにも抵抗しなかった。
「…ハァ…ハァ…」
「ハァ…ハァ…」
裸になって克彦と抱き合って、一つになってしまった。夢みたいな時間だった。
「…………ぐすっ…」
どうしよう、取り返しのつかないことをしてしまった。
「そんなに泣かないでくれよ。……ごめん、強引だった」
「……ぐすっ……克彦は悪くないから……」
強引でもないし、紳士的だったよ。けど、私は取り返しのつかないことをした。これは、もう謝って済む問題じゃない。三葉ちゃんのバージンを勝手に克彦へ。
「…………帰る」
私は立ち上がって逃げるように部屋を出ようとして、思いとどまった。
「……こんな顔で外を歩けないよ……もう少し、ここにいる」
「ずっと、オレのそばにいてくれ」
「…………」
返事はしなかった。けど、抱きしめられて身をまかせた。落ち着くまでベッドに二人でいて、また何度もキスをした。そうしているうちに、また克彦と一つになって抱き合った。これはもう隠し通すしかないよ、三葉ちゃんに言えるわけがない、キスのことも隠してるように、ずっと隠しておこう。
「克彦、もう一度、約束してね。この腕時計をつけてる私は、あなたのこと好きだけど、つけてない私は今日のことだって思い出したくないくらいなの。だから、つけてない私にはキスのことも言わないで。お願いだよ」
「………、ああ……わかったよ。お前って、ホント気分屋だな」
「ごめんなさい」
「………この腕時計………サヤチンにも貸してるよな……」
「うん……ごめん…」
「………あいつは………オレのこと……やっぱり……好きでいてくれるのか?」
「………………それは本人へ訊いてみたら?」
そう言ってから大切なことに気づいた。
「もし、訊くなら、サヤチンも、この腕時計をつけてるときに、訊くようにして。そして、つけてないサヤチンには私とのキスやエッチのことも話題にしないで、お願い」
「………わかった………」
「もう帰るね。………今日のこと……イヤじゃなかったけど……どうしていいか、わからないよ……ごめん」
克彦の家を出て、うっかり名取の家に帰りそうになるほど混乱してたけど、三葉ちゃんの部屋に帰って、とにかく気持ちを落ち着けて、どう対応していくのがいいか、深く考えた。