「君の名は。サヤチン」   作:高尾のり子

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第6話

 

 

 翌朝、自分の部屋で起きた私は腕時計を受け取りにいくより大切なことがあるから、かなり早めに三葉ちゃんの家に行った。

「あ、サヤチンさん、おはよう。お姉ちゃんなら、まだ寝てますよ。きっと」

「ありがとう、四葉ちゃん」

「夕べ遅くまで、なんかやってたし。お風呂も二回も入ってたし。夜に洗濯機も回すし」

「……」

 それは私です。三葉ちゃんの部屋に入ってみると、穏やかに寝ていてくれた。

「…………」

「……すーっ……すーっ……」

 何も知らないで寝てる。まさか、もう自分がバージンじゃないなんて知ったら……。

「…すーっ……すーっ……」

 手首には腕時計。でも、今は、もっと大切なことは克彦とエッチしてしまったことを気づかせないこと。夕べ、二回もお風呂に入って身体も奥まで洗ったし、おりものとは違う感じに汚してしまったショーツも洗ってある。やっぱり処女だったからショーツに血も着いてたけど、その血も夕方には止まってたし、もう痛みは無いはず。何もかも、完璧に隠蔽工作したはずだけど、本当に大丈夫なのか、すごく不安。

「…すーっ……」

「………」

 でも、こうやって起きるまで様子を見てるのも、いつもと違うって違和感を持たれるかもしれないから、いつも通りに振る舞ってみる。そっと手首から腕時計を外して、自分に巻いた。

「…ん? ああ……サヤチン、……おはよう…」

「おはよう、三葉ちゃん」

「じゃあね」

 二度寝する気で寝返りしてる。

「………」

「……ん~……」

 三葉ちゃんが寝返りした後、腕時計の無くなった手で下腹部を撫でた。

「………変な感じ………生理、まだのはずなのに……」

「ど、どうかしたの?」

「なんとなく……痛いような……痛くないような……お腹、冷えたのかな……夏だから、布団きてないし…」

「冷えたのかもね。はい、タオルケット」

 タオルケットを渡すと、ありがとう、と言って二度寝し始めた。

「……………」

 うん、この様子だと大丈夫そう。バレそうにない。よかった。いつまでも寝顔を観察してると、いつも通りじゃなくなるから、静かに部屋を出た。

「……いつも通りなら……これから克彦の部屋に…」

 克彦は、どんな様子なのかな、昨日三葉ちゃんとエッチしたことで私への反応は変わるのかな、それも不安。一度、家に戻って、いつも通りの時間になるまで待ってから、克彦の家に行った。

「おはようございます」

「おはよう。……。今日は早耶香ちゃんが来てくれたのね。……」

「はい、お邪魔します」

「どうぞ、ゆっくりしていってね。……」

 いつも通りに挨拶して家に入ったけど、克彦のお母さんの様子が、いつもと違った。いつもより優しい感じだけど、なんだか間がある。何かを知ってるというか、気づいてる感じがする、まさか克彦が喋ったのかな、けど普通お母さんに話すことかな、いつかは話すにしても昨日の今日で話すような内容でもないし。とにかく克彦に会ってみよう、いつも通りに。克彦の部屋のドアを開けた。

「おはよう、克彦」

「おう、おはよう。お前も飽きないな」

 いつも通りの克彦はムーを読んでたから、私もいつも通りにベッドに座ってパズルへ視線を向ける。

「パズルも、やってみると、なかなか面白いね」

「そうか? 三葉が言い出したのに、結局、やってるの、お前だけだぞ」

「ふーん……」

 そりゃあ、三葉ちゃんの身体で来たときは、キスしたりイチャついたりするから、パズルなんて、どうでもいいよね。私が私の身体で来た場合は、間をもたせるのに、ちょうどいいんだよ、このパズルは。ちょっと探りを入れてみよう。

「パズルしてないなら、三葉ちゃんとは何してるの?」

「…な……なにも……なんとなく話して……パズルも、ちょっとイジるだけ、かな」

「ふーん……」

 ちゃんと黙っててくれるみたいね。でも、お母さんには話したのかな、そんなマザコンには見えないし、そもそもマザコンなら、ママ今日ボク童貞を卒業したよ、なんてことも言わないだろうし。でも、克彦のお母さん、何か気づいてる感じ。

「………さてと…」

 私はパズルを1ピースもって進めるフリをしながら室内を観察して気づいた。

「っ…」

 昨日とベッドのシーツが違う。

「………」

 昨日まではライトグリーンだったはずなのに、今日はブラウンのシーツになってる。毎日は交換しないはずだから、わざわざ今朝か夕べ、交換したんだ。しまった、血で汚してたのかもしれない、あのときは、そこまで気が回らなかった。血で汚してたとしたら、克彦が洗ってくれって、お母さんに頼んだか、お母さんが掃除に来て気づいたか、どっちか。

「……………」

 かといって、それを克彦に質問するのは、私の立場ではおかしい。ここは気づかないフリをして様子を見よう。

「……はぁぁ……やっぱり1000ピースもあると、面白いけど、大変」

 言いながら座っていたベッドに倒れ込んだ。あいかわらず克彦はムーを読んでる。

「そんなに、ムーって面白い?」

「おう、面白いぞ、最高だ」

「……」

 私より? って問う勇気はない。

「宿題やってる?」

「まあまあ」

「そっか………」

 倒れ込んだベッドで寝返りしてみる。寝返りしたから、スカートの裾が乱れて克彦からは下着が見えるか、見えないか、ギリギリくらいになるはず。

「………」

「………」

 なんとなく太腿に視線を感じる。興味はもってくれるんだよね。まあ、昨日の今日で私まで抱いてこようとしたら、それはそれで悲しいけど。あんまり見られないうちに、スカートの裾を直して、ピースを眺める。

「お前、本当にパズルを楽しんでるか?」

「……まあまあ」

「この分だと夏休み中に終わらないかもな」

「そーだねぇ」

 起き上がってパズル全体を見下ろす。はじめの一週間で外側の四辺だけは完成したけど、あとは進みが悪い。今日は少し頑張ろう。ムーを読む克彦と、ときどき会話しながらパズルをしているうちに、お昼前になったから部屋を出る。

「ちょっと、お手伝いしてくるよ」

「おう」

 一階におりて、克彦のお母さんが昼食を作るのを手伝う。夏休み中に克彦の家に通うようになって、だいたいお昼はごちそうになってるから、私も家から一品もってきて、準備と後片付けを手伝っていたりする。今日はオムライスみたい、私が持ってきたのはキュウリのサラダ。

「ありがとう、早耶香ちゃん。気を遣わなくていいのよ」

「いえ、毎日ごちそうになってますし」

「毎日?」

「あ、えっと…毎日のように、来て。すいません」

「三葉ちゃんと二人で交代で来るわね。………」

 そう言った克彦のお母さんが外に干してあるライトグリーンのシーツに視線を向けた。これは、たぶん、気づいてる。息子が童貞じゃなくなったことに気づいてる。そして、私に同情するような目を向けてくれた。まるで恋の敗者を哀れむような目。

「早耶香ちゃんは、いい子ね」

「いえ……」

「ちゃんと、お手伝いしてくれるし、気を遣うこともできて。………三葉ちゃんは意外と気の回らない子ね」

「……そう…ですか…」

「私は早耶香ちゃんの方が好きよ」

「…ありがとう……ございます…」

 そういえば、三葉ちゃんの身体で来てるときは、克彦とイチャつくのに夢中で、お手伝いしてないし、一品もってくるのも、私の家からだから遠慮無く持ち出してるけど、三葉ちゃんの家から持ち出すことはしてないから、克彦のお母さんから見ると、印象が変わるのかも。私としては、ときどき手伝ってるつもりが、克彦のお母さんからの視点だと、毎回手伝う名取早耶香と、一度も手伝わない宮水三葉になるのかも。今から息子の嫁候補をチェックしてるとか、やっぱり女って怖い。きっと、私にはお姉ちゃんがいて、三葉ちゃんにも妹がいて、どっちも一人娘じゃないから、勅使河原姓にしやすい、って計算までされてそう。

「亡くなった人のことを言うのも、あれだけど、三葉ちゃんのお母さんも美人で顔はよかったけれど、ずいぶん自分勝手な人だったわ」

「…そう…だったんですか?」

「ええ、急に変なことを言い出したり。自分がしたことなのに、すっかり覚えてないフリをしたり。なのに、何もかも自分一人が解決しているような顔をしていて。人として、あまり好きになれなかった」

「………」

 前の世代にも、色々あったのかな。

「もうご飯できるから、克彦を呼んできてちょうだい」

「はい」

 二階にいる克彦を呼んで、三人で食べてから後片付けを手伝って、また克彦の部屋で二人になった。

「宿題でもする?」

「そうだな」

 二人で宿題を進めていると、3時過ぎにドアがノックされて、克彦のお母さんがお茶を用意してくれた。そういえば、三葉ちゃんの身体で来てるときに、お茶は出なかった気がする。にこやかさは同じなのに微妙な二面性が怖いですよ、お母さん。

「ゆっくりしていってね、早耶香ちゃん」

「ありがとうございます」

「克彦、早耶香ちゃんに変なことするんじゃないよ」

「しねぇよ!」

 釘は刺された。私は、いつも通り5時まで克彦の家にいて帰る。帰る途中で心配だったから三葉ちゃんの家に寄った。

「お姉ちゃんなら、神社で掃き掃除してるよ」

「ありがとう」

 神社に行ってみると、三葉ちゃんは嫌そうに掃き掃除してた。箒を振り回して一人言を漏らしてる。

「ああ、もう! なんで、こんなに広いかな~ぁ!」

「この広さは大変だね」

「あ、サヤチン、お帰り。今日もテッシーと楽しく過ごせた?」

「おかげさまでね。ありがとう」

「それは良かったよ」

「………」

 ごめん、ごめんなさい、ぜんぜん気づいてないけど、本当に、ごめん。

「サヤチン、なんで泣いてるの? テッシーと何かあった?」

「ううん、目にゴミが入っただけ」

 このまま隠し通そう、絶対に。

 

 

 

 サヤチンの部屋で目が覚めたから、今日はサヤチンの日みたい。たまには二度寝しないで、ちゃんと起きよう。

「……おっぱいが重い……」

 起き上がると、おっぱいの重さを感じる。おっぱいが大きいのも慣れてくると、自慢っていうより、重いってことの方が負担かも。暑いと、下に汗が溜まるってのも新発見だったし。

「おはよう、私」

 腕時計を受け取りに来たサヤチンが私の身体で挨拶してくれる。

「うん、おはよう。もう一人の私。この入れ替わり現象も慣れてくると、どっちも自分って気がしてくるね。もうサヤチンちの冷蔵庫を開けるのに、遠慮もしないし」

「……。私の身体で、宮水さんちの冷蔵庫を遠慮なく開けないでよ」

「そうだね。それは気をつけないとね。はい、腕時計」

「ありがとう」

 サヤチンが私の身体でテッシーに会いに行くと、ヒマになる。

「ヒマだなぁ……バイトでもあればいいけど、お店も何もないし……」

 この町にはバイト先もない。夜には閉まるコンビニも固定したアルバイトとパートさんで回ってるから、夏休みの高校生は部活がないと、やることがない。

「サヤチンとテッシーとも遊べないし……四葉と遊ぶのも、この身体だとボロがでそうだし」

 もう一度、ベッドに寝転がった。

「やっぱり、二度寝しよ」

 サヤチンの家はエアコンがよく効いて最高なんだよね。このまま、名取早耶香として生きたいよ、私は。

 

 

 

 暑い、暑さで目が覚めて、私は私の部屋だと気づいた。

「私のターンか……うちのエアコンは微妙に効きが悪いし、家全体が古いから……」

 起きると、すぐにサヤチンに腕時計を渡して二度寝しようとしたけれど、四葉に起こされた。

「お姉ちゃん、今日は雨乞いあるから、ちゃんと起きて」

「え~……別に水不足でもないのに、雨乞いしなくてもいいと思わない?」

「定例祭は決まってるんだから、仕方ないよ」

「はぁぁ……」

 町の人が知ってる大きな祭りの他に、小さな小さな祭りが、いくつもある。誰も見物人がいないのに、わざわざ巫女服に着替えて、神社で祝詞を唱えたりする。

「……この暑いのに……、いっそ裸祭りにしてくれれば…」

「そんなのあったら、お姉ちゃんは泣いて嫌がるよ」

「………わかってるよ……はぁぁ……水遊び祭りならいいのにね? 水着でさ」

「早う布団から起きい!」

 四葉に怒られた。

 

 

 

 今日も私は三葉ちゃんの身体で克彦に会いに来た。

「おはようございます」

「おはよう」

 にこやかに克彦のお母さんが迎えてくれる。

「今日は三葉ちゃんの番なのね」

「はい、お邪魔します」

「どうぞ」

 今までと、まったく同じ雰囲気で迎えてくれるのが逆に怖い。確実に息子とエッチしたことを知ってるはずなのに、そのことを、まったく感じさせないなんて、本当に女って怖いなぁ。

「おはよう、克彦」

「おう、おはよう」

 克彦の部屋に入ってベッドじゃなくて椅子に座った。まさか二度も三葉ちゃんの身体でエッチするわけにはいかないから、一昨日もキスと、おっぱいだけにとどめてる。今日も二人で過ごしたいけれど、エッチはしないつもり。

「………」

「………」

 そう決めてキスしてたのに、だんだん抱かれたくなってしまってベッドの上で服を着たまま抱き合った。それでも下着を脱いだりはしないで、お昼前に一階へおりて、克彦のお母さんを手伝った。

「お手伝いします」

「あら、気を遣わなくてもいいのよ。早耶香ちゃんに何か言われた?」

「…いえ…なんとなく…」

 探りの入れ方が絶妙ですよ、お母さん。

「いつも、ごちそうになって、すいません」

「そんなこと気にしなくていいのに」

 昼食の準備を手伝って克彦を呼んで三人で食べる。今日は居間のテレビがついたままだった。

「お昼のニュースをお伝えします。内戦の続くパプア・ニューギニアでは独立派による無差別攻撃によって3000人以上の市民が犠牲になる…」

「「「いただきます」」」

 食べ始めてから、克彦のお母さんが言う。

「克彦、テレビを切ってちょうだい」

「あいよ」

 静かになると、食べながら訊かれる。

「三人とも、よく飽きずにパズルを続けてるわね」

「はい…まあ…」

「やりだすと面白いんだよ」

 克彦のウソは見抜かれたのか、見抜かれてないのか、わからないけど、我ながらパズルという口実の選択は賢かったと思う。食べ終わって片付けも手伝ってから、克彦と二人きりになった。

「宿題する? それともパズル?」

 私の質問にはキスが返ってきて、またベッドの上で抱き合った。服は脱がないようにしよう、おっぱいまでにしよう、そう決めていたのに、一昨日は克彦も、それで満足してくれたのに、克彦も私も、抱き合っているうちに我慢できなくなって服を脱いで、また一つになってしまった。とうとう二度も、三葉ちゃんの身体で克彦とエッチしてしまった。血は出なくて、前回より気持ちよくて、泣いたりはしなかったけど、口止めだけは繰り返ししておいた。

 

 

 

 朝、私は私の身体で三葉ちゃんの部屋に腕時計を取りに行って言われた。

「たまにはサヤチンとテッシーと遊びたいよ。ずっと、会えなくて淋しい」

「そうだよね。ごめん」

 毎日、朝に腕時計を受け取って終わるから、三葉ちゃんとしては生活に変化が無くて淋しいのはわかる。今日は、お互い、自分の身体だから、問題ないかな、と克彦の家へ二人で行った。

「「おはようございます」」

「おはよう。今日は二人なのね」

「「お邪魔します」」

「どうぞ」

 二人で行っても克彦のお母さんは、にこやかに迎えてくれて、克彦の部屋に入ると、むしろ克彦の方が驚いた。

「お…おう。お前ら、二人で来たのか」

「うん、たまには会い…、…たまには二人でね!」

 たまには会いたくて、と言いそうになった三葉ちゃんのうかつさに違和感を持つよりも、克彦の視線は私の手首にある腕時計にきてる。

「そうか。まあ、座れよ」

「ありがと」

 三葉ちゃんが椅子に座ったから、私には選択肢が無くて、克彦がいるベッドに座った。三葉ちゃんがテーブルにあるパズルを見て言う。

「パズル、あんまり進んでないねぇ」

「昨日も見ただろう?」

「「………」」

 うかつ過ぎだよ、三葉ちゃん。なんだか、不安。まあ、その注意力の無さのおかげで二度も克彦とエッチしたことが、バレてないのかもしれないけど。

「き、昨日に比べてってことだよ。テッシーが一人で夜にでも頑張るかなぁ、って」

「基本、ほとんど早耶香がやってるよな」

「うんっ!」

 嬉しい、ときどき頼んでる呼び方の変更が、だんだん定着してきてる。

「そっかぁ。私もパズル、やっていい?」

「「………、どうぞ」」

 うかつ過ぎるよ、っていうか、状況がわかってない。ほとんど名取早耶香の手がやってるけど、昨日は普通に宮水三葉の手が触ってるんだよ、そのパズルに。ダメだ、夏休みの間に、かなり会ってないから、状況認識がズレてる。しかも夏休みボケまでしてる感じ。それでもなんとか、フォローしながら、お昼前まで三人でパズルを囲んで克彦のお母さんが昼食の準備をする前に解散した。克彦の家を離れてから言う。

「三葉ちゃん、うかつ過ぎだよ。いろいろと」

「ごめんごめん。油断した」

「わきが甘いっていうかさ。一言一言、もう少し考えようよ」

「うん、そうする。親しい仲だけど、ちょっと会わないうちに、なんか変わるね」

「……そうかもね。お昼ご飯、どうする?」

「それぞれに食べて、もう一回、会おうよ。宿題でもしよ」

「そうだね。どこでする?」

「サヤチンの家! 涼しいから!」

「はいはい。それなら、うちでご飯も食べてよ。お母さんに頼むし」

「うん、ありがとう! サヤチンのお母さん、料理うまいもん! 大好き!」

「一葉お婆さんも、うまいよ。とっても美味しい」

「美味しいけど、微妙にカロリーが軽いというか、ボリュームが無いというか」

 三葉ちゃんの視線が私のおっぱいにくる。いやいや、食べると、おっぱいだけじゃないんだよ、つくのは。

「ボリュームが無いのは、お歳のせいもあるかもね。あれで十分、三葉ちゃんと四葉ちゃんの好みも考えてくれてる感じだけど、どうしても10代と80代だと、食べる物は、かなり違うもんね」

 ここ数ヶ月、朝昼晩と、お互いの家庭料理を知り尽くしてるので、そんなことを話ながら三葉ちゃんと夕方まで過ごしてから別れた。

 

 

 

 朝、というか昼、起きたらサヤチンの身体だった。もう腕時計は朝のうちに持っていってくれたみたい。顔を洗ってリビングのソファに座ったら、お姉ちゃんがテレビを見てた。

「お姉ちゃん、仕事は?」

「有給」

「……デートしないの?」

「あいつは仕事」

「甲子園、第7試合は都立神宮高校をくだし…」

 テレビが甲子園をやってる。

「岐阜県は、どこの高校が出てるの?」

「知らないよ。あんた、現役高校生なんだから、知らないの?」

「興味ないし。糸守高校じゃないことは、たしかだよ」

「糸守高だったら、町全員が知ってるし、こんなとこでテレビ見てないで甲子園に全職員で行ってるよ、きっと」

「全職員で行くんだ?」

「当番のこしてね」

「役場って当番あるの? 何の?」

「婚姻届とか、常に対応しなくちゃいけない届出もあるんだよ、あとは災害かな」

「ロマンティックなのと、現実的で、あってほしくないのだねぇ……」

「婚姻届も、いざ書類になると、ぜんぜんロマンティックじゃないよ。面倒なだけ」

「お昼のニュースをお伝えします。広島県で発生した50年に一度の豪雨により行方不明となった方が発見され、これで今回の豪雨による犠牲者は36名と…」

「ほら、こういうのへの対応だよ」

「なるほど。………50年に一度かぁ……最近、よく、そういう言い方しない?」

「するね。まあ、行政的な言い訳にもなるんだよ、100年に一度、1000年に一度の災害だったら、想定外でした。防災計画もありませんでした、そんな、めったにない災害のために予算組んでませんから、って」

「1000年に一度だと、どれくらいの災害になるの?」

「う~ん……コレラかペスト……あれは伝染病だから、地震だと……まあ、万単位で人間が死ねば、そういうレベルかな。ちなみに死者数で言うと、地震って飛行機なみに人が死なないよ。マラリアの方が、ずっと多くの人が犠牲になってる、今でも。ただ、先進国では問題にならないから、あんまりニュースにもならないけどね。人間を、もっとも多く殺すのはマラリアを運ぶカだよ。日本には、まず関係ないけど」

「へぇぇ……お姉ちゃん、物知り」

「公務員試験には、いろんな一般教養が出るからね。最後の面接は縁故が効くけど、最低限の点数は取らないといけないから」

「じゃあ、一万年に一度の災害は、どんなの?」

「………あんた、ヒマなんでしょ?」

「うん!」

「花の17才が……まあ、いいわ。一万年に一度ねぇ………人口が半減するような飢饉とか、火山活動による寒冷化かな」

「じゃあ、一億年に一度」

「あんたは小学生か!」

「エヘへ」

「だいたい人類の歴史が5万年前後しかないんだから、億単位となると、もう恐竜を絶滅させた隕石落下くらいじゃない。あれが2億年前だったはず」

「10億年は?」

「十億単位になったら、それはもう地球そのもの滅亡だよ。まあ、あと60億年もすれば太陽が巨大化して全部おしまい」

「………逃げられないの?」

「若い恒星まで移動できる技術があれば、生き残れるんじゃないかな。私たちの遠い子孫が」

「頑張ってほしいね」

「…………あんた、本当にヒマなのね。海でも行く?」

「うん!! え? でも、海って、どうやって? この時間から?」

「クルマでよ、このくらいの時間からの方が、日焼けが軽くていいの。行く?」

「うん、行きたい!」

「よし、行こう。5分で朝ご飯を食べておきなさい。私は準備するから」

「はーい」

 冷蔵庫から卵をもらって、卵かけご飯を食べてる間に、サヤチンのお姉ちゃんが準備を終えたから、クルマに乗った。高速道路にのってから、ちょっと後悔した。サヤチンのお姉ちゃんは平均130キロ、速いと160キロまでスピードを出すから。そして、石川県の海岸に到着して、私のために持ってきたっていう水着を渡されて、もっと後悔した。

「お姉ちゃん……この水着、ほとんど紐だよ……」

「大事なところは隠れるから、まあ着てみなよ」

「ぅぅ……」

「ここまで来て、海に入れないのは残念でしょ」

「……罠だ……これは罠だ……」

 入れ替わりが始まった当初は羞恥心が少なかったけど、だんだん、このサヤチンの身体も自分の身体みたいに感じてきてるし、ブラチラくらいなら平気だけど、こんな紐みたいな水着で海岸を歩くなんて。

「さっさと着ないと、置いて帰るよ」

「……ぅぅ……わかりました…」

 仕方なく着た。

「うん、なかなか似合うじゃん」

「……ぅぅ……お姉ちゃんの水着の方が、まだ露出が少ない。ずるいよ」

 サヤチンのお姉ちゃんが着てるのも紐ビキニだけど、貸してくれた水着の倍くらいは布面積がある。

「それ、去年、買ったけど、さすがに露出多くてお蔵入りしてたから」

「って! 自分で着れなかったから私に着せたの?!」

「まあねン」

「……ひどい……」

 姉妹関係って、いろいろなんだ。私と四葉じゃ、どうなっても、こうならないよ。ごめん、サヤチン、こんなカッコで海岸を歩いて、そして、お姉ちゃんのナンパに付き合わされて、ごめん。

「お姉ちゃん、泳ぎにきたんじゃないの?」

「海ってナンパされに来るところだよ」

「……彼氏いるんじゃないの?」

「それと、これは別だし。どうせ、ナンパしてくる男なんて、ろくなのいないから、ちょっと会話して終わりだよ。もしかしたら、砂浜からダイヤモンドが見つかるかもしれないって確率くらいで、いい男がいるかもしれないけど、基本は全部パス。あんたも、いい経験になるから付き合いなさい」

「ぅ~……」

 夕日がキレイな砂浜で何組かの男の人にナンパされる。水着が水着だから、どんどん声をかけられるけど、おっぱいも脚もジロジロ見られるし、落ち着かない。

「日が暮れたね。早耶香、もう帰りたい? それとも片町にでも行く?」

「カタマチって?」

「金沢の繁華街」

「う~ん………行きたいような……怖いような……」

 迷ってると、お姉ちゃんがタメ息をついた。

「あんた、月経、始まってるよ」

「え? うわっ?!」

 足元を見ると、思いっきり経血が垂れて脚が汚れてる。

「女としての基本でしょ。どうも、さっきから男どもの視線が、早耶香の脚ばっか見てると思ったら……はぁぁ…」

「ううっ……ぜんぜん症状がなくて…」

「早耶香は、とくに軽いもんね」

「恥ずかしいよぉ……助けて、お姉ちゃん…」

 サヤチンの生理は、すっごく軽い。二日目でも、ちょっと身体がダルいくらいで一日目なんて、ぜんぜんわからない。なのに、私の身体みたいに28日で、きっちり来るんじゃなくて、けっこう日がバラつく。

「ほら、あっちで有料の温水シャワーあるから。ナプキンは?」

「持ってきてないの」

「タオルで押さえて、コンビニ行こう。片町は、また今度にして、帰ろうか?」

「ぐすっ…ごめんなさい。帰りたい」

「よしよし」

「…ぅぅ…」

 ごめん、サヤチン、こんなカッコで砂浜を歩いてナンパされて、生理まで失敗して、本当に、ごめんなさい。でも、半分はサヤチンのお姉ちゃんが悪いんだからね、そこんとこ、よろしく。

 

 

 

 翌朝、私は私の部屋で起きると、もうサヤチンが来てた。生理二日目なのに、きっちり起きられるなんて、羨ましい。

「…ということが、ありました。ごめんなさい」

 昨日のことを説明して謝った。

「そう。この日焼けの痕は、それなのね。まったく、あの外弁慶姉はァ…」

「そとべんけい?」

「うちのお姉ちゃん、町にいるとき猫かぶってるの。で、町を出ると猫を脱いで虎になるの。さらに岐阜県を出ると、弁慶になるの。だから、外弁慶」

「へぇぇ……そういえば、高速道路でスピードアップしたのも、岐阜県を出てからだったかも」

「岐阜県警に捕まるのがイヤなんでしょ。立場上」

「なるほど」

 感心しつつ腕時計を渡す。

「サヤチンの方は、どう? テッシーと仲良くしてる?」

「うん、ありがとう。仲良くしてるよ」

「そっか。よかった」

 いきなりの海は大変だったけど、サヤチンに怒られなくてホッとしたよ。よかった。

 

 


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