お腹が痛くない、そうか、サヤチンの身体なんだ。起きると、やっぱりサヤチンの部屋だった。
「今日はサヤチンとして登校かぁ……テッシーとの関係……」
正直、もうテッシーに近づきたくない。このサヤチンの身体ででもイヤ。
「でも、サヤチン……せっかくテッシーと仲良くなってきてるし……」
学校に行ったら、きっとテッシーと会う。っていうか、行く前に会う。
「…………こんな入れ替わり現象………もう終わってよ……これ、永遠に続くの? ……私とサヤチン、ずっと、ずっと、入れ替わって生きていくの……」
そう考えてゾッとした。やっぱり、私とサヤチンは別人だよ、どんなに仲良くたって、同じ環境で育ってきたって、やっぱり同じじゃない。好きな人だって違う。家族だって。
「サヤチンのお姉さんだって……」
自分の妹には、すっごく優しい。けど、他人の私には超冷たい。
「ぐすっ……そりゃ、そうだよ……私だって四葉……」
四葉のことは大事だけど、四葉の友達までは、あんまり知らない。顔と名前くらいで、どんな子なのか、知らない。知ろうとしたこともない。
「……あ、もう学校に行く時間……どうしよう…」
迷ってたらスマフォが鳴った。宮水三葉って表示されてる。
「もしもし」
「もしもし…ぅぅ…私…」
「大丈夫? やっぱり、お腹痛い?」
夕べも痛かったから、今朝も痛いと思う。
「痛い。けど、今、痛み止めを飲んだから、そのうち効くはず。ぅぅ…ハァ…ハァ…」
「ごめんね。痛い想いさせて」
「ぅぅ…むしろ…自業自得だから…ハァ…私こそ、ごめん…ぅぅ…」
「つらいなら学校、休んでくれていいよ」
「ぁ…ありがとう…そうさせてもらうよ…ハァハァ、とても、いけそうに…ない…ァァ、痛いぃ……もお、いつになったら、この入れ替わり現象、終わるのよ! ハァハァ」
「…………。終わってほしいね。私もサヤチンとして振る舞うの難しいし」
「ぅぅぅ…あと、大事なこと…ぅぅ……私、克彦と付き合うことになったから…」
「え? そうなの?! おめでとう!」
「ありがとう。ぅぅ…だから、その私の身体で克彦に会ったとき、冷たくしたり無視したりしないで。お願い…ぅう…」
「それは…………………」
無理だよ、だって、私は知らない間に、テッシーと………ヤダ、考えたくない、気持ち悪い、なんで、なんで、顔も見たくないのに。
「ぅぅ…無理そうなら……いっそ、学校を休んで……家にこもってて…」
「いいの?」
「むしろ、そうして」
「わかった。そうするね。とりあえず、切るよ。お母さんに言ってくるから」
電話を終えて、二人して欠席することにした。しばらく二階の部屋で過ごしてから、一階に行くと、お母さんは出かけてて、お姉ちゃんがいた。
「また有給なの?」
「まあね。夕べ遅くまで引っ張り回されたし」
「……彼氏に?」
「だったら、いいんだけど、あのオッサンによ。ムカつく」
「オッサンって……」
「宮水町長よ。あのクソオヤジ」
「…おと……町長さんに何かされたの? ……まさか…ェ…エッチなこと?」
「それもされた」
「………」
目の前が真っ暗になって力が抜けた。
「ちょっと、早耶香?! 大丈夫?! 立ちくらみ?!」
「…………ぁ」
気がつくと、お姉ちゃんが支えてくれて、ソファに寝かせてくれる。
「今朝も調子悪いんだって?」
「……ぅ……ぅん……」
それはウソです。この身体は元気です。
「きっと精神的なものだよ。早耶香は優しすぎるんだって。他人のことなんか、ほっておけばいいのよ」
「…………。……そ、それより、お姉ちゃん………町長さんに何されたの?」
訊きたくない。訊きたくないけど、訊かずにいれない。お父さん、最低だよ。立場を利用して職員になんて。
「あのオッサンに直接じゃないよ。いっしょにいた町議の爺に、お尻、触られた。ムカつく。人のお尻を勝手に」
そう言ったお姉ちゃんの目に悔し涙が浮かんだから、胸が切なくなった。
「お姉ちゃん……ひどいこと、されたんだ…」
「うーん……まあ、どさくさ紛れに触られた感じだけどさ。すっごい腹立つし、気持ち悪いよ」
「そりゃ、そうだよ。勝手に自分の身体を……」
「私をスナックの婆と、いっしょにしやがって。ホント、あのオッサンども腹立つわ」
「ちょ……町長さんは、何かしたの?」
「あいつは、さすがにトップだからさ。このご時世、セクハラ騒ぎも困るから、私に謝ってくれたよ。けど、謝れば済むってもんじゃないでしょ!」
「うん! 謝って済むことじゃないよ!」
「夜中まで私をタクシー代わりに使うしさ」
「そんなに遅かったの?」
「最初、まず勅使河原んとこで飲み始めて、で、スナックに移動。ご丁寧に2件しかない2件ともに同じ時間、同じ金額になるくらい接待あって」
「ニューマザーと、割愛に?」
「そうそう。あのツイン婆んとこ」
「ちゃんと、お客さんいるんだ、あそこ…」
「まあ、高校生には関係ない話ね。仕事がらみのセクハラも」
「お姉ちゃん……大丈夫? つらくない?」
「きっちり復讐はしたから」
「………どうしたの? ひっぱたいたの?」
「そんな子供みたいな復讐しないよ。私のお尻を触った町議を公用車で家まで送ってやる途中で、いい感じに寝てくれたから、私は背後から、おっぱいを揉まれた、という認識をしてハンドル操作を誤り、時速30キロで石垣に、どかーん♪ 私はシートベルトとエアバックで元気元気。その爺はシートベルトもしてなかったから後席からフロントガラスまで吹っ飛んで、両手と顎の骨を折って、ただいま入院中。事故原因はセクハラ、私は被害者、ってことで、とりあえず有給中だけど、そのうち被害者として休業補償するかもね」
「えっと………つまり、……仕返しは、うまくいってるってこと? しかも、かなり激しい仕返しで?」
「そういうこと。こういうことはね、きっちり復讐しておかないと、自分の気持ちが治まらないから」
「……自分の気持ち………復讐……」
「最高に気持ちよかったよ。立場を利用してセクハラしてきたクソ爺が、折れた両手と顎でヒーヒー泣きながら救急車を呼んでるの。私は気絶したフリをして救助もしないで、その悲鳴を聴いてた。手が折れてるから、うまく電話もできないし、やっと、かけても話せないでいたの。可笑しくて可笑しくて、笑いをこらえるのが大変だったよ。でも、さすがに衝突音を聴いた町の人たちが出てきて、もっと放置していていいのに私たちを助けてくれた」
「………お尻、触ったくらいで……そこまで……」
「女の身体っていうのは一種の財産なんだよ。早耶香もね、嫌なことされて復讐するときは、きっちりやりなよ。証拠は残さず、それでいて相手が復讐の復讐をしないくらい、叩きのめすの。あの爺も、いい歳だから、顎の骨なんか折れたら、もう流動食になって、そこから寝たきり、でもって、さよならだよ。しかもセクハラして事故らしての最後っていう、いい戒名がつきそうな名誉のラスト。糸守の人口が減っちゃうし、宮水派の町議が一人消えるけど、そんなこと私の知ったことじゃないし、ほっとくと、またお尻触られたり、嫌な想いが続くからね。やれるときに、やっておくの。これ重要」
「………」
「私の身体はそんなに安くないっての」
「………」
「さてと、休みだからドライブでも行きたいけど、一応は事故った後だから自宅にいないとね。こんな小さな町だから、私のクルマが家の前にあるか、ないかで、動向までチェックされるからさ。早耶香、ご飯、まだよね。何か作ってあげるよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
お姉ちゃんが作ってくれた朝食には遅い、昼食には早い、カルボナーラを二人で食べて、ゆっくりソファに座ってテレビを見る。
「いよいよ来週、地球へ最接近するティアマト彗星が肉眼でも…」
「早耶香さァ、あんまりあの子が堕ろしたこと、気にしない方がいいよ」
「え? ……うん……ど、…どうして?」
「本人なら、まだしも早耶香が体調崩すほど思いやっても仕方ないよ」
「…そ…そうだね……」
「まあ、わかるよ。直接、手を下したわけじゃなくても、資金を提供したわけだしさ。私たちがお金を出さなきゃ、赤ちゃんは殺されずに済んだんじゃないかって。でも、そういう思考は、やめた方がいい。つらくなるだけだから」
「……赤ちゃん……殺され…」
そうだよ……そうだ……赤ちゃんがいたんだ……私のお腹に……私、つらくて……何も考えないようにしてたけど……あれは赤ちゃん……命……なのに、私は自分のことしか、考えなくて……それも、考えないようにして……逃げて……あの子は、五葉になったかもしれないのに……あの子にとって、お母さんは私しかいなくて……何にもできない……頼れるのは、私だけ、だったのに……それを、私は………見殺しに……五葉を私が……。
「うっううっ…うっぅうううっ…」
「もう泣かなくていいから」
お姉ちゃんが抱きしめてくれるから、一時間くらいで泣きやむことができた。泣きやんで顔を洗ってから、お姉ちゃんに言う。
「ちょっと、三葉ちゃんの様子を見てくる。学校、休んでるらしいから」
「早耶香……。行くのは、いいことかもしれないけど、あんまり感情移入しないようにね」
「…うん…ありがとう……行ってきます」
歩いて、すぐに私の家に着いた。お婆ちゃんに名取早耶香として挨拶して、お見舞いに来たって言って二階にあがった。
「サヤチン、私の体調は、どう? 痛い?」
「ぅぅ……ハァ……ぅ…ハァ……まあ…まあ…」
サヤチンは私の身体で布団の上にいて、お腹を押さえてる。その額に汗が浮かんでて、枕元には痛み止め薬のパッケージが、いくつも空になって散らかってた。
「ハァ…ハァ…ごめん、お水……ほしい…」
「うん、もらってくるね」
お婆ちゃんに一言断りつつも、慣れた台所から井戸水をもらってきた。
「はい」
「ありがとう…ぅぅ…」
サヤチンは痛み止め薬を5錠も口に入れると、水で流し込むみたいに飲んだ。
「いくら何でも、多すぎない?」
「だって……痛いの…ぅぅ…」
「すごい汗」
私の額の汗を拭いてあげると、熱かった。
「サヤチン、熱があるんじゃない?」
「…うん……ゾクゾクする…ハァ……ハァ……」
「夕べの私より、つらそうだよ」
「…ぅぅ……うぅ……痛いぃ……ハァ……もう許して……もう十分、罰は受けたよ…ハァ…ハァ……助けて…」
「サヤチン…………病院に行く?」
「それはダメ………いいの? 行ったら、絶対にバレるよ?」
「…………」
「ハァ…ハァ……耐えるしか、ないよ…ハァ……そのうち、治まるはず…ハァ…ぅぅ…」
ものすごくお腹が痛いみたいで、丸くなって震えてる。
「ハァ…ぅぅ……今、何時?」
「午後2時くらい」
「ぅぅ……まだ半日も……ハァ…ハァ…この身体で…ぅぅ…」
「…………」
「もう許して、解放して。ハァ…ハァ…私が悪かった……私が悪かったから…」
「サヤチン……」
かわいそうになって、震えてる背中を撫でた。
「ぅぅ……ああっ…ぁ……ハァ…ハァ…ごめんなさい……ごめんなさい…ぅぅぅ…ああっ…ゆ……ゆるして……ごめん……」
「サヤチン………」
苦しんで藻掻いてたサヤチンは30分くらいで痛み止め薬が効いたみたいで、そのまま寝てしまった。
「………」
心配だから付き添って、ときどき汗を拭いて様子を看てたら、四葉が小学校から帰ってきた。
「お姉ちゃんの様子は、どうですか?」
「うん、今は眠ってるよ」
「そうですか。夏バテにしては、様子がおかしくないですか?」
「………。どうなのかな? ちょっと重症の夏バテみたいだね」
「お姉ちゃんは、なんだか大袈裟にするのがイヤみたいですけど、もし具合が本当に悪いようなら、サヤチンさんからも病院へ行くように、強く言ってください。お願いします」
四葉が礼儀正しく、頭を下げてきた。四葉って、私のために、こんなことしてくれるんだ。ちょっと感動。だから、安心してもらうために気休めだけど言っておく。
「うん、私が看てるから安心して」
「ありがとうございます」
「お婆ちゃんには心配かけないよう、たいしたことないって言っておいてね」
「はい。………言っておきます」
四葉が一階へおりていった。
「…ぅぅ…」
眠ってるのに、うわごとみたいに呻いてる。すごく痛そう。呻きながら寝た私の身体が5時過ぎに目を開けた。
「…ハァ……ハァ…ぅぅ…」
痛そうに震えながら、手を伸ばして痛み止めのパッケージを取ると、まるでラムネのお菓子を食べるみたいに、錠剤をボリボリと噛んで飲み込んでいくから、不安になる。
「待って。…そんなに……ダメだよ!」
どんどん食べるからパッケージを取り上げた。
「いくつ食べたの?」
「ハァ…ハァ…返して…ハァ…死にそう……痛くて……死にそうなの…ハァ…ゴホッ…ゴホッ!」
噛み砕いた錠剤の粉を噎せて口から噴いてる。
「………ほら、お水」
「ありがとう…」
水を飲んだ後、また弱々しく手を伸ばしてきた。
「もう少し痛み止めをちょうだい……ぅぅ…お願い…」
「ダメだって。そんなに大量に飲んだら」
「ぅぅ……ぅぅ…」
諦めて布団の上で丸くなってる。
「ハァ…ヒー…ハァ…ヒー……ぅぅ……」
「…………」
「もう勘弁して…ハァ…ぅぅ…ごめんなさい…ぅぅ…もう、ゆるして…ハァ…ヒー…ハァ…ヒー…私が悪かったの……わかってるから…ハァ…」
「…………」
「ぅぅ…痛い……薬……薬ちょうだい…」
「ダメだよ。まだ5分も経ってないのに」
「ああぁ……ひぃー…」
「…………」
サヤチンが私の声で呻くのと、謝るのを繰り返して時間が流れ、四葉が夕食を二人分、持ってきてくれた。
「サヤチンさんも食べていってください。お姉ちゃんの様子、どうですか?」
「ありがとう。うん、だんだん、良くなってるよ」
「………。お姉ちゃん、どう?」
四葉が様子を見るように覗き込んでくるから、見られないように隠そうとしたけど、四葉の動きが速くて、見られてしまった。
「お姉ちゃん……顔色、すごく悪いよ。汗も……本当に大丈夫なの?」
「へ…平気…ハァ…ハァ…だんだん、良くなってる…ぅぅ…から…ぅっうっ…」
「お姉ちゃん………」
「ああ言ってるし、大丈夫だよ。きっと。ご飯、ありがとうね」
あまり見られないうちに四葉を追い出して戸を閉めた。
「ご飯、どうする? 食べられそう?」
「ハァ…無理…いらない…ハァ…」
「そう。……でも、食べないと、余計に心配されるかも」
「食べて…おいて…ハァ…二人分…ハァ…」
「……いいけど……また、カロリーオーバーに」
「ぅぅ…ぅぅ…そんなこと…どうでもいいから…ぅぅ…」
なかなか痛み止めが効かないみたいで、何度も寝返りして震えてる。
「…ハァ…ハァ…ヒー…ハァ…」
「じゃあ、心配されるし、食べておくね」
サヤチンの身体の方は、お腹も空いてきたから、あっさりした夏バテ向きの中華粥を二人分、食べてみる。
「いただきます」
「…ぅう…ハァ…ヒー…ぅぅ…」
「………」
美味しい、これはお婆ちゃんの味だ。夏バテ対策に焼いたイワナと梅干しを入れてくれてる。
「……美味しいよ、ちょっとでも、食べてみない?」
「ハァ…ヒー…」
返事はなかったけど、かすかに首を横に振ってる。
「そっか………美味しいのに…」
「ぅぅ…ヒー…ヒー…」
「ごちそうさまでした」
二人分を食べ終えて、食器を台所へ返しに行く。四葉に出会った。
「お姉ちゃんは、食べられました?」
「…うん。美味しいって。私も美味しかったよ、ありがとう」
「…………。どうしてスプーンが一つしか、汚れていないんですか? 二人で食べたはずなのに」
「………」
ぅぅ…、そんな、細かいことに気づくなんて……見た目は子供、中身は名探偵みたいだよ、四葉。
「こ…これは、その……た、…食べさせてあげたからだよ。うん! 一つのスプーンで交替に食べたから」
「そうですか。……お姉ちゃんは、どのくらい食べられました?」
「は…半分、くらいかな。ごめん、私が一人前とプラス、そこそこに食べたの。三葉ちゃんが、残すと心配かけるから食べておいて、って」
「お姉ちゃん………」
「おトイレ、借りるね」
食べたからか、大きな用事ができたのでトイレに入る。用事を済ませて二階へあがると、四葉が私の身体を拭いてた。お湯で濡らしたタオルを持ってきて、寝間着を脱がそうとしてる。
「お姉ちゃん、バンザイして」
「ぅぅ…ハァ…ほっといて…」
「ダメだよ。かなり臭いよ。身体くらい拭こう」
「「………」」
はい、我ながら意識しないようにしてましたが、けっこう匂います。あの日から、お風呂に入ってないし、汗かいて呻いてるから余計に臭い。腋なんか、とくに匂うし、自分の身体って、こんなにって思うほど。それにしても四葉、身内だから容赦無い。脱がされまいと抵抗してるサヤチンから寝間着を剥ぎ取ってる。
「ハァ…ハァ…もう勝手にして…ぅぅ…」
ショーツ一枚にされた私の身体が四葉に拭かれていく。
「ほら、バンザイ」
「ぅぅ…ハァ…ハァ…」
「背中」
「ハァ…ハァ…」
「お腹」
「ぉ、お腹はやめて」
「痛いの?」
「ハァ…痛いの……やめて…」
「やっぱり、お医者さん行ったら? 今日はもう……明日の朝にでも」
四葉が時計を見て、町の診療所が閉まってるのを確認してる。
「へ…平気だから…ぅぅ…」
また痛そうに丸くなってる。
「ほら、パンツも替えよう。下痢なの? ウンチ漏らしてるよ」
「「………」」
気づかなかったけど、ショーツが茶色く汚れてる。ううっ……漏らさないでよ、情けない姿。しかも妹に見られた。
「ぅぅ…ハァ…ハァ…パンツはやめて…自分で…」
自分で起き上がろうとしたけど、お腹に力が入ると痛くて動けないみたいで、こっちを見てきた。
「ハァ…ぅぅ…ごめん……サヤチン…私のパンツ、替えて……子供に見せたくない…ぅぅ…」
「うん。そうだね。四葉…ちゃんは出て行ってあげて。あとは私がするから」
「……はい、お願いします」
四葉が出て行ってから、下着を脱がせた。かなりナプキンが汚れてる。大きめのナプキンをあててたのに、漏らしてしまって下着まで染み込んでる。
「大きいの漏らしたの、恥ずかしくて黙ってたの?」
「ぅぅ…ハァ……痛くて…気づかなかった…ハァ…ハァ…」
「どっちにしても四葉にまで見られて……あとで口止めしておかないと」
「ハァ…ハァ……血は止まってる? ぅぅ…」
「血は止まってるけど……おりものが、ちょっと変。……匂いも…」
おりものが見たことない緑色で、匂いが強い。
「お尻とか拭くから、ちょっと脚を拡げて」
「ハァ…ハァ…ごめんなさい…」
「いえ……まあ…」
自分の身体ですから。拭いてもらうのが情けないのか、拭かせるのが申し訳ないのか、どっちにしても気の進まない作業をしてウェットティッシュで股間をキレイにしてから新しいナプキンをあてたショーツに着替えさせた。
「寝間着も汗だくだから、替えよう」
「ハァ…ハァ…ヒー…ぅぅ…ぅぅ…ぅぅ…1錠だけでいいから、痛み止め、お願い」
「…………。1錠だけね」
かわいそうだから、水と薬を1錠だけ渡した。すぐに飲んでる。
「ハァ…ハァ…」
「はい、バンザイ」
寝間着も着せた。
「ハァ…ハァ……今、何時?」
「8時過ぎ」
「ハァ…ヒー……まだ4時間も…」
「…………」
あと4時間で明日。こんなに痛そうなのに、私、この身体に戻らないといけないの。イヤだよ。
「…ハァ…ヒー…」
「…………」
「…ぅぅ……ごめん……ごめんなさい…本当に、ごめん…」
「…………」
「ヒー…ぅぅ…びょ……病院……行く?」
「…………わかんない……人に知られたくない…」
「ぅぅ…ヒー…ぅぅ…」
「………。とりあえず、洗濯物、出してくるよ」
汚れ物を集めて、一階におりると四葉が声をかけてきた。
「サヤチンさん、ちょっと、お話いいですか?」
「え? うん、いいよ」
「………。お二人の間に何があったのか知りませんし、きっと、とんでもないことを姉がして、サヤチンさんを怒らせてるのかもしれないけど………、もう、許してあげてもらえませんか?」
「………えっと……何の話?」
「お姉ちゃん、あんなに苦しそうなのに、一生懸命に謝ってるんですから。とんでもないことをしたのかもしれませんが、どうか、許してあげてください」
四葉が頭を下げて頼んでくる。
「え……えっと……別に、何もないよ?」
「………本当に?」
「……うん……」
「………そうですか……。……お姉ちゃんに、明日は必ず診療所に行こうって言っておいてください」
「ぅ…うん……言っておくね。私、今夜、ここに泊まらせてもらっていいかな? 心配だから」
「はい、ありがとうございます」
四葉って、こんなに大人だったんだ。いつのまに、成長してたんだろう。もうすぐ思春期にも入るのかな。洗濯機を回して、二階に戻ると、呻き声が変化してた。
「…ヒーぅ……ヒーぅぅ…」
「………。四葉が、明日は必ず診療所にって……そろそろ治まらないの? その痛み」
「く…薬……ヒーぅ…ヒーーっぅ…」
頬が引き攣って、手足が痙攣みたいに震えてる。
「……飲み過ぎになるんじゃないかな……ダメだよ…」
「ぉ…お願い……薬……ヒーぅ……ヒーーっぅ…」
「一つだけね」
また1錠だけ渡したら、水もあげたのに噛み砕いてから飲んでる。
「それ、噛むと、どんな味なの?」
「ヒーぅ……ヒーぅぅ…」
「…………」
聴いてないみたい。丸くなって震えながら涙を流してる。あと2時間くらいかな。ヤダなぁ……私の番……飛ばせないのかなぁ……ずっと、サヤチンの身体でいたいよ。怖いよ。こんなに痛そうで……うう、怖い。
「…ヒーぅ……もう少し…薬……お願い…」
「……じゃあ、あと二つ」
痛み止め薬、あと10錠しかない………どうしよう。たしか、救急箱には生理痛の薬があったはず、あと、お婆ちゃんが膝の痛みに飲む薬も。一応、用意しておこう。コンビニは、もう閉まってるし、ドラッグストアみたいな便利な店、ずっと遠い。
「ヒーーぅぅ…ヒーーーぅぅ…カチカチ…」
「なんで顎、カチカチさせてるの?」
「…ヒーーーぅぅ…勝手に動いて…ヒーーーぅぅ…カチカチ…」
「…………」
「…きゅ……救急車…ヒーーーぅぅ……呼んでいい? カチカチ…呼ばせて…」
「……………。どうしよう……でも……こんな夜に呼んだら……すごく目立つよ……町の人、みんな出てくるかも」
「…せ…せめて…ヒーーっぅぅ……薬……お願い……カチカチ……ヒーーっぅぅ…」
「………」
あと1時間で明日。ちょっと多めに飲んでおいてもらおうかな、交替したとき、痛いのイヤだし。
「5錠ね」
「ぁ…ありがとう…ありがとう…」
涙を零しながら薬を受け取ろうとするけど、手がブルブル震えてるから錠剤を落としてる。
「口を開けて。入れてあげる」
「ヒーーっぅぅ…」
唇も震えてるから入れにくいけど、なんとか5錠を飲んでもらったら、やっと効いてきたみたいで眠ってる。
「…………。………ヤダ………私の身体に………戻りたくない……。どうにか……ならないの……早く治って……」
怖くなってきて、震えてきたけど、ものすごい眠気が来て寝てしまった。
死ぬ、死ぬ! このままじゃ死んじゃう! 痛い、痛い、痛くて痛くて、もう死ぬ。
「ヒーーっぅぅ…カチカチ…た、助け…」
この変な呻き声、これは私? 私が出してる声、呻き声っていうより、勝手に、こんな呼吸になってる。痛い、痛い、もう痛いしか頭の中にない。お腹が焼けるみたいに痛い。まるで、お腹の中で炎が燃えてるみたい。
「ううっ…ヒーーっぅぅ…うあぁあっ…ヒーーっぅぅ…死…」
「はぁぁ……やっと解放された。痛さで死ぬかと思った」
痛い、痛いぃい。
「ヒーーっぅぅ…」
「三葉ちゃん……痛い?」
「ヒーーっぅぅ…」
返事できないくらい痛いから!
「苦しそう……ごめん、本当に、ごめんね。どうか、早く良くなって」
「ヒーーっぅぅ…きゅ…」
救急車呼んで! 死んじゃう! このままじゃ死んじゃうよ!
「それにしても今何時かな………午前1時か………」
「ヒーーっぅぅ…死…」
死んじゃう! 痛くて死んじゃう! お願い救急車呼んで!
「三葉ちゃん………、どうしよう。すごく苦しそう……あ、また、ウンチ漏らしてる。おしっこも……せめて、替えてあげるから、早く良くなって」
「ヒーーっぅぅ…ど…」
どうでもいいよ、そんなの! 助けて! 助けてよ、痛くて死んじゃう! ぅうう! 動かさないで! お腹が焼けてるみたいに痛いの! パンツなんか汚れてていいから! 動かさないで!
「おりもの……すごい……。やっぱりお医者さんに……。でも、……どうしよう…」
「きゅ…ヒーーっヒーーヒヒ!」
「………声、どんどん変になってきてる。笑ってるみたい……痛いよね?」
痛いから!! すごい痛い! お腹から火が産まれるみたいに! お腹から……火……お腹から火を産んだ神さまは……死んじゃったはず……ヤダ、やっぱり死ぬ! このままじゃ死んじゃう!
「きゅ…救急車! ヒーーッヒ!」
「……救急車は、ちょっと……目立つし……こんな夜中には……でも、お医者さんも、もう町にいないかも……どうしよう。明日の朝、町の診療所に行くか……ダメだよね。お年寄り、いっぱい来るし。始発で、どこか遠い病院に……」
「ヒーーっくぅヒー!」
スマフォを……私のスマフォを……。
「スマフォを取ってほしいの? はい」
「ヒーーーっくぅぅヒー!」
手が……指が、ちゃんと動かない……ブルブルして、操作できない。えっと、救急車は11……0……9? どっち、どっちだっけ。
「もしかして三葉ちゃん、救急車を呼ぶ気? それはダメだよ。みんなにバレるよ」
「ぁ…ヒーーくぅ!」
サヤチンにスマフォを取り上げられた。返して、お願い、もう死んじゃう。バレるとか、バレないとか、もういいから! 死んじゃうから!
「ヒーーくぅ! ヒーーくぅ! ガチガチ!」
「………。このままだと死んじゃうのかも……」
「ヒーーくぅ!」
ヤダ! 死にたくない! 助けて! 助けて! 誰か助けて! お母さん、お母さん! 助けて! うぅぅぅ…あ! お父さん、お父さんなら!
「す…スマフォ…ヒーーっヒーーヒヒ!」
「スマフォ? ………その手じゃ操作できそうにないよね。……どうする気?」
「ぉ…ヒーーっヒーーヒヒ!」
「お?」
「と…さ…ヒーーっヒーーヒヒ! ガチガチ!」
ダメだ、喉も舌も、うまく動かない。もう話もできない。死んじゃう、もう死んじゃう。
「お父さんを呼ぶの?」
「そう! ヒーーっヒーーヒヒ!」
「……宮水俊樹だったよね。電話番号は登録されてる?」
「ヒーーぅぅ! うん! ガチガチ!」
「…………町長さんか……どうしよう。……………」
「ヒーーくぅぅ! ヒーーくぅっぅ!」
迷ってないで助けて!! こんなに苦しいのに! お願い、サヤチン!!
分岐
A「わかった。お父さんに、頼もう。秘密にしてくれるかもしれないし」
B「そうだね。お父さんに頼んでみよう。でも、私の責任だから最後まで」
C「お父さん、学者さんだけど、お医者さんじゃないよね。救急車にしよう!」
D「………。このまま三葉ちゃんが死んだら……入れ替わりは……終わる……」