はみ出し者が集まる鎮守府   作:フリーメア

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実力

─突撃してきた白露と夕立に向けて深海棲艦は砲撃を放つ。

 

「春雨ぇ!!」

 

 白露に名前を呼ばれた春雨が円盾(ラウンドシールド)を構え、負傷している艦娘達の前に立った。それを()()に確認した白露は飛んできた砲弾を無視する。その砲弾は春雨達へと向かっていくが、春雨も明石も慌てることはない。

 

「《障壁》展開」

 

 春雨がそう呟くと、盾から《障壁》が展開され、それは背後の艦娘達も包み込むように広がった。展開し終わった瞬間に砲弾が《障壁》に当たったが、ひび一つ入ることは無い。

 春雨専用対艦分離式盾斧(じゅんふ)桜華(おうか)』。普段は片手剣と盾に分離しているが、二つを合わせれば斧にすることが可能。また、盾には《障壁》をため込む機能があり、それを任意で放出することもできる。大きく広げれば薄く、逆に狭く展開すればその分厚くなる。しかし、その機能は特務隊所属の『春雨(春藤 咲良)』にしか使うことは出来ず、他の者にはただの盾と片手剣としか使えない。

 深海棲艦にそのことが分かるはずもなく、ただ驚愕するしかできないが、それは一瞬だった。しかし戦場において、その一瞬は命取りになる。白露は数体の深海棲艦を()()()()()一体のレ級(セラ)の前にでた。

 

「ほい」

 

「っ!」

 

 気の抜けた声と共に突き出された槍を紙一重で躱す。と同時に海中に潜らせておいた尾で下から奇襲させたが、白露はバックステップで回避した。舌打ちを一つ、尾から艦載機を発射させ空中から白露を狙う。それらも白露は上を見ずに全て回避した。

 

(ドウシテ回避出来ルノヨ…!)

 

 少なくとも、尾の方は奴に見えてなかったはずだ。チラ見をしているわけでもない、確実に白露(コイツ)は自分をずっと見ているのに。

 そうセラが思った時、にひっと楽しそうに白露は笑った。

 

「一つだけ教えてあげる。あたしに不意打ちは効かないよ」

 

 理由は分からないが、それは本当だろうとセラは思う。事実、先程から不意打ちは尽く回避されているのだから。

 白露専用全方位索敵艤装『銀沙魚(ぎんはぜ)』。これが、白露に不意打ちが効かない理由だ。白露を中心に直径三百Mの『円』が展開され、範囲内にあるモノの動きを知ることが出来る。デメリットは展開してる間、脳への負担が大きいこと。といっても疲れやすくなるくらいであるが、戦闘中にもなるので注意が必要だ。

 不意打ちが効かないなら、シンプルに行こう。そう考え、セラは腕を硬化させる。棘のようなものが生え、ごつくなった。そんなこともできるのかと、白露は目を見開く。ついで、凶悪な笑みを浮かべた。

 

─あぁ、楽しくなりそうだ─

 

 

 

 レイとセラがそれぞれ一隻の駆逐艦に足止めさせられていることに驚愕する。()()()()とはいえ戦艦、それも姫級に匹敵すると言われるレ級なのだ。それを足止めするなど、只者ではない。

 そんなことよりどちらかの援護を─

 

「─ッ!!」

 

 悪寒が走り、直感に従って横に跳んだ。そのすぐ後、レ級(アヴィ)のいた場所に砲弾が着弾したような水しぶきが上がる。どこから撃ってきたのか、そう思う間もなく水しぶきの中から影が飛び出てきた。咄嗟に腕を硬化させ、顔の前で交差する。金属同士がぶつかる音が響いた。

 

「グッ!?」

 

 そのあまりの重さにアヴィはうめき声をあげるが、押し返した。飛び掛かった影─夕立は着水しながら、自身の大剣が押し返されたことに驚く。流石はレ級、といったところか。

 

(まぁ関係ないけど)

 

 大剣を構え直し、アヴィに向かって滑る。アヴィは近づかせないために魚雷を放った。それを夕立は飛び越え、上から振り下ろす。それを左に回避、至近距離で砲撃を放とうとした。この距離では自分も多少はくらうが、そんなに被害はないだろうと判断してのことだ。

 

「ッ!?」

 

 しかし、夕立が砲弾を()()()()()()ことに目を見開く。手に《障壁》を展開させたことまではわかるが、何故駆逐艦の身で戦艦の砲弾を弾くなんてマネができる。その原理は、夕立が大剣を軽々と振り回していることにも繋がる。

 対艦大剣『紅丸』。刃長二m、重量二十kgという、通常なら艤装のアシストを受けているだけでは扱うことが出来ない代物である。それを持ち、扱うことが出来るのは艤装の力を全てパワーアシストに回していること、そして夕立(新夕 愛)自身の力だ。

 アヴィはこいつはここで排除しなければならないと判断した。後のことなど考えず、全身を硬化させる。この形態になるのは危険だと教えられたが、出し惜しみは出来ない。

 全身をバネにして、アヴィは夕立に飛びかかった─

 

 

 

 時雨、白露、夕立の三人がそれぞれレ級と対峙してる一方、春雨と明石の二人は三十数体の深海棲艦相手に防衛戦をはっていた。

 

「明石さん」

 

「春雨ちゃんも気づきましたか」

 

 明石は対艦銃(改造したAK-47)を乱射しながら春雨に応える。

 先程から違和感があったのだ。一部の艦娘は艤装に近接武器を持っているのでそれらを警戒するのは分かる。しかし深海棲艦は─具現化艦娘もだが─元々は『軍艦』なのだ。軍艦に銃弾は無駄だ。なのに、明石が銃口を向けると()()()()()()()()()()()

 

「最初に侵攻された際に、銃は効かないと()()()()()()()んですがねぇ…って、春雨ちゃんケガしてるじゃないですか」

 

「え?

…あぁほんとですね。気づきませんでした」

 

 明石の言う通り、春雨の左手から血が流れていた。それも、結構な量で。しかし本人は気づいていなかったという。それもそのはず。春雨は無痛症、生来痛みを感じたことは無い。

 春雨が血が流れている箇所に意識を向けると、血が止まった。艤装を装備している間、つまり《艦娘》となっている間は副次効果として傷の治りが早くなるのだ。

 

「艤装の機能は便利ですよねぇ。とはいえ、これが終わったら医務室行ってくださいよ?」

 

 言いつつ、明石は威力を上げた(改造した)手榴弾を深海棲艦に投げる。普通の深海棲艦なら、それが何か分からずに無視するか見続けるかのどちらかだ。

 明石の頭脳は優秀なほうだ、その頭脳が、当たってほしくない考えを思いつかせる。さて─

 

「─ほんっと、当たってほしくない考えは当たるものですね…」

 

 深海棲艦は手榴弾を放った瞬間に、()()()()()予想着水地点から大きく離れた。そいつらに牽制射撃をしながら、倒れた深海棲艦の遺体を見る。それらは消えるわけもなく、血が流れていないモノもいれば、()()()が流れているモノもいた─

 

 

 

 

─体中から血が流れ出ている。そもそも、無理があったのだ。深海棲艦になってまだ数週間のレイと、艦娘になって一年経っている時雨(時宮 梨恵)。二人の間には単純な実力、そして経験の差がありすぎる。

 

「オ前ハ…私達二似テルナ…」

 

 言おうとした言葉とは違う言葉を発して、レイ自身何を言っているんだと思ったが、時雨の目を見て納得した。“目”が自分達と同じなのだ。ということは、言おうとした言葉を聞いてもこいつは動揺しないだろうなと思いながら口を開く。

 

「ナァ艦娘…オ前ラガ殺シタ深海棲艦、()()()()()()()()ゾ?」

 

 目の前の奴が普通の《時雨》なら、《具現化艦娘》だろうが《適正艦娘》だろうが狼狽えるはずだが、自分の予想通りなら─

 

「─だから?」

 

 一切狼狽えた様子も、思考が停止した様子もなく、ただそう言って首を傾げた。やはりな、と苦笑するように心中で呟く。

 こいつは自分達と同じ《復讐者》だ。けれど、決定的に違う部分もある。

 

「ッ」

 

 一切の躊躇もなく斬りかかって来たのを両手で防ぐ。刀と腕の間で火花が散る。

 

「今の君達は深海棲艦だ。それ以下でもそれ以上でもない」

 

 レイ達と時雨の決定的な違い、それは復讐対象の広さだ。レイ達が軍人のみを嫌悪しているのに対し、時雨は深海棲艦及びそれに協力するモノ全てを嫌悪する。つまり時雨にとってレイ達の過去などどうでもよく、今現在彼女達が深海棲艦に属していることが重要なのだ。故に時雨は躊躇をしない。

 押していた刀を引き、そのまま右回転。レイはギリギリの所で回避した─はずだった。

 

「ッ!?」

 

 左肩から血が噴き出す、まるで下から斬られたかのように。体がぐらつく、体勢を立て直さなければ。そう思う間もなく、左肩から右わき腹にかけて深く斬られた。

 まただ、先程から確実に回避しているはずの斬撃が避けきれていない。何故─。

 それが対艦刀『蒼影』が持つ時雨専用の能力、【風刃】。《障壁》を応用し、斬る範囲を伸ばす能力だ。二mまで伸ばすことが出来るが、伸ばせば伸ばすほど脆くなる。

 仰向けに倒れたレイに近づき、時雨は刀を振り上げた。

 

(クソガ…コンナトコロデ…)

 

 せめて最後の最後まで、死んでも恨みを持ち続けてやると時雨を睨みつける。それを見て、何も思わせない瞳のまま時雨は刀を振り下ろした─

 

 

 

「─時雨ちゃん、そこまでよ」

 

 そう言って振り下ろされた刀を、腕を掴んで止めたのは鳳翔だった。時雨はその体制のまま講義をする。

 

「なんで止めるんだい?」

 

「提督からの命令よ。このレ級を含めた、生き残りの深海棲艦を生け捕りにせよ、と」

 

 何故生け捕りにする必要があるのか、それを読んだ鳳翔は口を開いた。

 

「知能を持つ深海棲艦、それも喋ることが出来るのよ?情報を手に入れることが出来る、これがどれほど重要なのか、分からないわけじゃないでしょう?」

 

 舌打ちを一つ、時雨は刀を鞘に納め、背を向けた。そうして周囲を見れば戦闘は既に終わっていたようだ。深海棲艦の数は減っているが、こちらの艦隊は誰もいなくなっていない。それを知っても心は荒れている。深海棲艦、特にレ級が目の前で生きている限り、これがなくなることは無い。

 それでもなお時雨が引いたのは、鳳翔の言葉に一理あると納得したこともある。だが本当の理由は、とあるレ級の情報が引き出せると考えたからだ。父親と弟を殺した─

 

─隻眼のレ級─

 

 手から血が滲むほどに強く握り込む。ソイツだけは、必ず自分が殺す。どれだけの目に合っても。

 その時雨の様子を見て、鳳翔は溜息を吐いた。相変わらず、あの状態の時雨には困ったものだ。さてと、と思考を切り替え、レイに振り向く。

 

「これから貴方を捕縛します。抵抗しないことをすすめます」

 

 レイからしたら、そう言われても動く力すら出ない。とりあえず、生き残った同胞全員に武装解除を命ずる。それに、最後まで抵抗を見せていた深海棲艦も武器を下した。

 

「話が早くて助かります」

 

「コレ以上ハ無駄死ニニナルト思ッタダケダ」

 

 幸い、というべきか。()()()()()()()()レ級となれた二人は生きているようだ。それがわかってホッとする。そして目の前にいる鳳翔を見る。軍服を着ていることから軍人だと把握できるが、抵抗する気が起きない。体が動かないというのもあるが、この鳳翔は恐らく、自分達の知っている軍人とは違うと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─使エナイ奴ラダナ」

 

 十数キロ離れた場所から、その光景を観察していた(見ていた)モノがそう呟いた。その表情には落胆の色が見える。

 

「マサカ、誰一人殺セナイトハ」

 

「─オ言葉デスガ、コチラノ情報不足モアルカト」

 

 そう言ったのはソレの隣に並んでいたモノ。見た目はリ級であるが、そこらのリ級とは桁が違う。フラグシップの更に上、現在は確認されていない、改フラグシップと呼ばれることになる個体の一体。

 その言葉にソレは憤怒することもなく、鼻を鳴らした。

 

「ハッ、確カニナ。ソノコトニ関シテハコチラノ落チ度ダ」

 

 とはいえ、とソレは言葉を続ける。

 

「我々ノ期待ヲ裏切ッタコトニ変ワリナイ」

 

「…始末シマスカ?」

 

 少し考えた後、ソレは構わないと答えた。

 

「奴ラガ持ッテイル情報ナド無イヨウナモノダ」

 

 言いながら興味を無くしたように振り返る。あぁだが、少しだけ役に立ってくれたなとソレは思う。

 

(アイツラトハ少シ楽シメソウダナ)

 

 知っている艦娘とは違う戦い方をしていた、六隻の艦娘。その中でも、大きな増悪を纏っていた者。ああいう者を正面から叩き潰すことが楽しいのだ。最後にどんな表情を見せてくれるのか─

 

「─会ウノヲ楽シミ二シテイルゾ」

 

 その場を立ち去りばがらソレ─隻眼のレ級はそう呟いた。少しだけ、口端をあげながら。


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