「いらっしゃいませ〜」
店の扉を開けると、いつも通りの優しい声が出迎えてくれる。声の主は、この世界屈指の貧乏で巨乳な店主――ウィズさんだ。
「お疲れ様です。今日は聖水、十万本の納品に来ましたよ」
俺は空間結合の魔法を使い、倉庫から段ボール箱を十個──一箱につき一万本入りの、やたらと頑丈な箱を取り出す。ちなみにこの段ボール、ある国では盾の素材として採用されるほどの強度を誇っているとか。……そのうち段ボール戦記でも始まるのか?
「はい、確かにお受け取りしました。……でも、本当にいいんですか?こんなに貰ってしまって」
ウィズさんは不安そうな顔で箱を見つめる。無理もない。この聖水、王都の商人たちを通じて売られるんだけど──
「まあ、もう決めたことですから」
この聖水、200mlボトル一本で1000エリス。それを十二万本納品したってことは、総額一億エリス。……が、俺はその売上をウィズさんと半分こすることにした。
理由は色々あるけど、建前は「管理が大変だから」。本音は――
(ウィズさんの店、ガチで潰れかけてるらしい)
家賃もギリギリ、体もやつれ気味。見た目は発達が良すぎて気づかれにくいが、色白で体温も低そうだし、正直ちょっと心配だ。
ちなみに、アクアにはこの件は伝えていない。そもそも、まだウィズさんに会わせてもいない。だって、どう考えてもトラブルの未来しか見えないから。
「別にいいんですよ。仲間も納得してますし」
……嘘です。誰にも話してません。けどまあ、人助けだし、アクアも女神なんだから許してくれるだろう。たぶん。きっと。
「そ、そうですか……」
ウィズさんはまだ納得しきれてないようで、もじもじしている。……さて、どうしたものか。
(ん、そうだ)
「じゃあウィズさん、代わりに俺の魔法の講師になってもらえませんか?」
報酬の一部は“講師代”として納得してもらう。自分でもなかなかナイスなアイデアだと思う。
「魔法の講師……ですか? ユウマさんがそれでよいのなら」
やった。あっさり承諾してくれた。
……と思ったら、いそいそと準備を始めた。
「あの、店は大丈夫なんですか?」
「ええ、開けててもお客さんはあまり来ませんし、特に支障はありませんよ。さぁ、さっそく特訓に行きましょう!」
え、いいの!? それで!?
---
場所を移し、古城の近くにある森で特訓することになった。
(まあ、ここなら人目も少ないし、騒いでも怒られなさそうだしな)
……ただ、気がかりなのはひとつ。噂によると、この古城はあのデュラハンが陣取っているとかいないとか……。まあ、気にしてたらキリがない。
「それではユウマさん。まずは、今使える魔法を一通り見せてください」
ウィズさんの指示に従い、俺は魔法を順に披露する。といっても、使える魔法はまだ少ない。最初に覚えた三つと、最近覚えた“物を透明化する”応用魔法くらいだ。
「以上です。今のところ、これが全部です」
「お疲れ様です。ちなみに、普段よく使う魔法はどれですか?」
「うーん……『固有時間制御』ですかね。一番使い勝手が良くて。最初は身体に負担があったんですけど、二回目から急に楽になって、魔力の消費も軽くなった感じがして」
実は、この“使えば使うほど軽くなる”現象は他の魔法でも起きていた。もしかして体質的な問題か?
「なるほど、固有時間制御……。それ、少し気になっていたんですよ」
「え?」
「さっき使っていた時、魔力の回復速度が異常に早かったんです。呼吸一つで魔力が戻っていました」
「回復速度?」
「ちょっと、冒険者カードを見せていただいても?」
「どうぞ」
ウィズさんはカードを受け取り、じっと目を通すと小さく頷いた。
「やっぱり。冒険者カードには本来、その人の体質やスキルが記載されるはずです。でもユウマさんのカードには、そういった記載がありません。つまり、これは外部要因による体質変化の可能性が高いですね」
「外部要因って……何か思い当たるフシは……いや、ないなぁ」
「まぁ、今のところ悪い影響は出ていませんし、気にしすぎることはありません。今後、何か分かるかもしれませんし」
「……なら、とりあえずは保留で。悪影響がないなら、それで十分です」
うん、考えても分からない。考えるだけ無駄ってやつだ。
「では本題に戻りましょう。ユウマさんがよく使っている『固有時間制御』についてですが――この魔法は、少し特殊です。場合によっては、命にも関わることがあります」
ウィズさんの表情が一変し、真剣な目でこちらを見つめてくる。軽くゾッとした。
「この魔法の仕組みは、自分の体内に小さな結界を張り、その内部だけ時間を加速させることで、動きそのものを早める……というものです」
「なるほど……確かに、身体が軽くなって、動きも速くなってる感じはあります」
「ですが、時間を歪めるという行為は、世界の“修正力”を受けることになります」
「修正力?」
「本来の時の流れに戻そうとする“反動”のようなものです。時間を歪めれば歪めるほど、修正は強くなり、やがて肉体にダメージが蓄積されます」
「じゃあ、長時間の使用は――」
「危険です。いまのユウマさんの状態で使えるのは、せいぜい二十分が限界でしょう」
二十分……。短くはないが、長くもない。状況によっては致命的だ。
「……長時間使う方法って、ないんですか?」
「あります。ただし、リスクを伴います。魔法で自分自身に“強化”をかけ、修正の負荷に耐えられるようにするのです。これなら、最大で一時間程度は持つはずです」
「一時間! それなら十分戦える……」
ただし――ウィズさんはさらに声を落とした。
「――絶対に“シフトチェンジ”はしないでください」
「……えっ?」
「加速率を上げる行為。例えば二倍速から三倍速に切り替えると、修正力はその分跳ね上がります。その負荷に体が耐えきれず、最悪の場合……命を落とすことにもなりかねません」
(……マジか)
対デュラハンを想定に編み出した応用技、“シフトチェンジ”。まさか、そんな危険なものだったとは。
(使うとしても、本当に最終手段だな……)
――そのときだった。
森の奥、古城の方角で妙な気配を感じた。視線を向けると、アンデッドの一団が、女の子を連れてどこかへ向かっているのが見える。
「……ウィズさん!あれ見てください!」
「えっ、アンデッド?」
ウィズさんの顔が一気に険しくなる。これは、黙って見過ごせる状況じゃない。
「行きましょう、ユウマさん!」
「えっ、ちょ、待っ──! 走るんですか!?」
気づけば、俺は全力疾走していた。横では、ウィズさんも走っている。
……で、ちょっと困ったことに、ウィズさん、胸が大きすぎるんだよな。走るたびに上下に揺れてて、思春期男子的には大ダメージである。理性が削れる音が聞こえる。
「あの、ウィズさん! 歩いて追いません!?」
「大丈夫です、慣れてますから! さあ、もうすぐですよ!」
(いや、俺が大丈夫じゃないんですけど!?)
そうして自分の理性と格闘しながら古城の前に到着。どうやら、誘拐犯の親玉は……デュラハンらしい。
「まさか……ベルディアさんが、誘拐なんて……!」
「え、ベルディアって……」
「……言ってませんでしたっけ? 私、魔王軍の幹部なんです」
「……は?」
「いや、あの……一応、“なんちゃって幹部”です! 結界維持の補助だけやってて、実戦には一切関わってませんから!」
――衝撃のカミングアウト。
待ってくれ、情報量が多すぎて頭が追いつかない。魔王軍って、あの“人類の敵”の? その幹部? ウィズさんが?
「え、それって……敵……?」
「ち、違います! 人なんて一人も殺したことないです! 本当に、信じてください!」
あわあわと必死に釈明するウィズさん。……でも、不思議と嘘に聞こえなかった。だって、ずっと親切にしてくれてたし、なにより――この人、嘘つくの下手だしな。
「……信じますよ。俺、ウィズさんのこと疑ってませんから」
「ユウマさん……ありがとうございます」
「でも仲間を止めていいんですか? 一応、魔王軍なんでしょ?」
「私は元々、中立の立場でした。でも――」
ウィズさんの瞳がギラリと光る。
「今回ばかりは許せません。幼子を誘拐するなんて」
(うわ、完全に怒ってる……。女性ってこえぇ……)
「さあ、ユウマさん、行きますよ!」
「わ、ちょっ、引っ張らな──腕がもげるっ……!」
問答無用で引っ張られ、俺は古城の中へと連行される。やっぱり、俺の筋力は最底辺だ。
拍子抜けするくらい、古城の中には敵の気配がなかった。
「……あれ? なんか、スルスル来れちゃいましたね」
「はい、ちょっと拍子抜けですね……」
そのまま進むと、いかにも“ボス部屋”といった雰囲気の広間にたどり着く。中では、件のデュラハン――ベルディアが少女を前に何か儀式の準備をしているところだった。
「ベルディア様、そろそろ“例のお時間”です」
「ああ、分かってる。お嬢ちゃん、そこに立ってくれるか?」
少女は素直に指定された位置に立つ。だが、何か魔法陣が起動するわけでもなく、ただ静かに時間が流れる。
(……あれ、儀式ってそんな地味だったっけ?)
――次の瞬間。
ドッカァァァン!!
爆音と共に、なぜか城が爆発した。壁が揺れ、天井の一部が崩れ落ちる。その衝撃で少女のスカートが風になびき──
全員の目に、その中身がバッチリ映ってしまった。
「……!?」
「……ごちそうさまでした。あっ、安心するといい。ちゃんと街の近くまで送ってく」
ベルディアが妙に爽やかな顔で言いかけた、そのとき。
ブワァッ……
俺の隣から、ぞっとするような冷気が立ち上った。
(……まさか)
視線をやると、そこには表情の消えたウィズさんが立っていた。顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。
とてもつもない殺気にデュラハンがこちらに気づく。
「や、やぁ、ウィズ。来るなら一言くれても──ね? ど、どうしたのかな?」
ベルディアの声が震えている。あれだけ威圧感のあった奴が、明らかにビビっていた。
「お久しぶりですね、ベルディアさん。ところで、今の行動について……ご説明をお願いできますか?」
「い、いやいや、べつにやましいことは何も――っ」
ウィズさんの足元に、氷の魔力が集まり始める。空気が一気に凍りついた。
「や、やめろ……ウィズ、俺たちは仲間だろ? ほら、魔王軍の──」
「仲間? ああ、確かに。かつては、ね」
その言葉とともに、ウィズは小声で呪文を唱えた。
次の瞬間――
ベルディアの身体が、首を除いて一瞬で氷漬けになった。
「なっ……!?」
完全に凍りついた体に向けて、ウィズさんは氷でできた槍を一本、静かに構える。その先端は、ベルディアの目の前ギリギリにまで近づく。
「わ、悪気があってやったんじゃない……たまたま、スカートがひらひらっと……その、事故だ、事故!」
言い訳も虚しく、ウィズさんの目はすでに“処刑モード”である。
(さようなら、ベルディア。君のことは……まぁ、ちょっとだけ忘れない)
と、そのとき。
「《ターンアンデッド》ッ!!」
「「ギャアアアアーー!!」」
場の空気をぶち壊すかのような神聖魔法が炸裂し、デュラハンとウィズさんの両方が真っ黒コゲになって吹き飛ばされた。
「ふふん、虫けらが集まって何してるのかと思えば……まぁ、どうでもいいけど」
まるで登場タイミングを間違えたかのように、アクアが現れる。
「……アクア」
「あら、ユウマ? なんでこんなところにいるのよ?」
「いや、それ俺のセリフだよ! なんでお前がここに……」
「めぐみんの散歩についてきただけよ」
(おいおい、懲りてねぇのか、あの爆裂娘……あとでカズマに報告案件だな)
「で、そのめぐみんは?」
「え? ……あれ? めぐみーん、どこ行ったのよー?」
「アクア! いきなり落とすなんて、ひどいですっ!!」
上空から、ズドンと音を立てて落ちてくる少女。うん、元気そうでなにより。
……が、その時。
「おのれぇぇぇ!! また貴様らかっ!!」
氷が溶けて、ベルディアが完全復活していた。頭に血管浮かせながら、怒りの視線をこちらに向けてくる。
「アクア! めぐみん! 街に戻って応援を呼んできてくれ! 急げ!」
「え、あんたはどうするのよ!」
「ここは俺に任せろ! ……あ、そうだ、アクア。強化魔法だけかけてくれ!」
---
「ほう……俺と一対一でやる気か。いいだろう。かつて騎士として名を馳せたこのベルディア、正々堂々と相手をしてやる!」
ベルディアは巨大な黒鉄の大剣をゆっくりと構える。その動作は洗練され、無駄がない。威圧感だけで足がすくみそうになる。
けれど、俺は恐怖を押し殺し、一歩踏み出す。
「こっちこそ、願ってもない」
瞬間、空間結合を展開。透明化された魔剣《グラム》を引き抜き、身構える。手応えはある。アクアの強化魔法で、肉体も魔力も限界近くまで底上げされている。
ベルディアの一撃が振り下ろされる。
「はあああっ!!」
鋭く、重い。だが、それを俺は真っ向から剣で受け止めた。
キィンッ――!
火花が弾ける。衝撃が腕に走るが、膝は折れない。
「ふん……いい反応だ。だが」
応酬開始。
剣戟が交差する。斬り、弾き、受け、払い――激しい斬撃の雨の中、俺は必死に食らいつく。だが、ベルディアの剣筋は鋭く、無駄がない。重さも技量も、すべてが俺を上回っている。
(ダメだ。このままじゃ……押し負ける)
その瞬間、脳裏に蘇る言葉。
――『走り続けろよ、ユウマ。お前は、誰よりも速いんだ』
……そうだ。力じゃ勝てなくても、俺には“速さ”がある。
目を閉じ、息を整える。
そして、魔力を一点に集中――
「《固有時間制御・二重加速》――発動!!」
戦闘シーンの次の話は後日すぐに出すと思います。今回は結構長めに書いたので、次の話は少し短いと思います。感想、アドバイスよろしくお願いします。