「祭……」
目の前にいる青年に俺は何度会いたいと願ったか。
会ってもう一度話したい。
お前の背中を追って走っていたということ。
約束を守れなかったことを謝りたいこと。
好きな人ができて、その人を守りたいということ。
些細なことから大きなことまで、機会があるのなら話したかった。
「どうしたんだよ。今にも泣きそうな面して。お前そんな柄じゃねぇーだろ」
変わらない。
二年前と何一つも変わらない声と練習終わりの汗とシャンプーの混じった匂い。
俺はそのことに安堵と違和感を感じた。
「いや、何でもないさ。本当久しぶりだなこうやって会うのは。二年ぶりか?」
「そうだな。最後に会ったのは中学の卒業式だな。隣の地区なのにここまで会わないのも珍しいよな」
「どうせだし、ちょっくら話さないか」
「あぁ」
流れに合わせて軽く返事をする。
見慣れた風景、聞き慣れた生活の音。
つい半年前までは当たり前だったのに、今は全てが懐かしく思える。
「それで、どうなんだよ。来年はインターハイ、狙えるんだろ?」
「ん、あ、あぁ」
「どうした、まだ疲れ残ってんのか?」
「いや、残ってはないよ」
これは夢だ。
昨日というのは、俺が死んだあの試合の日のことだろう。
半年という時間のせいで少し記憶が断片的なんだが。
それにしても、なんだろうこの違和感は。
景色も音も鮮明で、それなのに何か足りない。
薬品の匂い、シャンプーの匂い……。
「まさか……」
「どうした?」
何かあったのかと不思議そうに俺を見る。
気づいてしまった、違和感の原因を。
この世界に、この夢に足りないもの。
それは……。
「なぁ、祭。腹へったな」
「そうだな、たい焼きの匂いがこんなにすれば、さすがに小腹も空くか」
それは、においだ。
俺はこの夢の中で二つしか匂いを感じてない。
一つは担任の薬品。
二つは祭の匂い。
あからさまにこの二人からしか匂いを感じないのはおかしい。
夢からの覚める方法がないはずがない。
あるとすれば。
ラグクラフトを倒すこと。
現実のラグクラフトを倒しても、この夢は覚めない。
これはお約束事だが、夢の中は、夢の中のボスを倒さないといけない。
そして、ラグクラフトの可能性があるのは。
担任か祭。
「どうしたんだよ、黙りこんで。そんなに腹減ってるのか?」
この祭がラグクラフトなのかもしれない。
最悪な場面だけが、頭の中に入ってくる。
「なぁ、悠真」
「え?」
祭の呼びかけに俺は顔を振り向く。
祭はただ安心したという顔をしている。
「よかった」
「お前、変わったよな」
「俺が変わった?」
「あぁ、昔のお前さ。他人の評価ばっか気にして、何て言うのかな。自分がないっていうのか」
眉を細めて、昔のことを振り返る祭。
「でも、今日のお前は違った。今のお前には、自信がある。覚悟がある。そんなしっかりとした目をしているんだ」
それは、五年間隣にいた友だから言えた言葉だった。
確信を持った。
だから、俺は言葉を出すことができた。
「なぁ、祭。実はさ、俺、好きな人ができたんだ」
「面倒見がよくて、しっかりもの。それなのにまれにどっか抜けるところがあって。誰にでも慈悲深いけど、怒るとめちゃくちゃ恐くて。でも、どこか弱々しいんだ」
「俺さ、その人のこと見てると守りたいと思うんだ。誰よりも近くで、どんなものを敵に回そうと。その人のことはこの手で守りたいんだ」
突然のことに、困惑することもなく。
祭は静かに、俺の話を聞いた。
「だから、ごめん。俺、お前との約束守れない」
ずっと謝りたかったこと。
やっと言うことができて、俺は頭を下げた。
「行けよ。待ってるんだろ?その人が」
「祭?」
「お前が、自分からそんなこと言ってくるなんて、思ってもみなかった。いつも、他人の意見ばかり優先してたお前が」
「行けよ。ちゃんと守ってこい。自分で決めたんなら、最後まで突き通せ!」
力強い声に背中を押され、気がつけば、走り出していた。
「本当、おかしいよな。夢なのに、本当にあいつと話しているみたいで。なぁ、悠真」
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もう、振り返ることはない。
押された勢いのまま、ただひたすらに走った。
ーーそして
「ほう、まさか夢から気づくとは」
市と市を繋ぐ大橋。
その真ん中にやつはいた。
「さすがは、幹部を四人も倒したパーティーのリーダー。夢だと自覚した上、私を見破るとは。つくづく私は運に好かれてない」
「運?違うね。あんたが正体を隠す術は充分あったはず。現実〈リアル〉の人間に匂いがつくんなら、沢山の人間をこの夢に閉じ込めればよかったんだ。それも俺以外の抗魔力の低いやつを閉じ込めれば完璧。あんたの実力がなくて一人しか取り込めないのか、慢心したのか」
「私が慢心した?力が足りない。フハハハハ。面白いことをいうね」
何がおかしいのか。
突然とち狂ったように笑い始める。
「確かに君は強い。それなりに頭も回るようだ。けれど、一つ勘違いをしている」
「……」
「これは君の夢ではない。私が君に夢を見せているのだ」
他者に夢を見せるんじゃなく、自分の夢の中に閉じ込めるということか。
それなら、この夢に他の人間が入ってくるのも理解できる。
「私はもとより戦闘は苦手だ。そもそも本職は諜報。魔王様にもそれを買われて幹部にさせてもらっている」
「だが、この世界では、夢では別だ。なりたいもの、自身の能力をはね上げることなど容易にできる。さぁ、私が主役の、私の世界の中で君は私に勝てるかな?」
夢とはそもそも、自分に都合のいいものだ。
現実にできないこと、なれないものになれるのが夢だ。
ーーだが
「それがどうしたんだ?」
「!?」
「これはお前の夢だ。だけど、俺が何もできないわけがないだろ?」
「何を勘違いしている。私が貴様に制限をかけてないとでも思ったか」
試しにスキルを唱えるが使用できない。
「よかった。気づかれてなくて」
「なに?」
再インストール
ーー分析終了
ーー解凍完了
ーー摘出完了
ーー具現化開始
〈因果を絶ち悪を切り裂く正義の剣〉
「なんだ。その剣は……」
俺の右手に現れた剣に動揺を表す。
「なんで。そう思うだろ。祭と話させてくれたお礼だ。教えてやるよ。俺はこの剣に魂の契約をしてるんだ。だから、俺が呼び出そうと思えばどこにでも呼び出せる。例え、夢の中でもこいつを縛ることはできない。人を守ろうとする、この象徴はな」
「人理の護り手か……」
「その通り。それにしても、夢の中でよかった。夢の中なら、現実の本体には損傷が入らないからな」
「貴様!!」
「こいよ。手加減はいないでやるよ」
杖から放たれた炎の弾丸。
そのすべてを紙一重でかわす。
ーー甘い。
戦闘は下手だといっていたが、ここまで下手だとは。
攻撃がどこに来るのか、杖の方向を見ていれば容易にわかる。
正直言ってど素人。
「クッ」
魔術回路はフルスロットルだ。
調子は最高だ。
魔力のほとんどを足に集中させる。
筋肉の伸び縮みに魔力のバネを加える。
地面からの反発も抜群。
「カースドライトニ……!!」
「遅い。〈因果を絶ち悪を切り裂く正義の剣〉!!」
呪文が終わる前に、光を溜めた究極の一撃を、相手の胴体に叩き込む。
「なぜだ。なぜ私の計画は……。魔王様。魔王様ーー!!」
「興味ないな。魔王とか。でも、あいつに合わせてくれたことには感謝してるよ。例え夢でも」
ラグクラフトが消えると共に世界が光の粒となりかすれてゆく。
切り捨てたものに後悔はある。
でも、選んだことに間違えない。
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〈悠真が夢からの目覚める少し前〉
「呆気なかったですね」
「まさか、一撃で沈んでしまうとは。なにはともあれ、ウィズさんが来てくださったおかげで助かりました」
「いえいえ、たまたま通り過ぎただけですので」
ウィズさんに背負われたゆんゆんさんは、恥ずかしさのあまりか、背中に顔を埋める。
「本当にすいません……」
悠真さんが眠らせられてから、真っ先に戦闘体勢に入ったのはゆんゆんさんでした。
なのですが、あまりに意気込み過ぎたため、魔力がオーバーロード。
そのままバンと、倒れてしまいました。
幹部自体は攻撃がバレバレで、左右からの、アイリスの〈永久に輝く勝利の剣〉と私の〈スターバースト〉で簡単に沈んだので問題はなかったのですが。
悠真さんとゆんゆんさんをどうやって運ぶか問題になり、困った時にウィズさんが通りかかってくれました。
「それでは、私はギルドに報告してきますね」
「そんな、申し訳ないですよ」
「いえ、皆さんお疲れですし。商会の寄り道になりますので」
そういって、ゆんゆんさんを下ろすとウィズは行ってしまいました。
「私はもう大丈夫なので、二人は休んでてください。悠真さんを先に寝かせてきますね。……軽っ!」
「お願いします」
悠真さんのあまりの軽さに驚いたのか、信じられない様子で担いでいきます。
「ふぅー」
「相当疲れてるんですね」
微笑みながら私を見てくるアイリスちゃん。
その目はどこか見透かしている様子で。
「エリスさん必要以上に魔力消費してますよね」
「どうして、それを?」
「前々から怪しいと思ってました。悠真さん。爆裂魔法を使っても、平然に魔法を使うんですもん」
どうやら本当にお見通しのようです。
「アイリスちゃんの目には敵いませんね」
「はい、これでもいろんなものを見てきたので」
誇らしげに胸を張る、その姿は年相応の子で、とてもその背に重たいものを持っているとは思えない。
「エリスさん。悠真さんのこと好きなんですよね」
「え!?」
突然の爆弾発言に思考が停止する。
「そうではないと、釣り合わないじゃないですか。人、一人分の魔力を肩代わりするなんて、普通じゃ考えられませんもん」
「それに、好きな人にしかキスなんかしません」
「あ、あれは!」
本当に何もかもお見通しで……。
「もう少し、素直になってあげないと。悠真さん可哀想ですよ」
「は、はい」
末恐ろしいお姫様です。
本当……。
もう少し素直ですか。
そうですね。
頑固だったのは私のほうだったみたいです。
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来年も、エタらないよう頑張りますのでよろしくお願いします。
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