大洗学園艦のとある林の中、立ち並ぶ木々に隠れているクロムウェル巡航戦車の中でこんな会話が繰り広げていた。
「こんな言葉を知ってるか? 『いかなる逆境であろうと好機は必ず存在する』」
車長を務めるポニーテールの女子が自信満々そうな笑みを浮かべながら問う。
彼女はムサシと呼ばれる少女で猛禽類を思わせる鋭い目つきと凛々しい顔つきは宝塚の男役を彷彿とさせる。
更に言葉遣いや性格が非常に男らしくとても女子に人気がある。
そしてその問いに、艶やかな長髪と豊満な体付きをしている砲手のおつうが溜息交じりに答える。
「知らない。それって誰の言葉?」
「俺の言葉だ」
「そんなドヤ顔で言われても、この圧倒的に不利な戦況は変わらないよ?」
「そんなことはない。強襲戦車競技(タンカスロン)しかり、島田流しかり。単騎が複数の戦車を喰らう、ジャイアントキリングなんてものはこの世界で良くあること」
「良くあることって、この試合は強襲戦車競技(タンカスロン)みたいになんでもありじゃないし、ムサシは別に島田流じゃないでしょ?」
「確かにこの試合は強襲戦車競技(タンカスロン)ではなく、俺は島田流ではない。だがしかし、相手は初心者の上に戦車も性能的にポンコツ揃い。数的に不利でもこちらの経験と質は段違いだ」
林の外では大洗女子学園の戦車がこちらの居所を完全に捉え、取り囲もうとしているのがわかる。
元から味方がいないムサシ達は一見すれば絶体絶命のピンチだろう。
しかし、それでもムサシは余裕の表情を崩さない。
まるでリゾート地でバカンスをしているかのようにリラックスした様子で緊張感というものがない。
その様子におつうは少し心配する。
「いくら初心者の寄せ集めだからって1対5の試合なんて無謀過ぎじゃない? それに相手は仮にも相手の隊長は西住流だよ? これじゃあ私達嬲り殺しにされちゃう」
「多勢に無勢、なんてものはこの場合において理外だ。普通ならそうだろうな。だが、まだ相手は本気で戦車道を始めてまだ数日だ。好機はある。それにそんな奴らを相手に勝てなければ俺達は用心棒を名乗る資格はない」
大洗女子学園は今年度になって戦車道を復活させた日も浅いチームだ。
そしてつい先日、聖グロリアーナ女学園に敗北を喫した大洗女子学園の試合を観ていたムサシは負ける気がしなかった。
「大洗女子学園はまだまだ脆い。みほが率いるあんこうチームの練度は即席にしてはかなりのものだが他はまだ有象無象の集だ」
「みほ、ね。随分親しげにあっちの隊長の名前を呼ぶんだ」
「ん? まあ旧知の仲だからな。っていうかおつうは俺とみほの関係知ってるだろ?」
「ふん、知らない。私という正妻がありながら他の女に現を抜かすなんて」
つんと唇を尖らせてそっぽを向くおつう。
ムサシはそんな彼女の肩を抱きながら謝ると、若干おつうの顔が赤くなるのがわかる。
「あーごめんごめんって。そんな不機嫌になるなよ。試合終わったらなんでも付き合うからさ」
「なんでも? 今なんでもって言ったよね?」
「俺に出来ることならな」
「それじゃあ今日はムサシと一緒のベッドで寝たいなぁ」
「それぐらいならいつでも良いぞ。なんなら毎日そうしようか?」
「えー、毎日したら私の心臓が持たないよー」
きゃっきゃっうふふとイチャコラこく二人。
クロムウェルの操縦桿を握る170cm以上の長身でモデルのようなスレンダーなスタイルの美人であるコジロウが咳払いをする。
「あ、すまんすまん。すっかり二人だけで盛り上がってしまった。そろそろ動くか?」
「……僕も、ムサシ達と一緒に寝たい」
コジロウの表情は薄くてわかりにくいが、少し不満そうな顔をしている。
「だそうだ。おつう、今日は三人で寝るか」
「ま、まあコジロウが一緒でも構わないけど、正妻は私ってこと忘れないでよ!」
「……うん、僕はムサシの愛人枠で良いよ」
そんなこんなしているうちに、大洗女子学園の戦車がムサシ達が身を隠している林を完全に包囲した。
クロムウェル巡航戦車の通信手兼装填手である影の薄い影法師と呼ばれる少女はさっさとこの茶番終わらないかなぁと思っていた。
「さて、悪ふざけはこの辺りにして、そろそろ仕掛けるぞ」
ムサシの一言で車内の空気が一変する。
空気が張り詰め、先ほどまで恋する少女であったおつうとコジロウは今や戦の鬼となっていた。
ついでに影法師もやっと皆やる気になったかと思った。
「諸君、今回我々は数では圧倒的不利ではあるが、逆にそれこそが勝機となる。
彼奴らは内心、今回の試合を頂いたと思い込んでいる。
大洗女子学園はまだ勝ちを知らぬ癖に、その様な思い込みをしていては今後の大会で勝ち進むことなど困難。
知らぬものを、そう易々と得られる訳がない。
大洗女子学園は至極残念ではあろうが、今宵も彼奴らに勝利の女神は微笑まない。
弛まぬ努力と研鑽を重ねた我々の首をそう易々と敵にくれてやる義理も人情も生憎持ち合わせておらん。
戦場とは無情也、戦車道もまた無情也。
此度は彼奴らに再び敗北を、我らに勝利の美酒を‼」
ムサシの演説が終わったと同時に指示を出す。
クロムウェルは大洗女子学園の包囲網へ自ら突っ込んだ。
最大最速の電光石火、その姿はまるで稲妻を彷彿とさせる。
さて、何故ムサシ達は大洗女子学園と試合をすることになったのか話は一週間前まで遡る。