大洗女子学園と聖グロリアーナ女学院の一戦後、大洗女子学園生徒会長の角谷杏はとある人物と会う約束をしていた。
高校戦車道の裏舞台で密かに話題になっているムサシと呼ばれる少女だ。
彼女は戦車道に関する依頼があれば転校して来てたちまちその高校の戦車道のレベルを底上げしてくれると言われている。
近年人材不足で戦車道の存続が危ぶまれたアンツィオ高校でもその成果を遺憾なく発揮したと聞く。
今年の頭、三年生のアンチョビと二年生のカルパッチョとペパロニ以外の部員がおらず今年の戦車道大会には不参加になると校内外の戦車道関係者は誰もが思った。
しかしアンツィオ高校は今年度に入り大量の一年生を獲得し、初心者に必要最低限の戦車の扱い方を叩き込み遂には大会参加まで漕ぎ着けた。
その立役者はアンチョビであり、陰の立役者はムサシと言われている。
他にも去年は様々な弱小校と呼ばれる高校で戦力強化、練習試合にて格上強豪校へのジャイアントキリングを成し遂げるなど様々な結果を高校戦車道の裏舞台にて着々と打ち立てている。
経歴不明、本名もムサシであるかどうかもわからない謎に満ちた少女は彗星のごとく現れ、知る人ぞ知る高校戦車道の名助っ人として活躍していた。
その彼女を僅かな期間でも招集出来れば、大洗女子学園の勝つ確率を上げられる。
角谷杏はそう判断して今回ムサシとの交渉に至った。
そんなムサシが指定した場所は大洗にあるごく普通のファミレスだった。
仮にも相手は高校生。個室など大層なものよりこういった店の方が好ましいとのこと。
角谷杏がファミレスに着くと、店の奥から店員が現れた。
「いらっしゃいませ、お客様。現在席は満員となっておりますのでそちらに名前を書いてお待ちください」
大洗で久方振りの戦車道の試合ということもあり、大洗以外の地域からの観戦で街は賑わっている。
その恩恵がこのようなファミレスにも降り注いだと言うわけだ。
仕方なく角谷杏は名前を書こうとしたところ、アンツィオ高校の制服を着たポニーテールの少女がドリンクバー片手に目の前に現れた。
「あ、もしかしてお前、角谷杏か」
「そうだけど、もしかして君、ムサシ?」
「その通り、俺がムサシだ。ま、ここで立ち話もなんだし、俺が取っといた席に行こうぜ」
ムサシに案内され角谷杏は席に着いた。
テーブルには既に食事を済ませた跡があり、皿を下げに来た店員が入れ替わりにデザートのパフェを持ってきていた。
ムサシは食後のデザートの最中で、これから話し合いをするようには角谷杏の目には見えなかった。
「ごめんごめん、待ちきれなくて食事してたわ。なんか注文する?」
「いや、結構」と角谷杏は断る。
普段は砕けた言葉遣いをしている彼女だが、こういった場では相手に馬鹿にされないよう口調を堅くしている。
「あっ、そう」とムサシは遠慮無くパフェのクリームをスプーンで掬って、口へ運んだ。
角谷杏は咳払いをして、ムサシに注意を向けさせる。
「手短に話そう。ムサシに依頼したいのは今回の大会だけで良い、大洗のチームのメンバーとして参加して欲しい」
「前にも電話で話したが、俺は公式の大会には参加しない」
やはりか、と角谷杏は歯を食いしばった。
彼女と彼女が持つ戦車が加われば大洗の戦力拡大となると踏んでいたが、そう事が自分の思い通りにはならない。
「参加できない、ではなくて参加しない、のか?」
「そうだ。戦車道連盟に転校の申請を出せば俺はどの高校でも参加できる。だが参加しないのは俺の意思だ」
ムサシに関する噂は他にもあった。
ムサシは戦車道の公式大会に参加をしたことがない。
練習試合ではいかなる弱小校だろうと強豪校と同等に渡り合えるほどの力を有する彼女は、表舞台ではその力を振るおうとしないのだ。
目立つのが嫌いなのか、それとも戦車道連盟と過去になにかトラブルでもあったのかそれも不明だ。
「不躾な質問だけど、参加しないのはムサシの本名が関わっているとか?」
「ノーコメント。というか俺の本名知ってるのか?」
「転校手続きの事前準備していれば嫌でも目にするからね」
「なるほど。ま、とりあえず俺達は公式戦に出場以外ならなんでも協力するよ。それに今日の試合を観て、大洗のチームには少し興味が出たからね」
「そう、か。試合に出て貰えないのは残念だが、協力してくれるのはありがたい」
「お安いごようさ。それに西住みほには借りがあるしね」
「西住、に?」
「おっと、口を滑らせた。……まあなんだ、長く戦車道やってると西住流とか島田流とかに何かしら因縁が出来るんだ」
にへら、とムサシは不敵な笑みをこぼした。
「それと、一つこちらから条件を付け加える」
「我が校は財政難の公立校だ。そちらの転校手続きや所有戦車の移動代、衣食住の他に金は用意できない」
「お金じゃない。ちょっとした約束と思ってくれれば良い。俺の過去について詮索するな。そして西住みほや蝶野教官にも、俺の事を聞くな喋らせるな」
角谷杏は思った。
同年代の西住みほ以外に蝶野教官まで口止めを求めるということは、ムサシは過去に戦車道で大事件な何か起こしたのだろう。
しかし、背に腹はかえられない。
ムサシの過去が気になるのは確かだがそのような私情を挟む余地などない。
ここはムサシの要望に従って、自分達の戦車道のスキルアップを目指す他ない。
自分達以外の戦車を相手に実戦的な練習相手が増えるのはありがたいことだ。
それも初心者ではなく、強豪校のエースに匹敵する戦車乗りなら特にだ。
「……わかった、約束しよう。その二人には箝口令(かんこうれい)を敷かせる。それだけで良いのか?」
「それだけだ。あと変な気を起こさないことだ。俺の過去を知って、それを盾にして脅しても、その脅しには屈しないし、後々面倒事になるのはお前達の方だ」
「心得た。では改めて、これから大洗をよろしく頼む」
角谷杏はテーブル越しに手を差し出すと、ムサシはスプーンを置いて固い握手を交わした。
「交渉成立だ。ま、よろしくって言われても滞在するのは大会までほんの短い間だがな」