「このクソッタレがぁぁああ!!」
ババコンガとの距離を一気に詰める。
鼻で呼吸は絶対にしない。したくない。
うんこだらけの場所で、うんこ製造者と対峙してるのだ。そんなとこで鼻呼吸なんて怖すぎる。
間合いに踏み込みながらガンランスによる突き上げ。
それに対して大きく後ろに跳ばれて避けられた。
寄り合い所の時もそうだったが、どうもこの武器を警戒しているように感じる。回避がずいぶんと大げさである。
だがまあ、それも仕方ない話だろう。やつから見ればこの武器は、自慢の髪の毛を斬り落とし、さらには火を吹いた凶器だ。恐れてもおかしくはない。
恐れてくれるのは有難い反面、厄介でもある。
無理に攻撃はしてこないだろうが、このまま大きく回避行動をされては、機動力の低いこの装備では攻撃がまともに当てられないのだ。
つまり互いに決め手に欠ける。
このままでは我慢比べだ。先に集中力か、体力が尽き、明確な隙をさらした方が負ける。
その場合重装備な俺の方が先にバテるだろう。それにここ臭いし、集中力も結構厳しい。
こちらの気力が尽きる前に攻撃を当てたい。突きよりは当たる可能性のありそうな砲撃で攻めようかと考えたがやめた。
ゲームの時とは違って弾にも限りがあるのだ。我武者羅に撃って、大事な場面で火薬が尽きれば最悪だ。
今のところフルバースト一回しか使ってない。弾薬はたしか15個。フルバースト一回で5個消費だから残り10。確実に当てていきたい。
そういえば、火薬を使いきった薬莢は今回ポイ捨てしてしまったが持ち帰るべきだったろうか。マナー的に。
しかしあれだ。
なんで俺、ババコンガ相手に心理戦みたいな状況になってるんだろう。
罠肉を警戒全くせずに食べるようなゴリラ相手にこの心境。争いは同じレベルのものとしか起きないって言葉があるけど……いや、考えるのはよそう。
あれだ、狩人とは知恵で戦うものなのだ。モンスターという脅威に対して考えるのをやめるのは命取りなのだ。そうなのだ。だからババコンガ相手に全力で思考するのは間違っていな―――
「いのぉぉお!?」
右腕に装備している大盾で飛来してきたブツを防げたのはギリギリだった。
完全に考えが、思考が脱線していた。狩場で、しかも大型と対峙している時に油断している自分に呆れてしまう。
その油断の結果がこれだ。
盾にベッタリとうんこがついたのだ―――
思わず息を止めてしまう臭気。それが盾から漂う。
だが盾を捨てるという愚行は行わない。後で丹念に洗わなければ。
しかし、糞を投げるとは。そういえばゲームでも尻尾で糞を投げていた。遠距離攻撃は互いにないと思っていたのにこれは不味い。
うんこに直撃したところで致命傷にはならないと思うが、精神的には死ねそうだ。
糞投げの回避は問題ない。尻尾の動きに注意を払えば大丈夫だろう。
だが体力、精神力をさらに削られてしまうだろう。早いとこ決定的な攻撃を当てれなければ厳しい。
しかし、ケチャワチャの鼻水といい、ババコンガの糞投げといい、牙獣とは精神攻撃のプロなのだろうか。
ババコンガが地面に置いてあるうんこを手に持った。
そして振りかぶって―――――――
え。
尻尾、使わないの……?
「ふんっ!!?」
アンダースローからの糞投げが襲う。
少し焦ったがこれは回避できる。投げるとわかれば対処は容易だ。ケチャワチャの鼻水よりも避けやすいわ。
足に力を入れて横にすり足気味に避ける。跳ねてはいけない。重心は低くしながら移動だ。でないと、跳ねれば重心のブレから転倒してしまう。
うんこの縄張りで転ぶなどあってはならない。
よし、やはり回避は容易い。
これ以上うんこで武具が汚されてたまるか。アニキが造ってくれた大事な武具、こんな変な頭のコンガが汚していいものではないのだ。
「ぴょえ? ふぉう!?」
間抜けな声が出てしまった。
そしてとっさに構えた大盾に再びうんこが飛来した。
手に持ったうんこと、尻尾でいつの間にか持っていたうんこの波状攻撃……だと……?
隙のないうんこ連撃。盾がなければどうなっていたか、想像するだけで身震いしてしまいそうだ。
こちらに遠距離攻撃がないことを向こうも悟ったのだろう。再びやつの手と尻尾に装填されるうんこ。
このままではワンサイドゲームになってしまう。
状況の打破を狙うには、咄嗟に思い付くのは2つ。
うんこを気にせず攻撃に移る、もしくは、場所を変える。この2つだ。
前者はあれだ。人として色々失ってしまう気がする。
後者は、うんこフィールドから移動だが、そもそも移動が困難だ。
いや、もうひとつあるか。ネコ太郎の合流を待つ。
頼りになるかならないかよくわからないやつだが、一人より二人だ。
ネコ太郎が寄り合い所のアイルーたちをBCに連れて行き、ここに戻るまでどれだけかかるか。ジャギィたちから見つからないよう隠れながら、安全ルートを選ぶだろうから数十分はかかると見た方がいい。
それまで粘る。
糞投げはもうあれだ。これ以上盾が汚れようがない。回避行動をとるより防ぐ方が楽だから防御する。
またも飛来するうんこ。盾にベチャリベチャリと音を立ててぶつかる。
このまま亀の子大作戦だ。防御に徹する。
「なんてなぁ!!」
うんこの連撃のあと、装填される前に攻撃をすればよいのだ。前に傾きながら前進、からの突き上げを行う。また先ほどのように回避されるだろうが、何度もやってやる。そのうち後ろにある絶壁で下がれなくなったとき、その時が決着の時よ。
しかし予想に反して、やつは後ろに下がらなかった。
迫るガンランスの横腹を腕ではたきおとしてきた。
急に変わる軌道で、左手からガンランスが離れそうになる。なんとか手離さなかったが、左腕を広げた状態に崩れてしまった。
危険な武器への脅威を忘れてしまったのかこのゴリラは。心の中で悪態をつく。
ゴリラは立ちあがり、腕を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろす。
体勢は大きく崩れてはいるが、素直に当たるほど間抜けではない。
右腕の大盾で受け止める、が勢いが強い。盾が勢いに負けて弾かれてしまった。
そして、振り下ろした腕とは反対の腕を振り、大きく弾かれた盾にそのまま攻撃をしてきた。そしてまた反対の腕で同じことを繰り返す。
こいつ、防御を崩したとか考えてない。
ただ力任せに腕を振るってるだけだ。
左右に盾を何度も弾かれ、腕に走る衝撃がひどい。だがそれだけだ。
そしてこの行動は、この攻撃は知っている。
重心が攻撃により、ブレまくりだ。だが、強引にバックステップを行う。転ぶかもしれないが、それ以上のリスクはないはずだ。
追撃はない。
不安定な移動のため尻もちをつく。不思議と柔らかい土の感触だった。ひょっとして、うん―――いや、今はそれよりも
そして目の前では、知ってる情報通りの動きをしてくれた、仰向けに倒れているババコンガ。
やつが起き上がる前に攻撃を叩き込まなくてはならない。このチャンスは無駄にできない。
立ちあがり、起き上がろうとしているその頭に向かって迫る。
突きだしながら、砲撃を行った―――
ただの突きでは、また腕で払われるかもしれないと思えたから。
砲身から炸裂する爆炎。
ババコンガの大きさに対しては、心許ない爆炎だと思えた。フルバーストではない砲撃だから仕方ないかも知れない。
おまけに突きだしながらの砲撃だから、手元が反動で狂ったのも辛い。
そういった要因から、爆炎はババコンガに擦る程度で終わった。
思わず舌打ちが出てしまう。寸前だった。
遅れて起きる爆発―――
ババコンガの頭部が何度も小さな爆発が起きる。
何が起きているのだ。
起きている爆発の規模はひどく小さいものだ。爆竹程度のものに見える。
だが頭部での爆発だ。ババコンガはひどくパニック状態になってるのか、のたうち回っている。
呆然としてしまったが、これは完全なチャンスだ。
竜撃砲。
ガンランスのロマン砲。
撃つまで時間がかかるし、一度撃てばしばらく冷却のため、撃てなくなる。
さらに言えば、反動がひどく強いので姿勢が、構えが悪ければ装備者が大ダメージを追いかねないそうだ。
やつの頭の爆竹がなんなのかは今はどうでもいい。
ここで決めるのだ。
竜撃砲の発射準備に入る。この間は移動は出来ない。揺れを感じたら安全装置が働き、発射中止になるのだ。
砲身から待機状態の火が灯る。
ババコンガは地面に頭を擦り付けている。だんだん爆発の激しさは落ちてきている。
あと少し。
待機状態の火が大きくなっていく。
爆発が収まった。だがババコンガは顔を地面に擦り付けているままだ。
もうすぐだ。だからそのまま動かないでくれ。
砲身から空気を圧縮するかのような音が聞こえてくる。
爆発が完全に収まったことに気づいたのだろう。地面から頭を離し、辺りをキョロキョロ見回す。
まだなのか。まだ発射しないのか。
ババコンガがこちらに目線を固定した。
顔が怒りに染まっている。真っ赤だ。ババコンガ顔真っ赤、と笑う余裕はない。
そして、突進でもしようとしたのか、脚を前に出した時。
今度は先ほどの砲撃とは比べようのない爆炎がババコンガの頭部を包んだ。
発射の反動が凄まじい。
腕だけでなく、全身に衝撃が走る。反動の勢いで後転してしまえそうだ。竜撃砲を撃つ時の姿勢制御をしてなければどうなっていたか。
なんにしろ竜撃砲は当たった。
眼前ではのたうち回ってパニック状態なババコンガがいる。
……仕留めきれてないやん
頭部が燃えているババコンガはまたも地面に頭を擦り付けだした。
だが鎮火には至らない。
転がりながら、鎮火にいい土でも探してるのか、移動しては擦り付けている。
動きは最初こそ凄まじい勢いだったが、どんどんその勢いをなくしていく。
頭部を包む炎が酸素を奪っているのだろうか。
―――竜撃砲ってこんなにえげつないの?
もはや放っておいても大丈夫そうだ。周りに水場らしきものはない。ババコンガの体力も限界が近い。
せめて一思いにとどめをささなくては―――
そう思い、ガンランスを握る手に力を入れる。
振るう前に、自分に言い聞かせる。
システムだ。
システムなのだ。命などない。プログラムされたシステムなのだ。
自分に言い聞かせる。だけど
こんなに苦しむシステムなど、俺は知らない。
気づいてはダメだ。武器が振れなくなる。
とっくに気づいていることだ。システムとは程遠い存在だと。
それに、こいつを、モンスターをゲームと同じシステムと見なすということは―――
あの団の人たちも、アカリも、プログラムされたシステムと見なすことになる。
ゲーム通りの展開ばかりなら、こんなことで悩むこともなかったのに
「あ……」
ババコンガが走り出した。
前が見えてないのだろう。木の根に躓き、近くに積まれていたフンの山へ顔を突っ込む。
自己暗示とかしている時ではない。
時間をかければかけるほど、こいつは長く苦しむのだ。仕留める。仕留める。仕留める。
うんこの山に顔を突っ込んだまま、動かなくなったババコンガ。
もう力尽きてしまったのだろうか。
見当違いな申し訳なさと、その間抜けな姿に少し笑ってしまう。笑ってはダメだとは思うが、間抜けすぎる姿だ。勘弁してほしい。
突然、うんこ山が動き出した。
「え?」
まだ、生きている。
脅威の生命力だ。
うんこ山から顔をだしたババコンガの姿に思わず目を見開く。頭部の火は消えている。うんこ山に包まれて鎮火に成功したのか。
だが、その頭部は……毛が無くなっていた。
台座ヘッドですらない。ハゲだ。
「……すまん」
毛がなくなった頭部からは所々出血痕や、火傷痕があって痛々しいが、毛がない姿に注目してごめん。
そして今度こそ終わらせる。
強く踏み込みながら近づく。
ハゲコンガは応戦することなく
―――――――――逃亡した。
蔦に捕まり上へ上がっていく。時々ずり落ちそうになっては必死に落ちないようもがいていた。
だが、どんどん離れていく。あの巨体で器用に登っていく。
これ、逃げられたらクエスト失敗になるんじゃね?
お、追いかけなくては。
武器を背中に戻し、蔦を登り出す。
どこ行ったか全然わからん。
「旦那さーん、無事かニ―――」
ネコ太郎が戻ってきた。そして固まった。また変顔である。
「ネコ太郎! ハゲコンガ見なかったか!? 逃げられた!!」
「――――――!」
ちくしょう。ネコ太郎はもうだめだ。変顔モードだ。
喋らないネコ太郎と共に遺跡平原を探し回ったが、結局ハゲコンガを見つけることはできなかった。
「そうか、逃げられてしまったか。まァそう落ち込むなクライ! それなら見つけだしてやればいいだけだ! 簡単な話だな! はっは!」
バルバレに戻り、ことの顛末を団長に報告した。
落ち込むなと言われても落ち込んでしまう。完全に自分の失態である。自己暗示などにこだわって、割りきれずに挑んだ結果、逃げられてしまうなど。
「ギルドには報告しておこう。お前さんは休め。あ、休む前に身体は洗えよ? アレだ、アレ……臭いぞ……?」
通りでずっと鼻をつまんでたんですね。
自分の鼻は完全に麻痺してるのか、普通に感じてしまっていた。
ちょっと、いや、かなり傷つく。
「でも手負い状態に追い詰めて逃げられるって、かなり不味いのでは……」
「ハゲたあとは一目散に逃げ出したんだろ?」
「まあそうですけど」
「なら大丈夫だ、きっとな。しばらく人に怯えて出てこないかも知れんぞ。ババコンガは臭いで竜たちにも攻撃されにくいやつだからな。臭いを気にしない人間という存在を知っておとなしくなるかもしれないな!」
俺は臭いを気にするけどな! はっは!
そう言いながら一歩離れた団長に、二歩近づく。
「ま、まてまて。本当に臭いんだお前さん。いや、ババコンガのせいとはわかってる。わかってるからとにかく身体を洗ってだな」
「ババコンガの臭いなんて、身に付ければそのうち慣れますって」
団長の肩から鳥が逃げ出した。
「まてまてまてまて。お前さんは疲れてるんだ。な? だから妙なことをせず早く身体を洗ってゆっくり休まないか? な?」
じりじりと後退りをする姿を見ると、まるで狩るものと狩られるものが明確にわかるようだ。
モンスターはこういう気持ちで自然に生きているのだろうか。
「俺はそこら辺を見てくる! 早く休むんだぞ!」
「一緒に散歩でもしようぜ団長!」
走り出した団長を同じく走って追いかける。
うんこの臭いが染み付いた状態で、おっさんとの追いかけっこという最悪な字面であるが案外楽しい。
こんな反応をできる存在が、システムなわけがない。
自己暗示なんてやめて……逃避なんてやめて、向き合わねばならない。どうすればいいかはわからない。が、覚悟はしておかないといけない。
アカリに恨まれてもおかしくはないのだから―――
「―――ライっ! クライっ!!」
「…………」
「いい加減に休めィ!!!」
「ふぁ? らおぅ!?!?」
見えたのは団長の両足の靴裏だった。その日の記憶はそれが最後である。
休ませ方がダイナミックすぎる団長の新たな一面を見てしまった。
ハゲコンガを探しまわり、見つけれないまま数日がすぎた頃だった。
団長がそわそわしていた。
まさか、逃げたハゲコンガがどこかで被害をだしたのかと不安に思い尋ねると
「チコ村から手紙が届いてな……。イサナ船の修理が済んだようだが……」
「じゃあ合流も近い感じ?」
「……そうだな。そうだな! なんといったって我らの団だ! すぐに戻ってくるだろう! 俺たちはここでやることをしっかりやるとしよう!」
何かがあったのか。妙に引っ掛かる言い方である。
疑問の視線に気づいたのか、もともと応えるつもりだったのか、向こうの状況を教えてくれた。
「覇竜アカムトルム。その狩猟に向かったそうだ」
作中に書くタイミングがなかったのでここに
ババコンガの頭部の連続爆発、爆竹? はあれです。
前話で特性罠肉を食べた時に、ババコンガの顔にかかった粉末が原因です。小タル爆弾の中身、火薬草粉末バージョンです。
大部分は落ちているので、爆弾と呼べるレベルの爆発にならなかったけども、パニックを引き起こす役目を果たした感じです。
次回のチコ村編はクライ君は登場しません。主人公とは……誰なのだろうか。