作戦決行の夜。
夜を選んだ理由は、アカムトルムの目を少しでも掻い潜れる可能性を考えてのことだった。
「だ、大丈夫かニャ? 向かってる最中にソニックブラストでも撃たれたらお陀仏になっちゃうニャ……」
「そうならないためにも小舟で出たんだから大丈夫大丈夫!」
「まだ着かないとはいえ、せめて声は抑えてほしいニャ……」
アカリは注意されて黙ることにした。
自然と大声で対応してしまうのはクセなのだ。抑えようとすると尻すぼみする発声になってしまう。
今アカリと共に船に乗っているのはぽかぽか島に来たノラオトモの3匹である。
他の協力者たちは、別の船で時間を置いて向かう手はずとなっている。
「アカリさん、狭くはないかニャ?」
「だいじょうぶだよ……」
「今度は異様に弱弱しい声になっちゃったニャ……」
「なんか癖でつい!」
「抑えるニャ……」
ごめんごめんと手を合わせ謝る。
現在いる船はアイルー用のもの。モンニャン隊というので使う船である。
向かってる最中に見つからないために、小さめの船として求めてのものだった。
「見えてきたニャ」
夜の景色の中、マグマで赤く燃える島が近づいてきた。
村長に討伐すると言いきった手前、もう引き返すことはできない。
比較的に冷えて固まった地面を歩く。この地面のすぐ下も、マグマで煮えたぎっているであろうことは容易に想像できた。時折溶岩が地表に噴出し、足場を狭くする。夜だというのに明るいこの島の熱気は体力を奪っていく。
足場の悪い道は絶対に避けて進む。
溶岩地帯に住み着き、生態系の頂点にいるアカムトルム相手にはきっと、背中の大剣では傷一つつけられないだろう。マグマをものともしない外殻に身を包み、過酷な環境下で他種を下す巨体。大剣の重量による一撃も、覇竜にとっては小石がぶつかった程度にしか感じないかもしれない。
ダメージを与えるには、鱗や外殻に守られていない部位に、武器を突きつけるしかない。
そのための作戦。
そのための罠は、海岸までしか移動は不可。アカムトルムを海岸までおびき出す必要がある。
そのため、アカムトルムから逃げやすい道以外は選ばない。
「まぁ、すぐに海岸まで移動するわけにはいかないんだけどねぇ……」
海岸までの道を振り返る。かなり進んだため、もう海岸が随分と遠くにあるようだ。
アカムトルムについての情報は、夢で見た知識と、お嬢が趣味で集めていた資料からある程度はわかる。
そのうちのひとつ、音に敏感。
ナルガクルガやイャンクックほどではないが、特定の行動時は音にひどく弱い。また、地面を潜行し、敵の足元から襲うというディアブロスのような行動もする。その際頼っているのは音のはずだ。
取り出すのは二つのアイテム。
ひとつは以前使った時、きっと間が悪く古かったのだろう。怖がられたアイテム。
もうひとつは使ったことのないアイテム。使い方は教えてもらった。
「さすがに今度は壊れないはずだし……」
ひとりぼやき、大きく息を吸い込んで角笛を吹いた。
溶岩島に角笛の音が響き渡る。
音に敏感ならば、この音に気づくはずだ。ここまで出向くか不明だが、逃げるアイルーたちを狙い船を破壊したあたり、性格はしつこく縄張りにこだわる個体なはずだ。ならばここまで来るはず。自分の縄張りで奇妙な音を立てる存在を、排除に来るはずだ。
火山の音と角笛の音以外にはまだ何も聞こえない。
角笛は壊れる様子もない。やはり以前壊れたのは偶然ぼろっちい角笛だったのだ。自分は悪くない、とアカリは言い聞かせる。
しかしアカムトルムが来ない。少しでも遠くに響くように、吹く力を強くした。
―――――――ボキャ、という音と共に角笛が砕けた。
―――これもたまたま、古い角笛だったのだ。そうに違いない。商人の仕入れミスで中古の角笛だったのだ。
「……終わったらあとでジィさんにクレームいれにいこ」
角笛がなくなり、音を立てる手段が減ってしまった。
音爆弾は持ってはいるが、爆音を出すというわけではない。高周波の音を出すだけだから、距離が離れている相手には無意味だ。
咆哮をあげるという方法も考えたが、なんというかそれは女としてどうなのかという自制心からやめておく。
周囲にはアカムトルムの姿は相変わらず見えないままだ。
角笛の音がなくなり、聞こえるのは火山の音、溶岩が噴出する音。
また溶岩が地表に噴出しだした。今いるこの辺りは地形が安定していると思ったが、そうでもないようだ。
そう考えている間にもまた噴出が起きる。
―――どんどんと、噴出する溶岩が近づいてきている。
いつでも走りだせるよう心構えをしておく。
音は立てない。今音を立てれば、足元から破壊される。そんな気がした。
マグマの音が、溶岩の音が、それ以外の音は聞こえない。
地面が揺れるとともに、ひときわ大きな溶岩の噴出音が聞こえた。
地表にあふれる溶岩とともに、黒い外殻に身を包んだ巨竜。獄炎に座す、覇たる者。アカムトルムが姿を現した―――
すぐさまもうひとつのアイテム、信号拳銃を空に向けて発砲した。
本来、狩りに赴くハンターが持っているものではない。調査を行うものや、キャラバンなどの集団の頭となる人物が所持するものだ。
この信号で、海にいる協力者たちに報告をする流れになっていた。
アカムトルムと接触、海岸までの移動願う。
この信号を受けて、協力者の船は島まで安全に移動が可能とわかる。
海岸についたら罠の準備を行い、罠のセットが済めば協力者側から、今回の場合は兄さんから信号が上がる。
―――つまりそれまで、アカムトルムとはひとりで戦うこととなる。
「角笛の仇、とらせてもらう!」
注意を引き付けるため、および八つ当たりのため――――――アカムトルム討伐戦が、開始された。
その巨体と身を包む外殻の重量により、アカムトルムの動きは鈍重なものだ。
だがその巨大さは、動きの鈍さなどハンデにならない脅威となる。
鈍重な相手に正面からぶつかり合う必要はない。小回りを利かせて、安全な死角から攻撃をする。それが基本だ。
アカムトルムが動くたびに、島全体が揺れているのではないかと錯覚させてくる。バランスを崩すほどではないが、転べば恥じる間もなく潰されてしまうだろう。巨体がどんどんと近づいてきているのだから。
あの竜からすれば、ただの突進。
同じく突進を主な武器とするティガレックスやディアブロスとは、別ものともいえる突進。ティガレックスなどは敵を吹き飛ばす、蹴散らすといったもの。だが、アカムトルムの突進は圧殺、押しつぶすものだ。
迫りくる巨体。どんどん勢いづいて加速してくる。避けようと走ったところであの巨体の攻撃範囲外に逃れるのは至難だ。鈍い動きがこちらを逃がさず修正するのに手助けをしている。
大剣を振りかぶり、全身に力を込める。
突進してくるアカムトルムにぶち当てるためではない。
眼前にまで迫ってきたアカムトルムの顔の前、地面に振り下ろし、勢いのままジャンプする。
横に逃げることができないのであれば、上に逃げる。
完全にアカムトルムを飛び越すことはできない。しかし押しつぶす突進からは回避はできた。襟のようになっている首周りを蹴り、背中に着地しながら大剣を叩き付ける。
硬質な音と手に響く痺れ、かなりの力を込めて振り下ろしたがやはり傷をつけれない。いや、表面にはうっすらと傷跡がついてはいるが、その程度で終わる。
背中に取りつかれたのを振り落とすためか、大きく体を震わせ始めた。
振り落とされないために、背中に生えている巨大な棘にしがみ付く。
「もうちょっと見晴らしのいい場所に、いさせてほしい、なっ!」
ついでとばかりに剥ぎ取り用ナイフで棘の根元に刃を突き立ててみたが、貫くことは叶わなかった。
外殻の隙間もかなりの硬度を誇る。
あと柔らかそうな部位と言えば目であるが、狙うには顔の前、押しつぶされるリスクが高すぎるので無理には狙わない。すでに船がこの島に向かっているのだ。自分がやられたら次は船の人たちだ。
このままではこちらの武器が通じないとわかったことから、やはり作戦通りで変更はないと確信。
ならばやることは時間稼ぎだ。このまま背中に取りついて徹底的に嫌がらせをしてやるのだ。
身体を震わす程度では振り落とせないとわかったのか、牙と爪を使い地面を掘りだす。そのたびに溶岩が溢れ、地表に姿を現す。
潜行するつもりだ。
さすがに地中、それも溶岩煮えたぎる中にまでついてはいけない。
棘から離れ、大きく跳躍する。飛距離が短ければ尻尾に轢き殺される。そうでなくても潜行時にあふれた溶岩が広がっているのだ。その範囲外に出なくてはならない。
地面に着地し、その場から急いで離れる。
足元から崩されれば終わりなのだ。
最初と違い、至近距離での潜行。こちらの位置は着地の音でバレている。
すぐさま襲う激しい揺れと煮えたぎる噴出音。
巻き込まれなかったことに安堵するのもつかの間、あることに気づいて焦りが生じる。
足場が狭くなっている―――
アカムトルムが地中に潜るたびに、押し出され地表にあふれたマグマや溶岩が、足場を狭めているのだ。
これ以上潜られては次にどうなるか。海岸までの道がなくなってしまえば詰みである。
潜られないためにも、もう背中に取りつくことはやめておいたほうがいい。そう念頭に入れて閃光玉を投げた。
光に染まる戦場。地上では目を用いて相手を認識しているアカムトルムにも有効だ。
それに加え、海岸に待機しているアイルーたちや、島に向かっている船にも、依然交戦中ということを伝えることができる。時間稼ぎに、そして少しでも作戦に安心感を持ってもらうために、まさに一石二ガーグァだ。
目が眩んでいるうちに近づき、その脳天に大剣を振り下ろす。
鱗や肉を貫くことが出来れば、同じ生き物なのだ。仕留めることが出来る。仕留めれるなら作戦通りでなくてもいいのだ。
「そぉいっ!!」
頭部へ綺麗に当たったが、結果は弾かれて終わった。衝撃を受けるそぶりはあったが、傷ついたわけではない。
攻撃を受けてアカムトルムは見えないまま、目の前の空間を巨牙で薙ぎ払う。
後ろに下がり避けることはできたが、その場で暴れ回る巨体にもう一度斬りかかるのは難しいと判断。
まだ海岸から信号弾は上がらない。
アカムトルムとの距離は相手の歩幅で1歩の距離を維持。これ以上離れていては、再び突進が襲いかねない。
その距離を保ってアカムトルムの側面に位置する。
横に跳ぶような動きは骨格的にも、重量的にも不可能だろう。比較的安全な位置のはずだと判断してのことだ。
四本の脚でその身体を支えていたアカムトルムが、二本の脚で立ち上がった。
―――空気を震わす大咆哮。
それに呼応するように、溢れ噴出する溶岩が、足場をさらにさらに狭めていく。規格外と言われる存在だけあって、デタラメすぎる。夢で見た動きだったから驚きはまだ少ないほうだが、厄介なことには変わりはない。
だが、立ち上がった状態なら突進はない。その巨体を支えるには二本の脚だけでは移動もままならない。黒い外殻とは違う部位を、腹部に大剣を当てるチャンスとなる。
咆哮が終わって、前肢を地に戻す前に近づき大剣を横に薙ぎ払いながら腹部へ当てる。硬いが、硬質な音を立ててはじいていた黒い外殻部分と違い、生物としての硬さを感じた。もっとも、刃が突き刺さったわけではないが。
腹部はまだ柔らかい、その情報を得られただけでもよし。深追いはせずに距離を取ろうとする。
――――――横から地を削る音が聞こえた。
大剣を盾代わりにして防ぐ。そのまま迫ってきた尻尾に大剣を乗せ、身を寄せて跳躍する。
尻尾による薙ぎ払い。深くまで地を抉っていたわけではないのが助かった。転がりながら体制を立て直す。
側面もあくまで比較的、というだけで絶対安全な位置というわけではないことを身に沁みさせられた。
しかし、不意を突かれはしたが凌ぐことはできた。
ならば問題は、攻撃が効かないことと、狭くなっていく足場のみ。
少しだけ海岸に近づき始めてもいいかもしれない。海岸の反対側へ行って道をマグマで塞がれては危険だし、このままここで戦い続けるのもまた危険だ。
場所を変えつつ対処する。
行動を決めて再度閃光玉を投げた。
さすがに2度目は効果が薄いだろうけど、立ち位置を変えるために少しでも注意をそらしたかったためだ。
目が眩んだのを確認してから移動を開始する。
自身の咆哮がどういう効果をもたらすか理解しているのであろう、アカムトルムはすぐさま立ち上がり、またもあの大咆哮を行うつもりだ。
耳を塞ぎながら走りぬける。
足は止めない。そして目を閉じない。
足元が、地面が盛り上がっていくことに気づいた。丁度地表にあふれる溶岩の上に足を置いてしまったことに舌打ちする。転べば死ぬ。盛り上がった地面を蹴り、その場から跳躍して離れる。
足場を移し、アカムトルムの背後の立ち位置。
どんなモンスターも、振り向く瞬間は無防備なものだ。
その無防備な状態を庇うために、振り向きながら攻撃を行うこともあるが、その攻撃は狙いがデタラメなことが多い。そして読みやすい。たいていは薙ぎ払いである。
今回の場合、来るとしたらそのまま尻尾を振り回すか、その巨大な牙で振り向きながら周辺を抉るか、だ。
狙うは牙による攻撃。その攻撃に合わせて、カウンターを決める。
大剣を振りかぶり、重心を後ろにやや動かす。全身をバネに見立てて振りぬくために。
もしも尻尾による攻撃ならまともに対処は出来ないが、凌ぐことはきっとできると判断した。
上体を捻り、そして地面を顎で、牙で削りながら振り向いてくる覇竜。
狙い通りの動きをしてくれた―――ならばタイミングを外すわけにはいかない。
地を抉りながら近づいてくるその巨牙に、渾身の力を込めた大剣をぶち当てた―――
タイミングは完璧だった。
正面からぶつかり合ってはいけないとわかっていたのに、流石に無謀すぎた。
敵の攻撃の勢いは死なずに、そのままこちらが吹き飛ばされた。大剣ごしだったため致命傷は避けられたが。
「……なんていうんだっけ、痛み分け?」
だが、向こうもタダでは済まなかった。
渾身の大剣による一撃と、自身の重量を支える筋力から繰り出された地を抉る攻撃。それらの威力を牙で受けたのだ。
牙を一本、へし折ることに成功した。
決して致命傷を与えたわけではない。だが、傷をつけたという事実が手ごたえを感じさせてくれる。たとえ牙一本でも、自身を鼓舞するには充分の成果だ。
「次は残ったもう一本の牙、へし折るから!」
闘志が湧き出てくる。勢いのままに宣言。
言われた台詞を理解はしていないだろう。しかしそれに呼応するように、アカムトルムの目の色が変わった―――
ひどい興奮状態に、怒りに染まったのか、目が赤く染まりだす。
黒々としていた外殻も、その隙間から赤い光があふれだす。まるでマグマの輝きのごとく。
赤く染まった覇竜が、怒りの声をあげた。
その姿を見ても、闘志は消えることなく燃え上がる。
同じように興奮状態に陥りかけた時、背後の空から強い光と音が聞こえた。
信号弾が打ち上げられたのだ。
「時間切れ、じゃないや。熱くなりすぎた……」
興奮のあまり、作戦を忘れるところだった。
このまま挑んではダメだ。牙を折ったところで勝利と言うわけではない。
眼前のアカムトルムを睨みつけ、そして背を向けて走りだした。
追いかけてくるのは振り向かなくてもわかる。アカムトルムが動くたびに響く轟音が教えてくれる。
決着の時は近い。