「そぉい!」
背後から近づく巨体に向き合い、足場が他より高めの位置から跳躍し、頭上を超えて後ろをとる。
少し離れ、こちらに振り向くのに合わせて、背中につくように回り込む。
そして再度海岸へ向けて走りだす。
体格差から何度も追いつかれては、跳んで回って再度走ってを繰り返しになってしまっている。だが確実に海岸へと近づいている。
突進への対処に随分と慣れたものだ、と自画自賛を心の中でする。
しかし油断は禁物である。
今のところ、相当頭に血が上っているのか、圧殺をしようと突進ばかりだ。だがもしも、ソニックブラストと呼ばれるブレスによる攻撃に切り替えられたら危ない。
海岸のどのあたりに設置したかはこちらから確認できないが、流れ弾としてブレスの被害が海岸へ行ってしまうのは避けねばならない。
ブレスを行いそうになったら、射線上に海岸のない位置へ誘導するしかない。咄嗟に移動ができるか、そしてその突然の移動にアカムトルムが反応し切れてくれるのか、不安要素が多い。このままブレスなど忘れて、圧殺目的で突進のみであってほしいところだ。
離れすぎず、近すぎず、その距離を維持しながら走り続けるのみである。
やがて海岸が見えてきた。
溶岩島の海岸。
海岸と言っても、チコ村の海岸とは全く違うものだ。
柔らかな土や砂などでなく、陸地は硬い岩盤、冷え固まった溶岩などで形成された海岸だ。イサナ船の姿は見えない。
そして陸地に、不自然な盛り上がりが月明かりに照らされている。上から黒い布をかけられて隠されている状態だ。罠の位置は確認できた。
罠と言っても、普段狩りに使うものではない。
布の下に隠されているのは船の一部だ。
より正確に言うのであれば、チコ村に難破していた商船、それに備え付けられていた撃龍槍だ。
撃龍槍。
超大型モンスター迎撃用兵器。一般的に砦や街、撃龍船などの防衛拠点に置かれるものだ。
商船に取りつけられていることは珍しい部類である。
小さな商船などなら付けられてはいないだろう。チコ村の商船は、残っていた姿からも大きな船であることが伺えた。大きな商船ならば、さらにハンターもついている商船ならば、護身のために備えられる確率が高いと踏んでの作戦だった。
砦などに備えられているものと違い、飛び出す槍は1本で、長年放置されていたため蒸気機関がぼろぼろで、1回しか撃つことはできないが充分である。
ちなみに、商船に撃龍槍がなければ、イサナ船の撃龍槍を使うつもりだった。
協力者が複数必要だったのは撃龍槍の運搬、設置のため。
撃龍槍ならば、アカムトルムの外殻を貫くことが出来る。
発射は兄さんが協力してくれる。
ここでの自分の役目は、アカムトルムを撃龍槍の前まで持っていくことだ。
海岸にたどり着き、撃龍槍の前まで走りだす。
この追いかけっこももうゴールが見えてきた。
しかしたどり着く前に、一度突進を躱さないといけない。それほど距離を詰められてしまった。
避けた際にアカムトルムが勢い余って撃龍槍に突進されてはいけない。それだと被害が出てしまう。なので少し早めに回避行動に移らないといけない。
近くにそれなりの高さのある足場はない。
海岸と言うこともあってか、波でほとんどの岩が形を削られ平坦になったのだろう。足場としては安定しているが、今回の場合は嬉しくない。
一番最初のように、大剣を利用して跳び上がるしかないようだ。
振り向き大剣を振り下ろす。そしてその反動を利用しての跳躍。最初と同じように襟を蹴り背中に取りつく。ただしすぐさま降りる。
アカムトルムを挟んで撃龍槍の反対側へ降りる。高所からの落下の勢いを殺すため、転がりながら。
アカムトルムの振り向きに合わせて背後を取り、さらに撃龍槍のもとへ誘導しなくては―――
「え?」
すでにこちらに向きなおっている覇竜の姿がそこにあった。
今までは突進の勢いを止めきれず、未だにこちらに背後を向けているタイミングのはずだ。
―――学習した?
勢いのままの突進では無駄だと学習したというのか。
覇竜は今、撃龍槍の射程外。
完全にこちらに向きなおっている状態で、背後に回り込むのは難しい。突進を誘発させるか、閃光玉を使うか。
しかし閃光玉は不味い位置かもしれない。撃龍槍の射程外とはいえ、覇竜の攻撃の範囲内に撃龍槍はある。目が眩んで我武者羅に暴れられたら、尻尾などが当たれば作戦は失敗に終わりかねない。
となれば突進の誘発か。
だが次はもう飛び越すことも読まれているかもしれない。勢いのまま突進することをやめだしたのだ。考え過ぎなことではない。
撃龍槍射程範囲まで、残りおおよそ10メートル。誘導は厳しい状況。
「なら、無理やり押し切ればいっか!」
自棄になったわけではない。興奮状態が再発したわけではない。それもあるかもだけど、それだけではない。
交戦しているうちに、後ろに回り込むチャンスも訪れる可能性もある。それに実際押し切れる可能性もある。
「兄さん発射準備しててー! 今からこいつを前まで持っていくからー!」
そういえば、白いアイルーはどこから見ているのだろうか。
管理人さんに引っ張られ、遠くから見ているのだろうか。
勇気を見せることはできなかったけど、吹き込まれた心の幻の、その元凶が討伐される様を見せれるなら良しだ。遠くからでもこの巨体だ。よく見えるはずだ。
走り寄り、頭部に向けて大剣を振り下ろす。正確にはその目をめがけて。
しかし大剣の大きさでは、目に当たることはなかった。やはり硬い鱗に弾かれる。全身を使っての渾身の一撃でないとまともにダメージは与えられないのは変わらない。目を狙うなら双剣がよかったかと今更ながら思う。
眼前に迫りくるアギト。首を傾けて噛みついてきたため、その下顎から延びる牙が左右への逃げ道を塞いでくる。左右へ逃げれないのなら後ろに下がる。
目の前で勢いよく閉じられる大口を見ながら、次の狙う部位として考慮する。
目は武器が入らないのでダメ。腹部も横からでないと攻めがたい。新しい候補として考えたのは、口の中。
あの巨大な口なら大剣でも入る。口内には強固な外殻や鱗は存在しない。さらには脳までの最短距離だ。脳にまで刃を立てることができるかもしれない。
大剣の重みから、突きをすることはできない。出来るのは振りぬくことのみ。
「そぉぉぉい!」
身体を回転させ、横に大剣を振り回す。振り下ろすよりは威力は弱いと思うが、口内に当てれれば大丈夫なはずだ。場合によっては目に当たる可能性もある。
横から襲い来る大剣が、アカムトルムの口に入りこむ―――そしてその口は固く閉じられた。
大剣が動かせない―――振り抜けない。
大剣をひっぱられ、そして勢いよく体ごと持ち上げられた。大剣を口から離したアカムトルムは宙に飛ばされたこちらから目を離さない。
地面に叩き付けられ、体勢を立て直す前に月明かりを隠す影が覆いかぶさる。
アカムトルムの巨大な前肢。前脚で押しつぶそうとしているのだ。大剣を身体の前に出し防ぐも、完全に押さえつけられた。徐々に押しつぶす力が強くなっていく。
「アカリ!」
兄さんの声が聞こえる。
不安にさせてしまったようだ。これ以上心配をかけさせるのは申し訳ない。だから早く抜け出さなくてはならない。しかし、じわじわと目の前の巨大な腕が迫ってくる。
状況を打開しないといけない。何か道具でもと思ったが、しかし両腕は大剣を支えるのに精いっぱいだ。少しでも力を抜いた瞬間に圧殺されてしまう。
「こ、これ以上ひどいことはやめるニャ……!」
「え?」
声のする方向に顔を向けたいが、その余裕はない。
先ほど聞こえた声は、あの子のものに聞こえた。そんなはずはない。あの臆病な子が、声の聞こえる距離にまで近づいているはずがない。
だけど今の声は――――――
「ぼ、ぼくが相手になるニャ! ネコバァちゃんのダンナさんを迎えに行くためにも、おまえなんかの影にいつまでも怯えてられないんだニャ……!」
「な、なんでここに!?」
白い臆病なアイルーだ。間違いない。どうしてこんな近い距離に。ましてやこんな状況に追い詰められているのに、立ち向かえるようになっているのかわからない。
わからないことばかりだが、そちらに気を回している余裕はないままだ。新たな存在にアカムトルムは気にしていない。前脚に込められた力は相変わらずのままだ。
アイルーが一匹増えたところで、大した問題に感じないのだろう。
「だから、これ以上ハンターさんをいじめるのはやめるニャー!!」
その声と共に、アカムトルムの悲鳴が聞こえ拘束が解かれる。
「うそぉ……」
思わず呟いてしまった。
「ハンターさん、大丈夫ニャ!?」
「う、うん……でもどうして? とにかくありがと!」
どうしてここまで近づいてきたのか。どうやってアカムトルムにダメージを与えたのか。気になる点が多すぎる。
どうやってダメージを与えたか、それはアカムトルムの姿を見て気づくことができた。アカムトルムの片目に、旗のようなものが突き刺さっている。オトモ用の武器だろう。サイズは小さいものだ。小さいからこそ、その目に突き立てることができたのだろう。
アカムトルムが目に刺さる旗を落とそうと首を振り回す。
しかし深く突き刺さっているのかまだ抜けない。
「ぼく、聞いちゃったんだニャ……ぼくよりも、ネコバァちゃんが怯えてたんだって。ネコバァちゃんに悲しんでほしくないから、父ちゃんはダンナさんを探しに行ったんだニャ……! これ以上ネコバァちゃんを悲しませたくないニャ! そう思ったら、ダンナさん探しの邪魔をするアカムトルムがとっても許せなくなったんだニャ!」
「こわくはないの?」
「コワいニャ……だけど、それ以上にネコバァちゃんに悲しんでほしくないニャ! だからぼくは戦うニャ! コワいけど、戦ってみせるニャ!」
勇気を見せてほしいと言っていたアイルーが、これほどまでの勇気を見せつけてくることに驚いた。だけどその勇気を見て、殊更力を貸さなくてはと思える。他者を鼓舞できるほどの勇気の持ち主の名前をそう言えば知らないままだ。
「そういや名前はなんていうの?」
「ぼ、ぼくのことニャ?」
「うんうん! アカムトルムを倒す君の名前!」
「アカムトルムを、倒す……ぼくの名前はニコだニャ!」
もうすぐアカムトルムの目に突き刺さった旗が落ちるだろう。
だがあれほど深く刺さっていたのだ。もう片目は使い物にならないはずだ。
自身の武器である大剣を見る。
アカムトルムの口には強力な酸でも出していたのだろうか。融けてもはや剣とは言い難いものになっていた。
だけど問題ない。
「ニコ! アカムトルムをあの撃龍槍の前まで押し込むよ!」
「わ、わかったニャ!」
目に刺さっていた旗が抜け落ちた。落ちた武器を拾いにいくニコ。
もうこの大剣は斬ることはできなくなった。元々アカムトルムを斬ることが出来なかったし、開き直れば、大剣は相手を叩き潰すものだ。
無事な目をめがけて、打撃を見舞う。
突き刺さることは当然ない。だが残りの目に襲いかかる衝撃で後ろに仰け反った。
もう少し。
アカムトルムがこちらを、そしてニコを見る。どちらから狙うか迷ったのか。
「よそ見なんてして、余裕ぶってんじゃない!」
「父ちゃん、父ちゃん! 見ててほしいニャ!」
左右から脇に潜り、その腹部に攻撃を当てる。
「ニコ! 捕まってて!」
「ニャー!」
尻尾による薙ぎ払い。撃龍槍を巻き込まないように、ニコと同じ位置に合流し誘導する。
そして近づいてきた尻尾を、大剣を使って飛び越す。
同時に襲ってきては、ちょこまかと避けるのが鬱陶しく感じたのだろう。アカムトルムは立ち上がりだした。
大咆哮がくる―――
衝撃に巻き込まれる位置ではない。撃龍槍も大丈夫なはずだ。地面は冷えている。溶岩が噴出することもない。
そこでふと気づく。
ニコが攻撃した腹部の位置からわずかばかり、出血しているということに。
隙間にうまく刃を立てたということだろうか。細い武器だからこそ可能だったのだろうか。
しかし細いからこそ傷は浅い。それゆえ、出血は少量だ。気になるほどではないだろう。
「ニコ、もう一度あいつのお腹に攻撃するよ! 今度は突き刺して!」
「わ、わかったニャ!」
ニコの力じゃ深く突き刺すのは難しい。ならば―――
「は、ハンターさん!」
「なっ!!」
咆哮じゃなかった。
ニコの声で咄嗟に前へ走りだした。背後に竜巻状の衝撃波が大地を穿ったのを感じた。
ソニックブラスト
立っている状態からも出せるとは思わなかった。
しかし、その図体では柔軟な動きはできない。距離を詰めれば立っている状態のソニックブラストは当たることはない。
「ニコ!」
「わかったニャー!」
ニコがジャンプし、その腹部に旗が突き立てられる。
「奥までつきさせれないニャ……」
「じゅーぶん!!」
アカムトルムが倒れこもうとしている。巨体でそのまま押しつぶす気なのだろう。狙うは脇の隙間。そこに自身を置き、そして―――剣を振り、突き刺さった旗を楔と見立てて打ち付けた。
旗が腹部により深く、飲み込まれるように突き刺さっていく。
そしてそのまま大剣ごとアカムトルムの胴体が覆いかぶさった。
「ハンターさん!」
「大丈夫!」
ニコが安否を確認する声をあげる。それに応えて元気よく返事をする。
その一方で、アカムトルムは深々と突き刺さった武器に苦しみ勢いよく体を起こした。
いくら身体をのけぞらせても、深々と突き刺さった武器が抜けることはない。
アカムトルムの下敷きになった大剣の姿を見る。もともと酸でぼろぼろだったところにあの重量がのしかかったため、武器としては今度こそ完全に使えなくなってしまっただろう。
今までお世話になった武器なだけに、少し躊躇してしまうが必要なことだと考え、振り回す。
きっと、あと一歩なのだ。
身体全身を使って振り回す。ジャイアントスウィングのごとく振り回し、身体をのけぞらせたアカムトルムの顔めがけてぶん投げた。
仰け反っていたため重心が後ろに傾いていたアカムトルムは、また一歩後ろに下がった。
「兄さん!」
「まだだ……! あと少しだ……!」
焦り過ぎたのか。まだ距離が足りなかった。
武器はない。押し切る手段はもうない。あとはアカムトルムを誘導するしかない。
腹部の異物に慣れたのか、最後の投擲が癇に障ったのか、アカムトルムが4本の脚で大地を踏みしめ、こちらを真っ直ぐ睨み付けてだした。
回り込むことも出来ていない。ここまで来て―――
「これで、終わりだニャ!」
残っていたアカムトルムの片目に、ニコが武器を突き立てた。
旗は腹部に埋まっているはずなのに――――――
「ぶ、ブーメラン……?」
あっけにとられる前に、響き渡る叫び―――
両目を潰され、光を喪った覇竜の苦し気な叫びが轟く。
「こっちだニャー!」
アカムトルムを挑発するニコの姿が信じられない。いくらなんでも急激に勇敢になりすぎである。
だけど蛮勇と言うわけではないことがわかった。
視覚を無くしたアカムトルムが、敵を攻撃するならその聴覚を使って探し出す。
今、声をあげなければ我武者羅に暴れ出してしまう。そうなれば撃龍槍は巻き込まれ破壊されてしまう。
だからこそ声をあげて挑発したのだろう。その位置に向かえば、撃龍槍が決まる位置で―――
声のする方へ、アカムトルムが顔を向ける。
「父ちゃんたちが守った船は、おまえなんかに負けないニャ! おまえなんか目じゃないニャ!!」
声のする方へ、突進を開始する。怒りから圧殺することしか考えていない状態になったのだ。
「兄さん!!」
「ああ!」
撃龍槍のスイッチを叩く音が聞こえ、起動音が発生する。
横から聞えだした異質な音、その音に反応したアカムトルムは顔をそちらに向け、遅れて巨大な槍が飛び出た――――――
かつて商船を守るために、備えられていたその槍は―――――――覇竜の口からその頭を貫いた。
断末魔をあげることなく、覇竜アカムトルムの動きは止まった。
しばらくの静寂。
そしてじわじわと実感が来たのか、少し離れた場所から歓声が聞こえた。イサナ船はそこにあるのか。
アカムトルムの死骸のそばでニコが立ち尽くしていた。
「父ちゃん、ぼく、勇気を出せたかニャ……?」
「誰がどう見たって、ニコの姿は勇気ある姿だったよ!」
ひとりっきりにさせるべきかと思ったが、気づいたら話しかけてしまっていた。
「ハンターさん……ありがとニャ……。ぼくの中に、もうコワい影はなくなった気がするニャ……」
「それじゃあ、帰って今度は村長さんにこのことを話しに行こうか。もう、幻の元は断てたことを教えなくちゃね!」
「ニャ!」
何か忘れている気がするけど、もうさすがにくたくただ。帰って報告したら横になりたい。
「アカリ……お疲れ……」
「あ、兄さん、お疲れ様ー。さすがに疲れたー!」
「疲れてるところ悪いが……」
「ん?」
「燃石炭……集めるぞ……」
「え……」
ピッケルを差し出しながら言ってきた。
そうだった。アカムトルム討伐戦と言う名前の、燃石炭採集クエストだったのだこれは―――
「俺も……手伝う……」
「兄さん……後日にしない……?」
「ダメだ……ギルドへの言い訳のためにも……必要なことだと思う……」
ピッケルを片手に再度溶岩島を歩き回ることになった。
帰るころにはすっかり日が昇り、暗かった海が明るく照らされていた――――――