逃避の先で   作:横電池

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夜は明けて、日は昇る

 今日も天気は快晴。

 

 旦那のオトモが独り島を出て、小舟の残骸が見つかったあの日も快晴だった。

 

 もしも引き留めていれば、あのオトモは怖い目にあうことはなかった。

 もしも未練がましく海を見続けなければ、あのオトモは無茶をして島を出ることはなかった。

 

 そして今回も、同じことを繰り返してしまっている。

 

 海は穏やかな波を立てている。穏やかに、そして淡々と、あの日のように冷たい知らせを届けてくるのではないか。

 もう待っている時間は随分と長い。早く旦那の元へ行きたい。これ以上、優しい者たちが無茶をしないうちに。

 

 

 

 待っていたのは旦那の迎えではない。

 旦那がいるであろうところへいける、その時をずっと待っていた。

 

 

 

 海の向こうから、大きなお魚を模した船が村に向かって進んでくる。

 

 あの船は無事だったようだ。それだけが、せめてもの救いと感じれた。冷たい知らせであっても、あの黒き神と対峙して助かった命があるのなら、それは幸運なことなのだ。

 

 

 だけど、届いた知らせは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニコ、それ何?」

 

 海上から、チコ村のある島が見えてきたころ。

 隣にいたニコが大事そうに何かを抱えていた。島にいる頃はそんなものは持っていなかったように思えたので、気になって尋ねてみれば

 

「溶岩島で拾ったんだニャ。あの海岸に引っかかってたんだニャ」

「ふーん。ボトルレター?」

「うん、大事なおてがみだニャ……」

「……知りあいの?」

 

 ただ拾ったボトルレター。それを大事と言うなら差出人は知りあいなのかもしれない。

 そしてニコは、言っては悪いが交流は広いほうではない。臆病なこともあって、島に漂流した旅人からも逃げてばかりだったろう。そんな子の大事なお手紙。

 その知り合いはつまり―――

 

「父ちゃんは、ダンナさんを見つけれたんだニャ……父ちゃんは、ネコバァちゃんに言った通り、ダンナさんを見つけて島のことを教えてくれたんだニャ……」

「そっか……」

 

 手紙の差出人は、そういうことなのだろう。

 

「その手紙、村長さんに見せないとね!」

「うん……見せるニャ!」

 

 この暖かい知らせを、伝えに。

 

 

 

「アカリ……」

「兄さん、どうしたの?」

 

 すがすがしい気分の中、加工屋からの声がかかった。

 

「お前の武器だが……修理は無理そうだ……すまん……」

「ああ、いいっていいって。むしろあの状態から治ったらびっくりだよ!」

 

 アカムトルム戦で融けてひしゃげて、叩き付けられた大剣の修理ができなかったことを申し訳なさそうに告げてきた。あの武器に思い入れはないかと言われたら、少しはある。だが、深い思い入れはない。拾って研磨した武器だ。言ってしまえば拾い物。

 

「しかし……お前の愛用武器だったろう……」

「他の武器が使えないわけじゃないし大丈夫大丈夫!」

 

「ハンターさん、ハンターさん」

「ん、何?」

 

 ニコが話しかけてきた。慣れたのか、臆病がなくなったのか、顔を見て話せるようになった姿に少し感慨深さを感じてしまう。

 

「ハンターさんは片手剣って、使えるかニャ?」

「使えるよー?」

「なら、使ってほしい武器があるニャ。ネコバァちゃんのダンナさんが使ってた片手剣なんだニャ」

「それって……」

 

 大事なものなのではないだろうか。

 旦那さんとの唯一の繋がりとして大事にとってあるのではないだろうか。それを自分が使っていいものか。

 

「ダンナさんは今もチコ村を、ネコバァちゃんを探してくれてるニャ。そのことがおてがみでわかったんだニャ」

 

 ニコは真っ直ぐこちらを見ながら続ける。

 

「だからあの片手剣は、ダンナさんとの唯一の繋がりでも、ましてや形見でもない……ただの片手剣なんだニャ。それをハンターさんに使ってほしいんだニャ」

「……いいの?」

「いつまでもただ飾ってあるだけじゃ、あの片手剣も可哀想なんだニャ。きっと父ちゃんも、こうしたはずだニャ……ダメかニャ……?」

 

 勇敢になりはしたが、それでもどこか不安げな、臆病な姿が顔を出してしまうようだ。

 

「それじゃ、ありがたく使わせてもらうよ!」

「……ありがとニャ!」

「私がありがとうだよ。色々と教えてもらえたしね!」

「ニャ? あ、あとそれと、もうひとつ、最後のお願いあるニャ」

「ん、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チコ村にイサナ船は戻った。

 出迎えてくれたのは留守番してくれていた人たち。キャラバンからは加工屋の娘に竜人商人、料理長。チコ村からはぽかぽか島に残っていたノラオトモたちに何匹かの村アイルー、そして、村長。

 

「ただいま戻りました!」

 

 船から声を出すまで、期待と不安の入り混じった表情だったみんなが、帰還報告に安心した顔を浮かべる。

 そして船からアイルーたちが思い思いに村に残っていた者たちに自慢話を始めた。

 

 なんとも気の抜ける種族に感じる。

 ニコも同じ種族なのに随分と性格差があるものだ。

 

「ほら、ニコ」

 

 村長の元へ行くよう促す。

 自分がするより、ニコから話をした方がいいと思ったから。

 

「ネコバァちゃん」

「無事でよかったわァ……本当に、本当に……もう、無茶はダメよォ……」

「聞いてほしいニャ。もう、アカムトルムはいないニャ。ハンターさんが、ううん、みんなで力を合わせて倒したんだニャ」

 

 村長が信じられないとでもいうかのように、表情を変えた。いつものニコニコした表情とは違う。もっとも、しわだらけでニコニコした表情にも見えなくもないが。

 

「それから、これを見てほしいんだニャ」

 

 そう言ってニコはボトルレターを渡した。

 

「これは……」

「ダンナさんからのおてがみだニャ。父ちゃんは、ダンナさんを見つけれたんだニャ。ダンナさんは今もちゃんと、ネコバァちゃんを探してくれてるんだニャ!」

「……」

「ネコバァちゃんの邪魔をする幻は、その元となるアカムトルムはもういないニャ! もう待つだけじゃなく、探しに行くことだってできるニャ!!」

「そう、なのねェ……あの人が」

 

 手紙を読みながら、震えていく村長に力強い言葉をかけ続けるニコ。

 

 勇気を人に与えるその姿は、きっと勇者なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハンターさん、ありがとうねェ」

「いえ、私はただ依頼をしただけですよ!」

 

 イサナ船を空を飛ばす計画。そのためにナグリ村へ行くことになったが、その前に一度団長たちと合流したほうがいいと考え、次の目的地は再びバルバレとなった。

 そのための出発準備中、村長から声をかけられた。

 

「ふふ、そうなのねェ」

「そうなんです!」

「それでも、ありがとうねェ。それから、あの子をよろしくお願いねェ」

「本当に、いいんですか?」

「あの子が決めたことだものォ。それにいつまでも、あの子を縛り付けるわけにはいかないわァ」

 

 ニコのことだ。

 イサナ船でニコから、オトモとして連れていってほしいと頼まれたのだ。

 村長の許可が出たらいいとその場は答えたが、結果、許可が出た次第である。

 

「ハンターさんが勇気を教えてくれたおかげで、私も希望を持てるわァ」

「私はむしろ教えてもらった方ですよ……」

「ううん、たとえそうであっても、きっかけをくれたのよォ」

 

 きっかけに、なれただろうか。

 そう言ってくれるのであれば、無理に否定はしないでもいいだろうと考えた。

 

「私も少ししたら、この村を出てダンナを探してみるわァ」

「探しに行くんですね……もう、幻は出なさそうですか?」

「大丈夫よォ。おぼろげだった希望が、今ははっきりと見えるもの。だから幻が出ても、覆い隠されることはないわァ」

 

 そう言って、返事を書いて入れたボトルレターを村長はそっと撫でた。

 

 どこかいつもより楽しそうに、ニコニコした表情で穏やかな海を見つめて

 

 

 

「ふふ……今日もいい天気ねェ。海から昇ったあの太陽は、海に戻って、また眠るのねェ」

 

 

 

 その言葉に、さらに続けて

 

 

 

 

「でもまた、昇ってくれるのねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





チコ村編終了です。
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