複数の鳴き声。
苦し気な鳴き声もあれば、威嚇するかのような鳴き声も聞こえる。
「この鳴き声は……!?」
「たぶん、鳥竜種の何か! どうします!?」
鳴き声の聞こえる方角は進行方向だ。天空山で数少ない山らしさがある森の部分。
「鳥竜種同士の縄張り争いとかじゃないかニャ?」
ネコ太郎が推測を言うと同時に、今までとは違う雄たけびが聞こえた。
「ババコンガ……?」
雄たけびから何のモンスターかアカリはわかったようだ。来るとしたらババコンガだろう、とあたりをつけてたから俺もわかったけど、事前情報なしじゃ当てれる自信はない。
「ババコンガと鳥竜種の争いニャ?」
「かな……」
「モンスター同士の争いか……。なら僕らが何か手を出すのは変かもしれないね」
……あれ? スルーする系?
一応確認のために聞いてみる。
「えと……放置する感じ?」
「かな。襲って来たら別だけども。むやみに狩りに行く必要もなさげだしね……」
んんん? 放置していい問題なのだろうか。
……いや、駄目だろう。今回のババコンガは狂竜化のババコンガのはずだ。
アカリたちはここで争いが収まるのを待つつもりのようだ。
放置と言われたが武器を構える。
「クライ?」
狂竜化したババコンガの姿を見れば放置という方針はなくなる、と思う。だから無理やりでも連れてきて見せればいいだろう。
そのためにも森の中へいざ突撃だ。
しかし、踏み入る前に、森の向こうからやってきた。
イーオスが一頭。ババコンガではなかった。
そのイーオスはひどく怪我を追っている。もはや虫の息のようで、まともに移動もできないのかフラフラだ。
その姿を見てなのか、アカリも武器を構えだした。
「アカリさん……?」
「少し下がっててください。死にかけでも、一般の人には危険ですから!」
イーオスはよたよたと動いている。手負いの獣は危険と言うのだ。ならこのイーオスも油断は出来ないということかもしれない。
「クライも下がってて。身体弱いんだし、噛まれたら毒をもらって危ないよ!」
「過保護すぎ―――!?」
アカリの言葉に反論しようとしたとたん、目の前のイーオスが別の存在に襲われ、地に倒れ伏せた。
「どういうことニャ……」
別の乱入者。
その存在も、身体には大きな裂傷を負っている。肉は裂け、内側が見えるほどの、致命傷と思えるほどの傷だった。今なお傷からは血を流しながら、それでも倒れ伏したイーオスに噛みつき、食いちぎる。
「イーオスの共食い!?」
新しく現れたのも、イーオスだった。最初に来たやつよりひどい怪我を負っているのに、まるで気にしてないようだった。ただひたすら共食いをしている。
こちらが呆然としている間に、周囲の存在に気づいたのか威嚇をするように鳴きだした。
そしてこちらに向かって走り―――――途中で転んだ。
そして―――――――――そのまま動かなくなった。
「死んだ……?」
「な、なんなんだニャ……」
あれほどの傷だったのだ。死んでもおかしくはない。だけど、それまでの動きがあまりにも、死を連想させるには程遠いほど活発だった。
明らかに異常だ。
そして、この原因の心当たりはある。あるが―――ここまで異常だとは思わなかった。
きっと、今のイーオスは狂竜化していたのだ。
傷のことを忘れていたかのような狂暴化、仲間を認識できていなかったのか、幻覚を見ていたのか、同種を攻撃する異常性。
そして命が尽きる寸前まで、暴れようとしていた。だがその前に限界が来て死んだのだ。
きっと最初に出てきたイーオスも感染していたのだろう。抵抗力の差で発症に差が出たのか。より深い傷を負っていたため、発症が早かったのかもしれない。
もし一頭目が生き延びていたら、時間を置いて発症していたのかもしれない。
今もなお、森の奥からイーオスの鳴き声と、ババコンガの雄たけびが断続的に聞こえてくる。
つまり、まだまだ感染していくイーオスがいるのだ。
その場でイーオスが力尽きるのなら問題はない。だけど、生き延びた個体がいてしまえば、そしてそのイーオスが他の生物に攻撃を行えば、感染は広まっていく。
「え!? ちょっと待って!!」
大僧正様が突然走りだした。それも森の奥へ向かって。
「真っ先に行くなんて! 追いかけるよ! 明らかに危険だし!!」
「ああ! ネコ太郎!!」
固まっていたネコ太郎に声を掛けて走る。
幸い、大僧正様の足はそれほど速くはなかったため、追いつくことは容易だった。
「勝手に行かないでください! 明らかに異常事態です!」
「あ、ああ。ごめん。だけどどうしても気になってしまって……」
大僧正様を止めることはできた。だが明らかに不味い。途中何度もイーオスとすれ違ったのだ。
大なり小なり、ダメージを負って撤退しているイーオスたちだ。感染している可能性は高い。
「言い伝えられている災害と似てるんだ……イーオス達を見て、そう思ったんだ」
「悪しき風が吹いて、あらゆる生物が争い合ったっていうやつですか?」
「うん。もし同じなら、原因が何なのか知っておきたい。この先に原因があるのか、それともまた別の原因があるのかわからない。だけど、僕は知らなくてはいけないんだ」
逃げていくイーオスや、同士討ちを始めるイーオスたちを横目に見ながら大僧正様は言った。だからって先走られては非常に困る。
「そぉい!!」
アカリの掛け声と共に、大僧正様へ襲いかかろうとしたイーオスが切り裂かれた。
「だからって先走られたら困るんです! 調べるにしても私たちにまず頼んでください!」
「う、うん。それじゃあ、頼んで大丈夫かい」
「はい! 頼まれました!」
力強く答えながら、背後から迫ってきたイーオスの首を振り向きながら斬り落とす。
「クライ! 状況が状況だから下がっててって言わない! けど無茶禁止ね!」
「了解! 無茶してくる!」
「前フリじゃないんだけど!?」
ツッコミを投げながらイーオスを蹴り飛ばしている姿が恐ろしいこと。
襲ってくるイーオスを倒すのも重要だが、それよりも今は元を断つのが優先だろう。
そう思い、森の奥へ走る。雄たけびの聞こえる方へ。
それほど距離は遠くなかった。そこは窪地になっていた。
イーオスと争っているのはやはり、ババコンガだった。
「――――――何、あのババコンガ……」
アカリが呟く。
ババコンガの姿もまた、異様で――――――
「だ、旦那さん……あいつって……」
「なんで――――――」
そのババコンガは、イーオスとの争いのためか、全身傷だらけだった。
身体中に噛みつかれた跡がある。その皮膚は頑丈なのか、噛み傷は深くはない。
だが頭部は異常だった。頭部を覆うような火傷痕。それゆえに頭部に毛はない。
その状態のババコンガを、俺は知っている。
だけど、そいつは遺跡平原に寝床を構えているはずなのだ。
しかし他に同じような個体がいるとは考えづらい。
―――――――そのババコンガは、ハゲていた。
「ハゲコンガ…………っ」
以前、遺跡平原で逃げられたババコンガが、正気を失った姿でそこにいた―――――
なんでだ。
なんでこいつがここにいるんだ。なんでこいつがウイルスに感染しているんだ。
だってこいつはゴア・マガラと遭遇なんてしてな――――――
『ゴア・マガラが逃げた先がなんか臭かったから匂いが移ったのかなぁ……最悪……』
ゴア戦後のアカリの言葉が脳裏によぎる。
アカリと戦ったゴア・マガラが逃げた先は――――こいつの巣だった――――?
顔中に火傷を負っているハゲコンガの、火傷痕からウイルスが侵入して発症したのか……?
それにシャガルマガラだ。
脱皮する場所は、ゴア・マガラが倒された場所。そこに抜け殻を残す流れだった。ウイルスの原理は知らない。けども、ゴアよりシャガルのほうが強力なウイルスであることはなんとなく想像はつく。
より強力なシャガルマガラのウイルスを、近くで浴びてしまったのか……?
それで、発症してしまって、暴走して、ここまで来たというのか―――?
じゃあ、この騒動は俺がこいつを逃がしてしまったことが原因で――――――
「ぼやっとしない!!」
「痛っ―――!!」
突然横から衝撃が襲った。その勢いで倒れこむ。
何事かと目を向けると先ほどまで居た場所にイーオスが立っていた。
「あのババコンガだけじゃないんだよ危険なのは!」
「わ、悪い!」
以前は髪を斬り落とされた恨みで俺にひたすら襲ってきた。
そしてその後、ハゲさせられたからか、こちらを見るたびに逃げていた。
だけど今はそのどちらの反応もしていない。ただ近くにいるものに爪を振り回している。
その爪が振るわれるたびに、イーオスが吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたイーオスは逃げるか、そのまま力尽きるかのどちらかだ。逃げた奴は後々問題になるだろうが、さすがに攻撃されてすぐに発症するわけではないようだ。
「あのババコンガ、近づくやつ優先っぽいね!」
「じゃあ問題は周りのイーオスか!」
大僧正様を守らないといけない。そのためアカリはイーオスへの応戦を優先している。ババコンガは近づかなければ今のところ問題ない。近くにイーオスが一頭もいなくなれば別だろうが。
「閃光玉を投げる!」
ポーチから取り出し閃光玉を投げた。
これである程度イーオスへの牽制にもなるし、ハゲコンガの視界も奪う。
目が眩んでいるうちに、驚いているうちにハンマーを叩き込む。火薬を使用として叩き込む。
「――――――ッ!?」
目の前を通り過ぎるハゲコンガの爪。
見えてなくても関係ないのか、何かに向かって攻撃を続けている。
―――落ち着いて攻撃の隙を見て、叩き込めばいい。
やつは目が眩んでいて周囲の位置を正確に把握できていないのだ。
再び振るわれる爪。しかしそこには何もない。
振るわれたのを見届けたあと、至近距離へと踏み込みながら身体を捻りつつ、ハンマーを振るった。
斜めから身体全体を使って振り下ろされるハンマーの一撃。
―――ハゲコンガの頭に当たり、同時に爆発が起きる。
大きく体勢を崩したハゲコンガの姿を確認し、背後から何かに地に叩き伏せられた――――――
「クライ!!」
「クライさん!」
顔面から地面に当たる。鼻血確定だ。
だがそれより、背中に何かがのしかかっている。
「首を守って!!」
聞こえてきた言葉に咄嗟に反応して、両手で首を庇う。その直後、手に噛みつかれた。
あ――――イーオスだわこれ。
「んっ――――――!!」
噛み千切ろうとしているのか、強い力で引っ張られる。声をあげたら心から折れてしまいそうだったから、かみ殺した。
「そこを、どけっ!!」
アカリの掛け声と共に、イーオスの悲鳴のような鳴き声が聞こえ、背中の重みがなくなった。
また右腕がぼろぼろだ。
目まぐるしい展開のせいか、少し眩暈がする。だが止まってられない。
「早く起きて!!」
「助かった!」
起き上がり、ハンマーを構える。
閃光玉ですべてのイーオスの目が眩むなどあるわけなかったのだ。
それよりも、アカリがここに来たということは大僧正様は―――
確認するより前に、角笛の音が聞こえた。
アカリではない。音の方角にイーオス達が目を向けだす。蔦の上でネコ太郎が角笛を吹いていた。モンスターにとって嫌な音らしいが、結構効果的なようだ。
もっとも、すべてのイーオスがそちらを向いたわけじゃないが。
「地の利はボクに在りだニャ! ここならそう簡単には襲われないニャ!」
なにはともあれ、その音に釣られて対処が必要なイーオスが減ったのは事実。
大僧正様の近くにいたイーオスも音の方角に気を取られていた。大僧正様が近くにいるため、おそらく狙いは変わらないだろうが少しでも気を逸らした時点で大丈夫だった。
「そぉい!」
「そぉいっ!」
走り寄って大僧正様を襲おうとしたイーオスのうち一頭をハンマーでぶん殴る。アカリも別の一頭を斬りつけた。
やだ、掛け声被っちゃった恥ずかしい。
「あ、ありがとう!」
大僧正様の感謝の言葉を聞きながら、ハゲコンガに視線を向ける。すでに視界も治っているだろう。なのに壁に向かって何度も爪を振るっていた。――――――幻覚症状。
「クライ! あのババコンガを一気に仕留めるよ!!」
「ああ!!」
アカリと一緒に一気に距離を詰める。先ほどの眩暈の影響か、視界が黒く染まっていく。
イーオス達は大僧正様の付近にはいない、今しかチャンスがない。ネコ太郎の付近にはいっぱいいるけど。
壁に何度も殴りつけているハゲコンガ。その爪はもうボロボロだ。だけどハゲコンガ自身はそのことに気づいていないのかもしれない。
こちらに背中を晒している今、確実に仕留める。
どんどんと距離を詰める。
「―――――――んなっ!?」
突然、横からケチャワチャが飛び出してきた――――――
ケチャワチャはこちらに向かってその長腕で叩き付けてきた。咄嗟に立ち止まって躱せたが、ハゲコンガまでの道を邪魔されてしまった。
「そぉぉぉい!!」
しかし、突然目の前に現れた敵を無視してアカリはハゲコンガに斬りつけた。
ならハゲコンガはアカリに任せよう。俺は、何故か現れたこのケチャワチャをなんとかしなくては。
ケチャワチャもやはり怪我を負っていた。この分だとこいつも狂竜化しているのだろう。
このケチャワチャは、鼻から、そして片目から血を流していた。
いや、そこだけではない。見れば両腕がひどく腫れている。爪もボロボロだ。両腕とも、折れている―――?
こんな腕じゃ攻撃なんてできるはずがないのに、さっきは腕を使って攻撃してきた。
やはり狂竜化で暴走状態のようだ。
「っらぁぁあ!」
ハンマーを顔に叩き込む。
――――――当たったのに、何故か爆発はしなかった。
「クライ!? 何してるの!?」
火薬がもうなくなってしまった? まだ全然使ってないのに。
だけどないならないで、鈍器として正しく使うだけだ。
何度でも叩き込んでやる――――!
「旦那さんっ! 旦那さん!!」
心配げな声が聞こえるが大丈夫だ。このケチャワチャはもうボロボロ。狂竜化で予想外な動きをしそうだが、両腕が折れているのだ。対処は容易なはずだ。
「―――ちぃっ!! ドスイーオスまで!」
新手が来たようだ。早くケチャワチャを仕留めなくては。
何度も攻撃は当たっているのだ。なのにケチャワチャは力尽きない。
何度攻撃を振りぬいても、ケチャワチャは倒れない。
「ネコ太郎!! ちょっと1人で護衛お願い!!」
「わかったニャ!!」
「か、彼は大丈夫なのかい!?」
「強引に気絶させます!!」
アカリたちの声がさっきより近くに聞こえる。
「そぉい!!」
真下から、間抜けな掛け声が聞こえたと思ったら、視界の下から白い盾が凄まじい速さで近づいてきていた。
上顎と下顎が強くぶつかり合い、衝撃を押し殺せないまま脳が揺らされる。
そしてその盾の勢いのまま、仰向けに倒れた――――
―――――――なんで、アカリが
その光景に疑問しか出なかった。