──────。
───────外の音が、騒がしい。
「───────る方法は何か────」
「───かく今は、安静にするしか──────事態宣言からは外し──」
外の話し声で、少しずつ意識が覚醒する。
いつの間にか熟睡していたようだ。しかしベッドに入った記憶はない。
何かしてたはず……確か天空山に行って───
「アカリに殴られた気がする!?」
思いだせた光景に思わず叫んだ。フレンドリーファイアとかどうなってるんだ。
俺の大声が聞こえたせいか、聞こえていた話し声が止んだ。
というかあのアカリの攻撃は何だったんだ。あれからどうなったんだ。でもここは、イサナ船の中っぽいし無事帰れた? でもなんで殴られて? うん? うーん?
うんうんと唸っていると部屋に近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。
「気が付いたかい?」
「え、あれ? なんでここに?」
入ってきたのは団長と筆頭ハンター達だった。ランサーが真っ先に声を掛けてきた。
「その質問に答える前に、部屋の中を見渡してほしい」
「へ?」
「何か発見したら、見えたものを正直に答えてくれ」
訳が分からない要望に、とりあえず応じる。とはいっても部屋の中なんて、普段使っているイサナ船の船室だ。特に変わったことはない。強いて言うなら筆頭ハンター達がいることくらいだ。
「えと、普段通りのイサナ船の中で、普段と違って筆頭ハンターの四人がいる、ぐらい?」
「……今は大丈夫そうッスね」
何を言ってるのかさっぱりわからない。どうしてそうも怖い顔をしているのだろうか。団長も、筆頭たちも。
「今のところは大丈夫そうだ。お前さんたちは任務に戻れ。俺から話しておく」
「……わかりました。書記官殿、彼に異常が見られたらその時は……」
「大丈夫さ」
団長が任務に戻れと筆頭たちに言う。話が見えない。それに異常ってなんだ。フレンドリーファイアをしてきたアカリのほうが異常だと思うんですが。
筆頭ハンターたちはそのまま部屋を出る。なんだったのだ。っていうか何でここにいたのか答えてもらってない。
最後にリーダーが出ていった。リーダーは出る前に一度振り向き、深々と頭を下げた。
ますます訳がわからなくなる。
目を白黒させていると、団長が真面目な顔で静かに言った。
「──────お前さんは……狂竜症に罹っている……」
狂竜症。
思いだすのは二つ。
ゲームでの狂竜症。ただのステータス強化になっていた症状。
もうひとつは、イーオスやババコンガの行動。完全な暴走状態だったあの姿。
ここでの狂竜症は、後者を示すものだろう。
しかし─────
「いや、でも結構意識はっきりしてるんだけど……」
イーオスたちは完全に理性など感じれない姿だった。同士討ちをするわ、致命傷に気づいていないわと、ひどい姿だった。
「……お前さん。天空山で何と戦ったか、覚えているか?」
いつもの楽し気な雰囲気など一切ない、真剣な表情のまま団長は尋ねてきた。
天空山で戦った相手は明確に覚えている。いくらさっきまで意識を失っていたとはいえ、結構大変だったのだ。印象深いし、つい最近の出来事すぎて忘れてなどいない。
「イーオスたちとババコンガ……ババコンガは遺跡平原で取り逃がしてしまったやつだった……ごめん」
「そのことについてはいい。過ぎてしまったことだ。他にはないか?」
いいとは思えない。
ちゃんと仕留めることが出来ていればと、何度も悔やんでしまう。
「最後に、ケチャワチャが急に現れて────」
「そうか……ケチャワチャが、見えてたんだな……」
「えと……そんくらいだけど、これが一体何が?」
順を追って話すと言いながら、狂竜症だと言いだして、その後は天空山の記憶についての確認とは。何が何なのだ。
「ケチャワチャは、いなかったんだ」
「んぇ? ってことは、逃げられた……?」
ケチャワチャに逃げられたのは不味いことなのでは。あれは確実にウイルスに侵されていた。しかもあいつは滑空が可能……いや、あの腕じゃ出来ないか? 両腕とも折れていたし……。でも飛べないにしても、ウイルスの感染源の一つになってしまう。
「いや、いなかったんだ」
「―――?」
「お前さんが見たケチャワチャはいなかったんだ──────狂竜症が見せた、幻覚だ」
「……は?」
いや、そんなはずはない。ケチャワチャに何度もハンマーで殴りつけたのだ。手応えだって感じれたのだ。
「いやいや、幻覚じゃなかったって。だってハンマーで殴った時、感触があったし」
討伐まではいけなかったけど、殴りつけたのだ。幻覚なら殴るなど出来ない。
「ガンハンマーの仕様は相棒から聞いた。お前さん達が村に戻ってきてから、そのハンマーを誰もいじっていない」
「へ? う、うん?」
「使われた火薬は一回分だけだそうだ。そして、戻ってきた時も火薬に発火するためのトリガーは起動したままだった」
「えと、よくわからないんすけど……」
何故いきなりガンハンマーの火薬談義になるのか。
「……このハンマーでケチャワチャを叩けたのなら、火薬が減ってなくちゃおかしいんだ……」
「─────」
「アカリとネコ太郎から聞いた。ガンハンマーの爆発は一回のみ。ババコンガにだ。その後、イーオスに噛まれ、突然何もない空間に向かって武器を振りだしたと……」
火薬は確かにあの時減らなかった。火薬がなくなったからじゃ、なかった―――?
あの時確かにハンマーで殴れた感触があったのだ。思いだす光景では、何度もハンマーで振りぬいていたのだ。
──────あ。
―――振りぬいていた? 当たって振りぬいていた?
打撃武器なのだ。
─────当たっていたのなら、振りぬけるはずがない。
「いや……でも、今だって意識はしっかりしてるんだ……狂竜症なら、暴れたりして―――」
「ウチケシの実で作った簡易薬を寝てる間に飲ませた。それで一時的に症状を緩和できるらしい……。だがあくまで一時的なモノのようだ。体内のウイルスを完全に殺すことはできない。抑えるだけだそうだ」
「抑える、だけ?」
「あァ。症状を抑えている間に、身体を休め、抵抗力を高めて自力でウイルスに打ち克つ。それぐらいしか今のところ対策は見つかっていない。……イーオスに噛まれて毒を流し込まれ、抵抗力がさらに弱った結果、一気に発症まで持っていかれたんだろう。とにかくお前さんは、しばらく絶対安静だ!」
「はぁ……」
安静にしてるだけで良さげ?
……狂竜症に罹っているって聞いたとき、俺もイーオスたちみたいになってしまうのかと焦ったけど、治りそうな感じなのかこれは。
「―――スマンな。本当ならすぐにでもシナト村から離れたほうがお前さんのためなんだが、今はイサナ船をここから離すわけにはいかないんだ」
「いや、安静にしてるだけだしここでも問題ないんじゃね?」
シナト村から離れる理由なんてないと思う。
そして、イサナ船が離れたら行けない理由というのもないと思う。いったい何故なのか。
「イサナ船を離すわけにはいかないって、なんかあったのか?」
「あァ」
もうシャガルが来たのだろうか。それくらいしかここでの騒動は思いつかない。
「非常事態宣言が天空山で今、発令中だ」
「非常事態宣言?」
重々しく言われたけど、何のことかよくわからない。専門用語っぽいのをいきなり出されると困るのだ。
「天空山一帯のイーオス、および狂竜ウイルスに感染の疑いのあるモンスターが対象になっている。それらのモンスターの、殲滅。異例の非常事態宣言だ」
「えと、その、非常事態宣言って、なんすか……?」
「お前さん……ハンターだろうに」
重々しい雰囲気を出していた団長の空気が、ちょっとだけ軽くなった気がした。
その代わり呆れられたけども。
「非常事態宣言ってのはアレだ、アレ。とんでもない事態ってことで、通常の四人ではなく大人数による狩猟を行う特殊な状況だ。……通常は超大型モンスター相手に出されるもんだがな」
「それが、イーオスに?」
「あァ。感染したのがジャギィとかならまた違ったんだが……イーオスだと不味くてな……」
ジャギィなら良くてイーオスだと駄目。なんだかなぞなぞのようだ。この二種の違いは見た目以外なら、毒があるかないか? あと強さ? イーオスの方が強いから非常事態宣言に、とか? 強さの違いなんて誤差に感じそうだけども。
「弱い種ならウイルスに感染したとしても大した問題じゃないそうだ。ウイルスへの抵抗力が弱くてそのまま死んでしまうらしい。仮に狂竜症を発症して暴れても、返り討ちに合うからな」
「イーオスでも、返り討ちに合わね?」
確かにイーオスは小型の中じゃ強い方だけど、それでも大型には返り討ちに合うだろうし、他の小型に勝っても、その小型達はウイルスに負けて死んでしまう。
非常事態宣言なんて大袈裟ではないだろうか。
「イーオス単体なら大型からは、返り討ちに合うだろう。イーオスは群れで動く。他の鳥竜種もたいていは群れで動くが、大型には襲いかかることは滅多にない。群れで挑んでもやられるからな」
イーオスが群れで挑んでも同じなのでは。毒があるから勝てるとか? そこまで毒が強力に思えない。ハゲコンガなんて毒肉食べても平気だったし。
「群れで毒を使うのはヤバそうだけど、それでも大型に勝てるイメージないんだけど……」
「普通ならそうだ。だが、今天空山にいるイーオスはウイルスを持っている……ウイルスだけなら、大型の抵抗力で感染、発症とはいかないだろう。毒だけでも同じだ。弱りはしても、やられるほどにはならないだろう……」
「…………毒で弱れば、抵抗力が落ちて……発症……」
「あァ……。イーオスが大型を襲う前に対処しないとさらにウイルスが拡がっていく……大型に感染したらさらに被害が広がる一方だ。そう簡単にやられはしないだろうが、ウイルスで理性のない集団が相手だ。いずれ体力が尽きたところに毒とウイルスの牙が入ってしまう。その前に、イーオスをなんとかしないといかん」
それで、イーオスの殲滅。
大人数による狩猟と言っていた。なら少しでも人手はいるのではないだろうか。俺はここでのんびりしてていいのだろうか。
「一応言っておくが、お前さんは出なくていいぞ。安静にするため、というのもあるが、今回の参加資格ハンターはかなり厳しい。イーオスの群れに対して無傷で戦い抜けるというのが条件だからな。感染して、発症に至ったら最悪同士討ちがありえる。噛まれたやつは戦線から離脱してもらうそうだ」
無傷ってかなり厳しいんじゃないだろうか。相手が一頭だけならまだいい。けど群れだ。群れ相手に無傷。しかも暴走状態の可能性がある相手に。
なんにしろ、その条件だと俺は弾かれるのは確定だ。というか大多数が弾かれると思う。
「今は麓じゃ10グループほどのハンター達が山から降りてくるイーオスを狩っている。筆頭ハンターたちは天空山の中央部でイーオスの狩猟だ。イサナ船は筆頭ハンター達の物資補給。アイツラが戻ってくるまで出すわけにはいかない。……ババコンガの発覚が早かったから、被害は天空山で留められるだろう」
とにかくお前さんはできる限り休むんだ、と団長は言った。
今回の事件の切欠。それを取り逃した原因の一つが俺だというのに何も出来ない。空回りばかりしている気がする。ババコンガに挑んでは逃げられ、ゴア・マガラのトドメを狙うつもりが寝過ごし、結局脱皮させてしま――――あ。
そうだ。今までの行動を振り返って思いだした。ゴア・マガラはもう脱皮しているのだ。ババコンガの感染予想の場所と同じ、遺跡平原で。ババコンガはゴアの脱皮の瞬間に立ち会ってしまった。そして天空山まで暴走して辿りついた。
脱皮をしたゴアは、シャガルマガラは──────遺跡平原に抜け殻を残していたはずだ。
そしてストーリーで、狂竜化ティガレックスのクエストがあったはずだ。それも遺跡平原で。
このティガレックスの感染源は、抜け殻だとしたら。
天空山だけでなく、別の場所でもウイルスが拡がっている。しかもウイルスを運ぶのはティガレックス。
「───遺跡平原もやばい!」
「うおっ! 急にどうしたんだ?」
思わず叫んでしまったがどう説明すればいいんだ? そもそも団長たちはゴア・マガラの脱皮を知らない。普通は知るわけがない。脱皮のことをいきなり話しても今じゃ狂竜症で変になった扱いを受けそうだ。
だけどこのままでは遺跡平原まで天空山と同じ事態になる。遺跡平原周辺の感染の疑いのあるモンスターを全滅なんて、どこまでやればいいのかわからない。村や街が平坦な道にある分、天空山よりもひどいことになりえる。
「遺跡平原にも狂竜症のモンスターが、ティガレックスがいるんだ!」
理由を聞かれたらどう答えたらいいかわからないまま、狂竜化ティガレックスの存在を言った。
何言ってるんだ? 根拠は? 正気か?
予想できる反応への答えを必死に探しながら団長の言葉を待った。
「ギルドが狂竜化したティガレックスの存在を確認し、その危険性からアカリが狩猟に向かっているが……どうして……いや、まぁ、そういうこともあるか? あるかもな!」
団長が何か疑問に持ったと思ったらひとりで納得しだした。いったいなんだというのだ。何があるというのだ。
それよりも、アカリが狩猟に向かっていると言っていた。つまり、大丈夫、なのだろうか。それに考えればバルバレギルドが近いのだ。発覚も早く、ハンターの数も多く確保できるだろうし、問題ない?
じゃあ今一番危険なのは……
「やっぱり天空山か!?」
「今度はどうした?」
危険性の高さを改めて気づいて、思わず叫んでしまった。いかん、これじゃあ情緒不安定な姿に見えてしまいそうだ。
「あ、いや。それなら遺跡平原より天空山のほうが危険だなぁって改めて思って、つい?」
「遺跡平原の大型か、天空山の小型の群れか。危険はどっちもどっちといったところだな。だが遺跡平原には我らの団ハンターのひとり、アカリがいる! 天空山にはギルドから選ばれた筆頭ハンター達がいるんだ! だから大丈夫だ!」
「だけど少しでも攻撃を受けたらアウトなんだろ……? さすがにティガ相手やイーオスの群れ相手だと……」
「それが妙なんだ」
団長が腕を組んで神妙な顔になった。
「遺跡平原でティガレックスの狂竜化は確認された。だが、他のモンスターは一切狂竜化している姿を見ていないらしい」
「毒を使わないから? ティガの力だと弱らせるなんかじゃ留まらず命を奪うからとか?」
「それがどうもな……そういうわけじゃなさそうなんだ……。とにかく遺跡平原のティガレックスの狂竜ウイルスはどういうわけか感染力が低い」
つまり逆に言えば、天空山のイーオス達は感染力が高いウイルスを持っている。イーオス達だけじゃない。あのハゲコンガも持っていたウイルスだ。イーオス達のウイルスは元々ハゲコンガが運んできたもの。ハゲコンガのウイルスは、シャガルマガラのもの。
ティガレックスのウイルスはゴア・マガラの抜け殻。とはいえシャガルマガラが触れていたようなものだ。ウイルスの濃度はハゲコンガのと同じくらいに思えそうだが、何かが違う……? それとも何か情報が足りない……?
悩んでいる間に団長は言葉を続けた。
「天空山のイーオス達の狂竜ウイルスは感染力が高い。さっき言ったように毒があるって言うのもあるがな。そしてその殲滅がアイツラの任務だが、現実的に考えて無理だ。だから実際には可能な限り狩るだけでいいそうだ。それでも筆頭ハンターと言われる奴らだからな。イーオスの群れに大打撃を与え、数を大いに減らす。数が減ったイーオスの群れは、そのまま同士討ちをして居なくなるか、大型に挑んで毒に侵す前にやられるか、だ!」
ウイルス。感染力。イーオスの群れ。シャガルマガラ。
色々と考えてみたが、さっぱりわからない。
何か忘れているのだろうか。それともただ単純に知らないだけだろうか。
とにかくお前さんはゆっくり休んでるんだ、と言って団長は部屋から出ていった。
翌日、筆頭ハンター達が戻ってきた。
彼らが言うには、かなりの数のイーオスと、感染の疑いのあるモンスターを狩猟したとのこと。
しかし長時間の狩猟、理性のなくなった相手に、集中力が途切れたところ、二人噛まれてしまった。そのため、彼らはここで引くらしい。
噛まれたのはルーキーとランサーだった。症状は表れていないが、すでに人間に感染した例がある以上、大事をとるのだとか。
お嬢に報告していた狩猟した数は、イーオスが84頭。ガブラスが42頭。とのこと。
その報告を聞いた俺は、部屋に戻りボックスを漁っていた。
解毒薬、ウチケシの実、閃光玉、こやし玉。
背中にはガンハンマーを装備する。
虫あみも持っていこうとしたが、どう頑張ってもポーチには入らないので断念した。折りたたむことが出来るようだが畳み方が分からなかった。
いつの間にかボックスに詰め込まれている竜人商人の宣伝用アイテムも入れれるだけポーチに入れる。
思いだしたのだ。
イーオス達がジンオウガを襲っていたムービーを。
そのムービーで、ジンオウガが感染し、発症したことを。
筆頭ハンター達の狩猟報告の中にはジンオウガはなかった。イーオスの数が減ったところで、ジンオウガが発症していては、また拡がってしまう。未だに理由はわかっていないが、天空山に拡がっているウイルスの感染力が強いのだ。
急ぎ対応しないといけない。筆頭ハンター達は、四人のうち二人が負傷。さらにほぼ一日中狩場にいたのだ。負傷していないリーダーとガンナーも体力的にきついだろう。
それなら戦えるのは俺だけなはずだ。
意気揚々と、と言うほどではないが、戦う決意を固めて天空山に出発しようとした。
「ダメに決まっているだろう」
あっさりと止められた。