「ダメに決まっているだろう」
「な、なんだとう!?」
感染拡大を止めるためにも行かなくてはいけないのだ。ジンオウガが感染しているなら、リオレウスやゲネル・セルタスにまで感染被害がさらに拡がる。レウスが感染すればもうどこまで拡がるか、見当もつかなくなってしまうはずだ。
「なんだとうってお前さん、絶対安静だと言っただろう」
「そ、そうだけども!」
確かにそれはそうだけど、ハゲコンガを逃がしてしまった責任は取りたい。それに結構症状は治まっているし、要するにウチケシの実を食べ続けたら問題ないのではないだろうか。
「なんの騒ぎですか書記官殿」
騒ぎって言うほど騒いでいないけど。団長への抗議が結構大声になっていたようだ。筆頭リーダーが話に入ってきた。
「クライが天空山のジンオウガを狩りに行くっていきなり言いだしてな」
「まさか、狂竜症で混乱して……」
狂竜症ではなくちゃんと考えた結果なんです。
だけど説明なんて出来ない。やっぱり予言者設定でも作っておけばよかった。
「上手く言えないけど本当に狂竜化したジンオウガがいるんだって! イーオス達に襲われて感染したジンオウガが!」
「だからそのイーオス達は筆頭ハンター達が狩っただろうに。そりゃ残っているやつらもいるだろうが、数が減ったのならジンオウガ相手に勝てないだろう」
俺もすごくそう思う。ジンオウガがイーオスに負けるイメージは普通ない。けどムービーじゃアレだったのだ。ムービーとは違う状況になっているかもだけど、確認するにこしたことはないはずだ。
「……様子を見に行くだけでもいいから行かせてほしい。何事もないならそれでいい。だけどあのババコンガを取り逃した結果、こんな災害になっているなら、少しはなんとかしたい……」
「ババコンガの件は、誰もこうなると予想がつかなかった。お前さんだけの責任じゃない」
「そんなわけ───」
「……書記官殿、許可してやってもいいのではないでしょうか」
却下されてばかりだったところ、思わぬ方向から味方が出てきた。絶対にこの人も止める側に回る気がしていたのに。
「もちろん彼一人で行かせるのは認められません。なので我々も一緒に行きます」
「おいおい。しかしなァ……」
「たとえババコンガの件の責任が彼だけにないにしても、彼自身はそうは思えない。そうじゃないか?」
リーダーが確認のために呼びかける。それにコクリと頷いた。
「私もかつて、いや、今も……彼と同じような気持ちになることがあります……私の行いが原因で、大変な事態を引き起こしてしまったことが……。何をやっても償えることではないかもしれない。ですが、何かできるのであれば行いたい……」
「うーむ……。だがクライが狂竜症に罹っているんだぞ? 責任から心を軽くしたいのかもしれんが、その結果が悪い方向に転がっては目も当てられん」
「我々もついていきます。もしも危険が迫ったなら我々が彼を守りましょう。それに事態が事態です。天空山の状況はしっかりと確認しなくてはいけません」
「ううむ……」
リーダーの過去が何か知らないけど、この流れはいけそうだ。団長はまだ何か悩んでいるようだがもうひと押しといったところ。
「団長。何もなければ戻るから、許可してほしい」
「書記管殿」
「……あーーー。いいだろう。ただし条件がある!」
帽子ごしに頭を抑えながら団長が折れた。ただで折れたわけではなく譲歩のようだけど、それでも充分だ。ジンオウガを野放しにせずにすむ。知っているのに何も出来ないという展開は避けれる。
「何事もなければ戻ること! 何か異変があっても筆頭ハンター達に任せて、お前さんは絶対に戦わないこと!」
「了解!」
「それからリーダー!」
「我々にも何か条件があるのですか」
「ああ! もしも狂竜化したジンオウガがいた場合、絶対に無理はするな」
「それは……約束出来かねますね」
そこは元気よく、はい! って言ってほしかった。じゃないとやっぱりダメーってなっちゃうじゃないか。
「狂竜化したジンオウガがいた場合、対処しなくては被害がどこまで拡がるか想像もつきません。筆頭ハンターとして、見過ごすわけにはいきません」
「……なら絶対に負けるな! いいな!」
「ええ、任せてください」
こうして、天空山行きがなんとか決まった。
出発は数時間後。弾や武具の手入れ、アイテムの用意などのためだ。俺はもう準備が終わっているが、リーダーたちにはさらに連戦みたいな状況になりかねない。そんな中、早くいこうだなんて我儘は言えない。
あ、そうだ。双眼鏡も持っていこう。
「旦那さん、聞いたニャ」
「ネコ太郎、聞いたって何を」
忘れ物はないかともう一度ボックスをゴソゴソしていたらネコ太郎がやってきた。
「天空山に行くって話ニャ……ボクとしては反対だニャ」
「大丈夫大丈夫。今は幻覚を見てるわけじゃない。それに筆頭ハンター達もいるし」
「そう言うと思ったニャ……ボクも勿論ついていくニャ」
ネコ太郎は勝手についてくると思ってたから宣言されても、お、おぅ。としか返せない。
「旦那さんが変になったら、必ず無理やり口にウチケシの実を突っ込んでやるニャ」
「ん。すげー頼りにしてるわ」
「日ごろの恨みを込めて突っ込んでやるニャ……!」
「優しさと憎しみが混ざっててやべぇな。俺何か恨まれることしたっけ?」
ネコ太郎には団の中じゃ俺が一番優しくしていると自負してるんだけど。ぽかぽか島ではオトモハンターってことにしてやったし、乗り物酔いの時も心配してやったというのに。
「ボクの名乗りをいつもいつも邪魔してるニャ……!」
「名乗りって、改めて聞く必要ないじゃんか。ネコ太郎はネコ太郎なんだし」
「ニャー!」
「痛い! 猫パンチ痛い!」
爪を立ててないのは優しさか。そして割と威力高いのは憎しみか。
複雑な心の持ち主ネコ太郎が何で怒るかさっぱりわからん。
数時間後、イサナ船の外に出た。昨日はずっと閉じこもっていたからあれだ。
娑婆の空気はうめぇな、って出来る。そう思っていた。
「娑婆の空気は……風強すぎない?」
強風すぎて娑婆の空気美味しいごっこが出来ない。
もともと風が吹き続ける村だったけど、ここまで強い風は滅多に吹いていなかった。
村のそこら中にある風車は激しい音を立てて回っている。
「ていうか、なんか静かだ」
「旦那さんが寝ている間にいろいろあったんだニャ。ずっとこんな風が吹いていて、非常事態宣言もあって、村から子供たちは避難させたんだニャ」
「それでか」
風車の音、風の音はひどく聞こえるのに、前まで聞こえていた子供たちの笑い声が一切なくなっていた。だから静かに感じた。
そして少し不安なことが今気づく。
「ネコ太郎、景色までやや灰色がかって見えるんだけど、正常かな」
「正常だニャ。この村だけじゃなく、山全体が灰色がかっているんだニャ」
「なんでまた」
「ボクに聞かれてもわかんないニャ。今朝からこんな状態だニャ」
天候が悪いのかもしれない。全体が灰色すぎてよくわからないが、雲の色も暗い。まぁそれにしても景色が暗すぎる。だけど幻覚ではないことにほっと安堵。
「準備はできているみたいね」
後ろから声をかけられた。ガンナーだ。
考えたらガンナーとはあまり話していない。チコ村では引かれてたし。
「ばっちり」「だニャ!」
「あなたたちは私達より前に出ないようにね。団長さんとの約束でもあるんだから」
「大丈夫、無茶はしない」
「旦那さんの言う無茶はしない、は信用できないんだニャ」
「ネコ太郎空気よんで?」
「ニャー!」
ここで「それじゃ危ないからやっぱりやめましょう」とか言われたら困るじゃないか。抗議しつつネコ太郎の額にデコピンをした。
「フフ……仲がいいのね」
「優しさと憎しみを最近こめられてる仲だけどな!」
「狂竜症関係なしに頭おかしい旦那さんだからしょうがないニャ!」
「気の張り過ぎもよくはないが、気の抜きすぎもよくない」
ふざけた空気の中リーダーが眉間にしわを寄せてやってきた。久々の眉間しわ表情に感じれた。
「一瞬の油断が命取りになるのがハンターという稼業だ。ましてやこれから行くのは天空山。たとえ君たちは狩猟をしないとしても、妙なことをしでかして危険を招くのは避けてもらう」
「了解ッス!」
なんとはなしにルーキーの真似しての返事。特に誰からも突っ込みはなかった。
そしてふと思う。
「そういえばルーキーやランサーは? なんかイメージ的に二人は見送りとかに来そうだと思ったけど」
「フフ……二人がいなくて寂しい? あの二人は先にバルバレに戻ったわ」
「バルバレに?」
「療養と報告、それから何か新たな情報がないか確認に行ってもらった」
二人がいない理由を教えてもらい納得。というか本来は筆頭ハンター達はこのときシナト村にいることが異常なのか。ゲームだとだけど。
「場合によっては、これから山に行くのは意味がないかもしれないが……いや、今は関係ないことだな。目の前のことに集中しよう」
とんでもなく意味深なことを言われた気がする。今からすることが意味がなくなるかもしれないこと。バルバレで新たな情報によって。
まぁ考えても仕方ない。リーダーの独り言の通り、目の前のことを集中しよう。ぼやっとしてたらまた怒られそうだ。
「それでは、我々は天空山に調査に向かいます」
「あァ。怪我なんてするなよ。お前さんたちならできるできる!」
見送りに来ていた団長たちにリーダーは言い、団長はよくゲーム中で見ていた返しをしていた。
以前も渡った吊り橋の先、天空山は一際灰色が、頂上付近はもはや黒くなっていた。
吊り橋を渡り、ベースキャンプにつく。以前と同じようにネコ太郎が酔ったりしては面倒なので今回は少しだけ対策済み。
片耳に耳栓を当てておくといいらしい。情報源はアニキ。超信用できる。アニキは自信なさげだったがアニキなら信用できてしまう。これが料理長ならまず信じていない。
「これは……」
ベースキャンプの姿は酷い状態だった。
「私たちが使ってから、何かモンスターが暴れた……?」
「かもしれないな」
ベッドなどは無事だ。だけど大きく壊れているものがあった。
「扉が壊されてるなんて……」
禁足地への扉。大僧正様が語っていた扉が、破壊されていた。
ということは、この先にシャガルマガラがいる。
「このことは戻り次第報告しよう。この扉を破壊できるほどのモンスター……ジンオウガの可能性は高いな」
「この先に行く?」
「いや、この先は山の頂上だ。もしその先にジンオウガがいたとしても、頂上から降りるのは難しいだろう。天空山の立地は特殊だからな。今は放置しておこう」
「わかったわ。それじゃあ予定通り天空山の調査ね」
「ああ。それでいこう」
リーダーとガンナーが着々と予定を立てていく。それに対して反対などはしない。シャガルマガラがこの災害の最大の元凶だが、きっと倒す役割は俺やリーダーたちではない。あの脳筋が今はいない。とにかく目先の問題を対処する。つまり当初の予定通りだ。
「ネコ太郎、酔いは大丈夫か?」
その間ネコ太郎は静かだったので、気になって確認。まだブルー状態なのだろうか。片耳耳栓は気休め程度だったか。
「酔いは大丈夫ニャ……ただ、この扉の向こうから、嫌な空気が流れてるニャ……」
獣人の鋭い感覚だろうか。シャガルマガラに対して本能で危険を感じ取っているのだろうか。
「今はこの先は考えずにいこう。というか片耳耳栓だいぶ効果あったんだな。今後もやっていくか」
「旦那さん、一応コレ、ひとつ食べておくんだニャ」
そう言って渡されたのは赤い何か。
「なにこれ」
「ウチケシの実に決まってるニャ」
ネコ太郎の表情は真面目だ。嘘を言ってふざけているわけではなさそうだ。
とてもウチケシの実には見えない。食べれるものにも見えない。そう、見えているだけなのだろう。狂竜症の影響か、これも幻覚なのか。体内のウイルスにとって、嫌なものに感じさせているのだろうか。
受け取り、食べる。噛まずに呑み込んだ。
まだ治っているわけではないと実感させられた。こまめにウチケシの実を摂った方がいいかもしれない。
BCから離れる。その道のりは以前と変わらず、不安定に思える足場、上から降ってくる小石。岩や蔦でできた道だった。
安定感のある広めの場所に出たとき、以前とは違うものを見た。
「幻覚、じゃないよな……?」
「一応見えてるものを聞くニャ」
「積み重なった焼死体……いや、焦げ肉っぽいものがあちこちに」
「ボクも同じのが見えてるニャ」
ネコ太郎も同じ風景が見えてることに安心と不安がやってくる。幻覚ではないなら、なぜあんなものがあるのか。焼かれてるということはレウス? 雷撃の熱の可能性もあるしジンオウガ?
考えを巡らしているとリーダーが答えを教えてくれた。
「あれは我々がやったことだ」
「なんでまた……ってああ、ウイルスか」
感染した死肉を喰われてまた感染って流れの阻止。ガブラスのようなモンスター対策なのだろう。焦げ焦げなら食欲が失せる、のだろうか。モンスター相手だしなぁ。けどなんにしろ、熱消毒的な感じでウイルス自体なくなってそうではある。
「感染の疑いがあるものは焼くか、まるごと回収ということになっている。イーオスやガブラス、なんらかの怪我を負った他のモンスターや小型の死骸も……」
つまり、ウイルスや毒に弱らされ、そのまま力尽きた小型も焼却の対象。そのモンスターはアプトノスやケルビも含むのだろう。そして生きているものも、感染の疑いが少しでもある時点で対象に。
「それじゃあ、天空山の生物のほとんどが……」
以前、霞ヶ草を採取しに行った時に見た存在のほとんどは
「死んでいることになるわ……」
一頭の生物が、ただ生きているだけで引き起こした被害。まるで悪夢のような災害だ。
天空山の姿になんとも言えなくなっていると、絶え間なく落ちてくる石が多くなってきた。そして聞こえてくる、何かが暴れている音。
「まだこんなに残ってるなんて……」
ガンナーが苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。その視線は物音のする方に向けられている。
音のする方へ、慎重に歩み始めた。足場は相変わらず蔦と岩が絡まった不安定な土地だ。小石を蹴ってしまい立てた音で気づかれた、などないように足元にも注意を向けながら。
近づくにつれて聞こえる音は鮮明になっていく。
「……君は狂竜化したジンオウガがいると言っていたな」
「あ、ああ」
全員立ち止まり双眼鏡を使って、遠目から観察する。たぶん、ここにいる全員が見えている光景から同じことを思ったからだ。
これ以上近づいたら死ぬ、と。
おびただしい数の紅い群れがジンオウガを襲っていた。ジンオウガの攻撃を受けても、怯むことなく襲いかかるイーオス達。何頭にも取り付かれ、払い落とそうと暴れるもイーオス達は気にしない。振り落とそうとしている間にも、取り付く数は増えていく。怯えを忘れた数の暴力が、確実にジンオウガの命を蝕んでいく。
「リーダー、どうするの?」
「…………今は様子を見るしかない。イーオスの数が多すぎる。今手を出せば、我々もジンオウガと同じようになってしまう」
「あの群れの中にドスイーオスがいるわ」
「仕留めても無駄だろう」
ジンオウガが逃げようと背を向けた。その背中が紅で塗りつぶされ──────やがて沈んでいった。
倒れたジンオウガに近づいていく、一際大きな紅。ドスイーオス。
「狂竜化のジンオウガはいなかったと喜ぶべきかしら……」
「そうだな。だが、イーオスの数がまだまだ残って────!」
死んだと思われたジンオウガがドスイーオスの首に喰らいついた。そのまま振り回し、周囲のイーオスに叩きつけていく。
群れのリーダーの姿を全く意に介さず、イーオス達はジンオウガにまたも挑みかかる。ジンオウガの満身創痍な姿から、バチバチとわずかに電気がほとばしり出し─────
落雷と思わせるような電撃が、群がるイーオス達を焼き払った。
「うそ……」
唖然としたガンナーの口から自然と言葉が漏れる。知っているはずだった俺も、同じ気持ちだ。
「狂竜化ジンオウガ、か……。いいか、君達は隠れているんだ。ヤツは我々が、止める」
「大丈夫なのニャ……?」
「筆頭ハンターとして、止めなくてはならない。大丈夫にしてみせる」
リーダーの言葉とともにガンナーもボウガンに弾を装填する。
ジンオウガの電撃で、イーオスの群れもかなり数が減った。だからこそ、筆頭ハンター達も介入できるようになった。
灰色の世界の中、近づく筆頭ハンターに気付いたジンオウガは、狂った遠吠えをあげて二人を見据えていた。