筆頭ハンターの二人、リーダーとガンナーがジンオウガと戦闘を開始した。
四人ではなく二人。ランサーとルーキーはいない。だが、筆頭と言われる腕前は伊達ではなく、滑り出しは順調だった。
「くっ……! リロードのタイミングを間違えないようにするんだぞ!」
「ええ!」
最初こそ、ジンオウガの攻撃を捌き、双剣による斬撃が幾度と決まっていた。振り下ろされる前肢による叩き付けも、横からの射撃により軌道を逸らすなど、攻防順調だった。
だが、今の二人は防戦一方だった。
ジンオウガが迅くなっていったのだ。まるで身体の限界を無視したような迅さ。慣性など無視したような攻撃の激しさ。当然、その分威力も高い。
攻撃を受けたら感染の危険などと言ってられない。攻撃が掠ればどうなるか、考えたくもない。
「二人とも、防戦一方だニャ……」
「ああ……」
筆頭ハンター達の状況が不安なのだろう。助太刀に行きたいのか、ネコ太郎は槍を握り直しジンオウガを見据える。
「ネコ太郎、大丈夫だきっと」
その様子を見ながら安心させるように言う。根拠のない言葉ではない。実際に大丈夫な要素があるのだ。
「狂竜化の条件を思いだせ。イーオスもハゲコンガも、死にかけの状態になって発症してただろう。あのジンオウガだって同じはずだ。さっきまであんなに群がられていたんだ。今はウイルスで身体の異常に気づいていないだけで、少ししたら力尽きるはずだ」
狂竜化したジンオウガ。発症するまではイーオスの群れに襲われ、ピンチに陥っていた存在なのだ。発症したからといって体力が回復するなんてあるわけがない。発症したからこそ、命が残りわずかなのだ。
なら無理に攻撃する必要はない。きっとあの二人もそう思っている、はず。表情は焦りなどがないし、そのはず。
「ババコンガの時にいたイーオス達は、瀕死になってから症状が出てたニャ……」
「ああ、そうだろ。だから大丈夫だ。あのジンオウガだって───」
「ジンオウガを襲ってたイーオス達は、大きな怪我なんてなかったニャ……」
「…………」
ジンオウガとの戦闘を見ながら、ネコ太郎の言葉に妙な不安を感じた。何に不安を感じてしまったのか確かめるために、情報を頭の中で整理する。
ハゲコンガが感染したのはゴアの脱皮現場にいたからだ。
そして発症した理由は頭部の大火傷。それによる抵抗力の低下。
イーオス達の感染はハゲコンガによる攻撃。
発症はハゲコンガの攻撃で深手を負ったこと。だからこそ、共食いをし始めたイーオスは走っている途中で死んだのだ。
そして、ジンオウガを襲っていたイーオス達は、確かに怪我らしきものがなかった。
ハゲコンガによる攻撃で感染していたら、少なからず怪我をしているはずだ。
瀕死になって発症したイーオスに攻撃されて感染ならば、目立った怪我がないのはわかる。だがそれだと、発症までは行かない。
何かが変? どこか考えがおかしい、のか?
いや、そうだ。
「イーオス達は感染してから時間が経ちすぎただけじゃないか。同士討ちされて小さい怪我をして感染、その後時間経過で蝕まれて発症って感じで。俺もそのパターンみたいなもん、だし?」
時間経過によるものならイーオスの目立つ怪我がない理由も納得がいくものだ。
妙な不安は杞憂だった。
余計な考えに気を回さず二人の狩猟をしっかり見なくては。灰色の天空山でも激しく光る雷狼竜との激戦だ。滅多に見ることなど出来ないだろう。
灰色……?
村を出るときから、ずっと灰色の景色だった。それに慣れて何も思わなかったが、なんで灰色なんだ。
ただ単純に雲が暗いからと考えていた。だけど、このタイミングで暗い雲がかかるなど、出来過ぎている。それに、村から見た天空山の頂上付近は、黒くなっていた。
天空山の頂上。それは禁足地だ。
禁足地の扉は、筆頭ハンター達が村に戻ってから破られた。
もしも、それから灰色の景色になっているとしたら……
この灰色は、ウイルスが空気中に混ざったもの───?
それなら、頂上付近の黒は、ウイルスの濃度がより高い空間ということになる。
団長は言っていた。
遺跡平原のウイルスの感染力が低いと。そして天空山の感染力が高いと。
毒の有無だけでなく、違う条件。シャガルマガラの存在───
シャガルマガラによってウイルスが、遺跡平原のものより活性化されたとしたら、傷のないイーオス達の発症もわかってしまう。空気中のウイルスからの感染。そして侵食。
そこまで考えが至って、ウチケシの実をポーチから探しだす。見つからない。ポーチの中には解毒薬、爆雷針、閃光玉、こやし玉。そして何か嫌悪感を感じさせる何か蠢くモノ。
「ネコ太郎……聞いていいか」
「どうしたんだニャ……?」
手に持つのも嫌悪感で凄まじい。だけどこれが───
「ウチケシの実、だよな……? なんか違うものに見えて───ルゥペ!?」
いきなりネコ太郎が奇妙な物体を俺の口に殴りいれてきた。むせなかった自分を誉めてやりたい。そう思いながら、口に突っ込まれたモノを必死に飲み込んだ。
「その通りだニャ」
「優しさと憎しみがつらい……でもあんがと」
「ニャ」
この灰色の中にいるだけで、ウイルスが活性化しているのは確実なようだ。いつの間にか症状が進行している。
そしてそれは、あのジンオウガも例外ではないはず。
「ネコ太郎、時間をかけるとヤバイ」
「ジンオウガはやっぱり瀕死じゃないのかニャ?」
「それもあるけど、この辺一帯、村すらウイルスの範囲内だ」
「ニャ!?」
村の方は距離が離れているため、この天空山ほどウイルスの濃度は高くないだろうが、それでも長時間いては抵抗力が低いものから感染していく可能性がある。病人や怪我人、子供や老人から。子供はすでに避難させているらしいが、老人は大勢残っているはずだ。
急いでこの事を伝えるべきだが、あのジンオウガが瀕死ではないことを筆頭ハンター達に伝えないといけない。もしかしたらすでに気づいているかもだが、それならそれで防戦一方なのは不味い。
「筆頭ハンター達の助太刀するぞ。早く終わらせて村に戻らないと」
「ダメだニャ。旦那さんが戦うのはダメなんだニャ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
長引けば長引くほど状況は悪くなる。安静など言ってる場合じゃないのだ。
ガンナーの射撃を顔に浴びても、ジンオウガは怯むことなく攻撃を放っている。その攻撃の矛先は、射撃の反動で動きが僅かに止まってしまっていたガンナーに向けられていた。
ジンオウガの体当たりがあたる寸前に、リーダーがガンナーを横から抱き抱えて救出した。
攻撃に転じてもあの状況だ。このままでは不味い。
「助太刀するならボクだけがいくニャ。旦那さんはジンオウガと戦うのはダメだニャ」
「ネコ太郎が行ってもあのジンオウガ相手じゃ危険すぎる。ネコ太郎は先に村に───」
「旦那さんが行ったって邪魔になるだけだニャ!」
ネコ太郎さんひどい。
さすがに声が届いたのか、戦いながらも筆頭ハンターが俺達に言った。
「君たちは手を出すな!」
「私達を信じてちょうだい───!」
その言葉とともに、ジンオウガの顔面で爆発が起きた。超至近距離での爆発はさすがに無視出来ず、大きく仰け反り隙を晒した。爆発したということは、先ほどの射撃は徹甲榴弾。
その隙をリーダーは見逃すことなく、双刃を斬りこんでいく。斬りつけた部位は左の前肢と後肢の関節部位。動きを削ぐつもりのようだ。
その勢いのまま斬りかかろうとして──────即座に身を翻した。
何故なのかわからなかったが、その後のジンオウガの動きを見て理解した。
バチバチと言った放電音がわずかに聞こえたと思ったら、青白く輝きだし、ジンオウガから辺り一帯に落雷のような雷が迸る。その雷は指向性を持っていないのか、ただ周囲を焼き払う。イーオス達を返り討ちにした攻撃だ。
雷を周囲に無作為に落とすジンオウガに、リーダーは近づくことが出来ない。ガンナーが弾を撃ち込むも、やはり気にすることなく雷を振りまき、ジンオウガは天を仰ぎ、大きく吠える。その直後、目が眩むような、一際大きな雷が轟音と共にジンオウガから放たれた。
「────っ!」
距離を取って見ているだけなのに、今の雷光で目が眩んでしまった。轟音によって耳鳴りも酷い。だけどわずかに聞こえる暴れる音。もしもあの場に自分がいれば、この間にやられていた。戦闘音が聞こえるということは、今の雷撃と雷光を捌いたということだ。
自然と力量差を見せられ少し落ち込みそうだ。
視力が戻ってから見えた光景は、やはり暴れるジンオウガと引き続き戦っている二人。ジンオウガが電気を蓄えた前脚の叩き付けが振るわれる瞬間だった。
雷を纏いながら繰り出されるダイナミックお手。そのお手は岩を砕く威力。当たれば確実に死を思わせる勢い。そのお手を筆頭ハンター達は躱そうとせず攻撃に入った。
ジンオウガの攻撃が、何もない空間に向けてのものだったからだ。
幻覚症状────
俺も経験してしまったもの。強力に暴れ回っていたジンオウガが、やはり蝕まれているということをわかりやすく教えてくれる動きだった。
ガンナーの弾が今度は尻尾に突き刺さる。そして刺さった弾に、リーダーの双剣が重ねるように斬りこまれ───その尾を切断した。これでジンオウガの尾を使った連携が弱体化した。
「……押してるはずなのに、なんだか不安だニャ」
「……」
ネコ太郎が呟く。正直なところ、同じ感想しか出なかった。不気味なのだ。尻尾を斬り落とされたのに、関節を斬られたのに、気づいていないかのような、相も変わらず青白く発光するジンオウガの姿が。
もちろん狂竜症が原因だとはわかっている。自身の怪我に、本当に気づいていないのだろう。尻尾を無くしてなお、いるはずのない敵に向かって攻撃を放つ。そこにあるのはただの岩壁にもかかわらず。
岩壁に頭突きをして、その角を自らへし折る。傍から見たらただの自傷行為。その間にも双剣の刃と弾丸はジンオウガに入っていく。強靭な身体と甲殻に身を包んでいるため、深くは入らないが、確実に守りの薄い部位へ攻撃が通っていく。
隙だらけの後ろ姿だったが、その背中から光の玉が二つ、飛び出てきた。
ジンオウガの背中から出る光の玉。超電雷光虫だ。
ジンオウガの意思に関係なく飛び出てきたように思えるそれは、ふわふわと、そして確実に筆頭ハンター達に近づいていく。
雷光虫はジンオウガと違って幻覚を見ているわけではないようだ。当然といえば当然か。
ジンオウガの激しい動きと異なり、超電雷光虫の動きは酷く遅いものだ。
宿主を襲う外敵を排除しようとしているのだろうが、役不足すぎる。あれなら俺でも勝てますわ。
近づいてくる雷光虫に、リーダーは剣を振るって払い落そうとし──────爆発のような放電が起きた。
「リーダー!?」
超電雷光虫の放電により、リーダーが吹き飛ばされた。
ガンナーの驚愕の叫びがあがる。その横には漂う超電雷光虫がいるが、そのことが頭から抜け落ちているのか、爆発場所から目を離さない。
「横に来てるぞ!!」
「っ!?」
注意を促そうと大声をあげたが、気づくのが遅すぎた。そばまで来ていた雷光虫が赤く光りだし、爆発のような放電を起こした。彼女は咄嗟にバックステップで躱そうとしたが、爆発の範囲外に完全に逃げることはできなかった。
吹き飛ばされ、そのまま倒れている二人の姿。わずかばかり動いているから生きてはいる。だが立ち上がらない。──────麻痺か?
「ネコ太郎!!」
「そんニャ……」
ジンオウガの見ている幻覚がいつまで続くかわからない。幻覚もずっと見えているわけではない。このままでは幻覚が消えた時、二人の命もまた消えてしまう。
もたついているネコ太郎を無視して走った。超電雷光虫はいない。いないと言っても、ジンオウガの背中にはまだまだいるのだろうが。未だに幻覚と戦っているジンオウガの姿をしり目に二人を抱えて引きずる。攻撃を選ばなかった理由は、ジンオウガの背中が激しく帯電していたからだ。近づけばその帯電の電気にやられる。リーダーが攻めあぐねていた理由を近づいて理解した。
「すま……ない……油断した……」
二人とも目立った外傷はない。それに意識もあるようだ。だが、身体が痙攣している。やはり麻痺しているのだろう。二人を岩陰まで持っていく。なんとかここまで来れたが、この後どうするか。
帰還はする気はない。帰還を選べばあのジンオウガが野放しとなってしまう。幻覚による自傷行為や暴走。これ以上のウイルス騒動は止めなくてならない。そういうわけでジンオウガを狩るわけだが、俺の実力じゃ厳しいことがすでにわかっている。
「旦那さん、変なこと考えちゃダメだニャ」
「少ししたら……痺れが収まる……君は、隠れているんだ……」
制止する言葉を聞き流しながら考える。
近づけばあの纏う電気にやられてしまう。幻覚による自傷を期待して、持久戦を仕掛けようにもあのスピードだ。幻覚が収まれば粘ることは難しい。それに戦闘を維持できたとしても、宿主を守るためにあの雷光虫が襲ってくる。
そもそもあの雷光虫はなんなんだ。超電雷光虫が自爆のような放電をするなど知らない。ヤマツカミが吐き出す大雷光虫なら爆発はするが、ジンオウガの超電雷光虫は勢いよく飛んでぶつけてくるものだ。ゲームと違うとしても、あんなのは異常だ。
超電雷光虫の──────異常。
異常な状態。そんなの、ここでは心当たりが一つしかない。超電雷光虫も、ジンオウガに寄生している生物だ。生物なら、狂竜症に罹って、自身の放電能力を限界を無視して行ったとすれば……そう考えると納得が出来る。
つまり狂竜化した敵は、ジンオウガだけでなくその背中にいる雷光虫すらも。
ジンオウガの吠え声が聞こえた。
そろそろ姿を見せないと、探してくるかどこかへ移動されてしまう。結局考えてわかったことは、対策というより危険性を改めて認識した程度だった。
「旦那さん……?」
近づけば纏う電気にやられるとか糞ゲーだ。中距離を維持すれば雷光虫たちの自衛行動。どこまでも糞ゲーだ。出来ることならすぐに電源を切って別ゲーコースだ。
「ネコ太郎、二人を頼む」
「何を……する気……だ……」
痺れでまともに喋れないだろうに、リーダーは声をあげる。
何をする気だと問われたので正直に答えよう。
「小細工」
予想と違う答えだったのか、少し間があった。
「な、何する気なんだニャ」
「だから小細工だよ。俺がこのまま挑んでもジンオウガに勝てない。それにジンオウガがいつここに気づくかわからないし、何とかしなくちゃいけない。だから小細工だよ」
「だから小細工って何なんだニャ……!」
「自滅を狙う。つーわけでネコ太郎、角笛貸して」
帯電のせいでまともに近づけないなら近づかずに倒すしかない。理性のない相手だ。罠には容易にひっかかるはずだ。そのためにも、囮にならなくてはならない。オトモと言えば角笛持っているだろうと思い、勝手にネコ太郎のポーチに手を突っ込んで探す。
「ニャニャ!? 勝手にボクのを!」
「持ってきてなかったからな。ちゃんとあとで返すって」
アイルー用の角笛だが、人間が使うのとそれほど変わらない気がする。そんな感想を抱きながら角笛を拝借。まだ何か言いたげなネコ太郎だが、これ以上は本当に時間をかけるのは不安だ。だから岩陰から出ることにした。
「~~~っ! ちゃんと後で絶対、返すんだニャ!!」
「おうよ! その間、二人をしっかり守れよ!!」
岩陰から姿を晒すとジンオウガは、そこら中に転がっているイーオスの死骸を貪っていた。
……もうちょっと岩陰でのんびり出来たかもしれない。
まぁ、ジンオウガがすぐに移動をしたり、攻撃を開始したりしていない今のうちに準備が出来る。罠は持ってきていないのだ。だから現地で作るしかない。イーオス達が貪られている間に、できる限りの小細工をしなくては。
欲しい条件の場所はすぐに見つかった。そこに急いで、なおかつ慎重に駆け寄る。
毒を持つイーオスを喰らうジンオウガが腹を下して倒れてくれないだろうか。小細工をしながらそんなことを思った。咄嗟の思いつき小細工で、自信はあまりないし、危険性も高い。使わずに倒れてほしいところだが、期待するだけ無駄だろうなと考え直す。
「……よし、やるか」
思いつく限りのことはやった。後は状況ごとの判断、行動だ。
角笛を吹く。返すとは言ったが、壊さないとは言っていない。アカリのように吹いて壊すつもりで、全力で吹いた。己の限界の肺活量を見せつけるのだ。ネコ太郎に。
力み過ぎたせいか、ぷおーという音より、ぷーブフォォオオ! といった自分でも恥ずかしくなるような音を奏でてしまった。
ちなみに壊れなかった。
だが、ジンオウガが貪るのをやめてこちらを睨みだした。無視してご飯優先されたら恥のかき損になるところだったと安堵。そして気を引き締める。
壊せなかった角笛を確実に返しに行くためにも、失敗は出来ない。